セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
2024/12/28短かったので次話と合体
2025/4/29 一部微修正済み
数日後 1972年4月下旬
5人はレイブンクロー寮の“例の部屋”にふたたび集まっていた。
今回呼びかけたのはクラリスだ。スリザリン生の動向から『試練を進めるべき』と判断したのはセブルスだったが、自分から呼びかけるのは気まずかったからだ。
だからクラリスが代わりに連絡用の羊皮紙に記入したのだった。
『このまま放っておくわけにはいかないわ。はやくリーダーを決めなくちゃ』と。
リリーもジェームズもいつも通りの雰囲気だった。セブルスに含むところがあったり責めたりするつもりはないらしい。
シリウスだけはぶすっと口をへの字にしていたが、この間の口げんかがまだ尾を引いているのだろうか。
「ええと……シリウスはあの後どうなったの?ジェームズが連れていかれた時」
クラリスがこっそりと幼なじみ2人に尋ねると、リリーが耳打ちし返した。
「それが、ほかの生徒の魔法が間に合わなくて落ちたんだって。それで怪我してたから保健室に運ばれてたの」
「それでこの間は来なかったのか」
シリウスならジェームズを放ったらかしにはしないだろう。リリーが助けにきたのと同じだ。
シリウスは値踏みしなおすかのようにセブルスの方を見た。
「『お前、あの1年生に心当たりがないのか』?誰か入れ替わってたんだろ」
「あーっと、シリウス。
セブルスが口を開くよりも先に、ジェームズは明らかな嘘をさしはさんだ。
一番の相棒のはずのシリウスに?
セブルスが目を丸くしてジェームズとリリーをうかがうと、リリーはシリウスに見えないよう人差し指を唇にあてていた。
「あいつは……アー、上級生みたいなことを言ってたよ。決闘したんだけど全然歯が立たなかったよ。弱いのをどうこうしたって、あいつが野放しなら意味がない。あいつをやっつけられるようになるのが先だよ。それなら誰も文句なし。
──でしょ?」
ジェームズはそう言って、軽くセブルスにこぶしを当てた。どうやらシリウスにはセブルスの行状を黙っているつもりらしい。それどころか水に流すことを決めたようだ。
そのつもりなら、セブルスもやぶさかではない。ジェームズだってやらかしていたのだから貸し借りはなしだ。
ふん、と息をはいてからセブルスは応じた。
「少しは騎士らしくなってきたじゃないか」
「きみのスパイぶりには負けるよ。それとも策略家でも目指してるの?」
毒っ気がにじんではいるものの、ジェームズの目つきに非難の色はないようだった。
一方のシリウスは疑わしそうに顔をしかめたままだったが、それでも突っかかってくることはなかった。
「──それで、どうやって強くなるつもりなんだ?」
セブルスが話題をつなげると、ジェームズは不敵な笑みをうかべた。
「決まってるじゃないか。修行するんだ。カンフー映画とかだってそうでしょ」
「修行って、何やるつもりなんだよ」
「まず師匠を見つける」
「学校のなかに沢山いるじゃないか、先生が」
修行というなら、そもそも学校に通っている今が修行の真っ只中みたいなものじゃないか。
「じゃあ決闘に強い先生にしよう。3人でやるなら黙っててくれそうな先生じゃなくちゃダメだろうね。スラグホーン先生なんてもってのほかだ」
「マクゴナガル先生なら黙っててくれそうだな」
シリウスの言うとおり、入学前の一件からすると彼女なら協力してくれそうだ。
「先生は決闘に強いのか?」
「……そういう話はあんまり聞かないな。見たことがないってだけだから、きっとすごく強いだろ。なにせグリフィンドールだ」
「戦争中で物騒なのにホグワーツの先生をやってるんだよ。強いんじゃないかなあ、やっぱり」
セブルスはかぶりを振った。ひとつ気にかかることがあったからだ。
「ぼくはグリフィンドール寮の先生からは教われない。バレたらうるさいじゃないか、周りが」
ホグワーツでは“秘密にする“はみんなが知っているということである。つまりいつかは絶対にバレる。
「それもそうか。……そういえば決闘クラブって聞いた覚えがあるんだけど、何か知らないか?親戚が誰か言ってたんだよ」
