セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
結局、この日は夕方になってから、屋敷しもべ妖精の1匹、クリーチャーが中空から現れて『お迎えにあがりました』と言ってきたのだった。
この妖精はブラック家における侍従長のようなポジションであり、両親(正確には
別荘地からシリウスが抜け出したのはおそらくクリーチャーに筒抜けだったのだろう。すぐに連れ戻しに来なかったということは、探すのに難航していたのかもしれない。
今後はもっとうまく
やっぱり別荘の自室から消えたのがまずかったのだろうか。人の多いところから適当に移動した方がごまかしになるかもしれない。
ああやって別荘地から抜け出してしまったためか、残りの滞在日数はクリーチャーに常に見張られながらの軟禁状態となった。そして自宅に帰ってからは連日、家庭教師に見張られて自室で軟禁ときたものだ。
自由を好むシリウスへの
家庭教師が帰った後、シリウスは1ヶ月前のことをそんな風にを思い返していた。
自宅屋敷の最上階にある、自室のドアを音を立てないように押し開けながら。
両親のものであるこの屋敷は、新しいものではない。過去の血族から受け継いだ物件の1つである。貴族階級とはとかく先祖の持ち物を大事に保管する生き物なのだ。
シリウスにとって問題なのは、自分が足をのせるたびにぎいぎいと鳴りそうな古びた床の方だった。
「イモビラス──動くな」
呪文が効いているうちに、忍び足で廊下を通り抜ける。壁にかかっている絵に見つからないよう、身を低くしながらだ。
どこもかしこもモスグリーンめいた緑で派手な模様の入った壁紙だというのも、シリウスは気に入らない。緑と銀はスリザリン(純血主義者)を象徴する色だからだ。
シリウスは今日も外に抜け出したかった。両親が屋敷のどこにいるかでこっそり抜け出せるかどうかが決まる。ダメだったら何か騒ぎでも起こしてやろう。
何をするにも、まず両親──いや、母親の出方次第だ。父親は基本、彼女の
シリウスは母親(権力者)の下につくなんてまっぴらごめんだった。親であってもシリウスへ命令する権利なんてあるものか。
自分は自分のやり方でやっていくし、それをすることが許される。子どもだったシリウスは自分の立場をそのように見積もっていた。
一番チェックするべきは母親の書斎だろう。彼女が家の事業のことをやっている時はたいてい、書斎にいる。そこで手紙を用意したり、あちこち連絡してまわったり、部下に命令を下したりするのだ。
だから母親の部屋だろう壁のあたりに差し掛かった時、シリウスは杖を振った。
「ソノーラス・パウルム──少し大きく」
本来のソノーラス(響け)は(マグル的にいえば拡声器のように)声を大きくする呪文だったが、母親の言葉を盗み聞きするには大きすぎるし、すぐにわかってしまう。だからあえて『ほんのちょっぴり』ボリュームを上げることにした。
部屋にいるかどうか確認できるだけでいい。いないのなら急いで通るし、いるとわかったらこっそり通る。
呪文はうまく効いたらしく、ぼそぼそとした話し声がシリウスの耳に届いてきた。
どうやら母親は部屋にいるらしい。誰かと話しているようだ。書斎じゃないということは、友人づき合いだろうか。
しかし、声をよく聞き取ってみると、なにか部下に命令を出している最中のようだった。相手の声もしている。
「……思いのほか大規模になりそうなの。"人数"は100
『それではこちらの持ち出しが多すぎる』
「こちらがなんの手助けもしていないとおっしゃる?"パーティー"を主催するのに"店"の提供と乗り物まで使わせると言っているのに?
