セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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これで第一の試練の「承」が終わりました。

2025/4/12 一部微修正


第一の試練 グリフィンドール寮5(修正済み)

 

 

 

 

 

「……この辺りか?」

 昨夜本が積まれていた床をシリウスがさし示すと、セブルスはそこまで近寄っていって、確かめるように立った。

 

「ああ。見てのとおり薄暗くて、髪の色まではよくわからなかった。長さは肩くらいだったかな。で、身長は大体このくらい。貴族じゃない」

「女子の特徴なんてあまり覚えていない。新入生の女子にもそういうのはいた気がするけど、背の高さまでは……」

 

 セブルスは眉根をよせて黙りこんだ。"怪しいスリザリン女子生徒"の特徴にあてはまる生徒を懸命に思いだそうとしているらしい。

 

 シリウスはもう一人、出入り口の方に立っていたクラリスに声をかけた。彼女は廊下のむこうに耳をすませていて、誰かが近づいてきたら知らせてくれることになっていた。彼女は血筋がら、聴く力がするどかったからだ。

 

「研究室にはいつもあんな風に本が積んであったのか?」

「ううん。ハロウィーンであの"カーテン"が出てくるまではなかったわ」

 

 シリウスはひとまず情報を集めてみることにしたのである。その結果によってジェームズとどう行動するか決めるつもりだった。冒険は相棒であるジェームズとするものであって、その他の友だちは別だ。

 

 クラリスは夜空のような色の目をシリウスに向けた。

「危ないことはやめた方がいいんじゃない?試練がだれにも解けないならそれでいいじゃないの」

「そんなのつまらないじゃないか」

 シリウスの気のない返事に、それからもクラリスは懸念をぶつけた。

 

「解き方が危ない生徒にばれちゃったら?」

「誰彼かまわず言って回ったりしないだろ」

「先生を見張っていて見つかっちゃったらどうするの?」

「見つからない方法だから大丈夫だ」

 透明マントのことは誰にも話せないので、シリウスは彼女の言をはねのけるしかできなかった。

 

 

 この日は授業が休みだったので、シリウスは朝から聞き込みにかかることにした。方針をきいたジェームズは複雑そうな顔をしていたが反対はせず、手分けすることを提案してきた。

 

「だったらぼくはDADA(闇の魔術に対する防衛術)の研究室にでも行ってみるよ。なにか証拠があるかもしれないから」と言って。

 

 シリウスはさっそく大広間で朝食をとりに来たセブルスを入り口でつかまえ、次にハッフルパフのテーブルでクラリスをつかまえて、昨夜の現場に戻ってきたのだった。

 

 ローブの色が赤(グリフィンドール)、黄(ハッフルパフ)、緑(スリザリン)の3人組はひどく目立つのだが、シリウスは「面倒くさい」といって大して隠すこともしなかった。色をかくしたって所属寮が変わるわけじゃない。

 

 そのせいだろうか、道中でほかの生徒が「やっぱりブラックってスパイなんじゃないのか」とひそひそ話をしたのが漏れきこえてきた。すれ違いざまだったのでどの生徒かはわからなかったが、グリフィンドール生のようだ。

 

 シリウスは振り返って、それを言ったのだろう生徒のうしろ姿をしばらく睨みつけていた。

 

 3人とも寮での立場は微妙なのだ。

 

 まず、クラリスだ。彼女はシリウス(純血主義過激派ブラック家)とセブルス(スリザリン寮)のスパイ扱いだった。

 シリウスはグリフィンドールと敵対するスリザリン側の血筋なのでやはりスパイ扱いだったし、セブルスはグリフィンドールにいるブラック家閥なので寮で権力をもっているわけでもない。

 

 そんな()()()()()たちであるせいか、遠巻きにされてはいても3人に直接いどんでくるような生徒はいなかった。

 

 それにシリウスにはジェームズがいるし、セブルスが寮のなかで孤立するということもない。3人の中で友だちができなくて本格的に困っているのはクラリスだけだった。

 