「クラブの掲示板にはなかったよ。戦争中だし、今はやってないんじゃないかなあ」
「いかにも“不幸な事故“が起こりそうだな。……寮ごとなら決闘チームとかつくれそうだけど」
「クィディッチみたいな感じならできるかもね。決闘でグリフィンドール寮チーム対スリザリン寮チームなんて、大変なことになりそう」
「血の雨が降りそうだな」
「──ねえ、修行の相談はわかったけどリーダー決めはどうするのよ?」
男子が3人だけでいつまでも
そもそもは試練を進めるため、リーダーを決めるために集まったのだった。
「そうは言ってもうまい決め方なんて思いつかない」
立候補したジェームズか、推薦されたリリーか。どちらかが折れなければ決められない。そしてセブルスには、ジェームズに諦めさせる方法が思いつかなかった。ジェームズには、リリーを推薦する2人を諦めさせる方法がひらめいているのだろうか。
「さっさと進めなくちゃいけないんだから、白黒はっきりつけるのが一番いいんじゃないかな。つまり……」
ジェームズはリリーを真っ向から見つめた。
「ぼくはエバンズに決闘を申しこむ」
真っ先に反応したのはクラリスだった。
「リリーにひどいことしないで。先生に密告するわよ。校則で禁止されてるし」
「校則を守って誰にも決まらないよりましだろ。グリフィンドールといえば剣で敵と戦うんだから、そういう度胸を試される試練じゃないか」
「あー、いや、違うんだよシリウス。お互いをやっつける呪文の決闘って意味じゃなくてさ」
みんなの視線が集まったジェームズは、改めて宣言した。
「なにか勇気を試されるのは間違いないと思うけど、1年生でも受けられる試練なんだから杖の腕前とかじゃないでしょ、きっと。それで怪我とかで本番で失敗したら意味がないし。
だからシンプルに、なにかの勝負で勝った方がリーダーになる。負けても恨みっこなし。それでいいよね?」
セブルスとしても積極的に反対するほど悪い案ではなかった。
リリーが勝てばジェームズはリーダーをゆずると宣言したようなものだからだ。
それだけじゃない。
(べつに……そんな嫌なやつって程でもない)
目立ちたがり屋で自信家なところはともかく、こいつはあの“いたずら“をやめたのだ。勝負の結果でもしもジェームズがリーダーになってしまっても、反対までしなくても大丈夫かもしれない。
とはいえ、リリーが負けるなんて想像はつかなかった。
「……いいわよ」
リリーもまた、その緑のひとみをジェームズに向けた。
「勝った方がリーダーをやる。それでいいわ」
*
すぱん、と小気味よい音とともに薄い板が抜けて、床に落ちた。番号は9だ。
いつだったかクラリスがリリーと対戦したというストラックアウトだ。先に9枚すべてのパネルを空にした方が勝ちとなる。
今そこで決着をつけようとしているのはリリーとジェームズの2人だった。
セブルスら残り3人は近くで観戦していて、特にクラリスはシリウスの不正に目を光らせている。たとえば
『決闘じゃない勝負ごとなら、魔法スポーツなんてどうかしら?』と提案したのはクラリスだった。
『呪文をきちんと当てられる方が、そうじゃないより試練に有利なのは間違いないから』と言って。
ジェームズも呪文の腕前には自信があるのか、ためらわずに「いいよ」と返事をしていた。
その結果、接戦ではあるもののリリーのリードを許してしまっている。
「リリー、強かったのよ」
隣に立っているクラリスが、声をひそめてそう説明した。
「あいつも呪文を当てるのは得意そうだったけど」
セブルスが数日前の“決闘”を念頭においてそう返事をすると、クラリスは忍び笑いをもらした。
「遠くから呪文を当てるなら、眼鏡をかけてるジェームズよりもリリーの方が
つまり、クラリスははじめからリリーに有利な勝負を持ちかけたのかもしれない。
「……計算づくだったのか?」
「ひとを悪事の黒幕みたいに言わないでよ」
「実際、そうじゃないか」
不正をしたわけではないが、彼女はリリーを勝たせるために手を尽くすつもりのようだ。
勝負は間もなく、そしてあっけなく決まった。
ジェームズが残り2枚に苦戦しているあいだに、リリーの方のパネルが枠だけになったのである。
ジェームズが何か"奇策"をしかけてくることは最後までなかった。
「じゃあリリーがリーダーってことでいいかしら?」
