セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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今回は短め。じつは大冒険3rdで一番書きたかったのがこのシーンだったりして。

2025年9月4日 全体的に修正済み


≪光≫リリーの大冒険3rdシリウス・ブラックとダイアゴン横丁 6 (修正済み)

 

 

 

 目の前から襲撃者が消えた数秒ののち、シリウスはすぐに立ち上がった。

 まだ体のあちこちが痛むが、そんなことはどうでもいい。あの女が言ったことが本当ならリリーとクラリスが危ないのだ。

 シリウスは矢も楯もたまらずに駆けだした。

 

 セブルスの姿をさがすと、陶器のかけらが散らばっている軒先に倒れていた。店の売り物のツボの辺りに吹っ飛ばされていたらしい。ヒビが入っているのもある。

 

 息はあるようだから"ストゥーピファイ(失神せよ)"あたりでも撃たれたのだろう。シリウスには"エネルベート(活きよ)"が使えないので、肩を揺すって起こす。

「おい!しっかりしろ」

 

 幸いにも、セブルスはすぐに起き上がった。後頭部に手をやっているところを見るに、ツボにぶつけでもしたのだろう。

「なにが……起きたんだ」

「さあな。人影は?見てない?(セブルスはうなずいた)……そうか。とにかく、はやく先生のところに戻るぞ」

 

 襲われた理由は当然、セブルスにはわからないだろう。巻き込まれただけだから。

 とにかく急いで腕を引き、立たせて先生のところに向かった。

 

 

「──先生!2人が……」

 シリウスの顔を見るや、マクゴナガル先生はぎょっとした様子で駆け寄ってきた。

 必死な形相になっているというのもそうだが、先ほどの殴打のあとくらいは残っているのだろう。まだじんじんと痛んでいるから。

 

「まさか、先ほどの騒ぎは」

 先生の位置からは(ほうき)店の前で起こったことは見えなかったのだろう。

 それを見越してあの女はやってきたに違いない。先生が様子を見に来るほどには時間をかけずに逃亡した。

 

 はじめからシリウスへの脅しが目的だったはずだ。

 

 いま無事を確認すべき相手は、『手を出さない』と宣言されたシリウスじゃない。

 

「そんなことよりも2人は!」

 先生は判断に迷うように少し間をおいてから、真剣なまなざしでシリウス、次いでセブルスと順番に目を合わせた。

 

「いいですか、あなたたちはここでお待ちなさい。決して動かないように。何かあったらすぐに店のなかまで走って来るんですよ」

 そう言って、急ぎ足で洋装店のガラスドアの奥にすべり込んで行った。

 

 セブルスは怪しむようにシリウスの方を見ていたが、シリウスはあえて気づかないふりをして黙殺した。これ以上関係のないやつを巻き込みたくない。

 

(こんなに時間がかかるのか?)

 杖を握り、いまにも飛び出していきたい衝動をおさえながらやきもきしていると、ようやくドアベルが鳴った。

 

──先生以外の姿は、ない。

 

「……こちらに」

 かたい表情で2人をうながす先生は、それだけ言って唇を引き結んだ。

 

 リリーとクラリスについては何も教えてくれない。それだけで"見つからなかった"のだとわかる。つまり、店内にはいなかったのだろう。そうでなければ先生が外に連れて出ない理由がない。

 

(2人ともいないんだ!あの連中に──、もしかしてあの倉庫に連れていかれたのか)

 

──犯罪者と関わらなければよかった。シリウスはそんな風には()()()()

 自分が危険をおかしてでも、家族に死喰い人(デスイーター)との縁を切らせる。それはすべきことだった。間違っていたとは思わない。

 

 でも関係のない子を巻きこんでしまうのは違う。

 自分が危険なだけならともかく、なにも関係ない女の子を危険にさらしてしまった。

 

(──おれのせいで……!)

