セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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やっと序章の回収まできました。

誤字報告ありがとナス!

2025/8/16 全体的に修正済み


クラリスのこと3 処刑通知 前半 (修正済み)

 

 

 

 

 

 

1か月ほど後 1970年(同年)10月下旬

 

 シャカシャカと、ブラシをかける音だけが玄関のなかに響いていた。

 

 手もとの靴底の(へり)からは、砂がはたき落とすたびに()()()()と舞いあがっていく。

 そんな(ほこり)だらけの空間で口を開くのは(はばか)られた。

 だから、2人でこなしているはずなのに、自然と無言で没頭することになった。

 

 1つが済んだらまたすぐ次の靴へと取り掛かっていく。こなすべき量はあまりに沢山あるからだ。

 

 クラリスの家の玄関ホールには、今日は多種多様な靴がずらりと並んでいた。ドアの前が埋まってしまって、出入りができなくなるくらいだ。

 ビジネス用の革靴やブーツ、スニーカーにハイヒール、変わり種にはサンダルなんていうのもあった。もう夏が過ぎたのはだいぶ前なのに。ずいぶんと()()()な人が、ようやく季節外れのものをしまう気になったのかもしれない。

 

 色もさまざま、形もさまざま、唯一共通していると言えるのは、どの靴もくたくたに(しわ)が入っているということだった。

 

 クラリスが、どこからか引っぱり出してきたマットを床に敷いたので、2人ともその上に腰を落ちつけていた。

 セブルスもいっしょにその作業にあたるのは、もはや”日常“のことだ。毎日なにかしらを2人でやっているのだから。

 

 まず、2人がかりで全ての靴から砂や土を落とす。ざっとだ。その後はクリームをつけた布で本格的にこすり落とすのである。

 

 今日の”お手伝い“は"靴みがき"であった。

 知り合いを1軒1軒たずねてその度にこなすよりも、ひとまとめに集めてから片づけることにしたのである。その方がきっと早く終わるからだ。

 

 床に腰をおろしながらの作業だと、床下の冷たさが触れた先からすぐさま伝わってくる。それでも子ども用の上着すらも手に入れたセブルスにはあまり苦ではなかった。

 秋をとおり過ぎて冬になろうかというタイミングである。これからもどんどん気温が下がり、雨のせいで太陽が隠れがちになってゆくのだ。

 

 彼らに頼まれる手伝いはそれまでより減ってきていた。

 寒さで仕事がなくなるせいで、自宅にこもる人たちや、出稼ぎで不在になる人が増えてくるからだ。

 不在の人の家に手伝いはいらないし、手がすいて自宅にいる人は自分で家事などをこなす。そのため、毎年この時期から春までは、クラリスの”お手伝い“も激減するのだという。

 

 それでも困るわけじゃないというのがクラリスの説明だった。

「"お手伝い"は『やらなくちゃ飢え死にする』とか、べつにそういうものじゃないの。食べ物とか料理の材料はおばあちゃんが全部持ってきてくれるし。たまにおすそ分けもくれるのよ。

 おばあちゃんは『"お手伝い"にでて暮らし方を勉強しなさい』って。昔の子どもはそうしていたんだって聞いた」

 

 それは大人として『日中ごろごろさせておくのは良くない』という判断によるものだったが、クラリスはそこまでは知らなかった。

 

 ここ1か月ほどは平穏だった。以前からずっとこうだった気さえするくらいだ。セブルスは変わらずクラリスの家に入りびたっていたし、リリーの家にも遊びに行けた。

 

 敢えていうなら、今できる最大のことまで達成できたというくらいだろうか。雪が降ってもいいように、冬用のコートやセーターまでも手に入れた後である。

 今はクラリスの家に置いておくしかないが、かつて大人の服を無理やり着こんでいた時よりは大幅にマシな暮らしになっていた。

 

 ただし気をつけるべきこともある。

──もっと寒くなったら、出かけたと決してバレないよう注意が必要になるのだ。

 

 そもそも、"お手伝い"に参加してからというもの、できる限り『ずっと家にいました』という顔を見せるようにしていた。『いつもと違う』と発覚しないようにだ。

 かつてとは全くといっていいほど違う暮らしになったのに、それを隠してきた。

 

 具体的には、親が仕事の日は、出勤した後に家を出て、先に自宅に帰るのを徹底していたのだ。陽が高いうちに帰るのがベストな形だった。

 これから日が落ちるのが早くなると、父親の帰りも早くなってしまう(この町が夜勤できるほど盛況でないからだが、セブルスは詳しくは知らなかった)。セブルスはそれまでに戻っていなくてはいけなくなるのだ。

