英雄伝説 空の軌跡異聞録~異界に舞い降りた不死鳥   作:聖剣抜刃

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第7話 「遊撃士・クルツ」

ツァイスに到着してから数週間が過ぎた。一輝は相変わらず宿泊施設等利用する事は無く、ツァイスでセピス換金と少々の回復薬、適当な食糧を買い込んで直ぐにまた紅蓮の塔周辺に引き返した。相変わらず魔獣の数は多く、一輝は鍛練を含めそこで自身の小宇宙と戦闘能力を含めた諸々の質が落ちる事を防いでいた。前の「世界」にいた時も聖闘士としての務めや特段の理由が無い限り、カノン島周辺で鍛練を行っていたのだからこれは寧ろ当然と言えた。

 

しかしこのリベールは一輝にとって大切な地でもあるが同時に悪い意味で住み易い土地でもあった。カノン島の様な過酷極まる状況が当たり前になっていた一輝にとってどうもこの土地は「ぬるい」と感じるのだ。魔獣の出現頻度、大小関わらぬ事件の起こり具合、そして得体の知れぬ敵・・・・。この状況に際して王国軍や遊撃士協会も手を拱いている訳ではないだろうがどうにもその対応は後手後手に回り過ぎ、しかも対応自体も手緩く感じる。危機意識の差とも考えられるが、前の「世界」では聖域の外でも相応に厳しい対応が取られていた。否、それが普通であったのだ。

 

(あの小僧との一件の後、ツァイスを後にして俺は直ぐに魔獣の群れに襲われた。そしてその後で盗賊紛いの愚連隊にも・・・・)

 

無論本気を出すほどの相手ではなく、未だ聖衣を纏う事すらなくそれを退けた一輝ではあったが、どうにも治安を守るべき軍と遊撃士協会の対応は遅過ぎる。この際遊撃士協会に怒鳴り込んでその不手際を指摘したい所ではあったが悲しいかな今の一輝は只の民間人。おまけにオーブメントも持たず導力魔法の一つも使えないのだから今何を言っても全く説得力がない事は火を見るより明らかであった。

 

この数ヶ月鍛練を行って来て漸く復調しつつある小宇宙や体のキレも考えるとここらで一つ骨のある相手と戦っておきたい所だと益体もない事を考えていた一輝に凶暴且つ下劣、まさに獣の気配が感じられた。

 

「ん・・・・?」

 

以前感じた事もあるこの気配・・・・。まさか父カシウスと・・・?

その気配の発せられる方向に向き合った一輝は自身の予想がズバリ的中した事に半ば嘆息した。

 

「随分久しぶりだな。あの時本調子ではない俺達二人にのされた礼をしに来たと言う訳か。」

 

それはやはり以前、父カシウスと二人で戦い、退けたあの「魔獣」であった。以前の傷は完治していないのかあちこちに傷跡が残り、しかも細かく出血している。二人の与えたダメージはこの魔獣を今も苛み続けていたのだ。魔獣は興奮に息を荒くし、下劣極まる唸り声を発し一輝を見据えて来る。しかし威勢の割に全身の動きはどうにもちぐはぐで覚束無い。数ヶ月してダメージすら回復出来なかったと言う訳か。

 

「来るならさっさと来い。今度は痛め付けるだけでなく、消し炭にしてやるぜ。」

 

一輝は余裕を持ちつつ構えた。丁度良い頃合だ。紅蓮の塔の近くで民家も他の大人しい動植物もいない。ここいらで一つ小宇宙の爆発具合を見ておくのも良いだろう。

一輝の体から緋色のオーラが薄く立ち上る。それがゆっくりと拳に集中する。

 

「オオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

魔獣は力の限り咆哮し、そのまま一輝に向けて突進する。防御を完全に捨て去った、と言うより意識する余裕も無くしたまさに愚かな特攻だ。一輝は構えて小宇宙を集中しつつ冷静に相手を観察した。やはりあの時感じた気配がこいつにとっては最大の力だったか・・・。やはり魔獣程度では暗黒聖闘士程の力も出せん様だな・・・・。

 

「・・・・ハアアアッ!!」

 

一輝の拳が魔獣を捉えた。そして一瞬遅れて魔獣の全身に緊張が走る。そして数秒後、魔獣は悲鳴一つ上げる事も出来ずにその場で燃え尽き、一輝の言葉通り「消し炭」となり、最期はそのまま灰となって風に運ばれて行った。

 

「・・・・・・」

 

一輝が拳を納めた時、既に其処には何もなかった。在るのは只何時もと変わらぬ景色、只それだけであった。

 

「思えばあの魔獣も哀れか・・・・出て来なければ消し炭にならずに済んだものを」

 

「ほう、倒した後にその台詞か?」

 