さっさと勝負を決めてしまおうとするクラリスに対して、ジェームズは「待って」と声をあげた。
「ぼくは1回勝負だなんて言ってないよ。たった1回で実力なんてわからないじゃないか」
「じゃあ何回勝負ならいいの?」
「ええと、……だったら3回勝負だ。それならどう?」
ジェームズがリリーの方をうかがうと、リリーの顔には『仕方ないわね』と書いてあった。
「3回勝負ね。──いいわよ、2本とった方が勝ちにしよう」
次も結果は同じだった。
奇をてらったような戦術を使ってくるでもなく、ジェームズは真正面から挑み、そして実力で負けた。
「2本とったんだからこれでいいわよね。リリーがリーダーで」
クラリスがさっさと勝負を打ち切ってしまいたがっているのは明白だった。そばで杖をぎゅうっと握りしめているジェームズを、リリーは眉をハの字にして見つめていた。
「ちょっと待てよ」
沈黙をまもっていたシリウスが庇うように一歩前に出た。
「この種目はリリーの勝ちでいい。実力があるのはわかったよ。
でも、君の得意な勝負ですべて決めるなんてフェアじゃない。君だってそう思うだろ?今度はこっちの得意な勝負も受けるべきだ」
「それは……そうだけど。でもそんなこと言い出したら、いつまで経っても決まらないじゃない」
話し合いのすき間にねじ込むかのように、ジェームズは即答した。
「そんなことはないよ。次でエバンズが勝てばいいだけだ」
「勝たせるつもりがあるのか?」
「ないけどさ」
クラリスは憤慨していた。
「負けたって受け入れないなんてずるいわ。……ひょっとして私たちが推薦をあきらめるまで粘る作戦なの?」
「ちがうんだ。そういうつもりじゃない。ただ……」
「……なに?」
ジェームズは二の句を継げず、どこかもどかしそうにクラリスからリリーに目をうつした。
「エバンズ、君はどう思う?……もう1回だけでいい、ぼくにチャンスをくれ」
リリーは幼なじみ2人の方をうかがってから、ジェームズに向かって迷いなくうなずいた。
「……いいのか?リリー」
「たぶんジェームズはあきらめないわよ」
勝者はリリーなのだから突っぱねたって誰も文句は言えないだろう。
「……それでもいいの。ジェームズにだって納得して欲しいもの。
こうなったら根比べだわ。ジェームズが勝ち越したらゆずってあげる」
*
大かたの予想どおり、ジェームズが持ちかけてきたのはリリーに不利な勝負だった。
つまり、魔法界でもマイナーな、リリーがほとんどやったことのないボードゲームである。
結果は当然、ジェームズが勝ちを拾った。
その次はリリーが得意なものを、その次はジェームズが得意なものを。そうやって交互に勝ったまま、タイブレークで
そうすると、どちらかの得意に偏らないゲームにたどり着くのは必然だった。
すなわち、“運”である。
とはいえ、純粋な運のみで決めては納得いかない。きちんと全員が納得することが試練の一部かもしれないから手は抜けなかった。
実力と運の両方を試せるものならば、お互いに経験したことのないものの方がいい。でもルールを全く知らないものでは、そもそもちゃんと勝負になるかも怪しい。
ゆえに、彼らが選んだのは魔法
ルールは以前DADAの授業でやっているから知っている。しかし、授業用のものは引き分けもあるし、課題も簡単すぎた。
そのため、今回使うゲーム盤はDADAの研究室から借りてくることになった。雑に平積みになっていたいくつかのものから、“大人用”と書かれていたものを選んだのである。
先生は在室していたがやはり疲れている様子なのに変わりはなかった。ゲーム盤を借りると申し出ても、細やかな確認もしないままだった。
それがどのルドーなのかさえ。
リリーの手から離れたサイコロがひび割れた石床に転がった。
数字は「4」だ。
すごろく板の上を、チェスのクイーンのようなコマが進みはじめる。
授業で使ったものは巨大なすごろく板だったが、今回はちがう。一人用のレジャーシートくらいのサイズのものだ。そこには指先でつまめるくらいのコマが自分で4歩すすんでいく。
そこにいる5人はみんな反応するでもなく、進んだ先のマスを食い入るように見つめていた。
セブルスもまた戦々恐々としながらも杖を構えていた。
