セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
原作だと「ぼく」だし原文だと「I」だとわかってはいるのですが、今後セブルス、シリウス、ジェームズの3人で会話させると誰のセリフかわからなくなりそうなので。
反抗期だし不良っぽいところもあるから、適任はシリウスだなと。
レギュラスとの関係は、シリウス年表を独自でつくってたらこの年にして仲悪くなってましたわ。
2025/8/27 全体的に修正済み
2週間程度あと 1971年 8月はじめ
太陽の光がじりじりと肌を焼く気候になってきた頃だが、その屋敷のなかはそこそこ快適に保たれている。
全開にした縦長の大きな窓から涼しげな風が吹きこんできて、その少年はデスクの上の羊皮紙が飛んでいかないよう、手のひらを重しにした。
ちり一つ落ちていない、見慣れきった高級感のある天板に押さえつけるようにして。
ややもすると、窓際にまとめられていた長いビロードの緑のカーテンが、風がやむのと同時に元あった場所におさまった。
(もう少し長く吹いていてもいいのにな)
そう思った少年が乱された前髪をなおしていると、肩をならべて同じデスクについていた男が促した。
「──さあ。続きを」
うんざりだ。
自室にいるのに一息つけない。
声の主はそれなりに高級感のある正装用のローブを着こんだ、がっしりとした身体つきの魔法使いだった。クィディッチ(スポーツ)も箒も勉強も杖もピカ一だとかいうその人と過ごすのは、ひどく息苦しい。
ついでに、隣にいられるとやけに暑苦しい。
あーあ、と少年──シリウス・ブラックは内心でため息をついていた。
こんなにいい天気で過ごしやすい日なのに、つまらなくて美人の女でもない家庭教師と2人きりで部屋にこもってるなんて。
とてもサマーシーズンだとは思えない。こんな休みなら友だちとエンジョイするのが正しい過ごし方ってものじゃないのか。
せめて
この人はそうは思わないのだろうか。平気そうな顔をしているけど。
(センセイ、さては女の子にモテないな?)
モテたところで純血主義者なので、むやみやたらに結ばれるわけでもないのだが。
家庭教師はシリウスが小バカにしたように横目で見ているのにも気づかず、先ほどシリウスが書きあげた羊皮紙の内容を読みこんでいるようである。
やがて「まあ、いいでしょう」と言って、彼は羊皮紙を丸めた。
「バカンスは楽しめましたか?別荘においでだったんでしょう」
「ええ、まあ。帰って来て早々に先生がいらっしゃらなかったらもっと楽しめたんですが。先生はバカンスシーズンなのにまだお勤め中なので?」
「私としてももっと呼ばれるまで時間があると思っていましたがね。教え子がしつけが必要と判断されることをなさらなければねえ」
「ジョークがわからない家族があわてて呼んだみたいで、どうも……すみませんねえ」
お互いになごやかそうな顔を浮かべてはいるが、空気はギスギスとしている。
皮肉をやり取りするのはもはや季節のあいさつのようなものだ。なんとも上流階級とは"麗しい"ものである。
どうにも
「──そろそろ入学ですね。ホグワーツ魔法魔術学校では、あなたはスリザリン寮に入るのですよ。ご家族もご先祖も皆そうされているのですから」
何度目かの"善意の忠告"である。
この教師も、彼の両親・祖父母も、弟までもがみな、口を酸っぱくして繰り返しシリウスにそう言った。
いい加減、うんざりしてきた。
「それはつまり、『いつか闇の帝王につけ』って言ってるのと変わらないと思うんですが、センセイ」
その辺どうお考えで?とシリウスは挑発的に尋ねた。反抗心を隠しきれない──隠す気のない態度をとるシリウスに、家庭教師が聞き分けのないお子様に対する、『やれやれ』と言いたげな笑みを浮かべていた。
昨年(1970年)、闇の帝王──すごいネーミングセンスだ──ヴォルデモート卿を名乗る人物が配下(
すでにイギリス魔法界を二分する大きな争いになっていた。多くの犠牲者が毎日のように日刊預言者新聞で報じられ続けている。
シリウスにとって問題なのは、要するに自分の家が(両親だけでなく親戚も大多数が)テロリスト側と目されていることだった。
「ええ、もちろん。きみも闇の帝王につくべきでしょう。直接の配下(
きちんとした家柄の思想(純血主義)は守ってゆくべきですとも。それを広げるお手伝いをするのもね。
