戦力差は
瞳で追うことはできても、体が防ぐことができない。
「ほォら……こっちだ――よッ!」
引き裂き、
悪魔からしてみれば
魔霊からしてみれば
駆け、跳ね、回っているだけだというのに、イリスの体はその
……エンドアルターも、このままただやられるつもりはない。
不意に体の向きを変え、自身の直感を頼りに右手の両刃剣の切っ先を虚空へと突き出した。
その両刃剣は捉えた、彼女の体を――だが、
「――、ハ――ッ」
眉一つ動かさず切っ先を蹴り飛ばすと、折れかけの首に追い討ちをかけるように、鞭と誤認するしなる蹴りを側面に炸裂させた。
ゴムのように弾かれ大気の壁を裂いていく放浪騎士を、先ほどと同じくイリスは持ち前の神速から姿を掻き消し追っていく。
「相変わらずハンパじゃないな……正真正銘、本物の悪魔って奴は……」
……
ふと視線を横に送ると……掌サイズの穴が空いた胸の心臓部、口の端から血を垂らし、修復不可能の重傷を負った体……その持ち主は薄い笑みを浮かべ、永遠の眠りについている。
「ッ……、兄貴……」
いい加減頭を切り替えろ――自分にそう言い聞かせ、悲惨な光景から逃げるように視線を切る。
……と、
「……?」
視界に、
戦場を駆けていた数分前の自分では見ることのできなかった小さな影。それは白シャツに染みた醤油のように公園跡の地面にこびりついていて――、
「!? アイツは――」
◆
一息で五〇メートル近く
追い詰められたことによる咄嗟の行動。
……しかしエンドアルターにできる以上、
「――逃げられると思ってる?」
――ニタリと笑う悪魔イリスにできない道理はない。
顔の真横より大鎌が踊り出す。
ジグザグと、
……腐っても魔霊であったからか、体は分断されずに無数の裂傷跡が残るだけに留まった。
「ヘッ――ヘヘヘヘヘ……そォーらッ!」
切り殺すのではなく叩き潰す快楽を得るために
体勢が崩れる……そんなレベルではない。
二〇メートルの巨体は平衡感覚を失い旋風を纏い吹き飛んでいく。
吹き飛んでいく最中……エンドアルターが平衡感覚を取り戻すよりも早く、
「ケッへへ――ホーム、ラン!」
エンドアルターが飛んでくる先に瞬時に移動していたイリスがゲーム感覚で大鎌を振るい、頭をミンチにする。
――グジャメリッッッ!! …………そんな音が頭から鳴ったのは覚えている。
スイング
…………どのくらい、トんだだろうか……。
「……ねぇ、」
気づけば、首を絞められていた。
目の前には、自分からの返り血で赤い斑点がついた
「
ギュルンッ!! と。
首を握られたまま体は急下降していく……強風に当てられ冷たさを感じるよりも早く巨体はマンションの屋上へと連れ去られ
「ふ……フフ――ッ」
つい先日、久しぶりに焼き鳥を食べた。
あの焼き鳥は美味しかった。
不意にその日の事を思い出したからか、
エンドアルターの頭は
「ア、ハ――ハハハハハハハハハ!!」
突き刺さった周囲の膨らみを潰していくだけの簡単な軽作業です。
アンテナは丈夫で簡単には折れませんので何度でもお楽しみいただけます。
「……………………ふぅ」
…………悪魔だ。
「あ、マズ……アンテナ折れちゃった。
『街を守る』って契約内容に入ってるから……直しとかないと奏多に怒られるなー……あーあ、メンド……」
返り血のオンナノコは魔術でちょちょいっと直す。
「ねー、まだ生きてるー? ……生きてるね、よし。じゃあ次は――」
契約には従う。
代価には“命”を欲する。
死をもたらす事に躊躇いがない。
人が“悪魔”と聞いて真っ先に思い浮かぶモノを全て満たしている。
……これほど“悪魔”という肩書きが似合う存在もそうはいない。
どれほど人間が好きでも、
社会に適応していても、
あの少年の味方であったとしても、
一連の流れを見て理解できたであろう、
……彼女は何をしようと“悪魔”でしかないのだ。
「ん?」
