セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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2人とも見た目は大人薬で大人になってるけど、中身は11歳の子どもっていう。
ご都合主義?そう…(無関心)。


原作?あいつはいいやつだったよ…。

2025年9月7日 全体的に修正済み


≪光≫リリーの大冒険3rdシリウス・ブラックとダイアゴン横丁 9(3rd完) (修正済み)

 

 

 

 先ほどじゅうたんのようなものを運んできた人物はすぐに出て行った。時間通りに"貨物"を引き渡したのだろう。

 運ぶのだけがその人物の役割であるのなら、倉庫にはまた別の見張り──シリウスに脅しをかけてきた相手?がいることになる。

 

 セブルスとシリウスがバカな見張りから奪った命令書の文面にはこんな風に書いてあった。

『移動先の倉庫にいるもう1人の見張りと合流せよ』。

 

 つまり2人で荷物の見張りにあたれという指示に変更となったわけだ。

 シリウスさえ来なければ元々バカな見張り1人で済ませるような仕事だったのである。『多くても2人で十分だ』という判断なのだろう。

 

 2人は念のため倉庫のかべに聞き耳を立ててみたが、建物の中はしんと静まり返っていた。

 

 どうやら、倒すべき敵は1人だけだと判断して大丈夫そうだ。

 だったらうまく出し抜けるかもしれない。

 

 今回忍び込みたい倉庫は、シリウスが捕まっていたものよりもひとまわりは大きく、まるで小型飛行船の保管場のようだった。

 

 正面には大きなシャッターのような入り口と、そのわきに人間が出入りする用の扉がついている。どちらもうすい鉄板のようなものでできているようだった。年季が入っているのか、さびが全体の半分くらい浸食しているから、見た目には(もろ)そうだ。

 扉の目の部分にだけは、開くのだろう切れ込み入っていた。大人の背の高さならばちょうどいい位置だ。

 

 セブルスはこっそりと『アロホモラ(開け)』を試してみたが、シャッターも入り口も開かなかった。さすがにこういう場所のカギは防犯対策がしっかりされているらしい。

 

 セブルスがコツコツと扉をノックすると、音を立てて扉の目の部分だけが開き、中の人物が目だけをのぞかせた。目つきは悪くて眼光がするどい。

 

 隙間からちらっと見えた様子だと、屋内にはガラスケースのようなものが『すし詰め』になっていた。この中のどれかにリリーとクラリスが掴まっているはずだ。

 そうじゃないとは、あまり考えたくない。

 

 セブルスとシリウスの2人が横にならんだうち、主にセブルスが前に立って屋内の人物の目を見返した。

 

 シリウスの案である。やせていて強そうには見えないので、相手が必要以上に警戒することがないというのは利点だと。

 さらに言えば、近くで女によくよく観察されれば、大人の姿でもシリウスだとすぐに気づかれてしまうというのもある。殴られた時に顔を目の前で見られているし、子どもの面影だって残っている。整っているのが(あだ)になっていた。

 

「……彼女か?」

 セブルスが『お前を襲ってきた相手なのか』とシリウスに確認すると、彼はシャッターのそばに背を預けるような姿勢のままで首を縦に振った。

 

 2人の作戦はごくシンプルなものだ。

 つまり、隙をついての一撃必殺。機先(きせん)を制しようというのである。

 

 そのためにはどうにか女を外に誘い出すか、もしくは自分たちが中に入るしかない。

 誘いだす台本は2人で少し考えてきたものの、相手の反応が自分たちの思い通りになるわけもない。基本はアドリブである。セブルスは気おされないように淡々としたしゃべり方を心がけて話しはじめた。

 

「シリウス・ブラックはブラック家に引き渡されたが、その時に見張りが……、あー、不幸にも事故にあった」

「へえ。"事故"ねえ」

 

「ブラックの……子どもを海にばらまくだとか言ったらしい。屋敷……どれい妖精?

