セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
2025/4/29 一部微修正済み
1972年1月末頃(10日ほど後)
「エクスペリアームス──武器よ去れ!」
高らかなリリーの声がして、次にパネルが1枚きれいに抜けていった。
クラリスは「ううん」とうなった。リリーは知り合った頃からアクティブな遊びが得意で、今もリードを許してしまっている。このままでいくとクラリスは負けてしまうだろう。
そこにいる人影は2人だけだった。その2人のすぐそばで、ホグワーツの二番目に高い建物と同じくらいの高さの振り子が『ぶうん』と音をたてた。
誰かにぶつかるほど低い位置ではないが、柱時計の振り子にそっくりなそれに当たったらひとたまりもないだろう。
クラリスが振り子のつけ根の方をあおぎ見ると、建物の3階くらいまでが吹抜けになっていた。その3階部分には大時計がはめ込まれているのだが、ここからでは読めない。1階にいるクラリスからうかがえるのは歯車や軸ばかりだった。
実力のある魔法族なら、この巨大な振り子すら止められるそうだが本当だろうか。
その時、奥にあるグリフィンドール塔のドアから生徒たちが出てきた。おそらくホグワーツ城から南に出たいのだろう。そういう時はグリフィンドール塔から時計塔を通っていくのだ。そのせいか、たまに通りすがる生徒の色も学年もさまざまだった。
そうやって見かける限りは、スリザリン生もほかの生徒たちとあまり変わりがないように見える。純血主義が強いだろう子がクラリスを
今回通っていった生徒も、ゲーム中の2人の姿を認めたようだが話しかけてくるようなことはなく、そのまま次のドアへ出ていった。
何となく彼らの背を見送ってから、クラリスは2〜3フィート離れた目の前のボードに向き合った。
「エクスペリアームス──武器よ去れ!」
右上の「3」のパネルを狙ったのだがクラリスの手元がぶれた。呪文はパネルではなくそれを囲む金属の枠にあたったため、パネルは抜けなかった。
縦に3枚、横に3枚、全部で9枚並んだパネルのうち、クラリスの方は中央付近の2枚が抜けたっきりだ。リリーの目の前に立っている方は4枚がなくなっていた。
2人がやっていたのは、いわゆる“ストラックアウト”と呼ばれるゲームだ。マグルのそれの場合は、ボールを投げたり蹴ったりしてパネルを狙う。
対戦にするため、『順番に投げて、どちらが先に自分の方のパネルを全部抜けるか」というルールで競うことにしていた。
それで遊ぼうと言い出したのはクラリスだった。リリーはアウトドアやスポーツを好むが、あいにく今は雪が積もって寒さもいっそう厳しくなってきた時期だ。外に出るには向いていない。
じゃあどこにしようと考えてみると、
対戦するゲームは特に、男子がいない時の方がクラリスにとって楽なのだ。なにせセブルスもシリウスもジェームズも、自分が勝つまでやめようとはしない。
リリーとだったら負けて悔しくなってもすぐに再戦とはならないからちょうどいい。
もしも断られたら、クラリスは屋外でアクシオを使ったゲームをしようと思っていた。危険な相手がどこかにいるかもしれないのだから、使える呪文の数はそろっていた方が安全だ。遊びながらできるならそれが一番だった。
杖で狙いをつけるのにもコツや自分なりの感覚というのがあるらしく、リリーは早々につかんでいたようにクラリスには思えた。
やがて勝負に勝ったのはリリーだった。まだクラリスが5枚も残っていたのに、リリーは9枚すべてを開けて圧勝してみせたのだった。
「……ねえ、次の試練の答え、なにか思いついた?」
リリーがそう、クラリスに尋ねてきた。近くの数段しかない階段に腰をかけて、とりとめもなく話していた時のことだ。
「ううん、考えていないわ。いずれジェームズが解くかもしれないけれど、できるだけ放っておいた方がいいんじゃない?危ないかもしれないから」
「それはそうなんだけど……、セブがこのあいだ言ってたでしょ。答えの目星を先につけておけば、そこにたどり着かないよう2人を誘導できるんじゃないかって」
その意見にも一理ある。
「ひとつだけ思ったの」
クラリスは間違ってもほかのグリフィンドール生に聞かれないよう、あたりを見回してから言った。
「この問題が出るってことは、今ある手がかりだけで答えにたどり着けるんだなって」
さらに言えば、100年前はもっと不親切だったのに解けたということだ。
「今ある手がかりって?」
「わからないわ」
クラリスは嘆息して宙を見上げた。「そもそも、第一の試練だって”どんな“試練“って言えばいいのかしら」
リリーも「うーん」と悩むように首をかしげた。
「たしか、グリフィンドールの友だちをスリザリン寮に入れていて、チームが4人以上だったから合格だったのよね。それって“どんな”試練って呼ぶものかしら」