 

 自宅にいても窮屈な上、とてつもなく暇なのだが仕方がない。去年の同じ時期と比べれば贅沢な悩みであった。──その時は友だちがいないどころか、最低限の暮らしすらもままなっていなかった。本人もそうなのだとよくわかっていないままで。

 

(冬のあいだ、休みの日の昼ごはんをどうするか……)

 

 父親が休日の場合、セブルスは外出することが多かった。しかしこれからの時期に長時間外に出るのは不自然になってしまう。両親のなかでは、セブルスは冬服を持っていないのだから。

 

『誰かの家にいるのか』なんて知られたくない。両親のどちらにもだ。

 母親だって『魔法生物まじりの世話になるなんて』と言い出しかねない。知られたら取り上げられてしまうだろう、きっと。

 

"ふつう"を知ってしまったからには、それまでの暮らしには戻れない。

 ぜったいにだ。

 

 いっそのこと、母子(おやこ)でマシな暮らしが出来るところを探した方がいいんじゃないだろうか。

 

 自分の行動によって、未来は良い方に変えられる。ほんの少しでも。

 もしかしたら"もっと良くできる手段"がどこかに転がっているかもしれない。クラリスや"おばあちゃん"なら知っているのかもしれない。

 

「……"ぼくら"みたいな子どもは珍しくないのか、あの教会って」

 

 セブルスがふと思い出したのは、以前会った"殴られていたらしき母子"だった。そういえば助けを求められるかもと思っていたのに、詳しいことは聞けずじまいだったのだ。

 ハイヒールの先を、ピカピカに光るくらいにまで磨いていたクラリスは首をかしげた。

 

「"私たちみたいな"子ども?

 えっと……どういう意味(こと)かしら。"私たちみたいな魔法族"ってことじゃないのはわかるんだけど。『私たちみたく親が良くない子ども』とか?」

「つまり、……ええと、父親が子どもを」

 

「あー。つまり『痛い目に遭わせる』?(セブルスは頷いた)私も何をしてもらえるのか、よく知らないのだけど……。子どもだけで駆けこんでも助けてくれるかしら。

"うわさ"だと、子どもとそのママで逃げてくるって聞いたことはあるわ。住むところとか食事のお世話なんかはしてくれるみたい。でも、逃げこめる場所とかはたぶん大っぴらにしていないの。無理やり連れ戻すような人が来たら困るでしょう?それに、その子のママは仕事には通わなくちゃいけないだろうし」

 

「そうしたら、住むところは秘密にしなくちゃいけないんじゃないか?誰にも。友だちにも会えない」

 セブルスがいちばん危惧(きぐ)していることを訊いてみると、クラリスはうなずいた。

 

「会えないかもね、誰から居どころが漏れるかわからないもの。探しまわる人がいるのだとしたら……。

 でも、あそこの人はマグルばっかりよ、たぶん。魔法族にはちょっと難しそう。魔法を四六時中かくさなくちゃいけないものね。もしも魔法族のところで逃げ込めるところがあるなら、そっちの方がいい気もする」

 

 クラリスは少し暗い顔になって尋ねた。「──逃げ込みたいの?」

 彼女だって、友だちと会えなくなるのは(いや)だと思っているようだった。

 

 入寮まで1年を切っているセブルスにとっては、今さらそんな場所に逃げ込む必要はない。待ってきた期間をおもえば残り時間なんて大したことがない。

 それに、とっくに"まとも"な日常生活を(クラリスの家に逃げ込んで)まかなっているのだ。わざわざリリーやクラリスと会えなくしてまで、これから別の場所にうつりたいとは望まない。

 

「ぼくはいい。学校に入ったらそのまま魔法界にいればいいんだ。でも、母さんがそのままだ」

「セブルスのママは逃げ込まないの?わたしのママは……魔法生物だから出来なかったかもしれないけど。マグルだって出来るのよ」

 

 実際のところ、セブルスだって同じ疑問はもっていたのだ。

 

 どうしてこうまで我慢しなくちゃいけないのだろうか。

 魔法族ならではの『逃げられない』事情でもあるのだろうか。

 そんな風に。

 

「……きけないんだ。母さんに『どうしてそう思ったのか』って訊かれたら。

『誰か』にいろいろ聞いたとわかってしまったら、ここに来られなくなるかもしれないだろう」

 

 ああ、とクラリスは納得した声をあげた。

「『リリー(マグル生まれ)やわたし(半人間)みたいのと友だちになっちゃダメって言ってるの?いまも」

「きいてみたわけじゃないけど、たぶん」

 