──次はいったい何がくるんだろう。小ぶりなのが沢山出てくるような出目ならまだいい。猛獣やわけのわからない魔法生物だったら、5人がかりでも退けられるかわからなかった。
胸がいやな感じにどくどくする。
進んだ先のマスがくるりと裏返って、裏に書かれた文面が明らかになった。
『古城を抜けて夜の山に出た。5つすすむ』
全員で身を寄せ合い、自然と背中をあずけるようにして備える。
「“夜の山”だなんて、“古城”よりも面白いのが出てきそうだ」
シリウスはどこか
彼らの今いる、うす暗い“古城”の一角はそれなりに平和で、たまにネズミやゴーストが出るくらいのものだった。シリウスには退屈だったのだろうか。
「そんなこと言って、とんでもないものが出てきたらどうするのよ……」
そう応じたクラリスはゲームを開始してからこっち、血の気の失せた顔色のままだ。ふるふると杖先まで震えあがっているのが見える。
彼らの目の前に置かれたゲーム板の下からにじみ出るように、石床が土に塗り変わっていく。ブラック湖にたった波紋がひろがる時みたいにあっという間だった。
石レンガの壁や火のともった燭台も、みるみるうちに木立へと変わっていった。5人がいるのは平坦になった山道のようだ。
「ルーモス──光よ」
クラリスはいち早く明るさを確保することにしたらしい。襲われても呪文をうまく当てられない彼女は、自分たちの方に効果を及ぼすものしか使えないからだ。リリーはクラリスを自分の背に庇うように立っていた。
まだコマは止まらない。更に5つ進んだ先をセブルスが注視していると、次にたどり着いたのはこんな目だった。
『地震が起きた。落石注意!』
途端にぐらぐらと左右に揺れだした地面に足をとられて、みんな投げ出されるようにその場に転がった。
リリーも同じようだったが、彼女は血相をかえて呼びかけた。
「わたしから離れて!」
それから彼女は立ち上がらずに仰向けになり、すぐに杖をふる。
「レヴィオーサ!──浮かべ!」
セブルスが『落石』に思い至って宙を見上げたのと同時に、夜闇で黒くそまった木陰から枝が折れる音とともに岩が飛び出てきた。
ひとつ瞬きをした頃にはリリーの鼻先すれすれのところにまで迫っている。
……いや、よくよく見ると、その場で静止しているようだった。
呪文が間に合ったらしい。
そのまま誰もいないところに岩をどかして、リリーは深く息を吐いた。
「ケガは?」
セブルスが様子をたしかめても、どこか痛めたようではなかった。少し震えた息を吐いているくらいだ。
「大丈夫よ」
改めて岩を観察してみると、その高さは大人の背丈の倍はある。もしも呪文がうまく働いていなかったら、と想像しそうになって、セブルスは残りの3人に目をやった。
「このゲーム、やっぱり危ないわ。大怪我したら私たちじゃ……」とクラリスは何度目かの提案をした。
「せめて別のボードでやり直そう」
ほとんど泣きそうな調子に、シリウスは気まずそうに目をそらした。
「そっちの棄権ってことでいいならな」
シリウスがそう答えるのも何度目かだった。
授業では順番にサイコロを振って全生徒が課題に取り組むような格好だったが、今回はちがう。今回のプレイヤーはリリーとジェームズの2人だけだ。出目に対応しなくてはいけないのも2人だけということになる。残りの3人は応援団のようなものだ。
また、持ちコマ4つを全てゴールさせると時間がかかり過ぎるので、独自ルールで2つに減らしている。
こんなに危険ならば1つでも良かったかもしれない。
手番がまわってきたジェームズがサイコロを拾おうとした矢先、うなり声のようなものが木陰の奥から聞こえてきて、全員が杖を構えなおした。
「ルーモス──光よ」
クラリスは一歩さがったところで再び灯りをともした。
「オオカミだ!エヴァーテ・スタティム──宙を舞え!」
シリウスが先陣を切って一匹を斜面の方に弾き飛ばすと、別の一匹が一足飛びに駆けてきた。
「インセンディオ──炎よ!」
ジェームズの杖先からふき出した炎に顔を灼かれて、一匹がのたうちまわる。シリウスがもう一度“宙を舞え”で斜面の下に転がした。
「インカーセラス!──縛れ!」
「ヴィンガーディアム・レヴィオーサ!──浮遊せよ!」
何匹かを足止めしたリリーに合わせ、セブルスもまたシリウスに
(このままじゃキリがない……!)