「──どうだ?」

 シリウスが合流してきたセブルスに尋ねると、彼は肩をすくめた。

「何人か心当たりはあるけど、そいつで合ってるかどうかもわからない。ただ、そんな危険なことを先生にさせようとするのは過激派(死喰い人側)だとは思う」

 

 近くの部屋のドアが開いた音がしたせいか、セブルスは口を閉じた。

 耳をすませていたクラリスが「行ったわ」と報告すると、シリウスは気になったことを訊いてみることにした。

 

「お前、本が研究室に置いていたときに読んでみたりしなかったのか?」

「読んでみたかったけど『触るな』って言われたんだ」

「右に同じよ。魔法界の本には読むだけで危険なものもあるから触っちゃだめだって」

 

 セブルスは不満があるようで、つまらなそうな声をだした。

「そんなことを言ってたら闇の魔術の本なんて一生読めなくなるじゃないか。……そいつらを見つけたら本をぬすんで、中身を読んでやる」

「おい馬鹿やめろ。ジェームズが言ってた通り、闇の魔術は危ないんだ。強力で反対呪文がないんだから」

 

「敵を一方的に殴れるからいいんじゃないか」

 倫理観のうすすぎるセブルスの言に対して、シリウスも少しはその気持ちがわかってしまった。自分で闇の魔術を勉強しようとまでは思わないが、気に食わないやつを一方的にボコボコにできるならそれもいいかと。

 

 だからシリウスは言葉につまってから、こう言い返した。

「……お前、やっぱり将来の夢が死喰い人(デスイーター)だったりしない?」

「それなら死喰い人(デスイーター)キラーがいい。ヒットマンだ。それなら闇の魔術も必要だろう」

 

「はじめから"殺す"なのかよ。せめて『闇祓いになって捕まえる』とかからだろ」

 ジェームズならばどんなことがあっても"殺す"方にはいかないはずである。やっつけたり捕まえたりはしてもだ。

 

 だがシリウスは別に気になることがあったので、そちらの話題を出した。

「さっきから気になってたんだけど、お前なにかトレーニングでもしてる?(セブルスは『なんでそんなことを訊くのか』と言いたげな顔になった)朝シャワー派ってだけか」

 

 クィディッチの朝練に出ている生徒などは、練習後にシャワーで汗を流すのも珍しくない。特に今のような朝食のすぐあとだと近くに寄るだけですぐにわかる。だからそういうことなのかとシリウスは考えたのだが、どうやら違っていたらしい。

 

 セブルスにもその意味がわかったのか、「ああ」と納得したように声を出した。

「1日2回シャワーを浴びてる」「女子かよ」

 

「学費を払えば無料で使いたい放題なんだぞ……!使えるだけ使うに決まってる」

「お、おう、そうだな」

 力説するセブルスの勢いにおされ、シリウスは一歩後ろにさがった。

 

「まてよ、学費を払っているのに"無料"?……無料ってなんだっけ」

 セブルスは『やれやれ』とでも言っているかのような仕草をした。

「お貴族さまにはわからないか」

「えっ庶民ならわかるのか、その意味?それは流石にウソだろ」

 

 セブルスはかたわらのクラリスの方を見た。

「わかるだろう?」

「ええ、そうね。学費さえはらえば無料でごはんがおなか一杯食べられるのよ!」

「無料とは」

 シリウスは意味を考えるのをやめた。

 

 そんな風に雑談をしていると、会話のあいま、クラリスがなにかを思いついたかのような顔をしたのにシリウスは気づいた。

 

「どうした?」

「うん?DADAの先生のこと、ちょっと考えてたの。先生が本を置きに行ったところを見つけるだけじゃダメよね?」

『研究室がいっぱいだから一時的に置かせてもらった』とかなんとか、言い訳ならいくらでも思いついてしまう。

 

「だったら、先生と禁書をあずけた生徒が会うのをつかまえなくちゃいけないわよね、それも夜に見つけるとか、危険なことをやっているとかのタイミングで」

 

 セブルスは頭に引っかかったことがあったのか、横から口をはさんだ。

「スリザリン生がそんな()()()()()ことに手を出すとは思えない。本の受け渡しまではわかるけど」

 

