セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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よし、大冒険3rdの最後まで書き上がったので、順次推敲しながらあげていきます。

2025年9月7日 全体的に修正済み


≪光≫リリーの大冒険3rdシリウス・ブラックとダイアゴン横丁 7 (修正済み)

 

 

 

 戻ってきた倉庫街には、来た時と同様に人影は見えなかった。

 それでも人目につかないよう、シリウスは念のために壁にせなかを預け、角の向こうをチェックしながら進むことにした。

 

 脅しがやってきたということは、シリウスがしたことは相手方に伝わってしまったと考えるべきだろう。だとするなら犯罪者が集まってきている可能性だってある。慎重に隠れるべきだ。

 

 午後を過ぎて、まだ日光が照りつける時間帯である。人影が見えたらすぐに退避しよう。

 目的の倉庫の入り口側、向かいの倉庫の角にまで小走りで近寄った。

 

 そうして正面から捉えた目的の倉庫は、他と比べるとそこだけ様子が違っていた。

 

 正面の金属扉がかすかに開いていたのだ。(かんぬき)も外されて、かたわらの壁に立てかけられている。

 室内がどうなっているのかまでは、シリウスがいる位置からはよく見えない。

 

 見張りの姿もなかった。座っていたはずの倉庫前の木製いすは(から)だ。

 

(透明になってる……わけじゃないな)

 そういう魔法もあるので一応目をこらしてみたが、特有の景色の揺らぎのようなものはないように見える。

 

 やはり、誰もいないようだった。

 

 シリウスは、そのわずかに開いた入り口扉にまで一気に距離をつめ、ドアの隙間から中を覗いてみた。

 視界は狭く、シリウスの目にうつるのは倉庫の奥の角だけだ。

 

 建物の角が見える?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぶわっとシリウスの背中に嫌な汗が広がった。

 

 杖を構えながら、音がしないようにゆっくりと扉を引いてみる。入り口がシリウスが通り抜けられるくらいまでに開くと同時に、中に飛び込んだ。

「エクスペリアームス──武器よ去れ!」

 

 杖先から閃光の進む先には壁しかなく、呪文はどこにも効果をおよぼさなかった。

 

 改めてシリウスが周囲をぐるりと見渡してみても、やはり人影や誰かの隠れている痕跡(こんせき)は見えない──というよりも、その倉庫全体がもぬけの(から)と呼ぶべき状態だった。

 ガラスケースの(おり)のうち、(から)のもの1つだけがぽつんと残されている。

 

(逃げられた……!?)

 シリウスは一瞬、がく然として動きを止めてしまった。

 

「インカーセラス──縛れ!」

 その背に何者かの呪文が当たり、シリウスの身体がロープにからめとられた。足首まで縛られてしまったら、そのまま立っていることなど出来ない。

 

 床に倒れながらも、シリウスはけんめいに後ろを振り向いた。

 金属扉の向こう、屋外に誰か立っている。男が一人。

 

「だましたな、ぼっちゃん」

 

 怒り心頭で赤黒く染まった額と、ぎょろっとした目がシリウスを捉えている。

 先ほど呪文で石にし、杖と連絡手段(バッジ)を奪ってやった見張りの男だ。

 

 外で待ち伏せしていたのだろうか。それとも、戻ってきたら判るよう魔法でもかけていた?

 扉から入ってきた男は杖は構えていなかった。石化の呪文が解けてからも新調できていないのかもしれない。

 杖なしでシリウスを捕まえられるのだから、やはり魔法使いとしての腕は確かなようだった。

 

「……そんな怖い顔をするなよ。ちょっとした悪戯、おふざけじゃないか」

「おれにまかされた仕事ができなかった。お前がだましたからだ……!」

 

 男は犬歯をむき出しにして怒鳴った。

「今すぐ海につれて行ってやるぞ!いどうのときに()()()させれば、すぐに魚のえさにしてやれるからな」

 

 がらんとした空間で重い足音を響かせて近づいてくる男に、シリウスは地面に倒れながらもまっすぐ顔をあげた。

 

「2人はどこに行った!」

「おまえとはもう話さない!」

 

 見張りはシリウスの方に腕をのばしてきた。

 もうあと1歩踏み込めばシリウスの胸倉をつかみあげられる。

 

「──おまち下さい」

 

