セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
2024/12/27一部修正
2025/4/6一部修正
「ポッター・ジェームズ!」
組み分けは順調にすすんでいた。次に呼ばれたジェームズは堂々と胸をはって、大広間の中央の方に歩み出した。平気そうな顔をしていたが、そっと丸眼鏡のつるに手をやって位置をなおしていた。
少しは緊張しているようだ。
セブルスは待たされすぎてダレてきたのを振り払うように、目立たないよう背中を正した。
在校生と教員の全員がそろったその場所は、体育館か、もしかしたらもっと大きな運動場くらいの大きさだった。正面の一番奥の壁にはステンドグラスのように縦に長細い窓がはめ込まれていて、その前をふさぐように教員の席が横長に置かれていた。どこか聖堂と儀式台に似ている。
石でできた広く高い天井には星が瞬いていて、その下にむき出しのろうそくのようなものが何本も浮いている。もちろん、火がともった状態で。
新入生は全員、大扉から入って奥の方、教員席の前まで先生に引率されて一列にならんでいた。教員席に背中を向けることになる。ファミリーネームをABC順に呼ばれ、呼ばれた生徒は一人ずつ前に出て行くのである。
順番を待っている新入生の前には、各寮の在校生が座っている長テーブルのエリアがある。在校生はみな、次の新入生は自分たちの寮に入るのかと期待をこめて見守っているようだった。
彼らのテーブルは教員席に対して縦長に配置されていて、4つの寮に合わせて4色に色分けされたスローが端から垂れ下がっている。むかって右側から青(レイブンクロー寮)、赤(グリフィンドール寮)、黄(ハッフルパフ寮)、緑(スリザリン寮)という並びのようだった。
戦争中であることを考慮すると、もしかしたらグリフィンドールとスリザリンは隣り合わないようにわざと配置されているのかもしれない。騎士団はグリフィンドール寮からの、そして死喰い人はスリザリン寮からの卒業生が多い。騎士団と死喰い人の戦争なので寮も仲が悪い、というのがシリウスの話だったからだ。
となりあった2寮ずつのテーブルの間は広くあけられていて、中央の通路になっている。
在校生席と教員席のあいだには木の演説台のようなものが設置されていて、その手前にスツールのような簡単ないすが置いてあった。
他の新入生と同じく、そのいすに掛けたジェームズの表情は見えない。彼の漆黒の頭の上に、いかにも魔法使い風の三角のとんがり帽子がかぶせられたからだ。大人用の頭のサイズなのか、革のつばがジェームズの丸眼鏡に当たり、ジェームズは両手で帽子を少し持ち上げるようにしていた。
革のような材質のそれはくたくたに使い込まれていてつぎはぎだらけだった。幾重にも刻まれたしわのようなだぶつきのような部分が顔のようになっていて、何か
かぶせられて間もなく、帽子の口っぽいところから「グリフィンドール!」という宣告が大きな声でされた。
(ひとによって決まるまでかかる時間がちがうんだな)とセブルスが思っているあいだに、ジェームズは立ち上がって赤いスローのテーブルへと歩き出し、同じく先にグリフィンドールとなっていたリリーやシリウスのとなりに座った。
時は少しさかのぼる。
ホグワーツ特急が終着駅にたどり着いてから、新入生は先生に引率されて灯りの少ない小径を進んだ。すでに陽はとっぷりと落ちていて、小径を外れたところは暗闇が満ちていた。引率の先生が掲げたカンテラだけが、その場で光を発する唯一のものだったからだ。どんな道を歩かされているのかよくわからない。かさかさとしたものが手に当たるので、おそらく両端はうっそうとしげった植物に覆われているのだろう。
そこを抜けると巨大な湖と、湖の向こう側にある切り立った崖、そしてその上に載った大きな城が見えた。尖塔が何本も飛び出ていて、窓から薄暗いろうそくの明かりが漏れている。
新入生は何人かずつに分かれてボートに乗り、城の崖の下にある船着き場……ではなく、洞窟のような別の船着き場で順番に降りた。そこから魔法のエレベーターで上階に上がると庭園のような場所にたどり着いた。庭園をぐるりと横切るようにして、城の大扉から玄関ホールに入り、そこから更に奥の大扉を通り抜ければいったんのゴールとなった。
ホグワーツ城はどうやらとてつもなく広いらしい。老齢の教師なら、同じ道のりを通ってきただけで疲れて倒れてしまうかもしれない。
玄関ホールも今待たされている場所も、おおむね
全員が揃うまでのあいだ、新入生はひそひそと話し出した。特急でいっしょだった5人はひとかたまりになってそこにいた。セブルスの前にはクラリス、シリウス、ジェームズの3人が並んでいて、リリーはセブルスの隣にいた。
クラリスは左側の壁に設置された、巨大な砂時計のようなものに興味をひかれたようだった。電話ボックスをひとまわり大きくして高さを倍にしたくらいのサイズである。
「これ、なにかしら?」
「これは寮の得点だな。この宝石が一番多い寮が、学期末に優勝になるんだ」
彼女の隣に並んでいたシリウスが解説した。4本のシリンダーのようなものには、それぞれ違う色の宝石が入っている。それぞれがシリンダーの真ん中くらいまでで、各寮ごとの色の宝石で埋まっている。学期はじめだからか中身は横並びで大した差はないように見えた。
「先生が『どこの寮に何点たす』、とか『何点引く』って決めると、中身が増えたり減ったりする」
「優勝したら賞金が出たりするの?」
「聞いたことないな」「さすがにそれはないんじゃない?」
クラリスの疑問にシリウスと、今度はジェームズも答えた。
「もしもガリオン金貨が手に入るんだったらぼくも全力を尽くすね。いたずら好きから優等生に鞍替えしたっていいよ」
