セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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セブルスの見た目は原作どおりです。
今回は明るい話です。

2/17 乱文がひどかったので大幅改訂しました。
2025/6/1・7 文章を改稿しました。


≪光≫ リリーの大冒険 1st seasonその1 ※大幅改訂済(修正済み)

1970年 春

 

 セブルス・スネイプは10歳のその日、通いなれた遊び場にいた。

 いつもここに遊びにくる女の子がいるからである。そのつやつやした赤毛をひるがえしながら、いつも活発にはしゃいでいるのを知っていた。

 

 今日も彼女が目と鼻の先にいるのを目で追ってはいるのに、セブルスは灌木(かんぼく)近くの茂みでじっとしていた。機会を待っていたいからだ。いま出て行ってもきっと話すことはできない。

 温かでやわらかい陽がさしこむ時間帯で、上着のなかにはうっすら汗がにじんでいる感じがした。

 

「──もうちょっと……!」

 

 赤毛の女の子は青々としげった巨木の、りっぱな枝のひと振りにまたがって手をのばしていた。べつの枝についた花のつぼみを()もうというのである。

 しかし、ジーンズをはいた足を懸命に伸ばそうとしても、指先ぎりぎりのところで届いていなかった。もう少し身を乗り出せればいいのだが、これ以上枝のほそい方へ動くと折れてしまいそうだった。

 

「こっちに来て……!」

 その赤毛の子──リリーが声にちからを()めると、ちょうどつぼみ部分だけがひとりでに浮き上がって、ぽとりと手のひらに落ちた。

 

「──いやだ、気色わるいわ!」

 その様子を木の下から見上げていた、リリーより少し背のたかい少女が甲高い声をあげた。ぽかんと口を開けて眺めていたくせに、「おかしなことをしないで!」とキーキーわめき始める。

 

 それは『おかしい』ことなんかじゃない。

 リリーの姉だそうだが、彼女は何かにつけてうるさいのだ。何も知らないくせに。なにが気色わるいというんだ。

 

「なにが気色わるいの?風で飛んできただけじゃない」

 遊び場に()()()()少女のうち、同じく下から見上げていた子が言った。しゃべった内容とは裏腹に、冷たい響きをしている。

 それに対してリリーの姉──ペチュニアは返事につまった後、ぷいとそっぽを向いた。

「風なんて吹いてなかったわよ!」

「木の上の方は吹いていたんでしょ。そうじゃなかったら何かしら?あなたこそ『おかしな』ことを言ってるわ」

 

 ペチュニアの言う事には取り合わず、その子──人間じゃない女の子はリリーに向けて「危ないから降りてきて」と呼びかけた。まるで寝物語のつづきを聞きたがった子に、母親が『また今度ね』とすげなく断るときみたいに。

 

 セブルスにはその子の態度も気に食わなかった。

(どうしてなにも言わないんだ!)

 

 人間じゃないその生き物だって、セブルスと同じことを知っているはずだ。

 リリーのそのちからが何なのかを。

 

 そんなセブルスの苛立ちなど気づかずに、枝の上のリリーが花をてばなした。

「受け止めて!()()()()

「いいわよ。

 ……ほら、とれた」

 

 クラリスと呼ばれた彼女は、ぱっと見はふつうの子どもだった。しかし、深くかぶった白いハンチング帽から、異様な髪色がひと(ふさ)(一枚?)はみ出しているのである。

 朝方の夜空をはりつけたように、星が散った複雑な色あいはセブルスにとっても不快なものじゃない。

 ただ、明らかに人間の色ではないだけで。

 

 その『人間じゃない』クラリスは、リリーにとってもらった花を検分(けんぶん)するように指で撫でながら、何か考えるような顔をしていた。

 

「……その花、どう?」

「うーん……。あー、ちょっと違うみたいね。花の色が。せっかく登ってもらったけれど」

 

 その短いあいだにつぼみから丸く開ききった花は、クラリスの下げた(とう)のバスケットのなかに仕舞われた。中にはさまざまな色の花びらや葉っぱが、散らばるように入っているのが隙間からわかる。

 

 リリーは「ちがったの」と気落ちしたような顔で応じてから、枝のつけ根の方にからだを滑らせた。ひとつに括った赤毛に陽があたって、一際(ひときわ)つやつやしているみたいだった。

 

 3人がいつものようにこの遊び場にいるのはセブルスも知っていた。最初に見かけたときはリリーとそのうるさい姉の2人だったが、やがて3人目の女の子が後から合流したのだ。どうやってか赤毛の子と友だちになったらしかった。

 同じようにやれば自分もリリーと友だちになれるはずだ。よっぽどセブルスの方が近い。なにせ人間同士なんだから。

 

