鉄血のオルフェンズ 黒騎士   作:クソメガネザル

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第15話

 ⚫︎

 

「と、とりあえず僕らは何も見てないって事で、ね! 三日月もそれでいいよね!?」

「なんでビスケットが取り乱してるんだよ。まぁ、俺もそれでいいけど」

「気を遣われる方が辛いんだよなぁ……他の奴らには言うなよお前ら。バラしたら末代まで恨んでやるからな」

 

 オルガの恨み言、三日月は彼の頼みなら言いふらす真似はしないし。ビスケットもなんだかんだで口が硬い。マリアンナも苦笑しながらやり取りを眺めていた。

 

「兄さんからメールが届いてた。ドルトカンパニーは労働者を大事にする組織改革をする予定だってさ」

「それはよかったですわ。派手にやった甲斐があります」

「ド派手にやった、だからね!?」

「いいえ、アレくらいしても問題ないくらいに腐敗してましたから、当然の報いですわ!」

 

 サラヴァンのメールには一部のことを、マリアンナには伝えないで欲しいと頼まれたビスケット。ドルトカンパニーは今なお、痛烈な批判等々を受けて本社と労働組合が泥沼のような争いとストライキによる真っ向からのやり合いが続いていると言う。

 ただ、目処がつき次第社員のことを大事にしている一部重役員を筆頭として旗揚げをやり直す算段だとも兄は語っていた。

 

「さて、ドルトカンパニーがいい方向に行くかどうかは今の俺たちに関係はねぇ。ビスケット、俺たちの今後。どう動くかを決めようじゃねぇか」

「うん、そうだね。僕はクライアントからの依頼は完遂したと思ってる。地球に送り届けるのが僕たちの仕事だったから」

「あァ、そうだな。その仕事は終わった、だから地球を離れて火星に帰るのも悪くねぇだろうな」

 

 ビスケットの意見にオルガは首肯する。自分たちのやるべき仕事は終わったのだと、認識しているが……それにはまだ続きがある。

 

「だが、ギャラルホルンがはいそうですかって俺たちをタダで火星に返してくれると本気で思うか?」

「……それは、横槍があるかもしれないね。僕らは散々彼らの顔や傷跡に泥を塗り込むくらいのことはやってるから」

「その自覚があるからこそ、地球での後ろ盾は必要なンだよ。例えば国丸々を味方につけるくらいはしねーと安心して宇宙に上がれねぇ」

 

 気だるそうに、めんどくさそうにオルガはそう溢す。ビスケットととしても、それは対策を必要とする、そう頭の隅で考えていたのだから。

 

「マリアを頼るのは無理なの?」

「ええ、ワタクシは地球に残るつもりですわ。もちろん、ここでのイザコザを終わらせて火星に帰るつもりですわ」

「なるほど……例のアレを使って、ギャラルホルンの本部に行くんだね、君は」

「あなた方の帰りを阻害させるわけには行きませんから、腐敗も糺さなくてはいけませんし」

 

 あれこれが終わった後。マリアンナはギャラルホルンの本拠地、ヴィーンゴールヴに殴り込むらしい。そのために、八輝勲章を持ち出してきたのだから。

 

「それに今後についてユージンたちの方とも連絡をとらねぇと、伝達不良なんて起こった日にゃあ最悪通夜だ。オセアニア連邦が匿ってくれてるらしいが」

「蒔苗さんの手配で、だからね。だから、僕たちはそこそこ弱みは握られてるんだよ。それでもやるの?」

「当たり前だ。このままガキだと舐められたまま終われるかよ……俺たちが無事に火星に帰らねぇとな。ビスケットの家族だって向こうに残してるんだ」

 

 オルガの中で腹は決まっている。マリアンナのためにも、クーデリアと蒔苗氏をエドモントンへ送り届けるのが最適解だと言うことも。血を流す方法しか自分たちにない、だからビスケットは帽子を深く被り直して瞑目する。

 

「わかった。危険だとわかっていても、僕らは進むしか道がない。テイワズは圏外圏であればある程度強権を振るえるけど、ここは地球。味方は少ないよ?」

「そのために、俺たちなりにやるだけさ。マリア、そうだろ?」

「ええ、ここから先は企業力を見せつけましょう。まずは船の手配と囮の飛行機の用意ですわね」

「「囮の飛行機?」」

「陽動で目立つ方を囮にしてギャラルホルンを引っ掻き回すんでしょ?」

「ついでにレーダーを誤魔化すために、本命は船で。船は2、飛行機は3ほど手配しましょう。空戦用のMSはほぼないに等しいので、空中で襲われることはミサイル以外ないでしょう」