(シリウスは『しもべ』と、横合いで口をパクパク動かした)……屋敷しもべ妖精が処分したと。

 それでもぼくら──じゃない、我われが何もしないでおくわけにもいかないだろう」

 

 アイメイクが黒っぽくて濃い女は、じろじろとセブルスの方を見上げている。さすがに大人に変身したときの身長はこの女よりも高かった。

 

(……美人に見えないな)

 セブルスの好みじゃない。 

 

 つとめて無表情になるように、無言で女に目を合わせつづける。シリウスは『なに考えてるのかわからない顔をしてるから大丈夫だ』とかなんとか言っていたが、本当だろうか。

 

 ややもして、女はフン、と鼻をならした。「いらないね。さっさと消えな」

 特に疑っているような声の響きはない。『話は信じたが必要ない』というニュアンスのような感じがした。

 

「なぜ。シリウス・ブラックが来なくとも、あいつは何か……、そうどこかへ連絡したはずだろう。(『警察』……じゃなくて……。シリウスはなんて言ってた?)

 あー、闇祓いが。ここまでやってくるかもしれない」

「だれか来てもここを開けなけりゃ十分さ。お前らを招き入れてなにか起こる方がよっぽど困るね」

 

「こちらも命令されて来ているんだ」

 そう言ってセブルスは見張りのところで手に入れた"命令書"をひらひらと振ってみせた。

 

「なんの見返りもなしに帰るわけにはいかない」

 

 一歩踏み出してじいっと見る圧力を増やしてみる。相手も犯罪者だけあって、それでたじろいだりはしなかった。

 ただ、眉毛をつり上げて馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 

「そもそもドジを踏んだのはそちらさんでしょ。こっちはブラックのおぼっちゃんが余計なことをしたからって急な仕事なのよ?もう夏のバカンスも残り少ないって時にさあ。だったらせめて金くらいはせしめないとやってらんないでしょ。 

 だのに、どうしてあんたたちと組んで分け前を減らさなくちゃならないっての?

──仕事はきっちりこなしてやるわよ。でもその代わり、報酬はこっちの総どり。わかりやすくっていいでしょう?ご主人様にそう伝えて、とっとと失せなさい」

 

 取り付く島もない。しかし、このまま簡単に引き下がるわけにもいかないのだ。

 

 セブルスは少し離れたところに移動したシリウスに、ちらりと目をやった。彼は女からは見えないよう、杖をその手に携えたまま立っている。セブルスの身に危険が起きたときに手を打てるようにするためだ。

 

 シリウスは首を横に振った。

 

(……だとは思ったけど)

 

 時間をかせぐ必要があるので、セブルスは話をつづけた。

 

「……報酬をもらいたいのはこちらも同じだ。勝手なまねをしてブラック家の仕事が来なくなってもいいのか?」

「はん。お貴族さまがなんだっていうのよ。関係あるのはあんたたちだけでしょ。こういう急な仕事じゃなきゃ見向きもしないくせに。失礼な連中だよ、本当に」

 

 ふっ、と横に立っていたシリウスが小さく笑った。うれしいような情けないような顔だ。

「結局、こういう連中にもウチはよく思われてないんだな」とごく(かす)かな声で言った。

 

「どうしても開けないっていうのか?」

「そういうことよ。にぶい連中」

 

「だったら、これからはどんな仕事だって出来なくしてして差し上げようか。ブラック家の力をつかえばかんたんなことだ」

 セブルスは、今度はクラリスにもシリウスにも『(かん)にさわる』と評判?のしゃべり方を意識してみた。子どもなのであまり難しい単語は知らないが、とにかく何かしら圧力を感じてくれればいい。

 

 女は値踏みするように目元にちからを込めて、セブルスの方を見返している。それでも引くわけにはいかなかった。

 

 こういうところでは一歩もひかないのが重要だ。ひいてしまえば最後、リリーとクラリスが助けられなくなる。

 気おされないよう、そのままにらみ合った。

 

 相手は犯罪者である。大人ですら恐ろしさに身をすくませてしまう相手だ。子どもにとってはなおさらだ。

 それでも、つとめて何も感じていないように、心のドアをかたく閉じることを意識した。

 

 中はのぞかせないし、外にも決して漏らさないように。

 

「仕事を出来なくするですって?

