セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
カリオストロの城のクラリスの外見イメージでおk。
2/19乱文修正のため全面推敲しました。話の筋は変わってないです。
2025/6/7 一部修正済み
白くきれいなリリーの手には、緑色の何かが載っていた。
先ほどこの生物が出口の前にひらりと姿を現したせいで、3人は巨大魚に見つかってしまったのだ。
(……何かしら?)
クラリスは間近でその生き物をまじまじと見つめてみた。
見た目は丸く小ぶりで、リリーの両掌で持ち上げてちょうどいいくらいのサイズだった。クリスマスツリーなどの樅(もみ)の木を丸めたらこうなるかもしれない。
そのかたまりは明らかにふるふると震えていて、襲われてしまったことにおびえているようだ。リリーもそれに気づいたのか、彼女がそれの背中?を宥めるようにぽんぽんと撫でると、彼女の指先の辺りから頭がぴょこんと生えてきた。
(……いえ、生えたわけじゃないのね)
その生き物は全身を亀のように縮こませていたらしい。ようやく顔らしきものを上げて─目があるのかないのかはよくわからないが、3人がいるのを確認したのかもしれなかった。
リリーは「かわいい」と言ってその生き物をなでた。
「まるでジンジャーブレッドマンみたいね。モップみたいな葉っぱがついているけど」
セブルスは「"ジンジャーブレッドマン"?」と首をかしげていて、リリーのたとえが理解できていないようだった。
(これを『かわいい』って言った?)
クラリスは、急にリリーが得体のしれない生き物のように思えて、その生き物とリリーのあいだで視線を行ったり来たりさせた。
「確かに頭と手足がついていて人の形だけど。ジンジャーブレッドマンには、こんなに鋭い〝とげとげ〟はついていないでしょ」
リリーの手のひらの上で立ち上がったその生き物は、お腹の辺りだけ葉っぱの種類が違うようだった。まわりの葉っぱも針のような形をしているが、正面の一部だけはハリネズミのように鋭い針葉が反り立っている。さらにそこから何か、薪のように落ち着きのあるにおいがする茶色っぽい液体が染み出ている。
わけのわからない生き物だ。
「痛くなかったの?」
「さっきはやわらかかったのよ」
「それを、『かわいい』って言ったのか、さっき」
さすがのセブルスもリリーの感覚に共感はできなかったらしい。顔をその生き物に近づけてじっくりと観察しながら「これが?」と首をかしげていた。
「かわいいでしょ?」
べとべとしたものを垂れ流す得体のしれない生き物をリリーはかわいがるように撫でていて、クラリスは以前いっしょに遊んだときのことを思い出した。
(そういえば、リリーがカエルの卵をポケットにたくさん詰め込んでいたことがあったような……)
クラリスの背中に、それを目にしたときと同じようなおぞ気が走った。いくら魔法族でも気色が悪いものを平気でさわれるわけじゃない。
「ええ、そうよね。とってもかわいいわ……」
クラリスはなんとか笑顔を浮かべたが、その顔は引きつっていたことだろう。なんとか同意の言葉をつむぐことには成功したが、口から出たのは弱弱しい声色だった。
「そんな顔で言ってもウソだってばればれだ。うそつき」
鋭い目つきになったセブルスが、弱点を見つけたと言わんばかりに突っついてきた。クラリスが邪魔しすぎたせいで嫌われてしまったようだ。
「う……。でも、きっとリリーの感覚の方が正しいのよ。だってリリーがそう言っているんだから」