 うなずくと前髪がはらりと落ちてきて、セブルスはかぶりを振った。

 

 シャンプーは使っていないので、今もってごわごわした感触が残っている。でも清潔にはなったのだ。

 この髪から脂っぽい汚れを落とせたのだって、においのしない石けんのおかげだ。

 

 そしてそれは、母親が『友だちになるな』と禁止した子ども(クラリス)が分け与えてくれたものだった。

 

「──クリームを取って」

 クラリスが身を乗り出して手を伸ばしてきた。

 汚れを落とした後、仕上げにつかうチューブが必要らしい。

 

 うん、と相槌をうったセブルスが手渡すと、ふわっとした花かなにかの香りがした。

「このにおい……シャンプーか?」

 

 この日もシャワーを借りていたし、似たにおいに心当たりがあったのだ。問われたクラリスは少し気恥ずかしそうに顔をしかめた。

「あー、うん。誕生日にね。このあいだ11歳になったの。スクイブの"おばあちゃん"がお祝いにちょっといいのをくれて」

 

 クラリスの説明によると、まいにち必要になる消耗品以外をねだるのは難しいのだという。

 

"おばあちゃん"が世話をしてくれるのは、家族や親せきだからではない。そういう役目なのか仕事なのか、それともボランティア活動かまでは知らないが、そういう存在だ。

 プレゼントは好意でしてくれるものなのだろう。高価なものや貴重なものを渡さなければいけないような、義理があるわけではない。

 

 ふうん、とセブルスは気のない返事をした。誕生日のプレゼントなんて、母親以外からもらった記憶がない。リリーやクラリスとも、あげたことももらったこともなかった。

 日常のものを分けてもらうことはあっても、お祝いごとの特別な品には(えん)がない。

 

 コンコン、というノックの音が玄関ドアから聞こえてきたのは、この時だった。

 

 クラリスは「どうぞ」と呼ばわりながら、隙間なく並べた靴を人がとおれるように()けはじめた。

 

 この家に来られる大人はひとりだけだ。マグルのご近所さんは、魔法がかかった敷地内に立ち入れない。どこの誰にまで情報が伝わってしまうか解らないからだ。黙らせる呪いなんかは子どもには使えないので、ある日とつぜん強盗が入って来かねない。

 

 案の定、訪ねてきたのはスクイブの"おばあちゃん"だった。

「こんにちは。あら、お仕事をしているところだったのね。

──まあ。私の預けた革靴もずいぶんきれいになっているわ。2人とも、どうもありがとうね」

 

 柔和にほほえんだ"おばあちゃん"は、今日は食べ物などの入ったバスケットを下げていなかった。その代わりに腕にかけた手提げバッグの中を、なにやらごそごそと探っていた。

 

「ほら。"弟"くんにどうぞ」

 彼女が差しだしたのは手編みの靴下だった。きちんと子ども用のサイズに作られていて、かかと部分と履き口の(はし)だけ色が違っている。

 

「……ありがとうございます」

 クラリスが警察官のような視線で見張っているのを目の端にとらえながら、セブルスはきちんとお礼を言った。

 

 きちんと言わないとうるさいのだ。無理やり頭を下げさせられることもある。

 満足そうに「うんうん」とうなずいたクラリスには、腕のあたりに軽くこぶしを当ててやった。

 思い通りになったみたいで気に食わないからだ。

 

"おばあちゃん"はにこにこと2人の様子を見守っていたが、やがて痛ましいものを見るようにクラリスの方に目をやった。

 

 彼女はまず、用件に入る前にセブルスに言った。

「クラリスには急ぎの用事ができてしまったの。悪いけれど、今日は一人にしてあげて」

 

 わざわざ断りを入れてまで、クラリスとおばあちゃんの2人で話さなければいけない"用事"らしい。

 こんなことは初めてだ。"手伝い"がどうこうという時も、クラリスに何かしら(さと)す時も、"おばあちゃん"はわざわざ帰らせようとはしない。

 

 きっと、何かしらの大事な話なのだろう。

 

 察しはついたが、セブルスは「でも」と反対した。自分の見ていないところで大事な話が進行するなんて嫌だ。

 たとえばクラリスが引っ越してしまうとか。この家がなくなってしまうとかだったら?