回復し続ける体、というのも考えものだ。
こんな有り様になってもまだ生きているエンドアルターはピクリと動いたかと思うと――ドバッ!! と、後先考えずにイリスから距離をとった。離れた。……とにかく逃げたくて。
「無駄だけど――?」
一言でその場を制し、飛び立つ。
数瞬後には懐に飛び込まれている……その未来がエンドアルターの体を震わせていく。
だがのうのうとその未来を受け入れる訳にはいかない。
得物の両刃剣を上へと放り投げ、自由になった右手に魔力を込めていく……そして、次第に球状の形をとった魔力は、得物を放り投げた事に
「こんなの――」
軽く左腕を振るい虫を払うように魔力を掻き消――
――カァンッ!! と。
「――ッ、」
振り払われた魔力弾から、イリスでさえ手を翳してしまうほどの発光が放たれる。
その視界の遮りは……真っ暗闇の中で、突然太陽を見せつけられたに等しい。
悪魔の視界はほんの数秒の間だけ発光に奪われる。
しかし、たかが数秒だ。数秒後には視界も瞳への影響も元に戻る。
エンドアルターの狙いはソレだ。勝てない事はわかった。ならば後は全力で距離をとる……それで何がどうなるかはわからないが、考える時間はできる。全ては後回しでいい、今はただ視界を遮っている内に少しでも遠くへ離れなければならない。
降りてきた両刃剣を手に納め、イリスから体を逸らし、死にかけの体で飛び立とうとし――
◆
『――
◆
エンドアルターの逃げ道を塞ぐために彼方から飛来した――
――黒龍の首、黒衣に包まれた龍の肉体、片手には墨のような長剣、背には六枚の黒き翼が生えた……エンドアルターと同じ大きさの、龍の姿をしたヒト型の異形。
名を――“ジークフェルド”。
『オ、グ――ッ!?』
エンドアルターがアクションを起こすよりも先に、ジークフェルドの長剣がその身を一閃する。
左腰から右肩へ。
呆気にとられるエンドアルター……だが即座に切り替え、障害を取り除く突きを放つ。
しかしやぶれかぶれ染みた反撃など通じる筈もない。長剣で切っ先を流され、懐に滑り込んできた
悶絶し、ジークフェルドを引き剥がそうとする……が、
『オ……、ウ!?』
弱りきったエンドアルターを、四の“黒き
ジークフェルドの意思によって出現した黒き波紋。その“奥”からは……
四種類の臭い。それぞれ微妙に違い……しかし同じ臭いを発するモノたち。
波紋より……影が躍り出てくる。
臭いの正体は――
『赤』『青』『緑』『黄』の
大きな
丸飲みされそうな迫力の大口。
だが飲み込むために開かれたのではない、用途は別にある。
大口……その喉の奥より、四の異なる輝きが這い上がってくる。
『赤』の大蛇からは――“炎”が。
『青』の大蛇からは――“水”が。
『緑』の大蛇からは――“風”が。
『黄』の大蛇からは――“雷”が。
凝縮されたエネルギー。
それが四方向より……長剣に貫かれ、逃げる事ができなくなったエンドアルターへと突き刺さろうとしている……。
――
ジークフェルドを振りほどこうと、その場で暴れまわる。
――
四種の輝きに放浪騎士の巨体が
――
一瞬で全身が焼け落ちる。
瞬きの間に水圧が体を潰し、風の刃が切り刻んでいく。
一秒後……体を構成する細胞、神経が断末魔を上げていく。
◆
スルリ、と長剣が心臓より引き抜かれる。
支えを失ったエンドアルターは落ちていく。
前屈みに、何の力もなく、真っ逆さまに地へと落ちていく。
いや、“落ちていく”……ではないか、
――貫くような衝撃波と共に“落とされていく”。
バゴンッ!! と。
発光を切り裂くように飛び出てきたイリスが
(……アイツは……、)
周囲を見渡してもジークフェルドの姿はもうない。
役目を終えたと感じたジークフェルドは彼方へと――宿主の元へと帰っていった。
(そう。……ありがと)
助太刀してくれた魔霊と、その宿主に心でお礼を告げる。
