セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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ちょっとした鬱展開と、大ゲンカシーンがあります。

※鬱展開をスキップしたい方は、このページの一番下(あとがき)を見てください。
かんたんなあらすじをつけておきます。

積み重ねにより、原作との乖離が顕著になってまいりました。

2025/7/29 全体的に修正済み


≪闇≫ インタールード2 大きな転機 (修正済み)

 

 

 

 

 

 

1か月と少し後 1970年8月中旬

 

 

 

 とある日の夜のことだ。

 

 セブルスはいつも通り、自宅で母親から魔法界についてを教わっていた。無論、バレないように小声でだ。

 この日はルーン文字をつかった"呪い"について質問してみたのである。この間の"大冒険"でも呪いの知識が役に立ったからだ。

 

 母親は嬉々として先生役をやってくれたのだが、ひとつ問題があった。かける方はともかく、解く方が(とぼ)しかったのだ。

 セブルスの知識は母親由来のものばかりなので、母親が知らないことはセブルスも知ることができない。

 

 もしかして、先日出会ったゴースト(スチュアート)なら解く方も知っていただろうか。

 彼に教われたのは基本の"き"くらいの杖の呪文がせいぜいだ。せっかく成人の魔法使いがいたのに。

 

(……もう少し魔法のはなしを聞きだしておけばよかった)

 

 あの時は全員が事件の解決へまっすぐに向かっていて、魔法魔術学校についてのことを尋ねる時間をあまりとれなかったのだ。

 こういった"大冒険"について、セブルスは母親にはなにも打ち明けず胸のうちにしまっていた。アイリーン(母親)は、セブルスがリリー(マグル生まれ)やクラリス(半人間)と友だちでいることに反対の立場だったからだ。ペチュニア(リリーの姉)と同じように。

 

 話の流れで母親が呪文のことを話したとき、セブルスは素知らぬ顔でたずねてみた。

「どんな杖の呪文を覚えた方がいいの?」

 すでに杖の呪文(チャーム)の振り方をいくつも覚えていることは、おくびにも出さなかった。母親にとってはセブルスに呪文を教えてくれる人なんていないのだから。

 

 もし知らない呪文が母親の口から出てきたなら、クラリスの家で暗記するつもりだった。杖を手にできたときに、すぐ使えるように。

 リリーが『フィニート(呪文よ終われ)』でクラリスを助けようとしたときみたいにだ。

 

 母親は「そうね……」と考えをまとめようとしているみたいだった。ぽたりぽたり、と小さな雨粒が屋根や外をたたく音がして、いつもより肌寒い。雨が降っているのだろう。

 

「あなたは……」セブルスの肩を叱るようにつかんで、母親は言った。

「まだ杖の呪文を知ってはいけないわ。ホグワーツへ入学してからになさい」

 

 ダメと言われただけで納得できるわけがない。

「どうして知ってはいけないの?」

「杖を手に入れた時に間違えて使っては困るでしょう」

 

「大人の魔法族ならすぐになおせるのに?」

 たとえ家が吹き飛んでも、大人の『レパロ(なおれ)』なら戻せるはずだ。

 

 母親が魔法を使えるのなら。 

 もしも使えないとすれば、その理由は──。

「母さんは、杖を持っていない?」

 

 重ねて問うセブルスに、母親はこけた土気色の顔を向けてきた。瞬きもせずに見開かれた、黒くよどんだ瞳だった。

 刃物でも突きつけられたみたく、口の中がからからになっていく気がする。もう一言でも追加すれば刺されそうだ。

 

 セブルスがそのまま黙っていると、母親はあきらめたように目を伏せた。

「──昔、折れてしまったの」

 

"折れた"?

 

 ただ折れただけなら他の杖を求めればいいだけだ。死ぬまでに一本しか持てないわけじゃない。

 ならば折れただけというわけじゃないのだろう。

 たしか、『杖を折る』の意味には魔法族から追放されるようなものもあったはず。

 つまり、追い出された?

 

(だとしても、どうして追い出されたんだろう)

 

 気になることはいくつもある。

 しかし、詳しいことをセブルスが聞き出すよりも先に、隣室の男がうごきだす物音がした。

 

 

 

 

 

 

 大人の男性が本気で(ほお)を張ると、子どもではひとたまりもない。踏ん張りがきかず、セブルスは横あいに倒れた。

 

『いつもと違うこと』はなにも無かったのにこれだ。

 母親から教わっている間も頭にたたきこむようにして、証拠が残らないようにしていたのに。

 

(……今日は『そういう日』なのか)

 これまでもたまにあった。何日に1回くらいなのか、『曜日』という感覚があまりないセブルスにははっきりとは判らない。月に1回くらいだろうか。

 母子(おやこ)の寝室にみずから入ってきて、真っ先にセブルスを打ち据えたあとに母親に暴力をふるうのだ。

 

 いまもそうだ。

 

 セブルスが倒れ伏すのには目もくれず、そいつは母親の(ほお)もひっぱたき、その胸倉をつかみ上げてベッドの上に引き倒した。彼女がすすり泣いて「やめて」と訴えてもお構いなしだ。その体の上に馬乗りになり、また頬を張った。

 

 セブルスにはいつも、どうすることもできなかった。母親から男を引きはがすのも、やめさせるのも。

 こういう時、母親がいつも口にすることに逆らうことさえ。

 