「ウソだろ。ジェームズ・いたずら大好き・ポッターの名前が泣くぞ」
にやりと笑ったジェームズにシリウスが茶々を入れた。
一方で、城内をその緑の目をまるくして見回していたリリーは、物憂げな表情になった。
「ホグワーツって広いのね。もしかしたら、それぞれの寮ってすごく遠かったりするかも」
「寮が別でも、きっとぼくの家から君の家に行くよりは近い」
セブルスは冷静に言った。これまでもリリーには週末(学校の休み)にしか会えなかったのにくらべると、ずっとましだ。授業で会えるかどうかはわからないが、それ以外の時間でも学校内にはいるのだ。これまでとそれほど大きな違いにはならないと、セブルスは自分にも言い聞かせていた。
「別の寮の子に用事がある時はどうすればいいの?」
後ろ2人の会話を耳にしたのだろうか、クラリスが振り返るようにしてシリウスに尋ねた。シリウスもその意を察したのか、後ろ向きになって5人で話すようにした。
「学校に何か方法があるって話は聞いたことがないな。食事のときに大広間で話す……とか?」
「テーブルがすごく離れてたら?たしか寮で分かれるんでしょう」
「スリザリンじゃなければ別の寮のテーブルにいても大丈夫じゃないかな。食べた後に話せばいい」
クラリスは何とも残念そうな顔でセブルスの方を見た。彼女が一番聞きたいのは『スリザリン生に用事がある時はどうすればいいのか』ということだったのだろう。
リリーは首をかしげた。
「スリザリンに友だちがいた場合は?」
「きみはスリザリン生なんかと友だちになる気なのか?」
シリウスが不機嫌そうに眉をひそめるので、リリーは戸惑いがちに答えた。
「わからないけど、よく知らないで友だちになるってことだってあるわ。クラブに入ったら別のクラスの子と知り合ったりするじゃない」
「クラス?っていうのは知らないけど、相手がスリザリンのやつだってわかったら友だちなんてやめるべきだね。ひとを騙したり嘘ついたりを平気でやる連中だから」
ジェームズがはっきりとそう言うと、周囲にいた新入生のうちの何人かが『信じられないものを見た』という表情で彼を見た。一方で彼を支持するようなことをひそひそと話す子たちもいた。
クラリスはあきれたように言った。
「シリウスだって騙したり嘘ついたりしてたじゃない?横丁で」
「悪党ならいいだろ、べつに」
「だったら"悪党をだますスリザリン生"ならいいんじゃないの」
シリウスはますます不機嫌を深めたようだった。切り捨てるように彼は言った。
「スリザリンのやつはみんな悪党だ」
組み分けの一番初めはクラリスからだった。どうやらホグワーツでも苗字の登録はなかったようで、ただ「クラリス」とだけ呼ばれた。
先生の指示に従っておっかなびっくりという風情でいすに座っていた。帽子は間もなく「ハッフルパフ!」と大声で宣告をした。彼女は満足そうな表情で──もしかしたら希望通りだったのかもしれない──、黄色のスローのテーブルの在校生に拍手で迎え入れられていた。
知っている5人のうち「
まずシリウスが呼ばれたときに、小さなざわめきの声がそこかしこであがった。スリザリン以外の3つのテーブルの寮生は、今まで後ろの生徒と話していた者までがすぐにシリウスの方に目を向けた。どうやらシリウスはホグワーツ内でひどく注目されているようだった。
スリザリンにはすでにシリウスの顔を知っている純血貴族が多めに入っているのだろう。『あれがブラック本家の長男(跡取り)か』という驚きはないようだった。その代わり、彼らも組み分けの結果に興味津々といった顔をしていた。
それぞれの寮の学生がこそこそと何か話しているなか、在学生全体を見回しているらしきシリウスの頭に、帽子がかぶせられた。
ほかの生徒ならばとっくに組み分け先が宣告されている時間が経っても、まだ決まらないようだった。シリウスは何事かをつぶやいている──帽子に話しかけているようだった。声が小さいので何を言っているかは聞こえない。おそらくは「グリフィンドールに行きたい」もしくは「スリザリンは嫌だ」と言っているのだろう。
たっぷり1分ほど経った頃に帽子が声をあげた。「グリフィンドール!」
スリザリン寮の緑カラーを配した生徒たちは反射的に拍手しかけ、次いでお互いに目を見合わせあっていた。反対に、グリフィンドール寮の生徒は拍手で迎え入れたものの、どこか『本気か?』あるいは『本当にこれで合ってるのか?』という困惑した表情の生徒も数多かった。特に上級生は。
シリウスはどこか「ざまあみろ」とでも言いたいように、スリザリン寮のテーブルを一瞥して皮肉気に笑っていた。
何人か呼ばれたのち、「
「グリフィンドール!」
シリウスよりは遥かにすばやく分けられた。
そうして、冒頭のようにPotter(ジェームズ)はグリフィンドールへと組み分けされた。
そんな風に思い返していると、セブルスの順番がきた。Snapeなのでアルファベット順だとかなり後の方にあたる。椅子にかけて帽子をかぶせられると、クラウン(頭部分全体)がかなり大き目で、目がほとんど隠れるほどだった。
「ふむ、難しい子がきたな」と帽子は頭上から低い声で言った。
「手段をえらばず機転はきく……、どん欲に学ぼうという意欲も高い、必要ならば敵に立ち向かう勇気も満ちている」
どうやらハッフルパフ以外の3寮で迷われているようだった。
セブルスは自分で決めたことだったはずなのに、帽子にはっきりと意志を伝えるのにひどく緊張していた。口のなかがカラカラだ。グリフィンドールのテーブルで、リリーが心配そうに組み分けの行方を見守っているのが見えた。クラリスもまた、ハッフルパフのテーブルでじっとセブルスを見ている。
──ふいに、脳裏に緑の閃光をはなった母親の姿がよみがえった。
自分のためにそうまでしてくれた人を裏切るのか?