 そう言って2人のあいだに割り込んだ者がいた。シリウスを背にかばうような形で。

 倒れこんでいる自分よりは背丈の高いその生物は、シリウスのよく知っている妖精だった。声で『自分の家の妖精のなかで、いっとう嫌いなやつだ』とわかる。

 

「……ぼっちゃんのしつけは、クリーチャー以外がしてはいけないとご命令がありました」

「そいつはおれをだました!仕事をしくじったからもうすぐクビにされる」

 

「奥様はブラック家の連絡のいき違いがあったとお認めになりました。クビにはしないと伝えるようクリーチャーにお命じになりました。

 ここでぼっちゃんに手出しをしたらクリーチャーめがお前に手をくだすことになっている」

 

 妖精の魔法はふつうの人間のものとは違う。そのせいなのか、決闘のようにやり合う魔法族はあまりいない。

 

 "屋敷しもべ妖精"は誰かの命令に従う生き物なのだから、命令の主をどうにかする方が先だ(そうなると屋敷しもべ妖精を所有する魔法族のうち犯罪者、つまり死喰い人などがしもべ妖精に常に自分を守らせない理由がないような気がする。実際にそのようにしているのだろうか?しもべ妖精対しもべ妖精をやっているあいだに、その主人同士での戦いになるのかもしれない)。

 

 クリーチャーはブラック家の屋敷しもべ妖精を束ねる侍従長みたいなもので、母親から重要な命令を任される存在だった。

 しばらく1人と1匹で黙ってにらみ合っていたが、引き下がったのは見張りの方だった。一歩下がった靴音がやけに響く。

 

「ぼっちゃんがかってなことをしないようにしろ」

 吐き捨てられるような言い方をしている。嫌われたものだ。

 

(でも、悪いのは犯罪をやる方だろ)

 

 見張りの男はシリウスから離れた後、外に出て、乱暴な大きな音を立てて金属扉を閉めた。それから金属同士のこすれる重い音とともに扉が小さく揺れる。

 (かんぬき)がまた取り付けられたのだ。

 

 シリウスがその様子を眺めていると、身体を縛りあげていたロープは、もともと無かったものであるかのように瞬きの()に消えた。

 報復される危機は去ったが、危機が終わったわけじゃない。リリーとクラリスを助け出すためにはこの妖精をどうにかしないと。

 

「お前──」

 シリウスがクリーチャーに何か問うより先に、妖精は言った。

 

「お話はそこに入って頂いてからにしろと、奥様が」

 クリーチャーのぼそぼそとした低い声でも、倉庫の広い空間ではひどく大きく聞こえる。

 

 シリウスの身体全体が、そのままなにか大きな力で舞い上げられるようにふわりと宙に浮いた。

 次いで腕を上げたクリーチャーが指先を横に()ぐと、ガラスケースのてっぺんについていた、檻のような格子のふたが横にずれる。

 それから、シリウスの身体がガラスの檻に放り入れられた。まるで余った(あめ)を空っぽのガラスびんに移すかのように、

 

「いてっ」

 

 床に身体を投げ出されて、肩がぶつかる。そっと降ろすことだってできるだろうに。

 つまりこれは“しつけ”というつもりか。

 

 シリウスは、すぐに立ち上がって真上を振り仰いでみた。ちょうどその時、金属の柵でつくられた鉄格子のような、牢屋の出入り口のような(ふた)が閉じられる。

 

 両手を伸ばしてみても(ふた)ははるか上なので、ずいぶんと高さがあるようだ。おそらくシリウスの背丈の倍よりももっと高いだろう。とうてい手は届かない。

 

 自力で脱出できるようになんてなっていないだろう。だったら、クリーチャーに出させる方向で考える方がましだ。

 できうる限り、クリーチャーを引き留めながら言いくるめる方法を考えなくてはいけない。

 

 とにかく何かを口にしようとして、シリウスは真っ先に気になったことを尋ねた。

「お前はおれをずっと見張ってたんだな。今日おれが貴族のお屋敷を抜け出してからずっとだ」

 

 証拠(密売)品は移動されてしまった。

 移動した理由なんて決まっている。シリウスが犯罪の告発をしようとしたとわかっているということだ。捜査されても犯罪がバレないようにするために隠した。

 

 つまり、一連のことは全て家に……母親に連絡がいっているのだろう。

 