「だったら触ってみろ」
その『べとべと』はいいにおいで琥珀のような色をしていたが、蜂蜜よりどろりとしていた。手を洗うこともできない野原で触りたくはない。
「……やめておくわ」
クラリスが無理につくった笑顔がゆがむのを、セブルスは「ほらな」と言った。彼女をやり込めたのを勝ち誇っているようであった。
「とにかく」
クラリスは強い語調でしきり直し、表情をひきしめた。
その生き物が『何』なのかをクラリスは知らない。リリーはもちろんセブルスもそうらしかった。ふつうの現実にいる動物なのか、それとも魔法生物なのか。危険なのか、そうじゃないのか。子どもの3人には何もわからないのだ。
手がかりとなりそうな知識は手持ちの本のなかにも、クラリスの頭のなかにも入っていなかった。
「危ない生き物かもしれないわ。その液だってかぶれたり毒だったらどうするの。
それに、わたしが来ようと思ってたのは、こういう謎の生き物がいるようなところじゃないわ。近所の大きな公園よ。土手の方にいろいろな花があつまってるの」
タンポポのようなよく見る形の花がちょこちょこ咲いている程度のそこは、今3人が立っている『ここ』とはあまりに違う。
「この子はここに置いて、私たちはもう帰ろう。さっきの魚が戻ってきたらどうするのよ。今度こそ3人のだれかが食べられちゃうわ」
クラリスの熱をこめた説得に対して、リリーは首をよこに振った。
「こんな小さい子をこのまましていたら、かわいそうよ。食べられそうになってたのよ?おうちに連れて行ってあげるべきだわ」
求めていた返答でなかったことに、クラリスは顔から血の気がひくような感覚がした。
あんな魚がどこをうろついているかもわからない、他にも危険な肉食生物がいるだろう土地を突っ切るつもりだというのだ。大人なら魔法で撃退できるだろうが、クラリスには出来ない。
リリーがそれを選ぶのだとしたらきっと正解なのだろうが、それでもできるだけ危ないところに立ち入りたくない。
だから、それからもクラリスはリリーを説得しようとし続けた。
「この葉っぱが、このまますみかに戻るつもりがあるかもわからないわ」「すごく遠くの山の上から飛んできたんだったらどうするの?」「小さいからって子どもかどうかもわからないのよ」
それでもリリーは「みんなで一緒に行けば大丈夫よ」とゆずらなかった。かわいい生き物を助けるためとはいえ、あまりにも無茶なはずなのに。
リリーがその〝ジンジャー葉っぱ〟をそっと地面におろすと、それはちょこちょこと両足で歩き始めた。まるで
立ち止まったまま帰宅をうながすクラリスをよそに、リリーは葉っぱの後につづいて歩き出した。クラリスが来ないとはまるで思っていないような速度で、先を行ってしまう。
セブルスも「おくびょうだな」と馬鹿にするような声をかけてきてから、リリーの後について行った。
2人とも聞く耳をもってくれそうにない。
クラリスはもう一度自分たちのやって来た道のりを確かめてみた。
(方角はあっちだった)
でもこのまま行くと見失うかもしれない。せめて目印でもあれば。ヘンゼルとグレーテルみたいな感じで石でも落としていくとか……。
石を探そうと地面に目をこらしてみると、〝ジンジャー〟が流すどろっとしたものが点々とつづいているのに気づいた。すでに琥珀みたいな固まりになっている。
(帰り道の目じるしくらいにはなるかも)
クラリスがそうやって考えている間にも、2人の背中は小さくなっていく。
……それとも、2人を放ってひとりで帰ってしまおうか?
