稲妻は空を駆ける。
空を飛び稲妻の攻撃を避けようとするエンドアルターを逃がしはしない。
一方向からだけではない、亜夢が行使している稲妻は全部で六方向、一撃一撃が高層ビルを両断するほどの威力を保有する稲妻が一体の魔霊を仕留めるがために放たれている。
いや、本当ならばこれだけでも足りないくらいだ……理由はすぐにわかる。
くるりと身を
「チ……ッ!」
六方向から迫っていた稲妻全てを切り殺した。
すぐさま視線はもう一人の
身体能力を極限以上まで高めた奏多の姿は見えない。残像すら見えず、通った後の風さえ一秒の遅れがある。
しかしエンドアルターからしてみればこの一文で
――
斬ッ!! と。
隙を見て飛び込んだ奏多の一閃はいとも容易く両刃剣にて防がれた。
「なっ――」
両刃剣を横に払い、空いている左手を向ける。
グググッ! と、炎でもなければ水でも、稲妻でもない……正真正銘、理解できないエネルギーを出現させ、防御姿勢の間に合わない奏多に向けて放つ。
だが――、
この身を滅ぼそうとする一撃は、
その身を救おうとする一条の稲妻によって貫かれた。
魔術の爆発で目の前で起きる。
咄嗟に魔力を前に張ることで直撃を防ぎ、爆風により吹き飛んだ体は空中で一回転し……スタッ、と衝撃を最小限にしてレンガの上に降り立つ。
「奏多、大丈夫か?」
「あぁ、サンキューな」
稲妻の跡を手に纏いながら亜夢が問いかけてくる。
大丈夫だという返答を返すと誰にも気づかれないようにそっと息を吐いた。
だが正直息をつく暇もない……爆風の中を突っ切るようにしてエンドアルターは姿を現し、突きの一手を放ってくる。
直撃すれば死に直結する一撃をバックジャンプで躱す――躱されたと理解したエンドアルターはすぐに方向を変え、
「が、う……っ!?」
一閃を剣で防いだ瞬間……手首のみならず肘までの部位が途端に痺れに支配された。
正確には一瞬の激痛があったものの、それを上回る威力の痺れが奔ったため、痛みには気づけなかった。
魔力の剣は刃こぼれしたが、それは魔力を通せばすぐに直る。問題は痺れだ。感覚が麻痺している……上手く力が入らない。この状況で利き手が使えなくなるのはマズすぎる……とにかくまずはこの問題をなんとかしなければ。
急ぎ魔力を流し一秒でも早い回復を試みる。
両刃剣はいまだに刃とつばぜり合いを起こしている。
この刃が離れた後の攻撃を凌ぎ切らなければ――と、
一瞬のうちに様々な考えが脳内を巡りに巡り……そして、
◆
“……なんでぼくがこんな目に遭わなきゃいけないんだ”
“悪い人は、お母さんだ……ぼくは何もしてない……なのに、どうして――っ”
“や、だ……やめ、て……っ、ミ、ミミズなんて――い、嫌! やだ! ヤダ!! 嫌だ!! い、ぅ――うぶいえぐ!? ご、おぼ! ぐ、え゛あ゛、あ゛……ア゛
◆
……知りもしなかった“少年”の記憶が鮮明に脳内を駆け巡った。
駆け巡る記憶の影響は感覚器官にも広がり……本当に口一杯にミミズを詰め込まれたかのような感覚に襲われた。
「う――ぶ、ぅ……ご、ぉ」
こんな状況にも関わらず吐き出しそうになりつい口を抑えてしまう。
そんなチャンスを逃すエンドアルターではない。刃を離すと、脳髄を串刺しにしようと引いた手を再び勢いよく前へと動かす。
動きが
エンドアルターとの距離が開く。
地面を何度か転がった
「ボサッとしてんじゃねぇ!」
「……あ、……あり、が――」
吐き気が込み上げているからか上手く声が出せない。
それでも何とか声を発しようと、両手に力を入れながら起き上がろうとする……。
しかし、中途半端に起き上がった奏多の瞳はソレを捉えた――
「ッ! 亜夢――!」
「――ッ!」
赤髪の少女の背後より――木っ端微塵に切り刻もうと急接近するエンドアルター。
「く……っ!」
避ければ矛先は奏多に向く。
そんなことはさせない――させられない……っ!
