鉄血のオルフェンズ 黒騎士   作:クソメガネザル

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第14話

 それは泡沫の夢か。1人の男が暗闇の中で揺蕩っていた。

 

《私は……俺は……》

 

 彼の名はアイン・ダルトン。ここは死に目に見る走馬灯なのだろうか、と冷静に考えていた。そして、思い起こされるのは初陣だった。

 

 犠牲を出しつつも、順調に制圧を進めていた自分達の前に現れたガンダム・エリゴス(黒騎士の悪魔)に翻弄され、作戦の指揮をとっていたオーリス隊長が地下より現れた悪魔──ガンダム・バルバトスに討たれたのを思い出す。後に知った‘阿頼耶識’による滑らかな挙動かつ、敵機体の圧倒的な機動性と膂力。相手の反応に全くついていけず、無様を晒した。

 クランク・ゼント 二尉の駆るグレイズに抱えられ、撤退行動をしてもらわなければ。自分も死んでいたのは想像に容易いものだった。

 

[俺も連れて行ってください!]

 

 その後、上官(コーラル)からの命令でクランクは戦地に赴くこととなった──たったの1人で。

 

[その傷では足手纏いでしかない。連れて行くのは無理だ]

[俺たちを含めて3機でもどうにもならなかった……そんな奴らですよ──こんなの、クランク二尉に死にに行けって言ってるようなものじゃないですか!]

[そうだな、だが。相手は女と子供でな……お前まで、手を汚す必要はないのさ]

 

 憤慨しつつ、アインは彼を引き止めようとするが。その決意は変わらなかった。

 

[アイン、お前にこれを託そう。俺がここに戻ることは二度とないだろうからな]

[クランク二尉……]

[お前の、その清廉な戦士の誇りが腐ることはないように。決して俺のようになってくれるなよ]

[くっ……上官としての貴方を俺はどんな時でも尊敬しています。御武運を……!]

 

 クランクが彼に託したのは自分のギャラルホルンに所属する意味を教えるバッチ。アインは準備を済ませて去って行く男に敬礼、そして見送ることしかできなかった。

 

《嗚呼、なんで。俺はこんなにも無力なのだろうか》

 

 その後、数日経ち。クランクの戦死の報せを聞いたアインは彼のバッチを眺め続けていた。

 

《そうだ、俺はそこでこの憎悪を燃やしだしたんだったな》

 

 そして、立て続けに上官となる者を喪ったのだ。彼らのせいで、‘鉄華団’と名乗る無法者達と、【マクギリス・ファリド特務三佐】が接敵し交戦した‘騎士姫’と名乗った者のせいで。

 

[お前が追撃隊に名乗りを上げた火星人か?]

 

 火星には戻れない。その旨をマクギリスに話し、追撃隊への編入を直訴したアインの前に現れたのは。

 

 監査官の任務に付き、火星に行くマクギリスの護衛を受けていた【ガエリオ・ボードウィン特務三佐】だ。

 

[ハッ! アイン・ダルトン三尉にあります!]

[そうか。マクギリスから聞いていた動機が動機故に存外に骨のある奴かと思っていたが。──見込み通りのようだな]

[と、申されますと?]

[新兵にしては実戦を二度も生き残ったんだ。実力は問題ないと判断してやろうと言うわけだ……さて、地球に帰るぞ]

 

 次にアインの上官となったガエリオは不思議な者だった。

 

[アイン、お前は鉄華団の小僧どもに何か思うところはあるか?]

[……特には。私には憎むべき仇敵でしかありません]

 

 地球へ向かう道すがら、そんなことを聞くガエリオに、渋面で応えるアイン。その様子に苦笑しながら彼は

 

[そうか。あの宇宙ネズミ……ヒューマンデブリと言う存在については?]

[……阿頼耶識を身につけたヒトモドキですよ。俺からしたら]

 

 吐き捨てるように言うアインにガエリオは神妙な顔で言う。

 

[そうか。そんなヒトモドキを生み出すきっかけは、俺たちギャラルホルンに責任があるのかもしれないことは知らないようだな]

 

 そう言い、彼は士官学校時代に見たスラム街の暴動鎮圧の事を語る。

 

[人が人として生きれる世界は、このご時世じゃ稀有なんだよ。スラム街はそれはそれは悍ましいモノだぞ?]