「セブルス……、外に。──お願いだから外に出ていて!しばらく帰ってこないで!」

 悲鳴をあげているみたいに懇願してくるのだ。

 

『助けて』ではなく『出て行け』と。

 

 頼まれたとしても助けられない。自分にできるのは、自分の両の足を、母親を『見捨てる』ために進めることだけだ。そう突きつけられるのはいつだって(みじ)めだった。

 胸のうちになにか、あまりに黒く冷たいものが渦巻いている。それなのに、それだけでは何もできない。

 

「はやく出て行って……!」

 

 それ以上何も耳にしたくなくて、セブルスは弾かれるように駆けだした。

 

 

 

 こういう時──どこに逃げたところで最後にはまた帰らなくてはならない。それが明らかでも逃げずにはいられない時──、セブルスは一人でふらふらと近所をうろついていることが多かった。

 この辺りは工場地帯なので、子どもが入り込めるような隙間はたくさんあったからだ。

 

 人気(ひとけ)がない場所でたむろしている、ガラのわるい連中に出くわしたことも珍しくない。

 セブルスがそのすぐ近くを通っても見つかることはほとんどなかった。いつも見つかりたくないと念じていたから、魔法のちからで自分を隠していたのかもしれない。

 

 そうやって逃げ込んだ先ではいつも、一人でじっと時が過ぎるのを待っていた。ひと月ほど前の"前回"もそうだ。友だちができたって、子どもだけではどうしようもない。夜中に駆けこんだら鬱陶しがられるだけだ。

 

 それなのに、無性にリリーの顔がみたかった。

 いつだってリリーのそばは明るくて、楽しいことに満ちていた。その間だけは自分のことにあまり目を向けずに済むくらいに。リリーが主人公の物語ならば、自分は『(ちょっと性格の悪い)主人公の仲間』でいられるのだ。

 長く友だちとして過ごしてきたのだから、夜中に訪ねたって受け入れてもらえるんじゃないか。リリーなら、きっと。

 

(……リリーの家はあっちだ)

 すっかり通い慣れてしまった道に足をすすめた。

 

 たまに吹くつよい風になぶられて、腫れたほおがじんじんと痛む。

 もしかしたら、ひどい顔になっているかもしれない。

 確かめるために、街灯のそばで水たまりを覗きこんでみた。ぱたぱたという音を立て、細かな雨粒が水面を波立たせていて見えにくい。

 

 ──あなたの着ているものは何?

 

 水面にいたのは、灰色っぽい雑巾を着た小人のようなものだった。

 濡れてできたものではない染み、絡みついてあぶらっぽい髪の毛。

 

 あまりにもリリーとは違いすぎる。

 

 雨ざらしのまま立ちすくんでいると、暖かくなってきたはずの風が吹き抜けて、身体がぶるりと震えた。

 

 ただでさえリリーの隣にいるのにそぐわないのだ。

 この上さらに、行き場所がない姿まで見られに行くというのか?

 

 そこまで知られてしまったら今度こそ嫌がられるかもしれない。せっかく迎え入れられた"明るくて楽しい世界“が、今度こそ消えてなくなってしまう気がした。

 少し前までは指をくわえて眺めているしかできなかったのだ。

 

 戻りたくない。

 ──ならば、諦めるしかない。

 

 それでもセブルスは落ち着いていた。選択肢がまったく消えてなくなったわけじゃないからだ。以前のようにひとりで時間を待つ必要はない。

 

その子は大冒険のような熱中で忘れさせてくれるわけではなかったが、このままでいるよりましだ。

 

 ──あいつがもしもリリーに何か告げ口をしようものなら、『お前だって嘘をついているじゃないか』と脅してやる。

 

 大人が出てきたら勝てないかもしれないが、彼女の親にどうこうと言われることは、きっと起こりえない。

 セブルスは一つの確信をもって、来た道をもどり始めた。

 

 

 

 

 

 

 セブルスが何度もその家のドアを叩くのに、外に出てきたクラリスは不審そうにしていた顔色をさっと変えた。

 

『何かがセブルスの身に起こった』とすぐに察したらしい。明るい玄関先でセブルスの顔がはれ上がっているのに気づいたのだろう。

 彼女は周囲を見まわしてからすぐにセブルスを家の中に入れて、カギをかけた。

 怒ることも悲しそうにもせず、冷静に。

 

 まるで隠すみたいに招かれた家のなかは、その大半がうす暗かった。十分な灯りがともっているのは"応接"の部屋だけで、それなりに夜おそくになっているのに誰か出てくるような気配はしない。

「中に入って」

 クラリスはその手に持ったオイルランプ(らしきもの)を、がちゃりと音を立てて玄関先に置いてから、いつものように応接の部屋を指さした。玄関ホールに入ってすぐ右側のその一室に。

 

 寝ている人がいるなら、起こさないように静かにするはずだ。

 

(……やっぱり)

 

 セブルスは自分の考えが正しかったことを確信した。

 ()()()()()()()()()()()

 

 いないのは親だけじゃない。きょうだいや、大人もだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 10歳の子どもが一人で暮らしているというのが普通なのか異常なのか、セブルスには判断できなかった。なにせ魔法族のほかの家庭なんて知らない。

 

 それに、べつに異常だって構わなかった。

 彼女一人しかいないのなら、その方がセブルスには好都合なのだから。リリーの姉のようにセブルスに窮屈を強いてきたり、家から追い出すようなやつがいない。自分の父親のように痛みを与えてくるような存在だっていないのだ。

 

 セブルスは遊びに来たときによく使っている長椅子に腰を落ちつけ、ようやく一息つけた。

 気がゆるむと、とたんに胸のうちで赤く(こご)ったものがくすぶっていることに気づかされる。そこに渦巻いていた何かは、みじめさや悔しさから、今や静かな怒りへと変わってしまったようだ。

 

(これからどうすればいいんだろう)

 

 これからどうするかなんて決まりきっている。

 もちろん、頃あいをみて帰らねばならないのだ。

 

 でも帰ってどうする?

