セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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やっとアイデアがまとまりました。
次で決着がつく……はず。
2024/12/28短かったので次話と合体
2025/4/29 一部微修正済み


第三の試練 レイブンクロー寮5(第三の試練・了)(修正済み)

 

 

 

 それからも様々な出来事が起こった。生き物に襲われるのはもはや基本で、地震や突風、雷雨などの天変地異にもしょっちゅう見舞われた。

 フィールドも砂漠、洞窟、雪山など様々なところに塗り変わったが、そのたびにどうにか協力し合って乗り越えていった。

 

 やはり協力しあう人数が2人よりも3人の方が有利なのは間違いなく、勝負は少しずつリリーの勝利に傾きつつある。

 そうすると気になるのはジェームズの様子だ。2人は必要なら敵チームの妨害だってするだろう。少なくとも授業などで見かける限りはやっていた。

 今のところは何もないように思えるが、気にかけておくべきだ。

 

 リリーのコマはもうすぐゴールに届きそうな位置にある。あと8マスだ。説明書きによると、このゲーム板ではちょうどの目でなくても上がりとなる。

 

 次はリリーの手番だ。

 あまりもたついていると妨害されることも十分にありうるため、できれば大きな数字を2回出してゴールしたいところだ。

 そこで出た数字は"5"。

 光明が見えたのも束の間、リリーが進んだマスがとんでもない爆弾であった。

 

 

 

『ドラゴンの巣穴に迷いこんだ』

 

 

 

 

 

 

 5人は自然とぎゅうぎゅうと背中を預けあうようにして、ひと塊になった。チームの勝利だとか妨害がどうとか考えるより先に、全員が5体満足でゲームを終えるのが優先だからだ。

 

 このゲームは『ゴールしたら死んだプレイヤーでも生き返る』なんてルールはないのである。本当に死んでしまう。そのように説明書きがされていた。

 じっとりとした嫌な汗で杖がべたつく。

 

(ぼくらの手持ちの呪文でどうにかできるのか……!?)

 なにせ相手はマグル育ちですらよく知る"ドラゴン"である。

 目くらましくらいならできる。でもその後は?たとえば浮かせたり転ばせたりが通じる相手なのかどうなのかもわからない。

 

 塗り替わりはじめた先には、(かがり)火のような赤っぽい明かりが見えた。ごつごつとした岩がところどころで突き出ている、洞窟みたいなところのようだ。自分たちがいるのは縦に高さのある空間で、床の広さはホグワーツの大広間くらいのようだった。

 

(どこかに逃げられる場所は……?)

 セブルスがざっと視線を走らせると、5人から見て左側に1本だけトンネルがつながっているようだった。

 トンネルは今いる空間よりは狭いようで、アリの巣みたいになっているのかもしれない。そっちは壁も天井も妙につるつるとしていて、日頃からサイズぎりぎりの何かが出入りしているみたいだった。

 

 何か?それが何なんて決まりきっている。

 

 完全に塗り変わった足元に、枝のようなものが折り重なっていた。ぱっと見はとげとげした葉のついた枝だ。それらが何本も円をえがくように敷き詰められていて、鳥の巣みたいだった。中に入っているのは、薄い色の小さいのが5〜6匹と、ちょっとした丘のようなもの。

 

(眠っている?)

 一番危険だろう"丘"の方は丸く寝そべって目を閉じているようだった。

"小さいの"は自分たちでも何とか抱えられるくらいのサイズだ。大型犬くらいだろうか。よたよたと身体を動かしては、重たそうに巣に転がっている。目は開いているようで、つるりとした表面に火が光って見えた。

 

「……みんな」

 ジェームズの低めた声がして、セブルスは聴いているとわかるように頷いて見せてから、危険な生物の方に眼を戻した。

 

「逃げるよ」

 ジェームズはゲームボードからサイコロをポケットにうつし、そうっとボードをたたんだ。コマが上に乗っているのにレジャーシートみたくいとも容易く。

 

 シリウスはジェームズの援護のためか、一歩前に出て杖を構えた。

「──戦わないのか?」

「シリウス。ドラゴンにはマルフォイだって勝てやしないよ」

「──“眠れるドラゴンを”?」

「“くすぐるべからず”。騎士グリフィンドールならそうしたってことだな、わかったよ」

 これ以上ぴったりの状況があるだろうか。ひと口で自分たちをまとめて丸しぼりにできるだろう牙を見て、到底くすぐりに行こうとは思えない。

 

 ジェームズは畳んだゲームボードを『接着せよ(エポキシマイズ)』で背中に括りつけた。

「サイコロは別で持っていくの?」

「……切り札だよ」

 次の手番はジェームズだ。きっとオオカミの時みたいに追い込まれたら、一か八かで振るつもりなのだろう。

 

 こういう時こそあれがあれば便利なのに。

「透明マントを隠し持ってたり……」

「ないよ。ほんとうに残念ながら」

 その声色には後悔がにじんでいるようだった。セブルスにもその気持ちはよくわかる。あくまでゲームで勝負をつけてもらうだけのつもりだったから、有利すぎる道具は使わないように話し合ってしまったのだ。このゲーム(ルドー)をやる前に準備すればいいだけだったのに。

 

 そのまま5人は手近な壁のそばにそうっと背をつけ、ジェームズを先頭にトンネルの方を目指した。

 気がかりなのは、寝入っているでもない小さいのの方だ。子犬みたいにぴいぴいと鳴き続けながら転がったり、きょうだい同士で揉み合いながらころころと巣のなかを移動しているのだ。そのうち2匹はほんの目と鼻の先にいる。

 いつ親の目が開くかと気が気じゃなかった。

 杖を持っている方の腕が細かに震えているのを、セブルスはなんとかもう一方の手でおさえこんだ。

 

動くな(イモビラス)とかで動きを止めたりとかは……」

 (たま)らずそう囁き訊いたセブルスに対して、魔法界育ちの2人(ジェームズとシリウス)は揃って首を横に振った。とにかくダメだということは(わか)る。効かないという意味なのか、注意を引くなという意味かまではわからなかったが。

 

 5人は忍び足で、壁になりきるように背をつけて移動した。親はどうにか起こさずに済んでいるが、問題は"小さいの"だ。じゃれ合ったりよたよたと移動したりするのを止めることはできない。呪文を放って注意を引くわけにはいかなかった。

 

 だから、ふざけ合った2匹が5人の方に転がり込んでくるのを防ぐこともできなかった。できるのは、音を立てないように咄嗟に避けることだけだ。

 

 運が悪く2匹がリリーの方に倒れ込んだのを見て、庇うようにして前に立ったのはシリウスだった。音を立ててはいけないと忘れてしまったような俊敏さだ。

 

