セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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2025/7/20 読みにくいところを全体的に修正


≪光≫ リリーの大冒険 2nd seasonその3(2nd完)(修正済み)

 

 

 

 

 歌のあと、"呪い"は少しだけほどけたようだった。

 がんじがらめになっていた糸の一部がたるんだので、そのすき間からカメラ本体を取り出すことができたのである。

 糸自体はほどけずに、丸く絡まったまま地面に落ちていた。嚙みつきはしなくなったので放っておいても大丈夫だろう。

 

 リリーが裏ふたを引っぱると、カメラは簡単にその中身をさらけ出した。太陽の下で。

「ふつうは太陽の光が当たらないところで開けなきゃダメなんでしょ?」

 

 リリーが大丈夫なの、と問うと、スチュアートはうなずいた。『これには魔法がかかっているみたいだよ』

 

『"呪い"がかけられてから、ずいぶんと時間が経っていたみたいだね。10年20年、もしかしたらもっとかも』

 

 カメラの中にはフィルムがおさめられていた。ポラロイドカメラ用をタバコサイズくらいにしたもの。ケースに入っていたものと同じで、こちらも真っ黒だ。

「これも真っ黒だわ。焼けちゃってる?」

『どうかな。もう少し調べてみたらいいかもしれないよ』

 

 リリーがフィルムとりだして調べてみるあいだ、スチュアートはフィルムについて残り2人に説明した。

 マグルのカメラに使われているフィルムで撮影すると、そのフィルムから何枚もおなじ写真を印刷できる。

 そのため、また印刷する……つまり"焼き増しする用"に、撮影済みのものも保管しておくのだ。そのフィルム自体ぱっと見は黒っぽいので、よくよく見なければ何が写っているかわからないのだという。

 

 リリーは思いきったように"魔法のフィルム"を太陽に透かした。

「なにか写ってる……。このフィルム、どこかで見たような気がするわ」

 

 セブルスもいっしょにのぞき込んでみた。大きさはともかく、魔法っぽい感じはしない。

「魔法界の写真は動くんだろう?」

『そうだよ。……これはほんとうに写真を撮るためのカメラなのかな?』

 

 一方で、クラリスは本体にさわっていた。

「ねえ、これもフィルムみたい」

 彼女はレンズの根もと近く、レンズの交換口みたいなところに挟まっていたものを取り出した。ぴったり寸法が合っていて簡単に外れたところをみるに、もともとフィルムを出し入れしてつかう仕組みなのだろう。

 そこに入っていたのも撮影済みフィルムの1枚だった。黒く透明で、何かの輪郭がうつっている。

 

「もしかして……」

 クラリスが呟いた声は、金切り声で上書きされてしまった。

 

「──あなたたち、やっぱりおかしいわ!」

 リリーの姉が3人(とゴースト)の前におどり出たのである。犯罪の取引現場でも暴いたかのように、意気揚々と。

「私をのけ者にして何をやっているかと思ったら。まともな人に見られたら恥ずかしい空想ごっこばかりやってたのね?3人で。

 おあいにくさま、上の窓からずーっと見てたのよ。あなたたちが何をやっているか。空中を見ておしゃべりをしていたのだものね。知ってた?頭のおかしい人はそうやって"まとも"な人の目には見えないものとおしゃべりするのよ」

 

 邪魔をするな、能力のないやつめ。

 ゴーストを視ることもできず、解決だってできないくせに。

 

 リリーに魔法の話を聞き、こうやって首を突っ込んでくる。そのくせ「それはうそ」だの「まともじゃない」だのこき下ろすのだ。わざわざリリーを傷つけようとしている。その奥底にあるものが何なのか、さっぱりわからなかった。

「リリー、こんな子たちと付き合っちゃダメ。あなたは"まとも"じゃなくちゃいけないの」

 

 となりでカメラを持ったままのクラリスまでも、みるみる冷たい目になっていく。

 

 そばにいたスチュアートは、困ったように(ほお)をかいていた。拒絶というよりも『この子をどう落ち着かせようかな』と思案するような顔だった。

 おとなの魔法使いにとっては怒るような相手ですらないのだろう。

 

 少しあたまが冷えて、セブルスはペチュニアに鼻で笑ってみせた。

「その"空想"とやらが気に食わないのに首を突っ込みたがるヤツがいるらしいな。友だちでもないくせに。

 周りに同い年の友だちくらいいるんだろう?ぼくら(スピナーズ・エンドのやつ)にだっているくらいなんだからねえ。

 それとも友だちもいないから、わざわざ構いたがってるのか?こうやって」

 

 ペチュニアはさっと顔色を変え、セブルスに食ってかかった。

「親がまともじゃないとそんな風になっちゃうのよね!?ろくでなしの親をもつととんでもないうそつきに育つんだってよーくわかったわ!

