セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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日常回
別名「クラちゃんちに行こう」

2025/7/3 全体的に修正


クラリスのこと1 その1 ※改訂済 (修正済み)

 

 

 

 

1か月ほど後 1970年(同年)春

 

 

 リリーと友達となってからも、セブルスは彼女とそんなにしょっちゅう会えなかった。

 彼女の両親は非魔法族だったから、ホグワーツ魔法魔術学校のことを知らない。セブルスがリリーにその存在を明かした後でさえそうだった。

 

『実は魔女や魔法使いがこの世にいて、イギリス中のそういう子が入る専用の学校があって、だから普通の学校に入る必要はないの』

 

 そう伝えても、とりあってくれる大人はマグルにはまずいない。連中は本当のことを認めない"わからずや"だった。魔法(証拠)を見せられれば話は早いのに、それは犯罪である。

 

 空の色が濃くなってきた時間帯だった。リリーは外遊びが好きだから、遊ぶ場所はたいてい彼らが出会った遊び場になる。

 

 この日も2人で灌木(かんぼく)のそばに座りこんでいた。

 日差しがつよくて、セブルスは厚手のジャケットをとうとう脱いでいた。なかに着ている大人用シャツだって薄汚いし、ジーンズだって短いのしかない。外見がちぐはぐなのは自分にだってわかっていた。

 髪の毛だけは少しましになったが、あの時よりも伸びてきている。

 

「──もう一回"スイミー"を読みかえしてみたの。もしかしたらほかの絵本にも魔法でできることのヒントがあるんじゃないかって。

 それでね、魔法界って"おばけ"はいるの?」

「イギリスのゴーストはだいたいホグワーツ城に住んでいるんだ。話すことなんかはできるみたいだけど、からだがないからほとんど触ることはできない。そんなのわざわざ成りたがったり見に行ったりするようなものじゃないんだ。幸せに死んだらゴーストにはならないんだから。

 マグルなんかには見えないし、ゴーストになりたくてもなれない。"ぼくら"だけだ」

 あんなやつらには出来ないことでも、自分たちだけはできる。どう考えても魔法族の方が優れているのにちがいなかった。

 

 自然と口角のあがったセブルスに対して、リリーはどこか後ろめたさをもった表情で上目づかいを向けた。

チュニー(ペチュニア)にも魔法のことを話しちゃダメなの?」

 緑のひとみでじっと見つめられると、じわじわと恥ずかしいような嬉しいような気持ちでどきどきしてしまう。

 

 それでも『話していい』なんて口が裂けても言いたくない。だからセブルスは素っ気なく答えた。

「ぼくらだけの秘密だ」

 ただのマグルなんかと魔法について話したって何になる。どうせ使えないのに。

 

 リリーはひそやかな声で明かした。「……話しちゃったのよ」

チュニー(ペチュニア)は私が嘘をついてるんだって言うの。もちろんあんな大冒険があっただなんて私も信じられないくらいよ。けれど、でも。絶対に嘘じゃないわ」リリーの手の中で、青く透き通った()()()がきらりと光った。

 

「クラリス、素敵だったわよね」

 リリーはそのあたりに落ちていた枯れた小枝を拾いあげた。クラリスが使っていた"それ"に比べると折れそうなほど細く、みじかい。

「こんな感じだったかしら。──イモビラス!」

 リリーが花に小枝を向けてみると、花はぴたりとその花びらを閉じた。まるでつぼみに戻ったかのように。

「きみは魔法の力をたくさん持っている。きっとクラリスよりも」

 花はすぐに(ほころ)んで、またもとの形に戻った。

 

「こんなに素敵なことなのに、どうして……」

 リリーはしょげたようにうつむいてしまった。

「あんなやつに信じてもらう必要なんてない。あいつには魔法の力がないんだから」

 リリーの姉は嫌いだ。魔法族はきっとみんなそうだろう。

 