答えを口にしなくてはいけないのに、舌がひどく動かしにくい。
「ぼくはスリザリン寮に行く」
「本当にそれでいいのかね?私は心をみる帽子、君がひどく迷っているのはわかっている。きみは自分が望むままに知識を得、あるいは正面から困難に立ち向かう道もある。それでも選ぶのかね?そう、君が決めているのなら……スリザリン!」
そう告げられた瞬間、なにか──自分が進める可能性があった未来が、一斉にそのドアを閉じてしまったような感覚がして、ぴくりとセブルスの身体がこわばった。
椅子から立ち上がりながら、セブルスはグリフィンドール寮の方に目を向けないように背を向けた。一番左側、緑色のスローが垂れ下がっているテーブルの方へ向かった。
セブルスはすでに組み分け済みの1年生に「よろしく」と言ってから隣に座った。
「君の姿は見たことがないな」
「ぼくにはあまり……、知り合い自体が少ないんだ。親が許してくれなかったから。それでもちゃんとした血を引いてる」
マグル育ちと言ってしまっていいものかどうかもわからない。だからこう答えようと道中で考えてきた。マグルにも魔法界にもあまり知り合いがいないのは事実だ。
「詳しい自己紹介は寮に戻ってからやるってさ」と隣の席の新入生が言うと、上級生らしき女生徒が「なあに上の位ぶっちゃって」と笑って言った。
「気にすることないわよ。彼はほんのちょっぴり貴族の血が入ってるけど、一般家庭の子だから」
「でも……純血主義……あー、血筋はしっかりしてるんだろう?」
「もちろん」
ここでこの上級生が『マグルの血も少しだけ入っているの』と言ってくれれば少しはセブルスの気も楽になったのだが、残念ながらそううまくはいかなかった。
(……もしかして)
セブルスは今更ながら"とある可能性"に思い至り、思わず彼らから目を逸らした。すると、セブルスから対面するように、ハッフルパフのテーブルの方から、クラリスが心配そうに様子を見ているのがわかった。彼女はやはり少し残念そうに眉尻をさげていた。『そうする』とクラリスにだけは伝えていたものの、『そうならないで欲しかった』と彼女の顔には書いてある。
何か言葉をかけるには遠すぎた。
リリーにいたってはクラリスよりももっと奥、グリフィンドールのテーブルにいてよく見えなかった。彼女もセブルスよりもかなり前に呼ばれていたためだ。
まっすぐ向けられたままのクラリスの目は、遠くからは黒や紺色っぽく見える。近くで見れば夜空のような色彩だとわかるのに。それでも目を逸らそうという後ろめたさは感じなかった。話すこともできず、さりとて目を合わせないこともせず、セブルスにできたのはそのまま見ていることだけだった。
──グリフィンドールには目を向けられなかった。シリウスの期待を裏切ったのはよくわかっていたからだ。
やがてスリザリン生が拍手し始めたのに気づいた。組み分けでスリザリン寮に決まった新入生がいたようだ。セブルスは平静をよそおって、拍手がやむまでの何回かだけ小さく手をたたいた。
次に来たのも男子だった。彼がハッフルパフとの間の通路をやってきたので、2人の目線は途切れた。
「よろしく」
「あれ、君も会うのは初めてだよな?」
隣の男子がそう話しかけるのを見て、セブルスは疑問をぶつけてみることにした。
「──もしかして、みんな
クラリスの後ろ、グリフィンドールのテーブルでは、シリウスがぶつぶつと文句を言っていた。組み分けの邪魔にならない程度におさえた声だったが、クラリスに聞こえるくらいに怒りがこもっている。
「あいつ……!裏切ったな」
「だから言ってるだろ、あんなやつ」
ジェームズが吐き捨てるように言ったので、リリーは「何てこというのよ……!」とぷりぷり怒ってジェームズに抗議していた。
クラリスも言うべきことがあるように思ったが、グリフィンドールの3人とは席がたっぷり10フィート(3メートル)以上は離れていた。これでは大声を出さなくては届かないだろう。
(セブルスはスリザリンに入るしかなかったのよ……!)
いずれシリウスにはもちろん、ジェームズにも伝えなくてはいけないだろう。細かい事情はともかく、2人にはセブルスを見捨てるようなことをして欲しくない。ただでさえスリザリン生の味方になってやれる友だちは少ないのだから。
ほどなくして新入生は全員組み分けられ、いすと帽子は片付けられた。
それから、教員席の一番真ん中に座っていた『いかにも魔法使い』という見た目のおじいさんが立ち上がった。床にまで届きそうな白く長いひげと髪の毛、三角の帽子をかぶっている。
(この人が校長先生……なのよね?)