 親は──目を開けるような気配はない。

 全員、自然と仔ドラゴンの(かげ)に隠れるように身を屈めた。親ドラゴンが起きないように、起きても見つからないように祈るしかできない。

 

 リリーを逃したシリウスの膝の辺りで、仔ドラゴンの口元から炎がぽっと散ったのが見えた。

「づっ……!」

 (あぶ)られるとは予想外だったのだろうシリウスは、とっさに出たうめき声を噛み殺しきれていなかった。天井が高いせいか、存外に大きく響く。

 

 全員が息を殺して地面に伏していると、"小さいの"のむこうで大きな影がゆらめいたのがわかった。ぬうっと伸びてきた牙先が、小さいのの様子を確かめるように何度かつっつく。その『あぎと』から漏れでた生ぬるい空気が、自分のフードにかかるのがわかる。セブルスは心臓が重くどくどく脈打って、そこから手足に震えがつたっていくのを止められなかった。

 

 やがてドラゴンが首を引っ込めたらしく、うなり声が遠くに戻ったのを確認してから、セブルスはそっと顔をあげた。

 誰かが喰われたような様子はない。

(……全員無事みたいだ)

 

 しかし前進することもできなかった。いつ"大きいの"の注意を引いてしまうかもわからないからだ。もう一度眠るか、せめて注意がこちらに向かないように待たなくては。

 だから、その場で動いているのは、まだもみ合って遊んでいる"小さいの"だけになった。

 

 ころんと転がったのが何回目か、小さいのの一匹は親の方に戻り、もう一匹だけがぴいぴいと鳴いていた。こっちも親の方に戻れば、脱出できるチャンスが来るはずだ。

 その"小さいの"の近くにいるのはジェームズだ。彼は先頭に陣取ったまま身を伏せていて、この巣穴からのびた通路(トンネル)までほんの二、三歩だった。

 ぴい、ぴいと鳴いた仔は、自分のしっぽにじゃれつきながら、ジェームズの目の前、つまり通路の方に転がった。

 

 次の瞬間、ぬうっとした大きな影が横合いから通り抜けて、その"小さいの"をさらっていった。

(──え?)

 すぐそばにいたはずのジェームズも消えた。

 

「走れ!──滑らせよ(グリセオ)!」

 シリウスは言うが早いか、呪文を親ドラゴンの方にかけた。射線の先にはドラゴンの手──いや、そこに掴まれたジェームズがいて、するりと(ぬるりと?)抜け出したところだった。"小さいの"ごと。

 

 どうやら親ドラゴンが自分の仔を抱き寄せたところに、ジェームズも巻き込まれたらしい。彼は自分達とは反対側、巣穴の奥の方に追いこまれてしまっていた。親ドラゴンの丘みたいな身体が邪魔で、ジェームズの姿がよく見えない。

 

 ドラゴンは出口側のセブルスたちよりも、小さいのに近付いているジェームズを敵に定めたらしい。大口を開けて今にも食らいつきそうにしていた。

 

 シリウスは何度も滑らせよ(グリセオ)を地面にかけていた。ドラゴンの表皮は魔法を弾いてしまうためだろう。だが地面がつるつるになってはジェームズだって走って逃げられない。その結果、どうにか獲物をつかまえようというドラゴンと、立ち上がれないままのジェームズが、どんどん奥の方へと向かってしまっていた。

 

「あぶない!」

 リリーが悲鳴のような声をあげた。ドラゴンがジェームズの方に首をのばして、ばくりとその大口を閉じたのだ。

 ジェームズはなんとか身をよじって避けている。

 

 やがてイラついたように、何度もジェームズを噛み砕こうという大口が襲いかかった。その度にジェームズは転がったり、時には小さいのを盾にかざしながら逃れていた。

 

 ジェームズを助け出そうとしていたのはシリウスだけではない。

 こういう時に役に立たないクラリスはともかく、リリーも手持ちの呪文を使っていた。

「インカーセラス──縛れ!」「レヴィオーサ──浮かべ!」「イモビラス──動くな!」

 どの呪文も効果は今ひとつだった。縛ってもロープは寸毫も動きを止められずに千切られるし、巨体は重すぎて持ち上がらない。1年生がドラゴンをどうこうできる呪文を使えるわけがないのだ。

 

 セブルスだって黙って見ていたわけではなかった。狙いをつけながらタイミングを見計らっているのである。

 ドラゴンが首を持ち上げて咆哮をあげた瞬間、セブルスは呪文を撃った。

「エポキシマイズ──接着せよ!」

 

 狙ったのはドラゴンの口の中だ。

「エポキシマイズ──接着せよ!エポキシマイズ──接着せよ!エポキシマイズ──接着せよ!」

 舌や牙同士がくっつくようにひたすら撃ち込んだ。親ドラゴンが口を閉じるまでだ。シリウスも加勢して「固まれ(デューロ)!」と閉じた口が開かないようにしていた。

 

 その間にジェームズはというと、呪文のわずらわしさにドラゴンが注意を逸らした瞬間、すぐそばにいた"小さいの"を一匹捕まえた。

 

「エポキシマイズ──接着せよ!」

 抱え上げた"小さいの"を自分のローブに接着したところで、巨体の主は事態に気づいたらしい。ジェームズはにやりと笑いかけて"小さいの"に杖を突きつけている。

 安全に自分たちと合流するのが狙いなのはセブルスにもわかったが、悪者みたいだった。

 

「お前が動かなければ、子どもには何もしないよ」

 ──ますます悪者っぽい。

 

 言葉が通じたのかどうか、大きいのは腹立たしそうに前脚で地面を引っ掻いただけで、ジェームズがじりじりと移動するのを睨んでいた。その口元の固まれ(デューロ)は塗りたてのペンキみたいに垂れている。

 

(……口の中は接着できてるのか?)

 ここからでは(うかが)い知れない。気が変わったドラゴンがいつ(まる)(かじ)りにするかもわからなかった。4人にできるのは、そうならないようじっと待つことだけだ。

 

 ジェームズが何歩か進み、小さいのが密集しているところに足を踏み入れた時だった。

「くそ……!どいてくれ」

 ほとんどジェームズと体長が変わらない小さいのが一匹、彼によじ登りはじめたのだ。小さな仔には人質(竜質?)をとったなんて解らない。だからジェームズが捕まえている一匹にしがみつくようになっていた。

 下に引っ張られる()質を手放さなければ重みで転んでしまうだろう。しかし手放せば親がすっとんで来てしまうのだ。おまけに、小さいのにも接着の呪文が上手くつかない。

 

──どうにかしないと。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ──自由浮遊!」

 セブルスはなんとか新たに乗っかった仔を持ち上げようと、"小さいの"に呪文を撃った。が、距離があるのと巨体の背中が邪魔でうまく狙いがつけられなかった。代わりに近くにいた別の一匹がふわっと持ち上がって、それからすぐに力が霧散してしまったようだった。

 

「ジェームズ!滑ら(グリ)──」

「よけて!」

 唱えかけたシリウスをクラリスが引っ張り倒すと、その上を大きなものが横切っていった。直後、大きな振動とともに岩壁にヘコみができる。

 

 シリウスの呪文に割り込んだのは、思い切り振られた親ドラゴンの尾だ。邪魔をするなということだろう。そのまま4人などに目もくれず、首をのばして標的に噛みつこうとした。

 狙いは、とうとう"小さいの"に引っ張られて転んだジェームズだ。

 

 だが、その口は開かれず、そのまま近くの地面に勢いよくキスをしてくぼみをつくった。

 それからもドラゴンはむずかるように首を左右に振ったままだ。

(……接着でくっついてる?)