 やってみろ。──アタシがどうして一人でこんな仕事をこなせるのかわからせてやる」

 会話を引き延ばすのもそろそろ限界だ。それなのにまだシリウスからの合図はない。

 

──いや、むしろシリウスはまた首を横に振った。それから『話に戻って引き延ばせ』と言わんばかりに手をはねのけるように動かす。

 引き延ばせと言われても、ここからどんな話題で長引かせろというんだろう。もうやり合う寸前みたいなところまでいっているのに。子どもだとバレるようなものではダメだろうし。

 

 セブルスはかなり苦し紛れに会話をひねり出した。

「あー……どんな荷物がおおいんだ?」「なんだって?」

 

「つまり……。『説得したけどダメだった』ということにするために、もう少し時間がいる」

「はっ。やり合うつもりなんかないんじゃないの」

 

 相手の雰囲気が、先ほどのトゲトゲしたものから幾分やわらいだ。

 かなり無理のある言い訳だと思っていたので意外だ。相手が勝手にこちらに都合のいい解釈をしているなら、それでもいい。

 

 実は、大人になると『努力した痕跡が残っている』ということが必要になる場面というのは多々ある。

『努力しても結果に結びつかなければ意味がない』という考え方が基本である一方で、必ずしも成果が出るとは限らないのが現実というやつだ。そのため、大人は失敗の仕方や言い訳というものも事前に考えておかねばならないのである。

 

 つまり、女は『セブルス(目の前の男)は撤退するつもりだが、時間をかけて頑張ったけどダメだったことにしたい』と解釈した。

 11歳の子どもではまだ明確にはわからない理屈である。

 

「なんだっけ、どんな荷物か?荷物のリストはそっちが握ってるはずよね?

 ……ああ、お貴族様なら下っ端にそこまで教えたりはしないんだろうけど。あんたたちのチェックがなくても()()()たりは出来ないようになってるし」

 

「『お小遣い稼ぎ』はしてると聞いたが?」

「そんなことをどうこう言われる覚えはないわ。任された仕事はこなす。だから報酬はもらう。合間で何やってようがそれはこっちの勝手」

 

 シリウスからの合図はまだない。

「相棒が気になる?」

「あー、いや……。あいつは待つのが苦手なんだ」

 セブルスは適当に答えた。

 

「なにか言ったか?」

 シリウスはわざと建物のなかにいる女に聞こえるよう、大き目の声を出した。

 

「さっさと中に入れるように説得しろ。お前に先に"許されざる呪文"を撃ちこんでやるからな」

 彼は小声で「ヴェーディミリアス──緑の火花よ」と唱え、杖先をわざとセブルスの方に向けた。

 

 杖先にバチバチと緑色の火花が灯っている。もちろん偽物だ。恐ろしい効果をもたらす闇の魔術などの閃光はおおかた緑のような色(邪悪を象徴する色)をしている。

 そのため、ただ閃光を放つだけの効果しかない魔法でも、なんと唱えたのか聞かれなければ多少はごまかせる。

 

「ここを開けてくれさえすればいい。それだけであいつは杖を引っこめるし、ぼくも助かる」

「──ご愁傷さま」

 

 いよいよ自分とは関係のない人間を切り捨てようと、女が細いスライド窓を閉める取っ手に手をやった。

 

 その時だった。

 

 その窓を目がけて、赤い鳥のような、蝶のようなものがすべり込んできたのだ。

 

 大人の手のひらくらいのサイズをしているそれは、隙間から無理やり身体をねじり込むようにして女目がけて飛んでいく。それも何通も何通も。

 次から次へと倉庫の中に飛び込んでいく。

 