危険なところに自分から入ってゆくというのだから、放っておいて何が起きてもクラリスのせいじゃない。セブルスだって本当は杖を持っているのかもしれないのだ。さっきは出せなかっただけで。
そうやって悩んでいると、不意に羽音のような
近くには何もいない。追いかけて来ているものがいるわけじゃなかった。 ただ、カラスよりも大きな鳥が遠くの空に浮かんでいるのが見えた。
──はぐれて一人になるのが一番あぶない。
「─わかったわよう」
いつでも杖を取り出せるようにとポケットの中を確認してから、景色のなかに遠ざかってゆくリリーの背を追いかけて、クラリスも小走りで後に続いた。
ジンジャーブレッドマンの葉っぱ─〝ジンジャー〟を追って5分程度たった頃だろうか。
草原を通り抜けてから小高い丘をまわりこみ、とうとう洞窟にまで来てしまった。
〝ジンジャー〟はなにを考えているかも全くうかがえないまま、草原を通りぬけてきたのと同じような足どりでぴょこぴょこと洞穴のなかに入っていった。当然のようにリリーもセブルスもなかに続こうとする。
『それ』は友好的な相手なのだろうか。クマみたいな猛獣じゃないといいけれど。
クラリスはこの時も2人を止めたのだ。『〝ジンジャー〟をすみかに送り届けたのだから、もう帰ろう』と。
それでもリリーは進んで行ったし、ならばクラリスも従ったほうがいいような気がした。彼女が気にしていないものを『危ないかも』と心配する方がおかしいんじゃないだろうか。
じっとりと嫌な汗が首すじにういている感じが消えなくて、クラリスは震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。
結局、クラリスは2人を止められないままびくびくして周りを見わたしながら進む、という中途半端なことしかできなかった。
洞穴はうす暗かったが真っ暗ではなかった。洞窟の壁のそこかしこに手のひらサイズくらいの鉱石が埋まっていて、ぼんやりとしたやさしい光が時おりほたるの光のように明滅していたからだ。
うす曇りの日、ガラス窓際ごしにランプを見たらこんな雰囲気だろうか。
クラリスが色とりどりの光にそっと触れてみても、思いのほかつるりとした硬い石の感触しかしない。〝ランプ〟以外は壁も天井もごつごつとしていて、まちがえて転んだらすり傷ができてしまいそうだった。
クラリスが奥へ進むほどに道幅は徐々にせばまっていき、
するとすぐ目の前に、横並びになった背中が2つ見えた。ふわふわした赤毛のリリーと、それよりも背が低くうす汚れているセブルスのものだ。
(……『何か』いるの?)
2人は立ち止まっている。でもその視線の先にいるのはクマではなさそうだ。ななめ後ろから見えたリリーは、目を輝かせて笑顔を浮かべていたからだ(セブルスは伸び放題の髪のせいで顔がわかりにくい)。
クラリスがリリーの隣に並んでみると、そこは通路の雰囲気から一変していた。
広さはテニスコート2面分程度だろうか。両側の壁には小さな穴が無数に開いていて、1つ1つに沢山の〝ジンジャー〟が入っていた。穴は〝ジンジャー〟が横に入って眠れる程度のサイズで、まるで蜂の巣みたいだ。ティーキャンドルなんかを置いたらちょうど良さそうな雰囲気だった。
〝ジンジャー〟がいたのはそこだけではない。床をわらわらと歩くもの、壁伝いに進むもの(粘液をつかって張り付いていた)など、どうやら20匹くらいで一かたまりになっていて、そのかたまりが空間のあちこちにいくつもうごめいているようだった。
地面には切れ目が均一に入っていて、石畳のように整えられていた。1枚1枚がふつうのレンガか、それより少し大きいくらいの滑らかな石になっている。〝ジンジャー〟のかたまりの中に似たような石が見えるので、もしかしたら彼らが自分で工事?をしているのかもしれない。
「なんだか不思議なところよね」とリリーが感慨深げに息をもらしたのが聞こえて、セブルスとクラリスがぴくりと同時に反応した。
「魔法の世界だよ」とセブルスが即ばらす。
クラリスは、すかさず話をそらした。
「そうよね、たくさんの不思議な『動物』がいてまるでおとぎ話みたい」
リリーには魔法のことを知られるわけにはいかないのだ。
『魔法なんかじゃなくて珍しい生き物の住処(すみか)なだけ』だと思って欲しい。そんなクラリスに、セブルスは鋭い目つきを向けてきた。
「お前……!」「何よ?」
この件に関してクラリスだって退く気はない。だからリリーに気づかれないよう、クラリスはリリーの背中側でセブルスをにらみ返した。
セブルスは長くてあぶらっぽい黒髪の隙間からギラギラとした目だけをのぞかせていて、不気味な空気をまとっている感じがする。
(どうしてリリーに魔法のことをバラそうとするのよ!)