このご時世でそれをするのにどれだけ危険を伴うかご存じないのかしら?高くつくのは当たり前のこと。ものの値段というのはそのときそのときで変わってしまうもの。昨年よりも吊り上がるわ」
不穏な会話だった。何か1匹につきブラック家では金貨10枚を受け取るという取引らしいが、高額すぎる。ふつうのペットや魔法動物ではありえないレートだった。
シリウスはますます聞き耳を立てて話の内容を追った。
「もちろん"警備"の手配もあるし…21:00ちょうど頃ではいかが?カギをかけて丸ごと移送して頂くのに。
……先方が?では……仕方ないですわね。ですが、こちらとしても容易にとはいきません。早めるのは20:00PMまでが限界だわ、その代わり
『そのような態度、我が君への背信ではないか?我々の崇高な目的に便乗して金稼ぎとは……』
「心外だわ(母親の声が冷たく鋭くなった)。何のための取引かをご理解いただきたいわね。そちらはひとの手、こちらは道具。どちらかが欠けても"料理"は仕上がらない。パスタみたいな簡単なものでもね……。国内で巨額を動かすのは無理だから海の外のゲストに頼るほかない。その資金を何のために都合するか、ご存じないとおっしゃる?」
それからも何かをぶつぶつと言い合ってから、部屋に沈黙が下りた。どうやら連絡が終わったらしい。
シリウスは移動するよりも先に、聞いたばかりの怪しげな取引を頭のなかで整理することにした。
要するに"なにか"を移送するのだ、それも海外に。危険を伴うから高額の報酬、それによって何かの資金を得ようとしている。"我が君"とされる者のために。
背中にひやりと冷たいものが流れた。
(聞いたとばれたらまずい話だ)
見つかる前に撤退しないと。
そうっとシリウスが立ち上がるのと、新たに母親の声が聞こえてきたのは同時だった。
「──運び屋は3日後に横丁へいらっしゃるよう手配しました」
母親はまたべつの誰かに連絡を入れているようだ。相手の声は聞こえない。
危険なにおいのする取引だが、聞いておけば邪魔したり告発できるかもしれない。シリウスは目を閉じて耳に集中することにした。
「絶対に失敗は許されないと心得なさい。報告は海に出てからこちらに。ええ、楽しみに待っていますから」
最後の言葉だけはやけにはっきりとシリウスの耳に届いた。
「『純血に栄えあれ』」
シリウスは息を呑んだ。
末尾の文言には聞き覚えがあった。死喰い人という噂のある男が出入りしていた時にも似たような結びで立ち去ったような気がする。もしかしたら闇の帝王(ヴォルデモート卿)を賛美する意味合いの言葉なのだろうか。
(──連絡の相手は死喰い人なのか?)
どくり、とシリウスの心臓が重く鳴った。
100匹の移送。3日後、横丁。……おそらく20:00。
(チャンスだ)とシリウスは拳を握った。
どくん、どくんと心臓の鼓動がうるさく、自分の手がこまかに震えているのがわかる。恐怖じゃない。これは
闇祓いなり騎士団なり、どこかに証拠を突きしてやろう。そうすれば両親の『闇の帝王への協力活動』も大人しくなるかもしれない。
せめて自分の家が闇祓いに目をつけられて欲しいし、もしも捜査の手が入ったらなら最高だ。家族におかしな行動をとられるよりは、牢屋の中にいてもらった方がましになる。
告発したのがシリウスだとわかったならば、友だちも自分を味方だと、決して闇の帝王に従う気なんてないと、認めてくれるはずだ。
(協力があれば、もっと良かったけど)
ジェームズがいればどんな事だって成し遂げられる。
でもポッター家は純血主義の家からは目をつけられているし、子どもだけでうろついていたら狙われてしまうかもしれない。だからジェームズの両親は、ジェームズが大人なしで抜け出すことに賛成しないのだろう。
かといって、決定的なものを見つけたわけでもないのに、ジェームズの両親を巻きこむわけにもいかなかった。せめて写真かなにかで証拠がないと誰も信じてくれないだろう。
取引場所と時間だけを告発するのもダメだ。今まで両親が捕まっていないということは、闇祓いの中にも両親を逃がすやつがいるということかもしれない。
それに、これは自分の家の関係だ。何でもかんでも親友に泣きつこうなんて恰好の悪いことはしたくない。
シリウスはそっと部屋の方へ足を向けた。