 

 せめて助け出さないと顔向けできない。

 

 シリウスは先生の前におどり出た。黙ってなんていられない。

「先生、2人は……!」

 それでも先生は首を横に振り、進路をふさいで動こうとしないシリウスの肩にやさしく手をのせた。

 

「あなたたちが一番するべきなのは、安全な場所にいて何かあったら大人の助けを呼ぶことなのですよ。それ以外のことは大人の仕事です。

 ──わかりましたね?」

「でも……!」

「嫌だというのならば呪文をかけてでも連れていきます」

 

 これ以上シリウスが食い下がったなら、先生は宣言どおりにしてしまうだろう。いったんは大人しく聞き分けたふりをした方がいい。

 敵や大人に脅されたって、おとなしく従ってなんていられない。そんなことで友だちを見捨てることなんて出来なかった。

 

 先生はダイアゴン横丁の入り口となるパブ"漏れ鍋"に2人を連れていき、中央の10人以上が掛けられそうな大きなテーブルの一角を指し示した。

 

「わたくしが戻るまでここで待っているんですよ。物陰に入るのもいけません。どこかに行く時は必ず2人で行動するように」

 そう言い残した先生がパブ(漏れ鍋)を出て行ったのを見届けると、シリウスはさっさと席を立った。

 

「どこに行く気なんだ」

 後ろからセブルスの咎めるようないぶかしむような声がしたが、シリウスは振り向くつもりはない。

 

「おまえには関係ない。ここにいろ」

 

 セブルスは頼もしい体つきではないし、マグル育ちなら杖を使ったこともそんなにないはずだ。犯罪者とかち合わせるわけにはいかなかった。

 さらに言えば、2人も誘拐されておいて、これ以上だれも巻き込みたくなかった。

 

「お前、なにか知ってるんだろう」

 セブルスについて来られるわけにはいかない。横丁の人ごみにまぎれてしばし、シリウスは唐突に石畳を蹴って駆けだした。

 

 

 

 

 

 

(撒くつもりか……!?)

 

 そうはさせじと、セブルスもその背を追いかけた。

 リリーとクラリスの身に何かあったのは間違いない。

 先生とシリウスの態度を見ていれば明白だ。自分に呪文をかけられたのが、それと無関係でないことも。

 

 問題を解決してもらうまでを黙って待つつもりはない。2人とはいっしょに来たのだ。だからいっしょに帰る。

 ましてや、唯一の手がかりが勝手に消えようとするのを放っておくわけにはいかなかった。

 

 昼を過ぎて人波が減ってきたとはいえ、行きかう人は大通りにまばらに散らばっている。前方をゆくシリウスは、時おり人の壁に()()()()ては迂回しながら進んでいた。

 

 それでもセブルスの足で追いつくまでには至らない。少しずつ距離を離されてゆくのが判った。

 とにかく足を止めないといけない。

 

「フリペンド──撃て! ディフィンド──裂け!」

 

 靴を裂いたり立ち止まらせるよう、幾度もシリウスの足元をねらったが、人をよけながら左右に動く、それも子どもの足を正確に捕捉(ほそく)するのはむずかしかった。閃光があらぬところではじけて消える。

 

(ほんの瞬きのあいだでいい。足を止める!)

 

 止まりさえすれば『アレ』を使えるのだ。

 

「タラントアレグラ──踊れ!」

 シリウス(動くもの)に当てられないのなら、止まっているものを動かしてやる。

 

 シリウスよりもさらに先、軒先に置いてあった何本ものじゅうたんのロールがにわかに踊り出した。ワゴンに乗っていた、丸められていたなにかの布か革らしきものが通りにぶちまけられ、シリウスの足が止まる。

 

 その間にもセブルスは足をひたすら前に出すことに専念した。開いていった距離が、今度は少しずつ縮まる。

 それでも仕掛けるまでには、まだもう少しだけ遠いのだ。

 

 転ばせる方法はないだろうか。

 

(この距離なら──)

 セブルスがシリウスの足元の石畳に杖先を向けるのと、シリウスが振り向いて杖を振るのは同時だった。

 

「スポンジ──」「エヴァーテ・スタティム──宙を舞え!」

 

 早撃ちではシリウスに軍配が上がる。呪文を避けそこねたセブルスは後方に吹っ飛ばされ、せっかく近づいた距離がまた開いてしまった。

 