 

 暴徒を鎮圧した後。興味本位でスラム街の裏路地を見た彼はカルチャーショックに近いモノを受けたと言う。

 道に転がる痩せこけた子供の遺体は腹を裂かれ、内臓を抜かれたもの。あるいは物乞いの男が面白半分にいたぶり殺された様な遺体もあったと言う。

 

[経済圏の格差、それらを見ずに俺は生きてきたからな。ショックだったさ、そりゃあな]

 

 自分の守るべきものはなんなのか。ボードウィン家の家訓は‘高潔であれ’。ガエリオはそれを見失いかけるほどに辛い現実を知り、見たのだ。

 

[そう言う場所から攫われたり。宇宙に蔓延る海賊が移民船団を襲って子供を拐い、端金にも満たん値段で売り飛ばされる少年少女──そう言うのがヒューマンデブリなんだ]

 

 見ず知らずの少年少女の事を聞かされても、そんな顔をしているアインに対して。

 

[……俺はな、アイン。ギャラルホルンの現在体制を、刷新或いは破戒する必要があると思っている。セブンスターズの腐敗から、全ては尾を引いて末端にまでその腐敗を広げてしまっている]

[どう言う事でしょうか]

[‘クーデター’を起こすんだよ。タイミングはいつになるかわからんがな]

[なっ……]

 

 そこでハッとしてガエリオは口を滑らせたと、‘やってしまった’と言う顔をする。

 アインはそれを見て……思わず笑いそうになった。

 

[ふん、笑えるなら笑え。まぁクーデターの計画は流石に冗談だぞ? ブラックジョークの一つや二つ、言わねばお前は笑いそうになかったからな]

 

 嘘が下手な方だ、とアインは苦笑した。先の件でガエリオの目は、未来を見据え。そして本気の眼差しで、理想に燃える男の目をしていた。

 

《そうだ、ボードウィン特務三佐もクランク二尉と同じ目をしていたんだ。だから俺は、惹かれたのか》

 

[なら、その件は私の墓にまで持っていきますよ特務三佐。それで。その、ありがとうございます]

[気にするな。それにしてもお前は生真面目が過ぎるぞ……揶揄い甲斐がないのはつまらんぞ]

[‘常に本気’の方を相手に、ふざけた態度などできるはずもありませんよ]

 

 こうして、アインはガエリオと共に地球に向かう。彼は守らねばならない人だと、失ってはいけない人材だとアインは認めた……ただの貴族の坊々ではなく、尊敬し、敬愛すべき男であると。

 

《こんな所でうかうかしてられませんね……特務三佐》

 

 アインの意識は、浮上して行く。

 

 ●

 

[ですから、追撃隊は出撃させません]

「それをなぜだと言っているのだ、カルタ・イシュー 一佐。 相手は、オセアニア連邦に潜んでいるのは調べが──」

[ならば、先に踏むべき手続きがあります。 私共も交渉はしておりますが、依然。 進まないのです]

 

 ヴィーンゴールヴ司令官、イズナリオ・ファリドは苛立ちを募らせていた。彼の後見人として、後ろ盾を与えているイシュー家名代のカルタは命令を聞き入れず、反論までしている状態であった。

 しかし、彼女の言うことこそが真理である。 然るべき手続きからオセアニア連邦への交渉。 それをすっ飛ばして追撃隊を送るなど、建前として秩序の番人たるギャラルホルンが行なって良いことではないと。

 今行動を起こせば、先のドルトコロニーでの問題が尾を引き、権威失墜と言うド阿呆極まりない状態に追い詰められるのは自分達ではないのかと逆にカルタに諭される始末。

 

 司令官の器としてそれはどうなのか……カルタに疑問を突きつけられては、イズナリオも引くより他なかった。尤も地球外縁軌道統制統合艦隊には、経済圏に関係なく介入する権限がある。

 しかし、カルタとしては下手に追撃をして自軍から死者を出すのが嫌なだけである。 後は面倒ごとに自分から首を突っ込みたくないと。

 

[私共の交渉の引き継ぎをお願いいたします。 お得意の収賄でも渡せば、倒してくれるかと存じますがね。 では失礼いたします]