「おめでとう!今年も無事新入生を迎えることができた。おめでとう!これから歓迎の晩餐となる」
そう話したアルバス・ダンブルドアは、「3言だけ話す」と言ってから謎の掛け声を3回繰り返し、席についた。
「……魔法界のあいさつって、あんな感じなんですか?」
そうだとしたらクラリスがついていける自信がなかった。『あれがスタンダードだったらどうしよう』と不安に思い、隣の上級生に尋ねた。彼女はほとんどクラリスとかわらない年齢のようだった。
「ひとによる。校長先生は……、偉大な方だからきっと簡単に終わらせようとしているのよ。去年もあんな感じだった。それより、食べましょう」
クラリスがテーブルの上に目線をうつすと、先ほどまで空っぽだった皿の上に所せましと食べ物が置かれていた。クリスマスに食べるような豪勢なメニューだった。イギリス料理は朝食が一番おいしいというが、テーブルの上にはローストビーフなんかの珍しくおいしいディナーの肉料理が用意されていた。……それらのおいしいメニューをイギリス料理と呼んで適切かどうかはともかく。
自宅で食べることのまずない豪勢な食事に、クラリスは『これからは毎日お腹いっぱい食べられるのね!』と
「詳しいことは寮の談話室に戻ってからね」と上級生が言ったので、セブルスの質問は棚上げとなった。しかし周りを観察していると、新入生もすでに上級生の名前を知っていて、打ち解けているようだった。
あらかじめその可能性に思い至っていなかったことにセブルスは歯噛みした。みんながみんな貴族ということはないかもしれないが、ほとんどが魔法界出身のはずだ。そうでなければ魔法界の魔法族で結ばれるべきという"純血主義"とはかみ合わない。
そして、同じ主義を持っているということは、なにか集会なりネットワークが存在していてもおかしくない。たとえば教会組織のようなものである。"きちんとした血筋"がどこにあるかを知り、その内輪で結婚をできるようにする場所だ。
だから"顔を知らない相手"は"純血主義"がモットーのひとつであるスリザリン寮のなかでは、珍しい存在となるのかもしれない。特にセブルスはマグル界育ちだから、なおさら珍しいだろう。
("プリンス家"というのをしっかり言っておかないとまずいかもしれない)
そういえば、とセブルスは思いついた。自分の後……最後にスリザリン寮に組み分けされた男子も『顔を見たことがない』と言われていたはずだ。
くだんの生徒は「これが、ゴースト……」と小さな声でつぶやきながら、まじまじと目の前のものを見つめていた。
生前のついたのだろう血にまみれた上着をそのままにしている、銀色の透けている人影だった。服装はかなり……セブルスの知っているゴースト(スチュアート)よりも何百年も前のように見える。
"血みどろ男爵"と呼ばれ親しまれて(?)いる彼は、スリザリンの寮憑きゴーストなのだという。ほかの寮にもそれぞれ専属にゴーストがいるようだが、彼らはいったい何のためにそんなことをしているのか、知っている者は誰もいないようだった。
「君はゴーストを見たことがあるの?」とスリザリンの上級生がセブルスに尋ねた。驚いている風でなかったからだろう。
「ああ、……前に1940年くらいに死んだゴーストと話したことがあります。でも詳しい話は訊かなかった」
「へえ、珍しいな。イギリスのほとんどのゴーストはこの城にいるんだぜ」
「ぼくもそれっきり見たことは……」
「そのゴーストの名前は?」「たしかスチュアート・バンクスだと思います」
よどみなく答えるセブルスに対して、少し疑わしそうな目をしていた上級生は、ひとまず納得したようにうなずいた。
「今年の"防衛術"の先生はどんな人かね?」とテーブルの奥の方、背の高い上級生が集まっているエリアにいた1人が疑問を口にするのが聞こえた。女生徒のようだ。彼女の隣には背をピンとのばした、プラチナブロンドの上級生が座っている。ゆったりとした所作で、肉汁がしたたるような料理であっても、こぼしたりなどの失態をひとつもおかす様子がない。いかにも"貴族"のお手本のような男だった。
「マルフォイ監督生はなにかご存じですか?」
「どうやら少し……生活が苦しい方のようだ。まだお若いが"あの呪い"をご存じで引き受けたと。昨年度よりも教える経験の少ない方で、授業に穴が開くよりはマシといった程度のようだ」
「それでは我らが蛇寮の出身ではございませんね?」
「むろんだとも」
がやがやと会食している席なので、端の方にいる新入生たちには彼らの会話は聞き取りにくかった。その場にいた新入生たちのあいだでなんとなく目くばせがされた。
「"防衛術"ってたしか……」とセブルスが切り出した。
「"闇の魔術に対する防衛術(DADA)"だよ。どんな先生がきても1年しかもたないんだ。先生によって教え方もバラバラだしテーマにするものも違うから、上級生になってからの試験にすごく困るんだよな」
「去年の先生もひどかった。実践、実践て言って呪文をとにかく撃たせるのはまだいいんだけど、かわいい女生徒の腕を触って杖を振らせたりするの。反吐がでるほど最低だった」
「うわあ……」
スリザリン寮のテーブルはそれなりに穏やかに食事がすすんでいた。
「あ……、あいつマルフォイだ。ルシウス・マルフォイ」
リリーの右隣に座っているシリウスが、実に嫌そうな表情でそう言った。スリザリン寮のテーブルの方に目をやっているということは、きらいな相手を見つけたのだろうか。
「……もしかして
シリウスが嫌がる生徒といえば、そういう人なのだろう。だからリリーは声を低めてたずねた。さらにその隣にいるジェームズも視界におさめようと身を乗り出すと、とたんにテーブルの料理に長い髪が触れそうになる。この赤毛をスープ漬けにするわけにもいかない。だからリリーはその長い赤毛を後ろに流してから、あらためて2人の方に向いた。