 "エヴァーテ・スタティム(宙を舞え)"はかけた相手を吹っ飛ばし、さらに痛みも与えられるという効果の呪文だった。だがセブルスの受けた痛みは背中を打ちつけたものだけだった。

 

 手加減されている。

 その事実があまりに腹立たしく悔しい。

 

──ぼくを下に見るな。

 

 しかし、呪文を人に当てるのはシリウスの方がうまいようだ。それは認めなくてはいけない

(べつに痛みを与えないのは手加減ではなく、わざわざ痛くさせるほど嫌っていないからなのだが、セブルスにはわかっていなかった)。

 

 シリウスは「ディフィンド──裂け!」と道をふさぐ魔法の布(ワゴンセール商品)を切り裂いていた。くたりと力なく垂れ下がった布きれを踏みこえて、また走りだす。

 

 だからセブルスは急いで杖を振った。

「フラクト・ストレイタ──突き崩せ!」

 

 横丁はまだ続いている。布屋よりもっと奥の軒先をねらった。テーブルのようなものの上に平積みになっている本の(たば)が、シリウスが通るのに合わせて崩れる。

 さすがに本のように重たいものをかわすのは難しかったようで、シリウスはその場に押しつぶされる恰好(かっこう)となった。

 

(いまだ!)

 あれを使う絶好のチャンスだ。

 

 魔法の力をこめられるだけこめて、セブルスは杖を振った。

 

「ハービフォース──花になれ!」

 

 シリウスの周囲に散らばった、布きれや百科事典のような厚みのある本に、毒々しい色の花が咲いた。彼は困惑したように辺りを見回していて、セブルスの目的が読めていない。好都合だ。

 

(もうあと何度か吸えば)

 効果は劇的だった。シリウスのひざから力が抜けて、その場にひざまずきそうになったのが見えた。

 

「まさか、この花粉……」

 セブルスは自分も巻き込まれないようなギリギリの距離にまでシリウスに近づいた。あまりに走り続けたので肩で息をしながらだ。汗がしたたって背中に流れていたので『清潔にして来て良かったな』なんて呑気な考えが浮かぶ。

 

 その植物を覚えていたのは偶然だった。日中あまりに暇を持てあましてクラリスの家の蔵書を読み(あさ)っていたとき──つまり予定がないいつものような日──魔法界の植物が載っていた図鑑を開いたのだ。

 いろいろな効果のものがあった。傷をいやすもの、頭がよくなる薬の材料、毒を治すもの。今回のように催眠作用のある花。

 

 『なにか』に使えるかもしれないから頭の片隅に残っていた。

 

 そして今日、横丁を歩いていたときに、ガラスドームに閉じられたそれを見つけた。

 

 シリウスは鬼気せまるような顔をして、もがくように立ち上がろうとしている。やはり『捕まってはまずいこと』があるのだろう。それをセブルスから隠そうとしているのかまでは解らないが。

 

(……吐かせないと)

 

 しかし、これ以上はセブルスにだって近づけない。あと十歩もあれば捕まえられるところにいるのに。

 次の瞬間、シリウスが力いっぱい目を閉じて、祈るような顔で素早く杖を振った。

 

「ヴェンタス──風よ!」

 

 強い風で、花びらごともぎ取るように吹き散らされてゆく。

 

 セブルスが反射的に顔を背けて()()()を踏むと、その足にセメントみたいなものが掛けられたのが分かった。

 

「エポキシマイズ──接着せよ! コロッシュー──靴裏くっつけ! デューロ──固まれ!」

 

 次々と呪文がとんでくる。デューロ(固まれ)は3年生で習うような呪文だし、ヴェンタス(風よ)にいたっては、それよりも上の学年で習うはずだ。

 シリウスは、徹底的にセブルスの足を狙うことにしたらしい。固まったところを持ち上げようとしてもびくともしなかった。

 

 こんど引き離されたら追いつけなくなってしまう。

 

「お前はもう戻れ!」

「ことわる!エヴァーテ・スタティム──宙を舞え!」

 駆けだそうとするシリウスに向けて、セブルスは今度は積んであった大鍋やらペット用のかごやらをぶつけた。先ほど見たシリウスの振り方をまねたものだったが、まずまずの成果である。

 

 だが、シリウスも同じような手を何度も食ってはくれなかった。「スポンジファイ──衰えよ!」

 

 やわらかくなった障害物を、彼はそのままセブルスの方へ思いきり蹴り飛ばしたのだ。手当たり次第に。

 

 セブルスはその場から動けないので避けることもできない。痛くはないがとにかく呪文を唱えるのに邪魔だった。

(このままじゃ決定打がない。()かれる……!)