100匹の移送。3日後、横丁で、20:00に。
──自分が何をすべきか、計画を練ることにしよう。
*
3日後
シリウスは細くうす暗い小道に降りたって、身体についた灰を払い落としながら立ちあがった。
それから『げほっ』と咳をたてて、のどの奥にはりついた粉を吐きだす。つややかな黒髪にも端正と評判の顔にも、ざらざらとしたものが
辺りは静かで、シリウスの方を遠巻きにしている魔女や魔法使いの姿はあったが、じっと見つめてくるだけだ。近づいてくるでも、彼ら同士で話すでもない。
いつ見ても不気味な連中だ。
先ほど暖炉に入って瞬間移動した際に、到着場所として口にした名前をあらためて思い出した。
"ノクターン(夜の闇)横丁"。
この横丁の名前だ。ロンドンの"ダイアゴン横丁"が学用品の買い物から日用雑貨までそろう"きちんとした"横丁ならば、こちらは
立ち並んでいるどこの店も汚くてぼろっちい。砂埃すらも
シリウスとしてもあまり立ち寄りたい場所ではないのだが、犯罪者との取引で使われる"横丁"といえば大体ここなのだ。
(
シリウスは先ほどまで屋敷にいた。自宅ではない、べつのそこそこ大きい純血貴族の邸宅だ。
同じような規模の貴族が集まる、いわゆる社交会があったからだ。子どもたちも連れられていて、10人以上の良家の子どもたちと過ごすように言いつけられていた。
もちろん、言いつけなんて守らない。
こっそりとトイレに立つふりをして移動用暖炉に行き、自宅から持ってきた
"取引"の時間は20:00PMだったが、さすがにその時間に子どもは出歩けない。だから昼間のうちに計画の一端でいい、何かをつかみたかった。
告発するために。
「おぼっちゃん、迷子ですか?こんなところに一人なんてねえ」
入り組んだ路地の脇から、黒いローブのうす汚い老婆が声をかけてきた。「ひひひ」と癖のある笑い声で。
それを皮ぎりに、付近にたむろしていた連中もじりじりと距離をつめてくる。そのどれもが埃を浴びてでもきたかのように白っぽい粉みたいなものをローブにつけていて、ひと癖ありそうな人相をしていた。
囲みが距離を詰めてきて、だんだんと背の低いシリウスだけがくぼんだような形になってゆく。
近寄ってきた老婆のまなじりは吊り上がり、まっ黄色の歯を見せてにいっと笑っていた。
それでもシリウスは慌てなかった。この後の展開はだいたい予測できているからだ。
「おれを知ってるやつがいるだろ。このなかに」
距離をつめてくる連中にも、それを更に路地の奥から眺めている連中にも、その耳に届くように呼びかけてみる。
いるはずだ。万が一にでも上客の関係者に手を出してはまずいと知っている人物が。
その予想は的中し、間をおかずに「これはこれは……」と口を開いた者がいた。
暗がりの方だ。1人、他の連中とさして変わりなさそうな、うさんくさい男がすすみ出てきたのは。
まわりに集まった者を追い散らすようにして、男はシリウスの前に出た。
「ブラック家の次期当主さまではねえですかい。名前は……ああ、そうだ。シリウスぼっちゃんだ。
ああ、お一人でうろつくなんざいけませんぜ、ここが物騒な場所なのはご存じでしょう。子どもがひとりで入り込むようなところじゃあねえ。ご家族やしもべはいかがなさいました。はぐれたので?」
清潔とは程遠いおじさんだ。顔はしわと無精ひげだらけでうっすら黒く汚れているし、白髪交じりの少ない頭髪はどこかべとべととした固まりになっている。ローブもしわだらけで何かがこげるような酷いにおいがした(シリウス自身は嗅いだことがなかったが、カビのにおいである)。
彼らは上流階級とは天と地ほども違うが、絶対につながりはある。
まず、ブラック家はテロリスト(死喰い人)を手助けする立場だ。そして、その死喰い人には闇の魔術の使い手があまた所属している。
闇の魔術を行使する犯罪者は、ここノクターン横丁にも多数ひそんでいる。
ゆえに"お得意様"であるブラック家の人間の顔を知っている者は必ずいると。
「あー、しもべはちょっと今は別行動だ。でもすぐ戻る」
言ってから、シリウスは声を落とした。
「うちの母上様がな?今日の"取引"をちょっとばかり……、見学しろってお言いつけでね。やっぱりほら、こういうやり口も人生の勉強ってやつ?目の前でどんな風にやってるのか見るのがわかりやすいだろ」