 リリー!こんな子たちとの付き合いなんてダメよ!帰ってもらいなさい!」

「やめてよチュニー(ペチュニア)!私の友だちにひどいことを言わないで!」

 

 言い争いをよそに、背後でクラリスがカメラをいじり始めた音がした。

(……使う気なのか?)

 

 クラリスだってあいつを嫌っているのは知っている。でもさすがに人間を真っ二つにはしないだろうから、脅すのかもしれない。

 彼女はレンズの根もとに差し込まれていたフィルムをいじり、そのまままっすぐにレンズをペチュニアに向けた。

 シャッターボタン(らしきもの)が、パチリ、と音を立てる。

 

 リリーが驚いた顔でクラリスの方を振りかえったその時、ぶうん、という羽音がし始めた。

 ペチュニアの背後から、いっぺんに黄色の小さなものがあふれ出したのだ。彼女がぼう然と見やっているあいだにも、立て板に水を流すように次々と。

 

「蜂の巣だわ……!チュニー、逃げて!」

 そう言われてようやく我に返ったらしい。

 ペチュニアは金切り声をあげて、急いでその場から逃げ出した。3人を置いて。

 

 ざまあみろだ。

 うっとうしいのが居なくなって、すがすがしい気分だった。

 

(……でも)

 セブルスがそこに浸っているわけにもいかなかった。ハチは残ったままで3人を囲んでいたからだ。

 

 クラリスの顔色は変わらない。よどみなくレンズにふたをし、その根もとに差し込んだフィルムを抜く。

 その瞬間、なんでもなかったかのようにすべてが消えた。

 ハチも、ハチの巣もだ。

 

(わかっていたのか?)

 クラリスを観察してみると、安心したようなため息をこっそりついていたのが見えた。

 わかってはいなかったらしい。

 

 そんな彼女に、セブルスは愉快さをかくさずに話しかけた。

「とっても面白い道具じゃないか」

 

 あんな風に痛い目をみせて追っぱらえるのなら最高だ。

 クラリスがやったことは正しい。

 

 しかし、リリーの反応はちがった。

「どうしてチュニーにあんなことをしたの!ハチに刺されたら危ないのよ!?死んじゃうかもしれないのに。私のお姉さんなのよ!?」

 リリーはそう、悲しそうにクラリスを責めたのだ。

 

 彼女だって姉に悩まされているし、何より『まともじゃない』と言われる側のはずだ。そんな風に悲しむとは思わなかった。

 クラリスだって殺そうとしたわけじゃないだろう。

 

「──ごめんね、リリー。刺してやろうとしたんじゃないの。ただ……あれがあればごまかせるんじゃないかと思って。あんな風にいうなんて許せなくて。でもリリーには私のしたことは許せないことなのね?

 本当にごめんなさい」

 クラリスは頭を下げてリリーに謝った。

 

(そんな風に言うものなのか)

 セブルス自身は『ひとに謝る』ところを見た経験が少ないので、そう思った。

 だから、そうやって謝られた人がどうするものなのかもよくわからない。

 

 リリーを見ていると、彼女も頭をさげた。

「私も……ごめんね。2人のことをあんな風に言われても、何もしてあげられなかった。

 チュニー(ペチュニア)が何を言っても友だちだからね、ずっと」

 

 リリーはクラリスと、それからセブルスとも手をつないだ。

 3人が輪のようになった光景を、1人のゴーストは微笑んで見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 その後も魔法のカメラがどんなものか、使ってみたり意見を出しあって推理した。

 

 どうやら撮影機能はある。そうでなければフィルムに物が写っているわけがないからだ。

 

 しかし、機能はそれだけではなかったらしい。

 フィルムをレンズに差しこんでシャッターを切ると、撮影したものをフィルムと同じ状態にしてしまうようだ。

 

 先ほどリリーが陽に透かしてみていたフィルムには、ハチの巣が写っていたのだ。だから、クラリスはそのフィルムをレンズに差しこんだ。そのままシャッターを切ったらハチの巣が出現した、というわけだ。

 ちなみに最初にレンズにセットされていたのは、真っ二つに割れた花瓶のようななにかだった。

 

 クラリスがそう説明すると、リリーは得体の知れないもののようにカメラを見た。

「真っ二つの花瓶が現れるんじゃなくて、写ったものがほんとうに割れてしまうのね」

 使いどころを間違えたらおそろしい道具であった。"呪い"でカギをかけて使えなくするのも納得である。

 

