セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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ここの話は重要なので鬱展開だけどスキップできないですね…。
インタールードはこれで終わりです。(鬱展開が終わったとは言っていない)

2025年9月7日 全体的に修正済み


≪闇≫ インタールード3 これで最後 (修正済み)

 

 

 

同日 1971年8月はじめ 夜

 

 

 

 帰りが夜になってしまったので、リリーの家で夕食をクラリスもセブルスもごちそうになり、セブルスはいつものようにクラリスの家で着替えをしてから、自宅に帰って行った。

 

 クラリスは自宅のいつもの部屋、つまり応接室のなかで、長いすに寝転んでいた。

 

(ああ……とっても長い一日だったなあ)

 

 持って帰った荷物は杖とローブだけだ。まだパッケージに入ったまま、応接室にある1人掛けソファの上に無造作に置いてある。

 今日買ってきた学用品のうち、すぐに使わないものはホグワーツに直接届くように手配しておいた。あとは3週間くらい先の"ホグワーツ特急"に乗る日に着替えと杖とローブを持っていくだけだ。

 

 ホグワーツ特急はロンドンのキングスクロス駅から出発する予定になっている。だからまずはロンドンまでたどり着かなければならない。

 

 マグル育ちの場合、大抵はロンドンに行ってダイアゴン横丁で買い物をしてから、その足で向かうことが多いそうだ。

 そのためか自分たち3人のように一度家にもどるパターンは少々珍しかった。『どうせだったら3人で買い物に行きたい』という希望をかなえた結果そうなったのである。

 

 友だちでなければそうはならなかったはずだ。三者三様の事情があるから。

 

 クラリスは身寄りがないという意味ではロンドンで寝泊まりする方法もとれたが、そこまで生活に余裕はない。後見人のスクイブのおばあちゃんが、最寄りの暖炉ネットワークのある街へ連れて行ってくれることになっていた。

 セブルスは母親が駅まで送っていくらしいし、リリーは一家全員でちょっとした旅行をしながらロンドンまで行くのだという。

 

 無事に自宅に戻れてなんだかほっとしたせいか、なかなか寝支度にはいろうという気にもならない。だからクラリスはクッションを腕の中にすっぽりおさめてゴロゴロしていた。

 

 体はそんなに疲れていない。リリーたちといっしょに買い物をして、途中で犯罪者に攫われてからはずっと(おり)のなかだったし、脱出方法をさがして実行するときに土台役になっただけだから。

 ただ、ずっと『どんな目に遭わされるのか』と緊張していたので、安心しきった今はここに自分が本当に存在しているのかと、ふわふわした感覚をしていた。

 

(そういえば……)

 クラリスの脳裏に、シリウスから聞いた魔法界情報がよぎった。

 

 捕らえられた倉庫から彼女らが脱出し、先生に助けてもらったとき、子ども4人──リリー&クラリスとシリウス&セブルスは全員、すぐには帰れなかった。大人たちからの事情聴取やら、その証拠あつめに協力する必要があったからだ。

 その間、シリウスはリリーとクラリスに色々と魔法界の状況を教えてくれた(セブルスにはすでに話した後だったらしい)。

 

 なんでも、『魔法界では昨年から"魔法大戦"が起きていて、純血主義者の過激な連中は死喰い人(テロリスト)側についている』らしい。

 さらに、『死喰い人(テロリスト)は純血主義をかかげる蛇寮の出身者が多い。当然、今の蛇寮の上級生なんかも死喰い人になったり、あるいは協力しようという連中がうようよいる』というのだ。

 

 組み分けにのぞむときにこの情報を知っているかどうかは、あまりに重要だった。

 マグルから離れてずっと生きていくのだとしたら、スリザリン卒というだけで"そういう人なのじゃないか"と色眼鏡で見られかねないということなのだから。

 

 クラリスはあらゆる意味でスリザリン寮に入ることはないだろうが、だとしたらどこの寮が向いているんだろう。せめて大戦にあまり関わりのないところに入りたかった。

 敵と杖をまじえようとしても、身がすくんでしまって出来ないからだ。

 

(闇の魔術って、たしかひとの心とか魂とか、そういうところに作用するのもあるのよね……)

 

 そこまで考えたところで、クラリスの思考は中断された。玄関ポーチの階段を駆け上がり、そのまま一切の躊躇なくドアが開かれた音がしたからだ。

 

(あら?)