 彼女たちは何やらハーブを探しているようで、先ほどからあちこち駆けまわっては目当てのものなのかどうかを調べていたのだ。

 

(……あっ)

 不意に、リリーのジーンズが載せられた枝がぽきりと折れた。そのまま地面に真っ逆さまだ。でもセブルスは何も思わなかった。心配とも、危ないとも。彼女にはちからがあるのだから。

 

 リリーの落下は途中で止まり、ふわりと浮いてから地面にたどり着いた。その様子は葉っぱがそっとすべり降りるのに似ていた。

(ほら、やっぱり)

 

 真っ先にかけ寄ったのは、同じようにちからを持っている方だった。つまり、人間じゃない、クラリスと呼ばれた方だ。

 彼女も取り乱すふうでもない。おそらくリリーにはなんて事ないとわかっているのだろう。リリーの姉は血相を変えて「だから止めなさいって言ったのよ!」などと、心配よりもわめくことばかりだった。

 それからもリリーの姉は「気色わるい」だの「こんな子なんかと遊ぶから」だの一方的に言葉を投げつけていた。

 

 クラリスはしばらく無視していたが、やがて止まらないのがわかったのか、うんざりした顔で言い返した。

「わたしはあなたと遊びたいなんてお願いしてないわ。嫌なら帰ったら?」

 

 それから彼女が「わたしたちだけで行こう」とリリーの手をとると、姉の方も「帰るのはあなたよ!」とリリーのもう片方の腕をつかんだ。

「ちょ、ちょっと……やめてよ」

 真ん中におかれたリリーはどちらの手も振りはらえずに、ただ交互に2人を見るだけだった。

 

「あなたのせいでリリーがこんなおかしな子になっちゃったんだから!妹を放しなさいよ!」

「妹を『おかしい』なんて言うあなたの方がどうかしてるのよ!リリーのお姉さんにふさわしくないわ!」

 いつの間にかリリーの引っ張りあいになっていた。

 

 とはいえ、腕力では年上であるリリーの姉の方に勝てないのだろう。じりじり引っ張られるのを何とかしようとでもいうのか、クラリスは遊び場のあたりを見回しはじめた。

 しかし、彼女のそばには何もない。

 木や柱のようなものはなく、かわりに土や草ばかりだった。せめてブランコにしがみつければよかったが彼女の手の届かないところだ。

 

 やがて、その瞳がまっすぐにこちらに向けられた。髪の毛と同じく人間ではありえない夜空の色。

 

 その目は迷うようにひそめられた後、一度、姉妹2人の方にうごいた。

 リリーはそれでも無抵抗だったし、姉は勝ち誇ったような顔をしている。

 クラリスはあせったような声を出した。

 

「──そこの子、あなたはどう思う!?」

 セブルスの存在が3人のあいだでやり玉にあげられたのは、初めてのことだった。

 

 

 いつか赤毛の女の子と話してみたいと夢みていたセブルスにとって、向こう側から声をかけられるのは予想外だった。そのせいで、今まであたためていた『どうやって声をかけようか』というアイデアはいっぺんに吹き飛んでしまった。

 たとえば、リリーの姉とは話したくないから、リリーが一人でいる時に話しかけよう、とか。

 

 それでも声をかけられてじっと黙っているわけにもいかない。

 セブルスは驚きをぐっと飲みこんで、茂みからその姿を3人の前にさらした。

 

 リリーの姉はちいさな悲鳴をあげて掴んでいた腕をはなし、リリーのそばに寄った。リリーは驚いたように目を丸くしていたが口は開かないまま、緑のすんだ目をセブルスに向けていた。

 人間じゃない子はちらとも驚きを見せず、その代わりにリリーをつないだ手を自分のほうに引いていた。姉をどうにかするという目論見(もくろみ)はうまく運んだようだ。

 

 セブルスの見てくれがひどく()()()()なのは今に始まったことではない。短すぎるジーンズと、その上にくたびれた大人用のシャツを着て、それらを隠すように大人の男物のだぶだぶな上着をひっかけていた。上着に載っている顔はこけて土気色だったし、黒い髪は伸び放題になっている。

 その全てが、うっすらと黒っぽい(あぶら)のようなもので汚れていた。

 

「……あなた、スネイプさんのところの子よね?」

 クラリスが確認するかのようにたずねると、リリーの姉も得意げな表情を浮かべて、いもうとに告げ口するかのように言った。

「私も知ってるわ。川の近くのスピナーズ・エンドに住んでるのよ」

 

