セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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そろそろ書き溜めがつきてきました。いつから週1更新にして書き溜めに入るかを迷い中。

2025年8月31日 全体的に修正済み


≪光≫リリーの大冒険3rdシリウス・ブラックとダイアゴン横丁 4 (修正済み)

 

 

 

 

「サンザシの木とハルピュイアの冠羽を芯とした、大胆な杖。長さは35センチ(13と4分の3インチ)

 

 やけにくっきりと聞こえる説明に、クラリスはその手に握った杖を見やった。

 少し大き目で取りまわしが難しそうだが、触れているとほのかに温かく、やけに安心感がある。

 

 膨大な杖が積みあがった、"オリバンダーの杖"店でのことだった。

 そこに立っているのはクラリスと、カウンターデスクをさしはさんだオリバンダーだけだ。立ち寄った時からずっと()いている。

 

 杖の店は、ガラスドアや窓からの見た目は小さな靴屋のようだった。左側の壁は一面すべてが棚になっていて、そこに様々なラベル付きの小箱が積み上げられ、すきまなく詰め込まれている。その前には階段が据え付けられていて、2階に上がれるようだった。

 カウンターの裏にも倉庫らしき場所があって、自転車が停められるくらいの面積に、同じように小箱が天井まで積みあがっていた。靴屋と違うのは、小箱が腕時計か万年筆、あるいは指揮棒が入っていそうなサイズだということだった。要するに箱のすべてが"杖"だった。

 

 オリバンダーという老人は先ほどまで、店のあちこちにジェンガのように積みあがっている小箱から1本を抜き出しては、杖を取りだして振ってみるようクラリスに言ってきた。

 それを何度も何度もくりかえして、ようやく"これだ"というものに出会ったのだ。その時温かいものの腕に抱かれたような感覚がして、"やっと出会えた"とクラリスは感慨深くすらなった。

 

 いちど相棒と定めた杖は、よほどのことがない限り買い替えるものではない。そのため、毎年買い足す必要のある本などに比べると客足は遠くなりがちなのだという。

 引率のマクゴナガル先生がそう説明したので、3人はまず杖店に向かったのだ。

 

『じっくりと杖と対面できた方がいい』という杖職人のオリバンダー老のアドバイスに従い、1人ずつ店に入って選んでもらうことになった。

 店がまあまあ狭かったというのもあるし、誰か人がいると落ち着けないからだ。そのため、友だち2人と先生はいま、クラリスが杖を選び終えるのを外で待っている。

 

 クラリスは3人のうち、一番最後だった。

 

「サンザシの木は強くてしなやか、愛するものを全力で守る。だが芯は慈愛にも残酷にも矛盾なくよりそう。たいへん珍しい杖です」

 

 ハルピュイアの歌はどんなジャンルであっても効果を及ぼすから、芯にしたら慈愛でも残酷でもそれ以外でも、なんでも当てはまるのかもしれない。だが、クラリスはわざわざそんなことを説明する気にはならなかった。

 

「ありがとうございました」

 クラリスはその後も説明を聞いてから、最後にあたまを下げて店から出た。

 

 

 

 

「──遅くなってすみません」

 

 クラリスが店の前に出ると、先生が「いいえ」とほほ笑みかけてきた。

「なかなか見つからないのは珍しいことではありません。何より自分にぴったりのものを選ぶのが大切ですからね」

 

 クラリスの杖が決まるまで20本くらいは試しただろうか。どうにもハルピュイアの血というのはほかの魔法生物との相性があまり良くないのかもしれない。あるいは『良すぎる』のか。どの芯もやたらと"強く"クラリスの魔法を引き出すように感じられた。

 

「それに、あなたが店に入ってから2人とも杖の呪文を試していたのですよ」

 

 大人の魔法使いが引率についているので、子どもが思いきり魔法を使っても大丈夫のようだった。

 

 店の前は横丁の大通りに面していて、夏季休暇中の人ごみにあふれていた。"ダイアゴン横丁"と呼ばれたそこは、両脇に様々な店のガラス張りのショーケースが並ぶ小道だった。そこだけを切り取ると休日で人の出入りがはげしいただの繁華街に見える。

 

 行き交う人々がみな、ずいぶんと『歴史っぽい』見た目をしていなければ。

 そのなかでクラリスと同じくらいか、それよりも大きな子どもを連れた人たちが何人も通りすがってゆく。杖店の前でなければ、クラリスを待っている3人は通行人の邪魔になっただろう。