 

 マリアンナの考えそうなことだと三日月はその真意を読み取り、呟いてそれにマリアンナが頷いた。つまりは飛行機という目立つ方法で蒔苗氏が移動するという、ギャラルホルンが無視できない状況を作ると言うことだ。なお、どれもダミーでやり過ごす腹つもりだった。

 

「けどよ。そんな危険が伴って死ぬかもしれない飛行機の操縦をしてくれる奴なんているのか?」

「それこそ、ドローンにしてしまえばいいのですわ」

「遠隔操縦か……でもMSが使えなくなるよね?」

「ふふ、大丈夫ですわ。ナタリア」

 

 マリアンナの呼びかけに応えて、5秒過ぎたかと思う一同。後ろの藪から飛び出して現れるメイド。彼女に仕える、レージスがメイド長であるナタリアだ。

 

「おま、さっきの覗いてたのか!?」

「お嬢様の呼び出しには10秒以内に応えるのは嗜みですので……何を覗いていたのでしょうか、私は」

「いえ、関係のないことですわ。それよりもプランの説明を」

 

 主人の命令に従い、ナタリアは自身の持つ投影ディスプレイスタンドを起動すると、その内容を表示する。

 

「LCS通信ではなく、長距離光学ネットワークによるダイレクトリンクでの操作を可能にしたドローンを用いて操縦を可能にしたスターリンクシステム。3機の飛行機を、同時の操縦を可能にします」

「そんな技術、聞いたことないんだけど……」

 

 ビスケットの疑問はもっともで、世間的に光学センサによる信号の受信は困難とされている。しかし、それを可能にしたのが。

 

「この地球上にある、旧世代の衛星をレストアしたうえで、再使用を可能にしただけですよ」

「……は?」

「GPSと呼ばれるものでしたっけ。ここ1か月の仕込みが活きますわ!」

 

 ハーフメタルを基盤に仕込み、アップデートすることでエイハブ粒子の電子機器を狂わせる障害を無視するようになった旧世代の地球軌道上の人工衛星をいくつか、レストアしていたのである。

 

「ギャラルホルンに無許可ですが、旧世代のおんぼろ人工衛星なんて彼らにとっては価値なきゴミですわ。故に、それが正常に起動した状態なんて想定外もいいところでしょうね」

「いや、どうやって修理したの!?」

「ふふ、企業秘密ですわ!」

 

 ビスケットのツッコミは最もだが、人工衛星は太陽風などの放射能を受けてもなお、数百年放置されていた物でも修理すれば動くというその耐久力は半ばオーパーツであったとも語った、ベータ隊は楽し気に修理に臨んでいた。

 彼女たちは宇宙艇修理用ドローン60機を用いて機ずつ、計200余りのGPS人工衛星を修理を行っていたのだ。

 結果、200機の人工衛星は息を吹き返し。エイハブ粒子の影響を受けずに再起動を始めたのである。

 

「ここがワタクシたちのいる島。そして、ここが目指す場所のエドモントン」

「遠いな……だが、ここがゴールか」

「船旅って、この海って言うのを渡って?」

「ええ、1週間ほどかかると思います。船は客船とタンカーで、後者に乗ってごまかしますわ」

 

 電子世界図を用いて、現在地と目的地を映す。精緻な現世界地図はギャラルホルンが権限を独占しているはずだが、それを易々と確認できる現状にビスケットはもういいやと、諦めの境地に至っていた。気にした方が負けだと。

 

「さて、この予定通りに事を進めるべく……MSの調整をしっかり行いましょうか」

「重力の影響は。火星よりやっぱ、重いよ体もMSの操縦も」

 

 感覚でMSを動かす三日月の意見にマリアンナとナタリアも首肯する。ただ、マリアンナに至っては……寝ていた分のブランクがあり、MS戦に不安要素が見られかねないとも考えていた。

 

「低重力下での戦闘に我々は慣れていますから、本場の地上戦では動きが制限されるかもしれません。ですから、普段より阿頼耶識のリンクから学習して弾道計算等を行う必要がありますわ」

教官(プロフェッサー)にシミュレーターで教わったから大丈夫。明弘とシノはまだ履修してるってさ」

「結構です、向上心があって……ワタクシも出遅れは取り戻しておかないと鈍りますわね。それと……」

「はい、蒔苗東護ノ介様との面会もセッティングを済ませてあります」

「仕事が早いですわね。ありがとう、ナタリア」

 