ですからお母様は、"まともじゃない"家の者との付きあいをご心配なさっているのですよ」
魔法界の貴族階級や旧家にとって、純血主義とは"きちんとした“教育を受けた証のようなものだった。『きちんとした家の血だけを継いでいる』ということは『きちんとしていない家の血は入っていない』『問題のある人と親戚関係になることはない』と結婚相手に証明できるということだから。
子どもであるシリウスにはよくわからなかったが、マグル的に表現すれば『聖書の勉強をさせておくことで、きちんと道徳が育っていることを証明する』ようなもの。あるいは『シェイクスピアの一節を引用できることで、自分に知性があると証明する』ようなものだ。
要するに、『純血主義でない=格下』と見られかねない価値観が、じいさんばあさんよりも昔の時代から上位階級全体に
そして、闇の帝王とやらはそんな”純血主義“者であり、もっと過激な思想をしているのである。
『純血のような選ばれた魔法族が、劣っているマグルやその血を引く魔法族を管理(支配)すべき』というものだ。闇の帝王はそうするために戦争を起こした。
シリウスはそのように理解している。
なぜブラック家がテロリストを支援するのか。
ひと言で言うと、そんな帝王の思想に共感しているからだ。
帝王が今後、魔法省を自分のふところに入れたならば、反マグル的な法律をつくってしまうはずだ。シリウスの身内は『そうして欲しい』とすら願っているようだった。
頭がおかしいとしか思えない。
そんなもののために、大親友と連絡を取り合うのすらままならないのだ。シリウスにとっては何の得にもならない。むしろマイナスでしかない。
何度だれに"忠告"をされようが、納得につながるわけがなかった。
「帝王につけとか言ってる割には、うちは
「戦いというのは直接相手を打ち倒すだけではないのですよ。なに、『跡継ぎ殿』が臆病者と呼ばれたくないのならば、
「冗談じゃない!……です」
もっと小さな頃からつけられている教師に対しては、いかにシリウスといえど、心のままに振る舞うとはいかない。あわててぴしりと背筋を正した。
言葉遣いやマナーに関しての教育は厳しく、鞭をうつ程度のことはされた。貴族階級では何百年も前には普通だったらしいが、今でも続けている家なんて聞いたことがない。
名門の貴族から派遣されたその人は、自分より大きな貴族の家の子に対しても"厳しいしつけ"が許される。
「……よろしい」
教師はつきつけていたその杖先を、シリウスから逸らしてみせた。
傷跡をつけずに痛みを与える魔法だってある。"磔の呪文(拷問用の呪文)"ほど強力じゃないものが。
(……気に食わない)
痛みで従わせようという家庭教師も、そうすべきと考える両親も、その両親に従おうとする弟も。
友だちが受ける"しつけ"よりも遥かに古臭くて時代に合っていないそれを、自分ばかりが受けなくてはいけないなんて。
何より、敵わなくて大人しくするしかない自分が腹立たしかった。
(たとえば──犯罪の証拠をつかんで告発するんだ。騎士団とか闇祓いとか……、そういうところに。そうすれば考えが変わったりとか、もうちょっと扱いがマシになるかもしれない)
シリウスは日ごろから常々そうしたいと思っていたことを、改めて考えていた。
両親は
直接の構成員でなくとも後援くらいはしているのだろう。明らかにテロリストに
(……扱いがマシにならなくったって、一泡吹かせればおれがすっきりする)
どうにもならない家族の息苦しさというのを吹き飛ばすには、とにかくちょっかいを出すことだ。相手の怒りを買えば買うほど面白い。
「──さて。明日からのスケジュールを伝えます」
シリウスは思った。
(いずれ
相手を選んで、強そうな相手には引っこみっぱなしでいるなんて。
そんな格好が悪いままでいられるものか。
(どこかにつけ入れられそうなところは……)
シリウスは、この部屋に押しこめられることになったきっかけを思い返しはじめた。
*
一か月ほど前 1971年 7月はじめ
夏季休暇のシーズンに入ってからすぐ、ほとんど
来るのはわかり切っていたので、シリウスら家族4人(両親・弟・シリウス)は連れだって、すぐに入学に必要なものを買い揃えに向かった。
ロンドンにある"ダイアゴン横丁"であれば全てそろうので、そこに行くのがどの階級でも通例なのだ。
横丁は狭くて