 

 飛んで来るものから腕で顔をかばいつつ、何か使えるものはないかとセブルスは辺りを見まわした。

 

 好き勝手シリウスの妨害に利用したものだから、さまざまな商品が散らばっている。

 すぐ近くの店は雑貨を取り扱っていたようで、机の上に積んであった本のとなりに、細々(こまごま)としたものもディスプレイされていたのだろう。

 

 そばの傘立てのような細長い入れ物に、バットのようなものが入っていた。『試しうちにどうぞ!』というきらきらした文字が中空に映し出されている。

 セブルスはなおもシリウスが蹴り飛ばしてくるものを、そのバットで何度も打ち返した。それでもシリウスが動けなくなるまでは追い込めない。

 

(……だったら)

 セブルスは先ほど見たばかりの杖の振りを再現した。

 

「ヴェンタス──風よ!」

 

 突風が吹き、近くにあった細々したものがシリウスの方に飛んでいく。

 だがきちんと効果を発揮したのはものの数秒に過ぎなかった。みるみるうちに勢いがおさまってしまう。

 

 吹いただけ良かったが、シリウスに及ばない感じがして気に食わない。

 

 当のシリウスは、驚いたような顔をした後に真剣なまなざしをセブルスに向けてきた。まるで、ようやく敵と認めたみたいに。

 

「グリセオ──滑らせよ!」

 やはり上の学年で教わるような呪文だ。

 固まっていない方の足に踏ん張りがきかず、セブルスはその場に転がることしかできない。(ひざ)をぶつけたが、つるつるなので痛くはなかった。

 

「お前は戻れ。──いいな」

 

 セブルスの方を横目で確認しているシリウスは、普通に両足で立っている。まるでつるつるの上じゃないみたいだ。そのまま地面を滑って(!)すぐ何本目かの路地に入って行ってしまった。

 その背を見送る以外、セブルスにできることはなかった。

 

 

 

 少し経ったあと、足元を固定していた呪文がようやく(ゆる)んで、セブルスは立ち上がった。

 

 予想どおり()かれてしまったが、やはりシリウスは何かを知っていて、"襲撃"に心当たりがあるのは間違いなさそうだ。

(……簡単に追いつけるといいけど)

 

 セブルスがそう考えていると、背後から『ぎい』とガラスのドアが開く音がした。中から店員……店主だったかもしれない、それらしい人がおそるおそるといった様子で出てきた。

「あの……商品が」

 

 セブルスはあらためて大通りを見渡してみた。

 

 なんとかシリウスに追いつこうとした奮戦の結果は、惨憺(さんたん)たる有り様というやつだ。

 

 なにかを仕立てる用の布や厚手の本、こまごました雑貨、大鍋にかご、レターセットやメッセージカードのようなもの、振り子のようなキラキラしたペンダント。他にも大量のものが大通り全体に散らばって、一部は切り裂かれたり割られたりしていた。今後も売り物にはならないだろう。

 

 セブルスは店の人にひと言だけ伝えた。

 

「ブラック家のシリウスにつけておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 肩の骨にかたい感触が当たった痛みで、視界がひらけた感じがした。

 

 まだ薄っすらとしたまどろみのなか、クラリスは『ぶつけた方の身体がやけに冷たいな』なんて考えていた。

 

 眠っていたんだっけ?