 

リズ(クラリス)!見て、セブ(セブルス)ったらすごいのよ」

「サーペンソーティア──蛇出でよ」

 

 セブルスが杖を振ると、小さな蛇が3匹、地面から生えるように立ち上がった。新品の鉛筆よりも体長が短く、まだ子どもなのかそういう種類なのかは判然としない。

 

 ついさっき購入したとは思えない習熟具合なのは、クラリスの家で振り方だけ練習していたからだ。杖はなくても種類と振り方は古い教科書を読めばわかる。それでもすぐに使えるというのは、呪文(チャーム)へのセンスがあるからかもしれない。

 

 余談だが、セブルスはやたら闇の魔術にくわしかった。『それどこで使うの?』というレベルで基礎知識から実用まで、どうやら母親に教わっていたらしい。

 クラリスが本で読んだ記憶にもなかったので『魔法界でもあんまり使われない魔法みたいよ。ウチに変な効果が残ったらいやだから使わないで』と伝えた。呪詛には長期間にわたって効果を残すものもたくさんあったし、闇の魔術とされるものには反対呪文がない。つまり呪文で起こった変化を取り消すのも一苦労なのである。

 

 クラリスの家になにかあったら、そこに朝から夕方まで入り浸っているセブルスだって困る。だから彼はクラリスの家にいるあいだは一切闇の魔術に関することはしなかった。試しうちのようなことさえ。

 

 やったことがあるとすれば、聞いてきた話をクラリスにすることくらいだ。説明がわかりやすかったので、クラリスも実はとっても興味深くその内容を聞いていた。

 

 そのため昨年の夏からこっち、日中のセブルスは主に"食べ物を手に入れる"ための労働と、『よく使われる魔法』について知識を(たくわ)えたり練習したりしていた。クラリスが友だちでなかった場合は、日中ひとりでいるあいだ、闇の魔術で遊ぶくらいしかできなかったかもしれない。

 

 クラリスがそんなことを考えていると、蛇の1匹が足元に()い寄ってきた。

 短くて口も小さそうだが、噛まれたらたまったものじゃない。

 

 クラリスは蛇のしっぽをつかみ上げ、頭を下にするように吊るした。テレビで見たやり方だ。蛇は怒った様子で身をくねらせていたが、重力に逆らってクラリスの指にかみつくのは難しかったらしい。しばらくうごめいてから大人しくなった。

 

「本当にすごいわね。何もないところから生きてる蛇が出てくるなんて」

リズ(クラリス)もすごいわ!そんなに簡単に捕まえちゃうなんて。ええと、……こうかしら!」

 

 リリーはクラリスをまねて蛇をつかみ上げて見せた。リリーの豪胆さは相変わらずだ。さすがのセブルスでもこんな往来で毒ヘビは出していないだろうから、心配は要らないだろう。

 

「フィニート・インカンターテム──呪文よ終われ」

 クラリスが手に入れたばかりの杖を振ると、クラリスの手の中にいた1匹を含めて、3匹がすべて消えた。

 

 この蛇は死んだのだろうか?それともロボットみたいな仮初(かりそめ)の命であって、そもそも生きていないのだろうか?『遠方から呼びだしただけで元いた場所に帰った』ということもありうる。

 詳しく考えていると罪深いことをしてしまった気になってくるので、クラリスは考えるのをやめることにした。

 

「そうだ、さっきセブに教えてもらったのよ。ハービフォース──花になれ!」

 リリーがすり減った石畳から小石を拾い上げて魔法をかけると、手元の石が花に変わった。

 

「百合(Lily)の花……。自分でどんな花にするか決められるの?」

「イメージをきちんとするのが大切なんですって。──どうぞ、お姫様」

 

 リリーは両足をそろえて少し気取った風にクラリスへ花を差し出した。

 女の子なのに、つい胸がどきどきしてしまう。それを隠すように、クラリスはリリーの緑の目をじいっと見つめ返した。

 

「リリーって本当……王子様みたい。私、あなたが男の子だったらとっくに結婚を申し込んでいたわね」

「女の子じゃダメ?」

「ごめんなさい。たとえあなたがオードリー・ヘプバーンでも無理だわ」

 