遠くからも遠吠えのようなものが届いている。ジェームズの背後から噛みつきそうなのを武装解除呪文で退けながら、セブルスは注意深く辺りを見回した。
「セブ!」
リリーが腕をぐんと引っぱると、今立っていた場所に一匹が突っ込んできた。立ちあがろうとしたがローブの裾が下敷きになっていて動けない。
(
失神呪文までは望みすぎだとしても、群れと戦うのに手持ちのカードでは到底足りない。
杖を握る手に冷や汗がにじんで、取り落としそうになってきた。
これらの猛獣はコマで指示されたものではなく、このフィールドにいる生き物だ。つまりこのフィールドにいる限りは、コマの動きに関係なく襲いかかってくる。
それを防ぐには、先ほどの“古城”のような場所をすごろくで引くしかない。
全員が何匹もちょっかいを出してくるオオカミを撃退して疲れた頃だった。
「──シリウス!」
ジェームズと組んでいたはずのシリウスが、少し離れたところで一人になっていた。しかもオオカミの一匹にのしかかられていて、どうにか杖を噛ませて牙を押し留めているようだった。
駆けつけようにも、3人も自分のそばのを相手どるために手がふさがっている。クラリスは自分のまわりに火炎魔法をまいていたが、足手まとい感はいなめない。
打破するには賭けに出るしかなかった。
「振れ、ポッター!それしかない!」
セブルスがそう怒鳴ると、ジェームズは覚悟を決めたように「わかった!」とうなずいた。
「みんな、目をとじる!ルーモス・マキシマ──強烈な光!」
ひるむような鳴き声を背に、ジェームズはゲーム板の方に走った。このゲームでサイコロがどこかになくなるようなことはない。いつの間にか戻っていたサイコロを、彼はごく小さな動きで振った。
「──土砂くずれだ!シリウス!」
地響きとともに目の前の斜面の一部が剥がれ落ちるようにすべり始めて、5人もオオカミたちも動きを止めた。
ちょうどシリウスのいる辺りだ。
心臓の裏がヒヤリと冷たくなって、セブルスはとにかく間近にいた一匹を、流れの方に呪文で放り投げた。そのまま折り重なるように上からかぶさった土砂に飲み込まれてゆく。
闇が深くて真っ黒にしか見えない。まるで巨大な蛇がぐねぐねと這いながら、手当たり次第に口に入ったものを飲み込んでいくみたいだった。
シリウスの姿はすでにない。
残りのオオカミは散り散りに逃げていったようで、周りに残っているのは自分たちだけだ。
リリーはクラリスの前に出て、周りを警戒するようにうかがっていた。
「どうしよう、シリウスが……」
青白い顔をしたリリーに返答しようとしたその時、山道の際に立って斜面をのぞき込んでいたジェームズが振り向いた。
「──こっちだ!手伝ってよ」
明かりが乏しくてジェームズの表情は判然としないが、取り乱しているようではなかった。
(無事なのか)
セブルスが急いで駆け寄ると、彼の腕には縄が巻きついていた。もう一方の端はそのまま斜面の下の方にのびていて、つながった先は見えない。おそらくはその先にシリウスがいるのだろう。
そのままジェームズの隣で縄を握り、引っ張り上げるのを手伝った。女子2人もだ。
「無傷でさっそうとご帰還だ」
「もう!人の気も知らないで」
リリーが咎めるように言うと、得意げだったシリウスは肩をすくめてみせた。