()()()としては、スリザリン生ならどうすると思うんだ?」

 セブルスは頭のなかで検討するように腕組みをした。

 

「本をグループで借りてきたら……。グループでまわし読みして、返す時は1人1冊ずつ研究室に持ち込めばいい」

「でも、禁書を読んでそれで終わりってなる?書いてあった内容について話し合ったり、使ってみたりするんじゃないかしら」

 

 クラリスの言に「そうだな」とセブルスはうなずいた。

「ばれても誤魔化せるように準備できるなら、やると思う」

 

「だったら昼間かしら。夜に生徒をかくしてなにか活動するなんて無理じゃない?もしも全員が目くらまし術を使えたとしても音までは消せないし、熟練の先生にだったら見破られてしまうんじゃないかしら」

「かくす必要なんてない。先生が夜、生徒をどうどうと連れまわす方法ならあるじゃないか」

 

 そこまで聞けば、シリウスにも頭にひらめくものがあった。

「そうか。……クラブ活動だ!」

 

 がたんという大きな音がしたので、3人はぴたりと口を閉じた。どこからの音かをクラリスに尋ねるようにシリウスが振り向くと、彼女は音をさぐるように目を閉じていて、首をかしげていた。

「場所はわからなかったけど、近くには誰もいなさそう」

 

「──おまたせ!」

 赤毛をふわりと揺らして、リリーがドアから飛び込んできた。

 

 彼女はグリフィンドール女子の友だちと休みを過ごすことになっていて、朝だけ合流することになっていたのである。セブルスが一人で談話室を抜け出せるようになったとはいえ、シリウス以外のグリフィンドール生と目立つところで仲良くするわけにはいかない。だから、彼がリリーに会うときは相変わらず目立たない場所をえらぶしかなかった。

 

「ねえ、今どこかから大きな音がしなかった?」

 クラリスに問いかけられたリリーはきょとんとした顔をしていた。

「聞こえたけど、どこの部屋かまではわからなかったわ」

 

 3人のそばに寄ってきたリリーの背後で、ぶ厚い木のドアがゆっくりと閉まった。

 

 

 

 DADAの先生が顧問をしているクラブは、表向きはとても平穏(ピースフル)だった。

 

 ジェームズいわく、1年で交代するはずのDADA教授が毎年引き継いでいるというそこの活動内容は、『舗道(ほどう)を整備する』というものらしい。通行人の少ない自然道というのは、ほったらかしにしておくと植物が伸び放題になってすぐに埋まってしまうのだ。道をたもっておくというのも人の手によって行われるものなのである。

 

 マグル世界の登山道などもそうだ。ボランティア組織によって温かい時期に整備されている。そのほかにもパトロールや清掃、登山者への啓発・指導、外来種の防除、研修会など組織の活動は多岐にわたっているものなのだ。

 

 どうしてDADAでそれを担当するのかというと、街道沿いなどのまあまあ安全なところであっても、魔法生物が縄張りにしようと侵入したり、迷いこんだりすることがあるからだ。『魔法生物を追っぱらうために身につけた呪文や技術を訓練する』という名目で活動している。

 

 それをクリスマス前で寒さのきびしい時期にやるというのは不自然だが、これは『天文学の課外授業でつかう星見台までたどり着けるようにするため』らしい。夜に禁じられた森を通るなんて危険な授業だ。学年が上がって使える呪文が増えると、そういうことも許可されるようになるのかもしれない。

 

「それで『夜の活動は上級生だけ』って書いてあったんだな」

 

 シリウスはひそひそ声で前をいくジェームズにそう話しかけた。ジェームズは透明マントを目の部分だけあけて、巻き付けるようにかぶっていたので振り向けずに答えた。

「ぼくらだっていつ気づかれるかわかったものじゃないよ」

 

 それでもジェームズは小さく「ふふふ」と不敵な笑い声をさせていた。

 

 夜に禁じられた森に入るなんてなかなかできないので、どんなだかわくわくしているのだろう。日中にだって立ち入りが禁止されているところだ。『どんな冒険になるのだろう』とシリウスだってどきどきしていた。

 

 あたりは真っ暗で、道の途中に設置された()()()()だけが分かれ道や看板などの重要なところを照らしていた。

 