 川といえば濁って異臭のするあの"ドブ川"しかない。

 馬鹿にしたようなしゃべり方にかちんときて、セブルスはその"仲間はずれ"をにらみ返した。

 幸いだったのは、リリーがそうと聞いても表情を変えないことだった。リリーならば彼女の姉のように見下したようなことは言ってこないような気がしていて、実際その通りだったのだ。

 

「──ねえ」

 リリーが姉にこたえる前に、冷え冷えとした声がリリーの隣からした。

「私もスピナーズ・エンドに住んでるのよ。

 それで?あの川の近くに住んでたら何だって言いたいのかしら?」

 

 馬鹿にしてるの、と無表情にすごまれて、リリーの姉は一瞬ひるみ、そして強気に言いかえした。

「ああ、なるほどね。あなたって見た目だけはきれいな服を着てるけど、どおりで『まとも』じゃないわけよね。あんなところに住んでいるんだから!」

 

 実際、人間じゃない女の子が着ているものは、プレスされた白シャツにスカートだ。活発なリリーのジーンズ姿とは対照的に、どちらかというとお嬢様らしい服装であった。もちろん清潔で、サイズもきちんと体に合っている。そこに革のトランクみたいなかばんを、ななめ掛けにしていた。

 

 そんな彼女も冷淡に言いかえしていた。

「ひとを馬鹿にするのが良くないって教わらなかったの?『まとも』な子ぶっててもはみ出してるわよ、あなたの性格のわるさが、顔からね。お化粧でもしたら?どうやっても隠れないでしょうけどね」

 

 2人がばちばちとやり合っているなか、セブルスは『この子が近所に住んでたって?』と思い返していた。

 こんな子を見たことなんてあっただろうか?

 ……いや。まったく心当たりがない。こんなに清潔できちんとした身なりの子どもなんているとは思えなかった。

 

 リリーはやり合っていた両者を見くらべてから、クラリスに問いかけることにしたらしかった。

「ねえ。クラリスは知ってるの?この子のこと」

「ええ。5軒となりに住んでいるの」

 

 そんなに近くに住んでるなんて、聞いたことがない。見たこともない。それが本当ならリリーと知り合う前に知っていてもおかしくなかったし、セブルスだって今ごろはリリーと友だちだったはずだろう。

 

 リリーは「そういえば自己紹介をしてなかったわ。そうよね、2人とも」と言い争いから引き離すようにうながした。

「私はリリーよ。リリー・エバンズっていうの。こっちはお姉さんのペチュニア。こっちは友だちのクラリスよ」

 紹介された2人も、言いあらそいをやめてセブルスの方を向いた。

 

 負の感情を感じないリリーの目と、蔑みが前に出たペチュニアの目つきに対し、クラリスはどちらかと言えば同情に近い目をしていた。

 

 自己紹介なんてしたことがない。もっと小さな頃はあったかもしれないが、セブルスは覚えていなかった。

 次になにが言われるのかと黙っていたセブルスに、目をぱちくりとさせたリリーがたずねた。

「……それで、あなたは誰なの?」

 どうやらリリーと同じようにやるものらしい。

「セブルスだ」

 それ以外にどうするものなのかもわからなかった。

 

「ええと……」と続きに困ったリリーに代わり、クラリスが前に出た。

「わたしたち、ハーブを探しているの。つまり、ええと……取ってくるよう頼まれているから」

 クラリスが「こういう花なんだけど」と特徴を説明し、リリーは「セブルスはどこにあるか知ってる?」と尋ねてきた。

「そんなの知らない」

 

 正直に答えると、リリーの姉はムッとしたらしい表情を浮かべた。先ほどの見下した物言いといい、彼女はセブルスのことが気にくわないらしい。クラリスのこともだ。

"まぬけ"なだけある。

 

 リリーはケンカを再開させないようにするためか、やけに明るく言った。

「よーし、これでわからない人が4人に増えたわね!順調よ!」

「それ一歩も進んでないって言うのよ?」

 クラリスがにやりと笑って合いの手を入れたためか、リリーは急いで次の句をついだ。

 

「それじゃあ思いつくかぎり探してみよう。それでもダメなら正直にそう言って謝るの。子どもなんだから出来なくたってしかたないわ。

 ね、そうしよう?」

 彼女が姉とクラリスの顔色をうかがうと、うなずいたのはクラリスだった。

 

「リリーがそう言うのならそうしましょう。この近くに植物がたくさん生えているところがあるの。そこでいい?」

 それから彼女は姉に目をうつして「ああ、バスケットは大きいから邪魔になるかもね。あなたに預けるから、ついでに持って帰ってもらえるかしら」と付け加えた。

 

 先ほどのケンカの続きである。

 

「私を置いて行く気?」

 姉がクラリスを睨みつけるのを見て、リリーは結局ギスギスしてしまった雰囲気に哀しそうに目を伏せていた。

 