「本気の断り方!もちろん冗談よ。……セブ、冗談だからそんな顔しないで」

「……どんな顔をしてた?」

「わたしに闇の魔術をかけそうな顔をしてた」

 リリーの代わりにクラリスが答えると、リリーはくすくすと笑った。

 彼女は冗談だと思ったのだろうが、クラリスは本気で『闇の魔術をかけられそう』と考えていた。セブルスならやりかねない。やろうと思えばたぶんできるだろうし。

 

「こう?ハービフォース──花になれ」

 クラリスも試しに杖を振ってみた。ポップコーンがはじけるような小さな音とともに、まわりに落ちていた小石がいくつか花に変わった。そのうちの1本を引き抜いてしげしげと観察してみる。

 

「うーん。トゲなしのバラだったらリリーにプレゼントしたのに。そういう品種改良でまだ生まれていないような花って、変身させられないものなんですか?」

 クラリスは3人のやり取りを見守っていたマクゴナガル先生を見上げて尋ねた。

 

「つまり……かけ合わせの新種ということですね。もっと熟練してゆけばできるようになりますが、かなりの腕が必要ですよ。身体の一部だけを変化させるようなものですからね。

──さあ、そろそろ次に向かいましょうか。さあ、杖をしまって。歩きながらは危険ですよ」

 

 3人とも大人しくホルダーに杖をしまい、先生の指示にしたがって移動しはじめた。

 

 用がある店のうち、最寄りだったのは"マダム・マルキンの洋装店"だった。制服の仕立てである。しかし店の周辺には様々な背丈の子どもたちの姿が集まっていた。

「制服は毎年、(そで)(すそ)の直しがありますし、どうしても1人あたりにかかる時間も長くなってしまうのですよ。

 先にほかのものを用意しましょう。3人とも、こちらへ」

 

 横丁にはさまざまな店が連座していた。軒先に売り物をいくつも並べている店もある。ショーウィンドウの中身は枯れたようにかさかさの植物だとか、肖像画を入れる枠だとか、巻いてある布の反物(たんもの)だとか、積みあがった大鍋だとか──3人にはまだよくわからないものが多かった。

 

 道中で、リリーが「あれを見て!」と店の1つを指さした。

 

「ふくろうだわ!ペットで飼ってる人は連れて行っていいって書いてあったわよね、リストの最後の方に」

 軒先に並べられた大小さまざまなかごの中には1匹ずつ、色々な羽の色や形の種類が入れられているようだった。

 

(フクロウだけの専門店があるのね)

 ペットショップなんて地元(スピナーズ・エンド)にはない。だから生き物を売っている店を目撃したところから驚きだった。

 

 マグルだと鳥はペットとしてメジャーな方だと聞いたことはある。でも犬猫の方が取り扱いが多いらしい。ましてやフクロウなどの大型の鳥を飼えるなんて、ひと握りだろう。

 魔法族は郵便を配達するのに使うので、飼う人が多いのかもしれなかった。

 

「リリーは飼う予定なのか?」とセブルスが尋ねた。

 

 彼はもちろん、クラリスもペットを飼うだけの余裕はない。自分のものすらままならないのだから。

 短命なカエルやネズミでは毎年買いなおしになってしまうし、費用がかかる。それに、クラリスはエサにするための虫に触りたくなかった。

 かといって長命のものは高額なのでやっぱり費用がかかるし、一度飼うと手放すわけにもいかないのだ。

 

 リリーは円筒型のかごに入った、白いフクロウに見入っていた。

「ママは、持ってきた分で足りれば買っていいって。魔女用のはいくらで売ってるのかわからないから……」

「それでは制服の後に戻って来ましょう。さ、鍋や文房具を買うのが先ですよ」

 

 そんな風に、3人が道すがらに様々な売り物をながめ、色とりどりのローブが着せられたマネキンのショーウィンドウから、箒の店の前に差しかかった時だった。

 

「──先生!あんた、ホグワーツの先生だろ!」

 人ごみをかき分けるようにして、一人の男の子が先生の緑のローブの前に飛び出してきたのは。

 

 

 

 

 

 

 倉庫を脱出してすぐ、シリウスは全速力でノクターン横丁を駆け抜けた。

 