 切って捨てるように断じたセブルスに対し、リリーはそれでも悲しそうに言った。

「私たち、姉妹なのよ。家族なの。だからわかって欲しいって思うのがそんなにいけないこと?」

「きみのお父さんとお母さんは信じたのか?そうじゃないならきょうだいだって」

「それは──そうだけど。でもチュニーだって私たちと同じで子どもなのに」

 リリーは目を伏せた。

「楽しいこともうれしいことも、半分こしたいわ。チュニー(ペチュニア)だって本当は魔法を使いたいのよ」

 

 その時、がさり、と彼らの背後の(やぶ)に何かが引っ掛かって大きな音を立てた。リリーがいそいで振り返り、次いで驚きながらも笑顔で立ち上がる。

「チュニー!」

 どうしてそんな明るい声を出す気になるんだろう。

 セブルスは真反対だった。立ち上がったのはリリーと同じだが、自然と目つきが鋭くなる。

 

 ペチュニアは2人のすぐそばに立っていて、自らの失敗にあせったような表情をしていた。

 リリーは何事か声をかけようとして、手に握ったままの枝を思い出したらしい。さっと身体の後ろに隠したのがセブルスにも見えた。

 こいつに話したってわかりっこないじゃないか、どうせ。

 セブルスは『こいつには何も言っちゃダメだ』という気持ちをこめて、リリーをじっと見つめた。

 

「あのね、チュニー(ペチュニア)……」

 リリーが切り出しても、彼女の姉の目はセブルスの方を向いていた。険しい、というよりも地面に落ちた食べカスに虫がたかっているのを見るような顔だ。

「嘘つきがまたリリーに何かこそこそふきこんで。空を泳ぐおさかながどうとか?バカみたいな話ね」

 表情こそ見下しているみたいだったが、しゃべり方は(さげす)みに苛立ちがまぜった色をしている。

 

「お前には何も関係ない。何も!」

 リリーが口をひらく前に、セブルスは拒絶する方を選んだ。嘘だと言いたいのなら勝手に言っていろ。お前に魔法の素晴らしさなど教えて何になるっていうんだ。

 ペチュニアは鼻白んだように顔を歪めた。それから険しい目でじろじろとリリーとセブルスの周りを見わたす。文句をつけたくて仕方ないかのようだった。

 ややもして、はっ、と彼女はあざけるように吐き捨てた。「あなたの着ている物は、いったい何?」

 セブルスの眉間に険しい皺が刻まれた。

 

「──リリー!セブルス!いるー!?」

 ペチュニアが続けようとしるのに差しこむように、彼らがいた遊び場の入り口からクラリスが呼ばわった。

 

「クラリス!」

 気まずい雰囲気を誤魔化すかのように、リリーが大きな声で応えた。やや場違いなくらいに明るい調子だ。

 そのままクラリスの方に駆けだしたので、セブルスもすぐについていった。リリーの姉なんかと取り残されたくない。

 ただ、カチンときたまま我慢はできなかった。

 去りしな、ペチュニアに冷たく一瞥(いちべつ)をくれてやると、彼女は自身の感じの悪さを恥じるように口をつぐんでいた。

 

 

 

 遊び場に入ってきたクラリスは、以前会ったときと同じいでたちだった。

 プレスされたシャツとスカートに、目深にかぶった白いハンチング帽。収まりきらなかっただろう夜空色の髪(羽?)が、またもや一房のぞいている。長い毛の犬のしっぽみたいだった。

 スカートをはいてさえいなければ髪の短い男の子にしか見えなかった。

 

 いつもと違うのは、年下の子どもを数人連れていたことだ。

 リリーが不思議そうに尋ねた。

「その子たちは?」

「この辺りの子なの。少しのあいだ預かることになったのよ」

 クラリスの口のはしには何かのソース(スープだろうか?)がついていた。リリーが指摘すると彼女は「あら、いやだわ」と言って、カバンから取り出したハンカチで(ぬぐ)った。