 この時間にやってくるのは一人くらいしかいない。そもそもこの家には防衛の魔法がかかっているので、入ってこられる人間は限られている。

 

 間もなくセブルスが応接の部屋の入り口の前に姿を現した。帰ったときと同じ見た目だ。汚れていて大人用サイズのシャツっぽいなにかと、短すぎるジーンズ。彼が自宅で着ることが許されるのはそれだけだった。

 

「──なにがあったの」

 にわかにクラリスは表情を引きしめて、両手に握っていたクッションを置いた。

 

 30分……いや、10分くらい前に自宅に帰るときは、彼は疲れてはいそうだったが満足げだった。

 そのセブルスがすぐに戻って来たというだけでも『なにかがあった』と推測するには十分だ。でも、重大なのはそのことだけではなかった。

 

 セブルスは感情が抜け落ちきったかのような無表情で、それなのに目の奥にだけは、なにかこらえきれない()()()のようなものが渦巻いているかのようだったのだ。

 

 クラリスの姿を認めるやいなや、彼はあしの力が抜けたかのように、へなへなとその場にへたり込んだ。あらく呼吸をくりかえしながら。どこか魚が空気をもとめて口を開け閉めしているようにも似ている。

 

 クラリスはなにか問うよりも先に、彼の近くに駆け寄った。いくつかのことを予測しながらも「まさか」とその可能性を打ち消しながら。

「立って。……なかに入って」

 

 それだけを言って、横合いからセブルスの両肩をつかむようにして、立ち上がらせる。夏だというのに両手につたわるのはひどく冷えたシャツの感触だけだった。小刻みに震えている。

 

 応接間の長いすのはじ──いつも彼が占領する背クッション付きのほう──に座らせても、彼はただ、ぼんやりと床の方をながめるように黙っていた。クラリスが隣に座ってもそのままだった。

 

 しばらく様子を見ていたクラリスが「なにか……温かいものでも飲んだほうが」と言って立ち上がろうとすると、彼はその腕をつかむようにして止めた。顔を伏せたまま。

 思いきり力をこめたらしく腕に痛みが走ったが、クラリスは何もいわず大人しくいすに掛けなおした。

 

 なにか自分の家で起きた重大なことを打ち明けるとき、セブルスはとたんに口が重くなる。それでもクラリスが急かすことはない。そうしてしまえばきっと、自分にも今後何も言わなくなるような気がするからだった。

 

 自分の腕をつかむ手に、クラリスはもう一方のあいている方の手をかさねて、上からさすった。震えているみたいだったから。

 すると、彼はつかむ位置をクラリスの手首にかえた。

 

 昼間の活発だった時とはうってかわって、2人とも口を開くことはなく、部屋のなかはしんと静まりかえっていた。

 

 やがてたっぷりと時間を置いてから、うつむいたままのセブルスは、喉の奥からしぼり出すかのように言った。

 

「……………父親が………………………………………死んだ」

 

 

 

 

 

 

「ローブと杖は持って帰ってきなさい。ローブは入学の前に着替えなければいけないし、杖は肌身離さず持つものなのよ。なにがあっても杖だけは必ず持って帰りなさい」

 

 先生の引率で買い物に行くという話になった後、セブルスは母親にそう厳命されていた。

 家に持ち込むものは、いつもそのすべてが壊されるか捨てられているのに、大丈夫なのだろうか。

 

 心配ではあったが、きっとどうにかする手段があるのだろう。

 そう考えて言いつけ通りにしたのだ。

 