男は媚びるように唇のはしを上げて歯を見せたが、目は笑っていなかった。
「貴族の奥様が?ぼっちゃん、うそはいけませんぜ」
「おいおい、子どもにやらせるわけないと思ってる?ウチはすっげえ厳しいんだぜ。いまだにむち打ち刑をやってんだ、もう20世紀だってのに。そうやって自分の子どもたちが闇の帝王に従うようにしつけて、将来に死喰い人(デスイーター)になるのを心待ちにしてるんだよ、お母上様は」
「そのために大事なお子様を一人でよこすので?こんなところに」
「げんに今、案内がきておいでだろ。おれだって早く闇の帝王に加わりたいんだ。好き放題に呪文を使えるなんて楽しいじゃないか」
シリウスは背中がかゆくなってくるような感覚を我慢しながらそう言った。
嘘八百である。ほんとうは友だちと自分を引き離した
それでも計画を告発して自分が"ブラック家"から解放されるなら、背に腹はかえられないのだ。
大丈夫だ、これは悪戯するときに騙して相手を連れ出すようなもんだ。どんなみっともない嘘だって相手にばれなきゃいい。
「いい加減にしてもらいましょうか。ばかばかしいことをおっしゃるもんじゃない」
「なあ、あんたが気にしてるのは何だい?子どもが犯罪にかかわること……なんておっしゃらないでくれよ。
シリウスは急いで男の目の前にまわりこんだ。こいつを説得できるかどうかで、自分の未来が変わってしまうかもしれないのだ。絶対にあきらめるわけにはいかなかった。
「おれはべつに闇祓いじゃない。誰か捕まえに来たように見える?ちょっと仕事を見学しに来ただけだろ。
──ああ、わかった。お母上になにか言いつけられるとでも思ってる?見られちゃやばいことでもあるのかな。みんな昼寝でもしてるのか?それともなんだ、1匹や2匹くらい『つまみ食い』でもしてるのかな」
シリウスはつま先に力をこめて、精いっぱい背を高くして男の目を見上げた。自信満々の顔をくずさないように笑んでみせながら。
「おれは何もしゃべらない。なーんて言っても信用してもらえないよな。
──じゃあさ、こっちもここだけの話だ。あんたもわかってる通り、おれがここにいるのは母親に言われたからじゃない。『別さ』。おれはここにいないし、あんたは誰もつれて行かないんだ。なにせここに子どもなんていないんだからな」
シリウスは声をひそめて1つ、うそを認めた。お互いに秘密を握りあった方が、一方だけが秘密を抱えこむよりも納得してもらいやすいのは、子どもでも大人でも同じだ。片方だけの秘密というのは弱みだが、お互いの秘密なら共犯になれる。
その代わり、母親以外の誰かに言われたかのように振る舞うのは忘れない。シリウスは冷や汗をかきながらも自分の焦りを読み取らせないよう。相手の目をじっと見た。
「……話は聞いてんだ、どんな風にウチが協力してるのかってな。場所も大体わかってる。案内だけ頼みたいだけだ」
男はしばらく黙ってシリウスの顔を眺めていた。頭のなかでそろばんをはじいているのかもしれない。
「どうもぼっちゃんはこういう時の『もの』の頼み方をご存じないようだ」
へっ、と鼻で笑うような態度に、シリウスは腹のなかに怒りの炎が燃えあがる感じがした。
「おれをバカにするな……!」
奥歯を噛みしめるようにして、男をねめつける。屈辱感を拭うことができず、あふれ出たもので顔がゆがんだ感じがする。
(お前も絶対に捕まえてやるからな)
「いえいえいえ。めっそうもない。ガイドをお雇いになったことがないようで。なんの見返りもなく手足のように動くものはこの世におりませんのです」
「へえ……。おれの覚えが良くなる、っていうのは見返りじゃないって?」
「お貴族様ならそれでお引き受けするのでしょうがねえ。お貴族様の付きあいといえばそれはもう、末長くおなりでしょうとも。貸し借りを繰り返しなさることができる。
しかしそりゃいわゆる"出世払い"ってやつでして。このちょっとした"仕事"のごほうびを10年20年、ぼっちゃまがえらくなる時まで待てとおっしゃるのは気が長すぎだ」
「ああ、ああ。あんたの言いたいことはわかったとも。あんたは何も見てないし誰も案内してない、だからこのくらいだ」
シリウスはポケットから金貨を1枚取り出した。「受け取ったら成立な」
「これじゃあ到底足りませんや」
「これでダメならいいんだぜ、別に頼むさ」