 横丁でうろついている誰がブラック家の情報を聞いていて、誰が今回の"仕事"の取引に関係するのかわかったものじゃない。

 通り抜けようとしているのは暗くて狭いレンガづくりの通路だった。人ひとりとすれ違えるくらいが精いっぱいな狭さで、裏路地と呼ぶのにぴったりだ。

 

「グリセオ──滑らせよ!」

 もうとっくに息なんか切れているが、決して止まるわけにはいかない。少し先の地面に呪文をかけ、靴底ですべるようにして距離をかせいでゆく。

 

 道をふさぐように連れ立っている人影が、急につるつるになった地面に転んでしまうのを、シリウスは無理やりすり抜けた。

「ちょっとごめんよ!」

 

 マグル的に表現するとアイススケートの要領で、バランスをとったままスピードを保つ。

 地面のどこからどこまで呪文が効いているのか、次はどこを狙って呪文をかければいいのか。それらを感覚でつかんで滑り続けていく。

 

 こちとら両親(大人の魔女)やら妖精を、幾度となく()こうと奮闘してきたのだ。帰りの方向だって迷ったりしない。

 

 石畳の上に落ちた生ごみらしきものや注射針、黒っぽいシミがついた手袋みたいな布なんかも飛び越して避けていった。

 途中、「おい!」と後ろから鋭い声をかけてきた者がいた気もしたが、シリウスはとにかく無視して先を急いだ。見張りの男が追いかけてくるようならまずい。

 

 振り返っている間に追いつかれてしまうのではないかと不安で、とにかく急いで足を前に出すことばかり意識していた。

 

 息せき切って、ようやくシリウスは日当たりのよい大通りへと飛びこむことが出来た。大勢の家族づれの目立つ人ごみ、その流れに紛れこむように。

 

"ダイアゴン横丁"だ。

 

(……逃げ切った)

 

 途端にどっと背中に重しがのったように、震えだした足から力が抜けてきた。

 心臓はばくばくと暴れまわっている。懸命に手足を動かしたからというだけでなく、自分がどれほど危険なことをしたかに気づいて、冷や汗をかいているみたいに。

 

 死喰い人(デスイーター)そのものじゃなくても、その協力者に喧嘩を売るまねをした。捕まっていたら痛い目に遭わされても不思議ではなかった。見張りはバカだったが、彼らは本物の犯罪者なのだ。

 

 シリウスは自分が逃げてきた横丁の入り口をちらりと振り返った。

 

 今のところ追ってきている姿はない。それでも『急がないと』と頭の奥でもう一人の自分が急かしてくるかのようだった。

 足をなんとかして引きずりながら、大通りのあちらこちらに目をやって騎士団関係者らしき人の顔を探す。証拠が手に入ったのだから、手渡すまでは終わりじゃない。

 

 夏季休暇中だけあって、通りには家族連れの姿が目立った。もう8月に入っているのだから、休暇を存分に堪能してから新学期に向けて準備に入ったのだろう。

 おかげでシリウスがうろついていても目立たずに済んだ。……はずだ。向かい側から通り過ぎる人はじろじろとシリウスの顔を見ている。顔面に恵まれているせいで注目を集めてしまうのは仕方のないことだったが、追われている最中では勘弁してほしかった。

 

(誰か……、誰かいないのか?)

 

 シリウスには騎士団のメンバーに心当たりがある。

 教育を受けていたからだ。「不死鳥の騎士団は、死喰い人を後援するブラック家の敵となりうる相手だから、警戒しろ』と。

 ブラック家に(敵対したいとまでとは言わないが)協力したくないシリウスにとっては、騎士団は敵の敵というわけだ。

 

 頼るべきなのは、魔法省や闇祓い、そしてダンブルドアの傘下である人たち。

 横丁でなく魔法省やホグワーツに訴えでる案もあったが、かえって休暇で不在な気がする。

 この時期ならばこの通りを出歩いていても不思議ではない。全て運を天に任せてはいるが、勝機はあるはずだ。

 

 しかし、もしも運悪くダイアゴン横丁で出会えなかった場合はどうすべきだろう。

 

 ジェームズの家に逃げこむか?いや、ジェームズの両親が騎士団メンバーとまでは聞いたことがない。もし違ったら迷惑をかけてしまう。

 だったら最後に頼れるのはホグワーツだろう。その方がきっと安全だ。無断侵入でもしてしまえば、さすがに校長先生には連絡がいくだろうし。

 

(──いた!)