 クラリスは疑問があるようだった。

「でも、使い方がよくわからないわね。たとえば写したのが"割れたハチの巣"だったら、ものが割れるの?それともハチの巣が出てくるの?」

 ハチの巣を出すつもりだったのに、ものが真っ二つに壊れたらシャレになるまい。クラリスが考え込んでいると、ゴーストが声をかけてきた。

『撮影した本人が自分でやりたいと思ったことが重要なんじゃないかな』

 

 魔法とは使い手の心持ちというものが重要だから、というのがスチュアートの説明だった。

『健全な心をもつ人が闇の魔術を使ってもあまりうまくいかないのと同じだよ。

 つまりはハチの巣の撮影者は"ハチの巣"を取りだせるように保存したかったし、割れたものの撮影者は"割る力"を保存したかったんだろう』

 

「なんのためにハチの巣なんか……?」「きっとはちみつが沢山とれるわね!」

 首をひねるクラリスに、リリーは容器に言った。

 

「もっと大事なことがあるじゃないか」

 はちみつを採るよりもすごいことができる。セブルスはわくわくしてきた。

「つまり、まだ使っていないフィルムがある。これからどんなことでも“保存”できるじゃないか」

 リリーも顔をぱっと明るくした。「そうね!」

 

「3つあったら1人が1つ使えたのに、残念ね……。

 こうなったら3人みんなの得になりそうなことに使おう」

 リリーがそう提案したので、3人はうんうん言いながら使い道を考えはじめた。

 

 あれやこれやと案をだしあった結果はこうだ。

 リリーは「おいしいものはどうかしら?ごちそうを並べていつでも食べられるのって良いわよね」と言った。

 クラリスは「これこそ秘密基地が作れそうね。もしかしたら邪魔をされずに魔法の話ができるかも」という意見だった。

 

 それでもセブルスはすぐに答えを出せなかった。3人のためになることも大切だったが、これさえあればもっと自身が幸せになることにも使える。

 あれもできるしこれもできる。あるいは、ああするためにどうすればいいか思いつきそうな気がする。

 

 そんな風にセブルスが吟味(ぎんみ)していると、リリーが「セブルスは?」と水を向けてきた。

 そう問われてもすぐには決められない。いちばんすべきことって何だろう。

 

「ぼくは『アイツ』を……」

 言いかけて、セブルスは止めた。

 

 リリーの緑の目がじっと自分を見ていて、なんだか怒られそうな気がしたからだ。さっきのクラリスみたいに。

「──いや、まだ思いついていない」

「え、だって今……」

 

 リリーが重ねて問おうとした時、『アー、悪いけど』とパラソルの下にいるままのスチュアートが切り出した。

『少し思い出してきた。指輪をおくった人には助けが必要だった気がするんだ』

 3人とも忘れていたが、そっちの方は何も進んでいないのである。

『助け』と聞いて真っ先にいやな予想が思い浮かんで、セブルスはゴーストの方をにらんだ。

 

「『その人に使わせろ』って言いたいのか?」

 ようやく大きな望みを叶えられるかもしれないところなのに。

 

 クラリスが横で「ふうん」とからかうような声をだした。

「リリーの指輪が外れなくてもいいの?」

 

 それはよくない。

 急所をつかれたようになって、セブルスはにらむのをやめた。

 

「……そうよね、その人に会うのが先だわ。助けられるなら助けなくちゃ」

 よくわかっていない様子のリリーが答えて、ひとまずフィルムの使い方については保留となった。どういうものかは解ったのだから、急がなくてもいいだろう。

 だが、指輪の方はスチュアートにもう少し思い出してもらわないと打つ手がない。

 

 なのでカメラを“秘密基地”にもどしてリリーの部屋で撮影会議することになった。

 クラリスがカメラを持ったままだったので、彼女はいつでも撮影できるようにか未使用のフィルムを本体のなかに押しこんだ。

 続いてそのふたを閉めようとした時だった。

 

 クラリスの身体が宙に飛ばされたのは。

 まるで横合いから轢かれたみたいに。

 

 起きたことを把握できないまま、だれも動けなかった。

 ただ、クラリスが家の外壁に背中からたたきつけられたのは解った。

 

 なんとなく解決した気になっていたが、"呪い"は解けきったわけじゃない。すこし緩んだだけだ。

 

 撮影ずみのフィルムを使うよりも、新たに撮影する方に厳重なカギをかけてあったのだろう。きっと。

 緩められたまま放置された"糸"がふくれあがり、その一部がクラリスを壁にたたきつけたのだ。まるでかたまって生えた海藻みたいだ。それらはいくつもの糸束がひとまとまりになって出来たもので、ゆらゆらと蠢(うごめ)いていた。

 その一部がクラリスの身体に巻きついていたのである。

 

 ──カメラを持っているからだ。

 

 彼女はそのまま押さえつけられて、苦しそうな息をもらしていた。

「リリーの家が……こわれちゃう……」

 