「あいつはさ。ウチの次くらいの旧い貴族の本家の跡取りってやつなんだ。
もう
「たぶんって?」
「死喰い人は仮面をかぶってるんだよ。捕まってみないと誰だったのかまで突き止められないんだ」
答えたのはジェームズだった。
「……自分が誰なのかわからないのをいいことに平気で闇の魔術を使う、最低の連中だよ……!」
ジェームズは怒りで力をひときわこめてしまったようで、手元の皿にのせたローストチキンにフォークを突き立てた。切っ先が骨に当たったらしく、かたい音が小さく鳴った。
(
リリーはそう思ったが口に出さなかった。尋ねてしまって彼をもっと怒らせてしまうかもしれないから。
「死喰い人が最低なのは当たり前だ。……たしかマルフォイは去年も監督生だったとか聞いたな。多分卒業するまではあいつがスリザリンを仕切るんだろう。おれもアイツに協力して5年生になったら監督生をとれ、とか命令されたけどな、グリフィンドールに入ってやった。ざまあみろだ」
鼻をならしたシリウスはきれいに切り分けた肉をゆったりと口に運んでいた。もしも全生徒を集めた『食事の行儀の良さコンテスト』なんかをさせたら上位に食い込むのは間違いない。少なくとも隣に座っているジェームズよりもはるかにきちんとしていた。
シリウスのことを詳しく知らないのだろうか、新入生女子は彼の端正な顔としぐさを見て、時おりひそひそと楽しそうに何かを話し合っていた。
「シリウスって貴族のことに詳しいのね」
「よその貴族の顔を覚えないと、仕事の話とか何もできないんだとさ。その家の誰が何をやっていて、どんな部分でウチと協力したり競争してるかわからないとダメだとか言われてさ。必死になって覚えたよ。ウチがどんなだか良くわかってない小さい頃に」
周囲のグリフィンドール生は3人に興味をひかれているらしく、遠巻きに会話の推移を見守ってるような状態だった。『死喰い人(純血主義)といえばブラック家、そしてマルフォイ家』であり『獅子寮出身の多い"不死鳥の騎士団"の敵』という共通認識の彼らにとって、堂々と
それは上級生もだ。シリウスはかなり早く組わけされたため、実ははじめは上級生の右隣に座っていたのである。
しかしリリーの見るかぎり上級生の反応はどうにもぎこちなく、話もはずんでいない。
シリウスと上級生のあいだに少しスペースが空いていたので、組わけされたリリーは「もうちょっと空けて」と断ってから座ることにした。さらにその後ジェームズが合流してきて、ほかの新入生にお構いなしに無理やりシリウスの右隣に座ったのである。
つまりシリウスは3人の真ん中に座る形になった。左隣にリリー、右隣にジェームズとなる。
「……じゃあ、もしかしてスリザリンの貴族ってもうみんな知り合いなの?」
「あー……たぶん」
リリーがスリザリン寮のセブルスの方を心配そうに見やると、ジェームズは信じられないようなものを見る目をした。
「スリザリン生との友だちなんてやめちゃいなよ。そういうやつなんだから、君たちのことを友だちだなんて思ってないんだ。アイツだって闇の魔術に詳しいってきいたよ」
「詳しいってどういうこと?今までセブ(セブルス)が闇の魔術を使ったことなんてないわ。貴族じゃないし、私ともリズ(クラリス)とも親友なんだから。
リズは髪と目を見てわかると思うけど、魔法使いとのハーフなのよ。そういうところを馬鹿にしたりとかは……まえはしてたけど、今はちがうわ」
「まえはしてたのかよ」その辺りを知らないシリウスは不快そうな顔をしていた。
「闇の魔術に関しては……あー。ほら、君たちを助けに行ったときにさ。おれはあいつとどうやるか作戦を練ったんだけど、その時に聞いたんだよ。助けるときに使えそうな魔法はないかって。それで……使うことになったんだ。おれも強力な魔法で闇の魔法族をやっつけられるならいいかと思ってさ」
「最低だよ、シリウス。闇の魔術はかんたんに解けるようなものじゃないのに。あんなやつとつるむからそんな考えになるんだ」
シリウスはムッとしたように口をへの字に曲げた。
「あいつが使わなかったらおれたちも
「そうやってうまく気に入られようっていうのがあいつらのやり口じゃないか」
「どう見ても気に入られようって顔はしてなかった。……君もそう思うだろ?」
「そうね。セブは感じの悪い言い方もしてた。スリザリンに入ったのは……純血主義とか死喰い人だとかは関係ないわ」
2人からきっぱりと否定されて、ジェームズはむくれた顔でテーブルのゴブレットを手にとった。
余談だが、シリウスはリリーのことを"エバンズ"と呼ばなかった。
彼は苗字がないクラリスをクラリスと呼ぶし、男子だからセブルスも名前で呼ぶし、ジェームズは大親友だからもちろん苗字でなんか呼ばない。さらに自身も家の名前が嫌いなので"シリウス"と呼ばせている。その流れのせいかリリーも名前で呼ばれていた。おそらく仲間外れにしているみたいになってしまうからなのだろう。
会話が途切れたところで、上級生がこっそりベンチを立ってシリウスの近くに寄ってきた。背が高く体つきはがっしりしている。いかにもスポーツマンという見た目で、短い赤毛がツンツンと立っていた。
「──お前がシリウス・ブラック?」
「そうだけど」
シリウスがかたい顔で応じたのを、リリーははらはらしながら見つめた。遠巻きにしてくるだけでなく、もしかしたら気に食わなくて文句を言ってくる生徒だっているかもしれない。上級生だからってそういうタイプじゃないとは限らない。
ケンカになってしまうだろうか。