「あの牝狐めぇ……」

 

 青筋を浮かべつつ。 ガンッ! と机を殴りつけてイズナリオは冷静さを取り戻す。 追撃できそうな者たちを頭で考え、ちょうどいい者たちがいるのを思い出した。火星からわざわざ鉄華団を追ってきた兵士が重症を負ったと先に報告があったのを思い出したイズナリオは脳内でプランをまとめる。

 

「ボードウィンの倅を使うか……彼ならば応えてくれるだろう」

 

 確信を胸に、イズナリオはスレイプニルに通信を繋ぐのであった。

 

 ◯

 

 宇宙、ボードウィン家所有の戦艦‘スレイプニル’にて。

 ナノマシンベットに身体を漬け込まれた──左腕と両脚を圧壊させ、切断を余儀なくされた──アインが眠っていた。

 

「すまない……どうしてやることもできない……」

 

 ガエリオの脳裏には先ほどの医術士官の言葉が浮かぶ。

 

《あらゆる手立てを講じております。 ですが、彼を再びMSに搭乗させるほどに快復させるには医学的、工学的、機械的な処置が必要なのです!》

 

 葛藤。 ガエリオは悩み続けていた……己の部下であり、恩人を機械仕掛けの怪物にしたくない。 しかし、もう元には戻せない……と。

 

「んっ……特務三佐……?」

「アイン……! 目が覚めたのか!」

 

 意識を取り戻した部下の様子にガエリオは喜色を孕んだ声を出す。昏睡状態が丸一日も続いていれば無理もないが。

 

「特務三佐……怪我がなくて……よかった……」

「あまり喋るな。傷に障るぞ」

 

 そう言うガエリオ。対してアインは目尻に涙を溜めていた。

 

「……いえ、上官を……今度こそ護れたのです。……両脚と左腕の感覚が……無いのですが、自分は……俺は後悔なんて……」

「お前と言う男は……! 大丈夫だ、俺がなんとかする! お前から受けた大恩を返せなくてはならんからな」

「特務三佐……」

「今はゆっくり休め、アイン」

 

 そう言い、アインに寝ろと指示を出すガエリオ。その様子を見守っているとガエリオにブリッジから呼び出しがかかる。

 

[災難だったな、此度は]

「イズナリオ様……!?」

 

 通信の相手はまさかのイズナリオだった。にこやかに、そしてガエリオを心配するように彼は言葉を紡ぎ出した。

 

[カルタ・イシュー 一佐の敗退と追撃の交渉を引き継ぐ合間に、其方もこの度の防衛に当たってくれたと聞いて。労いの言葉程度はかけねば司令官として不義理かと思ってな。迷惑だったかな?]

「め、滅相もありません! ありがたきお言葉です」

[そうか、それは良かった。して、部下が重傷を負ったそうだね。再起不能なほどに]

「……はい、自分を庇っての負傷です。アイツは名誉の負傷だとは言ってくれましたが……」

 

 どこから聞いたのかと言う顔をしてしまうが、情報の出どころはカルタだったらしい。防衛失敗により、「折檻するわよ!」の宣言に、彼は折檻されるかもとビクビクしていたが。

 場を和ませるためのジョークだと言われ、彼女に揶揄われていたと悟ったガエリオは憤慨を覚えた……のも無理もない。話が逸れかけたが、それを確認したイズナリオ。彼はしばし瞑目し、そして。

 

[なるほど……ガエリオよ。私にはその君の部下を、‘英雄’として再び大地に立つべくの脚を用意できる]

「……はぁ!? それは本当ですか!?」

[私が嘘をつくと思うかね?]