 だが、その連絡をしたのは見張りではない。だまされる前の見張りは言っていた。「自分が上の人間に連絡する手段はない」と。ブラック家に直接連絡する手段もないはずである。あるならば勝手にやってきたシリウスについて家に連絡を入れて確認くらいするはずだ。それもなかった。

 

 そして、今まさに見張りにばらまかれそうという都合のいいタイミングでクリーチャーが現れた。妖精の魔法に、なにか姿を隠したり悟らせないようにする魔法でもあったのだろう。

 

 つまり、シリウスの今日の行動はすべてクリーチャーに把握され、両親にも報告しているし、証拠となる品も全て移動されてしまった。

 

「お前の知っていることをすべて言え。今すぐにだ。おれの命令だ」

「クリーチャーめの()()()は奥様です。奥様がしゃべるなとお命じになったことはクリーチャーは申し上げない。

 クリーチャーめには奥様を悲しませるぼっちゃんになにかお話しできることはありません。奥様は不良になってしまわれたぼっちゃんに失望なさっております」

 

 この妖精への絶対的な命令権を持っているのは、本来母親ひとりである。母親ならば、この妖精に対してどれほど無体な命令でもすることが許されるのだ。

 シリウスは息子なので母親の意向に沿うものであれば命じることができるが、そうでないなら妖精は従わないことができるのである。いわば、母親の命令権の照りかえしにあずかれることもある、という程度だ。

 

 シリウスもそれはわかっている。結局、母親が厳命してしまえばシリウスは別荘の部屋の交換もできないし、しもべ妖精一匹とて動かすことはできない。

 それがシリウスの腹に()えかねる。結局は母親の管理(手のひら)の上から抜け出せないのだ。

 

「2人をどうしたんだ!お前もわかってるだろ、おれがいっしょにいた子がさらわれたのを」

「クリーチャーめにはわかりません。奥様がお命じになったことではない。純血でない魔法族など、栄えあるブラック家のお方が気にかけるものではありません」

 

 誘拐したのはブラック家の命令ではない、とクリーチャーは言っているようだ。誘拐犯が勝手にやったことで家族は何の関係もないと。

 

「だったら2人は助けてくれ。"悪いこと"をしたのはおれだけだろう!」

「ぼっちゃんの命令でもクリーチャーめがお助けすることはありません。奥様が"穢れた血"を助けるのをお命じになることはない」

「ああ、わかった。反省する。こんなことはもうしない。わかったからここから出してくれ」

「それをお決めになるのは奥様です。奥様はぼっちゃんがしばらくその中にいることをお望みです。守るべきもののわからない愚かなぼっちゃんはそうされるのです……。

 大人しくして反省していらっしゃいませ。後ほどお迎えにあがります」

 

 どうやらクリーチャーはてこでも動かないつもりのようだ。彼自身も母親と同じく"穢れた血"を見下しているから、マグル生まれと半人間の2人がどうなってもいいのだろう。

 むしろ、嫌っていていなくなればいいとすら思っているかもしれない。母親が禁止していないことをシリウスが命じても従わないのだから。

 

 シリウスは人を人とも思わないその態度に、腹の底からカッとした怒りがわき上がるのを感じた。暴力的な衝動のまま、どかりとガラスの壁を殴りつけながら、シリウスは言った。

 

「お前は家に戻れ!おれを見張ることも、おれの場所を調べることも禁止する。とにかくおれを見るな!」

 クリーチャーは冷たい目をシリウスに向けていた。"穢れた血"もそれを人とあつかう純血も、この妖精にとっては価値のないものだと言いたげに。

 

『去れ』と命令されたことはむしろ当(エルフ)にとって都合がよかったのか、クリーチャーはあっさりと承諾した。

「それではクリーチャーめはお屋敷に戻ります」

 クリーチャーは一礼した。そのまま、『ぱちん』と泡のはじけるような音とともに、その小さな背がかき消える。妖精の魔法で屋敷まで移動したらしい。

 

「……くそ!」

 どん、とシリウスがガラスの壁をたたいた音だけが、広い空間にこだまする。

 

 クリーチャーが去る命令には応じたということは、見張っていろとは言われていないのだろう。この檻にはよほど自信があるようだ。『一人ではぜったいに出られないだろう』と。だから杖も取り上げなかった。

 

「アロホモラ──開け!」

 試しに杖を振ってみると、ふたの両端がかたかたと小さく揺れたが、扉が開くほどの動きはなかった。

 