 2人の前方では先生の指示のもと、生徒たちが"光よ(ルーモス)"で暗闇を減らしたり、"炎よ(インセンディオ)"でなにか生物を焼きはらったりしていて騒がしい。

 

 スリザリン生ばかりの集団の、いちばん最後尾にくっついていることになるシリウスは、後方の闇にむけて杖を構えていた。魔法生物なら人間には気づかないような()()()や音で、2人の存在が(わか)ってしまうかもしれない。

 

 聞きこみによると"整備ボランティア"クラブの活動はこれまでも何度も行われていて、生徒たちが日中で慣れてきたので夜間の許可もでた、ということらしい。2人がマクゴナガル先生などのほかの先生に尋ねてみても、その活動内容を怪しんでいる大人はいないようだった。

 

 先生がだした届け出書では『夜間に生徒が星見台まで歩けるようにするのが今回の活動の目的なのだから、夜間のうちに舗道の状態を調査します』という内容になっているらしい。

 その申告内容にウソがなければ大変すばらしい活動だといえる。

 

 2人の目でわかる範囲でも参加している生徒はスリザリン生ばかりで、ほかの色のローブは見えなかった。みんなが使う道を舗装するのに『スリザリン生しか所属しちゃダメ』なんてことはあり得ないのにだ。

 

「スリザリンのやつしかいないなんて、ますます怪しい」

「そうだね。たぶん何か言われても言い逃れするんだろうな。『優秀な生徒に声をかけたら()()()()そうなっちゃいましたー』とか」

「どう見ても1年生くらいの背丈のやつもいるのに?」

 

 2人は明かりもつけずに足元の感覚だけをたよりにして、真っ黒にしか見えない道をえっちらおっちらとついて行っていた。先生が"光よ(ルーモス)"で周りをざっと確認してから「みんな、行くわよ」と言ったのが遠目に見えた。

 

 何人もの生徒たちが移動するときに自分の足元を照らすので、2人はそれを頼りに進んだ。時おり体が葉っぱにこすれても、生徒たちが振り返ることはなかった。

 

 やがて一団はパフスケインの巣穴のような、周囲がひらけた広場のようになっているところに座りこんだ。ちょうど薬草学の先生がみんなの前で説明するときのように、円をえがくような形だ。中央には先生が持ってきた大きなランタンが置かれていて、参加者の顔をほのかに照らしていた。生徒の人数は授業のときと同じくらいだったので2~30人といったところだろう。

 

 2人は生徒たちがばたばたと音を立てるのにまぎれて、先生の後ろの方、少し薄くらくなったところに陣取った。幸いなことに誰かに気づかれているような雰囲気はしない。

 先生は授業のときと同じように生徒たちの前にたち、持ち運んできた本のタワーを自分のすぐ脇に置いていた。そのまま、一番上の本を手に取る。

 

 それから始まったのは、研究内容の発表だった。どうやら本ごとに担当を決めて、その人物が内容をまとめたり、ほかの文献から調べたりしているようだった。明らかに"鋪道の整理"には関係がない活動だ。

 

 発表者以外の生徒たちは黙って発言をきいているので、もしもジェームズに話しかけたら目立ってしまうだろう。だからシリウスも口をつぐんで、生徒たちを観察することにした。

 

 彼らはみんなフードをかぶっているので、その顔かたちや髪型はわかりにくい。ただでさえランタンのか細い光しか届いていないのだ。それでもシリウスにはいくつか読み取れることがあった。

 

 まず、その集団にはルシウス・マルフォイもナルシッサ・ブラックも加わっていない。もしも彼らが関係者だったとしても、捕まったときのことを考えてグループに同行したりはしないだろう。そう簡単にしっぽをつかませたりしない。何人か旧家の子どもらしきのはいたが、彼らはマルフォイ家ともブラック家とも関係をもっていたはずだ。

 明らかに背の低い子は1人だけで、その子もいわゆる"過激派純血主義"のはずだった。

 

 さらに先日2人が目撃した、本を持って行った女子らしき生徒もそこに交ざっていた。それなのに名前も学年もわからない。

 

 シリウスは歯がゆい気持ちになった。

(今ここにセブルスがいたら、すぐに誰なのかわかるのに……!)