道案内だけで金貨1枚だなんてむしろ高すぎるくらいだ。貴族は大金を扱うので金銭感覚がマヒしがちだったが、さすがに"教育"で下々の仕事がどのくらいの金額なのかを教え込まれている。
ここで『でたらめな場所に連れていかれるかも』とまではシリウスは考えなかった。それなりの金を払っているというだけではない。
今だって2人を遠巻きにして、黒いローブを身にまとった者が何人もこの交渉の行方を見物しているからだ。
シリウスがブラック家の人間だとあからさまに周囲に知れ渡っているのに、あえて誘拐や死なせる場所に連れて行くのはデメリットが大きすぎるはずだ。そんなことになれば、ブラック家の総力を挙げてこの男を探し出すだろう。
そういう時に、必ずこのやり取りの目撃者が手を上げる。『これこれこういう男がおぼっちゃんを連れていました』と。なにせブラック家はノクターン横丁のお得意様なのだから。
そうなるくらいなら、ここで金貨1枚を受け取りきちんと仕事をした方がいい。それでもシリウスが勝手な行動をとって危険な目に遭うのは、シリウスの自由である。
「へへ……。まいどあり。ですが行きの道案内だけだ。到着までは請け負うが、それ以上は知りません。ご自分の身は自分で守っていただきましょう」
*
(まずったな……)
シリウスはたらりと冷や汗を垂らした。
目の前では、先ほどまで自分を案内してきた"ガイド"が、"商品"を見張る役らしき魔法使いに、シリウスを連れてきたことを報告している。
「……とおっしゃるのでお連れしまして。ええ、こちらとしても散々止めたのですがね?それでもきちんとカネで雇われた以上は仕事ですんで。後のことはよろしくやっといてもらえれば」
「はこぶやつが来るまでだれもなかに入れちゃダメなんだぞ。つれてきたって」
見張りはどこか間延びしたしゃべり方だ。
3人がいるのは、大量にならんだ倉庫街の一角である。横丁の奥も奥、少し小高くなった川沿い側のはずれの方に位置していた。
かつて大規模な輸送が難しかった時代には河川のあちこちに拠点が作られていて、そのなかの1つなのだという。
案内された倉庫の前には粗末な木のいすが設置されていて、見張りはそこに座っていた。
周囲に人影がないのはありがたいが、シリウスの考えていたプランは使えそうにない。
(こっちは証拠さえ取れればそれでいいってのに!)
シリウスの頭のなかでは案内人はすぐに帰るはずだったし、見張りが後ろを向いたところに適当になにか呪文を打ちこんでやるつもりだった。
簡単なやつだ。大人の魔法使いを正面きってはったおせると思うほど、シリウスはうぬぼれ屋ではない。なにせまだ本格的に学校で学び始める前なのだ。使える呪文だって限られている。
「おいおい、このガキも"ブラック"だぜ?ここの大家だってわかってんのか?邪険にしてもいいことなんてねえ。いいじゃねえか、子どもに何ができるってんだ」
「なかに入れていいのは"ブラック"なんてやつじゃねえぞ。"キム"だ。お前こそかってなことしやがって。ほかのやつにはだまっててやるから金をよこせ。それでとっとと失せろ」
正しいことを言っているのは見張りの方なのだが、そいつのしゃべり方はやけに鈍重であたまの回転がそんなによくなさそうだった。それを見て取ったのか、"ガイド"も丁寧なしゃべり方を早々にやめていた。
「バカかお前は。
なあおい、ちょっと考えてみろよ。おれが今すごすご帰ったとしたらどうなると思う?"ブラック"に逆らってこれから次の仕事がもらえるなんて頭お花畑じゃねえだろ、お前だって。
中身を運ぶのは"キム"とかいうやつなんだろうが、この建物は"ブラック"のもんだ。お前に命令を出してるやつと"ブラック"がつながってんだよ。それを知ってるからこの坊っちゃんが来たんだろ?」
"ガイド"がシリウスの都合のいいよう勝手に言いくるめているので、あとひと押しといったところだ。
「おお、そうか……。だったらもう行っていいぞ。ぼっちゃんになかを見せればいいんだろ」
「だからバカってんだ。おれはお前が逆らうつもりだってチクってやってもいいんだぜ。お前が叱られるのを止めてやってんだからお前が金をよこせ。アドバイス料だ」
「ああ、それもそうだな。ありがとう。だったらもってけ」
見張りがポケットに手を突っ込んだのが見えた。
(こいつ、だまされてる……!)
