「バイトしろ」
「は?」
つい先日。
毎日毎日家でゴロゴロしてる
自分との関係を持ってからというもの……前の家にいた時もこっちの家に来てからも少女の姿をした悪魔はどれだけ日を跨ごうがずっとだらけていた。
まぁ、一緒にいてくれて助かっているには助かっているが、問題は一日における生活費……中でも食費の量がヤバい。
本人曰く、悪魔は基本的に飲み食いせずとも、魔力や
お陰で家計は火の車。だっていうのに
正直そう言ってもらえるのはありがたいのだが、住まわせてもらってる側としては申し訳ない気分で一杯だった。
とりあえずバイトさせるため、
外見は一三歳。淡い桃色の短い髪と、灰色の混じった黒の瞳が特徴的な悪魔――イリスちゃんを部屋から引っ張りだ
「――ヤダヤダヤダヤダーー!!」
肩では無理だったため腹に手を回して何度も引っ張っているのだが一向に動く気配が……動かせる気が微塵もしない!
それでも負けじと黒髪に赤い瞳の一五歳の少年、
「ヤダヤダ、働きたくないってば!! アンタ、悪魔をなんだと思ってんのー!?」
「み・う・ちっ!!」
「あ・り・が・と・うっ!!」
白のブラウスの上から桜色のカーディガンを羽織った上半身の両腕と、
薄い紫のショートパンツに黒のニーソックスを履いた両足でむぎむぎーっ!! と、開け放たれたドアの隅にしがみつきながら是が非でも離れようとしない。
「ってか別にいーじゃん! 叔母さんも嫌な顔してないんだし、
「だとしても申し訳ないんだよ。
生活費とか叔母さんが一人でやってたところに人間と悪魔が家にやってきて、一緒に生活し始めて今までの倍以上大変になったってのに、学生でもなければフリーターでもない正真正銘のニート悪魔が一日中ゴロゴロしてるっていうこの現状がな!」
「……でもほら、悪魔ってだらけてなんぼだから全然オーケーということに――
「――ならねぇよ!! 俺もバイトしてるがそれでも心もとないし、お前も家でゴロゴロしてるだけだったら少しは手伝え!」
一〇分ほど格闘したが結果は変わらず。
仕方がないので部屋の中へと戻し、スマホを使ってバイト求人のサイトでこの辺りのバイト募集を見てみることにした。
「じゃあ今から適当にいくつか読み上げてくから気になったのあったら言ってくれ」
「別に反応とかしないから適当に言ってくださーい」
働く気ゼロのイリスは読みかけの漫画をベッドの上に寝転がりながら再び読み始めた。
奏多は片手でスマホを弄りながら、
「まず最初は
――女性限定。内容は一言で言ってしまえばスキンシップ。若ければ若いほど、布面積が少なければ少ないほど時給がアップするバイ
「シャアァラァァァップッッッ!!」
内容を説明してる最中でイリスは漫画を投げ飛ばしながら起き上がった。
「完全にエロい仕事じゃん! なんでそんな仕事がこんな都会にあんの!? ってかそれ以前になんでバイト求人のサイトにあがってんの!?」
「……………………次いくぞー」
「現実逃避してないで聞けよッ!!」
スマホの液晶を親指で撫でながら画面をスライドさせる。
次に目に入ったのは
「次は
えっと……時間はいつでもオーケー。服装も自由、道具はこちらで用意して待っています。
捕まえてくる獲物は若ければ若いほど給与はアップ。さらに性別が女性だった場合にはプラス一〇万円。
影の薄い方!