 

 冒険をともにしようとまでは思わないが、それでも協力者としてジェームズが認めてくれさえすれば、回りくどいことをしなくて済むのである。

 

(2人が力を合わせるようになれば楽なんじゃないか?例えばこのグループをやっつける事があったとしたら)

 

 ジェームズとセブルスが組めれば強いかもしれないが、シリウスにはその2人を和解させる方法なんて見当もつかなかった。そういった細やかな人間関係の調整なんてうまくできる気がしない。

 

 次の"担当者"が呼ばれて、シリウスは考えを中断した。例の『本を持ち去った』女子生徒だったからだ。彼女はシリウスたちよりも背が高いので、おそらく上級生なのだろう。きりっとした利発そうな顔の女の子だった。

 

 彼女の説明によると、どうやら本のなかに使えそうな呪詛(カース)を見つけたのだという。『かけられた者を好ましく思わせる』というそれを、彼女自らが実験台となって使ってみるようだった。周りの生徒たちも拍手をして奨励していて、シリウスの目にも本当にただの研究会のように見えた。

 

 シリウスは念のために、透明マントの下で杖を構えておくことにした。何が起こるのかわからないからお守りにしているような感覚だった。

 

 彼女が声高に『ルナ(なんとか言っていたが聞き取れなかった)』ととなえて杖を振ると、彼女の頭からつま先までをすっぽりと覆うようにぼんやりとした蛍のような光が宿って、やがて体内に吸い込まれるように消えた。

 

 その場の面々はみんな状況を見守っていて、しんと静まりかえったままだった。

(……べつに好ましくはなっていないな)

 

 シリウスがそう思ったのと同じく、ほかの連中も「かかった?」とお互いが目を見合わせあっていて、どうも効果はいまいちのようだ。

 

 次の瞬間、ガサガサガサ!と近くの藪のなかを『わざと』かき回しているかのような音がした。それも複数の藪からだった。そのどれもが暗闇に紛れてしまって、先生が"光よ(ルーモス)"で照らしても、"何か"が藪のかげからさっと逃げ出したような気配がしただけで、その姿は捉えきれなかった。

 

「全員、杖を構えて!」

 先生がきつい声で呼びかけるのと、巨大な蜘蛛たちが一同を包囲するように飛び出てきたのは同時だった。彼らは一目散に先ほどの女子生徒めがけて飛びかかるように宙に躍り出た。

 

「ボンバーダ!──砕けよ!」

 彼女は冷静に蜘蛛へ対処していた。

 どうやら危険なことに手を染められるだけの実力はそなえているようで、矢継ぎ早にさまざまな呪文をくり出している。

 

 周囲の生徒たちも失神呪文(ストゥーピファイ)などのわかりやすい呪文から、聞いたことのないようなものまで駆使して対処していた。さすがは危ない魔術を研究している上級生だけある。

 

 シリウスとジェームズの2人もまた、立ち上がって杖を構えていた。蜘蛛の標的は彼女のようなのでマントを脱ぎすててまで加勢する必要はないだろう。そんなことをしなくても2人は襲われない。

 だからシリウスは、とにかくここから城にもどる方法を考えていた。

 

「エクスパルソ!──爆破せよ!」

 近くにいた生徒の一人が()()()の女子生徒を巻き込むのも構わずに、彼女に群がっていたものをまとめて吹き飛ばした。

 

「助けなきゃ!」

 ジェームズは救助に入ろうとすぐにでも駆け出しそうだったので、シリウスは透明マントの下から出て、相棒の前に立ちふさがるようにした。危険そうな連中に見つかる危険をおかしてまですべきことじゃないと思ったからだ。

 

「助ける必要なんてないだろ!彼女は自分で危ないことに首をつっこんだんだぞ」

「だからって死なせる程のことであるもんか!しかも仲間の呪文に……」

 

 どさり、という音がしてジェームズの言葉はそこで止まった。『なにかあったのか』とシリウスも背後を振り返ると、生徒の一人が背中からひっくり返っていた。

 