「と、とんでもありません! しかし、誠には信じ難いのもまた事実でありますが故に」

 

 それもそうだろうな、とイズナリオは言う。ギャラルホルンにおいて再生医療の発展こそまだ途上なのだから。

 

[そうだな、用意できるのは……其方達を散々に苦しめ続けている‘阿頼耶識’だ]

「なっ……」

[‘真なる人機一体’を謳い、私が肝入りで。水面下で進めている計画でな……事故や戦闘において四肢の切断を余儀なくされた兵士が再度戦場に征く機会を与えるべく、慈悲の精神を持ってして阿頼耶識を授ける試みなのだが]

 

 そう宣うイズナリオは勿体ぶるように少しの間を置く。ガエリオは「それこそ‘機械の化物’にしろと言うことではないのか」と内心で毒吐く。

 

[現在の再生医療では、四肢の再構築は義手義脚を用意することだけしかできぬ。精密でデリケートなMSの操縦などそれでは夢のまた夢になろう……故に、マンマシンインターフェースによるダイレクトの操縦を前提に、阿頼耶識に頼るのだ]

「ぐ、しかし」

[ギャラルホルンの禁忌に抵触するのを危惧しているのはわかる。私も同じ気持ち故にな……しかし、‘虎穴に入らずんば虎子を得ず’とも言うだろう? 実用的なデータなくしては、発展もなしである。水面下で進めているこの計画、ノウハウはもう確立しているのだ。が、被験者が限られているが故に、応用がなかなか進まぬ]

 

 悲しそうな雰囲気のイズナリオ。真摯にガエリオを見つめてこう言った

 

[この話は無かったことにしてくれても構わぬ。最終的な判断を決めるのはアイン・ダルトン三尉殿本人故にな]

「承知いたしました。この件はアインに伝えておきます」

[うむ、吉報を待っておこう]

 

 通信が切れ、自身の端末にデータが送られているのに気がついたガエリオはそれを確認し。吐きかけた……忌むべき‘機械の化物’に部下を貶す。悪魔に打ち勝つべく、悪魔に魂を売るのか──彼らの選択の刻は近い。

 

 ●

 

《ここはどこなの?》

 

 気がつけばどことも検討のつかない見知らぬ空間にいた。

 

 そこは中心に黒いエネルギー体が鎮座する妙ちきりんな重力の働き輪を感じる場所。マリアンナはそんな空間にふわふわと浮いており。その空間の天には砂嵐を映す投影画面があり、時折映像が流れては途切れる。

 

《アレは……》

 

 彼女は手足を動かす。歩けるように動けた。足元を見た時、システムコンソールが目に付き。それを手に取ると、操作できるようだ。

 

 それらを色々と触っていると投影画面に映像が映されて……彼女はそれを眺めた。

 

『こ、これは□□□□□□□の共振? 人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか? 

 なのに恐怖は感じない? むしろ暖かくて安心を感じるとは……! 

 そうか。しかし、この暖かさをもった人間が地球さえ破壊するんだ。それを解るんだよ! □□□!』

『わかっているよ! だから! ──世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!』

 

 2人男が舌戦を繰り広げる中、地球に迫った小惑星が1機のMSに押し返されるあり得ない光景が流れ。

 

『少年! 未来への、水先案内人は──この、□□□□・エーカーが引き受けた! 

 これは、死ではない! 人類が生きるためのぉぉっ……!!』

 

 蒼のMSが‘願い’を──活路を斬り開き。

 

 その託された‘願い’のバトンを受け取った青のMSが

 

『□□□□□・バースト!』

『これがラスト・ミッション!』

『人類の存亡を賭けた……』

 

『『対話の始まり!』』

 

 2人の男が、青いMSが人類と別惑星より訪れた生命体の未来をかけた対話の光景が流れ。

 

『2機のガンダムがそろって楯突くか……人の総意の器であるこの私に!』

『器だなんて……たとえ造り物であっても人はそんなものになれませんよ!』

『その仮面の下にあるものを吐き出せ! □□・フロンタル!』

 

 白と黒のMSが、巨大な赤いMSと対峙している。

 

『それならば受けて立つまで……ガンダム!』

『うん? なっ……フロンタル! 一体何を!?』

『□□□さん! ──くっ、それでも!』

 

 過去より託された‘祈り’。負けるわけにはいかないと武器を失っても、彼らは戦った。

 

『奇跡もまた繰り返す。そして何も変わらない……』

『それでも……それでも!!』

 

 その思いが未来を掴んだ光景。

 

 他にも──優美で白く美しい羽を持つMSが描く軌跡の光景──運命を定めようとした‘不朽の剣’の望みを打ち砕き、青き羽に自由を乗せたパイロットの見た光景──火星と地球の最期の戦いの光景。

 