 また同じことが繰り返されるだろう家に。

 

 これまで何度起こってきたか、そのたびにどうだったか。

 それらが頭のなかに溢れそうな気がした。

 

(……何も考えたくない)

 

 室内に入ったおかげで少しは寒さが和らいだとはいえ、足先から冷気が忍び寄っているようだった。

 

 クラリスが戻ってきても話しかけるような気力もない。

 ただうつむいて、冷たくなった指先を開いたり閉じたりしていた。

 

「あの……」とクラリスがためらうように口をひらいた。

 

「ケガを治しても『大丈夫そう』?」

 彼女はそれ以上の詳しいことは何も問わなかった。

 

 ──ああ、やっぱりだ。

 

 セブルスは理解してしまった。クラリスは初めからセブルスの事情を知っていたのだと。

 

 普通はケガを治すのを『してはいけないかもしれない』なんて捉えない。『大丈夫じゃないような事情がある』だとか、『そういう家族なんだ』と知っていない限りは。

 その事実が、セブルスの喉の奥に何かよくないものを注ぎ込んでいくようだった。

 

 これまでのことが、頭のなかに次々と思い返されていく。

 

 初めて出会ったとき、クラリスは『セブルスを知っている』と言っていた。

 リリーの姉もセブルスを知っていたように、近所の人ならば彼を知っていたのだろう。近所に知り合いが──それも、面倒をみてくれるような人がいたクラリスも当然、聞かされていたに違いない。

 どんな風に言われているのだか想像はついた。リリーの姉や、彼につっかかる近所の子どもの態度で簡単にわかる。

 

──知っていたくせに、黙ってなにも知らないふりをしていたのだ。

 

 それに、あの"鱗(仲間の証)"のこと。それを手に入れたあの日の帰りしな、彼はクラリスにそれを渡そうとした。

 家に持ち帰るとどんな風に扱われるか──つまり壊されてしまうとわかっていたから、あの時セブルスはそれを持ち帰れなかった。

 

 それに対して彼女は何と言った?『預かっておく』と答えたのだ。

 セブルスが『持っていたくない』のでなく『持っていられない』のだとわかっていたからだ。

 

──わかっていて見て見ぬふりをしていた。知っていても何もしてくれなかったのだ。

 

 今いっとき痛みから逃れられても、これからセブルスはあの家に帰らなくてはならないのだ。クマのような危険生物がうろついている場所なのに。刺激しないように気を張りつめながら毎日を耐えるしかない。

 

──あと何日もこんなことを繰り返して『とき』を待たなくてはいけないなんて。

 

 クラリスはそんな目に遭わずにすむ。

 彼女にはこんなにきれいな家があって、痛めつけてくる人間がいなくて、食事にも困らない。

 

 その上、リリーの家にもしょっちゅう通うのが許されているのだ。親がいないから。両親がそろっているよりも親がいない方がマシだなんてあんまりだ。

 自分だって、もし父親がいなければ同じように出入りできるかもしれないのに。

 

──なんて恵まれているんだろう。クラリスばかり。

 

 セブルス自身でも整理のつかない、あらゆる"良くない感情"が胸の中でぐちゃぐちゃにまざり合っていくみたいだ。どこにもやりきれないそれは、あふれ出るたびに怒りにいっそうの火をつけるようだった。

 自分よりもはるかに恵まれた彼女にも、少しくらいは同じ感情を味わってもらいたかった。

 

──今ここに父親(あの男)が現れたら、クラリスにもわかるだろうか。

 

 セブルスをかばうだろう彼女を、アイツが手ひどく扱ったら少しは自分の気がすくのだろうか。

 自分のきょうだいみたく、家にクラリスがいてくれれば。いっしょに傷ついてくれれば。

 

──痛みをこうやって手当てしてくれれば。そうすれば……。

 

「お前……。そうやって自分が誰か助けてるんだって顔をしたいだけだろう。かわいそうな子が近くにいてさぞやご満足なんだろうな?そうやって周りの大人に気に入られようっていうんだろう。ご立派だな。ひとをだしに使って」

 

 セブルスは自分が考えつく限りの、人をいら立たせるであろう言い方を、力をこめて発した。それはクラリスをあざけ笑うような調子となって、ほかに誰の気配もしない家中に響いてゆく。

 

 彼女は顔をこわばらせていた。

「なに……、どうしちゃったの……?」

 夜空のようにまたたくはずの瞳が戸惑ったように揺れている。まるで頭が突然おかしくなった人を目撃したみたいだ。

 

 少しは彼女の気分を害することに成功したようだが、そんなものではまだ()()()()。見捨てられて放っておかれた痛みを思い知らせてやりたかった。お前がやってきたことはこんなにも酷いんだと。彼女はべつにセブルスのお世話をする係というわけでもないのに。