バチチッ! と、その手には稲妻が圧縮され一つの形を作っていく……それは剣。片手で振るえるほどの片手剣。
刀身から撒き散らされる稲妻と共に、右手の得物を迫りくる死へとぶち当てる。
「ォ――ラァッ!!」
荒ぶっていた大気が弾け飛ぶ。
魔力を纏った両刃剣の無数の斬撃、
稲妻を放つ剣がその一撃に合わせるように振るわれ残りの斬撃を止める。
四方八方へと弾き飛ばされる稲妻。つばぜり合いの衝撃により地平が変動し、意識が飛びかけ……そして、
◆
“お父さん……お母さん……どうして、離婚しちゃったの……”
“なんで……いなく、なっちゃっ……たの? ……お姉、ちゃん……”
“はじめまして猫さん……きみも一人なの? ……ぼくと一緒だね……”
◆
「――――――――、ぁ――、」
両親が離婚した時の悲しみ、
大好きだった姉が突然亡くなった時の絶望、
つまはじき者にされてから初めて友達ができた時の喜び、
――彼の記憶と感情が……
それを理解し意識が現実へと戻ってきた時……つばぜり合いに負けた自分の体は宙を舞っていた。
「亜夢っ!!」
吹き飛ばされているからか奏多の叫びが通りすぎていく。
幸いにも剣が砕け散っただけで傷は負っていない……宙を舞う亜夢の胸の中に飛来した思いは、苦痛でも苦しみでもなく……疑問だった。
(今のって……アイツの――)
体を回転させ
エンドアルターへと向き直った亜夢の瞳に映ったのは、先ほども放たれようとしていた理解できないエネルギーを行使する魔術……凝縮された黒のエネルギーが、亜夢を
……射線上に存在するもの全てを凪払っていく。
奏多の叫びもエンドアルターの魔術の引き起こす現象の中へと掠れていく。射線上の先にあったビルはエンドアルターの魔術の餌食となり粉々と成り果てる。
何事もなかったかのように向けられたエンドアルターの左手。その先には同じ家に住む赤髪の少女の姿などはどこにもなく――
「――っぶね、殺られるところだった……」
稲妻が奏多の隣に着地する。
稲妻は次第に人の形をとっていき、最終的には衣服の所々が破れてはいるものの、大事には至っていない様子の亜夢がそこに膝をついていた。
「あ、亜夢……! 大丈夫なのか!?」
「……なんとかな。結構ヤバかったけど……。なぁ、奏多……」
奏多がほっと息をつくよりも先に、亜夢は空中からこちらを見下ろすエンドアルターに目を細めながら、
「さっきさ……アイツとつばぜり合いを起こした時に……声が聞こえたんだ、男の子の」
「っ……、」
鼓膜に声が届くと同時に奏多は肩を振るわせた。
それは奏多も同じだったからだ。
両刃剣の一閃を受け止めた時……まるでダムが崩壊したかのように尋常ではない記憶が脳へと流れ込んできた。その記憶は人の感覚器官にさえ影響を与え、あまりの
長年の付き合いからか、顔色で考えていることを察したのか、亜夢が目を見開きながら、
「……まさか、お前もか?」
「あぁ……ついさっき、俺の動きが遅くなった時があっただろ? その時にさ、俺もお前と同じで男の子の声が聞こえたんだ――それってさ、多分だけど……」
同時にエンドアルターを見上げる。
――“自身の記憶を他者に見せる”という魔術が存在する。
……エンドアルターがそんな魔術を使用するはずがない。
だとすれば、
「――
少年の記憶が流れ込んできた今の二人にはわかる。
親がいなくなって、いじめられて、不幸な人生を送って……ドブに沈められたような人生ではあったけれど、それでも笑顔になれる猫の友達ができてくれた。
ノラさえいてくれれば他の友達なんていらないと思った――だけど、本当は欲しかった。
猫だけじゃなくて、“罪人の息子”と呼ばれている事を知りながらも優しく接してくれる……そんな人が欲しかった。
でも、自分の過去を自らの口から告げる勇気はない――そんな思いが無意識のうちにこの魔術を行使した。