さまざまな階級が入り交じる横丁を歩いてまわるなど、上流階級であった彼らには物珍しく、そうしてみたかったシリウスはとても楽しかった。たとえ気の合わない家族や護衛兼付き人(屋敷しもべ妖精)がいっしょでも。
友だちといっしょならもっと良かったのに。そんな不満があったくらいだ。
『庶民の暮らしを体験する』という意味での面白み以外、特筆すべきことは何も起こらなかった。ただの買い物なのだから。
敢えて挙げるならば、ブラック家を見る者がみなコソコソ何か話しているくらいである。横丁にいるのは貴族階級ではないし、大部分が純血主義でもない。その居心地の悪さがシリウスにはむしろ愉快だった。
なぜ大貴族である一家が横丁にまで出歩く必要があったのかというと、もっぱら杖を選ぶためである。ブラック家付きの御用商人では持ち運べる量にも限りがあるし、フィッティングができない。
杖職人のオリバンダー老は熟練だった。杖をつくるのも、杖のフィッティングにも。彼は横丁の自分の店に膨大な数の在庫をもっている。木材や芯など様々な材質もあれば、杖の長さだって大事だった。さらに言えば、魔法使いにとって杖は自分の命を預けるものである。危険な魔法も自分を守る魔法も杖から生み出される(杖なし呪文など一部の例外はあるが)。手間を惜しんで"合わない"ものを選んではなんにもならない。
そうして買い物を済ませた数日後、一家は避暑のために別荘地へ移動した。それがほんの数日前までの話。
冷やされた風が吹きつけるたびに、裏手にのびた背のたかい木が、その葉をざわざわと鳴らしていた。
屋敷のなかにはいくつもの使っていない部屋があって、そのうち1つを自分の滞在に使うとシリウスは決めた。母親が使うよう決めた部屋になんて、居たくはなかった。
シリウスが選んだのは見た感じは
リビングルームやキッチン、バスルームと寝室が備えつけられている。2名で使うのにちょうどよいくらいのつくりだろう。
この建物も古くからの邸宅らしく、ドアなどのつくりもベッドなどの家具も、いささか小さめだ。昔の人は食べるものも今のと違っていたし、もっと背が低かったとどこかで耳にはさんだ気がする。11歳のシリウスには十分な大きさだったが。
シリウスは黙って
ブラック家では何人もの『しもべ』がつき従っていて、家族4人のうち1人1人に、最低でも1匹が常に配置されていた。何かしたいときは側に控えた者に命ずるのがシリウスにとっての"普通"だった。
その屋敷しもべ妖精はメスで、見た目は種族からみるとそれなりにきちんとしていた。上からかぶった大き目のTシャツのようなものを腹まわりの布で留めている。いわゆる頭からかぶって着るつくりの服である。
「坊ちゃま、ですがここは奥様のお命じに『いらっしゃった』お部屋『が』ちがいます。わたしがご案内して『申し上げます』のでこちらに」
すぐに"了解"の意を伝えてこない『しもべ』に対し、シリウスはいら立ったように口をへの字にした。
「おれの部屋はおれが決める。母親じゃない。おれの部屋だ。部屋は変更だ。今そう決まった。いいからさっさと支度しろよ」
「ですが……」
「もう一度は言わない。さっさとしろ」
強い口調で再度命じると、『しもべ』は元々縮こまった背を、さらに折り曲げるように頭を深く下げた。
「はい、ただちに」
しもべの声は鈴を鳴らすかのようにきれいで、とがっている大きな耳がついた禿げ頭でさえなければ、もっと良かったのに。そんなどうでもいいことを考えているシリウスの前で、彼女は廊下を指し示した。
「お茶のご準備を『しておいでです』のでお待ち『いたして』下さいませ」
廊下には革張りの1人掛けソファが2脚用意されている。ご丁寧なことに、寒がりの客のためにブランケットまでもが掛けてあり、2脚の真ん中には小さなカフェテーブルとランプが置かれていた。
しもべが手を一振りすると、淹れたての温かいティーポットとカップがテーブルに置かれ、ティーポットが勝手に浮き上がってカップいっぱいに紅茶を注ぎ入れた。
シリウスがうながされた通りに紅茶に口をつけている間に、『しもべ』はシリウスの目の前で部屋のメイキングにとりかかり始めた。
彼女が指を振ると、何個も積みあがったトランクがひとかたまりとなって、宙をすべるように部屋の中に入って行った。そうして、めいめいが開けてもらうべき場所の前の床におろされると、トランクはひとりでにパッキング用のベルトやカギを開き、中身を見せるように上ふたを開けた。ちょうど分厚い本を真ん中から見開きにするみたいに。
(……ひまだ)