「床にしかけがあるとか言ってたな」

 どうやら、魔法を使う邪魔をする、もしくは魔法のちからを弱めるような作用があるらしい。

 

「レヴィオーサ──浮かべ!」「レデュシオ──縮め!」「スポンジファイ──衰えよ!」

 壁がもろくなってはいないかと蹴りを入れてみても、傷すらついたあとはなかった。むしろ足の芯に衝撃が跳ね返ってきて、じんじんと痛む。

 

 やはり魔法は不発だ。だったら物理で試すしかない。

 シリウスは利き足の靴をなかば脱いで、中空に勢いよく蹴りあげてみた。いわゆる靴投げの要領である。

 がちゃりという音とともに靴がぶつかり、そのまま真下に落ちてくる。やはり鍵がついているようだった。

 

 ──仮に鍵がついていなくてふたが開いたとしても、シリウスの背では抜け出せない高さだ。結局魔法を使えないと脱出は難しいのだ。

 

「くそっ!」

 急がないと2人が危ないのに!

 

 上着を脱いでロープのように出来ないか試したり、魔法のちからを爆発させられないか四苦八苦したり、思いつく限りのことをしたが、脱出できそうな気はしない。

 

 シリウスはその場に座り込んだ。

 そう簡単にあきらめたわけじゃない。『執念深いブラック』の気質を、シリウスだってちゃんと受け継いでいる。

 

 クリーチャーがまたやってきた頃にどうにか逃げ出す案を練りつつ、なにか思いついたらその度に試してみるつもりだ。

 

 たとえば、騒いで誰かに見つけてもらうというのはどうだろう。

 

(……いや、この辺には人が通りがかったりしない)

 シリウスは自分の案を否定した。騒いだとしても誰も聞いていないのじゃ意味がない。

 

 だったら見張りをまた(だま)すというのはどうだろう?見張りならば(おもて)に確実にいるはずだ。先ほどから、外がどうなっているのかを(うかが)わせるような音はなにも聞こえてこない。

 

「おおい!そとの見張り!聞こえるか!?話し相手になってくれよー!」

 適当なことを大声で呼びかけてみるが、シリウスの声は消えてゆくばかり。なにか様子が変わったような気配はない。

 

「……ダメか」

 話さないと言っていたのだから無視しているのだろう。

 バカで犯罪者とはいえ、いいやつなのに本格的に嫌われてしまった。

 

 シリウスがうなだれて、それからも(しばら)くうんうん頭を悩ませた後のことだ。

 

 どのくらい経ったのかは数えていないが、不意に虫がガラスケースの外に止まっているのが視界に入ったのだ。

 

(……いや、これは中にいるのか?)

 虫はこん、という軽い音を立ててガラス壁にぶつかっていた。それからもじりじりとガラス沿いに移動してゆく。

 

 壁に止まっているというよりは、壁の外に出たがって出口を探しているような動きである。

 黒っぽくて第一関節くらいのサイズだが、羽音は聞こえなかった。黒っぽい板状で、石に似ているような……。

 

(ちがう、これは虫じゃない!)

 

 金属片みたいなものだ。片面には"エポキシマイズ"の魔法でもかけたかのように、何かべたついたものがひっついている。

 

 急いで近づいてまじまじと観察してみると、それが何なのかシリウスは知っていた。

 ここにあるのはきっと偶然じゃない。もしかして『あの時』に身体のどこかに接着したのだろうか。

 

 だとしたら、助けは近くにいる。

 希望が見えてきて、シリウスの口元には笑みがこぼれた。

 

(ジェームズの次くらいにはやるな、『アイツ』)

 

 

 

 

 

 

 チョコレートひとかけくらいの、黒っぽい小さな板が倉庫の壁にぶつかっている。

 

 あまり音を立ててはまずい。

 セブルスはそれを、いつもより大きいその手の中にすっぽりとおさめた。

 

"遠々(延々)磁石"というらしいその魔法のおもちゃは、2枚1組の磁石のようなものだった。自分が1枚を持ち、もう1枚はシリウスに仕込んである。

 いっとき見失っても追いかけられるように。

 

 それを用意したのは、シリウスを追いかけていた時のことだ。

 呪文で足を止めようと、道沿いにあった軒先の商品をひたすらぶちまけたあの時、大通りに散らばったもののなかから探しあてた。

 