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……わたしは大丈夫よ」

 クラリスは、全く大丈夫ではなさそうな青白い顔色でセブルスを止めた。無理やり笑顔をつくっているようで、口元が引きつっている。

 

 彼女も不安に違いなかったが、それでもセブルスが大人に逆らって居座るのには反対なのだろう。

 クラリスがそうと言って、意見を変えられたためしはない。

 

 セブルスは小声で「今度話せ」とだけ伝えて、帰り支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

(いったいどんな話なんだろう……)

 

 セブルスが玄関ドアから出て行くのを見送ると、それまでわだかまっていただけの不安が、胸いっぱいに広がってしまった気がする。

 わざわざ友だちを帰らせてまで話すなんて、何か重大なことが起こったんじゃないだろうか。

 

(本当はそばにいて欲しかったのに)

 

 そうすれば、この嫌な予感も幾らかマシだったかもしれない。

 それでも大人が『いない方がいい』というのなら、クラリスはそうしなくてはいけないのだ。

 

"おばあちゃん"は「これよ」とだけ言って、自身の手提げバッグに入っていた手紙をクラリスの方に差し出した。

 差出人として押された紫色のスタンプにはこう書いてある。

 

"Wizengamot(ウィゼンガモット)"。

 

 クラリスは小さく息をのんだ。

 

 魔法界での法律を守らせたり、法律をつくる国の機関の名前である。

 ひと言であらわすなら、魔法界の裁判所から手紙が来たようなものだ。

 

 これと似たものを、昔……かなり昔に受け取った経験がある。たしか父親(魔法使い)が収監されたという『お知らせ』だった。

 

(じゃあ、今回の『お知らせ』は……?)

 

 心臓が嫌なふうに痛んで、指先が震える。封を開ける手が思うようにいかず、ひどくもどかしかった。

 乱暴に封蝋をやぶり開けて、ようやく中に1枚だけ折りたたまれて入っている()()()()()紙をひらいた。

 

"刑の執行および立ち合いに係(かか)る通知書"

 

 クラリスは思わず顔を上げて"おばあちゃん"を凝視した。

 

「──お父さんの処刑が決まったのよ」

 

 神妙にうなずき返した"おばあちゃん"の声が、大きく響いて聞こえるみたいだった。

 

吸魂鬼(ディメンター)の"キス"を受けることになったの。

 あなたは家族だから、刑の前に面会することもできるし、希望すれば刑に立ち会うこともできるわ。立ち会うなら、被害者のご遺族とおなじ部屋に入るのよ」

 

 希望を出すのはいつまでで、処刑日がいつで、どこに行けばいいのか。"おばあちゃん"は"通知書"の文面を追いながら、その内容をかみ砕いてクラリスに説明してゆく。

 

 でも、クラリスは頭が真っ白になっていて、ほとんど内容を覚えられなかった。

 捕まって刑罰を受けて、ついでに二度と帰って来ない。その先があるなんて想像したこともなかったから。

 

「わたし……。どうすればいいの?」

 こういう時の正解は何なのだろう。大人なら答えを知っているのだろうか。

 

「あなたの望むようにしなさい。……でも、お父さんと会って苦しいことばかりなら、やめた方がいいわ」

 

 そんなの、とクラリスは小さくこぼした。

「そんなの……わからない。会ってみたらどうなるかなんて……。このまま会わなかったら、もう二度と会えなくなるんだよね」

 

 どちらを選んでもきっと取り返しがつかない。このまま二度と会えなくしてしまうのも、もう一度会って心に新しく傷を負うのも。

 自分の判断でそんな難しいことを決めなくてはいけないなんて。

 

"おばあちゃん"は決めてはくれないのだろうか。家族でも親戚でもないから。

 

 クラリスはまだ子どもで、そんな重大な決断を下したことは今までになかった。

 

"おばあちゃん"はクラリスの頭の上に手を置いて、そっと撫でた。

 

「来週は"お手伝い"をお休みして、どうするのかを考えてみた方がいいわ。家の中や思い出の場所に行って、昔のことを思い返してみたら答えが出るかもしれない。

 ……でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。家族がそんな罪を犯したと知られたら、ひどいことを言ったり、友だちでなくしたりする人もいるから」

 

「──どうするのかは自分でゆっくり考えてみなさい」

 

 

 

 

 

 

 次の日

 

 クラリスは木のにおいがする狭い空間のなか、大人用の背丈でつくられた座面に腰かけた。

 

 子どもには高すぎて、足が床まで届かない。

 ぶらぶらと動かすのも()()()()()気がして、身じろぎをしないようにじっと待つしかできなかった。

 

 本来大人1人で入る空間である。子ども1人で利用することはめったにないだろう。クラリスもその存在は知っていたが、降ってわいた"事情"がなければ使うこともしなかったはずだ。

 