 

 子どもたちは砂場で遊ぶようにしたらしかった。

「外に出ちゃだめよ!」

 クラリスはそう注意してから、セブルスとリリーの近くに寄った。

 不思議なことに、彼女の身体に小さな子供が飛び乗ろうとしても、帽子はぴたりと吸いついているかのように離れなかった。

 

「おねえちゃんも手伝ってよー」

 砂場の子の1人が輪を外れたクラリスに呼びかけたが、彼女は笑顔で手を振るだけだった。その後も何度か「ねえー」と誘われたが応じない。

「悪いけど、魔法の話は今度にして。あの子たちはたぶんマグルなの」

 声を落として話しかけられたので、セブルスもまた声をひそめた。

 

「なんでマグルなんか連れてきたんだ」

 自然ととげとげしくなる。

 せっかく魔法について話せる3人でいるのに、わざわざその機会をふいにして。

 

 さっきまでのイライラも相まってクラリスをにらみつけたが、彼女は『何をそんなに怒っているのかわからない』という顔をしていた。

「あの子たちの親にお昼をごちそうになった代わりよ。つべこべ言われることじゃないでしょう。リリーのこともお母様から頼まれてるし」

「え、ママが?」

「近所の人の集まりに私も行ったのよ。その時にちょっとね」

 クラリスは謎の人脈を持っているようだった。

 

 そのうちに辺りの子どもたちが3人の方に寄ってきたので、会話はたち消えとなった。

 リリーの姉は、いつの間にか子どもたちに誘われるまま、いっしょに遊んでやっていた。ブランコを乗る背を押してやったりだとか。3人のそばにいるのは気が引けたのかもしれない。

 

 子どもたちはみなエバンズ姉妹(ペチュニアとリリー)よりも小ぎたない服を着ているが、セブルスよりはましだ。彼らの服は胴体部分こそ長めであるものの、シャツの(そで)もズボンの(すそ)も、きちんと(たけ)の合ったものを着ている。

 セブルスみたいに明らかに体に合わないサイズの衣服を、無理やり詰めこんでいるわけではない。彼らと比べても異様なのだ。そのせいか、セブルスに近寄ってくる子どもはいなかった。

(……つまらない)

 リリーと抜け出した方が楽しそうだ。

 

 そう持ちかけようと声をかけるより先に、クラリスが砂場にいる子のうちの1人に駆け寄った。

「どうしたの?」

「『上げた』糸が切れちゃったみたい。そでを折っておいてあげるから、おうちでやってもらってね」

 クラリスが指ししめしたのはその子の左袖だった。ダクトみたいに垂れ下がった腕の余りを、何回か内側に折りこんでいく。

 

 セブルスがよくわからなそうにしていると察したのだろうか。クラリスは簡単に説明をした。

 この辺りの子は新しい子ども服にお金をかけられないこと。

 もらい物の服を着ることが多いが、もちろん丈(サイズ)が大きすぎることがあること。

 子どもはすぐに大きくなるので、サイズに合うまで着られるようにすること。具体的には、内側に折り込み、みじかくして縫いつけること。

 体が大きくなってきたら縫いつけた糸をほどき、また長さを変えて縫いつけ直すこと。

 

 そんな方法があることすら、セブルスの知識には存在していなかった。そうやればもう少しはましな風体になるだろうか。

(でも、『いつもと違う』のは……)

 母親がそれをやろうとしても、その後が怖い。

 

 

 

「明日は一日空いているんだけれど」

 夕方になった頃、次の予定を考えたのだろうクラリスが切り出した。「リリーはどう?」

「うん……ちょっとね。明日はやめておくわ」

 リリーの歯切れは悪い。困ったようにペチュニアの方をちらりと見ていた。

 

 あんなやつの事なんか、どうでもいいじゃないか。

「放っておけばいいんだ」

 それに、話せる機会をこれ以上逃したくない。

 ぶすっと言ったセブルスに、それでもリリーは悲しそうに首を横に振った。

「仲間も大事だけれど、家族だって大事なのよ」

 

"うそつき"のクラリスは首をひねった。

「ねえ、リリー。もしもペチュニアが信じないというなら、黙っていたら?そんなすごい世界があるのに自分は参加できないなんて、かわいそうじゃない」

 クラリスはペチュニアの方に視線を向けていた。細められたその不思議な色のひとみは冷たく見える。

(またあいつを追い出したいのか?)