シリウスにとっては日常の一コマに過ぎない。だからしもべの仕事ぶりなど見ていなかった。
クローゼットの前には服、バスルームの中にはタオルといった具合に用意されたトランクから、中身が取り出されてゆくのも。それらをシリウスがすぐ使えるよう整えられてゆくのも。
どうせ茶を一杯飲み終わる頃には終わっている。
本来の貴族の責務を考えるのであれば、この間に本の1冊でも事業計画書でも目を通すべきなのだが、そんな"押しつけ"がシリウスは嫌いだった。
「母上がボートに乗るって」
寝室の入り口に立った弟がそう言ってきたのは、シリウスが決めた"自室"の寝台(天蓋付き)に足を組んで寝転がっていたときだった。
少し意外に思ったシリウスは「へえ」と感心するような声で返事をした。
てっきりこの"自室"に真っ先にとんでくるのは母親だと思っていたからだ。
きっと部屋を勝手に変えたことにがみがみと文句を言われるだろうし、『決められた部屋に戻しなさい』と命じられるだろうと。
従う気なんて、もちろんない。だから母親にあれを言ってやろうか、こんな風に返したらどうだなどと考えをめぐらせていたのだが。
弟が呼びに来るというのはイメージしていなかった。
シリウスの動く気配を待っているのか、彼は声をかけてきてからその場に立ったままだった。
「はいはい聞きました。聞いたって『ママ』に伝えてきな。ご苦労さん、伝令係くん」
天井に視線を向けたままで答えたシリウスに、弟──レギュラス・ブラックは明らかに苛ついたように言った。
「聞いたならさっさと動けよ。伝言は聞けば終わりだと思ってるなら本気で救えないね」
カチンと頭にきたシリウスは、そこでようやく弟の顔を見た。
奥歯を噛みしめているかのようなその表情には、どう見ても『仲良くなりたい』とは書いていない。本人だって、べつにシリウスと行動を共にしたくて言ってきているわけじゃないのは明白だった。
「お前がお兄様になにを命令をできるっていうんだ。弟の分際で。おれが何をやっているのか知りたくて仕方ないんだよな、お前。だからこそこそ嗅ぎまわってるんだろ、いっつもな。で、何か見つければ母親に報告だ。
──ああ、それとも連れてこいって『ママに』言われておいでかい、看守どの」
弟はこうやって普段からシリウスの行動を見ていて、それをチクられたせいで られただろう悪戯や外出に、シリウスはいくつも心当たりがあった。
たった1歳しか違わないはずの弟は、10歳になってもシリウスのようには親の"おかしさ"を理解しない。今だって母親に命じられたから来ただけなのはかんたんに見て取れた。ただ『命じられたからすべき』だとしているだけで、わざわざ兄の顔を見に来るほどの家族愛があるわけじゃない。
「ボス(両親)に連絡してこいよ。『1番の囚人、収監完了しました!』とかなんとかさ。お前らだけで乗ってこい。おれはおれの行きたいところに行く。お前らなんかとは別のところに」
わざわざ母親が弟を寄越すのはこれが初めてではなかった。両親はできうる限り兄弟をいっしょに居させたがっているようで、これまでも毎回こうやって衝突していた。
『どうしてこんなやつと自分を同じ空間にいさせたがるんだ』とシリウスは嫌悪感で胃がむかむかしてきたのを感じた(ちなみにレギュラスも全く同じことを考えていた)。
シリウスと弟とで違うのは、両親が『行動をいっしょにさせよう』とした時に我慢しながら従うのが弟で、断るのがシリウスだった。強制させられたって無視してやりたいようにやればいいだけなのに、どういうわけか弟は反抗しないのだ。
「『家族でいっしょに過ごす』なんて簡単なこともできないのか?」
弟の声には『お前はこんな簡単なこともできない愚か者なんだな』という見下した色がついていた。
「なんだと!」
出来ないんじゃない。『やりたくない』だけだ。
(何も考えずに『いい子』でいるだけのくせに、えらそうに!)
シリウスは頭にきて、寝台から立ち上がった。
親がおかしな考えをしているのに、どうして気づかない。せめて疑問にくらい思っていれば、分かり合えることもあるかもしれないのに。
シリウスはずんずんと床板を踏み鳴らしながら弟に詰め寄った。そのまま胸倉をつかみあげる。
──自分が挑発しつづけていて言い返された、という事実には目をつむって。
「何様だ、お前らのような犯罪者がえらそうに!人にものを言える立場か。マグルがどうとかこうとか、何も知らないくせに!