「友情をためしてるっていうのは確かよね。校則をやぶってでも協力し合うようなチームって」
クラリスがそう応じると、リリーはうなずいてから続けた。
「あの謎かけは『みんなで協力しなくちゃいけない』って内容だったわ。 4つある試練全部に当てはまるのが"友情"の試練なんだと思う。
でも、最初の試練も"友情"の試練なんじゃないかしら?『友情があるかどうか』で合格するって言ってたわよね、あの肖像画のひと」
「この2つ目の試練は"友情"じゃないってこと?だったら"どんな"試練なんだろう」
クラリスは考え込むようにあごに手をあてた。一方でリリーはぱっと思いつくアイデアをあげることにしたようだ。
「次の問題を当てるってことだから……。『予想力』の試練?予想力……"推理力"とか」
クラリスもそうかもしれない、とうなずいた。
「ただ、……"友情"とその次に"推理力"がきて、その次を当てるなんて想像もつかないわ」
うんうんと頭をひねってみたが、今あるはずの手がかりのうち2人が思いついたのはそれだけだった。
「セブにも考えてもらいましょう。なにかいいアイデアがあるかも」
それからもあれこれ推理をめぐらせた後、底冷えに身体が震えてきたので、2人はその場を離れることにした。
「行ってみたいところがあるの!」とリリーはクラリスの手を引いた。
向かったのはいくつかの隠し部屋だった。たとえば魔法史の教室や展示品のあるような、生徒があまり通らないところをうろつくことにしたのだ。
リリーはどうやらジェームズやシリウスがあちこち調べ回っていた時の結果を聞いていたらしく、『わたしも2人が見つけた隠し扉に行ってみたいわ」とクラリスに提案したのである。夜間外出のようなルール破りはしないが、リリーも冒険に興味があったのだろう。
「セブは一緒じゃなくても良かったの?」
クラリスの問いに、リリーはうなずいた。
「『エバンズも見てみたかったんだな』だなんてジェームズに知られたくないの」
「セブからシリウス、それでジェームズに伝わるからってことね。でもどうして知られたくないの?」
「だって、あの2人はずっと夜に出歩いてるのよ。物騒だって知ってるくせに!
だからわたし止めてるの。それも何度も。それなのにわたしも行ってみたかったなんて思われたら、もっと言うことを聞かなくなるわ。
セブに口止めできたとしても、今度は2人になにか魔術をかけそうでしょ」
「あー……興味を失わせる闇の魔術とか?捕まえる魔術とか」
リリーは眉をきゅっと寄せるようにして、その緑の目に非難の色をにじませた。
「そう。でもそんなのダメよ、無理やり人の考えを変えさせるなんて。だからセブには話せない。リズもぜったいに黙っていてね。わたしと2人だけの秘密にして」
「ええ。約束する」
クラリスは即答した。リリーの意見には同意できることばかりだったからだ。それに、そんな風に自分に信頼をあずけてくれる子を悲しませたくなかった。
嬉しそうに目を輝かせたリリーは、クラリスの手をひいた。
「高架橋のところにも隠し通路があったんだって。行ってみよう!」
2人が西側の出入り口の方に向かっていると、男子生徒のグループがなにか騒いでいるのが目に留まった。
同じくらいの背丈で、赤いローブを着ている。
(もしかして)
心当たりのあったクラリスがリリーに目をやると、リリーも同じことをかんがえたようだ。目が合ったリリーは「もう」と憤慨して集団の前に進みでた。
「もう1つ追加だ!」
そう言ったジェームズが何かけばけばしい色の渦巻きのようなものを手にとったところだった。
「なにをしてるの!」
ぴしゃりとした怒声に身を引きつらせたジェームズは、声の主を認めると「なんだ、エバンズか」と脱力したように答えた。それから手の中のものをすぐに床に向けて投げつけた。
時おり爆発したように黒煙を吐き出すそれは、火花をばちばちと散らしながら猛スピードで床を走りはじめた。ネズミが全力で走った時みたいな速さだった。
それが向かった先には、同じく同級生くらいのスリザリン生が何人かいた。普段から口の悪い連中だ。彼らが避けるとその花火らしきものは壁にぶつかり、すぐに標的に方向をもどして走り出した。
慌てふためくさまを見て、シリウスやそれ以外のグリフィンドール生はゲラゲラと笑っていた。
何度か壁にぶつかった後、花火はぱあんと音を立てて粉みじんになった。
「ちぇっ、ハズレだ」
「やめなさいよ!弱いものいじめなんて」
リリーだってその生徒を好きではないだろうに、それでも放っておくでもなくかばう方を選んだようだ。両者のあいだに立って、ジェームズに向き合うような形になっている。
ジェームズは口をとがらせて文句を言った。
「やり始めたのはそいつらじゃないか。侮辱することばかりだ。そいつらが改めればいいだけの話だろ。それともきみは、ほかの子に言われっぱなしでいろっていうのか?クラリスにも?」