たしかにリリーも"仲間"かもしれないけれど、そうじゃないかもしれない。どのくらいの魔法の力を持っていたら『絶対にそうだ』と言っていいんだろう。魔法族の生まれでも魔法の力をもたない人だっているのに。
セブルスも魔法族なのかもしれないが、もしかしたら家族に魔法族がいるだけの
リリーは黙っている2人を交互に見くらべてから「ほんとうに魔法があったらすてきよね」とクラリスに笑いかけた。
(勝った)
クラリスはほっとして息をついた。
でも心配ごとはそれだけじゃない。くやしそうな目つきのセブルスは放っておいたままで、かたい顔でリリーに問いかけた。
「それで……私たちを連れてきた"ジンジャーブレッドマン"はどれ?」
「あら?どこに行ったのかしら」
なにせ見た目には同じものがうようよとしているのだ。リリーはいつの間にか目を離してしまったらしい。
「おうちにちゃんと帰れたってことでいいじゃない。私たちもここを出よう」
リリーに心からお願いするような切迫した声になって、クラリスは入ってきた方を指さした。
〝ジンジャー〟は葉っぱのくせに洞窟のなかをすみかとしているような未知の生き物なのだ。わけのわからない生態をしていてもおかしくない。蜘蛛のように罠をはって、自分より大きな生き物を生け捕りにするような存在なのかもしれなかった。
ここで引き返せば帰り道はわかる。これ以上奥へ進むと、どうやって通ってきたかを忘れてしまうほど複雑な道に入ってしまうかもしれない。
リリーは迷うように奥の道と元来た方を見ていた。もうひと押しで帰る気にできるかもしれない。
クラリスがもう一言なにか説得しようとした時だった。
「……なんだ、あれ」
セブルスは別のものが気になったらしく、洞窟の先の方を指し示した。
残り2人も口を閉じてそちらに視線をやると、おとなの人影くらいの大きさの何かが、通路の向こうからすべるように近づいてきているのが見えた。
「岩……?」
洞窟の岩肌とさして変わらない色味をしたそれは、洞窟の壁そのものの一部を切り出したかのような岩だった。3人の背丈を越すような、丸くてごつごつしたそれの根本には緑色の人型が1匹だけいた。
"ジンジャーブレッドマン"が、重たそうなそれを軽々と持ち上げていた。その個体が先ほどまで一緒にいたものなのかはわからない。何を目的としてそれを運んでいるのかも。
わかるのは、〝ジンジャー〟は見た目によらずとんでもない怪力の持ち主だということだけだ。
3人が思わず後ずさるのと、そいつがバットのように岩を、彼らから見て右側の壁にたたき込んだのは同時だった。どん、という大きな音と衝撃が床から足元にまで響いて、クラリスはとっさに数歩下がった。
彼らがまだ目を白黒させている間に、洞窟の出口が一面、猛スピードで
間もなく
それはいわゆる〝溶岩〟と呼ばれるものだろう。見たのは初めてだった。
密閉された空間に『ごぽごぽ』という音だけが響き、そこから熱気が吹きだしてきたので、3人はとっさに反対方向へ飛びのいた。
「出口がなくなっちゃった……」
これで、危険なことが起こっても逃げ帰れない事が確定してしまった。
立ちすくんでしまったクラリスの手を、リリーがぎゅっと握る。
「大丈夫よ。ほら」
大岩を運んできた〝ジンジャーブレッドマン〟は群れの方には戻らなかった。その代わり3人の──正確にはリリーの前にふたたび立って、洞窟に案内してきたと同じように歩き始めた。時おりついて来ているかと振り返るしぐさも同じだ。きっとリリーが助けた〝ジンジャー〟なのだろう。他のとの区別はまるっきりつかなかったが。
リリーは今度はクラリスの手を握ったままで〝ジンジャー〟について歩き出した。