 きっちりと履修するとして。マリアンナは蒔苗東護ノ介とも顔合わせをする必要があると、ナタリアにアポイントメントを取るように指示を出す前に。その予定は先に確保していた様で。

 

「さて、今後どう言う横槍があるか分からねぇンだ。慎重に行くぞ、お前ら」

「もちろん。マリアも頼りにさせてもらうけど……」

「マリア姉。無茶だけはしないで」

「ふふ、ええ。皆さんの手をお貸しください」

 

 マリアンナは月を見て手を伸ばす。当然握れないが、それでも手を伸ばす。

 

「オルガ」

「なんだ、マリア」

「必ず行きましょう。貴方の行きたいところへ」

「あァ、約束の場所にな」

 

 彼に向き直ったマリアンナは拳を突き出した。そして、オルガも逡巡して片目を瞑りながら同じく拳を突き出しぶつけ合う。

 

「「止まれねぇから(よ)」」

 

 2人の言葉は、三日月とビスケットが呆れるほどに、重なり合っていた。

 

 ⚫︎

 

「マリア、もう調子はいいの?」

「無理しなくてもいいんですよ?」

「問題はありませんわ。寝たきりになった訳でないならば、調整くらいできます」

 

 夜が明けた頃、ワタクシは蒔苗様と相談があると言うクーデリア及びメリビットさんを伴って彼を訪ねていました。鉄華団の答えは決まり、それについて行くワタクシも蒔苗氏と顔合わせをしておくべきと。

 ナタリアはフミタンと共に警護に出ましたので不在。ワタクシだけで臨むことになるでしょう。

 

「で、ワシを訪ねてきたと。お初にお目にかかるが?」

「マリアンナ・レージスですわ。有意義な取引を行うべく、火星より馳せ参じました」

「なるほど、こりゃぁ一筋縄で行かなんだ。あの小僧が勤勉な訳だわい」

 

 熊の様な背丈に映える黒袴。そのお方は長いヒゲを扱きながら、一目でワタクシの人となりを見抜いたと言わんばかりのご様子。どうこう言われようとも、ドルトコロニーで派手にやらかしてますから知られていてるため、今更懐も何も痛みませんわ。

 

「まずは、自己紹介じゃな。嬢ちゃんはおおよそ知っておろうが、先に名乗らせた礼儀だ。ワシは蒔苗東護ノ介。アーブラウ代表の座から、命辛々生き延びた老人よ」

「老骨を侮ることなかれ。田舎の大将気取りの小娘に対して時間を割いて頂きまして、寛大なそのお心遣いに至極恐悦とはこの事かと存じ上げますわ」

 

 褒め合いと言うのは前哨戦です。相手をどれほど理解するかが為政者の必須スキルですから、こう言う世辞の投げ合いとはよくある事。

 

「ほっほっほっ、面白いことを言う。失脚して全てを失った老人に何を期待するのか、お前さんは」

「お人が悪いですよ、蒔苗様。その手腕、鮮やかに発揮なさればアンリ・フリュウ如きに遅れをとるはずがない、そう仰っている様に聞こえますが?」

 

 盤石な盤面を暴力的なでっち上げでギャラルホルンのゴリ押しによる‘ちゃぶ台返し’で失脚なさった事をワタクシは先にキャッチしていたので一手は先回りさせてもらいます。

 

「失脚の主な原因はアンリ・フリュウ擁するイズナリオ・ファリドの暗躍、つまりは収賄の濡れ衣を着せられ、少数派だった親ギャラルホルン派に遅れをとったと推測しておりますが?」

「なんと、そこまで掴んであるとは……お主」

「元代表の慧眼は曇られてあるご様子。この程度の情報統制など掻い潜るのは簡単ですわ。情報戦こそ今の戦争を生き残るために最も重要なのですから。

 現在、アーブラウや他の経済圏にレージス家自慢の諜報員たちが浸透、情報を集めていますので。おおよその目的は理解してあります。

 アンリ・フリュウと代表に立たせると言う彼らの計画を、実現させるのは少々世界が歪みかねません……貴方に返り咲いてもらわねば困りますわ」

「ぬぅぅ、なんたる。詰め将棋で王手をかけられておる気分になるな」

「簡潔に言いましょう。議会の愚か者どもがぬるま湯に浸って平和ボケが進む前に、貴方が〆治めねばアーブラウに未来はないかと」

「マリアンヌさん!?」

 