彼が言うには、土砂崩れが始まって即、ジェームズが
「何事もなかったんだからいいだろ。次はそっちの番だ」
死にそうな目に遭ったのにすずしい顔をしているシリウスは、心臓に毛が生えているにちがいない。オオカミの群れが去っても、ほかの生き物がやってくるかもしれないというのに。
(さっさと違うフィールドにしろ)
セブルスは息つく間もなく、夜闇の奥を注意ぶかく見張りはじめた。
それからいくつかのマスに止まり、いくつかの出目をやり過ごした。幸いにも猛獣のたぐいが出てくることはなく、虫や鳥くらいで済んだが、フィールド変更はいまだに成されていない。
リリーの手番で次に出たのはこうだった。
『蝶の群れがダンスを舞って
あなたを眠りにいざなう』
「……蝶をやっつけられなきゃ1回休みか?」
「眠ってしまったら1回休み、だと思うわ」
シリウスの独り言にクラリスがそう解説を入れた。授業用のものと同じく、出目に対応できなければ1回休みになる仕様らしい。
「大半をやっつけないと眠っちゃうんじゃないか」
眠るだけで済むのだから平和な方だろう。『命を狙う』なんて内容だと洒落にならない。
セブルスもゲーム板を覗きこみながらそう合いの手を入れたが、なにか違和感があった。
ざわめくような音がする。
セブルスが顔を上げると猛スピードで大群が押し寄せていた。森の奥から滝でもわき出すようだった。
いずれもコウモリのような色に染まっていて、目玉のような丸くて大きめの斑点が両翅に1つずつくっついている。じろじろと見られているみたいで落ち着かない。
リリーはすぐに杖をかざした。
「こっちよ!インセンディオ──炎よ!」
炎に巻き込まれたいくつかの蝶は焼けこげて墜ちていったが、ほんのわずかだった。せいぜい“滝”に大きめな石を投げこんだ程度でしかない。
大人の魔法使いなら「
──と、半数が“支流”をつくりはじめた。
「リズ、灯りを消せ!インセンディオ──炎よ!エポキシマイズ──接着せよ!」
リリーの炎に引かれて大群同士が集まっているところをまとめて接着した。
「地面ごと接着呪文をかけて止めるんだ!」
「え……エポキシマイズ──接着せよ!」
クラリスは地面に呪文をかけることなら何とかできるようだった。それとも蝶相手だからだろうか。しゃがみ込んで、おそらくは目を閉じて杖を振っているのだろう。
リリーが炎で引きつけ、セブルスが地面におとして、クラリスが地面に縫い留める。マスに対応しなくてはいけないのはリリーだけだが、プレイヤーじゃない人が手助けをしても問題はない。
競争相手であるジェームズとシリウスは手を出すつもりがないようで、少し離れたところで周りを見張りながら成り行きを見守っていた。逆の立場だったら3人もそうしただろう。あくまでこれは勝負なのだ。
「ヴェンタス──風よ!」
──いや、途中でジェームズが蝶の群れの一角を3人とは別方向に吹き飛ばした。そっちを見ている暇はないが、またオオカミか何かがやって来たのだろう。
出目であらわれた生き物を使うこともできるんだな、とセブルスは心にとめた。
半分くらい
どこかぶつけたわけではなさそうだ。
結果が出たからか、蝶は空気に溶け入るように消えた。付近を飛び回っていたのも、地面で力なく翅を震わせていたのもだ。このフィールド自体にいるオオカミなどとは違うものらしい。