 帰宅して玄関の戸を押しひらくと、母親が真っ先にセブルスの方にかけつけて「杖を」とみじかく言った。

 杖をいそいで渡すのと父親が急いでこちらに来るのは同時だった。

 

「アバダ・ケダブラ──死に絶えよ!」

 

 振り向きざま、母親はいっときも躊躇なしに緑の閃光を放った。

 

 迷いのなさすぎる行動だ。ことが済むまで1分とかからなかったのではないだろうか。

 とっくに杖をそう使うと決めていたのだろう。もしかしたら持ち帰れといった時にはすでに。

 

 その光に触れた父親は、そのまま石になってしまった時のように、くずれ落ちた。石とちがうのは、ゴムかなにかのようにぐんにゃりと力が抜けているところだ。

 

「許されざる、呪文……」

 

 なんの呪文を使ったのかはすぐにわかった。さすがに撃ちかたは教わっていないが、さずけられた闇の魔術の知識にふくまれている。

 その呪文をかけられたら、死ぬのだ。

 

 無意識に声を漏らしたセブルスのほうを見て、母親はぎゅっとその腕のなかに抱きしめてきた。

 

「もっと早くにこうできれば」母親の身体もこきざみに震えている。

「ごめんね、セブルス」

 

 しばらくそうしていた後、母親は体を離し、やつれて土気色の顔のなかでギラギラと血走った目をセブルスの方に向けた。

 

「誰にも話さないと約束しなさい。──いいわね?もし話してしまったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 痛いほどにセブルスの両肩に指を食い込ませながら、彼女はそう言った。

 

「……言わない」

 母親があんなやつのために犯罪者として捕まるなんてどうかしている。だからセブルスは迷わなかった。

 仮に『明るみにだしても自分には関係なく、ホグワーツに入れる』という場合であっても、きっと黙っていることを選んだはずだ。

 

 セブルスの返事を満足そうに聞いて、母親は杖を握ったままでつづけた。

「私にはすることがあるから朝まで絶対に帰ってこないで。お願いよ。お前が外にいても夏だから凍えて死ぬようなことはないわ。ただ、変なひとに見つからないように注意しなさい。

 ……ああ、それとも」

 

 暗闇では母親の目は頭蓋骨にぽっかりあいた(うろ)のように見える。それが心なしか細く()()()られた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どこかクラウン(ピエロ)の仮面のように、その目は細い爪のような形をしていた。

 

 

 

──誰にも話してはいけない。

 

 当たり前だ。母親はどう考えてもひとを死なせ、それを隠してしまおうとしている。

 それでもセブルスは外に一人でいて気持ちを落ち着かせることを考えられず、足がかってに動くままクラリスの家に戻った。

 

 両親のことをだれよりもくわしく知っているのは彼女だったし、彼女のほかに知っているひとは誰もいない。

 今までどんな重大なことだってクラリスはわかってくれたし、拒絶されたことはない。反対に、クラリスの重大なことは全て自分も知っていた。彼女の父親の処刑のことさえ、彼女はくわしく話した。

 

 自分自身のうちに抱えておくには、胸中で荒れ狂うものがあまりに大きすぎた。それが何なのかは本人にだってわからない。

 

 いろいろな絵の具をぶちまけたかのようにたくさんの何かがはじけて、もはや個別の色の区別がつかないようなものだった。画用紙からくっきりと読み取れるのは、ただ『何かをめちゃくちゃに破壊してやりたいような衝動があった』という痕跡だけになるだろう。

 

 なにを描きたかったのかはわからない。だれにも。

 

 だから、そこから逃れるためには足を進めることしかできなかった。

 

 いつもの通りの道のりを駆けて、5軒先のクラリスの家の敷地内に入った。カーテンがきちんと閉まっていたが、隙間からはうす明りが見える。

 ほとんど立ち止まりもせずに中に入って、灯りのともった"いつもの場所"を目にした。

 

 クラリスはのんびり長椅子に座っていてクッションを手にしていて──胸のなかの"うねり"がすこしなりを潜めたように、セブルスには感じられた。

 