 隣で話を聞いていたメリビットさんが制止にかかり、ワタクシはそれを手で制します。これだけは伝えねばなりませんから。

 

「そこまで言うならば……明確な手段は用意してくれているんだろうな、小娘」

「まぁ、恐ろしい声音ですこと。もちろん、プランは3つ。こちらで手配した空海の旅を5本用意してありますわ」

「……5本も? 誠なのかそれは?」

「ここで嘘をつく理由はありませんわ。ギャラルホルンの衛星監視網を誤魔化しながら、独自のネットワーク回線でロードマップを出しましたから」

 

 昨晩、組み立てた予定を蒔苗氏に提出。側近の方と吟味されていますが、ワタクシの意図にはすぐに気づかれた様で。嬉しそうに髭を扱かれています。

 

「なるほどな、ここまでのお膳立て。さぞかし苦労したのではないか?」

「モンターク商会との連携も行っていますので、手配はすぐに終わりましたわ。今後の独自ネットワークの使用権を引き合いに、ね」

「ギャラルホルンの牛耳るアリアドネを頼らない新たなネットワーク網か……アーブラウにも導入は可能か?」

「その点の配慮も考えてありますわ。ダミー含めた衛星軌道上の人工衛星は300を用意してありますので」

「これがレージス流のやり方かの?」

 

 その疑問には微笑んで返しつつ、ワタクシは要求を突きつけます。

 

「我々はエドモントンへ直接向かわず、一度アラスカへのアンカレッジへと向かいます。そこでラスカー・アレジ氏と接触していただきたいのです。エドモントンにそのまま赴けば船を沈められる可能性がありますから」

「ギャラルホルンならばやりかねん、か。アレジの所へ赴くのはわかったが、その心は?」

 

 蒔苗氏の言葉にはクーデリアが応答します。まず、再選は確実と言う保証がないため議会での時間稼ぎができる人に目をつけようと言い出したのはクーデリアですからね。

 

「蒔苗さんの派閥の中でもアレジ議員は高い発言力があるお方と存じています。だからこそ、私たちが議会に貴方を送り届けるまでの間、ロビー活動をお願いしたいのです。

 私たちにとってチャンスはニ度もない、一度きりなのです。確実に、事を運ぶためにも打てる手段は多い方がいい」

 

 ワタクシたちの企みとしては蒔苗様も納得のご様子。ですが、やはり気になる点を突きつけられます。

 

「お前さんたちの狙いはわかった。しかし、しかしだ。アラスカへはここから船旅で1週間かかるはず。そして、その後。陸路をチンタラと行く訳になるが、その足はどうするんじゃ?」

「心配はご無用です。アンカレッジからエドモントンへ鉄道を用いて向かいますわ」

「ほう、鉄道とな?」

 

 ワタクシが返してクーデリアが引き継ぎつつ、幸運なと言うべきか。頼るべき組織が地球圏にもあるのは頼もしいことですわよね。とメリビットさんに微笑みます。

 彼女も忘れていたわけではなく、先んじてテイワズの方へ連絡をしてくださっていた模様ですから流石の才媛ですわ。

 

「実はテイワズの現地法人が、鉄道を有しているのです。そして、1週間に1度の期間でそこから、鉄道を用いた陸路で定期便が終点のエドモントンまで運行しているのです。マクマード氏にはこちらから話し掛けを持ちかけ、すでに許可を得ています」

 

 メリビットさんに渡りをつけてもらい、その利用料はハーフメタル規制解除後の利益で、ツケとしておくと返答がありました。なかなか意地悪なおじ様ですわねマクマード氏は。

 

「そうか、鉄道であれば騒音対策で都市部から遠い場所に設置されてある。エイハブウェーブの電波障害を起こさず、エドモントンまで詰めることが可能と。よく思いついたな」

「空路を用いる方が危険ですから、手配した3機の飛行機は囮です。内部に幾人か乗り込んでいると生命反応を欺瞞する物でも設置して適当に飛ばせば目立つ方に食いつくでしょう」

「資金力に物言わせたやり方だが、理屈としては通るものだな。タンカーならば輸送することを前提にMSも積めるか」

「はい、マリアの協力、モンターク商会とテイワズ。そして、蒔苗さん……皆さんの力をお借りしてようやく達成しえる仕事となりますが」

 