 だったら同意見だ。

 

 リリーは気づいていないのか、ぽかんと口を開けた。

「『かわいそう』?」

「ええ。……なんだったかしら。うーん……。

 そうだ、足がない人に『山のてっぺんで見た景色がすごくきれいだった』って言う感じ?もしかしたら足がなくても……、ほら、すごくトレーニングすればできるようになるかもしれない。でもふつうに足がある人はそこまでしなくても登れちゃうのよ。

 そりゃあ、きれいな景色を見ることは悪いことじゃないわ。見たひとに文句を言っていいわけじゃない。

 でも彼女はそれを聞いたらいやな気持ちになる人なのよね?そういう人にわざわざ言って、いやな気持ちにさせるものでもないでしょう」

 

 クラリスはきっと、事前にどんな風に考えをリリーに伝えようか予行練習してきたに違いない。噛んで含めるようにリリーを説得にかかっていた。

 それができるのは、セブルスよりも付き合いが長いからだろう。彼女もペチュニアをどうするか頭を悩ませていたのかもしれない。このあいだも、本音では追い払いたかったようだし。

 リリーは「そうかな……。そうかも……」と迷ってはいそうだが小さくうなずいた。

「私……。明日はチュニーと過ごしてみるわ。もしも聞きたくないっていうなら無理に言ったりしない」

 

 結局、リリーと会える機会は先になりそうだ。リリーがそう決めたのなら仕方ないが、次までがあまりにも遠い。

「次は子どもたちなんか連れてくるなよ」

「学校に入ってから嫌ってほど話せるのに……。(セブルスがきつく睨みつけると、クラリスは降参するように両手を挙げた)わかったわよう」

 それからも少し話してから、「明日はリリーは遊べないのね」とクラリスが話題をもどした。

 

「──それで、セブルスはどうする?」

 

 

 

 

 

 

 あくる日、登校中の子どもたちの声が絶えた頃だった。

 この日も日ざしが強くなり始めたので、あまり外にいたくはない。

 それなのに、セブルスは道をふさぐように立つ3人の少年と向きあっていた。

 

(……失敗した)

 朝から用事があって出かけることなんて珍しくて、気が()いてしまった。こうならないよう、道路に人影があるかをいつも気にしていたのに。

 セブルスは歯噛みした。

 

 立ちふさがっているその3人には見覚えがある。この時間に出歩いているのだから、彼らはセブルスと同じく学校に通っていないのだろう。

 通わない理由がセブルスとはちがうのは明白だ。こんなやつらが魔法使いなわけがない。じゃあどんな事情があるか、なんて知ったことではなかった。

 

 子どもたちはボールをけり合い、3人のあいだでパスを回していた。1人が空いた隙にセブルスが通りぬけようとしても、どっちかからボールが飛んでくる。それも思いきり蹴りあげて勢いのついたものだ。

 そのうえニヤニヤとした()()()()()笑みを浮かべている。

 わざとやっているのは明らかだった。

 3人の中でいちばん背が高くて骨太の子どもが真ん中にいすわって、彼を中心にボールをまわしているようだった。

 

 うっとうしい。

「……そんなにヒマなら学校に行けばいいんだ」

 どうせ無理だろうけど。

 