 シリウスの合図がきて一歩下がったセブルスは、いなごの大群か何かのように扉に群がるそれを、引きつった顔で見ていた。

 

 

 

 作戦会議をしていて、セブルスが横丁で手に入れてきた道具で使えるものを確認していた時のことである。

 

 そんなに高額だったりかさばるものは持ってこれないので、手元にあったのはごく少数だった。大人薬と、それ以外の小さなもの。

 そのなかの1つを手に取ったシリウスは「吠えメールか」と言った。

 

 受け取れば内容を大声で読み上げ、受け取らないまま放置しておくと『とんでもないことが起こる』という代物だ。実際に何が起こるのかは知られていない。

 

「なるほどな。大きな声で知らせるんだったら、置きっぱなしにされてても聞いてもらえる可能性が高いか」

 郵便物なので宛先がきちんとわかっていないと送れないのがネックだが、逆に言えば宛先が特定できさえすれば送れるのである。

 

「このくらいならノクターン横丁でも手に入るな。──いいこと思いついた」

 シリウスは愉快そうな光を宿した目を、にやりと細めた。

 

 そこから現在。

 2人は吠えメールが届くのを待ちわびていたのである。

 

 ぎゃあぎゃあとやかましい声が倉庫のまわりを何重にも取り囲んでいた。シリウスがその資金を惜しげなくばらまいて手に入れた吠えメールは、届くたびに大声でわめきだす。

「この倉庫で違法取引が行われている」だの「人身売買だ」だの「闇祓いはすぐにここに来てくれ」だの。

 

 そうしてまくしたて終えたものから、クラッカーがはじけるような音を立てて消え失せていった。

 1通1通の文面は当然長くしているため、1通でも逃すと延々と告発するようなメッセージを大声で発するのだ。

 

「お前たちのしわざか!」と女が杖をかまえるのを無視して、セブルスもわざと吠えメールの1通を狙う。

「インセンディオ──炎よ! まだ外には大量にいる。お前も手伝え!」

 しれっと『自分も被害にあっている側』と見せかけながら、セブルスはそう言った。

 

 この程度では周囲の者が通報してくれるとは思えない。だから闇祓いや先生も動いてはくれないだろう。

 あくまでこれは、女を外に誘いだすための策なのだ。

 

 ちっ、とため息とともに女がドアをあけて駆けだしてきた。

──これで詰みだ。

 

「オスコーシ──口消えよ!」とセブルスが『闇の魔術』に属する呪文を使い、「ハービフォース──花になれ!」とシリウスが女の髪をあの"催眠の花"へと変化させた。

 

 セブルスには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして『オスコーシ(口消えよ)』は、顔から口にあたる部分だけをすっかり取り去る効果がある『闇の魔術』なのだ。闇の魔術なので反対魔法は存在しない。

 

 もともと口があった部分は、ほおや額と同じくつるっとした肌に変わってしまう。治すにはそれこそ魔法の病院にかかる必要があるだろう。口がない状態では、当然敵は呪文を口にできなくなる。

 

 シリウスを救出するとき、表に出ていた見張りに最初にとなえた呪文はこれだった。あの見張りは杖も声も取り去られた状態になったので、セブルス1人でもあっさりと制圧できたのだった。

 

 セブルスは女のひざが折れるのを油断なく見つめながら、『ハービフォース(花になれ)』をものにしているシリウスの技術に舌を巻いていた。

(こんなにすぐ使いこなすのか)

 

 人のからだの一部を変化させるのは、小石などの小さなものを変えるよりも高等技術なのである。セブルスにはまだできない。それでもシリウスは『ゼロ距離の方が確実に効果があるだろ』と簡単に請け合ってのけたのだ。

 

 そして今、計画通りに事が進んでいる。

 