 気になるのはそこなのか。

 壊れたら今度こそリリーの姉がスピナーズ・エンド組(自分とセブルス)を立ち入り禁止にしそうだから、それを気にしているのかもしれない。ペチュニアが嬉々とする様子が目に浮かぶようだ。

 

 クラリスはどうにか抜け出そうともがいてはいるが、"糸"は緩まない。やがて、じわじわと根を張るみたいに、クラリスが持っているカメラの方に"手"を伸ばし始めた。

 スチュアートは"糸"を掴もうとしていたが、ゴーストでは触れないのだろう。残念ながら何の成果にも結びついていなかった。

 

「クラリス!杖を!」

 リリーが声をかけながら前へ出た。

 

 覚えたばかりの『フィニート(呪文を終われ)』を使うつもりなのだろう。リリーが知っている杖の呪文はそれだけだ。

 もちろん杖をきちんと使ったことなどないが、それはセブルスだって同じだった。

 

(でも、"呪い"は杖の呪文で解けるものじゃない……!)

 ひとつの鍵穴にはひとつの鍵しか合わないように、対応する反対呪文でなければならないのだ。もちろん例外はあるらしいが、セブルスはまだ知らない。

 ほかにどうにかする手段は……。

 

「クラリス!カメラをわたせ!」

 怒鳴るように声をかけると、リリーが目をみはった。

「あなたが狙われるわ!」

 

 カメラを持っている人間が狙われるというのは明らかだ。

 でもセブルスには『標的を自分にうつしてクラリスを助けよう』なんて健気(けなげ)な考えはなかった。きちんと勝機があってのことだ。

 

「──早く!」

 セブルスは重ねて要求しながら、先ほどまでクラリスが立っていた地点にかがみ込んだ。その辺りにはフィルムがばら撒かれている。何枚かあったフィルムのうち1枚はクラリスがカメラにセットしたので、その残りだ。

 そのうちの1枚を拾いあげる。

 

 その一方で、リリーがクラリスに飛びつくようにして、その手からカメラをもぎ取っていた。そのまま駆け出して自分に追いすがる糸からのがれながら、カメラをセブルスにむけて放る。バスケットボールで相手から奪いとったボールをパスするみたいに。

 コントロールは抜群で、ボール(カメラ)はセブルスの手の中におさまった。

 

 "糸"がまるでホースから吹き出した水のように迫るのにも構わず、セブルスはフィルムを差しこんでファインダーをのぞいた。

 ──狙いは海藻のようになった糸の生え際、膨れあがる前の"糸"が落ちていた場所。リリーもクラリスも"射線"上には入っていない。

 

 シャッター音がパチリと鳴ると、こちらに迫っていた"糸"が途中からばつりと断ち切られた。

 予想どおりに。

 

 セブルスの身体に巻きつきそうになっていた"糸"は、その1本1本が細くちぢんでいく。やがて細切れになって枯れたように地面にぽろぽろと落ちていった。

 あとに残ったものがあるとすれば、リリーの家の壁に入ったちいさな(ひび)くらいだ。

 

 近所からも大騒ぎになったような気配はない。

 きっと誰にも見られていなかったのだろう。

 

「……クラリス、大丈夫?」

「ええ……」

 気づかうリリーにうなずいたクラリスは、ふかく呼吸を繰りかえしていた。

 

「はあ……。ありがとう、助かったわ……」

 その夜空色の目はセブルスの方を向いていた。

 そういう時はどうするんだったか。

 とっさに返事ができず、上手いコメントも思いつかなかったので「……いや」とだけ答えた。無視するよりはましだろう、きっと。

 

 ふだんから礼を言われたことなんて、ほとんどない。友だち以外ならば母親くらいしか言ってくるような相手がいないが、母親のために何かできたことなんてほとんど無かったからだ。当然ながら、両親がおたがいに礼を言うような場面も見た覚えがない。

 

 セブルスは注意ぶかく"安全装置"をかけなおし、レンズ側のフィルムを抜いた。そのフィルムには何も写ってはいない。いま使ったのは未使用のフィルムだからだ。

 そのフィルムで写った範囲にあった糸は、くり抜かれたみたく消えてしまったのだ。

 

(こういう風にすれば、消せる……)

 セブルスは頭のなかにあったアイデアが実行できると判って、わきあがる暗いよろこびのまま笑みを浮かべた。

 

「……ねえ、セブルス。もしかしてあなたの"フィルムでやりたいこと"って……」

 クラリスが察したように言いさしたが、セブルスがどう返答するか考える『いとま』はなかった。リリーが思いついたように声をあげたからだ。

 

「──そうだ、あれはフィルムよ!」

 