 それを蒔苗様が受けるかどうかですわね。ですが、異存はないはず……賭博も何もない、安定したルートを指し示しているのだから。

 

「わかった、アレジには言い含めよう。それと、アンカレッジでの鉄道乗り換えに人払いも手配を追加しておくべきだな?」

「……ええ。お願いします」

「ほっほっほっ、ここまでのプラン。一晩でよく練り上げたものだ、さすがは革命を志す者たちよ。頭のキレ、思い切りもいい」

 

 蒔苗様は感嘆とされ、クーデリアへの評価を反転させた模様。ここまでの計画のほとんどはクーデリアが組んだのです。ワタクシはその援助とある程度のアイディアを提供したまでですし……ふふ、大きく化けて来ましたわね貴女は。

 ギャラルホルンの暴走はカルタ・イシュー氏の理性的な判断で治っているはず。ならば今のうちに進めましょうか。

 

「では、鉄道の定期便に合わせて我々も動きましょうか。それまでにMSの改修や調整も必要ですし」

「左様か、ワシもアレジと話すことができた。予定通りにことを進めるべく、互いに尽力しようかの」

「そちらはよろしくお願いします」

 

 こうして今回の会合はお開きとなり。ギャラルホルンの襲撃もなく島を発つことが出来ました。ワタクシは地上戦の勘を養うことができたので習熟もバッチリですね。

 さあ、行きましょうか……エドモントンへ

 

 ⚫︎

 

 生命維持装置に漬け込まれたアイン。臓器の機能不全が目立つ様になり、今や眠っているだけになりつつあった。その様子をガエリオは見守ることしかできず、そしてアインはガエリオにこう言ったのだ。

 

[特務三佐……俺は、悪魔に魂を売ってでも……戦いたい、です……だから、どうか俺に、阿頼耶識を……!]

 

 その強い意志に輝きを見たガエリオは、諭すのは無粋と判断して。彼は部下をヴィーンゴールヴへと導く決意を下した。

 

「アイン、無力な上官を許せ……俺ではどうにもできん」

 

 ひと足先に、彼を地球へと降ろして。本部へ向かう準備をしていた最中、ガエリオはマクギリスからの通信を受けた。

 

[忙しいところ、すまないなガエリオ。アイン・ダルトンの一見は聞いたよ]

「そうか。休暇はどうだ、マクギリス」

[暇で仕方ないよ。アルミリアと昼寝をしたり、茶を嗜み話に花咲かせるとしても話の種が枯渇しそうで気が気じゃないさ]

「ふ、アルミリアはよく喋るからな……頑張れよ、義弟どの?」

[ふっ。よせ、やめろと言う割には義兄上もなかなか茶化すじゃないか]

 

 揶揄って揶揄い返されるガエリオは言い負かされたと笑顔を見せるが、その笑顔には影が落ちている。マクギリスは通信の本題として……

 

[さて、忙しい君に連絡をよこした理由。ダルトン三尉に対してなんだが……本当に良かったのか?]

「ああ、アインが望んだことだ。俺にやってやれることがない以上、イズナリオ様に託すしかないと思ってな」

[そうか……禁忌たる阿頼耶識を纏い、鉄華団の駆逐のために人機一体となる。聞こえはいいが、ガエリオ。その事実は本当にわかっているのだな?]

 

 マクギリスとしてでなく、モンタークとして‘エリャンヘル’と対峙した彼はそれがどの様なモノかを知っている。数瞬間は理性的に立ち回ったとしても、狂気に飲まれて最終的には殺戮兵器へ堕ちると言う事実を。

 

「……何か知っているのか?」

[父上の研究は確かに慈悲深くもあり、逆に悍ましいものでもある。話題の宇宙ネズミたちが海上から姿を消したのは知っているか?]