 まだ頭がはっきり働いていない。

 

 クラリスは切れかけた蛍光灯のように途切れ途切れになった記憶をたどってみたが、店内で一人になったところから先はぶつりと途絶えている。

 身体が満足に動かせなくて、冷たい床にぶつけただろうそこが痛んでも身を起こせない。

 

 どのくらいの痛みかというと、自宅の1階の屋根にあたる場所から、玄関ポーチに落ちてしまったときと同じくらいだ。つまり普通に暮らしていただけでは、なかなかお目にかかれないくらい。

 

 たしか今年の春のことだ。暖かくなってきたのだし、秋からは入学して次の夏まで不在になるからと、家じゅうを点検したのだった。

 レパロ(なおれ)でガラス窓を修理しても捕まらなかったから、ほかにもなおせる箇所があるならやっておこうと思って。

 

 クラリスの家は部屋数は少ないが2階建てで、彼女が使っている寝室も2階にあった。窓から玄関ポーチの屋根に上がり、そして足を滑らせて落ちた。魔法族はその程度では大けがをしないので、ただ痛いだけだった。

 身体の芯そのものに響くような痛みが引くまで、クラリスは玄関ポーチに座りこんで待つことにしたはずだ。

 

 そこに、同じように壊れている場所を調べていたセブルスが、おそらく落ちた音に気づいて調べに来た。彼は呆れたような顔で「何してるんだ」と尋ねてきた。

 

 事情を説明したクラリスに対して、彼が真っ先に言ったのは「杖をかせ」だった。

 おそらくは杖でけがを癒す呪文(チャーム)を使うという意味だっただろう。しかしクラリスはじんじんと痛む肩をもう一方の手でぎゅっと握った。

 

「それ、あなたが杖を使ってみたいだけでしょ」

「そんなのじゃ……。お前のけがが治ってぼくも魔法を試せるんだからいいじゃないか」

 『じろり』と非難するようにねめつけるクラリスに、セブルスは一度は否定しかけたものの、結局開き直った(もしも彼がクラリスに気を許していなかったら、そのまま嘘をついて隠していただろう)。

 

「やっぱりそうなんじゃないの」

 クラリスはがっかりして肩をすくめてみせた。真っ先に自分の利益にも目がいくところがセブルスらしいところである。

 

「そういうところよ。そんな風に持ちかけられても嬉しくない」

「嬉しいとか嬉しくないとかじゃないだろう。痛いかどうかだ」

「だからってちゃっかり自分がしたいことをねじ込んできて。自分のことばっかりだと嫌われるわよ」

「お前のためにだってなってる」

 

「あーあ。リリーだったら真っ先に『どこが痛いの』って聞いてくれるのに」

 

 この後に何をしたかはもう覚えていないが、普段と変わったことがあったような記憶はない。そのまま痛みもおさまったのだろう。

 

──杖くらい、使わせてあげればよかったかなあ。

 

 なにかが近くで動く気配がして、クラリスは今度こそまどろみから覚めた。

 

 何か石の床らしきものにクラリスは横たわっていた。今まで生きてきた中でもっとも寝心地が最悪な場所が更新された。二位に降落したのは自宅の木の床である。

 身体をのばすと肩やひじなどが痛んで、なんだかおばあちゃんになった気分だった。

 杖はホルダーにきちりと収まっていて、誰かが触ったわけではなさそうだ。

 

 そういえば、ほかの子はどうなったんだろう。

 

「リリー!……大丈夫?」

 

 彼女はとなりで(ひざ)をかかえ座っていた。もしかしたらクラリスと同じように寝かされていたのだろうか。先に目を覚ましていたのだろうが、床を見つめているだけだ。

 つややかな赤毛が細かに揺れている。

 

(……震えてる?)