 自分の家にいるよりも安心するものを覚えてしまったからだ。力が抜けて立っていられなくなるくらいに。

 昨年の夏から彼は日中、ここに入りびたりだったし、その間はなにかが起こるのではと警戒する必要はなかった。

 

 母親といるひっそりとした夜の時間の方が、よほど緊張を強いられていたのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 掛けていた応接の長椅子に、セブルスはいつの間にか両足をのせ、うずくまるようになっていた。すっかりとすべてを吐きだし終えるまで、クラリスの手首を思いきりつかんだまま。

 

 クラリスはずっと隣に座っていて、特に何か口にはさむことはせず、相づちを口にするようにしていた。

 セブルスが欲しいのは、きっと解答じゃないからだ。

 

「まえに言っていたんだ、母さんの杖は折れたって。もうすぐ入学なのにこんなことになったって……。いなくなって欲しいときなんて、そんなのずっとだった」

「……うん」

 

「どうしてあの人は自分で杖を手に入れられなかったんだろう……」

 

 ぱっと思いつくのは『お金がない』とか、『横丁に行く時間がない』とかだ。あとは『移動手段がない』だろうか。遠距離の移動をするときは、ネットワークに加入している煙突をつかうので、そのつてがなければロンドンまでは到底いけないだろう。

 

 しかしそれをおしてでも、セブルスを連れて魔法界に逃げ込むことはできなかったのだろうか。

 クラリスもまた、眉根をよせて考え込むような表情をうかべた。

 

(帰りたくても帰れない?戻れない理由……、昔はそこにいたのに帰れなくなる……。死の呪文は使える……。まさか、なにかの犯罪だったりしないわよね。指名手配されてる、とかだったりはしないだろうけど)

 

 そうだとしても、それを暴きたてたところでなんの"いいこと"ももたらさないだろう。クラリスはそれ以上推理するのをやめた。

 

 セブルスは相変わらずうつむいたままだった。だから最初はクラリスも気づかなかったのだが、人外の血でひとでは捉えられない音を聴きとれる耳が、鼻をすするような音を聞きつけた。

 

「泣いてるの?」

「……泣いてない」

 

 弱弱しい声色にも鼻がつまったような雰囲気がまじっている。

「どうして嘘をつくのよ。すぐにわかるのに」

 

 セブルスが泣いたところなんて、見たのは初めてだ。一番傷つけただろうあの大ゲンカの時でさえ、そうはならなかった。

 クラリスは彼と知り合う以前、彼のうわさ話を聞いていたころだってそうだ。そんなの聞いたことすらない。

 

「あいつが死んで泣くなんて……こんなのは、おかしい」

 セブルス本人もなぜ自分が泣いているのかわかっていないようだった。

 

「……悲しいの?」

「わからない……」

 

 クラリスは自分の左手首がつかまっているので、それはそのままにしなくてはいけなかった。

 

 だから体をセブルスのいる左側に向け、できうる限り右腕をのばすようにしてセブルスをそっと抱きしめた。

 ひどく不格好な姿勢だったからか手首はすぐ解放され、クラリスは改めてハグしなおした。

 

 昼間に八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしたとは思えないほど、細くて小さい。クラリスよりも骨ばっていて、こうしてうつむいていると容易(たやす)く折れてしまいそうだった。

 

 掛けてあげられる言葉なんて、クラリスにはすぐには見つけられない。

 しばらくのあいだ、震えた呼吸が時おり繰り返される音だけが、この部屋のなかで聞こえるものだった。

 

「大丈夫、おかしくないわ。悲しくたって」

「どうして。だって大嫌いだったんだ。あんなやつ消えて欲しかった。悲しいなんておかしい。……悲しいわけないじゃないか」

 

 言葉を幾重にもたばねてクラリスの言を否定するところに、かたくなに『認めたくない』という気持ちがあらわれていた。それでもクラリスは続けて言った。

 

「きっとね、大好きな人がいなくなっちゃうのとは違うの。わたしは……。

 わたしもね、知ってるでしょう。"処刑"の日、泣いてたのは……」

「……うん」

 