 鼻をならしてそう吐き捨てたセブルスへの返事は、するどく蹴られたボールだった。

 避けようと横に足を踏みだすと、体重がかかった方の足に痛みがはしった。そのせいで全身が一瞬こわばる。

 ボールはそのままセブルスの右腕の辺りに当たり、そこも鈍い痛みがした。ボール自体の痛みもそうだが、元々ついていた(あざ)に当たったからだ。

 

「あー、おしかった」「もうちょっと上ねらいなよ」「次で"ジャックポット"だよ。なんか文句あるか?──お前ら、押さえてろよ」

 セブルスがひるむやいなや、3人が取りかこむように一気に距離をつめてきた。リーダー格らしい子どもは、いかにも獲物をいたぶるのを愉しもうという笑みをうかべていた。

 クソ野郎。

 

 近くに寄って来た2人(子分?)にいやな予感がしたセブルスが急いでその場を離れようとした。

「うわばっちい!ビョーキありそ」「そのきったねえスモック、なに?ママのおさがり?」

 リーダー格と同じようなにやにや笑いをした2人が手を伸ばしたのが見え、道の向こうに抜けるのが間に合わないのがセブルスにもわかった。払いのけようと手をのばしても、今度は足を引っかけられた。

 これまでと変わらずいいようにやられっぱなしになっている。

 

 友だちができて少しは『まし』になったといっても、やっぱりそれは、ほんの少しでしかなかったんだ。

 胸の中に、冷たくてどことなくべとっとしたようなものが広がっていく。

 

 そうしている間でも、彼らが止まってくれるわけではない。少年のうち2人が、地面に転がったセブルスを捕まえて立たせ、逃げられないようにつかんだ。ボーリングのピンでも並べなおすかのように。

 ひとりだけ離れたリーダー格は、ボールを足もとに置いた。セブルスで的当てでもやろうというのである。

 ほんの数軒先、目と鼻の先にクラリスの家があるというのに。

 ボールに向けて助走をつけたリーダー格が、足を振りかぶった。

 

──杖さえあれば、こんなやつら……!

 

 セブルスの視界が怒りで真っ赤に染まるのと、ボールが勢いよく飛んだのは同時だった。

「うわ!」

 リーダー格は『自分が蹴るよりも先に』勝手にとび出したボールに空振りして、頭から地面へ倒れこんだ。一方ですっ飛んでいったボールの方は、セブルスを押さえた2人のうち1人の顔に当たった。まるで坂道をくだる自転車くらいの速さで。

 

 都合よく魔法のちからが働いたらしい。

 セブルスは急いでもう1人を振りはらい、痛みをこらえて駆けた。クラリスの家の前までだ。

「今度こそ"ジャックポット"だろ?のぞみ通りになってよかったねえ」

 苛立ちをこめて思いきり馬鹿にしてやった。

「このガキ!」

 3人が──特にリーダー格が顔を真っ赤にするのを、セブルスは「ざまあみろ」と言い捨ててから、一歩前にすすんだ。

 

 魔法のちからにあいつらでは歯が立たない。

 かさりと音をたてて芝生のなかに入ったとたん、3人はセブルスを見失ったようであった。

 ざまあみろ。今は()()の力を利用するしかできないが、いずれやり返してやる。

 がなりながらセブルスを探す、けがらわしいマグルどもは馬鹿にしか見えない。セブルスは唇の片側をつりあげて笑った。

 

 

 

 その厚みのありそうな玄関ドアをノックすると、間もなく見慣れた人影がドアを開けた。

 この前わかれた時にはよく見えなかったところだ。

 クラリスは(セブルスもだが)いつもとおなじ服装だった。ちがうところがあるとすれば、頭を隠すものがないくらいだ。夜空色のそれは、とりの長い尾がいくつも連なっているようなつくりらしい。紺や紫が複雑に入り混じった色をしていた。

 