半人間なのが一目瞭然なせいか、こういう時クラリスは槍玉にあげられがちだ。
「そんな風にして、やめてくれるの?」
「じゃあきみみたく説得すればやめるのか?少なくともぼくはやめないね」
当てこすった言い様に、リリーは真っ向からその緑の目を向けた。
だんだんと、リリー対男子生徒たちという構図から、リリー対ジェームズになっていくようにクラリスには思えた。
「おい、先生がくるぞ」
2人が口論しているうちに他の男子生徒たちは興奮から冷めたように散らばっていって、シリウスとクラリスを含めた4人だけが残った。
いつの間にかいたずらグッズをけしかけられていたスリザリン生も消えている。
彼らに問題がないとはクラリスにも思えなかった。ジェームズの言った通り、彼らがおとなしくしていればこうはならなかっただろう。
そんな風に思ってしまうのは、クラリスが半人間であり、決して純血主義に迎えられない人種だからだろうか。
それでも人として正しいのはリリーという気もする。
「またあいつらを懲らしめることがあったらクラリスも加わりなよ。いたずらグッズはぼくが用意するし、きみにもやれなんて言わないから。近くにいなよ」
さして広くない玄関ホールのなかで、ジェームズの声がやけに大きく響くような感じがした。
「ジェームズ、リズを巻きこまないで!」
「このままでいいと思ってるのか?彼女はああいう連中とは違うんだってわかってもらった方がいいじゃないか」
目の前で自分をどうすべきか話し合われると、反応していいのかどうか迷ってしまう。クラリスは交互に2人の目を見比べた。
ジェームズはつまり『クラリスは敵じゃない』とハッフルパフ生に見せてやろうとして、そんな風に提案してきたらしい。一人でいるクラリスを思いやっての誘いなのだろう。
「敵だと思われたままでいたいのか?」
今度はシリウスも「行こう」と言った。ジェームズに加勢しようとしているようだった。
彼はクラリスと同じように寮生に距離を置かれていたのだが、また受け入れられ始めたようだ。きっとシリウスはクラリスのように“間違え“はしなかったのだろう。
(そっちを選ぶべきだったのかな……)
そんな風にするのが正しかったとも思えない。でも一人きりになってしまったのなら、それはきっと間違いだったのだろう。
クラリスは行き場のないもやもやがどうすれば消えてくれるのかもわからないまま、それでも2人の手をとる気にもならなかった。
あのクィディッチの試合がきっかけだったのか、2人はスリザリン生にいたずらを仕掛けるようになった。もちろんセブルスがいる時にはしていない、というよりセブルスだけが別にされていると表現した方が正しいだろう。
スリザリン生とて大抵の生徒はシリウスの目につかないところで純血以外を腐すようになったのだが、一部の生徒はそうではなかった。
元々対立しがちで嫌味が飛び交っていた
2人のいたずらはスリザリン生以外の生徒にはウケが良かった。レイブンクロー生もだ。戦争のせいで純血主義とそれ以外との溝はあまりに深い。
「そんなに目の敵にしなくたって」
「きみたちは、知らないから」
ジェームズは苦いものでも飲み込んだような、ひどく落ち込んでいるような暗い目をしてそう言った。
「学校のなかだからこのくらいで済んでるんだよ。毎週みたいに呪われたり死んだ人も出てるんだ、大人たちは。クリスマスだからって戦争は休みになるようなものじゃない。
知ってる?あんまりお葬式が続くものだから、最近はひとまとめにやる事も増えてきたんだよ。そうじゃないと毎日になっちゃうから。ぼくも休み期間中、親戚とかご近所のひととか色々見たんだ。病院で人形みたいにぼうっとしたままになった人もいた。
血が
「それは……、そうね、私たちの周りでそういう人は見たことないわ。ほかに魔法族がほとんどいないから」
クラリスはそう頷きながらも、ジェームズがそこまで他者を思いやっていたずらを仕掛けているとは思えなかった。『気に食わないやつを笑いものにしてやろう』という意地悪が顔に書いてあるみたいだったからだ。
しかしそれをすれば、シリウスはグリフィンドールに受け入れてもらえるのだ。きっとクラリスも。
リリーだってそんな事情までは知らなかったのだろう。なにか言葉を返せないまま、リリーはクラリスの方を見た。
ジェームズもまた「きみはどうしたい?」とクラリスに選択をせまるように目を向けてきた。
また問いかけるような視線だ。選び損ねたらジェームズやシリウスにもあんな風に言われてしまうのだろうか。
「わたし……」
クラリスは心配そうなリリーの緑の目をじっと見つめた。
「それでも、リリーに嫌われるようなことはしたくないの」
しばしの沈黙の後、ふうとジェームズがあきらめたように息をついたのが聞こえた。
失望されてしまった?