 

 リリーがこれほど怖がっているなんて見たことがなかった。どんなものを相手にしても、誰かを守るためなら前に出るのがリリーという子だったからだ。縮こまっている肩がいつもよりも小さく見える。

 

 いやな予感に、心臓のなかに冷たいものが滴ってゆくような感じだ。

 その感覚を誤魔化すように、クラリスはとなりのリリーを横から抱きしめた。

 

 彼女もすぐに両手を広げてクラリスの背にまわしたが、言葉はない。

 ただ、ぎゅうっと腕に力がこもっているのが判った。

 

 2人は、どうやらガラスの水槽のような大きな箱に入れられているようだった。天井には柵のはまった戸のようなものが見える。排水溝のふた、それとも映画に出てくる鉄格子みたいだ。

 

 その場にある箱は彼女たち1つだけでない。

 いくつもの箱が隣り合っていて、自分たちの箱はべつの箱同士のあいだに挟まれるようにして置かれているらしい。隣り合った箱にもすべて猛獣らしきものが入っている。

 

(杖があるからすぐに脱出できる……、なんてはずないのよね、きっと)

 

 ホルダーはそのままに身についているし、杖も入ったままだ。

 きっと『脱出できないとわかっているから、杖も取りあげていない』のだろう。ほかの箱だって、魔法のちからがある生き物だらけなのに捕まえておけるのだ。

 魔法を使えなくする仕掛けがどこかにあるのかもしれない。

 

 周囲に人間らしき話し声はしない。助けを求めるというのも無理そうだ。

 

 自分たちの身に何が起こったのかは判らないが、きっと誘拐されたのだろう。黙っていたらどこかに連れていかれてしまうのは確定だ。

 その先でどうなってしまうのかなんて、考えたくない。

 

 クラリスの黒くて嫌な予感がうえから覆いかぶさって来るようだった。

 

「リリー。しっかりして。ここから出よう。……どうしたらいいと思う?」

 

 例えば手持ちのものでなにか打開策はないだろうか。リリーならば自分には思いつかないようなアイデアを考えられる可能性がある。

 

 それでも彼女はただ、嗚咽のようなため息のような小さな声をもらすだけだった。

 

「リリー」

「わからないの……。どうすればいいかなんてわからない。わたしにきかないで……!」

 

 その震えていて力ない声に、クラリスの胸がずきりと痛んだ。

 

 リリーだって、ずいぶんと混乱している。当然の話だが、『何者かに突然知らない場所に閉じ込められて平然としている11歳』の子どもなんているわけない。ましてやリリーは犯罪に縁(えん)なんかないのだ。

 治安の悪いスピナーズ・エンド出身とは違って。

 

「……ごめん。ごめんね」

 なんとなく、リリーならこんな場面でも、いつものように「いい方法があるわ!」と言ってくれそうな気がしたのだ。そう言ってくれて安心できれば、クラリスもいつもの調子に戻れて、いい行動が思いつくんじゃないかと頼ってしまった。

 

 やり場のないままで胸につまったままの不安がして、クラリスも力いっぱいリリーの身体にしがみついた。

 

 いつだってクラリスは『リリーが正解を見つけてくれて、なんでもその通りにすればいいんだ』と頼りきっていた。

 そんなはずがなかったのに。

 リリーだってなんでも知ってるわけじゃない。何かを間違えないわけでもない。

 

──なんでもリリーに選択を預けて自分は待っているだけなんて、りりーの気持ちを考えてなんかいない。

 

(わたしだってちゃんと決めなくちゃ。ヒントをあげて選んでもらおうなんてダメきもなことだった)

 

 きっと今はきちんと考えられないのだろうけれど、落ち着いたらリリーだって脱出に向けて行動できるはずだ。彼女はクラリスよりもよっぽど度胸があるのだから。

 

 だから、それまでは自分でも何とかしなくちゃ。

 

 

 

 




本日のハイライト:ゴールド・エクスペリエンスみたいなことやってるセブルス
「生まれろ…新しい命よ」

〇呪文について
・フリペンドって「撃て」でしたよね?「回転せよ」でしたっけ?どっちでも文脈は変わらないから、ままええか。

・スポンジファイ──衰えよ
ゲームでのみ登場。

・コロッシュー──靴裏くっつけ
ゲームでのみ登場。靴裏を地面とくっつける。日本語部分は拙作独自のもの。
トンクスが学生時代にスネイプ先生にかけたとかかけてないとか…。

・フラクト・ストレイタ──突き崩せ
ゲームでのみ登場。もろいものを壊す。『突き崩せ』は拙作独自の意訳。突いて崩れるようなものだけに効果があるイメージで。
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