「おはよう。あら?あの子たちって……」

 彼女はセブルスの背中ごしに、道路をうろついている数人の子どもを見て取ったらしい。不思議そうな顔をしていた。

「そうか、たしか学校に行ってない子だったわよね。でもこんな時間にいるなんて珍しいわ」

 子どもたちはまだ「隠れてるんじゃねえよクソ"スモック"!」などと()()()たてていた。

 ずっとそうしていろ。

 

「……あいつらに何かしたの?」

「べつに。どうでもいいだろう、あんなの」

 本当はどこかに消してやりたいくらいだ。胸のうちに、まだ(こご)ってしまった嫌なものがへばりついている。

 

 しかし、今はあんなやつらの話よりも、魔法族の家がどんなのだかを見てみたかった。

 セブルスはクラリスの脇をさっさと通りぬけて、そのまま玄関へ入ってみた。その背後では、クラリスが道向こうを一度だけ見やってドアを閉じたらしい。そっと控えめな音がした。

 

 家の中はしんと静まりかえっていて、セブルスが思ったよりも少し古びた印象だった。ドブ川のにおいは届かない。その代わりに古びた木の香りがどこからかした。太陽の光がさえぎられた玄関は、肌寒さすら感じるくらいだった。

 玄関から正面……いちばん奥には階段があって、そこから2階にあがれるらしい。

 

 セブルスはその場に立ったまま、緊張で背中がこわばるのを隠すように尋ねた。

「──家族は?親とか。きょうだいはいないんだろう?」

 

 彼女は3人家族だと聞いていた。しかし両親がただのマグルであるリリーとも、母親だけが魔女であるセブルスとも違う。

 クラリスは魔法生物のハーフだと言っていた。ならば両親のどちらかが魔法生物で、どちらかは魔法族なのだろう。魔法生物と、魔法も知らないマグルなんかが一緒に暮らすとは思えない。クラリスは明らかに杖を振るのに慣れていたし。

 

「あー……、うん。今はいないの。2人ともね。だから気にしなくても大丈夫よ」

「魔法生物があいさつ代わりに子どもを襲うようなものじゃなければね……」

 魔法族ならば脅しつけてくるようなことはないだろうが、魔法生物については心配だった。

「私がわざわざあなたを襲わせてどうするのよ」

 クラリスは呆れたように肩をすくめた。

 

「こっちよ」と言って、彼女は玄関から向かってすぐ右の部屋を指した。

 入り口は枠だけでドアはついていない。セブルスと母親の寝室と同じように。

 

 なかには同じようなデザインの長いすが1つと、一人用のひじ掛け2脚が置かれていた。そのどれもにふかふかな布が張ってあって、同じ柄のクッションが載っていた。

 それらの前には応接用のテーブルが置かれていて、近くには大人が何人か入れそうな大きめの暖炉がある。

 暖炉以外の壁ぎわには本棚がならんでいて、なかには立派そうな分厚い本が満杯につまっている。一部は入りきらなかったのか、床に平積みされていた。

 外観とたがわず、古くさくはあるが"それなり"に──セブルス自身からすると"とても"──整った雰囲気だった。

 

「ええと、……そうだわ、お茶を持ってくるから座って待っていて」

 クラリスはそう言って"応接の部屋"を出て行った。

 セブルスがこっそり背中を目で追うと、反対側、つまり玄関から入ってすぐ左の部屋に入って行ったようだ。そちらにもこの部屋と同じくドアはなかった。流し台の一部と床のタイルが見えたから、そちらはキッチンなのだろう。

 

(待つって言っても……)

 ひとの家に入った覚えなんてほとんどない。

 

 セブルスは、ふかふかな長いすに腰かけてみた。大人サイズなので正確にいうなら『飛び乗って座った』かっこうとなる。そこにクッションが一番たくさん置かれていたからだ。

 背あてのサイズが左右でちがい、右側だけがひときわ高くなっている。

 ためしに、右のたかい背あてに背中をあずけてみた。中にもクッションがパンパンに詰まっていて、体がうずもれてしまうほど柔らかい。今まで味わったことがない感触だった。そもそも今の今までクッションを使ったことがない。