 

 好機とみて駆け出したジェームズを、しかしドラゴンは前脚をたたきつけて進路をふさいだ。

 ジェームズは焦ったように周囲を見渡しているが、"小さいの"はジェームズの手に届かないところまで退()げられている。人質作戦はつかえない。

 

 そのまま、ドラゴンが背中をそらして深く息をすいこむのが見えた。

(火を吹くつもりなのか!?)

 さすがに自分の仔もろともジェームズを焼くつもりはないだろうが、接着した部分なんてすぐに燃え尽きてしまうだろう。そうすればジェームズはかじられて終わる。

 

 そうはさせじと4人は繰り返し呪文を撃ったが、どれもドラゴンの背中の鱗に弾かれるだけだった。

 そのなかで、セブルスは巨体の動きを注視していた。

 少しでもスペースが空けば、隙間から小さいのを一匹盗み出せる。そうすればジェームズから注意をそらすことができるし、こちらに引きつけているうちにジェームズが合流すればいい。

 

 一方でジェームズは血相を変えて、ポケットの中身を取り出した。

 何もしなかったら死ぬかもしれない。だったら一か八かに賭けるべきだ。

「エバンズ!拾ってよ!」

 ジェームズはそのままサイコロをリリーに向けて投げた。

 

「ええ!」

 彼女は他には目もくれず、ほんの指先くらいの白いものを追った。見失ってしまった場合、ジェームズの背負っているゲーム盤に出現したのを使うしかない。だから目を皿にして、次に危険なことが起きた時にすぐ振れるよう確保しておかねばいけないのだ。

 

「"4"よ!」

 リリーがそう声をかけて無事サイコロを拾い上げた。

 ゲーム盤を畳んだ状態で動いてくれるものだろうか。そして動いたとしても、出た目で何を命令されるものかは確認できない。何が起こるのかを待つしかなかった。

 結果はすぐにわかった。

 

 ずん、と地響きのような巨大なものが落ちたような轟音がしたからだ。

(……地震?)

 それにしてはどん、どんと断続的な響きだ。まるで何かが壁の外からぶつかっているような──。

 

「リリー!」

 嫌な予感がして、セブルスはリリーの腕を引っ張って壁際に身をよせた。

 

 どこか近く……この“部屋”の外から岩が砕けるような振動がして、“通路”から巨大な四つ足のものが飛び込んできた。

 ぱっと見はゾウかサイみたいだった。大きさを倍にしたらそのくらいかもしれない。それは減速せずに通路からまっすぐ壁にぶつかった。鼻先についた剣みたいに長い角が突き刺さっている。

 

(魔法生物……?)

 次のマスで出現したものだろうか。ドラゴンはともかく、どこかの授業で習ったかどうかも判然としない。

 

 その動物が突き刺さった岩が突然内側から膨れるように弾けた。それでも当の大サイは怪我ひとつなくけろりとして、体を震わせて(ちり)を落としていた(知っている者が見たら『エルンペントだ』とすぐにわかっただろう)。

 

 その場の全員が杖を構え、親ドラゴンすらも警戒するようにゆらゆらと首を揺らしているようだった。

 マスによって出てきたのなら、この動物に何かしなくてはいけないという事になる。たとえば“やっつけろ”もありうるし、“守れ”も“一定の時間(たとえば5分)避け続けろ”だって考えられる。

 

 大サイはその場の全員をぐるりと見渡して、ジェームズに目を留めた。そのままジェームズの正面に向くよう体勢を変える。ということは、彼が狙われるような内容なのだろう。

 べつにここで1回休みになってもいい。ジェームズが無事に逃げ出せるのなら。

 

 ジェームズは親ドラゴンを大サイへの盾にするように壁際を移動していた。

 (ひづめ)のようなもので地面を掻いている大サイに向けて、間に立たされた親ドラゴンがまた深呼吸するように息を吸ったのが見えた。

 

──このままじゃ自分たちも丸焦げになる。

 セブルスたち4人は慌てて通路の方に駆けた。足を火傷しているシリウスには、クラリスが肩を貸して。

 

 熱風が“部屋”から通路に噴き出すのと、大サイが唸り声をあげて突進したのは同時だった。

 

「……ジェームズ、抜け出して来られるかしら」

「注意は逸れたけど、あそこを抜けるのは……。何とか助けに行かないと」

 助けられるものだろうか。さっきよりももっと危険になったのに。

 

 みんなで“部屋”のなかを(うかが)うと、ドラゴンの爪と大サイの角がぶつかり、ドラゴンが押し負けたところだった。そのまま大サイが突進しようとすると、ドラゴンが尻尾で薙ぎ払って壁にたたきつけた。

 

 巨体が2つもぶつかり合って、しかもどちらも目一杯ちからを振るうものだから、どっちがどこに弾き飛ばされてしまうかなんて予測できなかった。もっと言えば火の息や爆発がいつ飛んでくるかも(わか)ったものじゃない。

 

 安全と呼べるところが唯一あるとすれば、小さいのの密集したところだろう。ドラゴンは全力で子どもを守ろうとするに違いないからだ。

 しかし、決着がつくまでそこで待たせるわけにもいかなかった。ドラゴンに死なれたら次はジェームズが大サイに狙われる番になるし、ドラゴンが勝って今度こそ喰われても困る。

 

「クラリス。何か……使えそうな歌はないか?」

 シリウスは真剣な表情でそう問いかけた。

「眠らせる歌だとあいつらより先にジェームズが寝るかもしれないからダメだ。だからそれ以外で何か……動きを止めるようなのは」

「ないことはないけど……、それだってジェームズが巻き込まれちゃうわ。それに、効くかどうかだって」

 

「呪文をかけるよりはマシだ。……やってくれ」

「でも……」

 クラリスの青白くふるふると震える手を、リリーが上からぎゅっと握った。

「大丈夫。私もいっしょに行くわ」

「……うん」

 