帰り道を失った以上は、死なないように出来ることをするしかない。クラリスはリリーの後方にいたので、リリーから見えないように杖を取り出して後ろ手ににぎった。手が震えているのがわかる。
〝ジンジャー〟が次に何をしているか読めず、追い払うための弱点だって思い浮かばないのだ。あの怪力で襲われたら子どもなんてひとたまりもない。溶岩で焼けたのだから、火をつければ燃えるかもしれないが、どの程度効果が見込めるかも期待できなさそうだ。なにせ彼らは溶岩の流れる洞窟に暮らしているのだから。
なんの予想もつかない。それがクラリスにはあまりに気味が悪かった。
リリーは平気らしい。ちらっと観察してみても火傷もしていないようだった。セブルスはどうだろうか。
クラリスが自身の後ろに目をやると、セブルスはリリーとクラリスがつないだ手の方をじっと見つめていたようだった。それからすぐにクラリスの視線に気づいたらしい。目を上げてから、次に苦虫を嚙み潰したような顔で杖の方を見た。
(わたし、ほんの少ししか呪文を使えないのに……)
おかしな生き物から2人を守れる自信もないまま、クラリスはリリーと〝ジンジャー〟の後について行くことしかできなかった。
〝ジンジャー〟はその後も同じようなことを何度もくり返した。3人を気にしているのかしていないのか、そこいらに落ちている岩をふり回したり、出っぱった部分に飛びのったりして、そのたびに洞窟のなかは目まぐるしく変化した。まるで線路のレールの切りかえでもしているようだった。〝ジンジャー〟がなにかを切りかえるたび、壁や天井が縦にずれたり横にずれたり回転したり、それによって隠れていた通路が現れたり、橋がせり出してきたりと、何が起こるかはまるで予想がつかなかった。
クラリスはとっくに帰り道を覚えることをあきらめていた。なにせ行きに〝ジンジャー〟が触ったところと、帰りに使うところが同じとも限らないのだ。それに何度も何度も地形が変わっているから、元きたところがどっちの方角かも感覚があやふやになってしまっていた。
(『ポイント・ミー(方角示せ)』の呪文ってどんな振り方だったかしら……)
ここまでついて来てしまった以上、もしも遭難したら死にもの狂いで思いだそう。それしかできない。
そういう意味では、クラリスはこの先どうするかを心配しなくなった。常識が通用しない以上あきらめるしかないからだ。
やがてたどり着いた行き止まりには、巨大な松の木のかたまりのようなものがそびえていた。
そちらに近づくにつれ、それは屋根よりも高い背たけの〝ジンジャー〟であることがクラリスの目にもわかった。小さいのと違うのは、それが根をはっていてまるで庭園で刈り上げられたかのようになっているということだった。両足からは茶色い根が地面を割ってのびていて、ところどころ血管のように浮き出ている。
もっと奇妙なのは、溶岩が"巨大ジンジャー"の頭の上から、シャワーのように注がれ続けていることだった。明らかに溶岩がかかっているのに針葉は燃えておらず、その生き物が意に介した様子はまったくない。
その部屋?には溶岩の湧き出るような小さな音と、時おりなにかが蒸発するようなじゅう、という音しかしない。だから3人の靴が地面をける音だけがひどく目だって聞こえた。
クラリスがよく見ると、"巨大ジンジャー"の足元から垂れ流されているどろっとした粘液が溶岩にとけていて、そこからいい香りがしているようだった。森のような落ち着きのあるにおいだ。
〝ジンジャー〟は平気でその巨大な方の足元まで近寄って行くが、3人はむっとした熱気のせいで自然と立ち止まった。1フィートほど離れた場所で横並びになった形だ。
(これから、どうしよう?)