「――ゴミどもの仕事でしょそれェッ!! もう
「…………………………じゃ次」
「か、奏多? ……あ、ぁ……あぁぁ、……奏多の目が出会った時みたいに光を失いはじめてる……ッ!」
信じられないモノを受け入れる目になっていく瞳は、次のバイト求人に目を通す。
「
「死ねって言ってる!? その内容の時給制って殺す気マンマンじゃん! いやその程度じゃ
◆
それから二週間後。
「よっと――っ」
「はい。もう離さないようにね」
「わー! ありがとうお姉ちゃん!」
うっかり手放し引っ掛かってしまった風船を取ってもらった少女はぺこりと頭を下げると、そのまま走り去っていく。
その背中を見送っていると、隣から一日の出来事をメモ帳に記録している空色の髪を持つ少女から声をかけられた。
「これで四人目……っと。
順調に人助けをこなせてるね、イリスちゃん!」
メモ帳を常日頃から所持している少女、
「そりゃどーも。
……ホントは働きたくなんかないんだけどなぁ……」
「それにしては一生懸命だけど?」
「……まぁ、人間は好きだし、それに……あんなバイトさせられるよりは、って考えたらねぇ」
あの後、『ドレガイイ?』という呟きと共に画面を見せてきた奏多の目を覚まさせ、別の稼ぎ方を探し……ここへと辿り着いた。
今やっている仕事は――『街で困っている人を助ける』『街に落ちているゴミを拾う』……それらを一つこなす度に“二〇〇〇円”という夢のような仕事だった。
バイトではなくボランティアのように感じるかもしれないが、そのどちらでもない。
イリスが悪魔だという事を知る奏多の友人である美緒によって提案された『仕事』だった。
一つに対する給与が高いことに提案されたこちら側が心配になったものの、
『いいの、いいの。種族が違うのに人のために働いてくれるってなったらそれくらい払って当然だって』
にぱにぱと笑いながらそう答えていた。
「美緒には感謝しかないな。この仕事以外にも俺だと見つけられなかった良い感じのバイトも紹介してくれたんだから」
「……お前の見てたサイト見てっけど……コレ、絶対正式に作られたものじゃないぞ? 明らかに犯罪者予備軍のために用意されたような闇バイトしかないぞ?」
上着のポケットに左手を入れ、片手でスマホを触りながら、ボーイッシュな格好をした
若干引いた目をしながら
「っ……、
「……、俺たち?」
スマホの画面を呆れた目で見ながら亜夢は続ける。
「――“
育成スタッフを求むとかでバッチリ単語が
亜夢の言っていることは
――“
『
この場においては、奏多、亜夢、美緒の三人がそれに
……魔力や
無闇に人に話してはいけない事だということは、サイトに載せた者も知っているだろうに……暗黙の了解を破ってまでその単語を
「ま、ずっと載ってるってことは、誰も信じてなくて応募してないって事だから一応は大丈夫だと思うけど。早くサイトが消される事を祈るばかりだな」
電源を落としてスマホをポケットに仕舞うと、コロコロ……と何かが足元にまで転がってきた。
見ればそれは空き缶。
現在進行形で、イリスが欲しがってる(別に欲しいとは言ってない)獲物だった。
ニッ、と口角を上げながら亜夢は空き缶を掴み取る。
「おーい、悪魔ちゃーん! 速すぎるクリスマスプレゼント(五月)はいるかーい?」
空き缶を振りながらイリスへと近づいていく。
当のイリスは『うげー……』という顔で亜夢を出迎えた。
「ふふ――っ」
そんな様子も微笑ましく思いながら奏多は見送る。
この街にやってきた当初は
「――っ、」
――と、
そこでトンっ、と小柄な誰かが横から自分にぶつかってきた。
ぶつかった脇腹の方に顔を向けると、そこにいたのは一〇歳ほどの小柄な少年。
パーカーのフードを深く被り、そこから漏れでた青い髪が特徴的な少年だった。
「……ごめんなさい」
「あ……いや、大丈夫だよ」
覇気のない声を発し、一歩下がった青髪の少年は一礼すると緑に変わっていた横断歩道を渡っていく。
だが――その去り際、
(……ッ――あの子、)
普通ならば、目に映っただけでは気づけないであろう感情の
それに気づけたのは、少年の表情が
……何かを見ていなければ俯くしかない顔。
……
……表情に差す黒い影は、希望や光を……もう望んでいない事を静かに表していた。
「待っ――」
口の動きなど待たずに先に体が動いていた。
横断歩道に、流れるように体を出す。
青髪の少年を追うようにもういっ――
「――――バカッッッ!!」
ぐんっ!! と
――ギュンッ!! と、後一歩踏み込んで入れば自分が立っていたであろう位置を、車が人など簡単に吹き飛ばせるスピードで過ぎ去っていく。
「なにやってんだ死にてぇのかお前は!!」
「あ……亜夢」
間一髪、奏多の無意識の危機を救ったのはイリスたちの元から戻ってきていた亜夢だった。