 女の制圧ができればそのあとは悠々とリリーとクラリスを助け出せるし、そうじゃなくても初撃(オスコーシ)が当たれば、敵に使えるのは無言呪文だけになる。

 無言呪文は普通にとなえるよりも当然むずかしい技術なので、そこまでレベルが高い呪文を使えなくできるのだ。

 

 つまり敵に使える呪文はたかが知れているというわけだ。子ども一人で抑えがきけばよし、きかなかったら2対1で押し込むだけだ。

 

 セブルスが誰かにこの場所を知らせるため、照明弾を空に打ち上げようと杖を振り上げた。

 するとその杖が突然、びゅんと手元からすっぽ抜けた。

 ミスではない。

 セブルスだって吹っ飛ばされていたのだから。

 

 杖は女の方にくるくると回転して飛んでいった。

 

(まさか『武装解除(エクスペリアームス)』を無言呪文で……!?)

 

 それをそばで見ていたシリウスは、急いで女に武装解除呪文をぶつけた。

「エクスペリアームス──武器よ去れ!」

 

 シリウスが女の杖を、女がセブルスの杖を、それぞれ同時に手にして相手に先端を向けた。つまり、シリウスと女がお互いに杖を向け合っている状態だ。

 

 女は武装解除で姿勢を崩してたおれたままであったが、別に立ち上がれなくても呪文はとなえられる。

 

 次の瞬間、女の杖が動いた。

 察知したシリウスがもう一度武装解除呪文を唱えたが、女はびゅんと勢いよく立ち上がって避けた。

 

 それから彼女の髪が花ごと取り去られ、丸坊主になってゆく。先ほど女が無言で使ったのは『カルヴォリオ(髪消失)』の呪文だったのだろう。

 

 荒っぽい手だが有効だ。魔女にとって髪をもとの長さにまで戻すのは実に簡単なことなのだし、『ハービフォース(花になれ)』を食らうよりは根本をなくしてしまった方がはやい。

 

 口をなくしたとはいえ、油断がならない相手だ。

 だというのに。

 

(……近すぎる!)

 

 セブルスが呪文で吹っ飛ばされた位置が悪かった。女のすぐ近くなのだ。杖が取られたせいで1本も持っていないのに。

 

 さらに不運は続く。

 セブルスの薬の効果が切れてしまったのである。しゅるしゅると何かがほどけて空中にとけ入るかのように、元通りの11歳の身体に戻ってしまったのだ。

 

「セブルス!」

 

 シリウスが上ずった声をあげ、もう一本の杖を手に取った。

 受け取らないと何もできない。

 

 セブルスは慌てて立ち上がったが、ぐんと身体を引き寄せられて女に捕まってしまった。

 無言呪文で取寄呪文(アクシオ)を使ったのだろう。難しい呪文のはずなのに無言でできるのだから、凄腕の魔女なのかもしれない。

 

 シリウスも急いで杖を倉庫の屋上の方に向けて振ったが、閃光がそちらに結びつくのと、セブルスに杖が突きつけられるのは同時だった。

 

──あれを落としさえすれば決着はつくのに!

 

 セブルスは人質にされてしまったのだ。

 

 女には口がないままだった(闇の魔術はそう簡単には解けない)が、この状況で要求したいことは(おおむ)ねわかる。すなわちシリウスに『杖を捨てろ』だろう。『捨てなければセブルス(この子ども)を殺す』といったところだ。

 

 セブルスは幾度となく抜けだそうと()()()()が、もともと()せていて、力もつよい方じゃないので大人の腕力にはかなわない。

 おまけに女の杖はまるでよく研いだ刃物のような切れ味で、セブルスの首筋を浅く裂き、血がにじみ始めた感触がした。

 

「おれが杖を捨てたところで、おまえが大人しくそいつを解放するなんてどうやって証明する気だ!」

 強気を見せるシリウスだったが、女はとりあう気がないらしい。

 