「置いていくならそっちの子でしょう。どうして私を?」

「さっき自分が言ったことを思い出してもらえるかしら?まさかわたしたちと行きたいなんて言わないわよね。

 えっと名前……、セブルスだったかしら?(セブルスがうなずくと、クラリスは続けた)

 

 わたしたちと同い年なのよ、たしか。家も近所だし。

 せっかく会ったんだから色々……ええと、話しておいた方がいいわ。あなたはともかく、私たちは『学校』で会うかもしれないから。……いずれね」

 

 リリーは「同い年だったの?」と驚いたようだった。

 セブルスの背はリリーとクラリスとくらべて低いし、かなり痩せている。見た目ではわからないだろう。

 クラリスが知っていたのは、親がなにか教えているのだろうか。家が近所だというならそういうこともあるかもしれない。

 

「その子と?同じ学校になんてなるはずないじゃない。あなたはともかく、リリーが」

 "姉"がとせせら笑うのを無視して、クラリスはリリーにたずねた。

「リリーはいっしょに行くのはイヤ?」

 

 片や困ったように眉をハの字に下げているクラリス。片や2人を馬鹿にする姉。

 リリーは2人を見比べて、やがてクラリスの方にうなずいた。

「イヤなんかじゃないわ。いっしょに行こう」

 その答えを聞くや否や、ペチュニアが鋭い視線を向けた。「リリー!だめよ!」 

 

 機嫌の一気に悪くなった少女をなだめるように、クラリスは声をかけた。

「リリーのことは私に任せて。きちんとみているから。それとも──あなた、スピナーズ・エンドに住んでる私たちとそんなにいっしょに行きたかった?あの土地の子がそこまで好きだったなんて知らなかったわ」

 

 挑発するような言い方に顔を真っ赤に染めた"姉"に、クラリスは畳みかけた。

「わたしはおつかいを頼まれてるから行かないわけにいかないの。それで、行こうと思ったところはここから少し遠いから荷物があったら邪魔なのよ。バスケットの中身だって台無しにしたくないわ、せっかく集め終わったものも入ってるのに。

 だから別々になったらちょうどいいじゃない?」

 そこまで言ってから、クラリスは最後につけ加えた。

 

「そのほうがあなたにもいいと思うんだけど、どうかしら?」

 

"姉"はまなじりをつり上げていて、今にも大声を上げそうな形相だった。

「ええ、そうよね!あんなところに住んでる連中なんかと、誰がいっしょに行きたいものですか!リリーだってそうだわ、そんな汚らしい子となんて──リリー、帰るわよ!」

 

 クラリスの隣に立っていたリリーは、とつぜん自分に矛先が向いてぎくりとしたように身体をこわばらせたが、そのまま首を横に振った。

「ええと……。ごめんなさい。わたし、せっかく同い年の子と知り合えたのよ。おかしなことはしないからクラリスといっしょに行かせて」

 

 申し訳なさそうに、しかしはっきりと断られたペチュニアはひと際高い声で言った。

「だったら勝手にしたら!あなたが帰って来られなくなったって、私知らない!」

 ペチュニアはリリーからバスケットをひったくるようにして、遊び場の門から駆け出ていった。

 

 リリーは姉を傷つけてしまったことに対して罪悪感をもっているのか、彼女が去って行く背中を目で追っていた。クラリスもまた同じ方向を見ていたが、彼女の方は目を細めていてどこか冷たい。

 

 セブルスが思い描いていた形とは全く違ったものの、彼女らに巻き込まれてなし崩し的に行動を共にすることになったらしい。

 いやな気持ちにはならなかった。むしろ思い描いていたよりももっといい方に物事が運んでいる気さえする。

 

 当のリリーは少し悲しそうな雰囲気を残してはいたものの、クラリスに振り向いて「それじゃあ、3人で探しに行ってみよう」と言った。

 

 クラリスはささっと表情を笑顔に切り替えてから、先ほどからやり取りをただ眺めていたセブルスの方に声をかけてきた。

「あー、勝手に決めちゃったんだけど、良かったかしら?それともイヤだった?」

「そういうわけじゃない。それに学校のことを話したいって言っていただろう。それって──」

「あーそれだったらいいの。リリーの言う通り、3人で行きましょう」

 クラリスは焦るかのようにセブルスの言葉をさえぎり、リリーの手をとった。その態度は、話をごまかしてさっさと行ってしまおうとしているように見える。

 

『それってホグワーツ魔法魔術学校のことか』と訊いてみたかったセブルスは、出鼻をくじいてきたクラリスの背中をいらだち紛れに睨みつけながら、その後につづいた。

 

 

 

 