 マリアンナにとっては意味がわからない物ばかりだ。しかし、そのすべてには共通点があった。

 

《νガンダムとOOクアンタ、ユニコーンガンダム、ガンダムウイングゼロ、ストライクフリーダムガンダム、ガンダムAGE-FX……と。機能美に溢れた機体ばかり……悔しいくらいに美しいですわね》

 

 それらの持つ武装。今や形もない夢幻の光学兵器たる、‘ビーム兵器’が多く携行されていて。其の銘が……一部の例外はアレど。

 

《【ガンダムフレーム】とは違いますが……彼らもまた‘ガンダム’なのですね》

 

 誰かの戦いの記憶なのかもしれない。そんな事を感覚で覚えたマリアンナは他の映像を見てみようとしたその時。

 

《そうだ。俺たちはガンダムだ》

《いや、誰ですの!?》

 

 後ろから突如声が聞こえ、跳ね返るように彼女は振り向いた。そこにいたのは

 

《すまない、脅かすつもりはなかった》

 

 青いパイロットスーツに身を包む男だった。容姿は銀髪……ではなく、鈍色の金属で形成された頭髪。光を反射する鈍色の輝きの肌と虹色に輝く金色の瞳。

 

《この空間に棲んでいる……いや、飛ばされた(・・・・・)哀れな男。俺は刹那・F・セイエイだ》

《マリアンナ・レージスですわ》

《お前もガンダムか?》

 

 その言葉ではよく分からない。マリアンナは出かけた言葉を飲み込む。

 

《ここには黒歴史の記憶が記録されている。生きた人間が入ってくることはできないはずなんだが……》

《それって……ここが死後の世界なのですか!?》

《そんなわけが無いだろう。おそらく、君の脳量子波がここと奇跡的に繋がったのだろう》

《なっ、待って! どう言うことかを説明し……》

 

 刹那にそう聞くが、マリアンナはその存在感。己がここにいるという事が薄れていくことに気がついた。

 

《これは……》

《ここに長居しない方がいい。俺は人間では無いから……》

《訳のわからないことばかり言わないで! ワタクシは……》

 

 刹那に吼えるマリアンナ。しかし……

 

《悪意が近づいている……君たちの元に……期限は2年6ヶ月。頼む、ELS達を救ってくれ……》

 

 その言葉を最後に彼女の意識は反転した。

 

 ○

 

「追加したスラスターはもうダメだろうなぁ……」

『大気圏に突入したんだ。ダメになる前提で判断しろ』

「へーへー。しかしお前さん、よく喋るようになったな」

『自己申告してやってんだよ。頼りにしてるぜ、整備長さんよぉ』

 

 突如として、自我を剥き出しにしたバルバトスがおやっさんとのやりとりをしているのを三日月はボーッと眺めていた。そこへやって来たのはタービンズの3人娘だった。

 

「あたし達も手伝うよ」

「アジー、ラフタ。そっちはいいの?」

「漏影は元々地上用にセッティングしてあるから大丈夫だよー」

 

 三日月の言葉に応えたのは【エーコ・タービンズ】だった。

 

「それに、バルバトスのセッティングで試したい事もあるんですよね」

「興味深いのですぅ〜」

 

 顔がオイルで汚れるのも厭わずと言おうか。バルバトスを固定している整備台の下から現れるフィオ。

 

「フィオじゃん。元気そうね」

「私も手を貸せそうですし、詳細を聞いてもいいですかぁ?」

「もちろん。ガンダムフレームに強い人がいるなら心強いよ」

 

 アジーがそう言ってゴソゴソと出てきたフィオを迎えて。バルバトスの整備は進んでいく。

 

『なんでバルバトスだけこんなにモテてるんだよぉぉぉ!!』

『私が知る物か。煩いぞグシオン』

『その性格のせいではないか?』

『ここイヤぁぁぁ! 味方がいねぇぇ!』

 

 三日月にだけ聞こえる訳ではないようで、嫉妬からか騒ぐグシオンを諌めるエリゴスと指摘するアガレス。味方の居ない彼を昭弘とシノがそれを眺めている。

 