 クラリスがため息をつくと、こもった音だけがした。一応、音が外に漏れ出ないようにはなっているらしい。すきま風が入ってきて肌寒いので、完璧とは考えにくいが。

 

 コートを着てきたので風邪は引くまい。

 ただ、『いすがある』というよりも『段差になっているだけ』の、かたく冷たい木の座面は好みではなかった。

 

 ──そこに飽き飽きしてきた頃、向かい側の同じようなボックス(空間)に大人が入ってきた音がした。次いで、クラリスの目の前にある木の板が、紙しばいか何かのように横にずれた。

 

 現れたのは格子窓ごしの司祭だ。格子窓自体はどうやら開けられず、そこを塞いでいたふたをずらす仕組みだったらしい。

 それは教会の"懺悔(ざんげ)室"と呼ばれる空間だった。

 

 

 

「何だったんだ」

 朝にセブルスが訪ねてきた時、いの一番に昨日の"おばあちゃん"の用件を確認してきた。

 

「……悪いけれど、今日はちょっと……出かけるつもりなの。靴は私が片づけておくから」

 

 不安はある。この1か月ほどほとんど毎日のように行動を共にしてきたのに、久しぶりに1人になるから。

 でも、これは自分とその家族の話なのだ。

 クラリスは玄関先に立ったまま、首を横に振った。

 

「どこに行くって?」

「うん……。ちょっとね。どうするか決めなくちゃいけないことがあって」

 

 今回はどうあっても話せないのだ。

 濁した言い方をすると、セブルスは背景を察したようだった。

 

 彼は色々なことをクラリスに相談していたし、両親のことだってなんでも話す。クラリスだってそれは同じだった。

 だから、話せない時の理由はほとんどいつも同じだ。

 

「言うなって口止めされたのか?──大人のいう事なんて気にしなくていい。話したかどうかなんてわからないだろう」

 

 セブルスは両親(大人)に黙って出てくるのにすっかりと慣れてしまったらしい。大人の顔色をどうしてもうかがってしまうクラリスとは違う。

 

 でも、クラリスに食料をくれ、世話を焼いてくれるのは大人なのだ。

 いくらセブルスが大事な友だちでも、指示されたことを簡単に無視するなんてできなかった。

 

「悪いけれど、今日だけ……別のところに行ってほしいの」

 

 セブルスは不満そうに眉根を寄せて、クラリスの目を見据すえていた。

 自分の家が、彼の有用な避難所だってことはクラリスにだってわかっている。家族のいないクラリスにとっても、誰かが来てくれるのは歓迎だった。

 

 だから一日だけだ。少しだけ考えて答えを出したかった。

 

 いくら食い下がってもクラリスが折れないとわかったのか、セブルスは不承不承という表情でうなずいた。

 

 その後、クラリスはさっさと任された"手伝い"を済ませた。頼まれた人の家を訪ねてまわり、出てきた人がいれば靴を返した。いなければ隣の家の人に頼むか、ビニール袋に入れてポストや目立たない場所に置いておいた。

 

(……どう考えるべきか、大人に聞きたかったのだけど)

 

 近所の人の顔を見ていると、『そんな事情を抱えている(親の処刑を控えている)』などと打ち明ける気が失せてしまった。

 

 そこまでクラリスのことを詳しく知っている人はいないし、知られた後にどの人が黙っていてくれるかなんてわからなかったからだ。

 親がいなくて一人だと知れたら、どこから情報が伝わって何をされるものか。貧困のこの地区は物騒なのだ。

 

 

 

「──悩みごとですか?」

 顔なじみである司祭は、常と変わらぬ温和な表情をしていた。

 

 クラリスは何を話し始めていいかがすぐに思いつかず、「あ……」と声を出すので精一杯だった。

 

(教会なら大丈夫よね?)

 

 もう話し始めるつもりで来ているのに、クラリスはふと不安に襲われた。

 この教会自体は裕福な地域にあるし、司祭が自分のおひざ元で、親がいないという情報を悪用する連中に吹聴するとは思わなかった。

 

「あの……。実はお父さんが犯罪でつかまってるんです」

 司祭は目を丸くしていた。

 

 クラリスはちょこちょこ施設に出入りしているだけで、細かな事情は誰にも伝えていなかったのだ。目の前の人にも、である。"おばあちゃん"がただの後見人だと伝えたこともない。周囲の人たちは、本当の祖母と孫だと思っていたことだろう。

 

「逮捕されたのですか?」

「ええと……逮捕されたのはもっと昔なんです。それで、……死刑が決まって」

 

「そうですか……」

 言葉もないようだった。だからつい気になったクラリスは質問をした。「珍しいんですか、そういうのって」

 