 それからもいくつか役割分担をしてから、4人は『ジェームズ救出作戦』を開始した。

 

 

 

 

 セブルスは通路の陰から“巣穴”の様子を見ていた。

 

 2頭は先ほどまでと変わらず大暴れしている。

 ドラゴンが火を吹くたびに()()()()した熱気が時おり流れ込んでくるが、大サイ(エルンペント)は意に(かい)していない。真正面からドラゴンへ突撃しては()()()()たり避けられて、めりこみ続けた“巣穴”の壁はヘコミでいっぱいになっていた。

 

 近くにいるのはシリウスだけだ。リリーとクラリスが猛獣たちの目が届かない、通路の向こう側へと移動したためだった。クラリスは猛獣の目の前では呪文はおろか、歌すらも満足には使えない。

 

 ジェームズはというと、縛れ(インカーセラス)でドラゴンの背後、首の付け根に胴体を括りつけて(しの)いでいた。ちょうどネックレスのヘッド(先っぽ)を後ろ側にまわしたような感じだ。

 今のところ牙からも爪からも、火の息からも逃れられている。欠点があるとすれば、ドラゴンがなにか動く度にぶらんぶらんと揺れてしまうところだろうか。なんとかしがみ付いてはいられているようだが、長時間におよべば滑落(かつらく)してしまうかもしれない。

 

「イモビラス──動くな!」

 シリウスが呪文で止めようとしているが、距離があるせいで上手くいっていない。

「ヴェンタス──風よ!」

 一方でセブルスは、少しでも自分たちのそばから熱気を散らそうと杖を振った。

 

 ──ジェームズを救出する算段はこうだ。

 

 クラリスは歌いながら、通路をこちらに進んでくる。リリーはその援護のためいっしょについてくる。不測のトラブルで歌が途切れないようにする役だった。

 シリウスは歌で動きを止めた猛獣たちをすり抜けて、ジェームズの救出に向かう。これはシリウスの立候補だった。

 もしもシリウスの救出中にアクシデントが起こったら、猛獣たちの注意を引く、もしくは動きを止めるのはセブルスの役目だ。可能なら合流したリリーも加わる予定だった。

 

 あの大サイにだって並の呪文が効くかどうか、かなり怪しい。なにせドラゴンの火の息を思い切り浴びてもけろりとしているのだ。何を使えばいいのだろう。不安で胸の中に冷たい錘(おもり)が垂れ下がっているみたいだった。

 それでも、とにかく何かするしかない。

 

 セブルスと同じく“巣穴”の方を見張っていたシリウスが、不意になかに向けて杖を振った。

「インカーセラス──縛れ!」

 仔ドラゴンを踏み潰しそうになった大サイの足元に、シリウスは縄を引っかけていた。うっとうしそうに大サイが足を引いて縄はあっけなく千切れたが、一瞬動けなくなったのを見逃すドラゴンではない。飛びかかって爪を振るうと、大サイの横腹に跡がついた。

 

 すぐにでも食われてしまいそうだが、まだ決着がつくには早すぎる。

 

「グリセオ──滑らせよ!」

 シリウスは今度はドラゴンの足うらを滑らせた。なんとか踏みとどまったが、その隙に角を刺されそうになって、羽ばたいて逃れていた。成竜が飛びまわるほどの高さはないので、頭をぶつけそうになりながら。有効そうな呪文が滑らせよ(グリセオ)くらいしかないので、どうしてもシリウス頼みになってしまっている。

 

 歌声はまだ風にまじってかすかに聞こえる程度だ。セブルスの身にすら何の効果もあらわしていない。

 

 もしもクラリスが到着しなくてもジェームズが脱出できるならそれでいい。だからセブルスもシリウスも、いいアイデアが浮かんだら実行にうつすつもりでいた。

 取り寄せ呪文(アクシオ)があれば簡単だが、本来1年生が使える呪文ではない。4人の誰も使えなかった。風よ(ヴェンタス)や滑れ(グリセオ)だって難しい呪文なのだが、それらは数えるのに片手で足りるほどの例外なのだ。

 

 ジェームズを脱出させるためには、どうにかして2頭ともを通路(こちら)の方まで近づければいい。ドラゴンだけを引き寄せられれば最高だが、“部屋”の奥にいる仔を守るのに必死になっているのだから、なかなか奥からは出てくるまい。

 

 ──ならば、不意をついて2頭同時に移動させたらどうだろうか。

 

 セブルスは頭のなかで手持ちの呪文の組み合わせについて考えをめぐらせた。

 たとえばシリウスがグリセオ(滑らせよ)をかけて、セブルスが2頭にインカーセラス(縛れ)で首縄をつけるというのはどうだろう。そのまま引っ張ればいい。

 問題は、あんな巨体で()()中身のつまっているだろう生き物を動かせるほど、つるつるにできるのかだ。

 

「シリウス──」

 この思いつきを検討しようとセブルスが口を開いた、その時だった。

 

 背中におもいきり氷水を浴びせられたような感覚がした。

 それはまるで猛獣がもう一頭近づいて来ているような、恐ろしさだ。

 

(まさか、ドラゴンがもう一匹戻ってきた……!?)

 ドラゴンだって(つがい)で暮らすのだろう。子どもがいるなら。それなのに今この“部屋”にいるのは片方だけだ。

 たとえば雛鳥を育てるつがいの鳥なら、別々に巣を出て餌をとってくることだってあるはずだ。もう片方が今さら戻ってきたって不思議じゃない。

 

 恐怖に(うと)そうなシリウスすらも、杖を“通路”の方に向けるほどだ。同じように嫌な感じがあったのだろう。

 

目を見合わせてから、セブルスはシリウスともども“部屋”に飛び込んで、すぐわきの壁に背をつけた。

 中の連中に襲われるかも、なんて考えは吹っ飛んでしまって思いつきもしなかった。

 

 猛獣たちすらも目の前の敵と打ち合うよりも睨み合う方が増えている。しかも通路を気にするように耳をせわしなく動かしていた。

「何が来る……?」

 ドラゴンのそばを通り抜けた時のように、セブルスの体の中から震えが湧きだした。しかし耳を澄ましてみても、大きな生物がいるような気配はない。

 

「……何の音もしない」

「いや、待て。……ノックみたいな音が」

 定期的に小さなものが地面をたたくような音がする。通路を覗き込んでみると、小柄な影が道の向こうに見えた。

 

 見慣れたはずの夜空のような髪色が、暗がりにゆらゆらと揺れている。それが今にでも触手のように食いついてきそうだった。

 いや、違う。彼女の髪(羽毛)にそんな能力はない。

 それなのに、同じ色のひとみがぎょろりと動くのが怖い。クラリスが自分たちの姿を捉えたら何をしてくるかわかったものじゃない。

 