クラリスがおそるおそるジェームズの様子をうかがうと、彼は「しかたないなあ」と納得したような顔をしていた。
「きみがそういう子だってわからないものなのかな、ハッフルパフのやつらって」
どうやら嫌われはしなかったらしい。
ジェームズとは対照的にリリーはほっとしたように顔をほころばせた。
「よかった。リズまで人をいじめるのが楽しいって顔をするなんてイヤだもの。そんなの正義なんかじゃないわ」
リリーの断罪にジェームズは驚いたように目を丸くして、次いでバツが悪そうに頬をかいた。
「シリウス、行こう」
男子2人が背を向けて城内に戻っていくのを見送ってから、リリーはため息をついた。
「このあいだのクィディッチの試合からああいう感じなの、あの2人」
「いつも止めてるの?」
「見かけたらね」
同じ寮なのだから見かける回数も多そうだ。
「さっき言ってたのは本当なのかしら。戦争でひとが……」
「うん……きっと本当よ。グリフィンドールでもシリウスのことを気にかけてた上級生っていたでしょ。その人の妹が休暇明けから休学になったのよ。呪いをかけられて入院したんだって聞いたわ」
*
ハッフルパフ寮での時間は、このあいだのような冷たい目にさらされる感じがして居心地が悪い。だからクラリスはできるだけ寮のなかから出ることにした。
危険から身をまもるためには知らなくちゃいけないことが多い。たとえば上級生が息をするようにとなえている盾の呪文なんかも、今のクラリスには難しい呪文なのだ。しておくべきことはたくさんあった。
『変身術の練習をしたいんだけど、先生がいるところの方がいいわよね?』
もしも変身に大失敗しても、先生がいればなんとかなる。
クラリスはほかの4人に向けて“おはな
辞書なみに分厚くてかたいつくりだ。借りて持って歩く気にはならないので、クラリスは図書館にいた。
空いているコマで時間をつぶすにはちょうどいい。
そう思って古いにおいのするページを何枚かめくっていたのだが、いつも以上に書いてあることの意味が頭に入って来なかった。
何行か読んでは羊皮紙に誰か書いていないかをのぞき込んでしまう。
よくわからない単語をなんとかやっつける気力もなく、クラリスはとうとう羽ペンを置いた。
”エイダ“が称号みたいなものなのだとしたら、なにか役割があるはずだ。闇の魔術にいっとう詳しいとか、あのグループで一番強いとか。もしくは、死喰い人の一員だとか。
イヤな想像ばかりが浮かんできて、クラリスは胸の中がきゅっとつかまれたような心細い気持ちになっていた。
これ以上調べまわらない方がいいんじゃないだろうか。もしも見つけて通報できても、こっちが操られてしまうかもしれない。
せめてジェームズたちが見かけた子がどの子なのかわかれば見張れるのに、学年が違いすぎてあれからも会うことがなかったらしい。
どうにも本を読み進める気にもならず、クラリスは図書館を出た。
(どこに行こう?)