 クラリスが案内した場所は、遊び場から坂道を少し先にのぼった先にあった。住宅街の中でも山の上の方である。周囲には住宅のほかに畑もまばらに増えてきていた。

 

 その一角に、(やぶ)のように植物が折り重なって生えている地区があった。一人でふらっと歩き回ることが多かったセブルスはその場所に見覚えがあった。入ったこともあった気がする。

「ここ?入り口は……」とリリーが周囲をきょろきょろ見回していたので、セブルスは「こっちだろ」と指をさした。

 

 セブルスが示したのは散歩道のような、1人がやっと通れる程度の小径であった。道路に続いている隙間から入れるようになっていて、奥の方は見えない。どうやら曲がりくねっているようだった。

 途中からは頭上に葉がかかっていて、トンネル状になっている。きちんと手入れはされているのか、トンネルのなかは地面に陽だまりができる程度には明るかった。

 

 虫がブンと羽音を立てて小径から出てきたので、クラリスは一歩さがって2人に声をかけた。

「一列になるしかないわね。誰から行く?」

 セブルスはちらりとリリーの方を見てから「ぼくが」と立候補した。リリーには意気地なしだと思われたくなかったからだ。

 

 リリーはなにか気にするようでもなく、笑顔で「だったらお願いするわ」と言った。

「じゃあ私がセブルスの次で、最後がクラリスね」

「わかったわ」とクラリスはうなずいた。

 そんな風に一列になって、3人はしばらく小径(こみち)ぞいに進んだ。

 

 

 

(なにかおかしい)

 とっくに道の向こう側に抜けていい頃合いなのに、出口が一切見えてこない。セブルスの背中にはうっすらといやな予感が這いのぼってきた。最初はよかったのに、クラリスに邪魔をされてから物事がイメージ通りに進んでいかないような心地がする。

 周囲を見渡してみても何か変わったようには見えない。トンネルの天井部分は変わらず木漏れ日を落としていたし、左右の藪も深いままで外がどんな風だかをうかがい知ることはできなかった。いったいどの辺りなのか、すでに見当もつかないくらい進んだはずなのに。

 

(2人に言わないと)

 それを聞いたら2人がどんな風に言ってくるか、セブルスにはひとつも予測ができなかった。(いか)るのか、それともそれ以外なのか。

 2人ともきっと怒らないはずだと確信しているはずなのに、『もし違ったら?』という不安が胸にうずまいていてうまく声が出せない感じがする。だから口を開こうとしてはつぐむ、というのをセブルスは何回か繰り返していた。

 

「ねえセブルス。どうかしたの?なにか探してる?」

 周囲を見ていたのに気づいたのか、リリーが後ろから声をかけてきた。

 このまま彼女に何も言わないで済ますことはできない。進むにしても戻るにしてもだ。

 

 セブルスは立ち止まり、胸のうちにある嫌な感じを振り切るように、意を決して言った。

「ここ……こんなに長くなかったはずなんだ」

 そう聞くや否や、リリーが後ろから一歩足を出したので、セブルスは思わず反対側に身を引いた。彼女がどんな行動に出るつもりなのかがわからなかったからだ。

 

──大丈夫だ。いきなり怒りだしたりはしないはずだ。

 緊張に身をこわばらせているセブルスをよそに、リリーはそのすぐ脇をすり抜けて、藪の中になかば埋もれるようにしながら先頭に進み出た。

「一体、どうしたのかしら……」そう言ってトンネルの奥の方をのぞきこんでから、リリーは後ろの2人に呼びかけた。

「セブルスは私の後ろにいて。もう少しだけ進んでみて、ダメだったら戻るわ」

 

 わかったと返事をしながらセブルスは肩の力を抜いた。

(──大丈夫だった)

 セブルスが思っていた通り、リリーはすぐに怒りだすような子じゃなかった。

 

 最後尾にいたクラリスは特に何も言わなかったが、彼女も怒っているようではなかった。2番目になったセブルスとの距離を詰めて後に続きながら、彼女は「2人とも、振り向かないでね」と言った。

「どうしたの、クラリス?」

 先頭のリリーは頼まれた通りに振り向かずに不思議そうな声を上げた。一方でセブルスが『何があるのか』とちらっと振り向いてみると、クラリスは何やら自分のスカートのポケットの中をさぐっているようだった。

「いいから、見ないで」

 彼女はセブルスの頭の両側に手をそえて、無理やり前を向かせた。決して清潔でない身体に触れられるのはセブルスには少し恥ずかしかった。あまり近くに寄らないで欲しい。

「何をしてるんだ」

 内心をごまかすようにセブルスが問うと、彼女はなんて事のないように言った。

「大したことじゃないわ。クマよけの支度よ」

 