 

『見捨てられた』なんて恨むのはおかしな話だ。そんなの自分でだってわかっている。

 それでも、どこかにあるはずの彼女の落ち度をあばいて傷つけてやりたかった。

 

「どうせリリーにもそんな風に言ってるんだろう。こんなに色々やってあげるんだって、鼻高々に。自分ばっかりがあの家に世話になってるくせに。

 そういうのは、いい気になって見下しているっていうんだよ、半人間のくせに。──ああ、半人間というのがどういうものか知らないのか?人間同士じゃない血を引いてるのは、人間"以下"っていうのが魔法界の扱いなのさ。お前みたいに」

 

 自分が吐いた言葉が言いがかりであることはわかっていた。

 

 彼女が自分に何かをしたわけじゃない。見下した態度をとったことだってない。

 それでもセブルスは口を止められなかった。わだかまるものを自分の心うちにだけ留めておくことができなかった。

 

 クラリスは無理やり唇を引き上げるようにして、笑みを取り(つくろ)おうとしているようだった。いつものように冗談ということにして笑い飛ばそうとしているみたいに。

 でも、その眉間に寄ったしわと苦しそうな目からは本心がにじみ出ていた。

 

「……やあね、八つ当たりで文句を言うひとって。そういう言い方をするとリリーにも好かれないわよ。このあいだみたいに」

 

 クラリスの方を見上げたセブルスは、口元だけをゆがめて(わら)ってみせた。『ぜったいに誤魔化されてやるものか』と宣言するようなつもりで。

 

「そうだよな、お前はいつもそうやって逃げるんだ。自分がそういう生き物なんだって聞かずにごまかす。そのためだったら平気でうそをつくんだろう。お前はうそつきだ。お前みたく親がいないとそうなるんだろう?」

 

 クラリスの顔から繕おうとした笑みが消えた。代わりに凄むように身を乗り出し、セブルスの方に指をつきつける。眉間に深い皺を寄せたままで。

 

「……冗談にして何が悪いのよ。じゃあ3人で黙ってにらみ合いでもしていろっていうの?ずーっと。この間だってそう。わたしに失礼なこと言ってくれたわよね。謝らなかったくせに。ジョークに変えてあげたのは誰だと思ってるのよ……!」

 

 その声には(とげ)がまじっていた。

「──そもそもあなたがすぐに謝ればそれで済んでたのよ。そうすればペチュニアの顔なんて見ないで済んだわ……!」

 

 セブルスもまた、痛いところを衝かれて顔を歪ませた。

 あの時、リリーとクラリスの2人に咎められても謝らなかったことを目の前に引き出されてしまった。そっちだって謝るべきだと解っていたができなかった。

 

(だからって、こんな風に"攻撃"するっていうのか……!)

 

 後ろめたさで心臓の裏側に陰がさすような感じがしたが、同時にじわじわとした怒りまでこみ上げてくる。

 

「そうやって自分がすべてをコントロールしてるっていうのか?お前は何様なんだ……!自分が全部正しいようにあやつって支配者気取りか。とてもすばらしいね!」

 

 敢えてひとを傷つけようというのは悪いことなのだろう。それでもセブルスはこの痛みをどこかにぶつけたかった。その結果がどうなるかなんて考える余裕なんてなかったのだ。

 

 ぴりぴりとした空気が2人の周囲に漂っているようだった。クラリスは冷静を保とうという我慢の限界をむかえたようで、ついに声を荒げはじめた。

「みんなが嫌な思いにならないように気をつけてるだけでしょう!

 あなた、リリーを悲しませたくないって思わないの?あなたってすぐペチュニアを攻撃するけど、それでリリーが楽しい顔をしたことなんかあった?そうして欲しいってあの子が言ったの!?

 ……だったら、あなただってやってみなさいよ。楽しい感じをつくってみなさいよ!できるものならね!どうせ自分じゃできないくせに……!そこに突っ立って文句を言うだけなら動物(人間以下)にだってできるのよ!」

 

 セブルスにだって、彼女が努力で雰囲気をつくりあげているのはわかっていた。その手段がたとえ『うそ』でも、クラリスはみんなのために、リリーのために行動ができる子だなんて知っている。

 

 それでも、明確に『お前にはできない』と突きつけられて、セブルスもまた頭に血が上るのを感じていた。

 激しい罵倒こそまだ抑えこめてはいるが、低く吐き捨てるような声が喉からこぼれ出ていく。

 

「ひとを足手まといみたいに……!ぼくだってお前を助けてる!

 そんなに自分の方が上だって思いたいならおあいにく様だねえ……!自分のミスを忘れたようにするなんてお前はリリーのきょうだいみたいなやつなんだな!」

 

「あなただってペチュニアとおんなじことを言ってたくせに!あなたの方がよっぽど似てるわよ、そうやって感じの悪いことを言えば自分の方が余裕があるって、上だって見せられるものね!?そんなのでえらくなったつもり!?」

 クラリスはさらに怒りを(つの)らせたのか、すべらかにセブルスに言葉の刃を突きつけていた。『それ以上自分の怒りを買うともっと深く刺してやる』と言わんばかりだ。

 

「人の家に逃げこんでおいて勝手なことばっかり言わないで!この礼儀知らず!誰のおかげでそうやって休んでいられると思ってるのよ!?手当をしてもらえると思ってるの!?」

 

 クラリスだってまだ10歳なのだ。スチュアートみたいな大人だったら気にせずいられたかもしれないが、彼女は違う。

 まるで自分で言う端(はし)からどんどん怒りに火がついていっているようだった。

 

「あなたはわたしに頭を下げるべきなのよ!『ご迷惑かけてごめんなさい。おいてくれてありがとう』って!どうしてそんなことくらいわからないの!?誰もあなたにそれを教えてくれないの!