直後、硝子が砕けるような音……大鎌が手元より消え去り――
その長さはおよそ三〇メートル。
華奢な手には収まりきらない大きさ。……炎のような熱と溶けるような輝きを
右手を指鉄砲の形に変え、照準を公園の跡地で大の字になって気絶しているエンドアルターへと向ける。
街をも照らす“光の剣”は意思に従い行く先を魔霊へと決める。
「これで、」
周囲の大気が渦を巻いていく。
小規模な台風でも発生しているかのような感覚。
やがて渦は光剣へと円錐上に纏わりつき、
「――終わり」
パンッ、という指鉄砲の動きが勝負を決めた。
光剣を投擲する。
一条の
裂かれた空間から辺りに光が降り注いでいく。
まるで希望にさえ見える光景。
しかし誰が思い至るだろう……この輝きは、一つの命を絶命させる“滅びの一条”だということに。
◆
「……ったくイリスのヤロウ、あたしがここにいること忘れてんじゃねぇだろうな……」
蹴り落とされたエンドアルターを前に亜夢は独りごちる。
「……」
虫の息のエンドアルター。
今もなお少しずつ回復しているが、その事がわからないイリスではない。すぐにでもトドメを刺すだろう。
「次元が、違いすぎる。……イリスが味方で、ホントよかったぜ」
休まず治癒魔術をかけ続けているが、自分にとって治癒魔術はできる程度……得意というわけではない。
本格的な治療は、医者に託すべきだろう。
「がんばれよ……絶対に助けて――」
と、そこで、
「なんだ、この光……」
眩しさのあまり半目になって空を見上げる。
光――としか言いようがない。逆にそれ以外の表現を知っているなら誰か教えてくれ。
視界を多い尽くす眩い光。
それはどんどんこちらへと近づいてきている……より正確に言えば目の前のエンドアルターへと――
「ッ! ――やっっっべッ!?」
気づくのが遅すぎた。
アレはイリスの魔術だ。恐らくはトドメの一撃。あまりに突然すぎる光景に呆けてしまった自分が
急いで飛び退き、光へ背を向ける。
両腕に今まで以上の力を入れ、
――光の筋はエンドアルターの喉へと突き刺さった。
強烈な熱波と閃光、衝撃波が発生し亜夢の背中に飛来する。
「ぁ――ぐっ!?」
後頭部と背中を幾度となく打ち付け、衝撃から意識が体から抜け出ていく。
それでも腕の中だけは守りぬくと決め、最後まで力を抜かない。
意識が途切れる寸前、転がる体はエンドアルターの方を向き
光の風しか映さない瞳――だったが、最後の最後に……光の世界を一筋だけ塗り変えるように、エンドアルターの胸元へと空から神速の影が降り立ったように見えた。
◆
まるで真っ黒な海の底。
何処を向いても、目蓋を閉じても開いても……『黒』しか見えない。
体は十字架のような姿にされ、柔らかい何かにくくりつけられている。
“……何処なんだろう、ここ”
気がつけば、ここにいた。
声を出しても響かなくて、体は動かなくて、ただ狭く、苦しく……一方的に閉じられた自分だけの
“ぼく……確か……”
……確か、ノラを酷い目に遭わせられて……頭が真っ赤になって、胸が破裂しそうなくらいの激痛に見舞われて――そして、
“そして……どうしたんだっけ?”
思い出せない。
思い出せるのは果てのない激昂、守れなかったことへの悔しさ……ノラの無惨な姿。
……あぁ、そうだ。
最後に、絶叫したのは覚えてる。鼓膜が自分の絶叫で割れかけたのだから。
“……ノラ…………ごめん、ね……”
守れなかった唯一の友達への謝罪が声となって出される。
脱け殻になったように体から力が抜けていき――そして、
“……?”
音が……聞こえた気がする。
ここではなく、“外”から。
なんだろうと気になり、耳をすませてみる……と、
“――――え?”
さぁ、と。
霧が晴れていくように、視界に色が付いてきた。
だというのに眩しさは感じない……まるで
……誰かが見ている景色、そこに映っていたのは、
“っ!? お兄さん――!?”