しかし……、
「いや、そりゃおかしいだろ。魔霊が顕現した時点であの子はもう死んでんだぞ? 死人が魔術を使ったとでも言うつも――」
――と、
そこで亜夢の言葉は止まった/止まらされた。
理由は一つ……エンドアルターの魔力の流れの中に、おかしな流れを感じたからだ。
今まで警戒して感じているだけだったエンドアルターの魔力の流れを、注意深く観察しながら感じとる。
――すると……見えてくるものがあった。一つの真実に辿り着けた。
魔力の出所はエンドアルターの中心。……そこから留まることなく魔力は湧き出ている。
これはエンドアルター自体から魔力が生成されているのではなく……別のモノから魔力を供給されている、そんな状態。
(……まさかっ、)
普通に考えてあり得ない。
だがその考えならば答えが出てくる。……それに、エンドアルターの中心から感じられる供給元の魔力の流れ方。
初めて見たからこそ最初は戸惑った。
しかしそう考えれば
「……はっ、……
そりゃいきなり感覚器官にまで干渉してくるわけだ……」
記憶を見た限り、当の本人は
「奏多」
意識を切り替えるように名前を呼ぶ。
それに反応したのを気配で感じ取った後、亜夢は続ける。
「さっきお前が言ったこと……どうやら間違ってないみたいだぞ」
流れてきた記憶から知った少年の名を口にする。
“実体”ではなく――魔力によって形成された“霊体”の魔霊を見上げ……確固たる確信を持って言い放つ。
「
◆
「イリスちゃんは頑張って働いてるねー。
うんうん、よきかなよきかな……」
いつものように
ここはイリスのバイト先(せこい手を使い)となった図書館の
バイト初日だというのにテキパキと動き、指示をちゃんと聞き、男よりも力作業をこなすイリスの活躍はすぐさま図書館従業員の注目の的となった。
風の噂ではあるが、バイトではなく正社員にしたいという話があるほどだ。
「?」
忘れても大丈夫なように事細かに一日の出来事を書いていると、ポケットに入っていたスマホは震えだした。
取り出し画面を見てみると、そこには妹の名前が表示されていた。
「はいはいもしもーし! 君のお姉ちゃんでーす!」
『あ、お姉ちゃん? わたしだけど今時間ある?』
相変わらずノッてくれない妹にしょんぼりしつつ、暇だと答えるとウキウキした様子で妹は声を発してきた。
『あのね、さっき電話があったんだけど、今度の土日、お父さん休みが取れるんだって! だからみんなで遊びに行こーって!』
「え、うそ、本当に? 本当にお父さん休み取れるの!?」
高山家の父は仕事の関係上、休みが取りづらい……それどころか、家に帰ってくることすら少ない。
故に、最後に家族全員で出かけたのはもう五年前の小学生の頃。
高山姉妹にとっても、両親にとっても家族全員で出かけるのは実に五年ぶりだった。
今までで一番の速度でメモ帳にペンを走らせながら電話を続ける。
『お出かけ先は最近新しくできた遊園地だって! それも近くのホテルに泊まるから二日連続で遊べるらしいよ!
ねぇねぇお姉ちゃん、後でお出かけ用の服買いに行こう! 久しぶりのお出かけだから!』
「もっちろん! あ、ついでにお父さんへのプレゼントも買おうか。会うの久しぶりなんだし!」
提案を肯定しながら話に花を咲かせていく。
こんなにウキウキワクワクする気持ちは久しぶりだ。鼓動は高鳴り、妹のちょっとした話にも笑いながら返してしまう。
今この時だけはペンを離して
沸き上がる高揚感と妹の弾む声に背中を押され、止まることなくページにペンを滑らせていく。
……と、その時だった――。
「ッ……、」
街に起きた異変に気づいたのは……。
『……お姉ちゃん?』
不意に言葉が止まった事を不思議に思った妹の声がスマホより鳴る。
だが美緒は既にスマホから耳を離し、その場から立ち上がっていた。