 このままではシリウスに()かれると読んだからだ。

 磁石の片割れをヴェンタス(風よ)に紛らわせ、吹き飛ばしてくっつけた。そのために、ほんの1~2秒の突風でも充分だったのだ。拾えるような場所に落ちていたのは、ただ運がよかっただけだ。

 

 4人で買い物にまわっていた時、雑貨店に並んでいたのでセブルスは思ったのだ。『これがあったら今後またクラリスがいなくなった時があったとしても、すぐにどこにいるかわかるな』と。

 

 店のひとに説明を聞いた限り、それは遠方でもお互いをずっと引き合うというおもちゃグッズらしい。片方に磁石をつけておけば、もう片方からはそれがどこにあるのかわかる。磁石自体がふわふわとそちらに移動することもできるし、握りしめればどちらの方向なのか光が地面に照射され、指し示してくれる。

 

 ()かれてもセブルスがシリウス(らしきもの)を見つけ出せたのは、そのためだ。

 

 どうも、この倉庫の中にいるようだ。──服だけが落ちているのじゃなければ。

(中を調べてみたいけど……)

 

 誰かに中から気づかれてはまずい。

 建物の壁を観察してみると、ずいぶん高いところに空気穴のような四角い穴が開いていた。おおよそ建物の2階くらいの位置だろう。

 

「レヴィオーサ──浮かべ」

 セブルスはためしに自分の身体を浮き上がらせてみた。近くに誰か犯罪者がいるかもしれないので、こっそりとだ。

 

 穴に近づいてみると、それは四方が30センチメートルくらいしかない空気穴だった。さすがに出入りできるようにはしていないようだ。

 魔法の倉庫なので、おそらくレデュシオ(縮め)なんかでも出入りできないようになっていると思う。──もしも出入りができたとしても、今のセブルスには使えない呪文だ。

 

 覗けるだけ覗いてみると、倉庫内は明るくて全体がくっきりと見えた。

 倉庫の中にあるのは、大きなガラスケースが1つだけ。(おり)のような(ふた)がてっぺんに付いていて、その両端にはごく簡単な鍵が1つずつ、計2つが(くく)りつけられている。

 

 そしてその中には誰か人影があるようだった。角度的にふたが邪魔で見えにくいが、黒い髪の子ども。服装からして、シリウスで間違いない。

 どうやらシリウスは捕まったようだった。

 

(……2人もこいつも誘拐されたのか)

 

 誘拐犯が相手なら顔の整っているシリウスだって捕まる可能性は高い。リリーやクラリスだってかわいい顔立ちだから誘拐されたのだろう。2人を助けに行ったが返り討ちにあったといったところか。

 だとしたら、近くに誘拐犯がいるかもしれない。

 

(……どうやって中に入ろう)

 

 頭を悩ませながら、セブルスは音がしないようふわりと地面に降りたった。

 人目につかないよう、近くのべつの倉庫の(かげ)から、倉庫の正面がどうなっているかを観察してみる。

 

 すんなり侵入できる、とはいかないようだ。

 

 入り口の重そうな金属扉には、同じく重たそうなかんぬきが差し込まれて、しっかりと閉じられている。扉の前には木製のいすに腰かけた男がいて、近寄る者を見張っているみたいだった。セブルスが近づいたと気づかれたらすぐに呪文を撃ってくるかもしれない。

 

 中に入るのにいいアイデアはなにかあっただろうか。

 

 セブルスは手持ちの道具について、あれこれ頭をめぐらせ始めた。

 

 

 

 倉庫街にたどり着くまで、シリウスのみならずセブルスもまあまあ苦労をしていた。

 

 魔法族ばかりの場所にきちんと来るなんて、今日が初めてなのだ。むしろ『治安が悪いノクターン横丁を横切ってよくたどり着けた』と褒められるレベルですらある。

 

 まず、大通りでシリウスに()かれた後、セブルスはすぐにダイアゴン横丁の入り口のパブ"漏れ鍋"に駆けもどってみた。先生が戻ってきているのなら、追いかけるのに同行してもらった方がいいと考えたためだ。

 

 だが先生に指定された席に着いても先生の姿はない。もちろんシリウスが戻っているということもなかった。念のため、近くにいた大人に『ホグワーツの先生本人や、先生に連絡をとれる人はいませんか』と尋ねてみたが、それも空振りだった。