 

 

 

 

 

「ほら、これ。やっぱりそうだわ」

 リリーが指したのは、うす暗い壁の一角だった。

 人形劇の舞台のように幕が開かれていて、なかには"丸い紋様?"が描かれている。

 

 3人と1ゴーストは指輪があった骨とう品店に舞いもどっていた。

 

 リリーだけではそこに書かれていたものを読み取れなかったが、残りの3人はちがう。

 スチュアートは微笑んだままで答えを教えてくれなかったので、残り2人で解読に取りくむことになったのである。

 

 上の方に貼ってあるのでセブルスは目を凝らした。まだ大きくなる呪文を使えない3人では、必死につま先立ちになっても届かないからだ。

「この3つはルーン文字ね。意味はなんだったかしら」

「"ユル"は死とか変化だろう。……あとは、忘れた」

 

 紋章にも似た3文字は、円のようなもので囲われていた。円をつぶさに観察してみると、こまかな単語のような図形のようなものが組み合わさっていて、円状になっているらしい。さらに、同じような縁(ふち)が幾重にも描かれているようだった。

 2人にも辛うじてわかるのは、3つのルーン文字と、その文字に並べて貼りつけられている1枚のフィルムだけだった。カメラが発明されてからつくられた魔法の技術なのじゃないだろうか。

 

 見たところ、フィルムは3人が持っているカメラのものとは違う。あきらかに小さかった。

 リボンのように1枚1枚がつながったタイプのものを、1コマだけ切り取ったものに似ている。でもマグルのものでないのは確かだった。そのフィルムに写った人影は明らかに動いていたからだ。このまま魔法の写真になるのだろう。

 

『魔法陣だよ』

 スチュアートはそう言って、壁に貼られたフィルムに手を重ねた。スチュアートにはちょうどいい高さだったが、その手はかんたんに壁の向こうまで突き抜けてしまった。ゴーストでは触れられないのだ。

 

 リリーはカウンターの方を振り返った。店員らしきおばあちゃんは彼ら3人の方の様子をうかがっているようだ。見えてはいないらしいが。

「あのう……。壁にあるフィルムを近くで見たいんですが」

「あのフィルムは売っているものじゃないの。私の若いころの写真でね」

 

 欲しいから見たいわけではない。

「あの……」リリーはどう説明していいか困った顔をしていた。

 

「ゴーストって信じますか」

 おばあちゃんの反応は劇的だった。思わずといった調子で彼女は両腕をついて、カウンターから身を乗り出すようにしたのだ。

 

「ゴースト?ゴーストがいたの?この店に?どんな人だった?」

『彼女には見えないし、聞こえないんだよ』

 スチュアートは、店内に林立する骨とう品にぶつかる心配もなく、すり抜けておばあちゃんの近くに寄った。

 

(……魔女じゃないのか?)

 ゴーストが見えないのだから順当にいけばそういうことになるが、だったらゴーストを知ってるなんておかしい。

 そのうちわかるかもしれないので、セブルスは口を挟まずに成り行きを見守ることにした。

 

 スチュアートはおばあちゃんのとなりで3人にふかく頭を下げた。

『僕に記憶がないというのは嘘だよ。だましてすまなかった。

 でも重ねてお願いがある。僕は君たちに彼女を助けてほしいんだ。だからここにきて欲しかったんだよ。彼女は僕と結婚の約束をしたんだ、ずうっと昔に』

「じゃあ、おばあちゃんがスチュアートの……婚約者さんなの!?」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったリリーに、おばあちゃんは感慨深げに息を吐いた。

「──いるのね?ここに。魔法族の子を連れてきてくれたのね」

 

 その後、おばあちゃんから踏み台を借りた3人は、間近でそのフィルムを眺めた。1マスが切手ほどに小さいそこには、女性がひとり写っている。スチュアートとさして変わらない年齢、つまりセブルスやリリーの両親よりは年下だろう。奇妙なことに彼女の身体は透けていて、奥の風景まで見える状態であった。

 ゴーストと(おもむき)がちがうのは、透けているのに色がついていたことだ。スチュアートは灰色のような銀色のような色だが、その女性はちがう。

 

「この人が婚約者さんなのよね?」

 その写真には、透けている女性の隣にスチュアートも写っていた。こっちはゴーストじゃない。

 

 クラリスが怪訝な声をだした。

「おかしいわ、1945年にこんなに若いのに、今はもうおばあちゃんだなんて」

「呪いなのよ」

 

 おばあちゃんは静かに語り始めた。

 

 

 

 1940年頃の話だった。

 

"婚約者"──当時はただの魔法生物だった彼女は、特殊な生態をしていた。

 もともと彼女の種族に身体と呼べるものはない。魂すらもない。だから”生物”と呼ぶのは本来は不正確ですらある。

 