突如聞き慣れぬ声が一輝の耳に響く。しかし何ら動ずる事は無く、一輝はゆっくりとその方向に向き直る。其処には大振りの槍を携えた若い、しかし刀の様な鋭利な気配を持つ青年が一人こちらを見つめていた。年の頃は20代そこそこと言う所か。亜麻色の髪を綺麗に纏め、見た目は物柔らかそうにも思えるがしっかりとした防具を纏い隙らしい隙も無く絶妙な間合いを保ち其処に立っていた。言葉に出さずとも相当の使い手だと一輝は察した。

 

「俺に用か?」

 

「手に負えぬならば助けようと思ったが・・・要らぬ心配だった様だな。」

 

「用があるなら早く言え。俺はそれほど暇ではない。」

 

「この2週間、妙な噂が流れていてね。やれ若手の遊撃士を眼つき一つで威圧した男がいる、やれ十数頭の魔獣を素手で倒しそのまま立ち去った男がいる、盗賊に襲われても素手で武器と着ていた服を一瞬にして破壊し追い返した男がいる・・・。一応見た者全てから特徴を聞くと皆同じ特徴を口にした。そして今私の目の前にいる男の特徴と皆から聞いた特徴が見事に一致している。これは偶然かな?イッキ・ブライト君」

 

「・・・・・・・・」

 

「まさか『剣聖』カシウス・ブライトに御子息がいるとは聞いていなかったが、全く似ていないのだな?」

 

「・・・・俺は故あってカシウス・ブライトの養子になった。いい加減用件を言ったらどうだ?」

 

「この一連の騒動について、君に事情を聞いておきたい。遊撃士協会としても、君が敵なのかそうでないのか見定める必要が出て来たのでね。」

 

「一応は見張っていたと言う事か?」

 

「見張っていたと言う訳ではないが、ここの所起きたトラブルには、全て君が関わっている。しかも独力でそれら全てを解決したとなれば驚きもするし警戒もするのが当然だ。」

 

「俺に話を聞いてどうする?俺はお前ら遊撃士に敵対する意志は無い。無駄に労力を費やすだけだ。俺にいちいち話を聞いている暇があったら今この国を覆いつつある状況に眼を向けるべきではないのか?」

 

青年の眉間に軽く皺が寄った。一輝の投げた言葉が正解に近いと言うように。

 

「・・・成程、君はこの件の他にも何か知っている事があるようだね。ならばそれも含めて君に色々と聞いておきたい。君がこれ以上拒否するようならば遊撃士規約に基づき君を連行する事になる。そうなれば君の父上、カシウス・ブライトに対しても迷惑を掛ける事となるぞ?」

 

「俺の父をやけに恐れている様だが、俺は貴様らと話すつもりは無い。父カシウスに対し迷惑を掛けるつもりも無い。」

 

「そうか・・・・。」

 

青年は幾分目を伏せつつ素早く槍を構えた。その眼は既に説得する気など毛頭無く、一輝を完膚なきまでに叩き伏せてから連行すると言う意志を発散させていた。一輝は構えるでなく只その青年に対し向き直った。

 

「名乗っておこう。私は遊撃士協会グランセル支部所属、クルツ・ナルダン。『方術』使いと呼ばれている。」

 

一輝は只無言で通した。その眼には先に若手遊撃士アガットに向けた只威圧するだけの瞳ではない。幾多の邪悪に対し向けて来た「聖闘士」としての眼を向けていた。クルツは冷静さを保ちつつ心中で評した。

 

(何と言う苛烈な瞳だ・・・・。今まで相対して来た敵の中でもこれほどの眼を持つ者はいなかった・・・・しかもオーブメントや導力魔法すら使わずに魔獣を素手で倒せるとは・・・。)

 

クルツが動こうとした瞬間、一輝が鋭く右手を一閃する。クルツは瞬間でそれを防いだが、今の攻撃が殆ど見えなかった。続けて2発、3発を衝撃波がクルツを襲う。クルツは動きを何とか先読みしてそれをかわすが完全にはかわし切れず頬や腕に切り傷が出来ていた。

 

「どうした?『方術使い』この程度が見切れぬと言う事はあるまい?」

 

「・・・・・っ!!」

 

クルツは驚愕していた。あの速い拳が「この程度」だと?下手をすれば、いやしなくともカシウス・ブライトと同等以上の速さ・鋭さ・威力を持った拳ではないか。しかも全く隙が無い。既にこちらは槍が届き、撃ち込める間合いにある。しかし奴の前にこれ以上踏み込む事が出来ない。こんな男がいたと言うのか!?しかし此処で踏み止まっていてはそれこそ切り刻まれてしまうだけだ。クルツは激しい拳撃を何とか掻い潜りあらゆる角度から槍を繰り出した。

 

「ほう・・・・。」

 