横断歩道前でぶつかった、赤い瞳が特徴のあの少年だった。
近くには……知り合いなのだろうか……赤い髪の少女がいる。
視界がブレる――それは顔を動かした、視線を切った、というものではなく……瞳の持ち主が常軌を逸したスピードで移動したからだ。
……普通ならばあり得ない現象なのに、何故か理解できる。
戦闘が起こった。
不思議な力を使うお兄さんと少女は、
対する
“ぁ――”
お兄さんは血まみれになり、吹き飛び……頭からレンガの地へと激突する。
――グシャラッ!! …………人間の頭からは聞こえてはいけない破裂音。
“…………や、めて”
お兄さんだけに飽き足らず、傍にいた赤毛の少女さえ両断しようと両刃剣が振るわれる。
“…………やめて、よ……”
赤毛の少女の傍らの空間が砕け、“死神”が姿を現す。
……殺す一歩手前まで追い詰めた死神だったが、
少女とかろうじて生きていたお兄さんが一閃の
“――やめてよッ!! ……ぁ……、お、お願い……だから……”
……普通ならばあり得ない現象が起きているというのに、何故か理解できてしまう。
二人をこんな目に遭わせている『存在』には“自分が関係している”という事。
知らない単語、今の状況、暴れているモノの名が、“
認めたくない事実なのに……理解、できてしまう。
自身から生まれでた魔霊を止めたくてもどうすることもできない……
体は動かない。言葉は届かない。
“う……っ……、ぁ……あ、……ぁあ……っ”
自分の無力さに涙が込み上げてくる。
……自分が傷つくのは構わない。
だって、自分が我慢すればいいだけの事なのだから。……今までだってそうやって生きてきたのだから。
でも……自分のせいで誰かが傷つくのは耐えられない。
……ノラだってそうだ。自分が関わりを持ったせいで、いじめっ子に…………。
ましてや、今ふたりを傷つけているのは間接的にではあるが……“自分”だ。
その事実が…………本当に、……耐えられない。
“…………殺して……誰か……”
……元から暗くてもわかる。項垂れた自分の意識に明確に黒い
“お願いだから……殺して…………ぼくを――”
……目蓋が震えたのは、
“…………え――?”
どのくらい眠っていたのだろう。
目蓋に明るさが届き、意識が浮上してくる。
意識の覚醒と共に驚きが遥渡を叩く。
――明るいのだ。
何の比喩でもなく、外と回線を繋いでいる訳でもないのに……目の前が、淡い光を放っている。
自分が囚われている場所は魔霊の
内側に届くほどの“光”が外側から発されている……という事は――、
“っ――。お兄さんは……? 傍にいたお姉さんは……街は、どうなったの……?”
声に覇気はないものの、絶望が少し削がれたような声音。
疑問を口にすると、それに答えるように頭に情報が入ってくる。
“ぅ、っ――。……ぁ、”
遥渡が意識を落としていようと魔霊は活動していた。
『核』である遥渡にはその
“え――? じゃあ……、”
光へと顔を上げる。
――そして、
ザザザザンッ!! と。
遥渡の目の前の
切り抉られた隙間から強烈な光が差し込んでくる。遥渡の瞳は今度こそ眩しさに圧倒された。
ろくに目を開けられない……けれど、
それでも、見えた。
黒い外套に包まれた華奢な手が、自分を助けようと必死に手を伸ばしている……その
◆
光の中へと飛び込み、大鎌でエンドアルターの胸を切り抉った……その結果は、
「目立った怪我は……あるにはあるけど
無事に救い出せた簑埼遥渡は腕の中で目を閉じている。
彼を捕らえていたエンドアルターは光の中で
「ん?」
敵意のない気配を感じ振り向く……
「……にゃ……にゃー、ん……」
白い毛並みに、小さい体。
毛並みを汚す赤黒い血に、歩くのも精一杯の現実を知らせる引きずられた足。
――
呼吸もまともにできない状態ではあったが、イリスがエンドアルターと戦闘を行っている時に亜夢が発見し、少女の意識が途切れるつい先ほどまで治癒魔術をかけられていた遥渡の友達。