(何……この尋常じゃない魔力……)
言葉が止まった理由はソレだった。
ビルの四階くらいの高さに相当する屋上からでは見通す事はできないが、たとえビルやマンションといった建築物に阻まれても流れてくる魔力を
美緒の視線は数百メートル先にいるであろう、強大な魔力の持ち主を見据えている。
……この魔力の感じは人間ではない、これは――
「
次第に焦りが膨れ上がる。
それもそうだ。
……強大な魔力が流れてくるこの方向の先には、写真の落とし主を探しにいった、友人の奏多と亜夢がいるのだから。
◆
両刃剣が頭上すれすれを通過していく。
そのままスライディングのようにエンドアルターの股下をくぐった奏多は地面を擦っていた両足に力を入れ、
「――オォラッ!!」
光を放ち続ける魔力の
――斬ッ!! と。次こそは炸裂した。
左足の力が弱まり、膝をつく。
それでも決して油断はせず、その場から飛び退き次の攻撃に移る。
自分そのものが風になっていく感覚の中で、先ほどの亜夢の言葉を思い出す。
◆
「生き……てる?」
一瞬。
比喩ではなく体が本当に呼吸の仕方を忘れた。
喉の苦しみに気づき、体が呼吸の仕方を思い出す。
動き出した喉は自然と言葉を通していく。
「本当、なのか……?」
「あぁ、この状況で嘘つくかよ」
真面目な瞳のまま、亜夢は言葉を紡いでいく。
「魔霊の中を流れてる魔力の流れ方を見てわかった。
魔力はコイツ自身から生成されてない、コイツの中心から絶え間なく供給されてる……そして供給元の魔力の流れ、アレはあたしたち人間の体を流れる魔力の流れと一緒だ。
命を奪って顕現したんなら魔力はコイツ自身から生成されるはずだし、それ以前に体内に人の形をした供給元がある時点でおかしい……つまり、」
バチチチチッ!! と、気合いを入れ直した事を表すように稲妻が再び亜夢の周囲に出現する。
「
――魔霊が奪ったのは“命”じゃない、遥渡の“魔力”だ。
魔力を根こそぎ奪って顕現しやがったんだ……“実体”としてじゃなく、“霊体”として」
「霊体……ってことは」
「あぁ……ある意味じゃ、
とにかく――一番の点はまだ死んでいないってことだ。遥渡の魔力に味を占めたのか、根こそぎ奪ったってのに遥渡を体内に内包して生成された魔力を次々に自分に流してるからな。
お陰でどこに遥渡がいるのかもわかる」
亜夢からの言葉に自然と力が沸いてくる。
まだ助けられる……その思いと共に刃こぼれした剣に魔力を通し、真新しい切れ味へと変える。
「亜夢」
「わかってる」
奏多が何を言おうとしているのかを言わずとも理解する。
そして奏多が言おうとしていた言葉を、僅かに口角を上げながら言い放った。
「遥渡を助けるぞ――遅れんなよ、兄貴」
◆
亜夢曰く、エンドアルターの中心に遥渡はいる。
故に
魔力による供給から形成された霊体ならば、供給が途切れる――もしくは供給が間に合わないほどのダメージを負えば霊体は消滅する。
消滅すれば、『中』にいた遥渡は自然と霊体がいた場所に残る。
二人が目指すゴールはそれだ……だが、
「ッ……、もう回復したか……」
切り裂いた左足の膝裏はものの数秒で再生した。
供給される魔力がもたらす影響……ほんの一瞬の足止めにしかならないとは思っていたが、思っていた以上に再生が早い。
全快した黒い影はヒビから漏れた黒紫の光を残像とし、音速を超えて戦場を駆ける。
「ッ!? さっきよりはや――」
稲妻の狙いも定まらない。
かろうじて光の軌跡を追って手を
(クソッ、
……こうなったら――)
思考の末――左手を自らの胸の中心へと押し当てた。
奏多にはできず、
この状況を打開する方法――
「――ッ」
でも――と、そこで体は動きを止めた。
逆転の一手はある……だがそれを使うには、覚悟を決めなければならない。
……以前、一度だけ使用し、その際に『もう使いたくはない』と思った……。