談話室に戻りたくないのだから、空いているコマにいられる場所はそう多くない。図書館で宿題に取り組めないのだとしても、他の学年の授業の邪魔をするわけにもいかなかった。
(また歌の練習でもしていようかしら)
どこか授業の邪魔にならない場所でなら、一人遊びで時間をつぶしていてもいいのかもしれない。
そう考えたクラリスは、寮にギターをとりに行くことにした。授業をやっていそうな上の階は通らないように、足音が目立たないようにゆっくりとだ。
やがて大広間の近くを抜け、もう少しで寮の入り口にたどり着けるという段になって、前方から赤いラインの目立つ生徒たちが歩いてきた。
(1年生は授業中のはずだけど……)
彼らの背丈はクラリスとあまり違わないが、おそらく2年生か3年生だろう。あんまり見覚えのない顔だった。
彼らはじろじろとクラリスの方を見てから、隣の子とにやにや笑いあったようだった。
──感じが悪い。
つとめて落ち着いた表情をたもちながら、クラリスは歩調を変えずに彼らの方へ向かった。
(知り合いでもないやつにそんな風に笑われる覚えはないわ)
クラリスがすれ違えた、と思った直後だった。ぱしんと軽い音をたてて、その背中がぐんと前に押された感触がした。
つんのめって転びそうになったものの、クラリスはどうにか足を前に出して踏ん張ることに成功した。靴裏がぴかぴかな石床に擦れてきゅっという音を立てたが、そんなことにかまってはいられなかった。少しかすれた声のまじった忍び笑いが聞こえてきたからだ。
わざとクラリスを突き飛ばしたにちがいない。だったら何か文句を言っても逆効果だ。
クラリスは全くとりあわず、荷物をしっかりと抱えなおして目的地に急ぐことにした。
(スリザリン生は少しはマシになったのに)
ジェームズとシリウスのやっていることは褒められたものではないが、それでもクラリスにとって悪くない変化も生じていた。特にシリウスの目の前で口撃されなくなったのが大きい。ハッフルパフ生やレイブンクロー生には避けられたとしても何かされた経験はないし、リリーと友達なのだからグリフィンドールにだって味方はたくさんいるはずだった。
それなのにグリフィンドール生に何かされるなんて。
クラリスの胸のうちで黒く冷たいものが湧き上がってくるような感じがした。
意地悪な子のやることといったらいつだって同じだ。入学する前だって地元の地区の子どもは感じの悪い子が多かった。
だから後ろから彼らが追いかけて来そうな気配を察して、クラリスはほとんど走るように足を進めた。
忍び笑いはまだついて来ていて、どうやら付きまとうつもりらしい。不気味、というより気色が悪かった。
普通ならば走って振り切れるが、彼らは残念ながらみんな魔法使いだ。
「エヴァーテ・スタティム──宙を舞え!」
足を取られて床に転がったクラリスは、したたかにひざを打って痛みにうずくまった。まるで芯の部分が直接殴られたみたいだった。
それでも急いでこの場を離れなくてはいけない。痛みで顔をしかめながらも、その生徒たちの方を睨みつけた。
そんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、彼らは鼻白む、もしくは戸惑ったような顔をした。
そのなかの一人だけは怒ったように頬を赤く染めていて、床に散らばったものをひょいと持ち上げた。
「なんだこれ」
「人のものにさわらないで!」
拾い上げられたものが『みんなと連絡がとれる』あの羊皮紙だったから、クラリスはたまらず顔色を変えた。
それは今のクラリスにとって決して失いたくないものだった。
クラリスに詰め寄られた生徒は満足そうに笑みを深めていた。そんな状況にもかかわらず、まるで犬猫をからかっているような雰囲気だった。
「スリザリンの連中の味方は懲らしめてやらないとな」
「味方なんかじゃないったら!」
これもシリウスやジェームズの影響なのだろうか。でも2人よりもこの生徒たちは人をいたぶることを楽しむためにやっているように見える。異性をわざと困らせて喜んでいるなんて不快だった。
「ひとのものを盗むなんて、スリザリン生にすらされたことがないわ!」
クラリスの非難にカッとしたのか、その生徒は今度は正面から力いっぱい突き飛ばしてきた。今度はしりもちをつく格好になってしまい、おしりの付け根の骨が床にぶつかったのがわかる。
(
クラリスは勢いのまま杖を抜いた。
(ひとを狙うわけじゃない、ただ取り戻したいだけなのに!)