 

 

 3人がそろそろと小径を進みカーブしている部分を抜けると、すぐそこに出口があった。外には強い日差しが降り注いでいて、青々とした草原が丸くくりぬかれているかのように見える。もう十歩も歩けばそこまでたどり着けるはずだ。

「出口だわ」

 喜色を満面にしたリリーがセブルスを振り向いた。かわいらしいその笑顔に、セブルスは顔が熱くなるのを感じてうつむいてしまった。「……うん」

「リリー。今何か……出口に。ほら」

 クラリスはセブルスの心情をよそに、緊張に満ちた口ぶりで出口の方を指さしたようだった。

 

 先ほどみた景色が変わらず広がっている。だが、丸く切り取られた風景の右上から、何か白っぽいものが横切った。

「本当。何かしら……あれ」

 トンネルの上半分を楽々塞いでしまうような"何か"だった。それは出口を塞いだかと思いきや、すぐに身をくねらせて離れていく。

 

 それは、今度はトンネルの天井の外を悠然と()()()いった。枝の隙間から、ようやくその生き物の全身の大きさが3人の視界におさまった。影のようにしか捉えられなかったが、セブルスにはそれが"自動車くらいのサイズ"に見えた。リリーがいた遊び場の地区にあったそれに匹敵するほど、巨大だった。

 

 『何かがいる』。出口のそば近くまで移動していた3人は思わず顔を見合わせて、めいめいが小径の端に背中を預けるような格好になった。そのまま自分の姿を悟られないように、こっそりと出口の外にいるものを窺う。

 先ほどの影が、また出口の近くにまで戻ってきていた。その速度は車ほどではないにしろ、大人が自転車を急いで漕いだときくらいはある。

 

 魚だった。

 

 宙を巨大な魚が泳いでいた。その一匹のほかに同じような姿はない。浅瀬にいる川魚のように、日光に反射した鱗をなめらかに煌めかせながら、そばに立った木を口先でつっついているようだった。

 3人はまた顔を見合わせた。

 

 すぐに『こうしよう』というアイデアが誰の口からも出てこないということは、謎の魚は人間に友好的なのかどうかを3人とも知らなかったらしい。セブルスはもちろんクラリスもだ。ふつうの人間の世界にいるめずらしい生き物なのか、それとも魔法界にしかいないようなものなのかすらわからない。彼らは10歳の子どもだったから。

 全員の目が『どうする?』と誰かがいい手を提案してくれないかと待っていた。セブルスとしては、できれば魚に見つかる前に道を戻りたいところだった。人間を襲うような大型のものだとしたら戦う手段がないのは危険すぎる。

 

 リリーがなにか言おうと口を開きかけたタイミングで、出口の前を、今度は手のひらサイズくらいの緑の何かが横切った。風に葉っぱでも舞いおりてきたのだろう。

 魚はそれにつられて目線を動かして──3人の姿を見つけたように瞬いた。

 

「逃げて!」とリリーが振り向くのと、魚がトンネルの方に突っ込んできたのは同時だった。

 

 

 

 そいつは突っ込んでいったトンネルの出口の一部をむしりとりながら地面まで突っ込んでいった。ばきりという音を立てて細い茎や葉っぱがあたりに散らばっていく。

 どうやら巨大魚は、自分から見てトンネルの右側に立っていたセブルスに標的を定めていたらしい。魚が突っ込んでくる直前に背後にいたクラリスが腕を引っ張ったので避けることができた。

 

 獲物を逃したことがすぐにわかったのか、魚はすぐに体制を立て直して身をくねらせ、顔の正面に3人をとらえなおした。子どもならば一飲みにできそうなサイズの口を嚙み合わせながら、出っ張った目(グレープフルーツくらいある)をぎょろぎょろと動かしている。

 次に突っ込んできたら止められないので避けるしかない。でも避けられなかったら誰かがあんな風にかみ砕かれてしまう。セブルスは戦慄した。

 

「──こっちよ!」

 先頭に立っていたリリーは、ぐっと何かを堪える表情をして駆けだした。トンネルを戻る方ではない。外にだ。地面に落ちていた石や小枝などを拾い上げて、手あたり次第魚に投げつけて注意を奪っていく。

 魚の視線が3人全員から、リリーを追って彼女だけにうつっていった。

 

(このままじゃリリーが……!)