胸を蝕む“激痛”、
心を震え上がらせる“恐怖”、
――
「……でも、」
でも、やらなくちゃ。
やらないと……
「――亜夢ッ!!」
「――――、ぁ、」
思考の海から引き釣り上げられる。
思考一色へと染まっていた瞳が、
……数メートル先にはエンドアルター。
「 っ、あ 」
死の感覚を首筋に感じ取る。
しゃらん、と奔る冷たい鉄。
ドパッ、と吹き出す暖かい命の熱。
死という不快感を味わいながら地に伏していく己の体。
……その未来を回避するために、全身が頭からの信号を待たずに生きる為の行動を取った。
右手に溜めていた稲妻を刃に向けて暴発させる――暴発した衝撃で亜夢の体は刃とは逆方向に吹き飛び危機から脱する……が、
「ぐ――ぁが……っ!」
後方にあった公園のブランコの手すりに背を叩きつけ、鈍痛と共に呼吸が一瞬止まる。
「
奏多が名前を叫ぼうとした……その時、
その時には――すでに
「ッッッ!?」
防御姿勢をと/魔術の奔流に体が飲まれていく。防御姿勢を取ろうとする判断は一瞬も遅かった。
絶叫の為に開かれた口の中は焦げ付き、体中は火あぶりの刑。呼吸ができなくなり意識が明滅する。熱の後は痛み……あぶられた箇所から激痛が急速に根を張るように広がっていき、
「 !? ッッ
声も出せないまま、焼かれた体を魔術が公園の隅へと
「――兄貴ッ!!」
鈍痛も忘れ、身を乗り出し叫びを上げる。
魔術は役目を終えた。……擂り潰された少年の姿は見えない。消え去っていく奔流の残りがその先をいまだに隠しているからだ。
魔術の奔流によって一直線に抉られたレンガ、先の見えない公園の隅。
視界に映るのはそれだけ。
――そう。その二つだけ、
「――グブッッッ!?」
亜夢が呆気に取られている内に真横へと音速で跳んできていたエンドアルターが
骨の軋む音を間近で聞きながら地面が遠くなる。
……
ゴムのように弾かれた少女の体は弾丸のような速度でレンガの地へと激突する。
「ガ、ァ!? か、……ぅ、――ぁ……、」
上下左右がわからなくなる。
引き抜かれたかのように体に力が入っていかない。
……じんわりと赤に濡れてくる瞳。
その瞳が捉えるのは切っ先を自分へと刺し向けながら降下してくるエンドアルターの姿。
「ハァ……、ハ……ァ――」
誰かが押さえつけている様に体が動かない。感じたことのない
ただ死を待つ置物と成り果てた少女の体は――、
「…………え?」
……ヒュッ、と
血飛沫が飛び出たのは左腕。ミキサーに突っ込んだかのような有り様になった左腕が振られた事によって少女の顔へと血飛沫が飛んできた。
……気づけば切っ先は逸らされていた。
到達する寸前に間に割り込んできた少年が魔力の剣で強引に軌道を逸らしたのだ。
「奏多……っ!?」
少年は一言も喋らない。
喋れない。喋れば気力が転げ落ちていきそうだから。
血が引っ付き、呼吸もままならない喉を動かそうとしない。
「……、カー……ァ、……ッ!?」
傷ついた瞳が開かれる。エンドアルターの左腕が動いた。
カラの片手は開かれ、邪魔者を排除しようと魔術が行使される。
……もう避けることなど不可能な死。
黒き光は一瞬で収束し、眼前で解き放たれようとしている。
「ェ、ゥ――、ァ……ッ!」
ミキサーに突っ込んだような有り様になった左腕。何かの間違いで生き残ってしまった中指と薬指が引きちぎれた左手を亜夢へと翳す。
亜夢の周囲が魔力で守るように覆われた直後――亜夢の視界全てを黒一色の魔術が支配した。
「ぐ、う……あぁッ!!」
魔力で守られていても伝わってくる衝撃。鼓膜を一時的に使用不可能される。
思わず目を閉じてしまっていたが、激痛など関係ないと告げるように起き上がり魔力の外にいる――この攻撃を一身に受けてしまった奏多へと声を上げる。
「かな――」
――ピシャアッ!!