心でいくらそう願っても、杖を握る手がふるふると細かく震えるのをおさえるのはかなわなかった。
呪文を口に出すこともできず、吐き出されるのは荒くなった吐息だけ。このまま大人になってしまったら自分ひとりでは危険な相手から逃げ出すことすらできなくなってしまう。
クラリスが今にも泣きそうなほど眉尻を下げているのに気づいたのか、一人が「もうよせって」とたしなめるように言った。
「嫌われるぞ」
「もう嫌いよ、あなたたちなんか……!」
そんな風に本音を言って羊皮紙を取り返せるだろうか、なんて落ち着いて考えることなんてできなかった。“それ”が今のクラリスにはあまりにも必要なものだったから。
言われた生徒は傷ついたように黙りこんで、やがてふん、と鼻をならした。
「ほら返してやるよ、こんなもの」
そう言って、廊下の向こう側に思い切り投げこんだ。
「──何をしてるのよ!」
どこかで聞いたような注意する声と、どこかで見た状況だった。
つややかに長い赤毛の髪が、クラリスを庇うように立った。いつの間にか授業が終わっていたようだ。
ああ、とクラリスは呻きともつかない息をもらした。
(わたし、今……あの時のスリザリン生と同じなんだ)
リリーが助けに来てくれてほっとしたのも本当なのに、クラリスの胸の中には温かなものとは別に、痛くて息苦しいものがわだかまっていた。
うすうすどこかで気づいていた。リリーと対等な友だちでなくなってしまったことには。
以前はこうじゃなかった。リリーは姉のことで頭を悩ませていたし、魔法のことだってよくわかっていなかった。だからクラリスでも相談に乗ってあげられたのだ。
守ってもらうばかりじゃなくて、自分だって守ってあげたかったのに。
それなのに今はリリーの友だちの輪に入れてもらったり、庇われたりしてばかりだ。
──もう私がリリーにしてあげられる事なんてないんじゃ?
冷たく重いものを飲みこんだ感じがした。
自分が彼女にくらべて『持っていないこと』はわかっていた。それでもその部分を隠して、穴があればつくろって、そんな風にしていればリリーと同じくらいにはなれるんだと信じていたのに。
そうなりたかった。きっと入学するまではそうなれていたはずだった。
でも今はちがった。
クラリスは自分がかわいそうな状態なんだと突きつけられてしまった。
まるで飲み込んだものから刺(トゲ)のあるものが伸びて、胸のなかを引っかいてまわっているみたいに痛む。
何も持っていないことなんてリリーに知られたくなかった。きっと知られていないと思っていた。いや、そう信じていたかった。
もうごまかしがきかない。
リリーに守ってもらわなければ自分で杖をふって身を守ることすらできないのが今のクラリスだった。
自分と変わらないはずのリリーの背が大きく見える。それがかえって胸の奥を締めつけてひどく痛んだ。
これ以上、そんな光景なんて目に入れたくない。
だから、リリーが何か自分を守ろうとしてやり合っている地点から、クラリスは駆け出した。散らばったペンも本も、自分のためにだれかと戦っている子も、すべてを置き去りにして。
ホグワーツ城の中で人の通らないところは少ない。およそ千人が共有しているのだから当然だ。
どうしても一人になりたかったクラリスは、ハッフルパフ寮のあの部屋にも行く気にならなかった。だからひとの少ない屋外に出て、隠し通路の奥に入るまで足を止めなかった。
そこは城の外壁のようなごつごつとした石にかこまれた小部屋だった。もちろん城の中よりは寒いが吹きさらしよりはマシだったし、誰か生徒が来ることは少ないだろう。少なくとも、クラリスの背を追いかけてくる人影はなかった。
なにか頭をはたらかせるよりも先に足が動いてしまったので、立ち止まってはじめて『わたし、ひとりになって何をしたかったんだろう』と脳みその方が追いついてきたようだった。
何をしたかったというわけでもない。
しかし、一人でいたいのには変わらなかった。
だから小部屋に置かれた『がらくた』のようなもののうち、台のようなイスに似たものに腰をおとした。汚くなろうが構うもんか。