 

 通りの向こうに、ダンブルドアが深い信頼を置いているという女性教授の姿を見つけた。『騎士団メンバーだ』とブラック家で聞いたことがあるわけじゃないが、可能性は高いらしい。なにせ副校長だ。

 二十年は軽く超えるベテランの先生で、それゆえに『敵なのではないか』とされている。全身を緑色でコーディネートしている人だった。

 

「──先生!あんた、ホグワーツの先生だろ!マクゴナガル先生!」

 

 彼女の前にシリウスが進み出た時には、あまりに走りまわり過ぎてひざが笑っていた。

 安堵感が胸に広がって今にもへたり込んでしまいそうだったが、事情も伝えずにぶっ倒れるわけにもいかない。

 

 なんとか呼吸を整えて背すじを伸ばしたときに、ようやく先生が子どもの引率中だったことに気がついた。

「あー……その。買い物の引率中みたいですが、急ぎなんです。どうしても先にしてもらわないと」

 

「──あなたはシリウス・ブラックで間違いないですね?」

 先生は静かな声でシリウスに問いかけた。

 シリウスが彼女を知っていたように、彼女もシリウスを知っていたのだろう──死喰い人(デスイーター)関係者として。『騎士団の敵となりうるかもしれない』存在として。

 

「おれは……」

 シリウスは先生の目を見て、次いで彼女が引率している子どもたちを見た。3人はシリウスとそう年齢が離れていないように見えるし、ローブを着ていない。

 

 何より、”ブラック“という姓を聞いても特になにか反応もなかった。

 マグル生まれ……、いや、魔法族っぽくもマグルっぽくもない髪の色の子がいる。彼女が"ブラック"を知らないのなら"マグル育ち"と考えるべきだろうか。先生が引率するというのは、大抵はマグル生まれかマグル育ちのいずれかだ。

 

(……よかった)

 

 ここで「ブラックなんて信じないで」なんて言われたらショックだ。ここまでやっとたどり着いたのに。

 

「おれはシリウス・ブラックです。でも先生、おれは……。おれは、ブラックなんてやめたいんだ」

「ミスター・ブラック。あなたのお話はきちんと聞きます」先生は優しく語りかけた。

「ですが、3人を放っておくこともできないのはおわかりですね?」

 

「それは……!おれは急いでるんだ、先生!はやくしないと……」

「ミスター・ブラック」先生は厳格な声でぴしゃりと言った。

「あなたのことだけをいつも優先することはできないのですよ。彼らの買い物もたいせつな用事でしょう?」

 

──こっちは未来がかかっているかもしれないのに!

 

 とっさに訴えそうになって、それでもシリウスは口をつぐんだ。

 

 先生はダンブルドア校長の部下だからともかく、まだ敵とも味方とも決まっていない同い年の子どもを巻き込むわけにもいかない。親友(ジェームズ)にすら相談できていないことを、見ず知らずの子にするわけがない。

 これは自分が勝手にはじめた戦いなのだ。

 

 それに、手元の"手がかり"だけじゃきっと犯罪の証拠にするには弱いだろう。『怪しげな取引がある』という証拠でしかない。これから"取引"の現場をおさえてもらわなくちゃいけない。

 まだ連中の"取引"までは時間があるのだから、3人をさっさと帰して先生に相談しよう。そうすべきだ。

 

 シリウスは自分がもと来た方向を見やった。

 わかりやすく怪しげな見かけの人物はいないが、犯罪者なら目立たないようにしないわけがない。この中のどこかに関係者がいてもおかしくないのだ。先ほどまでは安全に思えた人ごみが、興奮が冷めるととたんに不気味なもののように思えた。

 どこかの隙間から杖だけのぞかせて”死の呪文“をズドン!なんてことも、あり得るかもしれない。

 

 先生はシリウスの視線の先を追ってから、そっとシリウスの肩に触れて自分の方に引き寄せた。

「そばにいて、決して離れないように」

 

 シリウスは「はい」と神妙な顔でうなずいた。

 

 

 

 

 

 

「すごく急ぎだったみたいだけど、いいの?」

 引率する先生に並んだシリウスに、不思議な髪色の女の子……クラリスが横合いから話しかけてきた。子ども4人は自己紹介し合った後、いっしょに行動することになったのだ。

 