言うだけの事はある、と一輝が素直に感じた。角度・スピード・タイミング・威力。どれを取っても素晴らしいものであり、その中に巧妙にフェイクを織り交ぜたその槍術は間違い無く達人の域にあった。一輝はその全てを捌きつつも今までこの槍の前に立った魔獣や犯罪者、その他の敵は容赦無く切り刻まれ、或いは徹底的に叩き伏せられて行ったのだろうと思う。しかも一輝の拳を喰らい、受けつつもそれを二度は喰わずに向かって来る技術と言い、なかなかの戦士だ。しかも体術にも優れており時折良いタイミングで拳や蹴りが飛んで来る。遊撃士教会の中で上位と言われるのも頷ける話だ。

 

「やるな・・・・。『方術使い』」

 

「君こそ、恐ろしい腕前だ。」

 

「貴様は遊撃士教会の中でも上位と聞く。その貴様が俺に話を聞きに来たと言う事は、それなりの事が起きつつあると言う事か。」

 

「遊撃士について調べたのかね?」

 

「父カシウスから大枠は聞いている。」

 

自然、双方が拳を納め再び間合いを取った。二人ともこれまでの殺気は幾分勢いを潜め、眼差しも互いを探り合うと言う感じに変化していた。一輝が構えを解くと同時にクルツも槍を下ろした。双方にあった殺気は既に殆ど無くなっていた。

 

「話をしてくれる気になった・・・・と思っても良いのかな?」

 

「俺の方からも聞きたい事がある。父カシウスはこの事を知っているのか?」

 

「ある程度はな。そして今回私が出向いたのは、カシウス准将から直接の依頼が遊撃士協会に対してあったからだ。」

 

一輝は軽く眉を上げた。父カシウスが俺の行動をある程度把握し、上級の遊撃士を寄越したとなれば、父カシウスは今このリベールの状況について何かを知っている、いや何かを既に掴んでいると言う事なのだろうか。何も無しに行動を把握する等と言う事は有り得ない。事は俺が予想しているより既に深く、広範囲に広がっている・・・・?

 

「先に俺に対し若手がどうの魔獣がどうのと言ったのは単なる口実か?」

 

「実際その事でも話を聞きたいが、重要度は低い。本当に聞きたい事は他にある。」

 

「それにプラスして、個人的に俺を試す積もりでもあったようだな?」

 

「実際に手合わせして分かったよ。手加減等したら逆にこちらが殺されていたかも知れん。ある種、君の動きは人間のそれではないからな。」

 

そう言うとクルツは無駄の無い動きで槍を納めた。手荷物を取った所で空の動きが緩々と変わって来た。どうやら通り雨が来そうな雰囲気である。一輝はさりげなく聖衣箱に眼をやるとそのままの姿勢でクルツに問い掛けた。

 

「さて、何処に行けばいいのだ?」

 

「君が立ち寄ったツァイスの街中にも遊撃士協会の支部がある。そこの二階で話を聞かせて貰いたい。」

 

「いいだろう・・・・。」

 

既に通り雨が地面を濡らしていた。一揆は聖衣箱を担ぎ上げるとクルツの後ろを付いて行くと言う意志を体で示した。クルツは聖衣箱を見て物珍しそうに問い掛ける。戦いの時の眼と違い、クルツの眼は幾分優しげでもあった。

 

「君の担いでいるその箱・・・・君の荷物が入っているようだが随分な大きさだ。着替えでも入っているのか?」

 

「いや・・・。下着なんかの替えはこっちに入っている。」

 

一輝は腰にぶら下げている中位の袋を指で指した。そして聖衣箱を肩越しに見遣り懐かしそうに呟いた。

 

「こいつは俺の唯一の相棒だ。こいつに認められなければ今頃俺は地獄の亡者共の仲間入りをしていた事だろう・・・・」

 

「・・・・・・そうか。さあ、早い所ツァイスに戻ろう。時間が惜しいからね。」

 

そうして二人の青年はツァイスに向けて歩み始めた。クルツは既に確信していた。眼前を歩くこの男は何か大きな事を知っている。カシウス准将からの依頼もおそらくこの男に関係した事柄だろう。遊撃士協会も、王国軍も目の前のこの男一人に眼を向けている。この男が持つこの力は今まで感じて来たどの力とも違う異質なもの。敵ではない様だが・・・この男は何者なのだ?

 

(リベールを覆いつつある、影、か・・・・・)

 

通り雨は何時しか激しさを増していた。雨は激しく地面を叩き、地面の色を変えて行く。そして遠くから雷鳴の轟く音が空気の震えと共に伝わって来た。クルツにはこの雷鳴がリベールの未来を暗示する言葉の様にも聞こえてならなかった。

 

 

 




今回もシリアスな感じで色々と書いてみました。もうちょっと詰めて表現できればいいなとは思っています。ご意見ご感想、お待ちしております。

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