そもそもが分厚い壁にはばまれて音なんて届かない。すぐそばを通りがかるらしき物音もない。
そこにあったのはこもった空気と、全速力でかけたので荒くなった自分の呼吸音だけだった。
(いっつも一人なんだから、どこにいたって同じよね)
わざわざこんなところに逃げこむなんてバカみたいだった。クラリスの口から小さく笑い声がもれたが、『一人でなにを笑っているんだろう』とやっぱり
指先が冷たくこわばっていきそうだったのでこすり合わせていると、なんだかもっと小さかった頃を思い出しそうだった。
寒くて真っ暗で“おばあちゃん”もいなくて。夜はたいてい誰もいなかったから、何かの拍子で目を覚ますといつだってこんな感じだった。
(千人も同居する子がいるのに、まさか一人で家にいる時と変わらなくなるなんてね)
これからどうすればいいのかわからなかった。
リリーに感謝を伝えてあやまった方がいいのはわかる。自分を助けようという子をほったらかしにしたのだから。
でも次に顔を見たら、またあんな嫌な気持ちがわいてきてしまいそうだった。
その時『ずず』、という重い石を引きずるような音がし始めて、クラリスははっと顔をあげた。
石壁の一部に切れ込みが入って、ひとが一人通れるくらいの通路が少しずつ開いていく。さっきクラリスが入ってきたのと同じように。
まだ開ききっていない隙間から、からだを無理やりねじ込んだらしい。つややかな赤毛がクラリスの視界に入った。
「リズ!」
クラリスの心にはぽっと温かいものがともったみたいだった。リリーはいつだって一人きりのクラリスを探し出してくれる。どこかできっとそうしてくれると期待していた自分に気づいて、恥ずかしさで顔が熱くなった。
逃げ出すようなことをしておいて、追いかけてくることを期待しているなんて。
「よかった。もう大丈夫よ。夕食のときグリフィンドールのテーブルに来て」
リリーは一人だった。この部屋はこのあいだ2人で調べた隠し部屋のひとつだったから、ここかもしれないとわかったのだろう。
クラリスの胸に温かいものと、恥ずかしくて苦々しいものと、冷たいトゲが引っかきまわるような痛みが
それらを落ち着けることもうまくできず、クラリスはただくるりと後ろを向くしかなかった。リリーを目に入れることすらできない。
クラリスはローブの合わせの辺りをぎゅうっと握りしめた。いくら息を吸っても、その気持ちがぎっしり詰まったところにはうまく入っていかなかった。
「リズ……?」
リリーが近づいてきそうな気配がした。
「こないで」
声がうまく出せなくて、ぴしゃりと打ち切るような調子になってしまった。
こんな時にどうすればいいかわからない。
『あなたのことが大好きなのに大嫌いなの』なんて言うんだろうか。クラリスならそんなことを言われても困ってしまう。
リリーは立ち止まって、「あの……」と戸惑うように話しかけてきた。
「リズのもの、持ってきたの」
「……うん」
「あの後ね、ジェームズもシリウスも来たの。それで怒ってあの上級生と大げんかになったのよ。ジェームズは、多分あの上級生はリズのこと好きなんだろうとか言ってたわ。だからってそんな感じの悪い子が好かれるわけないのにね」
リリーがいい子で大好きなのに、そのことが辛い。
いつも通りになれたらよかったのに。
『そうよね、そんな男の子はわたしもイヤ』と笑い飛ばして、「ありがとう」って言えばいい。そうすれば、いつも通りに戻る。リリーやグリフィンドールの子とずっといる『いつも通りに』。
(こんなこと、気づかなければ良かった)
このままじゃ『いつも通り』にすら戻れなくなってしまうんじゃないだろうか。
「……どうしたの」
「わたし、このままじゃリリーといっしょにいられない……」
「え、……ど、どうして?」
リリーはショックを受けたような声をだした。
(どうしてなんだろう)
自分でもよくわからなかった。どうすれば以前みたくいられる?こんな気持ちがなくなってくれるんだろうか。
なんて返事をすればいいのかわからない。答えてあげないと傷つけてしまうことだけははっきりしているのに。
リリーはクラリスへ必死にうったえかけてきた。
「わたしがすぐに助けられなかったから?