 

 先生は出かけたまま、リリーとクラリスの2人も戻ってこない、シリウスが飛び出していった……。となると、いよいよ何か起きたのは確定だろう。2人は洋装店から別の場所に連れていかれた、つまり誘拐事件が起きたのだ。

 

 そうでなければ、もっと凶悪な事件が起きたのだろうか。たとえば、実は洋装店で2人がすでに死……なんて、考えたくもない。

 嫌な予感がわき上がってくるのを振り払うように、セブルスはかぶりを振った。

 

 たぐれそうな手がかりは、やはりシリウスだろう。

 顔には殴られたような(あざ)があったことだし、セブルスが目を回していたあいだに何かが起こったのは明白だった。

 

 あいつは"何か"を知っていたんじゃないだろうか。わざわざ()いていこうとするくらい、セブルスには秘密にしたい"何か"を。

 

 シリウスとこの誘拐事件にどういう関係があるのかまでは推理できない。それでも、ああやって飛び出して行ったのだから手掛かりはあったのだろう。

 犯人に心当たりがあるとか、連れてゆかれた先を知っているとか。

 

 心当たりもないのに闇雲に探しまわりに行った……という可能性もあるが、それならセブルスに協力をあおぐはずだ。ふつう、人手は多い方がいい。

 

(もしかしたらアイツが行ったのは危険な場所なのか……?)

 これならば"闇雲にさがしている"説でもセブルスを連れて行かないかもしれない。

 

 手のひらにある"遠々(延々)磁石"の片割れに触れながら、どうすべきかを思案する。

 何にせよ、セブルスが持っている手がかりはシリウスだけだ。あいつを探す以外にできることはない。

 

 とはいえ、磁石の誘導にしたがってたどり着いた先で、誘拐犯に見つかってしまうようでは危険すぎる。

 戦うかどうかはともかく、こっそり忍び込んだり注意を逸らしたり、そういうことが必要な場面がくるかもしれない。なにか仕込みをしていないと、『助けにいったつもりが自分も捕まる』なんてことが起こりかねない。

 

 セブルスはまず、磁石に指し示された光づたいに大通りを進んでみた。そうして奥の方にまでゆくと、光はせまい路地の方に折れ曲がっている。

 看板には"ノクターン横丁"と書いてあった。

 

 べつの横丁なのだろうか。見たところは昼間なのに薄暗く、建物が入り組んでいて道がはっきりと見えない。どことなく、地元(スピナーズ・エンド)の工場地帯に似た空気のような気がした。つまり人気が少なく、やけに静かで、怪しげな薬の取引などに集まってきそうな地域だ。

 

 セブルスには、ある意味なじみ深い雰囲気だった。何年にもわたり、治安がわるい工場地帯を子ども一人でちょくちょくうろついていた頃を思い出す。リリーとクラリスと知り合う前のことだ。

 

 光は奥の奥まで続いている。だからセブルスが路地の方に身を乗りだしてみると、後ろから「ちょっと、きみ!」と鋭い制止の声がかかった。とんがり帽子をかぶった母親らしき人と、その連れらしき子どもだった。

 

「そっちは子どもが入るようなところじゃないのよ、大人はいっしょじゃないの?」

「近くで待ってます。ちょっと見てみたかっただけなので入ったりしません。……どんなところなんですか?」

 

 しれっと嘘をつくセブルスに大人が気づくことはなかった。ただ「物騒なのよ。はやく戻りなさい」と急かすばかりだ。

 子どもがきちんと戻るまでを見守る心づもりのようだ。

 

(……そんなに危ないところなのか)

 

 ますます誘拐犯が潜んでいても不思議じゃない気がするが、準備もないのに飛び込むべきじゃない。

 セブルスはぺこりと頭を下げ、大通りの方に戻った。

 

 シリウスがこの先にいるのは確かなのだから、行かないという選択肢はありえない。でも、彼を探し回っているあいだにべつの犯罪に巻き込まれるわけにもいかないのだ。

 

 シリウスならば「グリセオ(滑らせよ)」で追手から逃れたまま駆け抜けられそうだが、セブルスには無理だ。

『難しい呪文なので使えないかもしれない』というのもあるが、使えたとしてもあんな風に移動はできない。

 

 なにせ、先ほどシリウスに呪文をかけられたときは、あまりに滑って立ち上がれなかった。くやしいがバランス感覚やらインナーマッスルやら、セブルスには何かが足りなかった。