「ほかの人の相談内容については言えないんですよ。それでは、刑がショックでここにいらした?」

「ん……ショックというのはありますけどそうじゃなくて。面会とか、刑に立ち会うとか、そういうのをどうしようかと思って。正解を知りたくて」

 

「自分で決めるんですか?お母さんは?」

「ええと……。わたしがどうするかは自分で決めていいって……」

 

 母親は死んでいて不在だが、ありのまま話すつもりはクラリスにもなかった。

 

 ふつうは父親が犯罪者で処刑されるとなっても母親がいる。自分で判断をくだす子どもなんていないだろう、母親が決めるから。

 司祭の目には、クラリスの母親はとんだスパルタ教育をほどこす人物だと思われているかもしれない。

 

 それとも。嘘だとばれただろうか。

 居心地の悪さにうつむいていると、自分や司祭の声と(きぬ)ずれの音がいやに目立って聞こえる。

 

「大人としてはお母さんともっと話し合った方がいいとは思います。けれど子どもであっても答えが欲しいひとを放っておくことはしません。

──きみはどう思っているの?お父さんに会いたいですか?」

 

「会いたいってわけじゃ……。あまり覚えていないんです。小さいころだったし。

 でも、このまま二度と会えなくなってもいいのか、わからなくて」

 

 案外、と言っていいかわからないが、司祭は職責に熱心な人だったようだ。子どもの言う事だからと相談に乗らないわけではないらしい。

 

 それからも状況をくわしく掘り下げるような問いをいくつかされたので、クラリスは自分の危険につながりそうなものは()()()()()ながらも、答えられる限りは答えた。

 

 粗方(あらかた)きき終えたのか、司祭がながく息を吐くと沈黙がおりた。悩むような顔をしているので、たぶん何を言うべきかを考えていたのだろう。

 

 ただ、この人も『どうするのが正解なのか』は教えてくれなかった。

 

「──最後に決めるのはきみ自身です。自分の気の済むようにすべきことだ」

 

"おばあちゃん"とおなじ前置きだ。『あなたの望むようにしなさい』と。つまりそれが"正解"なのだろう。

 

 でも、何を望みたいのかわからない子はどうしたらいい?

 

 司祭は、お母さんにももっと相談するんですよ、と念を押してから言った。

「もう会えなくなるのが気になるのなら、会いに行った方がいいかもしれません。刑までをわざわざ見なくても」

 

 その後も、クラリスは『色々な人に意見を聞いてみたいんです』と頼んで、その後に紹介された修道女にも同じことを尋ねてみた。

 その人もやっぱり「自分の好きにしてもいいのよ」と前置きをしてから言った。「無理に行く必要はないのよ」と。

 

──スクイブのおばあちゃんは「やめておきなさい」と言った。いちばんお世話になっているおばあちゃんに見捨てられたくない。だから彼女に従うなら「行かない」が正解だった。

 

 でも、司祭の意見だって大事だった。"おばあちゃん"も司祭も、クラリスが学校に入ってしまえばほとんど縁のない人になるかもしれない。でもそれまでの1年近くをまだ過ごさなくてはいけないのだ。

 

(もしも言うことに逆らって気を損ねるようなことをしたら、見捨てられてしまうの……?)

 

 誰にだったら見捨てられても大丈夫なのか。誰の気を損ねないようにしなくちゃいけないのか。

 

 クラリス自身はどうだろうか。自分の心に問いかけると、真っ先に出てくるのは過去の記憶だった。「お前のせいでこうなったんだ」といつも詰(なじ)ってきた父親の声だった。

 

 自分のせいだというのなら、その結果を見るべきなのだろうか。嫌いな相手が破滅してゆくところを見れば気分は晴れるのだろうか。

 

 もしかしたら父親が心を入れ替えていて、詫びてくれるなんてことは起こらないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 一人でいる家のなかはひどく静かだった。

 時折するどい突風が吹きつける音と、クラリスの呼吸だけがいやに目立って聞こえてしまう。

 

 自分だけで父親の死に向きあうのには、この時期はあまりに心細い気がする。足先から痛いほどの冷たさがして、クラリスは靴のなかで指を曲げたりのばしたりを繰り返しながら、なんとか誤魔化そうとしていた。

 

 いつもなら温かい飲み物をとりに立ち上がるところだったが、そんな気にもなれない。

 クラリスは木をはっただけの床にひざを抱えて座りこんでいたのだ。厚手のブランケットを身体に巻きつけながら。

 

