英雄伝説 空の軌跡異聞録~異界に舞い降りた不死鳥   作:聖剣抜刃

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第5話 「剣聖を狙う者達」

「グッ!!」

 

暗殺者・・・・ヨシュア・アストレイは口の隅に流れ出た血を拭った。殴られた事は一度や二度ではないが、この一撃はやけに悔しかった。自身が得意とする陰行が完全に破られた事、完璧と踏んで行った攻撃は全て撃ち落され、挙句は自身が武器も鎧はおろかオーブメントすら持たず、導力魔法すら知らぬであろうたった一人の男に完膚なきまでに叩きのめされ、武器も砕かれおめおめと撤退せざるを得なかった事。そして・・・・

 

「執行者の名に泥を塗ったな。ヨシュア。」

 

冷然と告げて来る銀髪の剣士。レーヴェの面持ちは何時もの通り無機質なものだったが、その眼差しは怒りに満ちていた。無論彼自身も意外ではあった。彼と共に『結社』に所属し、拷問とすら取れるほどの訓練を生き抜き、共に数々の修羅場を潜り抜け、超人的な能力を有するまでに練達を遂げ「執行者」となった旧い連れが此処まで叩きのめされるとは・・・・・。

 

「すまない、レーヴェ。全て僕のミスだ。」

 

「無論だ。本来ならばこの場で即処刑されてもおかしくない状況だ。今の貴様は我らの面汚し。他の連中も呆れ果てている。」

 

「・・・・・っ」

 

「しかし今は貴様をどうこうする余裕は無い。今更他の者にこの仕事を割り振る事も出来ん。」

 

レーヴェは明後日の方向を睨みつつヨシュアに冷酷に告げる。

 

「回復が済み次第『仕事』に掛かれ。貴様の武器も調達しておいた。全て予定通りに事を運べ。良いな。」

 

ヨシュアは黙って頷いた。この仕事をやり遂げなければ汚名返上は叶わない。汚名返上どころか万が一にも失敗でもすればその時点で抹殺の対象だ。『結社』にとって重要な秘密を知っている自分が生かされる事はまず有り得ない。地の果てまで追われ、やがては殺されるだろう。その状況を覆すには何としても任務を完遂させなければならない。それが『結社』に身を置く者として当然の責務であり、背負うべき最低限の覚悟だ。

 

一敗地に塗れた自身の恥と悔しさを押し殺しヨシュアは回復に努めた。やがて数時間が経過し、一輝に痛め付けられた傷の悉くは完治した。自身専用に誂えられた双剣を装着するとヨシュアは素早く闇に消えた。

 

ヨシュアの気配が消えて数刻、レーヴェは何時に無く考え込んでいた。レーヴェもヨシュアと同じ「執行者」であり、単純な戦闘能力で言えばヨシュアどころか他の執行者すら凌駕する。「剣帝」の名を冠するその男は今回の任務の成否について考えていた。

 

(相手は「剣聖」カシウス・ブライト・・・。リベール王国・・・否、リベールのみならず全ての国家にその勇名は轟き畏れ、敬われ、そして狙われている。今まで幾度と無く暗殺計画が立案、実行されたがその悉くは失敗し水泡に帰した。正攻法はおろか昼夜分かたぬ奇襲にも完璧に対応するまさしく「軍神」・・・。その相手にヨシュアが選ばれたが・・・・)

 

(しかし暗殺に至る前にあの男「イッキ・ブライト」と言う奴に俺たちの追跡を気取られたばかりか陰行まで破られ叩きのめされた・・・・。この分ではカシウス・ブライト側もこの状況を感知している可能性が高まった。この状態でヨシュアを送り込んでも成功の確率は上がらず、寧ろリスクとなりかねない。)

 

(これでヨシュアが仕損じたとしたら・・・・。)

 

そこまで考えたその時、不意に空間が歪み、一人の人物がレーヴェの前に現れた。闇に紛れ姿が判然としないが目立つ武装はしておらず体つきもレーヴェと比べると威圧感に欠ける。しかしなぜかその佇まいは堂々たるもので、その中に何か名状し難い「毒」を含んだ人物だった。

 

「やあレーヴェ。こんな夜更けに森の中で一人考え事とは。」

 

「何の用だ。『教授』」

 

教授と呼ばれたその男はやれやれと言った風に肩を竦め、レーヴェに向き合った。

 

「相変わらずの無愛想だ。もう少しにこやかに対応してくれても罰は当たらんよ。」

 

「悪いがこれが地でな。・・・・ヨシュアの事か?」

 

「ほう、流石長く連れ立っているだけあって鋭いね。そう、今回の彼の任務の事についてだ。」

 

「・・・・」

 

「話は概ね把握しているよ・・・・「イッキ・ブライト」か。まさかカシウス・ブライトに息子がいるとは知らなかったが、なかなかの人物だね。あの『漆黒の牙』の追跡、陰行を完全に見破る眼力、そしてそれを傷一つ負わずに退ける戦闘能力・・・・。君も驚いたんじゃないかな?」

 

「確かにな・・・。奴の力は俺や「剣聖」に匹敵している。」

 

「ヨシュアは彼「イッキ・ブライト」と戦い、一敗地に塗れた。しかし現状では彼が『剣聖』を襲撃し、打ち倒すと言う方針に変更は無い。」

 

「奴は先程向かったが、あの状態で『剣聖』に敵うと思うか?リスクばかりが高まった様に思うが、俺の思い過ごしか?」

 

『教授』は不適に笑うと眼鏡を押し上げる様な仕草をした。

 

「まあ、あの状態では逆に返り討ちに合うだろうね。」

 

その言葉に流石のレーヴェも一瞬冷静さを失いかける。

 

「何・・・?」

 

レーヴェの言葉を継ぐかのように『教授』は淡々と、しかし何処か笑いを堪えるかのように告げ始める。

 

「今回の任務に関して『結社』はその結果の如何を問わず、次の状況に移行する。」

 

「・・・・・どう言う意味だ?」

 

「そのままの意味だよレーヴェ。彼が任務に成功すれば良し、もし失敗したとしても『結社』は彼の今後について一切関与しない。」

 

レーヴェは『教授』を睨め付けた・・・・と言うよりも驚きと疑問が多分に入り混じった視線を向けた。教授はその視線を受け流しつつ言葉を続ける。

 

「まあ最も、形だけの追撃部隊を差し向ける事位はするさ。一応、他の『執行者』にも、末端の兵達にも示しが付かない訳だから。しかし彼なら追撃部隊程度難無く平らげてしまうだろう。」

 

「貴様は・・・・何を考えている?」

 

「そう睨み付けないでくれ給え。君を怒らせる積もりは毛頭無いのだから。」

 

眼鏡を不気味に光らせつつ教授はつらつらと言葉を重ねた。

 

「君も何れ分かるさ。この『計画』には何の支障も無い。カシウス暗殺に失敗したとして、それがリスクになる様な事にはならない、と言う事がね。」

 

「・・・・・・」

 

「さあ、後はヨシュアに任せて、我々はその様子を見物させて貰うとしよう。幾ら君の旧い連れとは言ってもこれ以上主役の邪魔をするものではない。」

 

(・・・・・・・)

 

『教授』は幾分楽しそうに、レーヴェは疑問と危機感を持ったまま闇夜に消えた。その跡に残されたのは闇夜の静謐と、それと同等の不気味さだけだった。




今度は敵となる執行者側の視点から書いてみました。レーヴェは幾分分かりやすい性格ですがあの外道教授はどうにも性格そのものが掴み辛いですね・・・。

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