 セブルスが急いで立ち上がろうとしたその時、何か細長いものがセブルスの視界の端に入った。後ろにいるクラリスが白い手を前に伸ばしていて、そこになにか茶色っぽいものが握られているようだった。

 彼女はセブルスの近くに立って()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ──完全浮遊!」

 

 クラリスがそう唱えたのと同時に、巨大魚が突っ込んできた付近、地面に落ちていた葉っぱが1枚だけ、風もないのにふわりと浮き上がった。

 広げたハンカチくらいの大きさのそれは、魚の目の前でふわふわと左右に揺れた。リリーに向けた目線をさえぎるように。

 

 セブルスは巨大魚の注意をそらさないよう、極力身体を動かさないようにしながら、クラリスの方をふり返った。

 彼女が指先から腕の関節くらいまでの長さの()を振っているのが見えた。よく見るとその指は細かく震えている。その夜空色のひとみは葉っぱを油断なく見つめていて、セブルスが何をしているかに気を払っているそぶりはない。

 

 クラリスが()を左に振ると葉っぱも左に、右に振ると葉っぱも右にと身をひるがえしている。どう見ても彼女があやつっているような動きだった。

 リリーがもしも見ていたならば『テレビでみた闘牛士みたい』と言っていただろう。

 

 目の前でちらつかされたソレを魚が目で追いかけだして、リリーの存在をいっとき忘れたようだった。せっかくエサに食いつこうとしている魚を刺激しないようにか、リリーがゆっくりと、静かに(あと)ずさり始めたのが見えた。

 クラリスに操作された葉っぱは、ちょこちょこと魚の横をすり抜けて背後にまわるように動いていた。リリーへの注意を完全にそらすためだろう。

 リリーと葉っぱ、双方のあいだがかけ離れていくのを、巨大魚は目を激しく動かしながら見ているようだった。なにを考えているかはまったく読み取れない顔のまま、口の横についた小さめのひれを動かしてその場にとどまっている。

 もう少しで注意を葉っぱに完ぺきにうつしてしまえそうだ。セブルスには彼女の魔法にたよる以外にできることはなかった。

 

 何度目か、葉っぱが魚の脇をすり抜けようとした時だった。魚が、ななめ後ろまできていた緑のそれを、一気に身をくねらせて『ぱくり』と口のなかに閉じ込めてしまったのは。

 

「……まずいわ」

 クラリスが息をのんだのが後ろから聞こえてきた。リリーはまだ魚の視界に入っていて、このままでは危険だった。

 

 リリーが後ずさっていた足を止めても、魚は彼女の方に目を向けたままだった。

(どうすればいい……!)

 

 3人とも次の手を思いつかないままで動けずにいると、不意にそのあたり一帯が暗くなった。大きな雲が太陽を覆い隠したらしい。トンネルのなかはもちろん、リリーにも魚の身体にも影がかかっていた。

 すると、魚は突如興奮したようにその辺りをびゅんびゅんと俊敏に泳ぎまわり始めた。うっかり跳ね飛ばされたら大けがでは済まないかもしれない速度で、まるで日陰(ひかげ)を嫌がっているようだった。

 

 巨大魚はリリーにも2人にも構わずに宙を何往復か動き回った後、一目散に影がない方向を目指して退散していった。

 

 その姿が遠くの丘陵(きゅうりょう)の向こうにすっかり消え失せてしまってから、クラリスがようやく安堵の息をついたのがセブルスの耳にとどいた。

 

 彼がいっそ鬼気迫るほどの表情で振り向くと、クラリスはちょうど杖をポケットにしまっているところだった。彼女は"そう"なのだとわかっていたはずだったが、答え合わせができてしまったのを無視はできなかった。

「きみは、……きみたちは、やっぱり──」

 魔女、と言いかけたセブルスに対し、クラリスは「待って」と制した。

 

「今はリリーの無事の確認が先よ」

 杖をもっていて魔法の使い方を知っている彼女が、友だちであるリリーを魔女だとわかっていないわけがない。どうあっても彼女は決まり切っている解答を口にしないつもりだし、セブルスがそれをリリーに伝えるのすら防ぎたいらしかった。

 

 なぜセブルスが言おうとすることを、毎回わざわざ邪魔してくるのかがさっぱりわからなかった。今邪魔したところで、リリーは来年には魔法の存在を知ることになるのに。

 彼女は()()()()()意地の悪いやつなのだろうか。たとえば、セブルスの何かが気に喰わなくて邪魔をしたいのかもしれない。魔法が使えたところで魔法生物なんてそんなものなのだろう。

 セブルスが目を鋭くして見つめているのに気づいたのか、クラリスはばつが悪そうに眉尻を下げて、まだ転んだままのセブルスの近くに寄ってきた。

 

 そのまま頭上にさっと腕をのばしてきたので、セブルスは思わず片腕を、ちょうど頭をかばうようにして跳ね上げた。クラリスの手を強く跳ねのけるような形となっていた。

──失敗した。

 頭から血の気の引くような感覚がして、セブルスはますます自身の頭をかばう腕に力をこめた。

 