 目の前には相変わらず蝶番が外れて傾いだままのドアがある。ドアの向こう、寝室の壁に空いた大穴からは、クラリスの方にまで冷たい風が届いていた。

 

──なにもかもが、ひどく億劫(おっくう)だった。

 

 クラリスは廊下の壁に背をあずけて、じっとドアの向こうの光景を眺めていた。

 

 

 

 クラリスには母親はもちろん、父親の記憶もあまり残っていなかった。

 

 あれは5歳の誕生日を迎えた日だった。

 父親が母親に何かするときは、必ずこの部屋にきた。そいつが怒った時はいつも、母親を部屋に引きずり込んでから力まかせにドアを閉めて、必ず内側からカギがかけられた音がした。

 

 母親をアイロンで殴っているのだろう音に、その日もクラリスは耳を塞ぎながらうずくまっていた。

 あまりに蹴られて体じゅうが痛かったから、ほんの少しの身じろぎすらもできなかった。

 

 手のひらで耳をちからいっぱい塞いだのに、常人よりも聞こえやすい耳は拾ってしまうのだ。

 

 聞きたくなかったのに。

 母親の骨に響いたであろう殴打、何かを引き裂いた音、力いっぱい爪を立てられただろうそれ、そして痛みに耐える悲鳴や吐息、そんなものは。

 

 いつだって、聞きたかったことなんて無かったのに。

 

 その日がいつもと違ったのは、嵐が過ぎ去った後が奇妙に『しん』と静まっていたことだった。

 

 父親はなにごとかを言った。

 それでも静かすぎた。

 

 苛立ちを露わにした父親の声がしても、無音。

 

 でも、いつもと違ったからって変わりはない。クラリスが床に這いつくばったまま動けないのは。

 一度『始まって』しまうと、父親が家から出て行くまではいつも動けなかった。父親がそのときどこにいても、何をしていても。たとえ自分の順番が過ぎた後だって。

 

 クラリスの何が父親をこうまで怒らせるのか、彼女にはわからなかった。ただ何かへまをやってしまったのだと思っていた。「お前のせいで」と父親はいつもクラリスに言っていたから。

 だから自分で何か考えてするよりも、父親が自分を放っておいた時のままでいるのが一番怖くなかった。それでだめなら、何をやったってだめなのだから。

 

 いつだって、そうやって音が止んでドアが開くまでを待っていた。体中が震えるのを抑えながら。その後は──父親は家から出て行く。いつもそうだった。

 

 それでもその日はカギが開く音がしなかった。

 

 直後、寝室から「バン!」という何か大きな音がした。工事現場で石畳を踏み固めるようなハンマーよりも、もっと重い。家全体を揺らすような音だった。たとえば8ガロン(30リットル)くらいの液体が入った、大人の胴体ほどもある巨大な缶で殴れば、あんな風な音になるのかもしれない。大きくて重い音だった。

 

 そのまま朝になっても、カギのついた扉の向こうから出てくる者はついに現れなかった。

 

 数日後、近所で見た事のない人たちが、クラリスを訪ねてきた。

 

 その人は「警察みたいなものですよ」と言っていた。そう教えられた時には、その『けいさつ』がなんなのかを知らなかった。

 

 あとでわかったことだが、彼らは魔法省──魔法界を管理している省庁の役人だったらしい。魔法族による犯罪の捜査などが専門の組織なのだという。

 

 クラリスの家には様々な呪いがかかっていた。たとえば、許可された者以外には家を認識できなくする呪い。クラリスは隣家に子どもがいると玄関や敷地内から外に出て、遊びにまざることがあった。父親も機嫌がいいときはクラリスを連れまわしていたので、もしかしたら近所で噂にでもなっていたのかもしれなかった。

 彼女は与えられた"決してはずれない帽子"をいつも着けていたから。

 

 かかっていた呪い(魔法)はほかにもある。たとえば、母親を決して外に出さない魔法。クラリスは出ることができたが、母親は決して外に出られないどころか、室内にいたって外から見ることもできない、特殊なものだった。

 

 初めから『母親を閉じ込めるためにあった家』だったのだ。

 

 母親が外に出られたのは、たった一度だけ。

 一度だけ、父親がその場かぎりの許可を出したことがあった。クラリスの5歳の誕生日のことだ。足の痛みで立てなかったクラリスを抱き上げて、家のなかに入れるために。

 

 捜査にやってきた役人たちは、クラリスに二、三質問をしてから、奥の寝室のドア──鍵がかかったままのそこを調べていた。カギにも特殊な魔法が使われていたらしい。結局、大穴から部屋に入ったひとが蝶番を上だけ外すことで、ドアじゃない状態になったから効力を消せた……とかなんとか。くわしい魔法のうちわけは知らないが、そういうものだと聞いた。