 

 だったらどうすればいいのか。

 

 ぱっと思い浮かんだのは"変装"だ。

 外見を変える方法があるんじゃないだろうか。なにせ魔法の世界だ。マグル向けのおとぎ話でも、魔女がなにかを変身させたり、たとえばシンデレラをドレスアップさせたりというシーンがある。

 

 どの店に行ってみるべきか考えをめぐらせ、ひとまず今日見て回った店のうち、いちばん変身できそうなところに行ってみることにした。

 

 

 

 コルクで蓋がされた、大きめのガラスの小瓶がある。

 

 セブルスがそれを持ち上げて間近で傾けてみると、中身がどろりと動いた。

 カエルの粘液みたいで、お世辞にも味が良さそうではない。それなのにコップ一杯分くらいは入っていそうだった。

 

(できればこれは飲みたくないな)

 

 眺めているうちに、自然とセブルスの眉が寄っていった。

 

 ダイアゴン横丁はさまざまな店がある。学用品の買い物では用がない場所でも、今回のような下準備には最適だった。そのなかでも、最初に選んだのは魔法薬の店だった。

 4人組でまわっていたとき、シリウスは「魔法薬はホグワーツの授業でもやるし、かんたんなのなら自分で調合するんだよ」と説明していた。

 

 店で取り扱いがあるのは、調合が難しかったり時間がかかるようなものらしい。シリウスは店の中で『これはこういう効果の薬』と知っている限り説明をしたし、わからないものは店員に聞いていた。

 

 セブルスが案のひとつに入れていたのは"ポリジュース薬"と呼ばれるものだった。正確にはその改良品にあたるらしい(本来ポリジュース薬は調合にひと月近くはかかるし、出来上がってから長期保存がきくようなものではない。そこから店の人がなにかしらの手順やら材料やらを追加したりして改良したものだ)。

 

 ともかく、他人に化けられるという薬はセブルスにとって魅力的だった。

 たとえばこれでシリウスに化けられれば、かなり買い物が楽になる。

 

 セブルスはシリウスの財布をあてにする気満々であった。2人を誘拐から助けるのだし、そうならそうと事情を話さないあいつが悪いのだ。金持ちなのだからそのくらい協力してもらおう。

 やはり倫理観はゆるめなのである。

 

 しかし、この薬でシリウスに化けるにはシリウスの身体の一部──髪の毛などが必要だった。

 今からでは手に入れる方法がない。仮に豪運に恵まれてシリウスの髪の毛がセブルスの服のどこかにくっついていたとしても、セブルスも黒髪なので区別がつかない。手入れに金をかけられるシリウスの方がつややかだろうから判断できるかもしれないが、ギャンブルにはなるだろう。

 

 高額だと思われる薬を使って何にもならなかったら支払い損だ。どの硬貨が何ポンドだなんてセブルスの頭にきちんと入っているわけではないが、買い物を体験したふわっとした感覚でも、値札の数字は高額な印象だ。教科書を何セットも買えるような。

 

 結局、セブルスはそのポリジュース薬でなく、「これだ」というものを選びだした。

 

 店員にはこう切り出す。

「あー……、実はシリウス・ブラックに頼まれて買い物に来たんですが」

 この人も、先ほどまでシリウスと買い物を共にしていたのを見ていたはずだ。

 

「ブラック家のツケで買ってきていいって」

 店員はじろじろとセブルスの顔を観察した。嘘がないかを見極めようというのだろう。セブルスはできる限りなにも悟られないよう、じっと店員の目を見返すことだけに専心した。

 

 この薬は大人には用のないものだ。だから値段も1本あたりがそこまで高くない。そして、活発な子どもであるシリウスならば買いそうなチョイスだろう。

 勝算はじゅうぶんだ。

 

「……ブラック家のシリウスさんにつけておきます。トラブルはやめてくださいよ」

「わかりました」

 

 トラブルが起きたって知ったことじゃない。

 セブルスはそんな本音はおくびにも出さずに承知してみせた。

 

 この後、『魔法薬以外にも持ち運べそうで使えそうな道具』を同じ手口でそろえつつ、セブルスはシリウスを追いかけてノクターン横丁に入ったのであった。

 

 

 

 

 




シリウスとセブルスが同格になってるように見えますかね?
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