"ガイド"の方こそ命令違反をさせようとしているのだから、金を払うべきなのに。
とはいえ、これほどバカならば証拠は思ったより簡単にとれるかもしれない。
(……でも、今すぐっていうのは無理だな)
見張りらしき魔法使いは、会話のあいだも、"ガイド"の背を油断なく見送っていたときも、しっかりと杖を手に握ったままだった。
(──真面目か!)
これでは首尾よく杖を構えられたとしてもすぐに気づかれてしまうし、すぐに反撃を喰らって終わりだ。速さで撃ち負ける。
シリウスは目の前の見張りの男にばれないように、袖のなかに隠したままの杖の感触を確かめた。
どうやって抜くべきだろう。あまり警戒されずに。
見張りは倉庫の『かんぬき』に杖先を向けた。重そうな金属でできていて、シリウスの腕力では持ち上げられなさそうだ。
魔法で浮いたかんぬきを引き抜いている見張りは、横目でシリウスの動きを見逃さないようにしていた。
(くそ……!)
これでは仕掛けられない。
「さあ、じぶんであけてもらおうか、おぼっちゃん?……イヤそうな顔をして。それともあれかい、おきぞく様は『おたま』より重たいものをもったことがないってやつ」
「『スプーンより重たいものを』って言いたいのか?
そんなんじゃない。やけにばっちいと思っただけだ」
シリウスはかんぬきと同じ金属の、重そうな扉に手をのばした。
すると、その脇から男も、シリウスのローブの方へ指をのばす。
しまった、とミスに気付いた時にはもう遅かった。
見張りが、隠して吊っていたベルトをいとも
ベルトの先についていたものが『がちゃり』と音を立てて地面に落ちた。とどめというのか、かんぬきで上から押しつぶされる。
跡にのこったのは、ガラスや金属の破片と、押しつぶされた小さな箱のようなものだった。
「何するんだよ!」
「なかはカメラはダメだ」
それが魔法のカメラだとすぐにばれてしまったらしい。
シリウスは冷や汗を垂らしながらも、素知らぬ顔で抗議した。
「これはおれのじゃない、ちょっと借りてきたんだ!どうしてくれるんだよ」
あえてきつい言い方を選んだ。『証拠を手に入れに来た』と悟られたかもしれないのを、誤魔化すためだ。
男は力づくでベルトを千切り取ったのではない。魔法のちからを感じたので、いわゆる『杖なし魔法』というやつを使ったようなのだ。
バカっぽいしゃべり方とは裏腹に、実力は確かなようだった。
ますます急襲は難しい。
(だったらちょっとやり方を変えて……)
「あー、そうだよな、カメラはさすがにダメだよな。──ちょっとお前を試したんだよ、うん。
さすが見張り役なだけあるな、いい仕事するじゃないか」
不審に思われないようにシリウスがおだててみると、見張りは「えへへへへえ」と照れたように笑った。感触は悪くない。
扉を押し開けると、なかはシンプルな空間だった。
まるで、バカでかい土地を区切るために、道路の上に壁と天井が載っかっているだけに見える。
奥には水槽のような、透明でつるっとした板でかこまれた四角い
それはいい。予想通りだ。
だが、ひと際目を引くものが檻の1つにあって、シリウスはにわかに自分の身体が震えだすのを抑えなければならなかった。
「あー……、博識な見張りさんにお聞きしたいんだが……。その檻の中身って……『人間じゃないか』?」
人型の魔法生物がいるというのはシリウスも数多く知っていた。別段人外の特徴が目立たない、ほとんど人間みたいな生き物もいることも。
だがその檻に入っている生き物は5匹……5人?くらいで、シリウスの姿を見るや、一斉に助けを求めるような声をあげていた。やけにか細い声をあげるその生き物は、女性や子供の姿をしている。
「こいつらは、まほうせいぶつだ。にんげんに似てるだけだ」
「でも
「しゃべる生きものもいる」
おそらくこの男は本心から『檻の中身は人間じゃない』と考えているようだった。バカだからよくわかっていないのかもしれない。
ただの魔法生物がローブを着るか?泣いて檻をたたくのか?