 

 何度か座るところをずらしてみたり、手でつっついて感触を確かめていると、食器のこすれるような音がした。

 クラリスが部屋に戻ってきたのだ。彼女は両手でトレーを持っていて、そこにはポットとカップが載っていた。

「……魔法でやらないのか?」

「何を?」

 クラリスはきょとんとした顔をしていた。

 よくわからなそうなまま、テーブルの上にトレーを置き、それから自分の手でゆっくりとカップを並べる。

 

「知らないのか?(セブルスは少し得意そうな表情になった)トレーを浮かせたりだとか、ポットから注いだり。"ぼくら"は手を使わなくたってできる」

「……そうなんだ」

 クラリスはカップのなかをスプーンでかき回しながら相槌(あいづち)をうった。

 

 なにかが引っかかる気がする。

 しかし、その後クラリスが続けた言葉の方にびっくりして注意がそれてしまった。

「──マグルが近くにいる時はやめた方がいいかも」

「どうして」

 ちからをわざわざ隠すなんて。

 

「変な目で見られるじゃない」

「そういう風に見る方が『もの知らず』なだけじゃないか」

「さっき"もの知らず"に絡まれてたんじゃなかった?うちの前で」

 

 クラリスは意地わるく眉をはね上げながら笑みを浮かべた。

「あの子たちは私もきらい。この辺りの子もみんなそう言ってるの。

 このあいだも近くの家で"集まり"があった時に、……まああの、小ぢんまりだったけど、庭でお肉を焼いたのよ。わたしもご馳走(ちそう)になって。そこにずかずか入って来るものだから、大人みんながきつく言って追い出したのよね。その子たちのパパもママもいなかったんだから。でも『帰りなさい』て言っても全然ダメで、」

 

「──そんなマグルがいるもんか。またお前のうそなんだろう」

 硬くとがった声がのどの奥の方から出た。

 誰かにご馳走するような親切なマグルなんているわけがない。いるなんて思いたくない。

 

「こんな事でうそついてどうなるのよ」

 クラリスもまた低い声で応じてきた。決めつけられて嫌な気分になったのだろう。

 それをわかってもなお、セブルスだって退()けなかった。

 

 彼女がうそをついていないのなら、どうしてセブルスの前にその"親切なマグル"が現れない。

「お前はうそつきだ。昨日だってリリーのきょうだいを追い出すためにリリーに言ったんだろう、かわいそうだとか何とか」

 

 クラリスはぐっと奥歯をかんで何かをこらえるような表情になった。

「……あなただって嫌いなくせに」

 力ない声だった。

 怒りだすならまだわかる。でも傷ついたように目を伏せた子をどうすればいいかなんてわからなかった。

 

 その場に残ったのは気まずい沈黙だけだ。こういう時、リリーがいたら「けんかしないの」と言うなり別の話をはじめるなり、してくれる。2人は(ただ)それについていけばいい。

 でも、あいにく今は2人しかいないのだ。

 

 クラリスはそのまま立ち上がった。そのまま部屋の奥……本棚の方に向かって、1枚の厚みのある板をとりだす。ほかに人がいれば、まるで大きなオセロの板のようだと思っただろう。

 彼女はそれを、セブルスのとなり、長いすの真ん中に置いた。それから長いすの左側にのぼってセブルスと向かい合う。その板を差しはさんで向かい合うかたちだ。

 どういうつもりなんだろう。

 

「……魔法界のボードゲームよ。私も友だちとやるのは初めて」

 和気あいあいとはいかなかったが、彼女はセブルスと喧嘩をしたいとは思っていないようだった。

 クラリスが持ってきたのは、ルーン文字が書かれた木のカードを取りあう"神経衰弱"だった。

 

 

 

 

「これで最後の2枚」

 そのゲームを(せい)したのはクラリスだった。

 

 とった途端、その2枚がひとりでに積みあがり、セブルスのそれより高さがあるのがはっきり(わか)る。

(もう少しで勝てたのに……!)