 昨年の秋の頃のはなしだ。クラリスは父親が"処刑"されたその日、セブルスの前で涙を流した。

 

「わたし、……パパがディメンターの"キス"を受ける前に、もしかしたら心を入れ替えたりしてないかなって思ったの。そうはなってなかったけど。

 それでね、"キス"を受けて魂がどこかにいなくなった時に思ったんだ。これでもう、二度と私に謝ってくれることはなくなったし、リリーのパパみたく優しいパパにはならないのが決まっちゃったんだって。それはもう私が大人になっても、どんな風になってもそのままなんだって。

 そういうパパが欲しかったなって……。いなくなって安心したのにね。ほんとうは、きっとそうなって欲しかったの。ずっと。そういうパパがいる子がうらやましかった」

 

 話を進めるにつれ、セブルスはクラリスの背中にまわした腕にちからをこめていった。背がクラリスの方がわずかに高いので、しがみついてきているような体勢になる。

 

「ぼくは……」

 セブルスは途切れ途切れに話しはじめた。声の端々(はしばし)に、聞いたことのないなみだ声がまじっている。

 

「きっと……うれしくてたまらないと思ってたんだ。……いなくなったら。だって……そうだろう。大嫌いだった。……いなくさせてやりたかった。ぼくがやったっていいくらいに。

 でも……。やさしい時もあった気がするんだ。ずっと前……、もうあんまり覚えていないけど……。ずっといなくなって欲しかったのに。そんなこと思い出したくなかった。二度と動かなくなってから、そんなこと。どうして今さら」

「うん……」

 

 話しているうちに気持ちが高ぶったのか、彼はしずかな嗚咽だけを時おりくりかえすだけになった。泣いていても、それを隠す必要はもはやどこにもない。

 ぎゅうっとちからを手に込めている姿は、どこか母親に泣きつくようだった。

 

 そのままでしばらく経って、少し落ち着いた呼吸と鼻をすする音だけになった頃、セブルスは言った。

 

「ぼくは……母さんに捕まって欲しくない。なにも悪いことなんかしていないのに……、あんなやつのせいで捕まるなんて……!だから誰にもこんなこと言わないで」

 

 クラリスは躊躇せずに「誰にも言わないよ」と答えた。そんなことを伝えて幸せになる人は、少なくともクラリスの知っているなかには存在しない。

 

「……大丈夫。なにかしゃべる必要なんてないよ。しゃべらなくても私は悪くないし、あなたも何も悪くない。

 だってほら……、あー……。そうだ、私たちみたいな子どもの証言なんて当てにならないよ、きっと。誰も聞こうともしない。だから、絶対に大丈夫。だまってホグワーツに入っちゃえばわからないよ。1か月もないんだから」

 

 テーブルの上の薄暗いランプのあかりがじりじりと火をあげる音を立てていて、ときおり2人の背後にうつしだされた影がゆらいだ。なにか話し出す気もせず、しばらくそのままで沈黙が続いた。

 

 クラリスは彼の気のすむまで心のうちを吐き出させたかったし、セブルスは話すことがなくなってもそのままでいたかった。

 

 

 

 

 

 

「……寮のことなんだけど」

「ん……。うん」

 

 そうやって身体を相手に預けあって、どのくらい経ったのかはわからない。意を決したようにセブルスが切りだした。

 クラリスは頭がぼんやりしていたので、返事をするまでに少し時間がかかった。

 

「選べるなら、ぼくはスリザリンに入りたいと思う」

 

 はっきりと言い切るような口調にクラリスは驚いて、眠気が一気にどこかにいってしまった。

 

「それは……、あなたのママのため?こういうことになってしまったからなの……?」

「あの人は、ぼくの幸せがそこにあるって信じてるから」

 

 今日のできごとが彼の幸せのためなのか、それとも母親がそうしたかっただけなのかはわからない。しかし、彼を不幸にしようとしてそんな風に行動したわけではないのは確かだった。