 ()()()()()()()!!」

 

 セブルスはとっさに言い返せなかった。

 

 クラリスがほとんど泣きそうな顔を真っ赤にしていたから?

 そうじゃない。

 

『親』という単語に呼応するようにして、さっき起こったことが頭のなかに駆けめぐったからだった。

 

 母親が一方的に痛めつけられても、どんな目に遭わされていても、救うこともできない。自分の両足を自分で動かして、自ら見捨てると選ぶことしかできなかった。

 クラリスの言葉はおおよそ正論だが、セブルスを傷つけるようなものでしかなかった。誰かといることで忘れたかった今の自分のみじめさを、改めて思い出させられてしまう。

 

 するどく突き入れられるような胸の痛みに、どうにか平静をたもっていた壁に穴があいたようだった。どろりとした胸のうちが口から漏れ出てしまうのを、ふさぐ余裕はもう無い。

──お前だって、と何か言ってやりたくて仕方がなかった。言い返せるなら何でもよかった。言いがかりでも、八つ当たりでも、なんでも。

 

「親がいないお前に何がわかるんだ!何もわからないくせに。

 お前だって殴れればいい。なんだって取り上げられてみればいい!アイツに殴られるのがどうしてお前じゃなくてぼくなんだ……!

──どうしてお前にばかり助けがある!!」

 血を吐くような本音だった。

 

 本人でも気づかないうちに、いちばん奥底にあるものには(ふた)をしていた。それでも隠しきれないものが染みだして、どこか懇願するような響きをしている。

 

 それでもクラリスは黙ってくれなかった。彼女だってセブルスに心をひどく痛めつけられていたからだ。セブルスがしたかったように。

 

「いい加減にしなさいよ!わたしだって、……あなただけじゃないわ!痛かったのは!

 あなただって、わたしの何がわかるのよ!?」

 

 クラリスもまた、泣き出しそうな、セブルスを深く傷つけてやりたいような、凄惨(せいさん)な笑みを浮かべた。

「あなたうらやましいんだ、わたしのこと。そうよね!あなたには嫌いな親がいるんだものね!きちんと礼儀も教えてもらえない!

 いない方がマシってくらいなのよね!!」

 

 クラリスのするどい声(刃)がセブルスの胸を深くえぐった。クラリスの警告から一歩、踏み越えてしまったから。どうしても立ち止まれなかったから。

 

 これまでの彼女が『正論に自分の感情がこぼれてしまう』という状態だったとすれば、今度は明確に『セブルスを傷つけてやろうと決めてしまった』ようだった。

 優しいクラリスが自ら望んで自分を傷つけようとする、なんて信じたくない。彼女にそう言わせるだけ自分が傷つけてしまったのに。

 

 セブルスは思わず耳をふさいでしまった。

「そうやって言うくせに、自分だけは言われずに逃げようっていうの!?ひきょう者!」

 

 それはクラリスの怒りにもっと火をつけてしまったようだった。

 彼女はセブルスの両腕をつかみ、無理やり手を下させた。耳をふさぐなんて許さないと。

 

 やせっぽちで土気色の顔色をしたセブルスよりも、クラリスの方が健康でちからも強い。いたむほどに腕をつよく握ってきた、彼女の両手は震えていた。

「私の方がましだったらそうやってもいいの!?そうやったってあなたの周りの人があなたを助けてくれるわけないじゃない!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「お前は……!お前はほんとうはぼくを友だちだなんて思っていないんだ!

 お前は全部知ってたんだろう、ぼくのことを!知ってたくせにお前は何もしなかった!ずっと、──ずっとだ!ぼくがお前を知る前から!」

 

 セブルスの吐いた言葉のうち、どれが彼女の心をえぐったものだったのだろうか。彼女はひと際、悲痛さすらこもった声を上げた。

「わたしに出来ることはしたわ!友だちだと思ったからよ!あれ以外に私に何ができたっていうのよ!?

 あなただって、わたしになんにも打ち明けなかったくせに!私は神様じゃないのよ!?」

 

「わかってたくせに黙ってたじゃないか!お前だってぼくを知ってたんだろう!もっとずっと前から!

 お前だってひきょう者だ!黙って自分だけがいい子でいようとしてるんだ!いつだって!」

 

 彼女は「あなたね!!」とひと際大きな声で怒鳴った。とうとうクラリスの堪忍袋の緒が切れたようだった。セブルスがまぢかで見たクラリスは、憤怒というよりもふかく傷ついた表情をしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 達成感のような愉悦がセブルスの胸にのこって、暗い笑みが浮かぶ。

 ぐちゃぐちゃに交ざり合ったものは、いつの間にかすっかり吐き出されて、なくなってしまっていた。

 

(でも……)

 その胸のすみに、後ろ暗いものが差しこんでくる。

 

 ──()()()()()()()()

 みずから友だちを傷つけにいったのだ。これまで一緒に積みあげたはずの"何か"が崩れてなくなってしまうかもしれない。

 

 それでもクラリスは止まってくれなかった。

 

「そんなにわたしが黙ってたのが気に食わない!?じゃあ聞かせてやるわよ!