 若く美しい女性の姿をした彼女に、魔法界で出会ったスチュアートは恋に落ちたらしい。彼は何度もその女性に会いに行った。

 やがて、何度も通っているうちに彼女も恋に落ちた。彼女は恋が成就すると魂を得られるという種族なのだ。

 そうやってようやく彼女は“生まれた”が、それでも人間に触れられるような身体はない。

 

「このフィルムはその頃のなのよ」

 魔法のカメラで撮影したものだが、今回3人が持っているものとは別のものなのだという。

 

 彼ら2人はそのままで何年も過ごしていたが、スチュアートは出征することになった。黒き魔法使いたちと戦うためにだ。

 彼女は身体を得たかった。二度と会えなくなってしまうかもしれないのに、触れられないままでいたくなかったのだ。

 だから魔法陣の"呪い"で人間の身体を得ることにした。魂をかりそめの肉体に閉じ込めてしまうという『闇の魔術』で。

 その代償として、彼女は魔法の力をいっさい表に出せなくなったし、使えなくなった。

 

 それでも彼女は満足だった。初めて触れあうことができたから。戻ってきても抱きしめることができるからだ。

 ──結局、それが最初で最後になってしまったが。

 

 スチュアートはマグル生まれの魔法使いだったので、骨とう品店をやっていた両親の家に彼女をあずけた。『自分が死んでも大丈夫なように』と別の魔法族に彼女のことを頼んで。

 彼にとって誤算だったのは、自分が死んだこともそうだが、彼女を頼んだ人物もみんな死んでしまったことだった。その上魔法陣を用意した人とも連絡がとれない。法に触れることをして捕まったのかもしれなかった。

 

 結局、彼女は"呪い"をかけられたままで、そこにい続けるしかなかった。スチュアートがゴーストになって戻ってきても、一度も話したり触れたりできないまま。

 

 つくりものの身体は年をとるのが早く、仮に肉体が死んでも魂が解放されるような代物ではなかった。このままでは元にも戻れないし死ぬこともできない。解呪しようにも、闇の魔術なので反対魔法が存在しない。つまり鍵を一からつくるしかないのだ。魔法族じゃなきゃ不可能だ。

 

 近隣に魔法族はいないし、スチュアートがよそへ助けを求めに行くこともできない。スチュアートのつく"場所"は婚約指輪だったし、そこから遠くへは離れられないからだ。

 2人とも長年ずっと待ち続けていたのだ。呪いを解ける魔法族を。

 

 スチュアートはおばあちゃんの話をひき継ぐようにして、言った。

『この店できみがカメラの"呪い"を掴まえたときに思ったんだよ。この子なら彼女の"呪い"を解いてくれるんじゃないかって』

 

 スチュアートはほんとうはその場でリリーへ"呪い"の話を伝えたかったのだが、ツイていなかった。

 リリーがたまたま指輪を()めてしまったからだ。

 

 指輪には魔法がかかっていて、持ち主以外がはめると指から抜けなくなり、持ち主に通報するようになっていたのである。そのせいでリリーはマグルの家族から指輪を隠さなくてはいけなくなり、急いで店から出て行ってしまった。

 

「ごめんなさい」

 リリーは申し訳なさそうに頭を下げた。「すぐにおばあちゃんに言えばよかった」

 スチュアートがたびたびこの店に行くよう説得していたのはそのためだったのだろう。

 

『いいんだ。そのおかげで、君たちがいい子できっと力になってくれるってわかったから』

 スチュアートがこの世に残るほどに死を恐怖した理由は、彼女の"呪い"を解いていなかったこと。

 だとすると、彼の望みは"呪い"を解くことだ。

 

「どうやったら解けるの?」

『レンズの方に、壁に貼ってあったフィルムを入れるのはどうかな』

 写されたものをそのフィルムの状態にできるのだから、ためす価値はある。

 

 でもセブルスは疑問におもった。

「別のカメラのフィルムなのに使えるのか?」

『使えない場合は、そのフィルムを撮影してみて欲しい。小さなフィルムが写ったフィルムをレンズに差し込んで使うんだ。1枚フィルムがなくなってしまうけど』

 それで無理だったなら、3人が学校で魔法を勉強したり、大人の魔法族に相談するしかない。スチュアートの説明はそうだった。

 

(魔法のフィルムを、そんなことに使うっていうのか?)