 杖を少しだけ押しこむように動かす。それから、シリウスの杖から閃光がロープのようにつながったままの、頭上にかけられている呪文をちらりと見た。

 倉庫の屋上、ふちからは大きなものがはみ出て、(かし)いでいたのである。べつの倉庫にかけてあったかんぬきだ。金属製で、呪文でもなければ持ち上げられない重さの。

 

 このまま落ちてくれば女は下敷きになるだろう。

 

「──なあ、ここいらで止めにしないか?」

 圧倒的に劣勢のなか、それでもシリウスはそう切り出した。

 

「おれたちはあんたが逃げるのを追いかけたりしない。荷物を全部置いていってさえくれればそれでいい。おれたちの目的はそれなんでな。

 あんたはバカンスに戻れる。カリブか?それともアメリカ西海岸なんてどうだ。海の外までは闇祓いも追っては来ないだろ。見逃してや──」

 

 最後まで言い切らないうちにシリウスが舌をもつれさせた。ミンブルウィンブル(舌もつれの呪文)でも使われたのだろう。

 それだけでは終わらない。つづいて赤い閃光が襲いかかったのだ。

 

 直撃をうけ後ろに吹っ飛ばされたシリウスは、しかしその直前ににやりと笑っていた。

「──だから()()()()()()()()()!」

 

 ()()()()()()()()()()()せいで引力に従い、かんぬきが女の真上に落ちた。

 

 ぐしゃあ、という痛そうな音と、金属のかたまりが石畳にぶつかった大きな音がしたが、魔女も体がつよいので死にはしないだろう。

 

 セブルスは女の手がゆるんだタイミングを見計らい、急いで離脱していた。

 そうなると知っていたからだ。

 気絶した女から杖を2本とも取り上げ、シリウスの方に駆けもどる。

 

 シリウスは、重量物を呪文で引っ張って落とそうとしたわけではない。

 すでに落ちるところまで引っ張ったあと『アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)』で押しとどめていたのだ。これは物体の速度をおとす効果がある呪文である。

 

 この運用方法はセブルスから出された案だった。わざと敵に解除させることで動き出すという方が、相手の意表をつけるからだ。

 いくら魔女でも、予想外のことをされたときの反応速度は誰でも同じだ。気づかれても魔法を使うのが間に合わないようにすればいい。

 

(凄腕でもこういうのは引っ掛かるんだな)

 あとは2人を救出するだけだ。

 

 セブルスは、取りもどしたシリウスの杖を本人に返したところで、わずかな異常にきづいた。「これは……?」

「──シリウス、よけろ!」

 

 

 

 

 

 

「──そうだ。チアリーディングよ、リズ(クラリス)

 

 倉庫の入り口にいたらしい見張りが、そとにやってきた男と話しているときに、リリーが小声で言った。

「すごい高さまで飛び上がるわざがあるの」

 

 リリーが言うには、本当は2~3人でやるわざらしい。中空に飛び上がる役の子1人と土台役の子がいて、土台役はトランポリンのように、体のばねをつかって上に乗った子を放り投げるのだそうだ。

 

 うまくいけば、倍近い高さにまで飛び上がれる。

 テレビや学校の上級生たちが、エキシビションの時間にやっているのを見たことがあるのだという。

 

 犯罪者らしき女が舌打ちをしながら外に出て行ったあと、騒がしくなった外の様子をしり目に、2人は脱出方法を模索することにしたのである。ほかにできることもないのだし、そのわざを練習してみることにした。

 

 ためしに、クラリスが前方のガラス壁に手をついて、その両肩にリリーが靴を脱いだ両足をのせ、しゃがむ。そのまま、まずクラリスが立ち上がってみた。

 

 けっこうな重量が土台役のクラリスの両肩にかかる格好になる。子ども1人とはいえ、水のなみなみ入ったバケツくらいか、それ以上な気がした。

 リリーがそのまま杖を振ってみたが、それでは魔法は働かないようだった。

 