この様子を見る限り、傷はある程度塞がり、骨も繋がり、足を引きずりながらではあるが歩ける程には回復したようだが。
「――ノ……ラ?」
腕の中の少年が微かに動く。
薄く目蓋は開かれ、幻聴かと思った鳴き声に顔を向ける。
「にゃにゃ、にゃん……」
少年の声に歩くスピードが早くなり、気を利かせたイリスが抱いたまま地面スレスレまで遥渡を下げると、遥渡の顔までやって来たノラが、ペロペロと……いじめっ子に付けられた傷を舐め始めた。
その痛みを頬に感じ、目を見開いた遥渡はノラへと問いかける。
「ノラ……生きてる、の?」
「にゃーん」
今出せる精一杯の
……水の筋を作る涙を、滴り落ちる前にノラが舐めとる。
「……っ、……良かった。本当に……」
涙声で手を伸ばし、ノラの顎を撫でるとゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「……あなたが……助けて、くれたんですか……?」
「ちょっと違うかな。アンタを助けたいって言ったのはわたしの契約者。わたしは契約に従いアンタを救ったまで……礼なら、いつかソイツと――近くにいた女にも言ってあげて」
顔を戻した遥渡は、疲労からかゆっくりとした口調で問いかける。
少しだけ否定したイリスは、一人と一匹の一時を邪魔しないように口を開いた。
……遥渡の頬は緩む。
「その人も……あの人も……あなたも、ぼくを助けようとしてくれたんですね。
ありがとうございます。
いつか……改めてお礼を言わせてください」
「その時はわたしじゃない二人に優先して言ってやって。あの二人も一生懸命がんばってたんだから。
……あと、
遥渡を見ていたイリスは、その顔を遥渡の胸元へと……正確にはそこに置かれた手へと向ける。
「
……片手に何かが握らされている事に気づいた。
紙のようなものを握っている手を顔の前まで持ってくる……そして、
「っ――これ」
それが
……今でも鮮明に思い出せる。
ぼくがまだ四歳だった時――お母さんと、お父さんと、お姉ちゃんと一緒に……家族全員で遊園地に遊びに行った時に撮った写真。
撮ってくれたのはお父さん。
全員で一緒に遊びに行くというのは初めてで緊張してしまい、写真を撮る時にも固くなってしまい……その際に緊張をほぐしてくれたのは、お父さんの変顔。
変顔で吹き出して、みんな笑って――そしてこの写真が撮れた。
ぼくとお姉ちゃんだけじゃなく、お父さんもお母さんも本当に楽しそうだった。
あの時はまだ、離婚の雰囲気なんて全然なくて……この思い出が、最初で最後の思い出になるなんて思ってなくて……帰りには――“また来ようね”――って。
「うっ……ぅ……ぁ――っ」
思い出の暖かさに耐えきれず涙が溢れ出てくる。
……でも、それでいいのだ。
この写真を見ていれば、何度だって思い出せる。
お母さんの楽しそうな声、
お父さんの幸せそうな笑顔、
ぼくを引っ張っていくお姉ちゃんの手の温度、
トテトテ、トテトテと遊園地
あの一日を、あの幸福の一瞬を、何度でも、何度だって思い出せる――だからこそ、この写真は一生の
「――っ」
腕の中で泣き続ける遥渡の頭をまるで母親のように撫でる。
本当に母親のように思えたのか、一〇歳の少年は少しずつ感情に落ち着きを取り戻していく。
……数分ほど。涙が
すると……淡い緑の光がノラを包み、その体を癒していく――彼女の魔術が収まったのは数秒後。
光が溶け消えた後には……傷一つない元気いっぱいの猫の姿がそこにあった。
「にゃ~ん」
「なに、お礼のつもり? 気にしなくていいよ、ほんの気まぐれだから」
頭に置いた手へと擦り寄ってきたノラを撫でながら手を引いていく。
「ノラの傷まで……本当に――ありがとう、ございます」
元気になったノラは遥渡の顔へ頬擦りしてくる。
遥渡もつい笑みを
不意に訪れた暖かい光景を、“人間が好き”というあまりに変わった悪魔は、微笑みながら眺めていた。