 

 でも、それはつまり、シリウスによると『リリーやクラリスとは離れる』ことなのだ。

 クラリスは思わずその両手にぎゅうっと力をこめた。

 

「もしも、わたしたちと離れても?友だちじゃなくなるんだとしても、……そうするの?」

 

「そんなことで全部が決まるわけがない。同じ寮になるかもしれないし…。もしも寮が別でも友だちだろう。それにスリザリンの全員が死喰い人(デスイーター)になるわけじゃない。きっとすごくいい友だちができるはずだ」

 自分に言い聞かせるかのようなしゃべり方だった。

 

「本当にそんなことできるの……?わたしたち、どんな風なのかなんて、なんにも知らないのよ。できなかったらどうするの」

「きょうだいで別の寮に入るひとだっているだろう。それで家族じゃなくなるわけじゃない」

 

 クラリスは思わず身体を離した。

 

「でも!シリウスが言ってたじゃない。ほとんど死喰い人(デスイーター)かそれに協力してる人だって!」

 クラリスの目にうつったセブルスは、苦いものを飲み込んだような顔をしていた。それでも「やめる」とは言わなかった。

 

 言いたいことならクラリスにはたくさんあった。『今はそう思わなくても、上級生や先生がそうなるように誘導するかもしれない』とか、『庶民がやっていけるような場所なのか』とか。

 どれだけその選択が好ましくない未来につながるかをもっと説明したかった。

 

 それでも、目の前で否定するようなことをぶつけ続けることがクラリスにはできなかった。なにを言っても「やめる」と撤回するようには見えなかったからだ。

 

「……どうしても、なの」

 

 傷ついた顔の彼は、そんなことは百も承知で『それでも選ばなければいけない』と気持ちをかためてしまっているように見えた。クラリスが否定すればするほど、思ってもいない『大丈夫』を言わせ続けることになってしまう。

 

 傷つけたいわけじゃないのに。

 

「だったら、わたしも──」「きみはダメだ。わかってるだろう」

 セブルスはぴしゃりと打ち切るように言った。見た目に人外の部分を備えるクラリスでは絶対に寮から拒絶されてしまうからだ。

 

「リリーは……。リリーともしも一緒にスリザリンに入るならぼくが守る。でもきっと、そうはならない」

 彼女だってシリウスから寮の現状を聞いているのだから猶更(なおさら)だった。犯罪への協力者になってしまうような場所に入りたいとは思わないだろう。彼女の人柄にも合っているとは思えなかった。

 

「だったらセブルス一人になっちゃうじゃない……!そんなところに」

 

「そんなところってなんだ。別にアズカバンに入るわけじゃない。

 ただ……すごす場所を決めるだけだ。リリーもきみも"仲間"だ。……ずっとそうだ。そうでいられなくなるわけないじゃないか」

 

 そうやってバラバラになってゆくことが現実味を帯びてゆくようで、クラリスの胸がふかく痛む。

 その痛みに(こら)えきれなくなって、大粒の涙が勝手にこぼれはじめた。

 

 顔を両手でおおって、しゃっくりあげるような静かな嗚咽をくりかえすたびに、手のひらからぽたぽたと(しずく)がつたって落ちた。

 

「いやだ!そんなのいやだよ……!ずっといっしょにいるって約束したのに!家族みたいに、3人で、いっしょに……」

 

 (おり)に捕まっても泣く気はしなかったけれど、離れ離れになるのは絶対にいやだ。

 クラリスは──クラリスだってずっとさびしかったのだ。日中外に出ていたって、家族がいない家に帰れば一人きりだった。家に遊びに来られる子だって1人もいなかった。1年前までは。

 

 今からでもいい、「やっぱりやめる」と言って欲しかった。

 

 

 

 

 

 クラリスが顔を真っ赤にして、くぐもった声で「いやだ」と繰り返すたびに心臓をぎゅっとつかまれたような感じがする。

 