「……立ち上がってみるわね」

 リリーもクラリスの肩の上でそろそろと足を伸ばし、そのまま腕を高く上げた。

 

 ふたとなっている鉄格子までは届かないが、その距離はほんのわずかにまで縮まっていた。だいたいリリーの腕の第一関節くらいまでだ。その距離をジャンプできれば檻に手が届く。

 幸いにも、檻のパイプの太さは子どもでも握れる程度だった。外遊びが好きなリリーは、遊具での遊びも得意なのだ。

 

「せえ、の!」

 そう簡単には成果には結びつかず、挑戦を繰り返した。タイミングさえ合えば手が届きそうだが、なかなか上手く跳べない。

 

 クラリスはできる限りしゃがみこみ、思い切り伸びあがった。リリーもまたクラリスの両肩でしゃがみこみ、からだが持ち上がるのと同時にジャンプする。もう何度目か、リリーが自分の肩を踏み切った衝撃で床に転がってしまった。

 

 そして、ようやく待望の結果がでた。

 

「──やったわ!」

 

 鉄格子に片手でぶら下がるのに成功したリリーは、床からは完全に離れて宙づりとなった。次にうんていで遊ぶときの要領で、体をさかさまにして両足を柵にひっかけ安定させる。頭が下を向くような体勢だ。

 

「アロホモラ──開け!」

 その状態で杖を振ると、そのまま鍵が開いた。

 

 やはりこの檻は、床に接しているものの魔法が使えなくなるようなつくりだったらしい。宙に浮けば問題ないのだろう。

 というのも、2人はそうなのではないかと予測を立てていたのである。つかまえられた生物を見渡してみても、"鳥"など魔法以外のちからで飛ぶものがいないからだった。

 

 鉄格子からはとうてい逃げ出せないサイズのものであっても、である。つまり物理的に飛んでしまうようなものは(とら)えておけない……、逃げてしまうのだ。

 

 だとしたら、どうして飛んだら逃げられるようになるのか?いくら格子でふたをしていても、宙に浮くと魔法が使えてしまえるからじゃないだろうか。

 つまり床に身体のどこかが接触していなければ魔法が使えるのだ。リリーがクラリスの肩にのっているあいだは呪文が使えなかったことを考えると、"なにか"越しに接触しててもダメということなのだろう。

 

「レヴィオーサ──浮かべ!」

 半ばまで格子のふたを開けてから、リリーはクラリスに呪文をかけた。クラリス自身は魔法が使えなくとも、こうすれば浮かび上がる。

 クラリスはそのまま、ふたのふちにあたる場所まで移動してもらった。

 あとはクラリスが、リリーを浮かせて引き上げるだけだ。

 

 (おり)の設計者も、まさか人間が物理のわざで開けてくるとは想定していなかったらしい。魔法使いはどんなことでも魔法でやってしまいがちだからだろうか。

 抜け出した2人は、(おもて)が騒がしくなっている隙に次々とカギを開けてまわった。

 

「オープン・セサミ──ひらけゴマ!」

 クラリスは外から扉ごと鍵を破壊する呪文を使った。アロホモラ(開け)が発明されるまで、長い歴史のなかでメジャーに使われていたものらしい。

 

 次々に鍵をあけた檻をひっくり返し、中に閉じ込められた生き物を外に出していく。

 大型のサイのようなもの、巨大なムカデのようなもの、四足の馬に似た生物など、その倉庫内にはバラエティに富んだ動物がいた。強そうなものも多数。

 

(こういうとき選ぶべき歌は……)

 クラリスは勇ましい曲を頭に思い浮かべた。

 

 

 

「──こっちだ!」

 セブルスが思いきり身体を押してきて、シリウスは倉庫のシャッター(らしき入り口)の前から遠ざけられた。ほとんど突き飛ばすような勢いだったから、少し痛い。

 

 どういうつもりかと問う間もなく、地響きが足から伝わってきた。それからシャッターに何か大きな──ドラゴンでもぶち当たったのかという衝撃が走り、大きなへこみができる。