 セブルスは彼女の視線に捕まる前に、つい頭を引っ込めてしまった。

 事前に“恐怖の歌”と聞いてさえいなかったら、偽物だと勘違いして呪文を撃っていたかもしれない。

 

「あれ、本当に歌のせいなんだよな……?」

「そのはずだ……けど」

 セブルスだってクラリスに恐れを抱いたのはこれが初めてなのだ。本物だとはっきり口に出せる自信はなかった。

 

 一歩、一歩と歩くたびにうす暗闇に足音が響く。

 そのなかで響きわたる歌声は、猛獣の唸り声のようだ。

 ゆったりと歩んでくるのが、猛獣の王さまが虫けらなど気にしていない(さま)に似ていた。

 

(リリーは……?本物ならいるはずだ)

 通路の奥、クラリスの背後の方をよく見てみると、リリーが少しあいだを空けてついて来ていた。彼女も音を立てないように抜き足差し足している。ジェームズがドラゴンを盾にしていた時とそっくりだ。

 

 やがて“部屋”に入ってきたクラリスを中心として、猛獣たちもセブルスたちもじりじりと後ずさった。

 リリーもだ。彼女は部屋に入ってくると走ってセブルスのそばへと逃げ込んできた。その顔にかかった赤毛はいつもより(くら)い気がする。

 

 クラリスは3人の方から顔をそむけて、ドラゴンと大サイと輪をつくるように立った。2頭とも攻めあぐねているようで、動きがうまく止まっている。

 一方でジェームズはどうやら動けはするらしい。呪文の縄をほどいてドラゴンの背中側から降りた。そのまま“3体”が輪になって睨み合っているのを尻目に、こっそりとクラリスの方に移動する。

 

 クラリスは歌い続けたまま立ち止まり、ジェームズの脱出を待っている。救助役のシリウスも彼女の後ろについて、備えていた。

 

──ここまでは計画通りだ。

 

 ジェームズが仔ドラゴンの集まっているところを通ってゆく。

 ドラゴンが仔たちを害されないようジェームズに威嚇したが、すかさずクラリスが一歩前に踏みこんで睨みをきかせた。その隙にジェームズは一匹をふたたび捕まえる。

 

 大サイとドラゴンがやり合っていたのは、本来の標的であるジェームズがドラゴンの陰に隠れていたからだ。つまり何も対策せずドラゴンの背から出てしまったら、ジェームズが大サイからだけじゃなくドラゴンからも狙われるかもしれない。

 だからドラゴンが襲えないように人(竜)質をとったのだろう。しかも大サイが襲いかかってきた時に守ってもらうことだってできる。

 案の定、大サイがひづめを鳴らし始めると、ドラゴンが前足で脅すように地面をたたいた。

 

 微妙な均衡を保ったまま、ジェームズがドラゴンとその仔たちから離れる。すると、大サイが唸り声をあげてジェームズに向き直った。

 ふたたびクラリスが前に一歩出る。

 大サイも怯むように身をすくませた。

 

 このままなら脱出はできるはずだ。

 ジェームズが小走りになって、そばに何もいないところからクラリスのそばに向かった。

 

 すると、怯えていたはずの大サイが突然いきり立って咆哮をあげた。悲鳴のような必死な声色のあと、前方に突進する。

 狙いは──ジェームズではなくクラリスだ。

「──ドラゴンに狙われろ!」

 セブルスが使うことを選んだのは、以前“エイダ”の使っていた、生き物に狙われる呪いだった(正式な呼び名がわからないので“真星(まぼし)(標的)の呪い”としている)。

 

 かかったような手応えは──ない。

 うまく掛かっていればドラゴンが襲いはじめるはずなのに、そんな気配はなかった。

 

 それでも悪態もつく暇もない。シリウスが彼女の腕を引っ張って、無理やり横倒しにするように避けさせた。大サイはそのまま壁にぶつかる。

 しかし、今度は無事に避けられたとは言いがたい。シリウスが痛みをこらえるような(うめ)きをあげていた。

 サイの角で破砕してこぼれ落ちた壁の一部が、彼の足首を押しつぶしたのだ。

 

 歌は──消えてしまった。

 

 急いで助け出さないと、囚われの身が一人から三人に増えてしまう。

 

 サイの方は、ふたたび本来の標的であるジェームズに目をうつした。そうなるとドラゴンだって黙ってはいない。威嚇するような鳴き声をうけた。

『うちの仔に手を出したら殺す』とでも言っているようだ。

 

 そのためか、大サイは別の生き物に目を留めた。──“危険かもしれない”生き物を先に狙うことにしたようだ。

 つまり、走れなくなったシリウスに肩を貸した小柄な女の子を。

 

「リリー!きみは隠れて!」

 そうと呼びかけてから、セブルスは急いで思いつく限り呪文をかけていく。

 その中のひとつ、接着呪文を目に当ててまぶたを引っつけることには成功したようだ。クラリスを見失った大サイは無理やり壁に頭を打ちつけるようにして暴れている。

 

「シリウス!グリセオ(滑らせよ)を使え!」

 セブルスは指示をとばしてから、うまく呪文を当てるためにそのまま2人の方に駆け出した。

 

「グリセオ──滑らせよ!」

「インカーセラス──縛れ!」

 シリウスの呪文に合わせたセブルスは、2人の胴体にまとめて巻きつけたロープを思いきり引っ張った。そこに大サイが追いすがってくる。

 

 セブルスはそのまま”部屋”から2人を”通路”にほうり出し、自分も通路に出た。強風が肩をかすめていく感触の直後、“部屋”の壁の一部がまた音を立てて崩れたようだった。

 すぐに“通路”にまで入ってくるだろう。

 

「おい」

 クラリスと何事か話し合っていたシリウスが、覚悟をきめたような顔をしていた。

「セブルス。さっきの呪いをおれにかけろ」

「……なにか手があるのか?」

「なあに、ちょっとした……いたずらだよ」

 

 

 

 

 地響きのような激しい音を背後にして、大サイが曲がり角を粉砕した。

 何度目かの破裂音だ。真っ直ぐにしか走れず、減速も難しいのだろう。アリの巣みたいに、細くぐねぐねと曲がった“通路”では余計にそうだ。

 呪いの効力で標的となったシリウスを上手いこと追いかけて来ているようだった。

 

(早くリリーのところに戻らないと)

 あっちはあっちでドラゴンと対峙しているはずだ。うまく“通路”に出られていたらいいが、ドラゴンだって追いかけて来るかもしれない。

 セブルスは“通路”の壁を背に隠れていた。

 