「……これで1回休みだな」
「リリーが無事なら別にいいじゃない」
そうたしなめてきたクラリスは、杖を握っているのとは反対側の腕で心配そうにリリーの手をとった。
「リリーを絶対にリーダーにするっていう誰かさんがいたんじゃなかったか?」
「誰がこんな危ないもので決めようって言ったっていうのよ?」
「シリウスだろう」「それはそう」
2人がシリウスをねめつけても、当のシリウスは『どうして非難されているかわからない』という顔をしていた。
「なんだよ。すごく面白いじゃないか」
スリルを楽しむのは結構だが、いつか大怪我では済まないことになりそうだ。たとえるならば、急斜面を自転車で減速せずにすべり降りて行くような。
「……“ブレーキ”はちゃんと修理しておいた方がいいぞ」
「ブレーキ?ってなんだ?」
シリウスは意味がわからなそうに首をひねっていた。
それからも多種多様なマス目に止まった。生き物に襲われたり、スコールみたいな激しい雷雨などに見舞われたり、『毒でないキノコを食べろ』なんてものまであった。最後に関しては制限時間が切れるまで待つことしかできなかった。
リリーもジェームズも全てに対処するのは難しく、しょっちゅう1回休みを引いていた。2人とも1回休みになったのなら、実質何もペナルティがないのと同じだ。
じりじりと一進一退をくりかえしたまま、変化があったとすればいくらかゴールに近づいたことと、フィールドが“夜の森”から“昼の滝つぼ”になったくらいだった。
ジェームズの手番で珍しいマスが来た。
『土砂降りの矢が誰でもいいと標的をさがす』
「『誰でもいい』って……!」
「リズ、こっちよ!」
困惑めいたクラリスの腕をリリーが引っ張って、3人で滝壺の近くに転がり込んだ。そのまま斜面に背を預けるようにして、リリーは大きめの……3人が身を隠せそうな岩に浮遊呪文をかけた。
「重い……っ!」
よたよたとほかの岩にぶつかるのを見てとって、セブルスも同じく浮遊呪文で手伝う。
クラリスは自分のローブコートを脱いで、1枚の布のように横に広げていた。
リリーはともかく、クラリスが何をしたいのかはよくわからない。でもそれを問うような時間はなかった。とにかく矢が降ってきても刺さらないようにしなくてはいけないからだ。
呪文をかけたリリーを真ん中に、両端をセブルスとクラリスで守るようにならんだ。頭上にはあまり厚みのない岩を浮かせて“傘”に仕立てる。
ちょうどそのタイミングだった。こん、という音を立てて目の前の石に矢が当たり、そのまま地面に転がったのだ。
こん、こんとまさしく雨の降り始めみたいに、少しずつ矢の数が増えてゆく。
その間にもクラリスはローブコートの端をにぎって、もう一方の端をセブルスの方に投げて寄越すようなしぐさをしていた。
つまり、3人の前に掲げて盾のようにしようというのだ。
委細を承知したセブルスが空いている方の手でローブコートを張ると、つま先ギリギリのところに“吹き込んできた”矢が刺さったのが見えた。
これならどうにかしのげそうだ。
セブルスは自由浮遊の呪文が切れないように、汗のにじんだ手のひらで杖を握りなおした。矢から逃れられても、岩に潰されてはひとたまりもない。
(そういえば、2人は……?)