「…………、た――?」
覆うように展開された魔力のドーム。亜夢の見ている正面の丸みに、ピシャア――と、斜めに鮮血が撒かれた。
魔術の威力に耐えきれず鮮血ごと散っていく魔力のドーム。
……しかし亜夢の目はドームへは向かず、視界の端を跳んでいった影を追っていた。
一〇メートルは跳んだだろうか。
受け身なんてとれるわけない。着地は頭からだった。……
◆
――
◆
奏多の頭から鳴った音だと思いたくなくて、必死に脳内が記憶を、音を、抹消しようとする。
だけど光景は別だ。目に納めてしまった/なんで見てしまったんだろう/惨状は簡単に隠されはしない。
見たくないのに、目が離れない……視界の先では頭の一部がグシャグシャにひしゃげた奏多から
「ぁ…………っ、……、」
――何をしていたんだ、と自分を責め立てる。
恐怖はあった。
「っ、ぅ…………、うッ――」
鮮血の海へと沈んでいく手遅れの体。ピクリとも動かない少年の体。如何なる魔術を以てしても治ることなどもうない奏多の体。
こんな事になったのは……、全部…………ぜんぶ…………、……ゼンブ……、
「
瞬間。
――バチンッ!! と。
亜夢の体を両断しようとしていた両刃剣が、少女の身より放たれた魔力の突風によって弾かれた。
エンドアルターの体は仰け反り/――しかしすぐに反撃に転じようと武器を構え直し――
――
……何故かはエンドアルターにもわからない。
亜夢より三〇メートルの距離を取り、全身が警戒の一色に染まる。
先にも言ったが、何故かはエンドアルターにもわからない。
気づけば体が飛び退いていたのだ。……これだけ有利な状況でありながら、吹けば飛ぶような二人を前にしながら、彼らよりも圧倒的な存在であるエンドアルターの本能が告げている。
――ある。
本能の
増幅した人間の殺気。
体の内で編まれていく魔術――。
その全てが、この場において勝者となり得るエンドアルターを退かせた理由だ。
尻餅をついていた亜夢は立ち上がる。
奏多から視線を切り、目の先の“滅するべき敵”へと
「……もう迷わない」
体内にて魔術が――“
儀式に呼応するように、亜夢の周囲に魔力が荒れ狂う。
……周囲一帯の空気が一変する。
ギュルルルッ!! と、鼓膜を破りかねない魔力の唸り声。唸り声は次第に暴風へと変わっていき、大地を抉り、奪い、形そのものを変えていく。
人の手により発生した天災の殺気はただ一体の禍災へと向けられる。
儀式の組み立ては禍災の化身であるはずのエンドアルターに……生まれて初めて、恐怖という感情を刻み込ませた。
そして、
静かに、内側から照らすように、
――亜夢の胸の中心に、“光”が浮かび上がった。
「――おい、」
低く、重く、貫くような、常人であればその一言で気絶しかねない殺意。
しかしその殺意が向けられているのはエンドアルターではない……
「聞こえてんだろ? こいよ――」
守りたいもの:――
代償を受けとる。
思いを聞いた。
“
ならば――、
“
◆
――
人の心の闇を喰らうことで“
その者たちは魔霊を抑え込むだけでなく、
“儀式”――“契約”を魔霊と交わすことによって、魔霊を“実体”ではなく“霊体”として顕現させ、共に戦う戦友とすることができる。
魔霊という超常の存在と契約する際の代償となるものは――『寿命』や『記憶』といった、例外なく自分にとって『大切なモノ』。
そして、今この瞬間――。
契約を交わした亜夢の魔霊が、同類であるエンドアルターを殺す為に顕現する。
……その名は――、
◆
「滅ぼせ――“ブラッド”ッ!!」
バキンッッッ!! ――空間が、割れる。
亜夢の隣の空間が砕け……巨大な、あまりに巨大すぎる空間の裂け目が顔を覗かせた。
見ているだけで吸い込まれそうになる一色の
「カッ!? ァ、ハ――、へ……へへへ、――ハハハハハッ!!」
顕現させる際に必ず訪れる、胸を内側から強引に抉じ開けられるような感覚……イっちまいそうな激痛に全身を引き裂かれ……つい、笑っちまう。
堪えるしかない激痛を笑うことで少しでも外に流していく……足りない、足りない、全然足りない……けれど。
そんな少女の隣に並び立つように、
……影を凝縮したかのような長さ六〇メートルはある
全長五〇メートル。
体は細く、全身は
胸の左右から生えているのは人間の腕ではなく――触手の腕が二本。
血に濡れたようなボロボロの赤黒い外套を纏い、背中からは翼のように生える六本の骨の手。
足は無い。……ボロボロの外套は下半身を覆い隠すように垂れている。
エンドアルターを
ブラッドは滅びを告げるために舞い降りた死神。
どちらも共に禍災の化身。
黒き“種”から誕生し、この世に顕現した二体の禍災は相対する。
放浪騎士は存在理由を全うするために、
死神は宿主との契約を果たすために、
「……そんじゃあ、
口角が上がっていくのを
“
生きた天災同士による激闘が、唸りを上げた。
――【用語解説】――
【
――自身の
――そして、魔霊を従える契約の代償として、『寿命』や『記憶』といった『大切なモノ』を“捧げる”。
この二つの条件を満たした者だけが、内に潜む魔霊を“実体”ではなく“霊体”として顕現させ、共に戦う力とする――