お前たちなんかに何がわかる!お前もお前の友だちもクソ野郎ばっかりだ!誰がいっしょに過ごすっていうんだよ!お前らなんかと!」
シリウスは一方的にまくしたてるだけまくしたてると、弟の身体を寝室の前から突き放した。
「おれやジェームズにまた泣かされたくなきゃ、二度と近よってくるな」
それだけを言い残して、シリウスは寝室のドアを音を立てて閉めた。
顔を見えないようにしてやっても、イライラがおさまらない。
かと言って、楽しく時間をつぶすような持ち物もないのだ。寝台に身体を投げだすくらいしか出来ることがない。
天井をあおいだまま、シリウスは深く息をはいた。
(つまらないなー)
シリウス・ブラックが家族から大親友との付きあいを絶つよう命じられたのは、戦争が始まる前の年だった。
それまでも隙あらば彼の家に遊びに行くシリウスに両親はいい顔をしていなかったのだが、無理やりにでも禁じるようになった。
その子の家はほとんど純血をたもった
ブラック家やほかの旧家に較べると新興なので両親はかなり下に見ていたが、シリウスにしてみれば過去の階級がどうこうよりも、今友だちとして楽しくやれるかの方がよほど大事だった。
そして、シリウスと同い年のジェームズ・ポッターはノリのいいやつで、共に過ごすのはすこぶる楽しい。
その上、混血やマグル生まれの魔法族も彼のまわりに集まっていた。ジェームズは『純血の家の子と付き合いなさい』などと命じられてはいなかったのだ。その逆に『純血の子とは付き合うな』とも言われていなかった。
現在ではその
自分の家の意向では、マグル生まれや混血は支配したり滅ぼす対象となる。笑顔で握手とはいかないだろう。
シリウス自身は両親や親戚の味方ではない。だから敵じゃない。その主張を信用してくれたのは今のところジェームズだけで、だからシリウスは人目を忍んでこっそりとジェームズと連絡をとりあい続けてきた。
あおむけに寝ころんだシリウスの視界、天井のすみから白い何かが勢いよく飛び込んできた。
(……フクロウ?)
シリウスが把握する間もなく、かぎ爪に握られた赤い封筒が真上から放り落とされた。
「いてっ」
避ける間もなく、それは鼻にぶつかってきて顔の横に落ちた。
手にもってみると、そこそこにかたい紙だったが中身は軽い。
端正だと評判の顔によくもやってくれたな。
フクロウにやり返してやろうときょろきょろ見回してみたが、どこにもいない。
窓から飛び去ったかと外をうかがってみても、それらしき姿はない。
(……ちぇ)
少しは退屈が紛れるかと思ったのに。
ふてくされながら赤い封筒に目を落としてみると、
(“シリウス・ブラック”宛てのフクロウが届くなんて珍しいな)
昨年くらいからめっきり見なくなったのに。
きっと、手紙がすべて両親のもとに送られているか、そもそも決められた差出人以外のものは配達しないように手続きをしてあるのだろう。
ただ、全てが手元にまわってこなくなったわけではない。
以前、どこだかの純血貴族がしたためたシリウス宛ての手紙を、両親から手渡されたことがあったのだ。
今こうして手紙が届いたのだから、全て両親ゆきとなったわけではないだろう。限られた人のものだけが届くと判断すべきだ。
(つまり誰か貴族のお子様からの手紙なのか?)
シリウスは手紙をひっくり返して裏面の差出人を確認してみた。
"ブルース・リー"。
シリウスにはピンとこなかった(マグルの文化を知っていればジョークとすぐ気づく名前だったが、テレビや映画にはあまり詳しくなかったのだ)。
「なんだこりゃ……。誰だっけこの人」
言い終えるくらいのタイミングで、シリウスは
本来、ジェームズの手紙はすべて差し止められているはずだ。なにせ両親はポッター家(悪い友だち)との付き合いはやめろという立場である。
そんな勝手な大人を出し抜いてやったら、きっと胸がすく。
シリウスが封筒を開くと、中にはカードのようなものが入っていた。
『演奏会のお知らせ』みたいな内容だ。貴族ならば自分の家の催しに招待されたり招待したりなんてのはよくある。
なるほど、確かに本人の手にわたっても問題ないように見えるだろう。
しかし、ジェームズのものなら必ずどこかに仕掛けがあるはずだ。
封筒自体にも細工はないかと、シリウスはなかを開けられるだけ開けてのぞき込んでみたが、どこにもそれらしいものはなかった。
文字どころか何かのイラストすらない。においも……特徴はないようだ。
封筒には何もない。中に入っていたのは謎のチラシが1枚だけ。
だったら次はチラシだ。
つるっとした表面の、うすい紙。シリウスが人差し指で触っていても、ただの紙の感触しかしなかった。
そこにプリントされたピアノっぽいイラストはぴくりとも動かない。魔法のインクであれば動き出すくらいは当たり前、簡単なメロディを奏でてくれたり鍵盤を押したら音が鳴ったりすることだってある。
ならば、これはマグルのインクで刷られたもので間違いなさそうだ。
ますます本当の送り主はジェームズの可能性が高い。
胸がワクワクと躍ってきて、先ほどまでの退屈はどこかに消え去っていた。
(どこかに何かヒントがあるはずだ)
どんなメッセージを送ったのか、すぐ判るようにしているわけがない。仮にシリウスがこの手紙を親に取りあげられても、いくらでも言い訳がきくようにしているはずだ。
今回がダメでも次回以降にもっと面白いしかけをやってやろう!というのがジェームズだったから。
チラシの右下の隅には、炎のイラストのようなものが書き加えられていた。
(たぶん何かの仕掛けのヒントだろうけど……)
火をつけろという意味なのだろうか。でも、マグルのただのチラシ(紙)ならば普通に燃えてしまいそうだ。つまり『燃やすのはこっちじゃない』と言っている?