「いいわけないだろ……おれの方がすごく重要なんだ」

 犯罪者をだました自分がこれからどうなってしまうのかがわからない不安に、シリウスは思わず唇をかんだ。

 

 今ならまだ先生になにも話していないのだから、奪ったものを返せば怒られるだけで済むのかもしれない。"子どものいたずら"でごまかしが利くかもしれない。多少痛い目はみるが、犯罪者に襲われることはないかもしれない。

 一度駆けだした勢いが止まってしまったせいか、そんな弱気な考えばかりが浮かんでくるようになってきた。ジェームズがいっしょなら、そんな風にはならずに済んだのに。

 

(そんな格好の悪いやつでいたくない)

 焦ったりしょげ返ってるなんて自分らしくない。やってしまった以上は上手くいくと信じて進むしかないじゃないか。まだ何の結果も出ていないんだから。

 

 シリウスはぐっと顔をあげて、あえて自信満々という顔を浮かべ、明るい声色をひねり出した。から元気だっていい。

「お前たちが気にすることじゃない。先生のそばにいれば平気なんだ。

 知ってるか、先生はすごい人なんだぞ!変身術のエキスパートで有名なんだ。ホグワーツの先生をずっと長い事やってるし……。

 すごく強いはずなんだ、きっと」

 

 そう。先生に()けるのは、並大抵のひとじゃない。たくさんの、それも魔法を使える生徒をみんな大人しくさせる能力があるのだから。

 クラリスだけじゃなく、自分にも言い聞かせるようにシリウスは説明した。なんとしても弱気の虫を押しとどめたかったからだ。頭の隅の方ではまだ迷う声がする。

 

 もしかしたら、今すぐ煙突飛行粉(フルーパウダー)でホグズミードやホグワーツに駆けこんだ方が安全かもしれない。

 こんな危ないことはやめた方がいいのかもしれない。

 そんな風に。

 

 気にするのを振り切りたくて、シリウスは子ども3人の方を見た。

 

「それよりさ、きみのその髪、星空みたいだ。そういう風に色を変えてるの?」

「いいえ、生まれつきなんだけど……、これって魔法をつかえる人たちにとっても目立つの?」

「まあ……普段からそういう色の子はあんまり見ないけど。いいじゃないか、きれいで。似合ってるよ」

 見た目が整っているシリウスがこんな風に言うと、たいていの女の子は照れるように笑う。

 

 でもクラリスはあいまいな表情のまま、苦笑してみるようにも見えた。彼女も顔がきれいなので言われ慣れているのかもしれない。

「色を変えたりってできない?」

「どうして。人間じゃない血が入ってるから?おれはもったいないと思う」

 

 別にクラリスの気を引きたくて言っているわけじゃない。シリウスは基本、思ったことをそのまま口に出すのである。

 そうしてもいろいろな意味で咎められないからだ。身分という意味でも、見た目という意味でも。

 誰かを騙そうとしたり、恰好つける時は思ってもない適当なことでも言うが。

 

 彼女は今度こそはっきりと苦笑した。

「『ベニスに死す』のタジオみたいな子に言われると、ちょっと恥ずかしいわね」

「ん……?」「マグルの映画に出てきたのよ。あなたは黒髪だけど」

 

 クラリスによると、英国では今年(1971年)3月に公開となった映画らしい。

 要するに『美少年に面と向かって褒められて恥ずかしい』という意味だったようだ。

 

 へえ、とうなずきながらシリウスはあとに続く2人を振り向いた。

 

「3人ともマグル育ちなんだろ?で、入学の準備に来たわけだ。あとの買い物はどれ?」

「杖以外よ。制服は最後」

 リリーが答えた。彼女の赤毛の長い髪が、歩くたびに陽のひかりでつややかに揺れている。

 

 3人とは早く別れないといけない。

 先生とはぐれないように後ろ歩きをしながら、シリウスは3人に提案することにした。

「だったら手分けして買ったらいいだろ」

 

 シリウスは『この子はもっと可愛いなあ』と思いながら、それぞれの道具がどこの店で買えるのかを説明した。『鍋はあそこ、インクとかの細々したものはあそこ、本屋はここを真っすぐ行ったところ』という風に。

 

「1人ずつ店に行って3人分買ってこいよ。そしたら買い物は制服だけだ。お前たちの用事はすぐ終わるし、おれの大事な用件にとりかかれる。4人とも得だろ?」

 実際、これが一番いい手段のはずだとシリウスは考えていた。

 