3人がお互いに目くばせをした頃合いだった。
沈黙をたもっていた〝巨大ジンジャー〟がゆっくり動き出したのは。
クラリスは息をのみ、手持ちの魔法のうち何をつかうべきか迷いながら、杖を握る手に力をこめた。
その生き物はゆっくりと右手を動かして、自分の足元……つまり頭からまっすぐ下の地面を指し示した。そこに溶岩は流れ落ちておらず、その代わりになにか細かなものがそこかしこに散らばっているようだった。
「何かしら?」
迷わず一歩まえに踏みだしたリリーに、「リリー!」とセブルスも制止する声をかけた。彼は髪の毛で顔がよく見えないので何を考えているかわかりにくいが、さすがに危ないとは思ったらしい。
リリーはじいっと〝巨大ジンジャー〟の顔?を見上げてから、2人に「大丈夫よ」と振り向いてみせた。
(もしかしてリリーも魔法のちからをつかっているの?)
クラリスはふと思い当たった。子どもでは力のコントロールが効かなくて暴発することも多いと聞くし、もしかしたら彼女は自分でもよくわからないうちに、魔法で危険があるかないかを探っているのかもしれない。
リリーが足を踏み出した先に散らばっているのは、つるりとした金色の光沢のあるものだった。
「アクセサリーだわ!お礼ってこと?」
リリーが見上げると、〝巨大ジンジャー〟は手を引っ込めて、そのまま何も動かなくなった。やっぱり何を考えているかがさっぱりうかがい知れない。
カラスが光りものを集めるように、どこからか彼らが集めてきたものだろうか。1つ1つは小さくて数も少ない。リリーがそのうちの1つに手を伸ばしてみても〝巨大ジンジャー〟は像か何かのように動かなかった。
その間にもクラリスは自分にできそうなことに頭をめぐらせていた。
(火が効かないなら凍らせるとか……『グレイシアス(氷河よ)』だったかしら。……でも、むずかしくて使えない)
リリーは〝巨大ジンジャー〟を見上げて首を横に振った。
「いいのよ。だってただの通りすがりよ、わたしたち。お礼をして欲しくてやったことじゃないわ」
トクトクと溶岩の流れる音に、またなにか焼ける音と森のかおりがした。
「私たちもう行くわね。薬草を探しているんだけど、どう行けばいいの?あと帰り道も知りたいわ」
リリーがそう尋ねても〝巨大ジンジャー〟は動かないままだった。代わりにその足元から〝ジンジャー〟がひょこひょこと歩み出てきて、ふわりと宙に舞ってリリーの足元までとんできた。どうやら飛べたらしい。
(そういえば最初に見かけたときも落ち葉みたく舞ってたわね)
リリーたち2人がまた歩き出した〝ジンジャー〟の後について歩きだしたので、クラリスも追いかけていった。
ちっちゃな〝ジンジャー〟が次に3人を連れてきたのは出口だった。音をたてて縦にすべっていく壁面から、穏やかな陽光が差しこむのと同時につめたい突風が吹きぬける。
クラリスはほっとした息をはいた。
3人が出たのは洞窟の入り口よりも高台で、そこに出口があると知らなければ気がつかないような
〝ジンジャー〟はふわっと宙に浮いて、ふたたびリリーの手のなかにおさまった。セブルスはいつの間にか彼女の近くに立って、リリーといっしょに〝ジンジャー〟を見つめている。
クラリスはようやくお日さまの下に出られたことに力が抜けて、そのまま丘の斜面に背中をあずけた。まるで丸一日立ち仕事をしたような気分だ。
(何もなかった……。2人にも、わたしにも)
あれこれと心配したことがすべて取り越し苦労で済んでよかった。
ふたを開けてみれば、魔法の世界っぽい洞窟をただ通り抜けただけだ。このまま無事に帰れるならそれでいい。
(このまま帰るまで何も起こらなければいいのだけれど)
クラリスはそんな風に思いながらポケットに杖をしまい、リリーのそばに駆け寄った。
*
「……あー、たぶんあれが探していた薬草ね。あんなところに」