「ざまあみろ」

 爆破に巻き込まれたはずの女子が、おそらくは爆破呪文をかけてきた生徒になにか仕返しをしたらしい。"宙を舞え(エヴァーテ・スタティム)"などの呪文だろうか。

 

 ひっくりかえっていた方の生徒もすぐに起き上がり、その顔に貼りつけたような笑顔を浮かべた。

 

()()()ならこの位はどうにかできるってわかってたんだよ。

 フリペンド!──撃て!」

 

 起き上がった生徒が、"エイダ"と呼ばれた方の女子に呪文を撃った。しかしそれで黙っている"エイダ"ではないようで、彼女もまたやり返した。つまり仲間割れをはじめたのである。周囲にはまだ蜘蛛がたかり続けているのに、だ。

 彼らは仲がいいのか悪いのかわからないが、シリウスら1年生にできることはない。

 

「さっさと城に戻るぞ!」

 まだ周囲が慌てふためいているうちに移動しておいた方がいいだろう。

 シリウスがそう声をあげたのはすこし喧噪がうすれていたタイミングだった。なんとも間が悪かった。

 

「──そこにいるのは誰だ!」

 呪文の閃光が自分の方をねらって飛んできたのが見えて、シリウスはいそいで地に伏せた。

 

「どうしたんだ?」

「だれか生徒の声がした」

 

 それを聞いた一部のスリザリン生は、『蜘蛛の対処』から『"不審者"への捜索』に方針を切りかえてしまったらしい。シリウスは透明マントから出てしまっていたので、自分の姿を隠してくれるものは夜の闇だけしかない。

 

 じっとりと背中にいやな汗がにじんでくるのすら感じないように、シリウスはつとめて大地の一部になるよう意識した。首を動かせないのでジェームズが何をやっているかを確かめることもできない。足元の方から自分の背丈よりも大きな蜘蛛がよじ登ってくるような感覚がしてもだ。

 

 もぞもぞとした感触と、『キチキチ』という鳴き声?がしても、シリウスは息をとめて動かないようにした。蜘蛛の足は鋭いが、地面の一部だと思われているためか、人間に軽く踏まれているくらいの重さしか感じない。それでも獲物だと見なされた瞬間には、シリウスの全身が穴だらけになってしまうだろう。

 

(気色がわるい)

 

 蜘蛛の狙いが女子生徒というのは変わっていないようなので、黙ってじっとしていたらそのまま頭のうえを通り過ぎていった。その後も何匹もが同じように体を踏んでいったのを、シリウスはじっと耐えていた。

 

 指先一本たりとも動かさないようにしているので、自分が見つかりそうなのかどうかもわからなかった。シリウスを見とがめた生徒が近づいてきているのか、それとも光で照らす気なのかをさぐることもできない。もしかしたらすぐにでも発見されてつるし上げられるかもしれなかった。

 

(いちかバチか、走って逃げるか?)

 

 シリウスは自分の杖をにぎったまま、冷や汗をかいている手に力をこめた。

 森の奥に飛びこんでしまえば彼らも追ってはこれないだろう。その代わり、自分は朝をむかえるまでに危険な生き物のえじきになってしまうかもしれなかった。

 

「エクスパルソ!──爆破せよ!」

 シリウスの感覚では右の方で爆発が起きたようだった。バキバキと木の折れるような大きな音がして、生徒がなにか騒いでいるのが聞こえる。

 

「──こっちだ!」

 聞きなれた声が上から降ってきたので、シリウスはすぐに身を起こした。声のぬしの姿は見えないが誰なのかはわかっている。

 

 だから遠ざかっていく気配を見失わないように、シリウスはその後を追った。周囲の注目が爆破された右側にあつまっている隙に、シリウスは左側に向かうような形となった。

 そうやってまわり込んだ木陰には、箒がひとりでに宙に浮いていた。

 もちろん、そう見えるだけで浮いているわけではないのはシリウスにもすぐにわかった。箒の柄の辺りから、自分と同じくらいの長さの脚だけがのぞいているからだ。

 シリウスは急いで後ろの方にまたがり、いわゆる2人乗りの体勢になった。

 