 

 父親の姿は室内のどこにもなかった。クラリスが耳にしたのは破壊する音だったらしい。対象は壁、それとも母親かもしれないと。

 

 母親の亡骸らしきものはあったそうだが、役所の人はクラリスに壁の方を向かせた。「君は見てはいけない」と言って。

 小さかったクラリスは素直に従った。そうしておいて良かったと今でも思う。ひどいありさまだったらしい。

 

「お父さんは家に住んでいたの」と訊かれたクラリスは「よくいなくなっていた」と答えた。普通の父親がどうしているものなのかも知らなかったが、自分の父親はずいぶん長いこと姿を見ないのも珍しくなかった。

 おそらくはよそに正式な自分の家を持っていたのだろう。そこに魔法族やマグルの家族がいたとしてもおかしくはなかった。

 

 確かありのまま説明をしたのだと思う。5歳のときの話だから、何としゃべったかは覚えてはいないが。

 

 捜査からさらに数日後、スクイブの"おばあちゃん"を紹介された。クラリスの生活に必要なものを届けるとその人は言っていた。魔法省から後見人を任された人なのだ。

 その人は「悪いのはあなたのお父さんなんだから、あなたは何も気にすることはないのよ」と穏やかに声をかけてくれた。

 

 ほとんど"おばあちゃん"の家に住むような形で、生活の面倒を見てもらった。暮らし方や魔法族のことを教えてくれたりもした。彼女は毎朝早くにやって来て、夜はクラリスがベッドに入るのを見届けてから帰っていった。

 

 今回と似たような手紙を受け取ったのは、その2年後──クラリスが7歳の頃のことだった。

 

『父親が死喰い人(デスイーター)として捕まり、アズカバン送りになった』という通知書だった。

 

 きっと母親を殺した罪で捕まったのだとクラリスは思っていたが、それは間違いだった。彼女の母親は人権など持っていない魔法生物に過ぎなかったのだ。

 

 いったい何をどうしたものやら、父親は行方不明になってからも犯罪を犯したらしい(死喰い人(デスイーター)の『はしり』は1940年には芽生えていた。大っぴらな戦争をしたわけではないものの)。

 

 父親が送られたアズカバンは、絶海の孤島の牢獄だった。脱獄できないことで有名な、アルカトラズ島みたいに。

 

 とにかくクラリスは『あの化け物がもう家に戻ってこないのだ』と知って、心から安心した。その時いだいた感想はそれだけだった。何も思い出したくなかったから。

 

 それからもクラリスはスクイブのおばあちゃんの家に通いつづけた。近所にはリリーの家、つまりエバンズ家があった。ある時から割合すぐだったと思うが、リリーが友達になった。

 

 そうやって毎日外に出ていたある時、ひどく汚くて大人物の服を引っかけた子どもを見かけた。おばあちゃんによると、その子も魔法族らしい。5軒ほどとなりに住んでいる、スネイプさんという家の子だった。

 

 やがて、日曜日にリリーの両親に連れられて教会に立ち入った。そのとき初めて教会という場所を知った。"お手伝い"をはじめたのもその頃からだ。

 

 それから4年と少し。

 

──今日、父親の処刑が決まったという手紙が届いた。

 

 

 

 

 

 

 




どシリアスが続くので、ちょこちょこ和むところを入れたいんですが難しいなー。

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作中でクラリスに言わせてますが、セブルスの母親ことアイリーン・プリンスの行動がよくわからないんですよね。
子ども(セブルス)が放置子なのは原作からして確定。
じゃあアイリーンは何してるのかっていうと、魔法界についてセブルスに少しは知識を授けてるんですよね。原作で魔法界のこと知ってるのは彼女経由でしょうし。
セブルスが父親から暴力を受けてるかは不明なんですが、受けてなくてネグレクトや経済DVだけであそこまでなるかなあ?という疑問が。
将来のセブルスが「闇の魔術にどっぷり」「マグル死すべし慈悲はない(死喰い人加入)」とまでなるってことは、やっぱり暴力受けてた方が自分としては納得いくので。ここは推測ですけども。

で、そこまでの扱い受けてるなら何で母子で魔法界に逃げ込まないの?て思うじゃないですか。
ホグワーツ入学まで息子にここまで我慢させる必要あるのっていう。
特急への見送りには来れてるのに。

この辺の設定の食い合わせが難しいんですよね。とりあえずは独自設定たててますけど、何かポタモアとかで情報お持ちの方がいたらお知らせください。
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