 ほんの寸暇(すんか)ののちに、シャッターを突き破って動物たちが飛び出てきた。

 

 シリウスはかろうじて間に合ったが、倒れ伏したままの女はそのまま動物の波にのまれていく。

 あちらこちらと逃げ出した動物たちを避けるため、2人は倉庫のわきの壁に逃げ込んで、背中をくっつけるようにした。

 

 さすがにシリウスにはこの展開は予想できなかった(大冒険はたいていクラリスのせいで起こり、リリーのおかげでハッピーエンドになる)。

 

「おれたちが倒さなくてもなんとかなったんじゃないかよ」

 どどどど、という轟音が少しずつ遠ざかっていくなか、シリウスが小さく笑うと、セブルスもふっと笑った。

 

「さすがリリーだ」

 なんとなくつられるようにして、お互いの笑い声が大きくなっていき、──やがて愉快そうにはじけた。

 

 

 

 

 

 

 この後、マクゴナガル先生と大人たちが駆けつけてきて、事件は解決となった。

 大人は誰とは名乗らず、闇祓いだったのか騎士団だったのかはわからずじまいだ。

 

「動いてはならないと言ったでしょう!」と開口一番に男子2人をしかった先生は、それでも微笑みをうかべた。

 

「もうこんなことをしてはなりませんよ。それでも自分たちで友だちを助けた勇気をすばらしいものです。決して忘れないように」

 そう、どこか誇らしげに。

 

「それと、校長先生に吠えメールを送っていたのですね。きちんと届いていましたよ。

 こちらでも準備をしていたのにあなたたちが突っ込んでいった時には、心臓が止まってしまうかと思いました!」

 

 セブルスが吠えメールを何枚か持っていたのは、もともとは先生方に連絡するという保険をかけるためだった。シリウス救出後にさらさらと書きつけていたのがそれだ。

 

 詳しい住所がわからなくても"ホグワーツ魔法魔術学校 ダンブルドア校長"と書けば届くのだろうことは、物語冒頭のペチュニアの行動でわかっていた。魔法界の郵便に出せばきっとすぐに届くだろうと。

 

 さんざん叱られた後、4人ともが無事に帰ることができるようになった。買い物も無事に済ませて。

 

 帰り際、シリウスが言った。

「なあ、覚えておけよ!グリフィンドールだ!選べるなら断然そこだからな!」

 

 シリウスのメッセージは主にセブルスに当てたものだっただろう。自分との話を思い出せと言っているのだ。

 

 リリーがマグル生まれ、クラリスが魔法生物まじり、本人が半純血だがド庶民。客観的に見て「スリザリンは合わない」と判断されて当たり前だった。

 セブルスはただ一人、長く息を吐いてからつぶやいた。

 

「グリフィンドール、か…」

 

 

 

 

 




〇呪文の解説
・ヴェーディミリアス
ゲーム版のみで登場。日本語は拙作独自のもの。杖先に緑の火花(閃光)を灯す呪文。

・オスコーシ(口消えよ)
闇の魔術。人の口をなくさせる。3年生で使用した人物がいるっぽい。ゲームなのか映画なのかちょっとわかりませんでした。
闇の魔術に詳しいのはそれはそれで使いどころだよな、と思いつつ。
…開発者はセブルスだったりしませんよね?タイムパラドックスになってまう。

・カルヴォリオ
ゲーム版のみで登場。日本語は拙作独自のもの。相手の髪を取り去る。

・ミンブルウィンブル(舌もつれの呪文)
原作で登場。ブラック家の屋敷の防衛のために使われた。秘密を口外できなくする呪いだけど、書くことはできるっぽい。

・アレスト モメンタム(動きよ止まれ)
原作で登場。物体の速度をおとすクッション呪文。2年生で教わるっぽい。


あ、次回は幼少期最後のインタールードがきます。闇です。
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