 そうよ!わたしはあなたを知ってた!とても汚くておかしな恰好をしている子がいるんだって聞いてたわ!ひと目でわかったわよ!

 わたしだけじゃない。あなたはこのあたりで有名だったのよ、ずうっと前からね!」

 

 それは、セブルスがクラリスから一番聞きたくなかった"事実"だった。

 クラリスだって『汚くておかしな恰好』だとセブルスのことを思っていたのだ。口にしなかっただけで。

 せっかく見えなくしてくれていたそれを、よりによって自分が暴き起こしてしまったなんて。

 

「近所の大人だってあなたに近寄るなって私に言ってたわ!子どもだって『うわさ』してた!今日どこで見た、何をしてた、そういうことをね!しょっちゅう聞かされていたわ!」

 セブルスはほんとうはもう逃げ出したかった。黙ってすべてから目を背けて耳を塞ぎたかった。それなのにクラリスはセブルスの両腕をしっかりとつかんでしまっている。

 

「マグルがどうとかいつも言ってるけど、あなたはこの辺りのマグルの貧しい人よりも、もっともっとひどい生活をしてるのよ!あなたなんて()()()()()よ!だから近所で噂にもなってた!そんなこともわからないの!?」

 

 セブルスができたのは、ただ心の痛みからくる衝動にしたがって身体を動かすことだけだった。悲鳴のような恐慌のような、感情を吐き出すだけの声とともに、彼女を無理やり引きはがし、その胴体を()()()

 

 その瞬間、いっきに熱が引いていく感じがして、セブルスは動きを止めた。

──『やってしまった』。

 その感覚に支配されて、自分がしたことにおののくことしかできなかった。

 

 クラリスは好機とみたのか、セブルスの両肩をつかんで思いきり押し込んできた。勢いのままセブルスの頭がいすの枠にぶつかる。その痛みが、『クラリスがやり返したのだ』という現実を伝えてきた。

 

 セブルスの頭のどこかが、すっと冷えた。

──ああ、そうなんだ。

 

 お前もやっぱりあいつらと同じなんだ。腹を立てて怒鳴りつけ、痛めつけてくる連中と同じなんだ。どうせ魔法生物なんてこんなものなんだ。

 

 どこまでも『自分のせいで彼女にそうさせてしまった』なんて思いたくなかった。

 セブルスだって傷つけられ続けてきた。あんな父親のもとに生まれてしまったからだ。でもそれはセブルスが悪いわけじゃない。

 

 なにも悪くない自分がこんな目に遭うのだから、『恵まれているクラリスにだって少しくらいは傷ついて欲しい』。

 被害者である自分に落ち度があったなどと認めるよりも、『クラリスも"そういうやつ"なんだ』と飲み込んでしまう方がよほど楽だったのだ。

 

 セブルスはとっさに両腕を上げ、痛めつけられる部分を少なくするために身をちぢこませた。

 相手の怒りに火をつけてしまったなら、その嵐が過ぎ去るまで耐えるしかない。それしか知らなかった。

 喧嘩で友だちの身体に傷をつけるような真似をしたのは初めてだったが、きっと同じなのだろう。

 

 そうやってきっとくるだろう痛みを待っていたのだが、一向にそんな気配はしなかった。

 

(……なにを企んでる?)

 クラリスは──、まだそこにいた。セブルスの両肩をつかんだままで。やっぱり震えたままの手で。

 その姿勢は殴りかかろうというよりも、セブルスの胸で泣こうかというものに近かった。

 

 やがて彼女は無理くり気持ちを押し込めるように、深いため息をついてから、その手を離した。

 何の殴打も痛みもない。つっけんどんな仕草ではあっても、セブルスを脅すような真似すらしなかった。

 

 セブルスが両腕のすきまからクラリスのほうを(うかが)うと、彼女の表情は先ほどと変わらなかった。傷ついたように眉を下げて、それでも震える手をもう一方の手でおさえている。

 

「人にそうやるなら、自分もされるつもりでいなさいよ……!」

 それだけを言い残し、ぷいと目を背けが彼女はそのままキッチンに向かった。怒りを無理やり振り切るように。

 

 まだあんなに怒っているのに何もしてこない?

 そんなのは初めてだったから、セブルスはその場から動けなかった。

 

(何もしないのか、それとも……)

 これから何かをするためにキッチンに向かったんだろうか。

 

 姿が見えなくなると、途端に心臓の裏に冷たい汗をかくような感覚がした。

──もしかして、ぼくはとんでもないことをしでかしたんじゃないだろうか。

 これほど誰かをふかく傷つけようとしたのだって初めてだ。

 

 セブルスは黙って膝をかかえた。クラリスが自分に何かしようとするならば立ち上がって逃げてもよかった。外に出ればいい。以前みたく。

 でも、セブルスはその場から動く気がしなかった。だって彼女は、たたかれたからお返しをしただけ。それ以上は何もしてこなかった。

 

『クラリスは意地悪をするような子じゃない』。

 いつだったか、リリーがそう言ったことをふと思い出した。

 