 肝心のシリウスは“通路”の『ど』真ん中に立って、大サイを待ち受けていた。足を負傷しているので走るのは難しい。誰も治癒呪文やハナハッカ液を持っていなかったので、治せないのだ。それでも彼は不敵に笑んでいるようだった。

 

──勝負は一瞬でつく。

 

 通路の向こう、正面から大サイが突撃する構えを見せている。

 気分は早撃ち対決だった。西部劇でよくあるやつだ。シリウスとサイが決闘者なら、自分たちは建物からのぞく見物人だろうか。

 

 巨体が駆け出してぐんとトップスピードになった。

 機をはかるのはシリウスではない。

 こっちだ。

 

「レヴィオーサ!──浮遊せよ!」

 サイの角スレスレのところでシリウスが真上に飛びあがった。セブルスが放った浮遊呪文で。

 

 標的から()れても大サイは止まれない。

 そのまま、奥の“部屋”に突っ込んでいった。“小さいの”がたくさんいた巣穴よりも少し小さいところに。

 

 間もなく、けたたましい悲鳴のようなものや、がりがりと岩壁を削るような衝撃があった。ぞうの鳴き声にも似ているが、大サイがあげたものだろうか。ドラゴンの声とは違う気がする。

 

 ──そこは別のドラゴンの“部屋”であった。仔はいない。

 つがいなのか、それとも仔ドラゴンのきょうだいなのか、まったく血縁でないのか。さっぱりわからなかった。

 いずれにせよ、守るべきもののないドラゴンは遠慮なく大暴れしてくれているはずだ。

 

 その“部屋”を見つけたのはクラリスだった。歌うためにうんと危険から遠ざかることを選んだ彼女とリリーは、アリの巣みたいな道中でその“部屋”を見つけたのだった。

 

 セブルスが暗がりに目をこらしていると、大サイが()()、と横倒しになったのが見えた。そこに爪を立てられるところも。

 さすがにこれで決着がついただろう。

 

「……終わった」

 セブルスは“部屋”の方に呼びかけると、暗がりからクラリスが出てきた。彼女は闖入者が入っていくまで中のドラゴンを眠らせていたのだ。

 

 ぶるりと身を震わせたクラリスは、怯えたように眉をハの字に下げていた。

「──呪いはちゃんと解けるのよね?こっちのドラゴンにまで追いかけられちゃったら……」

 

「心配性だな。べつに平気だよ」

 狙われる張本人のくせに、シリウスは呑気(のんき)に言った。

 

 

 

 

 一方その頃、残されたリリーとジェームズも危険と対峙していた。

 

 すでにジェームズは仔ドラゴン側から抜け出してリリーの隣に立っている。

 大サイがクラリスに標的を変え、母親ドラゴンの注意がそちらに逸れた隙に、セブルスの真似をしてロープを伸ばしたのだ。あとはドラゴンの股の下を通すようにして引き寄せるだけだった。

 

 救助と並行するようにして、大サイが3人を追って“通路”に出て行った。リリーもまた、合流したジェームズを助け起こしていっしょに駆け出した……のだが。

 リリーの目の前で、大きな影が“通路”の天井を殴りつけたのだ。ドラゴンの尻尾だった。

 たたらを踏んだ2人の目の前で、出口の天井が崩れはじめる。

 みるみるうちに土砂で埋まっていくのを、リリーは呆然(ぼうぜん)と見つめていることしかできなかった。

 

 あとは“通路”に出られさえすればゲームが続行できるところだったのに。

(……逃がさないつもりなの?)

 

 棒をのんだように立ち(すく)竦んでしまったリリーを(かば)うようにして、ジェームズが前に立った。彼が確保していた仔ドラゴンは、走るのに重荷だったので地面に離してしまっていた。

「さがって!」

 親ドラゴンが警戒するように身を低くしていて、今にも飛びかかって来そうになっている。

 

(逃げなきゃ……!でもどこに……)

 他に穴を掘る?爆発呪文も粉砕呪文も使えないのに。

 

「こっちだ!」

 ジェームズは不気味に自分たちを狙う目に晒されても、諦めていない。その背にくくりつけたゲーム盤を、呪文で仔どもたちの方に吹き飛ばした。

 仔の一匹がそれを鼻先でつつくと、ぱたぱたと折り畳まれたそれが広がった。

 

 ぎゃあ、とドラゴンがそれを押しのけている間に、ジェームズは「エクスパルソ!」と呪文を唱えたが、上手くいかないようだった。爆発呪文はまだ満足に使えないのだろう。

「フラクト・ストレイタ──突きくずせ!」

 塞がった出入り口は、そんなものではビクともしない。

 

 ドラゴンがゲーム盤を前歯でほうり投げ、踏み潰したのが見えた。魔法のゲーム盤は壊れないので心配はいらない。

 何度も踏みしめても素通りしてしまうのがわかったのか、ドラゴンは吼えて火を吐きかけている。

 

 まだ注意がこちらに来てはいないが、それもいつまで保つのかわからない。

 このまま少しでも長く囮になっていて欲しかった。

 背中にびっしょりと汗が吹き出してきて、リリーは気圧されないようにドラゴンから目を逸らさないのでやっとだった。

 

「……エバンズ、見て」

 彼の指の先をたどると、リリーの方のコマがプレイヤーを急かすようにぴょんと飛び跳ねていた。

 つまり、ジェームズの出目──大サイの順番が終わったのだ。制限時間切れか3人がやっつけたかで。

 

「振って」

「でも……!」

 2人しかいないのに、また化け物が現れたら今度こそ助からない。逃げ場がないのに。

 自分だけならともかく、ジェームズの命まで委ねられて失敗なんて許されない。サイコロを握った手のひらが、汗でひどく冷たかった。

 

 リリーが躊躇(ためら)う間にも、ドラゴンはゲーム盤に危険がないことを調べ終わって、2人の方に近づいてきていた。

 

「──こっちだ!」

 ジェームズが杖先に光を灯して注意を引きながら、ドラゴンの前に飛び出していった。せっかく命からがら逃げられたというのに、また立ち向かうことに迷うそぶりもない。

「エバンズ!振るんだ!」

 彼は絶体絶命だった時にすぐにサイコロを振っていた。そう決断していた。でも、その肩に4人の命が載っていたわけじゃない。

 

 ジェームズがドラゴンを引きつけているのに、リリーはまだサイコロを投げられなかった。

 手の震えが止められない。

 

「──リリー!」

 崩落した“通路”の方から声がした。

 

「3人とも!無事だったの」

 向こうからも呪文をいくつも試しているが、いまいち結果には結びついていなかった。石をひとつ抜いても、抜いた端から土砂で埋まってしまう。

「少し待ってろ!すぐ合流する!」

 シリウスのその声は、ドラゴンの吐いた火の息吹でかき消された。

 

「──エバンズ!」

 急いで戻ってきたジェームズがリリーの腕を引っ張った。ドラゴンはまだ通行止めの向こうにいる3人を気にしているようで、近づいてくる気配はない。

 ジェームズはリリーの両肩に手をのせるようにして、語りかけてきた。

 

「いいかい、このぼくがきみに命を預けると決めたんだ。だったらきっと上手くいく。いかないわけがない。たとえ悪い結果でもだ。ぜったいに上手くいくんだ」

 ジェームズが決めたからって何もかもが上手くいく?