クラリスはカバンのなかから取りだした双眼鏡で平原の向こうを確認してから、そう言った。うんざりしたかのような響きだ。
気持ちはわかる。セブルス自身も『さすがにこれは帰った方がいいんじゃないか』と同じ景色を眺めながら考えはじめていたからだ。
いくぶん陽の光がやわらいで来た時間帯だったせいか、ここから薬草の生えたところまで続く丘に、日陰もないのにまた空を回遊する魚がうろついていた。最初に襲われたものよりも小さく、おおよそ
3人にとって一番問題なのは、それらが群れを成してうようよとしていたことだった。
「すごいわ、"スイミー"みたい!」
リリーが喜色満面ではしゃいでいるのを見ながら、クラリスは「リリーの家に絵本があったわね」とうなずいた。
セブルス自身は読んだことがないが、"スイミー"は1963年(6年前)にアメリカで初出の絵本である。リリーたちの話によると、小さな魚たちが群れをなして大きな魚に対抗するというストーリーだそうだ。
絵本と違うのは、目の前の群れが形作る大きなサイズの魚が、軍艦や潜水艦にもなりそうな巨大なものであるということだった。
リリーをたしなめるようにクラリスは言った。
「あれに見つかって全部が突っ込んできたら、大変なことになるわよ私たち。池に落ちた虫が川魚に群がられるような感じで」
"スイミー"は明らかに最初に襲われた巨大魚よりも……"浅瀬"と呼べばいいのか、地面に近い場所をうろうろとはい回っていた。
「……ねえ、やっぱり帰らない?あんなに沢山いる場所に行くなんて危ないわ」
クラリスは、耳にタコができるほど何度も言ってきたことを再度提案した。それでもリリーは首を横に振った。
「いいえ。せっかくここまで来たんだもの、色々ためしてみてからにしよう。いいわよねセブルス」
リリーの期待に満ちた緑の目がまっすぐに自分に向いて、セブルスは『やめた方がいい』とは答えられなかった。
「もちろん」とこころよくうなずいて見せたセブルスに対し、クラリスはあきれたように眉をあげた。
「さっきはいやそうな顔をしてたじゃない、リリーに言われたからって現金なんだから」
「リリーの言うことなら正しいんだろう?」
小ばかにしたような言い方をされたが反論できなくて、クラリスは口をへの字に曲げてみせてから言った。
「わかったわよ。
最初に遭った巨大魚は日ざしがさえぎられるのを嫌がっていた。それが3人が出した結論であった。だとしたら、"スイミー"も同じかもしれない。だから3人は木陰に隠れながら動きを観察してみることにした。
ためしに魚群の"胴体"をめがけて木の枝や石などを投げてみた。
魚たちは動じることもなく大空を泳いだままだった。そのままぶつかってしまうかと思いきや、魚たちは数匹だけ避けてしまい、投げ込んだものはできた穴から全て通り抜けてしまった。
潜水艦の形がくずれるまでにはいたらなかった。
今度は潜水艦の口先にあたる先頭の魚の近くを狙ってみた。すると今度は先頭の魚が、石のとんできた付近を口先で探るように動いた。同時に、ほかの群れも潜水艦のかたちを保つよう、大きく波うつ。
"スイミー"と違って、おそらく進路をとっているのは目の部分ではなく先頭なのだろう。
リリーはなにか思いついたらしい顔になった。
「私にいい考えがあるわ!」
そのまま不敵な笑みを浮かべて、すぐそばにいたクラリスに何やら耳打ちして相談する。
なぜわざわざセブルスに隠すようなことをしているのかはわからない。リリーがなにかを仕掛けてくるような意地悪な子だったとは思いたくなかった。
リリーからふむふむと話を聞いていたクラリスはうなずいた。
「──ええ、持ってきてるわよ。作れるわ」
次にリリーが何か言うと、「なるほど」とクラリスも同じような笑顔になった。
「だったら私にもいい考えがあるわ。必要なのは……これね」
バッグから取り出されたクラリスの手には、やけに切れ味の良さそうな銀色のはさみが握られていた。
クラちゃんの取り越し苦労回