 彼女が何をしようとしたかはわからなかったが、きっと力を込めて拒絶されたかのように受け取っただろう。セブルスにそのつもりがなくても、はげしく怒りだしてしまうかもしれない。それともリリーの姉に向けていたような冷たい目をしているだろうか。

 セブルスはおそるおそるクラリスの表情をうかがった。

 

 彼女は髪と同じく夜空のような色彩をした目を、ぱちぱちと瞬かせていた。怒っていたり冷淡な風ではない。ただ、一度手を引っこめてからゆっくりと(ひざ)を折って、セブルスの目線の下からあらためて手を伸べた。

「自分で立てる?それとも助けがいる?」

 彼女はどっちの意味だったのかを確認するかのように問いなおしてきた。もっと小さな子に接するときのような、おねえさんぶった態度だ。

 

 わざわざ手を差しのべて何か──たとえばセブルスを転ばせようとか、そういういたずらを仕掛けようとしているようには見えない。彼女がどんな子なのか、セブルスにはさっぱり分からなかった。

 どう答えようかためらっているあいだに、トンネルの出口に興奮したように目を輝かせたリリーが戻ってきた。それを認めたクラリスはすぐに手を下ろしたし、セブルスは自分で地面に手をついて立ち上がった。

 

「すごいわ!2人とも見てた?葉っぱが魚を止めてくれたわ!」

「あれは、こいつが──」

「私は何も。気のせいじゃない?リリーの運がとっても良かったのよ」

 彼女はやっぱりセブルスが言うことをさえぎって素知らぬ顔でうそをついた。自分がリリーを助けたのすら隠すつもりらしい。

 

 思う通りにしゃべれないことに、少し気持ちが落ち着いたはずのセブルスの頭にカチンとくるものがあった。

「気のせいなもんか。"杖"を使ってただろう!」

「知らないわ」

「呪文だって唱えてた!」

「い・い・え!私は何もしてないわ。あなたの見間違いよ」

 セブルスが声を荒げても、彼女はへいぜんと首を横にふって真っ向から否定し続けていた。

 

 その態度はセブルスにとってわけがわからないものだった。魔法が使えない連中よりも優れている存在が、同じく"そう"だと知っているセブルスや、知らずとも"そう"であろう友達のリリーにすら何も知らせないなんておかしいとしか思えなかった。

 

「『人間じゃない』くせに!」

「失礼なやつね!ひとをつかまえて、いきなり『人間じゃない』なんて」

 クラリスは半ば冗談をいうように肩をすくめた。

 そんな風にとぼけるのがますます頭にきて、セブルスはもっと強い口調で言いつのった。

 

「ふつうの人間がそんな色の頭をしてるもんか。『魔法生物のくせに』!」

 それで反応を見せたのは、クラリスではなくリリーだった。彼女は友だちを守ろうとするかのように、クラリスを自分の背中にかばうようにしてセブルスから遠ざけたのだ。

 セブルスが正解を言い当てているのは確かなのに、彼女はクラリスの方を信用しているようだった。

 

「私の友達にひどいこと言わないで。

 クラリスはふつうの女の子よ。見た目は……たしかに珍しいけど、世界にはめずらしい見た目の人なんてたくさんいるわ。人間じゃないなんて言わないで、セブルス」

 

「ぼくは当たり前のことを言っただけだ。そいつは……」

 人間じゃない、と続けたかったが、それを言ってしまうとリリーにますます嫌われてしまうような気がして、セブルスは言葉をのみ込んだ。彼女たちは自分よりも友だちだった期間が長いのだ。

 

 本当のことをしゃべっているのはセブルスの方なのに、黙るしかできない。

 リリーの後ろの方で、クラリスが少しきまりが悪そうな顔をしていたのが見えた。

 

 やっぱり自分がそうだってわかっているんだ。それなのに違うと言い張っている。

「この……うそつき!」

 セブルスが苛立ちをこめて吐き捨てるように言うと、クラリスは少し傷ついたように眉根を寄せた。

 

 リリーはそんなクラリスを振り向いて何か言いたそうな顔をしたが、クラリスはそれでも首を横に振った。『お願いだから何も言わないで』とあきらめさせるみたいに。

 彼女がどうしても話すつもりがないことはリリーにも伝わったらしい。彼女は仕方がなさそうにため息をついて、べつの話題を切り出した。

 

 

「アー、それで……。この子、どうしたらいいと思う?」

 リリーは両てのひらに載せているものを2人に見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんで一番最初の巨大魚がセブルスを真っ先に狙ったのかというと、
要するに魚のエサってにおいの強いものが好まれ……。

やめようかこの話。
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