 こんな時なのにジェームズの物言いがおかしくて、リリーは思わず吹き出してしまった。

「何よ、それ」

 

「みんなが揃ったんだから、悪い目を引いたってなんとかなる。なんとかできる」

 そう言って、ジェームズは力づけるようにリリーの手をぎゅっと握った。ドラゴンなんて気にするまでもないとでも言うように、にっこりとした笑顔を見せたまま。

 

「──ぼくはきみを信じる。だからぼくらを信じて、()()()

 

 シリウスは土の壁を殴っている、もしくは蹴っているようだった。セブルスは「シリウスの呪いをもっと強くしよう」と提案し、クラリスは「穴が空いたら歌うわ!だからなんとか逃げて!」とこちら側に呼びかけていた。

 もちろん目の前には自分をかばおうというジェームズがいる。

 

 みんながリリーを絶対に助けようとしている。

 だったらきっと……とても危険な目を引いてしまっても力を合わせれば乗り越えられるのかもしれない。

 きっと誰もリリーを責めたりしないだろう。

 

(わたしも……みんなを助けたい)

 みんなが自分を助けようとしてくれたみたいに。

 誰も傷つけさせたくなかった。

 

 胸につかえていたものが(ほど)けてゆくように、リリーの震えはいつの間にか収まっていた。

 

()()()()()。──私たち、絶対に帰れるわ」

「もちろんだ」

 ドラゴンの牙がせまっても小揺るぎもしない彼の隣で、リリーは白い石をほうった。

 

 

 

 

 

 

 ぐにゃぐにゃに歪んだ景色がすっかり落ち着いた頃、5人はレイブンクローの“小部屋”に立っていた。

 先ほどまで薄暗い巣にいたせいか、暖炉のある部屋はやけに明るく見える。

 彼らを隔てていた土砂も洞窟も、まるで初めから無かったみたいだった。ドラゴンの姿だって宙に掻き消えてどこにも残っていない。

 

(……帰ってきた)

 崩落に阻まれて何が起こったのかは見えていなかったが、きっと優勢だったリリーがゴールしたのだろう。

 セブルスは肩に乗っかっていた重たいものが取れたようで、長い息を吐いた。

 

「リリー!」

 真っ先にリリーに駆け寄ったのはクラリスだった。

「よかった……」

 涙声だ。セブルスにもよくその気持ちはわかった。自分が女の子だったらきっと同じようにしていただろう。

 

「ぼくには何もないの?」

 不服そうなジェームズに、クラリスは「負けた人にはないの」と軽く返事をしていた。リリーに甘えるように身を委ねている彼女は、無事に帰って来られて喜びに満ちた声をしている。

「手厳しいね」

 

 5人はようやくゲームが終わったことを実感しはじめて、なんとなく緩んだ雰囲気になった。

 とすると、走りまわってへとへとになっていたことにも思い至る。ひと眠りしたいくらいだった。みんなも同じようでその場に足を投げ出して座りこんだ。

 時間は勝負をはじめたのと同じ、夕食前のままだ。

 

 あーあ、と隣にいるシリウスが大仰(おおぎょう)にため息をついた。

「……この勝負はリリーの勝ちか」

 

「そういえば()()()ことを何もしてなかったわね、2人とも」

 クラリスが意外そうにそう尋ねると、ジェームズは心外そうな顔になった。

「死にそうな時にそんなことしないよ」

 

「じゃあ安全だったら何かするつもりだったのか?」

 セブルスの問いへの返答は、ジェームズの意味深な笑みだった。

 ──おいお前絶対になにかする気だっただろう。

 そう思ったが、結局やらなかったのだから口にするのはやめた。

 

「じゃあ、リーダーはリリーでいいのよね?」

 念を押すようにクラリスがそう言う。

 元々のゲームの目的はそれだった。ジェームズがなかなか諦めなかったからこんなに危ない目に遭う羽目になったのだ。

 

 当のジェームズは憑き物が落ちたような穏やかな──もしくは疲れたような目で暖炉の炎を眺めていた。

「……ひとつだけ、リリーにやって欲しいことがあるんだ」

「なあに?」

 ジェームズはリリーの目をのぞきこんだ。

 

「『リーダーをやりたい』と言って。『リーダーにふさわしいのは自分だ』って」

 

 言われたリリーは、動揺したように目を見開いた。

「わたし……」言い淀んで目を伏せる。

 

「……言えないわ」

 

 クラリスが息をのんだのと、ジェームズが立ち上がったのは同時だった。

 

 彼はどことなく悔しい、もしくは腹立たしいように顔を真っ赤にしてリリーを見据える。

「だったら負けだなんて認めない。ぼくは、本当はゆずりたいと思っている子に負けるわけにはいかないんだ!」

 

 クラリスの方は愕然(がくぜん)とした表情で動きを止めてしまっていた。顔色が白っぽくなっている。

「そうなの、リリー?わたし、本当はリリーがやりたくないことを押し付けてたの……?」

 

 リリーは慌てたように手を振って否定した。

「ちがうわ、嫌なことなんかじゃない。嫌だったら断ってるわよ。私のことを信じて任せたいって言ってくれて嬉しかった」

 

「でも……」セブルスがのどから絞り出した声も少しかすれていた。「『リーダーをやりたい』って言えないんだろう……?」

 

「それは……」

 リリーが口をつぐむと、ジェームズはまるで彼女の罪を告発するみたいに話し始めた。

 

「もしもこの勝負で僕が勝ったなら、君はきっぱりと僕をリーダーにするつもりだったはずだよ。ぼくみたく勝負を長引かせずに。

 そうじゃなかったら、最初の一戦でとっくに『自分がリーダーをやる』って言い出してる。何回も勝負を受けるなんておかしいんだ」

 

「それは……、何回も勝負したのはあなたに納得して欲しかったからよ。

 確かにわたしが負けたら(ゆず)ったと思うわ。でもそれは、わたしがズルしたくなかったからで……」

「ぼくが勝負を引き延ばすのは見逃したのに?」

 ズルが許せないというだけであれば、ジェームズがリーダーになれるようなチャンスを与えたりしない。

 

 セブルスは心臓のあたりが嫌な感じに波打っているような心地で、話についていくので精いっぱいだった。

 続いたジェームズの声が、やけにはっきりと響く。

 