 セブルスには2つのパターンしかわからなかった。自分を受け入れるか、あざけったり痛めつけるか。友だちと喧嘩したことも、そのあと仲直りしたことも、仲たがいして誰かを失ったこともなかったから。

 

 クラリスはぼくをどう思ったんだろう。嫌ったのだろうか。"あんな連中"のように自分をあざけるようになってしまうかもしれない。

 胃がせり上がっていくような不快感がした。ほんとうはクラリスがそんな子だなんて思いたくなかった。自分から仕掛けておいて。

 

 頭にのぼった血が冷えていくにつれて、怒りは底の見えない不安へと姿を変えてゆくようだった。

 クラリスが自分を嫌ってしまったのかを確かめたい。でも確かめるのは怖い。自分が嫌われたことを知るかもしれないのが怖い。

 

 心のどこかで彼女にはわかって欲しいと思った。嫌われたかったわけじゃない。この場所を失いたくなんてない。

 

 それは、リリーに嫌われることにつながるからじゃない。仮にリリーに話がまったく伝わらなくたって、クラリスに冷たくされると想像するだけで苦しかった。

──どうか嫌わないで。

 むしのいい話だ。あれだけ傷つけてやりたかったのに、今は祈るような気持ちになっていた。

 

 

 

 それから間もなく、クラリスが"応接室"に戻ってきた気配がした。

 セブルスがおそるおそる目を上げて彼女をうかがってみると、さっきまでの怒りは落ち着いたらしい。

 

 それよりも、宙にういたお盆をたずさえている方が気にかかる。

 そこには水が入ったピッチャーとグラスが載っていて、クラリスが手にした杖を振ると、ふわふわとテーブルの上に移動していた。

 そのまま2脚のグラスに水が注がれて、そのうち1脚はセブルスの前にやって来た。

 

 出来るようになったのだ。

 

 それでもセブルスは『わかったんだな』だなんて話しかける気にならなかった。こういう時に怒らせない方法も、友だちに戻れるような方法も知らない。

 

 クラリスもまた黙っていた。ただ疲れたような顔で一人掛けソファに掛けて、水が入ったグラスを手に取っただけだ。

 飲む元気もないのか、クラリスは液面を見つめたままでぽつりと尋ねた。「……ねえ」

 

「殴るのはパパ?」

 

 どうしてそんなことを尋ねる?それを知ってどうするつもりだというんだろう。

 もしもクラリスが自分をまだ友だちだと思っているなら話しても良かった。でも自分を傷つけようというのなら、そのチャンスを与えたくない。

 

 セブルスが目を上げて、口を開きかけ、何も言えずに閉じてうつむく。

 それを何度か繰り返していると、クラリスはあきらめたように話しだした。

 

「わたしのママは死んじゃったの。パパに虐められて。5歳の誕生日の日だった」

 彼女の目は、宙に向けられていた。でもぼんやりとするのとは違う。壁を見ているような……。

 

(この壁の向こうは……)

 以前セブルスが見かけた『大穴が開いた寝室』の方だ。

 だったら、クラリスの母親はそこで死んでしまったのだろうか。

 

「……きみのお母さんは、魔女だったのか?」

 怒鳴りすぎて自分の喉がカラカラだったことに、セブルスはようやく気付いた。

 

 彼女は以前、母親が魔法生物なのだと言っていた。それから「クラリスの杖は父親のものだ」とも。

 父親が魔法使いで、母親が魔法生物。だからクラリスの母親が魔女であるはずがない。

 

 それを知っていてなお、セブルスは『虐められて死んだ』クラリスの母親は魔女なのだと信じたかった。魔法族(クラリスの父親)が、自分の父親のようなクズであってはならなかったから。

 

 ──だってそうでなければ、信じていたはずの確信がひとつ、くずれてしまう。

 

 それでもクラリスには、セブルスの望みなどわかりようもない。だからはっきりと訂正した。

「違うわ。パパが魔法使いだった。それでママを……死なせた」

 最後の方は消え入るように小さな声だった。

 

 マグル『なんか』と同じように家族を傷つけ苦しめる魔法使いがいる。セブルスは『そんなのは嘘だ』と言いたかった。

 クラリスはうそつきなんだから。

 

 でも、それきり口を(つぐ)んでしまったクラリスをもっと傷つけるような言葉は、どうしても喉の奥から出てこなかった。

 これからまた彼女を傷つけにいくのも、やり返されて自分の心が痛めつけられるのも、もうたくさんだった。

 

 クラリスは感情が抜けおち切って真っ白な顔色になっていた。雰囲気がセブルスの母親もよく似ている。特に『嵐』が過ぎてセブルスを抱きしめるような時、そんな風だった。

 

「きみは……、きみも、殴られた?」

 うん、と彼女は力なくうなずいた。

 

 クラリスは恵まれてなんかいない。

 殴られる痛みを知っていたのに傷つけてしまった。クラリスも"同じ"だったのに。

 ひどい後悔に襲われてしまって、セブルスは黙りこんだ。

 

 あやまるべきなのだろう。

 ……自分でこんなに傷つけたのに、どの口で?