……見れば信号は切り替わっており、向かいの歩道に青髪の少年の姿はもうなかった。
奏多を引き戻し尻餅をつかせた亜夢は前に立つと声を荒げる。
その声に反応し、イリスと美緒の二人も駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「大丈夫? 奏多」
「あ、あぁ……俺の不注意で亜夢に迷惑かけちまったんだ」
差し出された美緒の手を取り立ち上がる。
気が荒くなっていた亜夢だったが、自分を落ち着かせるように深呼吸すると、不機嫌ではあったものの落ち着いたようだった。
「ったく、気をつけろよ? あたしが戻ってなかったら跳ねられてたぞ」
「悪い。心配かけたな」
「はぁ――。ま、無事で何よりだ。……それにしても
自分の叫びで迷惑をかけたのではないかと、周囲を見渡しながら口にする。
だが偶然にも周囲には誰もおらず、迷惑をかけた様子はなかった。
「……もう。気をつけてね。
「……うん。ごめん」
さらりとイリスから物騒な言葉が流れたが誰も気にしていないように美緒の言葉に耳を傾ける。
「にしても赤信号なのに飛び出そうとするなんて奏多らしくないよ。……っ……もしかして、何かツラい事でもあった?」
「あ、いや、別にそういうのじゃないんだ。
ただ、その……ちょっと気になった男の子がいてな」
「男の子?」
「うん……その子が横断歩道を渡っていったから、つい追おうとしちゃったんだ」
少年の歩いていった方向に目を向ける。
二度目の緑が光る横断歩道。
歩いてくる人たちは奏多たちの横を通り過ぎていく。
(心配だな……)
自分がああなった時には、まだイリスや両親が居てくれたからこそ乗り切れたが、あの少年の家族関係はもちろんわからない……支えてくれる人がいなければ、あの子は、本当に――
「っ。奏多、足元にあるのなんだ?」
「え?」
言われ足元を見る。
そこには一枚の紙切れがあった。……いや、紙切れと言うには少々大きく、切れ目もしっかりとしている……。
拾い上げて詳しく見てみればそれは――、
「写真?」
成人の女性と、ひとりの少女と、ひとりの少年が満面の笑顔で
見たところ小さな少女と少年は髪色が同じく、身長差も僅かなため、
そんな事を思っていると、奏多はある事に気づいた。
「この写真に写ってる男の子、さっきの子だ」
背も小さく、顔つきも先ほどより幼く……表情に影も差していないがハッキリとわかる。
この少年は先ほど自分にぶつかってきた少年だ。
「さっきの子って……奏多が気になったっていう男の子?」
「あぁ。……さっきぶつかった時に落としたのかな?」
「なら届けてあげたら? さっきって事はそんなに遠くへは行ってないだろうし」
メモ帳に出来事を記録しながら美緒は言う。
「そうだな。じゃあ俺、行ってくる」
「あたしも手伝うぜ、奏多」
奏多の横に立った亜夢が、信号が変わるのを待ちながら言ってくる。
ありがと、と声をかけると……空き缶にお菓子やおにぎりの袋、果ては汚れたプラスチックの空の容器まで入ったゴミ袋を片手に持ったイリスが口を開いた。
「じゃあ、そっちは奏多と亜夢に任せる。わたしはこれからバイトだから」
「あ、そういや今日からだったな、図書館のバイト」
返された本を元の本棚に返す、図書館の従業員の作業……それが美緒から紹介された良い感じのバイトの正体だ。
一見、図書館の従業員の作業はそれなりに力仕事なため、小柄なイリスには向いていないように見えるが――侮るなかれ。
“悪魔”であるイリスの筋力は人間を遥かに凌駕している……具体的に言うと、本気出さずに片手で高層マンションを下から持ち上げてポーイ☆と、ぶん投げるくらい。
「つーか今さらだけどさ……お前
美緒の紹介を受けてからイリスのバイトに関してはあまり詳しく見ておらず、しかも……イリスはほとんど外出することなく家に居たため(またの名を引きこもり)、財布などは渡していなかった……その為、履歴書や写真を手に入れる際に消費したであろうお金の出所がとても気になった。
「アンタ」
「――は?」
「だからアンタ。お金の出所はアンタ」
何の不思議もないようにさらりと言い切った。
思い出す……一週間前、コンビニで買い物をしようとした時に入っていたはずの五百円や百円、五十円が神隠しにでもあったかのように消え去っていたあの時を、
思い出す……だから仕方なく千円札で払い、次の日に崩れた小金で買い物しようと思った時、レジで財布を開いた時、五百円、百円、五十円の類いが消え去り、十円、五円、一円の類いがじゃらじゃらと入っていたあの時を、
……つまり、
「アレお前の仕業かぁ!! 何だか日に日に財布から小銭が消えていくと思ったら! ――いや美緒に紹介されてからイリスのバイトに関すること全然見てなかった俺も悪いけどっ!」
「言っとくけど、誓って無駄なことには使ってないからね?