「俺はクライブ・ホールデン(Clive Holden)という。今年度はブラック家の子が入学だっていうんで、どんなやつかと思ってたら全然予想と違ってたな」
上級生、ホールデンは快活そうに笑った。ぽってりとした唇と目つきの悪さから、リリーの目には赤毛のゴリラみたいな印象に見える。
「どういう方向に予想と違ってたんだい、ホールデンさん」
「俺の予想だと、『きっとブラックはいかにも貴族って感じで、周りの人間は自分の手足だと思ってるようなやつだ』って感じだったけどな。グリフィンドールに友達なんかいないと思ってたよ。予想外っていうのはいいもんだ、楽しめるからな」
そう言って、彼は同じテーブルのべつの上級生らしき女の子をさし示した。目がぱっちりとした勝気そうな顔をしていて、はちみつ色の髪をポニーテールに結っている。クマとはちみつならぬ、ゴリラとはちみつの組み合わせだ。
「妹のシドニー(Sidney Holden)だ。ああ、家の血筋がどうとかって話は必要かい、大貴族さん」
「そんなもので何がわかるんだ。百味ビーンズの好みのフレーバーとかかい?」
シリウスがにやりと笑って見せると、ゴリラきょうだいもそれ以外のグリフィンドール生たちも、少し空気が緩んだようだった。うまくホールデンからまわったパスを投げ返せたようである。
「俺はクィディッチチームにも所属してるんだ。箒に慣れてるならぜひ選抜を受けろよな。……じゃ、監督生さんよ後はよろしく」
ホールデン兄は近くにいた上級生の肩をばしりと音をたてて叩き、自分の席に戻って行った。温和な顔つきの監督生は「イタタ」と言いながらも自分の方を見ているシリウスに気づき、にこやかに話しかけてきた。
「あー……、監督生としてのあいさつはみんなで談話室に引っ込んだ後にするよ。ここだと聞こえない子もいるからね。だから一言だけ」
こほん、とその人はかしこまった顔をした。
「──グリフィンドールにようこそ、シリウス・ブラックくん」
*
「さて、みなお腹のふくれた頃じゃろう。二言、三言お知らせがある。おしゃべりに夢中でデザートを食べ忘れた子は、今のタイミングがラストチャンスじゃよ」
校長先生がいたずらっぽい目元でほほえんで言うと、大広間は潮がひくように一気に静かになっていった。
セブルスの周りの生徒たちも同じだ。
晩餐はデザートまでが済んだ頃だった。ふたたび立ちあがった校長先生は、大きな声で生徒たち全員にきこえるよう話し始めた。
「まず特に一年生に注意しよう。構内にある森には入ってはならぬ。森にいるさまざまな魔法生物の中には、するどい爪をもっていたり子どもを丸のみにできるようなものもおるからの。それから、授業の合間に魔法をつかったり、廊下で魔法をつかうのも禁物じゃ。昨年巻き添えになった何人もの生徒は、ホリデーシーズンが終わっても髪が虹色に光ったままになっておった」
ダンブルドア校長の視線はグリフィンドール生の方に向いていた。おそらくはその中に犯人がいるのだろう。何名かの生徒が目を見合わせ、ひそひそと忍び笑いをもらしていた。
その後、メロディーも何もあったものではない謎の"校歌"を生徒全員で歌って(たれ流して?)、生徒たちはそれぞれの寮に一斉に移動することになった。
先頭に立ったスリザリンの監督生2名──男女1名ずつのうち、男性の方の監督生、ルシウスは女性の方に何かを話しかけた。女性の監督生はうなずいて、寮生全体にきこえるように声を発した。
「スリザリン寮は地下にあります。ついて来て」
入り口の大扉に近い側の席、つまり下手の方に組み分けされた新入生が入っていったため、監督生の真後ろにつくのは新入生となる。
しかしセブルスの見たところ、新入生のうち周囲にいるのは10名にもならないくらいだった。晩餐のあいだに、知り合いに上級生がいる子は彼らの近くに呼ばれて、席を移動していたためだ。
つまり、この10名足らずが『寮内に知り合いのいない組』になるのかもしれない。
セブルスが最後に組み分けされた子と並んで歩いていると、彼は濃い茶の瞳を向けて話しかけてきた。
「きみも言ってたけど、この寮は知り合い同士が多そうだね」
茶髪で、背の高さがセブルスとたいして変わらないくらいに小柄だ。妙におどおどしたところのある子で、しきりに周囲を見渡している。そのたびに波うった濃い茶の髪が揺れるのを視界のはしに捉えながら、セブルスは答えた。
「家同士で付き合いとか、何か機会があったのかもしれない。でも全員ってわけじゃなさそうだ」
「それはそうだね。ウチは遠くから引っ越してきたばかりだから知り合いがいなくって」
「……ぼくも似たようなものだ」
大広間を出て白っぽい石が敷き詰められたホールのような場所を横切り、橋をわたったり階段を幾度となく下りていくと、天井の低い洞窟のような場所に出た。おそらく城の地下にあたるのだろう。ところどころに照明はあるもののどこか薄暗く、締め切られて空気がこもっているようだった。
城のなかも談話室も、暖炉ひとつではもっと寒いのではないかとセブルスは予測していたが、思いのほか温かかった。外を歩いてきたときも凍えるようなことはなかったから、ローブ自体に魔法がかかっていたり、素材がマグル界のものとは全く違うのかもしれなかった。
やがて監督生が石でできた壁の前で立ち止まったので、列で移動してきた全員がその付近に集まった。湿ったむきだしの石が並んでいる。
どう見てもただの壁なのだが、ルシウスが合言葉を言うと石の一部がするすると開いた。ちょうど人が出入りできる扉のように。ここに扉があると知っていなければ誰も合言葉を試そうとはしないだろう。
(他の寮の生徒からもわざわざ隠してるのか?)