「ああ、聞いたさ。どんな手品を使ったのかは知らないが。それに、蒔苗がどの飛行機と船に乗っていたのかもわからず、撃墜もできなかったらしいな」

[輸送機が機敏にミサイルを避けて回ったらしい。フレアまで用意したものだった様だが……あの機動性は阿頼耶識を用いたものなのだろうな]

「また、阿頼耶識か!」

 

 憤慨するガエリオ。しかし、それほどの機動性を持つのが阿頼耶識ならば。毒には毒を持って制すると言う苦肉の策が効くとも納得できた。

 

[ガエリオ。正直に言おう、我々の禁忌として再現されている阿頼耶識は不完全だ]

「なんだと?」

 

 納得している友人に呆れつつ、性分だから仕方ないとも言うかとマクギリスは苦笑して事情を説明する。

 

[父上の言う阿頼耶識はあの宇宙ネズミたちのものとは別物さ。パイロットとなる者は確かに新たな四肢を手に入れる。ああ、本物の機械の化け物となる]

「それは俺もわかってる。散々悩んださ、だがどうしようもなかったんだ」

[それについては私もわかっているさ。大事なのはその後だ]

 

 言われてもピンとこないガエリオにマクギリスは諭す様に結論を話した。

 

[簡単に言おう。アイン・ダルトンは暴走する。間違いなくな……君は上官としてそれを止めるか?]

「何? 暴走だと?」

[クーデリア・藍那・バーンスタインを追って街中に飛び込む可能性があると言うことだ。理性が蒸発した状態で隠された命令を聞いて、ね]

「……おい、まさかイズナリオ様は……」

[父上はアンリ・フリュウの後ろ盾となっている。その上で、アーブラウの実権を握り、地球圏での権威を盤石にすることを望んでいる]

 

 そう告げられたガエリオはさぁっと青くなる。まさかイズナリオの思惑に思い至り、自分はとんでもない過ちを犯したのでは、と。

 

「マクギリス、それはどう言うことだ? 詳しく教えてくれ」

[父上の筋書きではエドモントンでアイン・ダルトンが暴走。蒔苗東護ノ介及びクーデリアの死を悼みながらも阿頼耶識を否定して封印すると。

 圏外圏にて運用されている阿頼耶識を持つ人々の駆逐を進める事で自身への脅威を排除する方向に舵を切るはずだ]

「アインの意思を利用すると言うのが、それは!?」

[そうなるだろうな。父上としては懐も痛まない作戦で、切り捨てればいい駒として処理される可能性が高い]

 

 ガエリオはその推測にキツく、掌を握り壁を殴りつけた。物に当たるとは珍しく、本気で彼が怒っている時の癖だった。

 

「マクギリス、止めることはできないのか?」

[ダルトン三尉の搬入はもう済んでいる。止める間も無く、手術に乗り出している頃だよ。今更止めることは不可能だ]

「くっ、すまないアイン……!」

[ガエリオ、お前の後悔はよくわかる。純朴なお前の感性で人を疑うなどできるはずがないし、相手は父上だ。だが、汚名は雪げるぞ]

「マクギリス、俺はどうすればいい!?」

 

 前髪をいじりながら、思案する友はこう言った。

 

[カルタを伴って戻って来てくれ。そして、君と彼女でアインを止めるんだ]

「何?」

[今、アーブラウ近郊にギャラルホルンの兵力が集結しつつある。これは、鉄華団及び蒔苗氏とクーデリアを返り討ちにするべく父上が用意した兵力だ。ギャラルホルンの総戦力が10分の1は回されている。

 父上の強権で動かされた兵力だがこれはチャンスだ。父上を失脚させるこの上ないチャンス……]

「私情での兵装運営は禁忌だと言うのに、なんと愚かな……!」

[流石にわかったか、ガエリオ。カルタならば地球外縁軌道統制統合艦隊の権限で武力介入を行える……もしも、ダルトン三尉が暴走したら、君たちが食い止めろ]

 

 強い意志のガエリオは、贖罪のために決意を下す。そして、カルタにとっても悪い話ではないはずだとマクギリスは溢す。

 

[地球外縁軌道統制統合艦隊は一度鉄華団を逃したからな。その汚名を返上する機会だとでも彼女を扇動すれば動くはずだ]

「なるほど、よく思いつくなそこまで」

[ふ、何年も君たちと付き合っちゃいないさ。ガエリオ、うまくやれよ]

「ああ、ありがとうマクギリス」

 

 通信を終えて、ガエリオは己の罪と向き合うこととした。まずはアインの晴れ姿を目に焼き付けて、もしも暴走を行えば何を使ってでも止めてやろうと考えた。

 一方のマクギリスは……父の行った非道をどう盛って失脚に導くかの悪い笑みを浮かべる。

 

「父上、絞首台にリーチをかけるとは、その愚かさを見習いたくない物ですよ」

「マッキー、何をしてるの?」

 

 彼は駆け寄ってくるアルミリアを抱き上げて笑顔を見せる。なんでもないよ、とそれは晴れやかな笑みだった。

 

 to be continued

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