(だったらこっちか?)
封筒を確かめてみる。そっちは羊皮紙でできた、いかにも魔法製の紙だ。
さすがに寝台の上で火遊びをする気はなかったので、バスタブの中で試してみることにした。杖先にともった爪の先ほどの火で、封筒のはしに火をつけてみる。
「ラカーナム・インフラマレイ──火よ」
さて、いったい何が用意されているんだろう。
注意ぶかく見守っていると、火がついた端からぼろぼろと灰がこぼれていった。
ふつうに燃えているように見える。
ついに全部が火につつまれ、もうすぐ燃え尽きてしまうのに変化はない。
火が消えてしまう最後の一瞬、バスタブのなかに落ちた灰が『miss(ハズレ)』と形づくった。
(絶対ジェームズのしわざだ)
こんな手の込んだことをしてくるのは大親友だけだ。どうにかしてシリウスに手紙を届けようとしたのだろう。その心意気が心に沁みる。
シリウスが1つまばたきをした時にはその灰はすっかり崩れ去って、何の形もとどめていなかった。
("ハズレ"……。燃やすのはこっちじゃない?)
一見ただのチラシでも、燃やしたら何か出てくるのだろうか。
(燃やすのは万策つきてからだな)
取り返しがつかなくなる。
でも火がわざわざ書いてあるのだから、使うのだろう。
(火を使うのに『燃やしてはいけない』?どうやって使えって?)
シリウスは、まるで目の前にジェームズが立っていて、彼の出題にシリウスが頭を悩ませているのを楽しんで眺めているのではないかという気分になった。
(上等だよ)
シリウスは犬歯をむき出しにしてにやりと笑った。『このくらい簡単に解けるだろ?』という親友の信頼には負けられない。
どこかにヒントはないかと、バスタブを出て室内を眺めてみた。
(ランプ……)
寝入りばなに使うランプは魔法で火がつくものだ。寝室に置いてある。
灯りをとるものなら、他にも燭台なんていうのもある。
うっかり近寄りすぎると火がうつるので気をつけなくてはいけなかった。
あとは暖炉。移動用のそれと暖をとるためのもの。ジェームズの家ではマシュマロを串にさして焼いて食べたことがあった。ふだん口に入れるような高級なものじゃない。ただの駄菓子なのに、友だちみんなでわいわいと食べたそれは、シリウスにはやけに美味く感じた。
(あと火を使うところといえば……料理とか)
厨房では屋敷しもべ妖精が火を使っている。鍋やフライパンを火にかけて使う。ふつうに焼いたり蒸したりゆでたり。
もしくは串焼きなんかはそのまま火の中に入れてあぶる。
(──"あぶる"?わかった、"あぶり出し"だ!)
どこかにメッセージが書いてあるのだろう。
これなら両親なんかには絶対にわかるまい。彼らにとってメッセージを隠すのには魔法を使うものなのだ。
『砂糖水などをインクにして透明な文字を書く』『熱で焦がせば文字が読める』だなんて手段があることすら、知っているかどうか。
シリウスは以前にジェームズに教わったので知っていたのだ。何かのマグル向けの
(なにを連絡してきたんだ?)