「──きみは本当は、ぼくが勝つのを待ってたんじゃないの?」

 

 ジェームズが必死になっていたのは、リリーの気持ちを案じて、リリーの望み通りにするためだったのだ。あれほど何度も挑み、食い下がり、諦めなかったのは。

 そんなこと、いつも一緒にいたはずの2人は気づかなかった。

 

「わたし……よくわからない。もちろん試練は怖いわ。でもどんな試練だって逃げたかったわけじゃないの、本当よ。2人の気持ちがうれしくて……だから全力を尽くすつもりだった。リーダーをするのも。ジェームズに負けてあげるつもりなんてなかったわ。

 でも……」

 リリーが口ごもると、ジェームズは「大丈夫だよ」と言った。

「2人はきみの親友でしょ?本当の気持ちを伝えなきゃ」

 

「わたしにもわからないわ、だって全部、本当の気持ちなのよ。

 ……でも、そうね。リーダーにすごくなりたかったわけじゃないの。それも本当」

 

「もしもぼくがすごく強くて君に余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で勝ってたら、それで解決だったのにな。ぼくとシリウスのコンビが世界一……いや、学年一位くらいだとは思ってたのに」

 最初は自分の方が上手くやれると本気で思っていたかもしれないが、今はそうではないのだろう。

 

 ジェームズが照れたように頭をかいたのを見やって、難しい顔をしていたリリーは笑みをこぼした。

 

 ジェームズが、自分をリーダーにと認めて欲しい相手はリリーだったのだ。セブルスとクラリスはその次くらいだろうか。

 リリーは顔をあげて真っ直ぐに2人を見つめた。緑色のひとみが暖炉の光できらめいているようだった。

「……ごめんね、2人とも。わたしジェームズにリーダーを託したい」

 

 すんなりと頷いたのはクラリスだった。

「もちろんよ。リリーがそうしたいなら、そうして欲しい。リリーが決めたことなら協力したいの。だって一番の友達だもの」

 セブルスもうなずいて見せた。どこか苦々しいものを抱えながらも、リリーの望みを妨害したくなかったからだ。

 

 幼なじみでもないジェームズが解った答えに、自分はたどり着けなかった。リリーの気持ちを一番理解できるのはクラリスで、自分はその次くらいではいたかったのに。横から一番を掻っ攫われたみたいな心地だった。

 

 クラリスだってきっと同じような気持ちなのだろう。笑おうとしている目元に反して眉が下がっている。

 彼女はよくわからなそうに話を聞いていたシリウスに話しかけていた。

「シリウスは気づいてたの?」

「リリーがどうでも、ふさわしいのはうちの相棒だろ」

「……つまり気づいてなかったのね?」

 セブルスは少しほっとした。もしもシリウスまでリリーの気持ちに気づいていたとなったら、さすがに立ち直れない。

 

「──みんな!」

 話がまとまったところでジェームズが呼びかけた。

「そうと決まれば、気が変わらないうちに試練に進もう。リリーもそれでいいよね?おっと、その前にシリウスの手当て(ハナハッカ液)か」

 あれほどの目に遭ったのにすぐに次へいけるとは、ジェームズはタフなやつだった。

 

 

 

 

 レイブンクローの“勇気”の試練そのものは簡単だった。

 どんな試練でもドラゴンよりはマシに違いない。

 

 まず、リーダーになったジェームズが小部屋の奥、鉄格子のはまった通路の前に立つと、鉄格子がするすると開いた。ジェームズが通るとすぐに閉じてしまったので、ジェームズはそのまままっすぐ突き当たりの角を曲がり、その背中は見えなくなった。

 

 見送るとすぐに壁の一部が、まるでスリザリン寮の隠し出入り口のように横にずれた。そこにあったのは上へ続く階段だったので、4人はそのままのぼったのだ。

 

 彼らがたどり着いたのは、まるで小さなクィディッチ会場の観客席みたいなところだった。魔法史の教科書で見た闘技場(コロッセオ)にも似ている。広さは大広間くらいだろうか。

 

 ピッチの中にはジェームズがいて、奥の壁の方、鉄格子に塞がれている向こうに入っているのはトロールのようだった。

「トロールよ!」とクラリスが呼びかけたのだが、ジェームズからの返事はない。

 残り3人も声をかけてみたが反応はなく、どうやら音が呪文で防がれているようだった。

 

 檻が開くのと同時に、砂時計が現れた。つまり時間制限がある。

 そんなのはルドーで死にそうになる程やった。

 

 トロールの棍棒が振り下ろされたってドラゴンの爪を避けるよりも楽々だ。ジェームズはインカーセラス(縛れ)でトロールの片足をとり、思い切り頭から転ばせた。

 

 それでやっつけた判定になったのか、次の獲物が出てきた。今度は別のトロールだが体表の色がちがう。

「時間内に出てくる敵をすべて倒すのが果たして“試練”の合格なのか?」

 4人は疑問に思った。

 

 グリフィンドールのモットーに“勇気”や“騎士道”はあれど、“素早さ”やら“全滅”やらは存在しない。“果断”、つまり判断の素早さみたいなものはあるが、それは敵をすべて倒すことで(はか)れるものなのだろうか。しかも、リーダー一人に戦わせて。

 この4つの試練は、それぞれチームワークを大事にするような内容だったのに。

 

 そのため、4人はこの試練について『一人だけじゃなく全員の勇気を試すものなのでは?』と予測した。べつに『リーダー一人で戦わせろ』なんて説明文はなかったのだし。

 

 あと簡単だ。

 4人がそれぞれトロールに呪文をかけた。

 唯一あやしかったのが敵に呪文を撃てないクラリスだったが、どうにかする手段なんてすぐに思いついた。すでに何回も目にしている。

 クラリスは『ルーモス・マキシマ──鮮烈な光!』で自身にもトロールにも強烈な光を見舞ったのだった。

 

 かくして5人は、3つ目の試練を簡単にパスすることができたのである。

 

 

 

 

 








地味にフリーレン構文が出てきていたり。
一番最初のプロットにはドラゴンはいなかったのですが、危険な方が面白いかなって……


第三の試練では、拙作におけるリリーとジェームズ関係withセブルスについて説明したかったのですが、こんな感じでいかがでしょう。

自己解釈の一つとして、「リリーは妹なので『ぐいぐい引っ張って行ってくれるリーダータイプの方が、自分に頼ってくる人よりも好き』」って設定にしてたりします。
でもリリーは能力も高いので、引っ張ってゆくのはかなり大変だという。

セブルスは助け(頼り)が必要な子なので……。つまりそういうことです。

RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?

  • 【活動報告】にあげて欲しい
  • 【本編】にあげて欲しい
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