「でもさ、杖なし呪文とか使えるんじゃ?」
さすがに、彼らの檻に近寄りたくはない。自分に向けられる目には恨みのようなものがこもっている気がしたからだ。
シリウスはこんなところまで入り込める立場なのだし、見た目からして金を持っている側である。上質な服につややかな黒髪、整った顔立ち。
シリウスが自分を捕まえた黒幕に属するのだと理解できないはずがない。
苦々しいものが口に広がっていくような気がして、視線をそらすしかなかった。
「『おり』にはな。下にしかけがある。だからこいつらは、おそってこない」
「……下?ああ、檻の床か。これ、なんだ?」
「まほうの力が弱くなる」
「へェー。運ぶのには問題ないのか?外からの魔法が効かないなんてことは……」
会話をつなぎながら、シリウスは腹の中に熱く荒れくるうものを
こんなことが許されてたまるか。
自分とこれから売られていく子どもでなにが違うというのだろう。生まれ落ちたところが違っただけで、こんな扱いを受けるなんてひどすぎる。
もしかしたら、戦争で行方不明になった人たちだってこうやって売られてしまったのかもしれない。だとしたら友だちだった子どもだって、いつこんな目に遭わされるかもしれないのだ。
──こいつらはぜったいに捕まえてやる。
「はこべないようにするわけないだろ。外からは効く。バカいっちゃいけないぞ、おぼっちゃん」
「今おれのこと馬鹿っていったか?」
反射的に怒りを向けそうになって、シリウスは袖(そで)に引っ込めたこぶしを握りしめた。
こいつの機嫌を損ねたって何になる。
それでも腹の虫は収まってはくれない。シリウスはさらに奥歯を噛みしめ、その表情を見せないように男から顔をそむけた。
──落ち着け。バカにバカって言われて怒るなんて、それこそバカな行動だ。こいつにうまく仕掛けてやったときにひと言くれてやる。いまは我慢だ。
「きくことがねえならもう閉めるぞ」
「ああ、ちょっと待ってくれ。あー……、ええと、そうだ。外だとちょっと……話しづらいからな。
あんたは『超優秀』っぽいから聞きたいんだけど、運びだす時間まであんた一人なのか?あと何時間くらい?
あー、もちろん一人でも簡単にやりとげるんだろうけどさ」
「んふっ。ひとりでまってるだけだ。じかんは知らねえ」
「でも、外のやつらが……あー、ミスするとかでさ?予定ってやつは変わることがあるだろ。いくらあんたが完ぺきに仕事してても。そういう時はどうするんだよ?」
「そういうのは、だれにも言っちゃダメだ」
そう答えながらも、見張りの男はそわそわとローブのあちこちを探るように手を動かした。
それなりに油断していそうだが、あいかわらず杖はしっかりと握ったままだった。呪文で撃ち勝てないからと力づくでいくのも無理そうだ。男は大柄で肉づきがマシュマロくらいによかった。
やがて、男はその身に着けていたのを思い出したのか、胸元にピンバッジのようなものをはじいた。するとピンバッジから無機質な声が『20時PM・引き取り』と告げた。
(これで連絡を取り合っているんだ!)