「ったく、また言ってやがるわアイツ」

「でも、あの気持ちわかるかも」

「以心伝心か、ならテメェが乗るか? グシオンに」

「いや、遠慮しとくわ。 ピンクに塗ったら毎日泣かれそうだし」

「いや、そこかよ」

『聞こえてんぞガチムチ野郎!? なんで俺のユーザーは毎度毎度筋肉バカなんだよホント!? でも、射撃もそつなく熟せるなら文句はねぇ! ダサいあの重装甲には辟易してたんだよな!』

「ウルセェぞグシオン」

『昭弘も塩対応するぅぅぅ!?』

 

 ズレた返答をしながら笑うシノに呆れた笑みを浮かべるながら、絡んできたグシオンを切り捨てるように対応する昭弘。

 今だけは平和な時間を過ごしている。例えそれがひと時の平和で、嵐の前の静けさであったとしてもそれを噛み締めるように彼らは過ごしていた。

 

 そして、その日の夕方。蒔苗東護ノ介の座す島の屋敷にオルガ達が呼ばれ。関係のない団員達はと言うと……

 

「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」

「ウルセェぞシノ。マツダ・優作みてぇになってんぞ」

「マツダ・優作って誰、おやっさん」

「大昔の俳優さ……」

 

 鰈に驚いたり、はしゃいでいた。

 夕食時にタービンズの3人娘に手伝ってもらいながら、さんざん苦労して調理した魚に全く手をつけない。

 否、見たことがない食物に拒否反応を示す団員達に内心で業を煮やしながら三日月から分取った魚の煮付けを口に運びながらアトラは。

 

「うまっ! ……そういえば、マリアさんなかなか目を覚ませないみたいだね」

「ドクターの話じゃ、なんて言うんだろ……脳に負担がかかり過ぎて休眠してるんだって」

 

 気難しい話は三日月にはわからない。ただ、相応以上の負荷がマリアンナを襲ったのに違いはないとは理解していた。

 

[いいかい? 三日月くん、昭弘くん。君たちはリミッター解除を使ってはいけないよ?]

 

 Dr.ウェルに言われた事を守るつもりではあるが、有事の際は言ってられないから。それが三日月と昭弘の、内心での答えであった。彼女が何やら特殊なのか。ナノマシンネットワークの再調整をDr.ウェルが済ましている。

 その作業中も彼女はずっと眠り続けている。ドクターいわく、彼女のナノマシンネットワークは独特なシステムに変化し始めているとの話だ。元々、阿頼耶識システムは人間の潜在能力を拡張させるデバイス。ナノマシンが第二の脳を務めている。

 マリアンナの阿頼耶識システムは、三日月達の物と全く違う。Dr.ウェルが過去の資料から作成した物で、アグニカ・カイエルのみに宿っていた物を5割型再現した物だ。加えて、マリアンナのナノマシンはサイコフレームと呼ばれるものを混ぜた物を新たに投与してあり、アグニカの阿頼耶識とも今や別物へと変貌している。

 

 Dr.ウェル曰く、早く鉄華団の団員に施された雑な阿頼耶識を取り替えたいらしいが、施設資材が足りない今は。三日月達の阿頼耶識システムとナノマシンを改修できないのだ。

 

「オルガ達、うまくやってればいいけどなぁ」

 

 ●

 

「はぁ!? なんの権限もねぇだと!? 俺たちはそんななんの権限もねぇ爺さんに会いに来たって言うのか!? ──なんてな」

「……ほぉ?」

 

 自身が失脚している旨を話し、権限はないと言う【蒔苗 東護ノ介】。しかし、それに対してオルガは不敵に笑ってみせる。

 

「地球の情勢はこっちもきっちり見てるんだ。情報は金だろ? つまり、俺たちをわざわざここまで呼びつけたってことは」

「逆転の一手はまだ残ってる。それは詰みではない、と言う事ですね」

 

 オルガ、クーデリアが口々にそう言う。

 

 マリアンナに地球の情勢を調べておくように、と指導されていた彼らは精査した情報の中で。蒔苗氏の失脚の裏にギャラルホルンの影があると理解していた。

 

「聡いのぉ……いや、あれだけ裏工作やらをしているギャラルホルンが無関係なわけがないと……消去法で推察したのじゃな?」

「大方そんなもんだ。つかよ、手をこまねいてる暇はねぇんだろ? アンタの案、まずは聞かせてくれ」

 