尋ねてくる人がいたらどうするんだろう。それとも、それほどまでにホグワーツでは寮をこえた付き合いが許されないものなのだろうか。
セブルスが明日以降どうやって友だち──特にグリフィンドール寮にいるリリーと話そうかと頭を悩ませていると、隣の子が言った。
「なんだか……、朝に寮を出たら、ここに入り口があるって忘れちゃうかも」
確かにその通りだった。大広間から寮までの道のりも、隠し扉の場所も、今見てきたはずだったが結構長かった気がする。完ぺきには思い出せない。
「安心したまえ」
監督生が振り返り、怜悧な印象のある顔が近くで見えた。口元はほほえんでいるように見えるが、その目は笑っていないようだ。
「詳しくは後ほどまとめて説明するが、毎年の新入生はみな同じことを考えるので対策をとっている」
談話室のなかは広かった。大まかに3つのエリアに分かれていて、一番奥のエリアには縦に長い窓がいくつも見えた。窓の外は真っ黒で、夜更けだからなのか地下にある部屋だからなのかの判別は難しかった。星の光が見えないから空ではないらしい、ということがなんとなくわかる程度である。監督生の案内では「ホグワーツ湖のなかに面している」ということだった。
真ん中と手前のエリアにはドアのない入り口のようなものがあって、談話室に入って右が男子寮、左が女子寮へ続く道らしい。白い石でできた横長の暖炉と、ソファやテーブルがいくつも置いてある。ところどころに設置しているランプには灯りがともっていた。
天井にはめ込まれているステンドグラスは、緑っぽい色だったが薄暗くてよく見えなかった。夜だからかもしれない。
女性の監督生は新入生全員に聞こえるよう、みんなの前に出て大きめの声で説明をしていた。新入生──その中でも10名足らずの『寮内に知り合いのいない組』は彼女のすぐ近くで説明を聞き、残りの寮生はその周りをぐるりと囲うようなかたちで人垣をつくっていた。
「──談話室にあるものはつまんでもいいけれど、暇つぶしでなにか口にいれるのはおすすめしないわ。高貴さはいつもの暮らしからにじみ出るものよ」
監督生はそう話をまとめてから、ルシウスへ向き直った。
「案内に不足がございましたら……」
「いや、充分な説明だったとも。ご苦労だった。
──それでは新入生の諸君。わたしは監督生のルシウス・マルフォイという。6年生だ。心から君たちを歓迎しよう」
どうやら女の監督生よりも彼の方が上の立場のようだった。女の監督生はルシウスが話し始めると、一歩奥へ引っ込んで控えるように立った。
「寮のシンボルは諸君もご存じのように蛇、色は緑と銀だ。卒業まで毎日付き合うものだからひと月もすれば大抵の生徒は慣れる。
明日から授業がはじまるが、みなが純なる血を引く仲間であることを忘れず、スリザリン寮に恥じない行動をとるように。たとえ今日まで互いを知り合う機会に恵まれなかったとしてもだ。
反対に、どれほど高貴な血で見知っている相手でも、他の寮の生徒は我らがスリザリン寮とは関係がないものと考えるべきだ」
シリウスのことを言っているのかもしれないな、とセブルスはぼんやり思いながら話を聞いていた。さすがに長時間の列車と長い距離を歩かされてまぶたが重たくなってきている。
「これまでの暮らしの良し悪しは学校では関係がない。実力を示し、できる者はできないものを導いてもらいたい。それこそが上に立つ者の役割と知りたまえ。
高貴なる者はほかよりも課される責任が大きい。取るに足らない連中に妨げられたとしても、必ず目的を果たすべく結束をかためて務めにまい進してもらいたい」
ルシウスはみなの顔を見渡して、自分の言葉が全員に染み入ったのを確認したかのように観察した後、つづけた。
「短いが挨拶はこれで終わる。新入生には自己紹介をしてもらおう。毎年、見知った相手がいない生徒も何名かはいるようなのでね」
女性の監督生が何か紙をもって、ルシウスの隣に並んだ。あとは組み分けのときと同様だった。彼女が新入生のフルネームを家名のABC順で読み上げ、呼ばれた生徒は返事をして名前を言った。上級生たちと同じ人垣に紛れている子もいれば、セブルスたちのように監督生の前に座っている子もいる。
セブルスたち『寮内に知り合いのいない組(伝手や後ろ盾がない組)』と知り合いがいる子たちとは、ここに来るまでの道のりでだいたい分かれてしまっていた。そして「●●家の」と名乗って「ああ、あの家の」となる子たちは、大抵うしろの人垣のなかにいた。
セブルスはどう話し出すべきかを考えていた。シリウスと一緒に敵方のアジトを襲撃?した時のような緊張感で、手の中に汗をかいている。失敗したらどうなるかわからない。
やがてセブルスの順番がきた。
「ぼくは……母親が純血の魔女だった。母親の名前がアイリーン・プリンス」
セブルスは先に母親の情報を出すことにした。ふつうに苗字を含めて名乗るよりもその方がわかりやすいと考えたからだ。
案の定、周囲の生徒のうち、「プリンス家の?」「でもあの子に会ったことはない」「苗字も聞いたことないな」というような生徒の声があがるのを確認してから、セブルスはつづけた。
「ほかの親戚には会ったことがないので、知りません」
「つまり半純血で間違いはないかな?」
ルシウスが確認するように尋ねた。
「はい」
半純血ということは、母親が一度純血主義を捨てた魔女だということになる。"半純血"なら受け入れてもらえると母親は言っていたが、もし違っていたら?