杖先に火をともしながら、もう一方の手で紙を持ちあげ、くゆらせるように熱を行きわたらせてみた。
すると、砂糖水のでんぷん糖の部分だけが焼け焦げて、うっすらと黒い文字の形になってゆく。
それはマグルのチラシの裏、つるつるとした白一色の面にくっきりと浮かび上がっていた。
新聞のように、大きなタイトルのようなものと、小さめの文字と。
大きい方の文字はこうだ。
『"おもちゃのスニッチ"にこの紋章を書いて』
──ああ、『あの』スニッチのことか。
シリウスには心当たりがあった。
(まだ仕掛けがあったんだな)
戦争が起こって本格的に付き合いを絶たれる前から、ジェームズとは何度も屋敷を抜け出したり、手紙のやり取りをしていた。しょっちゅうとはいかなかったが、あの手この手を工夫してきたのだ。
1か月か2か月くらい前だっただろうか。この時もふくろう便が届けられて、針金らしきものが折りたたまれて入っていた。差出人は適当な純血家系の子どもの名前だったはずだ。
いっしょに入っていた手紙の通り針金を動かすと、手のひらにおけるくらいの、胸像(輪郭だけバージョン)になった。
しばらくはその"ジェームズのミニ胸像"としゃべったりしていたのである。特定の角度からじゃないと"胸像"には見えないので、しゃべる時はわざわざその角度から話しかけたのだ。
この胸像はいつの間にか部屋からなくなっていたので、捨てられたのだと思う。今回よくわからない名前の手紙だったのは、おそらく同じ手口を使われないよう両親が対策してしまったからだ。
この時、手紙に"おもちゃのスニッチ"の最後の断片が入っていた。過去の手紙に少しずつ
1つ1つの部品には魔法の仕掛けなんかない。時間をかけて運び入れて現地で完成させることで初めて動き出すというものだ。この手段であれば魔法の品を送ってもバレない。
そうやって運ぶ手順はまるで"密輸"であった。ブラック家という"法律"に中指を突き立てる真似をするジェームズの『ロックさ』は、シリウスにとって爽快だった。
そのスニッチにはまだ仕掛けがあったらしい。シリウスはあぶり出しの指示通り紋章を書きいれ、杖で呪文をかけた。
手紙の末尾は"15:00"と結んであった。現在は"14:00"。
わくわく感で胸がいっぱいで、とても黙って座っていられない。
シリウスはそわそわと部屋の中を歩きまわった。時間がくると何が起こるのかはわかっている。家族のことなんか頭からすっぽ抜けて、ただ『ジェームズと何を話そうか』ばかりを頭に巡らせていた。
時間がくると、シリウスのへその裏側が引っ張られる感じがした。
やっぱりそうだ、とシリウスは思った。
(──
そう簡単に子どもが作れるものではない。空間を操るような魔法道具をつくるには、多くの魔法の知識やコントロールが必要だったはずだ。少なくともシリウスにはまだできない。
しかしジェームズはやるべきと決めたことがあったら、簡単でなくともやり通すところがあった。ジェームズならばぜったいに作れるはずだ。
ぐらぐらと視界が揺れる感覚に目をつむって耐えていると、上からすとんと落ちるような感覚がした。足の裏が地面についたとわかった瞬間、転ばないようにと太ももに力をこめる。
シリウスはたたらを踏んでしまったが、バランス感覚を駆使してうまく着地することができた。
降り立ったのは、まったく知らない風景のなかだ。
2階建ての家らしきものが軒を連ねていて、目の前には自分と同じくらいの背格好の子が出迎えるように立っていた。
丸眼鏡がトレードマークになっている丸眼鏡の少年だ。その奥の目は得意そうに弧を描いていた。
酔いに苦労するところなんて、格好悪くて見せたくない。
だからシリウスは、無理やり歯を見せて笑ってみせた。
「ほんと、お前って最高だよ!」
目の前には1年ほど会えなかった親友の姿があった。
「ああ、久しぶりだシリウス!」と言って、ジェームズはシリウスにがっしりとハグをした。
「きみんちのガード、えらく堅くなってるよね。うちから送ったものはもちろんダメだし、でたらめの住所でもダメ。“おともだち”の名前を何回か使ったんだけど、届いてないっぽいし。
だから今回は俳優にしてみたんだよ、いかすだろ?」
「貴族のぼっちゃんのは1回だけ届いたけどな。……待てよ。でたらめじゃダメってことは、あの住所って本物の"ブルース・リー"の住所なのか?」
"俳優ジョーク"はシリウスには通じていなかったが、黙っておくことにした(1971年は"燃えよドラゴン"の公開前だったので、ブルース・リーはまだ映画スターではなく、アメリカの俳優扱いである)。
ジェームズは「まあね」と悪戯っぽく片目をつぶった。
「住所くらいは魔法でちょっと……まあ、調べようと思えばできるし。
でもたぶん『次』はポートキーの送りつけもダメになってるんだろうな。どんな風にするか計画をたてよう。外からの手引きがあれば"脱獄"もずっと楽だっただろ?」