 蒔苗は話した。自身の置かれている境遇、そして代表を決める全体会議で必ず勝てる……ギャラルホルンと連んでいる議員は少数なのだと言う。

 

「亡命中の儂を2週間後の会議までにエドモントンへ護送してくれるならば、国を挙げてお主らの後ろ盾となろう」

「わかった、だが。すぐには決めれねぇ」

「わかっておる。だが残された時間は少ない……有効に使うが良い」

「わかった。まずは団員に話を通してくる。時間くれてありがとよ」

 

 髭を扱きながら蒔苗はオルガを見据える。

 ギロリ、と眼光を光らせようと彼は動じない。

 

「ふむ、よく鍛えられておる。その聡明さ、鈍らすでないぞ小僧」

「ハッ、頭張ってる俺が肝座ってねぇと他の奴らが浮き足立つじゃねえか。アイツとの約束もあるからな」

 

 幼い頃に彼女と交わした約束を守る、それを思い出したオルガの目に迷いはない。

 

[なら、カッコいい人になって。オルガが、わたくしのおむこさんならとうぜんですわ!]

[とおぜんだろ? 俺たちはその場所に行くんだからよ!]

 

 その光景を思い出しながら、オルガは決める。

 

(そうだ、俺は……止まれねぇ。だけど、他の奴の意見も聞かねえと‘団長’失格。そうだよな、マリアンナ)

 

 未だ眠る少女を案じながら、オルガ達は蒔苗の屋敷を後にするのだった。

 

 ●

 

「団長! マリア姉ちゃんが目を覚ましたぜ!」

「本当か、ライド!」

「よかった! ってオルガ、ちょっと待った方がいいよ!?」

「ああ! 今は着g……って、団長!?」

 

 ライドの報告にオルガはすぐに反応して。呼び止めるビスケットを無視してしまいながら彼は。マリアンナの眠る宿舎へ飛び込んだ。

 

「マリア! 目が覚めたんだな!」

 

 どんがらり、ドアを開けたそこには。

 

「……ぇ?」

「……は?」

 

 下着姿で、タオルで体を拭くマリアンナと目があった。フミタンより小さいが、クーデリアのそれよりも大きな双丘と言う、細いがメリハリのついた体躯は黒いレース付きの豪奢な下着で隠されており、真珠の様に自然な艶のある肢体はとても艶めかしいもので。

 

「き……」

「き?」

「キャァァァッ!? 変態! 変態ぃぃ!」

 

 羞恥のあまりに、顔が真っ赤になったマリアンナは手を振り上げると……

 

「ま、待て! わざとj」

「問答無用ですわぁぁぁっ!」

 

 ばちーんッ!と乾いた音が部屋に響き渡るのであった、とさ。

 

 数分後、着替え終えて。泣くまでは行かずとも。未だ赤い顔で、頬を膨らしながら怒るマリアンナを連れ立ち、オルガは彼女を乗せた車椅子を押して歩いていた。

 病み上がりゆえに、歩くなとオルガが車椅子に彼女を乗せたのだ。

 

「ノックはしてくださいっていつも言ってるでしょうが全く!」

「すまねえ。ついやっちまった」

「はぁ、まぁいいですわ。謝っておられるのですから……今後、同じようなことはしないでくださいよ?」

「はい、肝に銘じます」

 

 潮風が吹き、頬を撫でる。オルガは頬の痛みを思い出したかのように顰めっ面になるが、自業自得だよなと自身に言い聞かせる。

 細波の音が耳に入り……静かな夜を少し太ったであろう三日月が照らす。

 

「重くありませんか?」

「こんな程度、苦でもなんでもねぇ。無理させてすまねえな」

 

 気にするな、と砂浜を歩くオルガはマリアンナに言う。

 

「やっと着いたな、ここに」

「ええ、長かったですわね。でも……」

 

 まだまだ仕事はある。マリアンナが、そう言いたい事を言う前にオルガは待ったをかける。

 

「今までありがとな。マリア」

「改まってどうしましたの?」

「この仕事にお前を連れていけない」

「……え?」

 

 オルガはマリアンナに告げる。

 