なりふり構っていられなかったので、シリウスとジェームズが何をやっているかまでは目が届かなかった。
2人は──、準備に出遅れたのか、崖下には来ていなかった。その代わりに、滝つぼを囲うようになっている木立のなかに姿が見えた。
似たような発想で頭上を守りながら、一本の木の幹に背をぴたりと沿わせるようにしてしのいでいる。ただ、大きな岩のある辺りからは距離が離れていたためか、彼らの“傘”はだいぶ小さいもののようだった。木立の枝はどれもばさばさと縦に揺れているので、そっちが矢を受け止めているのだろう。
「あっ」
3人の眼前で、矢が何か石みたいな大きさのものを地面に縫い止めたのが見えた。
ばたばたともがいている。……鳥だ。ほとんど矢羽に食い込むまで深く貫かれているのが見える。
串にさしたマシュマロを、持ち手の方まで突き刺せばこんな感じだろうか。子どもの手足なんかひとたまりもない。
背中にぞっと冷たいものが流れるような感じがする。もっとも、その感覚はこの日何度目かわからないほど経験している。そろそろ麻痺してきそうだった。
「ジェームズ!シリウス!こっちに……!」
唯一呪文を唱えていないクラリスが、大声で呼ばわった。しかし、2人の方には届いていないようだった。真ん前にある滝の水音が大きいからだ。3人が背を預けたのは切り立った崖のようなところで、3人が縦に並んだって届かないような高さから流水がなだれ込んでいるのである。時折しぶきが顔にかかって、その冷たさがセブルスには不快だった。
そのうちにクラリスも杖を抜いて呪文に加わり、3人が怪我をするようなことにはならなそうだった。
(どのくらい続くんだろう)
かんかんと断続的に続くかたい
空にはほとんど全体に分厚い雲がかかっていて、到底晴れそうな気配はない。幸いなのは、“雨足”が想像したよりも強くないことだった。
おそらくこのマスの意味は『プレイヤーは全員(今回の場合はジェームズとリリーのみ)強制参加、矢が刺さったら1回休み』なのだろう。
(そんなに長い時間じゃないはずだ)
これまでの内容はいずれもすぐに決着がついていたからだ。
セブルスは安全を確保できたせいですっかり気が抜けてしまった。呪文だけは手をぬかず、乱れた水面を眺めて待つくらいしかできることがない。“傘”からは何本もの矢が足元に転がり落ちていた。木の棒に石の矢尻みたいなものがついている。
自然と3人とも黙りこくっていると、突然何かかたいものがへし折れたような音がした。
木立の方だ。
顔を上げればすぐにわかった。
木々のてっぺんの方の枝がへし折れ始めて、そのなかでも太いものが地面に落ちたり、元々横曲がりだった木が砕けたり、折れて他の木にぶつかったりしているのだ。
ジェームズも状況は把握しているらしく、たびたび天を見上げては間近の木にうつって
それでも、そんなに長くはもたないだろう。
「──こっちよ!」
リリーが
それでもゲーム板をはさんで崖側に逃げた3人と、木立の方に逃げた3人ではかなり距離が空いてしまっている。
2人とも木立の一番外側には無事たどり着いたものの、リリーが差し伸べた岩には呪文が届かないようだった。
「なにか、できることは……」
なおも助ける手段を考えようとする彼女に、セブルスは首を横に振って見せた。呪文が切れてしまいそうなので口は開けないが、リリー抜きで“傘”を支えているのでも限界なのだ。
ジェームズとシリウスは何か相談し合っていたようだが、覚悟を決めたような顔つきになって、屋根のない川辺へとおどり出た。
まるで帽子で雨粒から身を守る時のように、折れた枝のようなものを籠手みたいに掲げて走りだしたのだ。
そのまま矢の間を縫うように駆け抜けたジェームズとシリウスは声をそろえて杖を振った。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ──自由浮遊!」
相棒だけあって息がぴったりだった。
2人はそのまま勢いを殺さず“傘”に飛び込み、“傘”ごと一気に崖下にまで到達した。矢の雨のなかを潜ってきたとは思えないくらいだ。
それ以上のトラブルは何もなかった。“雨”はすぐに止んだし、大怪我をした子はいなかった。
「……あれ?」
“雨”ざらしだったはずなのに傷ひとつないゲーム盤を5人が確認してみると、ジェームズのコマだけがごろごろと寝転んでいた。
1回休みだ。
プレイヤーでない3人は関係ないので、つまりジェームズは矢に当たってしまったということになる。
彼自身も気づいていなかったが、袖の一部がひじの辺りで真一文字に破れていたのだ。矢尻が
「無傷でいけたと思ったのに!」
ジェームズがくやしそうに歯軋りをしていた。
毎週更新は厳しそうなので、少しずつ進めていきまーす。
ここを書くにあたって映画ジュマンジを見てきました。亡くなったロビン・ウィリアムス版もドウェイン・ジョンソン版も。
あのすごろくはきっと魔法界から流出したものだな…(脳内コラボ)
RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?
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【活動報告】にあげて欲しい
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【本編】にあげて欲しい