 もやもやとしたものがセブルスの胸中にうずまく感じがした。

 

 スチュアートを消すだけならクラリスに歌わせればいいし、おばあちゃんの"呪い"だって知ったことじゃない。自分たちで呪いを解けるようにしておかないのが悪いんじゃないか。

 それなのに、貴重なフィルムを、しかも失敗するかもしれないのに使わせたくない。

 

 しかし、クラリスもリリーも乗り気なようだった。

 リリーに嫌われるようなことは避けたい。だから反対を口に出すこともできなかった。

 

 でも、セブルスにだって困ったことも助けが必要なこともあるのに。

 スチュアートたちは助けをずっと待っていたかもしれないが、セブルスだってずっと助けてもらいたかったのだ。

 

(もしもフィルムが残り1枚になったら、その時は……)

 たとえ2人に嫌われても、2人から奪い取ってでも、自分のものにする。ぜったいにだ。

 そんなセブルスの考えをよそに、クラリスは首から下げたカメラを取りだしていた。

 

「──待って」

 リリーはそれを制止して、スチュアートを憂いのこもった目で見上げた。

「もうそうやったらあなたはどうなっちゃうの?」

 その"呪い"のためにスチュアートはゴーストになったのだ。呪いが解けたらつまり……。

 

『もちろん、思いのこしがなくなるのさ』

「──天に召される?」

 ダメ押しでクラリスが尋ねると、彼はようやくうなずいた。『……たぶんね』

『でも、そうすれば彼女はべつの人と幸せになれるよ。身体がなくなれば元のきれいな女性の姿に戻る。かりそめの姿だから』

 

 リリーは悲しそうに言った。

「そんな。……スチュアートは自分が消えてしまってもいいの?あなたは幸せになれないのよ?」

『彼女は幸せになれる』

 

「いいえ」

 拒絶したのは"おばあちゃん"だった。

「"呪い"が解けたなら私もいっしょに連れて行ってちょうだい。それが幸せなのよ」

 

『君が生きて幸せになってくれれば僕も幸せなんだよ。そうしておくれよ』

 血相を変えた(らしき)スチュアートがそう説得しても、"婚約者"は頑として譲らなかった。

「私の幸せはあなたと一緒に行くことなのよ。愛しているというのならそうさせて」

 

 こうなってしまえば、子ども3人にできることはない。

 大人2人がなにか──話し合い?交渉?それとも喧嘩?──そういうものをしているのを黙って眺めているしかなかった。

 

 セブルスにもそうだ。理解できる部分があまりに少ない。

『自分がいなくなっても相手に幸せになって欲しい』なんて考え方がこの世にあるだなんて知らなかった。

 

 自分の両親にはきっとそんな発想はない。

 スチュアートたちが"結婚の約束をした恋人"だからなのだろうか。結婚するとなくなってしまうとか。

 

 それとも、セブルスの両親が特別に不仲なのだろうか。リリーの両親と比べたってあまりに違っている。リリーの両親なら、こんな風に相手のしあわせを願えるのだろうか……。

 

"愛"そのものにあまり縁がないセブルスにとって、"愛のかたちは様々"だというのはレベルがあまりに上すぎる。

 

 リリーが「スチュアートが幸せになれないなんて、そんなのダメよ!」と恋人2人の会話に口をはさんだ。

 ついつい我慢が利かなくなってしまったらしい。

 

「もっといい方法があるわ。クラリス、カメラを貸して」

 リリーはまず、小さなフィルムで"おばあちゃん"を魔法生物にもどした。別のカメラではあってもどうにか上手くいったのだった。

 ここまではスチュアートの望みどおり。フィルムを1枚使わずに済んだので、セブルスの望みどおりでもある。

 

 そして、リリーはそのまま標的をかえて──今度はゴーストのスチュアートへシャッターを切ったのである。

 つまり、スチュアートも"元・おばあちゃん"と同じ状態にしようとした。

 

(ゴーストを"生き物"にできるものなのか?)

 特殊な生態とはいえ、そう簡単に死んでいるものを生きているものにできるとは思えない。

 

(……フィルムが残れば失敗でもいいけど)

 まだ未使用のフィルムが1枚残っている。あとでそれを使ったら、『あんなやつ』を消してしまえるはずだ。

 

 リリーがボタンを押した瞬間、カメラからあふれ出た光が、レンズの方へ突き抜けていった。カメラが内側から爆発したかのように吹き飛んだのだ。

(……え)

 セブルスはあまりの光景に動けなくなってしまった。

 

 リリーの手の中のカメラが、あっという間に下半分が残っただけの木の枠になってしまったからだ。

 

 自分の望みがぜったいに叶わなくなった。きっとそうすれば助かると信じていたのに。望みがついえる瞬間に立ち会ってしまったのだ。

 

 何も、考えられない。

 彼らがどうなってしまったかも、リリーが無事なのかも、何もかも。

 

 セブルスの絶望をよそに、クラリスはリリーの方に駆けよっていた。

「大丈夫!?」

「ええ、けがはないわ。カメラは壊れちゃったけど……。

 それより、成功した!?」

 