ジェームズは実に楽しそうにそう提案してきた。あえて軽く聞こえるような言い方をしているのだろう。『お前を連れ出すためにこれだけ苦労したんだぞ!』だなんてアピールは格好悪いからだ。
前回シリウスと会ってから1年もあいだが空いているところを見るに、知らないところで試行錯誤していたのだろう。何通も戻っていったのかもしれない。
ポートキーで連れ出すなんて手段は誰にでも思いつくことだし、かんたんに手紙に同封できるものじゃない。
特にブラック家は魔法界のあらゆる分野に顔が広いのだ。店や銀行すらももつ貴族のなかの貴族、しかも“
中に入れるものもチェックされるし、ポートキーのような魔法の道具を同封しただけで弾かれてしまうはずだ。
「でもまあ、次に会えるのはホグワーツかもね。やってはみるけど、ハードルを超えるより入学する方が早いよ、きっと」
ジェームズはため息をついた。
あと2ヶ月足らずで毎日顔を見るようになるのだから、そっちを待つ方がよっぽど楽だ。
「ぼくがしょっちゅう抜け出すのは、ウチの両親もあんまり賛成じゃないみたい。大人に狙われないよう、一人でうろつくなって言われてる。
なにせ戦争中だし、ウチは純血主義じゃないってんで目をつけられてるんだよ、きみんちとかに。『教育のなってないご家庭ね』なんて
「貴族だと、いわゆるご婦人会ってやつだな」
それで、とシリウスは周囲をぐるりと見渡して言った。
「ここ、どこなんだよ」
呼び出された先は、かつて遊びに来たポッター家とは風景がまるきり違う。
広い田園風景のなかに、2階~3階建ての住宅が立ち並んで大通りをつくっている。入り口にはフラッグがかかっていた。大通りから外れたところにもぽつぽつと木造らしき一軒家が建っていて、そのどれもがどこか古臭くて色あせているようだった。
どこかの村だろうか。
「きみが消えた、ってなったらウチに真っ先に探しに来るじゃないか。だからちょっとね。
──ホグズミード村さ。知ってるだろ?ホグワーツの近くの。
行けるのは3年生からなんだけど、一足先に"偵察"ってとこ。ほら、もしきみが『間違って』スリザリンに入ったら"アジト"が必要になるからさ、ぼくらの」
「おれが?ありうるかよ、そんなこと。お前もおれがあんなところに入るって信じてるのかよ」
歩き出したジェームズの隣に並びながら、シリウスは口をとがらせて言った。
自分が『心の奥底では純血主義を信じている』と疑われているようで不服だったからだ。ジェームズにまでそんな風に言われたくなかった。
「ほとんど純血の"王子様"じゃないの、きみって。"奥様"はブラック家は"ほとんど王族"だとか言ってるらしいよ。そりゃあ、自分の入りたい気持ちだけで寮が選べるなら
ちっ、とシリウスは舌打ちした。
「ほかの連中、どうせ『ブラック家は
「──仕方ないんだよ」ジェームズは少し
「戦争が始まる前くらいからかな。ぼくも友だちのまわりの人……家族とまではいわないけど、親戚とか知り合いとか。そういう人が少しずつ行方不明になってるんだってさ。
べつに表立って闇の帝王に歯向かったってわけじゃないよ。でもたとえば魔法省におつとめの人とかさ、やっぱりいいポジションの人っているじゃない。マグル生まれや混血でも仕事がこなせれば別にいいんだから、すごくできる人だっているわけ。そういう人がみんな、とにかく"行方不明"なんだって。"死んだ"とかじゃなくて」
たとえば、とジェームズはシリウスも知っている友だちの誰誰の親戚がどうとか、行方不明者の名前をいくつか挙げた。
「お前までそう思うのか。おれは、……おれが……敵だって」
シリウスはぎゅうっと眉間に力をこめた。
かつていたはずの混血などの友だちは皆、シリウスを避けるようになった。こうして抜け出しても味方だと受け入れてもらえないほどに。誰もジェームズといっしょに待っていなかったことが何よりの証拠だ。
友だち
「みんな臆病ものなのさ。ぼくはきみにびくついたりしないけど」
となりを歩くジェームズは大したことのないことのように言った。
思わず振りかえってしまったシリウスの肩に、ジェームズのこぶしが軽く当たる。
「きみはその"ブラック"からは『仲間外れ』だ。名誉のね。
そしてぼくだけがそれに気づいた、ってとこ」
ジェームズは誇らしそうに、自信たっぷりと言いたげな笑顔を浮かべた。
ジェームズもシリウスを連れ出してくれる側だったりして。
子どもってブルース・リーとかカンフー映画大好きなイメージあります。カンフーネタを入れたかったんだけどなーおれもなー。
●純血主義について、実はとらえ方がずれていたりとか
シリウス:マグル生まれや混血を支配・管理しようという思想
クラリスやセブルス:純血の魔法使いに穢れた血を入れないという思想
●シリウスの性格について
ハリーも学生時代の写真見て"少し高慢ちき"という印象持ってたので、具体的にどう高慢なのかと考えて別荘のシーンになりました。
自立心と反抗心と意志の強さと我儘さが表裏一体というか、混ざり合っているというか…。