内心で不安を押し殺していたセブルスの返答に、彼は「ふむ」と考えるようなそぶりをしてから、女性の監督生を呼んだ。
彼女はペラペラとなにか分厚い本をめくっていて、そのなかの一ページをさし示してルシウスへと差し出した。おそらくは家系に関しての書籍なのだろう。そうやってうその名前を名乗っていないか確認しているのかもしれない。
ルシウスは示されたページに目を落とし、女性の監督生にひとつうなずいてから、全体に視線をめぐらせて言った。
「貴き血の1人が戻ってきたのを歓迎しよう」
まるで全員に『どう接すればいいか』という指示を与えるかのような言い方だった。
「プリンス家は……、君が直接の付き合いをもたないのであれば、わざわざ知らせる必要はない。
しかし、他の寮に入った貴族がその血を知らずに無礼な態度をとるかもしれないな。とくに貴族にとっては、貴い血を引いている方の家名で名乗るのが普通だ。
正式に君を言い表すのなら"半純血のプリンス家(The half blood Prince)"が正しい」
そう言いながら、ルシウスはかぶりを振った。
「しかし、ふだん呼ぶには長すぎるな。手紙ならともかく、少し用事があって呼びかけるときには。どうしても必要ならば"ハーフ・プリンス"とでも呼ぶか……」
思案するかのようなルシウスに対し、セブルスは何と答えるべきか判断がつかなかった。"半分プリンス"とは馬鹿にされているような気もするが、魔法界ではそうじゃないのかもしれない。なにより相手は上級生だ。
ルシウスはしばらくセブルスの反応を観察してから命じた。
「学校のルールの上でも、君には父親の苗字を名乗ってもらおう。何かあったらほかの寮生がサポートをする」
シリウスみたいだな、とセブルスは思った。セブルスがどうしたいかをルシウスも訊かなかった。彼らはどちらも『自分に従って当たり前』という態度だった。
(そういえばマルフォイ家って聞き覚えがあったような……)
魔法界を詳しく知らないセブルスは、魔法界生まれなら誰でも知っているような有名な貴族ですら、すぐにはピンとこない。
少ししゃべるだけで知らない単語にぶつかってしまうのだ。セブルスは自分が魔法界で当たり前のことすら知らない、ひどい『もの知らず』なのだと理解せざるを得なかった。ほかにマグル育ちがいるのなら色々相談できるかもしれないが、寮の方針からいくとその可能性は圧倒的に低かった。
困難な道を選んだ自覚はセブルスにもあったが、ひどいハンデを背負ったものだ。他の子が1聞けばわかるものを、自身は5や10訊かなければわからないのかもしれない。その事実に頭が痛くなりそうだった。
「ヤックスリー・トーマス」
先ほど肩を並べて寮までの道のりを来た子──最後に組み分けられた子の順番となった。その子は小さな声で話し始めた。
「はい。ぼくはヘク……じゃなかった、ぼくはトーマス・ヤックスリー(Thomas Yaxley)です」
周囲の子たちは「ヤックスリーって言った?」「聖28一族の?」とひそひそ話していた。はじめに何か言いかけていたのは、どうやら周囲には聞こえていないらしい。
「聖28一族の"ヤックスリー家"との関係は何かな?」
「親戚です。でも会ったことはあまり……」
"聖28一族"については、セブルスの知識にもあった。母親から聞く限りでは『代々続く純血だと証明された、数少ない家』のはずだ。でもそれは40年くらい前に証明されたものだった気がする。今年までの40年のあいだに純血じゃなくなっている可能性もあるだろう。
そんな有名な家なのに『自分と同じく顔を知られてない』のだから、彼もまたワケアリなのかもしれなかった。
「これで全員です」
そう言った女性の監督生にルシウスはひとつうなずいて見せ、また全員に呼びかけるように言った。
「この城は大変広い。授業によって別の塔に移動しなくてはいけないことも多くある上に、通り道の階段や絵はその日によって動き方も違う。はじめのうちは寮と大広間の行き来だけでも迷うだろう。
上級生は上に立つものとして、こういう時こそ協力するべきだ。──よって、すでに見知った上級生がいる者は、何かあったら彼らに相談したまえ」
「はい」とセブルスの後ろの人垣の新入生が、次々と返事をした。
ルシウスは寮生を観察し、返事がすっかり絶えるとこう言った。
「知り合いがいない新入生には、わたしの方で上級生をつけよう。彼らの指示に従って動くように」
ルシウスは順々に『知り合いがスリザリン寮にいない組(伝手や後ろ盾のない組)』の新入生の苗字を呼んだ。リストも何も見ずに。彼は一度の自己紹介だけで新入生の苗字と顔を把握したようだった。
「君たちは何かあったら彼/彼女に相談したまえ」
数人の新入生につき、1人の上級生がつけられていった。そこで任命された上級生はみな、どこか独特の雰囲気をもっているようだった。どことなく目つきがきつかったり、ひとを値踏みするかのような表情をしている。あるいは目立つところにとげとげしいものを身に着けていたり、ぼさぼさの髪を伸ばしっぱなしにしていたりと"貴族らしくない"グループだった。
セブルスとトーマス・ヤックスリーの2人に対しては、1人の上級生がつけられた。人垣のうち、一番外側──ルシウスに近い側にいる人物だった。やけに真っ黒で長いローブを身に着けている男子生徒で、屋外でもないのになぜかフードを目深にかぶっている。
「さて。打ち合わせておくべきことはこれで終わりだ。就寝時間も過ぎている。新入生を部屋に案内してやりたまえ」
「はっ」
女性の監督生はルシウスの言に従い、何か丸められた紙を取り出した。
「新入生は私の後についてきて。残りは就寝の準備に入るように。
──では、解散」
大広間の寮の並びは媒体で色々違うのでこちらで決めました。
RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?
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【活動報告】にあげて欲しい
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【本編】にあげて欲しい