 セブルスの目にも結果が映ってはいた。スチュアートが消え入りそうになっていて、その色味がひどく薄くなっているのが。

 カメラを犠牲にしたのに、そこまでにしかならなかった。

 その身体を透明になった女性が抱きしめると、どんどん2人の色が同じくらいになっていった。まるで水のおおい水彩絵の具に、別のパレットから絵の具を足したみたいだ。

 

 まざりあって同じくらいの色味になった恋人たちは、互いに触れ合って、かたく抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

数日後

 

 

 

「これでやっと『めでたしめでたし』でいいのかしらね」

 セブルスはリリーといっしょにショーウィンドウを眺めながら、クラリスがそう言ったのを聞いた。骨とう品店の窓のなかには、"婚約者の指輪"だけがそのまま飾られている。

 

(ぼくは全然めでたくない)

 セブルスはため息をついた。あれがあればきっと自由になれたはずだった。

 

 それでも時間が経つにつれ、カメラを失った事実を受け入れるしかなかったのだ。

 元々クラリスが持ち込んだのであって、セブルスが手に入れたものではない。自分のものじゃない。そうやって自分に言い聞かせるしかできなかった。

 

 3人がこの日骨とう品店にやってきたのは、あれから何事も起こっていないか確かめるためだ。

 

 リリーが先頭に立って店内にはいると、「いらっしゃい」と出迎えたのはおじさんだった。頭のてっぺんがはげていて、残りは白髪が交じっている。たぶん両親よりも年上だろう。細いふちの丸眼鏡をかけている。

 スチュアートも"元・おばあちゃん"もそこにはいなかった。さすがにマグルのそばにはいられないのだろう。ゴーストなら見えないが、生き物なら目撃されてしまうかもしれない。

 

「ええと……。わたしたち、スチュアートさんの知り合いで」

「弟の?まさか。ずいぶん昔に亡くなったのに……。でも、どうして名前を知っているんだ?」

 

 ウソをつきなれていないリリーが言いよどんだので、クラリスが横から助け舟を出した。

「知り合いなのはわたしたちじゃなくて、わたしたちの親で……。それで昔あずかったものを返しに来たんです。倉庫から見つかったみたいで」

 クラリスのウソに促され、リリーは手の中のものを差しだした。

 

 残りのフィルムである。

 

 カメラは別のおばさんからのもらい物だし、その中に入っていたフィルムごと吹き飛んでしまった。残ったのは割れた花瓶などのフィルムだけだ。持っていても仕方ないし、店のなかのフィルムはダメになってしまったのだから(ゆず)ることにしたのである。

 

 そのまま店主のおじさんに詳しく話を聞いていたら、カメラについても話が出た。"いやな感じのおばさん"のその家族は、若い頃この店に通っていたようなのだ。きっとスチュアートの婚約者に会いに通っていたのだろう。美しい人だったから。それで、この店にあったカメラを買っていったらしい。

 

 

 

 帰り道、リリーはふとセブルスに尋ねてきた。

「それで、セブルスは思いついた?使い道」

 

 セブルスの胸にちりっとしたものが(かす)めて、うまくリリーの顔が見られなかった。

 

 使い道なんて決まり切っていた。ぜったいに自分を助けるつもりだったのだ。

 その手段を勝手に壊したくせに、それを知りもしないで訊いてくるなんて。リリーが2人を助けようとなんてしたからだ。

 落ち着いていたはずの、恨むようなふつふつとした怒りに熱がもどってきた感じがした。

 

 クラリスは何故かはらはらしたような顔をしているが、リリーは気づいていないらしい。

(……こいつ、なにか知ってるのか?)

 

 たとえばセブルスがどんな目に遭っているのか。どんな両親なのかを。

 そういえば、以前も"証(うろこ)"を預かったときに(かげ)のあるような顔をしていたはずだ。

 

 注意がそれたので、すこし落ち着いたセブルスは返事をひねり出すことができた。

「……フィルムの使い道なんて、いま考えついても仕方ないじゃないか。カメラはきみが壊したんだから」

「そうだけど、なんとなく気になったの。セブルスだけ聞けなかったから」

 

 リリーが話しかけてくれるのは嬉しい。

 でもあまりこの話題を続けたくなかった。

 

 セブルスはただ、帰り道の向こう側を透かし見るように目を向けた。

 助けの消えた帰り道を。

「ぼくは、ただ……」

 

 

 

「ぱっと消えたらいいのにって、いつも思ってる」

 

 

 

 

 

 




"婚約者"の設定は独自のものです。モデルは風の精霊シルフです。

次回はまた闇深かーらーの、という感じになります。
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