 

 リリーがおらず、話題が豊富なクラリスが黙ってしまうと、たちまち会話が続かなくなってしまう。

 しばらく静かなまま、2人とも景色をぼうっと眺めていた。

 

「──こんな話、聞きたくないよね」

 そう言ってクラリスが立ち上がろうとした。

 

(はやく引き留めないと……)

 このまま彼女がどこかに行ってしまう。

 

 べつに聞きたくなくて黙っていたわけじゃない。正直に言えばむしろ聞いてみたかった。どんな風に暮らしてきたのか、これからどうするつもりなのか。色々なことを。

 でもそれは、セブルスの好奇心でしかない。

 いつもの様子が嘘みたいに、感情が消えてしまったような顔をさせるくらいなら聞かなくていい。

 

 セブルスが望んだのは別のことだった。

「──ぼくは」

 

 セブルスは彼女になら聞いて欲しかった。知って欲しかった。きっとわかってくれると思った。

 どう伝えるべきか整理もつかないから、ぽつりぽつりとこぼすようになった。クラリスが打ち明けたのと同じように。

 

「……ぼくもそうだ。父親が……いつも」

「パパが魔法使いなの?」

「いや。……母さんが」

 

 詳しい両親の来歴はセブルスにもわからない。どんな風に出会って、どんな風に結婚したのか。

 わかるのは、母親はどうもお嬢様だったようだということ。

 

 いつしかお金を渡されなくなったので働きに出ているが、魔法に関する仕事ではないらしい。

 その稼いだ分はどこかに消えていて、母親だってまともな暮らしにはこぎつけていない。

 自分と母に分け与えられるものは、最低限の食べ物くらいだった。

 

 ──セブルスは知らなかったが、父親が妻の給料をうばうのは自分で贅沢をするためではなく、『妻に金を持たせないこと』自体が目的だった。

 

 母親は「ごめんね」とたびたびセブルスに言ったが、毎日の生活に変化が起こったことなどない。三下り半を突き付けるようなそぶりもないのだ。変わりようがない。 

 今日の父親はどんなだったか、いつもどんな生活をしているのか。

 

 クラリスは、セブルスが話すとたびたび「それはあなたのせいじゃないのにね」と言った。

「子どもは何も悪くないのに」と。

 

 

 

 話の最後に、セブルスは聞きそびれていたことを尋ねてみた。

「きみのお父さんは、いまは?」

「生きてるわ。ママが死んですぐいなくなって……。その後死喰い人(デスイーター)になったんだって。

 アズカバン(魔法族の牢獄)よ」

 

 

 

 

 

 

 玄関口に立ったセブルスは、クラリスの方を振り返った。彼女はまだひどく疲れたような顔だったが、しっかりとセブルスを見つめたままだ。

 

 彼女の真っすぐな目の前にたつと、ひどいことを吐き捨てた自分がひどく()()()()()()気になってくる。

 だからセブルスは頭を下げた。なんだか彼女の目から逃げるみたいだった。

 

「……ごめん」

「何についてなのか、一応教えて」

「きみを傷つけることを言った」

「うん。謝罪は受けとったわ。

 私も、ごめんなさい。許せなくてひどいことを言った」

 クラリスもまた、頭を下げた。

 

 リリーが言うように、やっぱり意地悪をするような子ではないのだ、彼女は。

 セブルスはこっそりと胸をなでおろしながら、うんとだけ返事をした。

 

 きっと友だちを失うことにはならない。

 

 クラリスもまた、こわごわという様子でセブルスに尋ねてきた。その遠い夜空のような色の瞳を上目づかいにして。

 

「明日は……。うちに来る?」

 

 それは『これからも自分たちは友だちなのか』という問いだ。

 答えなんて決まっている。

 セブルスははっきりと答えた。

 

「ぜったいに来る。だから……、また明日」

「うん。……明日ね」

 どこかほっとしたように顔をゆるめたクラリスを見届けてから、セブルスは外に踏み出した。

 

 外の灯りはすっかり絶えてしまっていた。街灯はもともと少なく、隣家のそれも消えて夜闇が広がるばかりだ。空から落ちてくる雫は来た時よりもまばらで、小降りになっていた。

 ぽつぽつと(ほお)に当たった水滴は、やって来た時ほどには冷たくない。

 

 セブルスは少し軽くなった足取りで、まっすぐ自宅の方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 




ここのセブルスは「このままで入学したら、そりゃいくら身内愛のスリザリン寮でもぼっちになるし、ジェームズとかからいじめられても助けてもらえないよ」という性格を意識しています。
拙作でいちばん性格がわるい状態です。


●鬱展開のまとめ
・セブルスの父親が母親を虐待、母親はセブルスに「少しの間外に出ていて」と言う。(R-15になりそうなナニカが起こっている)
・行き場所もないのでクラリスの家に行くと、クラリスは両親がいない子だった(一人暮らし)
・クラリスの環境が自分より恵まれていることにセブルスは嫉妬し、言いがかり、嫌味、難癖などをつけてクラリスと大ゲンカする
・クラリスもまた過去に父親から暴力を受けていて、母親を亡くしている。父親は現在アズカバン入りしている。
・それを知ったセブルスは自分の家の状態もクラリスに打ち明ける

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今日のハイライト:「ペチュニアみたい」が悪口になってる2人

ちなみに、セブルスって両親を「パパ・ママ」呼びでしたっけ?
ハリポタwikiではそんな感じだったんですが、原作に出てたか記憶があいまい。
拙作ではセブルスは「父親・母さん」という呼び方になってます。子ども3人のセリフを差別化するため。
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