バッジは子ども用のクレヨンくらいの細長いサイズで、青の背景に白い文字で"SPCM"と書かれていた(シリウスは詳しくなかったが、正式名称は"The Society for the Prevention of Cruelty to Magic-animals",魔法動物虐待防止団体を示す略称だ)。
このバッジをどうにかして手に入れよう。これを証拠に闇祓いにきてもらう……、いや、ダメだ。どこからか両親に話が伝わってしまってはまずい。
もっと確実なのは"不死鳥の騎士団"を頼ることだろう。ブラック家とは敵対しているのだから。彼らならば捕まえてくれるはずだ。
問題は、この男からどう奪うかである。
「あー、やっぱ大人の魔法使いっていうのは違うな。すごいものを作るもんだ。ちょっと見せてくれよ」
「ダメだ。おもちゃじゃねえ」
「じゃあさ、そのバッジに連絡してくるやつにはどうやって話せる?お前のことをきちんと言っといてやるよ。仕事熱心で……あー、能力のあるやつだってさ」
「おお……?そうか。……いや、やっぱりダメだ。おれから知らせることはできねえ」
「どうして」
「これは向こうからしか変えられねえ。だれのめいれいかもおれは知らねえ」
これもダメか、とシリウスはなにかいいアイデアが浮かばないかと頭をめぐらせた。
仲間に入れろという?でも、子どもにはやらせないだろう。
……いや、こいつはバカだから言いくるめてなんとか仲間にはなれるかもしれない。でもそのあと逃げおおせるだろうか。
横丁の入り口までの間で足がつきそうだ。これは無し。
(あとは同じようなバッジをつくる……のも無理そうだな)
双子の呪文ならば複製できるかもしれないが、シリウスには使えない。
「ちょっと話したいことを整理するから、待ってくれ」
時間かせぎをしながらシリウスが頭を痛めていると、見張りの方から話しかけてきた。
「ぼっちゃんはいやじゃねえのか、こんなところまで来て」
「おれが……なにをいやがってるって?ウチの仕事か?それともこの物騒な横丁?」
見張りはいかつくて大きな顔に似合わず、かわいそうなものを見るような目をしていた。
「おまえもいつか、こうやっておれにめいれいするようになるんかな」
「おれだって別に……命令したいとか思ってるわけじゃない。
でも、もしも命令するようになったんだとしたら、どうせだったらもっと楽しいことをしたいよな。こんなつまらない見張りじゃなくてさ。
──こういうのはどうだ、横丁でいたずらグッズを買いしめて、えらそうに命令してくる連中に片っ端から試してみるんだ。それをみんなで鑑賞して愉しむ。なにかおやつでもつまみながらさ。あんただって気に食わないやつくらいいるだろ」
「おれはつまらねェ『しかえし』じゃなくてもっと楽しいことがいい。決闘トーナメントなんてどうだ。くだらねえルールがねえやつ」
「ルールなし?杖での決闘で?あー……。
それさ、みんながみんな死の呪文とか磔(はりつけ)とか使うんじゃないか?同じのばっかりなのはつまらなさそうだ。
もうちょっと観てて楽しいのがいいな。魔法生物との決闘とか。ドラゴンとか」
「それはたのしそうだな」
「だろ?やる方も見てる方も楽しいほうがいい。──そうだ、なにかいい呪文教えてくれよ」
シリウスは袖の中に隠した杖を、そうとはわからないよう懐から取り出したように見せかけた。バレてはいなさそうだ。
でも、すぐにぶっ放せそうな呪文は覚えていない。もうひと工夫が要りそうだ。
「帰るときが物騒だろ。ガイドもいないし。使えそうな呪文を教えるんだったらいいだろ?なにか使って見せてくれよ、なあ。いろいろ……知ってるだろ?使えそうな呪文」
見張りの男は照れたように首の後ろを掻いた。
「べんりなのは"アクシオ(来い)"だな。とおくのものを取るのがラクチンだ」
「こうか?」
シリウスは大人しく教えを乞うふりを続けた。見張りは杖を振るのを見ても『やめろ』とは言わない。──これならいける。
檻を浮かせるように杖を振るが、重さがあるからかカタカタ音を立てるだけだった。
「むずかしい呪文だな。うまく持ち上がらない」
「とおくにある方がむずかしくなる」
「アクシオ──杖よ来い!」
「それはダメだ」
「ジョークだよ、ジョーク」
さすがに男から杖を奪い取るとはいかなかった。警戒されてはたまらないので、軽い調子でやめておく。
完璧に奪うつもりだったのに。
「……もうちょっと子ども向けってのはないか?相手を動けなくするような」
「"ストゥーピファイ(失神せよ)"は?」
「もう一声」
「"ペトリフィカス・トタルス(石になれ)"だ」
見張りの男が杖を振るのを、シリウスは真似た。
「ペトリフィカス・トタルス──石になれ!」
狙いたがわず、シリウスの杖先から白っぽい光が走った。杖先にいた見張りの男にあたるように。
いくら大人でもまともに呪いを喰らっては動けない。全身が金縛りで石のようになる魔法なら反対呪文も唱えられない。
見張りは全身をこわばらせるようにして、バタンと後ろ向きに倒れた。
「お前はバカだけどいいやつだな。あとで返してやるよ」
シリウスは男の杖とバッジを取りあげ、その場から駆けだした。
キッズ向けの映画のイメージで書いてます。ホーム・アローンみたいな。