「本は1人じゃ大変だから手伝ってやるよ」

 

 しかし残り3人の反応はかんばしくない。

 

「……なんでお前が勝手に決めるんだ」

 いちばん不満をあらわにしているのはセブルスだった。眉間にしわを寄せながら真正面からシリウスをにらんでいる。リリーやクラリスは何も言わないが、やはりシリウスの方針を歓迎しないような顔つきをしていた。

 

「なにがいやなんだよ。おれは魔法界育ちだからお前らよりこっちのことを知ってる。しかもこないだ買い物も終わってる。だからどこに何があるかおれの方が詳しいんだよ。なにか文句あるか?」

 焦りからついつい強い言い方での説得となった。そのせいか余計にセブルスの頭にきたらしい。彼の目つきの鋭さが増した。

 

 その様子を見て取ったのか、リリーがとりなすように口をはさむ。

「ねえシリウス。わたしたち、言われた通り魔法使いの世界のことを知らない。この横丁のことだって、まだよくわからないわ。だからできるだけ全部のお店を見てみたいのよ。

 わたしはそうしたいわ。それじゃいけないの?」

 

 シリウスは手の中にある"取引"のバッジを握りしめた。彼らに事情を説明するわけにもいかない。

「そんな悠長なことを言ってる場合じゃない……!危ないかもしれないんだ。おれの言うとおりにするんだ」

 

 次に発言したのはクラリスだ。

「命令すればいいってものじゃないでしょう。危ないってどういうこと?あなたが危ないの?それとも、わたしたち?」

 たしなめるようなしゃべり方だ。シリウスの話をまず聞こうという姿勢のようで、内容によっては譲ってくれるのかもしれない。

 

 それでもシリウスはつっぱねた。入学前のマグル育ちに打ち明けて解決に結びつくとは思えないからだ。

「お前たちには……、関係ない」

 

「だったらぼくらの好きにさせてもらう」

 セブルスの眼光はするどいままだ。あとひと言でもシリウスが『いうことを聞け』と口をきいていたら嫌味の1つや2つは飛んできそうな気がする。『お前はお貴族さまか。なにも言わないくせにぼくらがそうしますなんて従うと思うのか』といった具合に。

 

 とはいえ、すでに『お前のいうことなんてきかない』と宣言されたようなものだ。

(何もわからないくせに……!)

 シリウスは何事か言いたくて口を開いたが、そのなにかを形にする前に話は先に進んでいってしまった。

 

「──じゃあ2人とも。どこから行きたい?」

 クラリスが、シリウスに取りあわないような顔で2人に尋ねたのだ。

 

「うーん……やっぱり本かしら。鍋を持ってたらどんな本があるのか中身をじっくり見られないわ」

「本を買ったあとにほかのものを見るのは大変じゃないか?重いだろう。先に小さいものを買った方がいい」

「それもそうね」

 

 リリーがうなずいたので、今度は先生が4人をうながした。

「それではこちらに向かいましょうか。それでいいですね、ミスター・ブラック?」

 

 先生に信じてもらえるかも解らないのだ。逆らうべきじゃない。

 シリウスは心の内では『くそっ』と歯噛みしながらも、承諾した。

 

「……わかりました」

 

 もしかしたら、事情を先生に打ち明けたら先生の協力が得られるかもしれない。『それは危険ですね、早く3人を帰しましょう』だとか。だからそれまでは我慢だ。

 

(ジェームズがいれば、とっくに2人で抜け出してるのに)

 相棒のいないシリウスは、不満と不安が胸に降り積もってゆくのを耐えるしかなかった。

 

 

 

 




呪文の説明
●サーペンソーティア──蛇出でよ
原作に登場

●フィニート・インカンターテム──呪文よ終われ
原作に登場

●ハービフォース──花になれ
ゲームでのみ登場。対象の髪を花にする効果。「花になれ」は本作独自の文言。
髪が花にできるんだから、ほかのものも花にできると思う。

●グリセオ──滑らせよ!
原作に登場。今回シリウスは地面のすべりをよくするのに使ったので、「滑れ」ではなく「滑らせよ」に文言を変更。
「グリセオ──つるつる!」でもよかったと思う。レダクト(粉々)の語感っていいよね…
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