「いけ!」

 シリウスがそう言って地面を蹴るのと、前方にまたがっていたジェームズがスピードを上げたのはほとんど同時だった。

 

 

 

 シリウスは、相棒が肩からひっかけている透明マントが風に飛んでいかないよう握りながら、周囲を警戒していた。すでに森からは離れていて、飛び去ってきた方を振り向いても、真っ黒とした茂みのような何かがあるようにしか見えなくなっている。生徒のだれかが追ってくる気配はしない。

 

 2人が切り立った崖の目立つ台地みたいなところを通り過ぎ、湖をこえて飛行訓練の敷地に降りたてば逃げおおせるはずだ。

 箒を操縦しているジェームズは木立に姿をかくすためか低い位置で飛んでいて、できる限り連中に見つからないようにしているようだった。

 

(箒を持ってきて正解だったな)

 万が一ばれたり襲われても逃げられるようにと、そのアイデアを出したのはジェームズだった。

 

 上空に飛び上がったときに比べて精密なコントロールが必要なせいか、ジェームズは無口のままだった。シリウスも邪魔をしたくなかったので話しかける気もせず、静かにしていた。

 

 身を切るような冷たさの風が真正面から吹きつけてくるなか、シリウスは先ほど"エイダ"と呼ばれていた女子生徒のことを考えていた。

 

(研究室にあったメモ、あれは防衛術のことじゃなかったんだな)

 

 本のタワーを見つけたとき、そばにそえられていたメモを『対・闇・魔』だと捉えてしまったが違っていた。DADA(D()efence A()gainst the D()ark A()rts)がシリウスの念頭にあったため、誤解してしまったのだ。

 

 

 『対』す(『A』gainst)

 『闇』の(『D』ark)

 『魔』術(『A』rts)

 

 あれはADA(エイダ)とそのまま読むべきだったのだ。先生ははじめから彼女に渡すために準備をしていたのかもしれない。

 シリウスはあの呪文を披露(ひろう)した生徒(エイダ)の顔を思いうかべてみた。

 

(あいつはそこまで強そうには見えなかったけどなー)

 もちろん1年生である自分たちよりも彼女の方が強いはずなのだが、シリウスの目には彼女がドジをふんだようにしか見えなかった。

 一見ああだが、実はとてつもなく優秀な魔女だったりするんだろうか。

 

 やがてホグワーツ城の下にひろがる黒い(みずうみ)に差しかかった頃、ジェームズはようやく緊張をゆるめたように口を開いた。

 

「ああやって夜に活動してたから、先生があんなに疲れてたんだね」

 シリウスはうなずいた。

「この間研究室をたずねたとき、やけにおびえてたのはそのせいだったんだな」

 グリフィンドール生におびえるような態度にもなろう。先生は敵対している陣営にばれたら(こと)に大変な秘密をかかえていたのだから。

 

「ぼくらは騎士団でもなんでもないのに」

 ジェームズは少し引っかかりを覚えたようだったが、かぶりを振った。

 

「ほかにも気になることがあって」

「なんだよ」

「うん……。クラリスがいなくて良かったなって。あのクラブに誘われたんだろ、彼女」

「クラブに入れるのは2年生からだろ。それにハッフルパフ生じゃ、あのグループには入れないんじゃないか」

 

 先ほどみた生徒たちは、みんな緑のローブを身につけていた。スリザリン生は残り3寮よりも内側にかたまる向きがあるから、他寮の子は誘ったりしなさそうだ。

 

「うん」と応じてから、ジェームズはゆるゆると長い息をはいた。

 彼は少し考えるように沈黙したあと、なにかを決断するように「それにさ」と切りだした。

 

 

「あのグループには()()()が入ってなかったなって、思って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・オープニングでふれた"エイダ"という単語が、やっと登場しました。

・イギリス英語的に考えて「エイダ」じゃなく「アイダ」が発音として正しい気もするのですが、そうすると日本人ぽくなるのでやめときました。

RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?

  • 【活動報告】にあげて欲しい
  • 【本編】にあげて欲しい
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