 さっきまでとは正反対に、今度はセブルスがクラリスを落ち着かせる番だった。両腕をのべて、クラリスをそのなかにしまい込むように、彼女の背中にまわす。

 

 彼女が泣いたのをセブルスが見たのは、これで3度目だった。最初は彼女の父親の処刑前の通知がきた、あのとき。2度目は処刑直後のときだった。そういう時に何をするものなのか、まだよく解っていなかった。

 

「約束を破るわけじゃない」

 クラリスの身体は温かくて、なんだか胸のあたりがそわそわするような、息苦しいような気がした。これ以上彼女を泣かせておきたくない。

 

 ややもして、彼女は息をながく吐いてから、ぐすっと鼻をならした。

 身体を離すと、クラリスのうるんだ目が、まっすぐにセブルスに向けられているのがわかった。夜空のように複雑な色彩の色が、泣きぬれて星がまたたくように光っている。

 

「ぜったい忘れないでよね。約束したんだから。──7年もあるんだから」

「──だったら、ぜったい忘れないようにしよう。きみも」

 

 セブルスは唇を寄せ、クラリスのそれに押し当てるようにした。

 きちんとしたやり方なんて知らない。

 

 ただ──そんな風にしたら彼女も少しはこの先の未来を信じられて、なにか慰めになればいいなと思ったから。

 

 心臓がきゅっとすぼまるような感覚がして、同時に『こんなことをしてもいいんだろうか』と少しの罪悪感がわく。

『失敗をするかもしれない』だとか、『拒絶されて『はたかれる』くらいあるかも』だとか想像はしていたが、そうはならなかった。クラリスは最初こそ身体をこわばらせていたが、逃げ出すでも怒るでもなく、その場にじっとしていた。

 

(こういう時ってどうするものなんだろう)

 行動にうつしてみたはいいものの、終わり方までは考えていなかった。

 

 頭の隅の方で冷静な部分がそんな風に考えていられたのは、クラリスに両手で身体を押されるまでだった。

 セブルスが後ろに退()がると、彼女は口元を手でおさえてうつむいたままだ。顔色がどんなだかは薄明りではよく見えない。ただ──口元をぬぐうような動きはなかった。

 もしもそんな反応をされたなら、さすがにショックを受けてしまうところだ。

 

 クラリスは口元から手を離したが、顔を上げずにたずねた。

「どうして……、リリーが好きなくせに」

 

 どこか責めるかのような響きだ。彼女と同じ立場だったら誰でもそう思うだろう。

(どうしてって言われても……)

 

 セブルスが目の前にいたままでも逃げ出すようでもなかったので、彼女の肩に頭を預けるように載せる。それから口を開くと、出てきたのは(ほとん)どささやくような小さな声だけだった。

 

「きみをどんな風に想ってるのかは、……よくわからない」

 

 リリーを想うのとはちがうのは確か。あえてどんなものかを当てはめるなら、母親に向けるものが一番近いかもしれなかった。泣いている母親を見た小さな子がやるようなことだ。

 違う部分も、ほんの少しは入っているかもしれないけれど。

 

「ぼくは……リリーのことが好きだよ。きみも知ってるとおりに」

 キスをした相手にたいしてほかの女の子の名前をだすという所業だが、クラリスが気にしたそぶりはなさそうだった。顔を見ていないので本当のところはわからないが。

 

「……きみはリリーがこのことを知ったら何て言うと思う?ぼくが『黙っていたい』って言ったら」

 

 驚いたように息をのむのがすぐ側で聞こえる。

「それは……。こんなこと、リリーに知らせる必要なんてないでしょう」

「──リリーはきっと、こんな風に黙ってるのは許してくれない」

 

 セブルスに家族がもう母親しかいなくても、たとえ死ぬべき男が死んだのだったとしても。母親をかばって口をつぐみたい自分を、リリーはきっと許してくれない。

 彼女だって悲しくて泣きはするだろうが、きっときちんとした調べを受けさせるようにセブルスを説得するだろう。

 

──そういう子だからリリーに惹かれたのだ。

 