「これ以上、お前を頼るわけにも行かなくなったって話だ」

「オルガ……私の力はもう必要ないのですか?」

「ああ。これ以上、ギャラルホルンとのドンパチにお前を巻き込みたくないんだよ……もう、お前が前に出なくてもいいんだ」

 

 オルガはずっと考えていたと話す。鉄華団の抱えた問題を前に、彼女はいつも献身的に支えてくれたが。これ以上巻き込んでいいのだろうか、と。

 

「ここからは俺たちの、お嬢さんの戦いなんだ。お前にこれ以上無理させっちまうのは、亡くなった親父さんに筋が通せないんだよ」

「分かりましたわ。では」

 

 わかってくれたか。とオルガは安心しかけると……

 

「では、ワタクシを鉄華団で雇ってください」

「わかってくれ……は?」

「傭兵の‘騎士姫’を雇っていただきたいのですわ」

 

 マリアンナは笑いながらそう言う。

 

「どのみち今から火星に帰っても、あと有給が3ヶ月残っています。この遠征もワタクシの会社では仕事として扱われてしまっていますし」

「はぁ!? おま、話を聞いて「ワタクシは貴方と離れたくないのですわ!」──」

 

 思わず声を上げる、はしたないと分かっていてもマリアンナは叫んだ。オルガは思わず黙りこくる。

 

「んだよ、それ。卑怯すぎんだろうが」

 

 嬉しさ、気恥ずかしさ。込み上げてくる思いを押し殺しながらオルガは言う。

 

「俺だって考えたよ。これ以上お前に……なんだ。──だぁぁぁ!!」

 

 らしくないほどにオルガはキレの悪い反応をしながら言葉を捻り出す。

 

「これ以上、好きな奴が傷つくのは見たくねぇんだよ……! それのどこがおかしい考え方なんだよ!」

 

 オルガは半ば自棄に叫ぶ。

 

「……あ、はい?」

 

 真っ赤になり、彼女は呆然とする。

 

「す、好き? 貴方がワタクシを……?」

「そうだよ! ったく、降下の時は本ッッッ当に心配したんだからな?」

「それは、ごめんなさい……」

「いいよ、ドクターに散々説教されたって聞いてるからよ」

 

 シュンとするマリアンナにフォローするようにオルガは言う。彼は彼女がぎゅう、と手を握ったのに気がつかなかった。

 

「ま、まぁこの返事はまた今度で……」

 

 仕事が終わってから聞かせてくれ。そう言おうとしたその時。

 

 立ち上がったマリアンナがオルガの胸に飛び込んだ。

 

「うぉっ!?」

「ごめんなさい、はしたないのは承知ですわ……ワタクシは愛しています、貴方を。オルガの事を」

「……マリア?」

 

 彼の胸に身を預けて背伸び。月明かりが雲に遮られ、一瞬暗闇に飲まれる。

 

 そして、不意打ち気味に彼は。オルガは、動けなかった。なぜなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリアンナはオルガの唇を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラと月明かりを反射して、細波が音を奏でる。星々は煌めき、彼らを照らす。しばし2人は放心して、その体勢のまま固まった。やがて、マリアンナから唇を離して。

 

「……女にここまでさせたのですわ! こ、これがワタクシの返事ですわ!」

「あ、あぁ。わかった、ならよ、一つ約束してくれ」

「なんなりと」

「無理はすんなよ。俺たち全員で、誰も欠けずに火星に帰るぞ」

 

 俺たちを頼れ。言葉はないがそうマリアンナに言う。それを

 

「委細承知致しましたわ。これからよろしくお願いしますわ、オルガ」

「おう。よろしくな、騎士姫サマ?」

 

 2人は拳を突き合わせる。そして

 

「で、今後について相談があるから……ビスケットのところに行ってもいいか?」

「砂浜で黄昏てるのですわよね?」

「えーと……うん」

「……」

 

 そこには、ルーシカ、オルガ以外の先客がいた。

 

「ミカ、ビスケット……っ!? もう来てたのかよ」

「わわ、わっ!? え……見てましたの……?」

「「……」」

 

 気まずい雰囲気の中、2人は首肯した。

 

 穴があったら入りたい。オルガとマリアンナの2人は頭を抱えてしばらく動けなくなってしまうのだった。

 

 to be continued

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