「……は? え……は、え?」
え……え、ちょ待って……履歴書って確か最低でも一〇〇円(いや封筒とかも含めればもっといくか?)はするはず……それに写真とかも含めれば六枚セットで七〇〇――履歴書も合わせて八〇〇円はいくじゃねぇか!? しかもそれを『十数枚』とか言ったかこのヤロウ!?
「履歴書、何回も間違えちゃって。写真も納得いくの撮りたくて」
「イ……イリス、さん……?」
「履歴書書くのも大変だったー。採用してもらえるよう色々とでっち上げるのには疲れたもん」
「イ……イリス、ちゃん……?」
「面接官も色々と痛いところ突いてくるから、その
「――イリスちゃんさんっっっ!?」
問い詰めなければ……!
コイツ目の届かないところでトンでもない事しでかしてる可能性が出てきた!
体は子どもでも頭脳は悪魔なのだ……
「おら行くぞー」
「お、おいちょっと――!」
信号が緑に変わったからか、それともイリスの話に頭が痛くなったからか(いや、その両方か)……奏多の
残されたイリスは美緒に連れられ(イリスの発言にツッコまなかった辺り、美緒も結構イカれとる)バイト先の図書館へと向かっていく。
「――イリステメェ後で覚えてろよオオオオーッ!!」
奏多の叫びはイリスの後頭部をすり抜け彼方へと飛んでいく(つまりは聞いてない)。
人目も気にせず叫んだ奏多は、イリスとお金の事で大きなため息を吐く。
「……安心しろよ、兄貴」
……あんだよ? と振り返った奏多に向けて亜夢は最近あまり見せていなかった笑顔を向けながら、
「可愛い
「だせるかっ! あとそこは良い感じのバイトを紹介するって言ってくれないかなーっ!?」
◆
独りぼっちで歩道を歩いていく。
歩いているのは
「……」
息づかいの音さえ鳴らさず、パーカーのフードを深く被った青い髪の小柄な一〇歳の少年、
……自分がどうしようもなく空っぽなのは今に始まった話ではないが、周囲へはもう少し気を配らなければいけないかもしれない。
自分の不注意で、先ほど高校生くらいのお兄さんにぶつかってしまったからだ。
(……大丈夫かな? あのお兄さんは大丈夫って言ってたけど……怪我とかしてないかな?)
基本的に自分の事よりも他の人の事を考えてしまうのが遥渡の性格だ。
赤の他人、それも過ぎ去った後だというのにぶつかってしまった
……でも、
(いないな、周囲に……)
そんな性格の遥渡でも……考えない……気を配らない――それどころか、
『おいおい
『はははッ! きったねぇーのっ!』
『おいっ、投げ捨てろコイツの教科書と筆箱』
学校にいけば嫌でも顔を合わせてしまう……クラスのいじめっ子。
度を超えたいじめの対象になったのは……もう、五年も前の事だ。
「…………」
……今から五年前、両親が離婚した。
離婚の理由は詳しくは聞いていない……聞こうとすれば怒鳴られ、挙げ句の果てには殴られたから……。
ただ……五歳になった時から両親はギクシャクしてたというか、優しくなくなったというか……愛を感じられなくなったというか。
子供心ながらに、“このままでは良くない事が起きる”と思った。
……心臓が鳴る度に不安は募って、
……不安が募る度に過呼吸になった。
それは自分より一歳上の姉も同じだった。
一階から響く両親の喧嘩の声が聞こえる度に体は震え、自分を抱きしめてくれる姉と一緒に――“もうやめて……やめて、よ……”――拭ってくれる人のいない涙をいつまでも流していた。
…………そして、
いつまでも引きずっても仕方がないと思い、上手くやれるか不安だったけれど、姉と一緒に新しい生活に慣れようと努力した。
…………でも、
◆
『……………………』
『……お母さん……』
『…………すー、…………はー』
『……お母、さん……』
『……すー…………、………………はー』
『…………おかあ、さん……ってば…………』
◆
……離婚したその年に、お姉ちゃんが交通事故で死んだ。
姉を跳ねた運転手は最初からそのつもりだったのか、それとも酒を飲んでいたのか……諦めた今となってはもうどうでもいいが……ブレーキ痕を残さずそのまま渋滞に突っ込み死亡。