ちがうの。わ、わたし授業が終わってすぐ図書館の方に行ったのよ。リズがいるみたいだったから。そ、それでひどいことをされたみたいだったから、助けなきゃって、だからごめんなさい、間に合わなくて。あの子たちにひどいことをされたのね、ごめんなさい」
リリーがこんな風にうろたえるところなんて、知り合ってから初めて見た。クラリスのせいでそうさせてしまったのだ。
ただでさえリリーに助けてもらっているのに、こんな悲しそうな声を出させるなんて。胸がいっそう締めつけられて痛かった。
とにかく大事なことだけでも急いで伝えなくちゃ。
「ちがう、リリーは何も悪くないわ!」
クラリスは自身に追い立てられるように感じながら、どうにかそれだけを口に出した。答えはわからなくても、不正解ならわかった。
リリーに悪いところなんてない。
だったら悪いのはなんなのだろう。クラリスに能力がないことだろうか。
大好きなのにいっしょにいたら辛くなる、ずっといっしょにいたいのにリリーに迷惑をかけてばっかりで、でも去ってほしくなくて。
「わたし……」
リリーにどうしてほしいのか、自分がどうしたいのかもわからない。
だから何も言葉にできなかった。
リリーはしばらくその場で待っていたが、クラリスの口が開かないとわかったのか、一歩踏みこんできた。
「来ないでったら……!」
「どうしてなのか言ってくれないなら行くわ」
毅然とした口調だったが、少し語尾が震えている。
「どうして嫌われたのかわからないもの。そっちに行ったって行かなくたって友だちじゃなくなるなら、行くわよ!」
リリーはもう少しで泣き出してしまいそうな雰囲気をしていた。勇気のある彼女にだって、誰かに嫌われることが怖くないわけじゃない。
「わたしに悪いところがあるなら言って。わたし……わたしはリズがいなくなっちゃうなんて嫌なの」
彼女がぐすっと鼻を鳴らしたのが聞こえた。
(リリーを泣かせたの……?わたし)
クラリス自身も滅多に他者へ泣き顔を見せないが、それはリリーも同じだった。もっともっと小さな頃だったら泣き顔くらい見たかもしれないが、もうどんなだったかを覚えてはいない。
そんなにリリーに好かれているとは思っていなかった。
クラリスの痛みのようなものが少しやわらいで、その代わりに申し訳なさが広がっていくようだった。
「どうして」
「大好きだからよ!だって親友なんだもの。いっしょにいたいの」
リリーは涙声でこそあったが足を止めなかった。
クラリスは誤解させてしまったことに焦って、急いで口をはさんだ。
「ちがうの、リリーが嫌いなんじゃないの。嫌いなのは……」
ああそうか、とクラリスは息をはいた。
「──わたしが嫌いなのはわたしなの、きっと」
「どうして?」
「だってわたし、間違えちゃうわ。いろいろなこと。だから友だちが……」
"友だちができない"なんて口にしたくなくて、最後の方は尻すぼみになった。
「間違えてないわ。だってわたしは友だちだもの」
リリーは力強く断言してから、クラリスの背中に手で触れた。
「リズがリズを嫌いでも、わたしはリズが好きよ。きょうだいみたいに」
リリーはぎゅうっと力をこめてクラリスの背中に抱き着いてきた。なんだか獲物をつかまえた熊みたいで逃げられる気がしない。触れたところから、ふるふるとリリーの腕がふるえているのがわかった。
あんなに苦かったものが嘘みたいに薄れていった。いっぱいになった胸に温かさがこみあげて、目がにじんだ。
「リズはたくさんわたしのことを助けてくれたわ」
「でもわたし、もうリリーを助けるようなことなんてないじゃない」
リリーはクラリスの助けがなくても、同じように助けてくれる友だちがいる。
「そんなことない。リズはわたしが一人になっても助けてくれるわ、絶対に」
クラリスが振り返ろうとすると、リリーは腕の力をゆるめて、今度は正面から抱き着いてきた。クラリスも鼻をすすってから手をのばした。
厚いローブの外側は冷えていて、顔をつけるとかたい生地がこすれた。
部屋のなかでハグをするのとは全然ちがう。次があるなら暖かい部屋でしようとクラリスはぼんやり思った。
「わたしもリリーのこと、……どんな手をつかっても助けるわ」
リリーに泣き顔を見せたのはどのくらい前だったかもう思い出せなかった。泣いても誰かが駆け寄ってくれたりはしないし、いいことは何も起こらなかったからだ。
クラリスはリリーの肩に頭をよせた。
(あの時のセブルスとおんなじね。今はわたしが泣く方だけど)
自分を抱きしめてくれる人から離れたくなくて、クラリスもぎゅうっと両腕に力をこめた。
リリーと自分の呼吸する音だけがする中、2人はしばらくそうしていた。
「あっ『リズを見つけた』って言うの、忘れてたわ」
城のなかに戻ろうとしたリリーが、手元の羊皮紙を見て言った。
クラリスが自分の方のを取り出してみると、紙面が残り3人の文字でほとんど真っ黒になっていた。
ジェームズとシリウスのいじめは2人の性格や背景を考えるとこんなノリだったのかなー、と勝手に思っています。
たぶんスネイプも気に入らないグリフィンドール生に闇の魔術かけてたんだろうな、とか。
RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?
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【活動報告】にあげて欲しい
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【本編】にあげて欲しい