 クラリスははっきりと言った。

「こんなこと、リリーに言わなくていい。それに、もしかしたらリリーも解ってくれるようになるかもしれないじゃない」

「リリーはぼくと全然ちがう。ちがうから、好きになった。わかってくれるようになんてならなくていい。……なっちゃダメだ。リリーだけは」

 

 クラリスは何といえばわからないようで、困ったように「でも」とだけつぶやいた。

「きっとこれからもそうなんだ。ぼくは……。ぼくじゃ、リリーと一緒には行けない。"こっち側"に来させるなんてもっとダメだ」

 

「やけっぱちにならないで。わたしたちだって"こっち側"にずっと居るなんて決まったわけじゃないでしょう。大人になったら色々なことを忘れて、全部なかったみたくできるかもしれないのよ。スピナーズ・エンドのことなんてどうでもよくなるかもしれない。

 今、何もかもが決まっちゃうわけじゃないでしょう」

 

 クラリスは(がん)として悲観的な未来を受け入れたくないようだった。

「きっとどうにか出来るわ」

「ならなかったら?大人になっても、リリーと同じようには選べないままだったら……?」

 

 さすがに彼女も『ぜったいに大丈夫』とは答えなかった。

「それは……うん、そのときよ。その時になってからいっしょに考えようよ。大人になるまでだってあと6年もある」

 

 セブルスはYesともNoともはっきりは答えなかった。

 未来を信じられる気はとてもしない。でも悲劇的な未来だって来て欲しくなかったから。

 

 これ以上続けても悲しい気持ちが増すだけだ。

 だから代わりに、「シリウスはどうなったと思う?」とべつの話題をだして終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 そんな風にしていろいろなことを寄り添ったまましゃべっていると、クラリスがふと気づいたように言った。

「そういえば、セブルスがうちに来てるのってママにバレてたりしない?」

 

 セブルスの母親は『入れてくれる家があるならそこにいてもいい』と言っていたのだ。まるでそんな家に心当たりがあるみたいに。

 

「……ばれてるかもしれない。でもどっちでもいい。もし『これからは行くな』って言われても、あと1か月もしないで特急か、学校で会える」

「それもそうね。じゃあ朝までいるんでしょう。バスルーム使っていいよ。……そういえば、これからはシャンプーもリンスも使っていいんじゃない?」

 それを見咎めてひどい結果をもたらす人が存在しなくなったからだ。

 

 クラリスは身体を離して、ソファからすとんと降りた。

「使いかたを教えるから来て。……いっしょにシャワーに入るわけじゃないからね」

 

 今までだってそんな風にした事も、やってもらいたいと思った事もない。

 そもそも、女の子に教えてもらうことだって恥ずかしいのに。

 

「べつに、教えてもらわなくたって……」

「ダメ。あのシャンプーはちょっといいのだから、たくさん使われたら私が困るの」

 

 クラリスはいつものおねえさんぶった顔になって立ち上がり、セブルスの腕を引っ張った。

 

 

 

 

 




運命「獅子寮?行かせねえよ!」


・カーチャンが原作でどうしたかは不明。
 そもそも両親がどうなったのかって推理の手がかりがないので、生きててもおかしくはない。
 拙作だと実はクラちゃんの世話になってることも薄々知ってるし、そっちの方がセブルスもマシな暮らししてたっていうのが結構ショック。思い詰めていた。
 クラちゃんがいることによるバタフライエフェクトは、いいことにも悪いことにもつながる。

・作中のセブルスの行動はほとんど恋愛によるものじゃないけど、学校編(恋愛編)に向けてジャブを入れてみるテスト。読んでみて大丈夫そ?
 ちゃんとそこまでたどり着けたら修正するかもしれませんが、いつたどり着けるかなあ。
 こういうオリ主もので詳細に恋愛を描いても大丈夫なんだろうか??

・活動報告にスネイプ両親に関する原作の考察と、独自設定について載せてます。トビアスが死んだからね(まさに外道)。
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