怒りを向ける相手も死亡し、離婚も重なっていたため……母は度重なるストレスから“やってはいけない
その後は
……それでも何とか祖母の前では笑顔を保ち、学校へと通っているが……
親が薬に手を出したせいで、学校では『罪人の息子』と呼ばれ、度を超えた酷いいじめにあっている。
……
……ランドセルをカッターで切り裂かれる。
……体操着を便器の中に投げ込まれる。
……教科書と筆箱を二階から投げ捨てられる。
……殴られる。蹴られる。水をかけられる。酷い時は
…………口の中に、ミミズや毛虫を入れ込まれる……誤って飲み込んでしまったこともあった。
もちろん学校の先生だってただ見ているだけじゃない。
いじめっ子は当然、その母親も学校へと呼び出し、遥渡とその祖母へ頭を下げる場を設けるなどして、いじめを行っていた子どもはいなくなってきている……だが、たとえその子どもがいじめをしなくなったとしても、興味本位で遥渡へいじめを行う者が次々と現れる……。
……“
学校だけでなく、家の中においてもツラい思いをしている遥渡が今もなお精神崩壊を引き起こさずに生活していられるのは、
といっても、その友達は人間ではない。
人間の友達など、五歳の頃を
目的の
――その友達は、今日もこの公園にいる。
「――
聞き慣れた鳴き声に顔を上げる。
遥渡の元へと現れた、首輪をしていない黒毛の混じった白猫はベンチへと乗り、続いて遥渡の膝へと乗って、遥渡の胸を支えにするように立ち上がると顔を寄せてくる。
遥渡は初めて頬を緩ませると、立ち上がった猫を抱きしめた。
「――にゃっ」
「こんにちはノラ、元気にしてたかい?」
この猫こそが遥渡の唯一の友達。
たまたま公園へと寄った際に出会ってから、人懐っこさもあってすぐに仲良くなった、
野良猫だからという理由で遥渡はノラと名付けた。
最初こそは安直すぎるかと思ったが、今ではノラと呼べば反応してくれるくらいノラもこの名前が気に入っているらしい。
「にゃーん、にゃにゃ」
「ふふ……っ、わかったわかった、遊ぼう」
ポケットから、家から持ってきていた毛むくじゃらのボールに一本の長い糸のようなゴムがついた猫用のおもちゃを取り出すと、『にゃにゃにゃにゃ、にゃ』とすぐさま興味を示しボールとじゃれ始める。
「ちょ、ちょっとジャンプしすぎ、ぼくにぶつかるって――それっ!」
嬉しいように猫と会話しながらボールを投げる。
公園の中心へと飛んでいったボールを追ってゴムのようにその場から跳び、白い影は遠くへと離れていく。
数秒後、ボールを加えてきたノラはベンチに座ると、『もう一回』とでも言うようにぽとんっ、とボールを置いた。
「よしっ、なら次は――」
ボールを持って移動すると、尻尾を立てて震わせながら近づいてくる。
――足元を駆け回り、上にボールを上げれば肩へと跳んできて、投げれば元気よく追いかけていく。
「ふ、はは――っ」
ここは不幸な日々に
『喜び』の感情が欠落しかけていた遥渡にその感情を取り戻させた小さな世界であり、大切な友達ができてくれたこの場所は一番の宝物だ。
公園へと足を運び、ノラと遊んでいれば、胸の内に膨らんでいたモノが少しではあるが晴れていくような気がする――本当に、ここは自分にとって特別な場所だ。
「……っと、もうお昼――」
時間を忘れてノラと遊んでいるうちに結構時間が経ったらしい。
公園の時計は一二時を差している。
いつもなら帰ってご飯を食べる時間だが、今回は祖母にご飯は外で食べると言ってきているため、家には帰らずにポケットの財布を触る。
「ノラ、ご飯にしよっか。今からぼくときみの分のご飯買ってくるから、ちょっと待ってて」
「にゃーん」
屈みながら告げると、言葉を理解しているかのように鳴き声が上がる。
遥渡は微笑み、ノラの
「アイツこんなとこで猫と遊んでたのか」
「ってか笑ってたよな? 罪人の息子のくせに生意気だな、マジで」
「あ……ねぇねぇ、面白いこと思いついたんだけど、聞いて聞いてっ」
学校でよく見る