 彼女がどこかで覚え間違いをしていたら、それだけで勝敗がひっくり返っていたはずだ。

 

「もう1回だ。次でぜったいに勝つ」

 勝つまで絶対にやめたくない。

 セブルスが前のめりになって気炎(きえん)を吐くと、クラリスは「ええー」と露骨(ろこつ)に身をひいた。

 

 彼女がルール説明をしてから何度目か、(ほこ)をまじえたところだった。

 1回のゲームで決着がつくまで、まあまあ時間がかかる。とりあう札の枚数がトランプほど膨大ではないものの、その半分くらいはあるのだ。クラリスが見るからに嫌そうな顔をするのはそのせいだろう。

 なかば呆れたようにクラリスが言った。

「セブルスって記憶力(あたま)がいいのねー……」

 

「……べつに」

 そんな風に褒められるなんて予想外で、セブルスは思わずつっけんどんな調子で答えてしまった。誇らしさとほんの少しの気恥ずかしさで、顔が熱い。

 これまで母親以外に褒めてもらったことなんてなかったから、なんとなく居心地がわるくて体がそわそわと動いた。

 

 クラリスは気勢がそがれたのを見逃さず、すかさず「1回休憩しよう」と席を立った。

「なんだか疲れちゃったしもうすぐお昼よ。何か食べた方がいいわ。

 あ、トイレはキッチンの入り口の次のドアね。バスルームにもあるんだけどもっと奥だから。

 じゃ、わたし支度があるから」

 

 クラリスは一方的にしゃべりかけてから出て行った。その背中がさっさと遠ざかっていく。

「あ」

 今になって彼女の意図がわかって、セブルスはその場であおむけに寝転がった。思いきり背中からぶつかっても、やわらかな弾力が心地よいくらいだった。

「……逃げられた」

 

 

 

 セブルスがトイレのドアを閉めると、キッチンの方からごそごそと物音がしていた。

 そのまま様子を見ていると、クラリスはパッケージを2つ戸棚から取りだして片方をもどしたり、何かソースを取り出したりしている。自分で食べるものを決めて、用意できる立場らしい。親が許しているのだろうか。

 彼女が当たり前のように自分でそれらをこなしているのを見て、セブルスは先ほどの違和感を思い出した。

 

──クラリスは魔法でお茶を入れられるのを知らなかった。

 

 つまりそれは『家族がそれをするのを見た事がない』し、セブルスのように『話に聞いたこともない』ということである。

 家族と暮らしていてそんなことがあるだろうか。セブルスよりも恵まれた暮らしをしているのに。

 それともクラリスは適当に返事をしていたのだろうか。

 

(……親の部屋はどこなんだろう)

 どんな人なのか調べてみたかった。魔法族ならきっと素晴らしい人のはずだ。

 クラリスがまだ何か準備している気配を確かめながら、セブルスはまだ見ていない部屋へと足をのばしてみることにした。足音を立てないようにして。

 

(ええと……)

 部屋の位置を整理しよう。

 

 まず、玄関から入って真正面に階段がある。

 玄関から左側はキッチン。キッチンの奥のドアが、セブルスが今出てきたトイレだ。

 その真反対、玄関から入って右側が、さっきセブルスがいた"応接"の部屋。

 

 そして、真正面の階段と"応接"の部屋にあいだには細い廊下がのびていた。通路に入ってすぐのところだけが妙にささくれていて、マットが敷かれている。汚れなのか傷なのか、そういうものを隠しているようだ。

 左の手前側にはドアが見えた。白っぽい色だ。

 よくよく眺めてみると、ななめに(かし)いでいるらしかった。

 

(なんだ……この部屋)

 セブルスが近寄って観察してみると、ドアの上の蝶番(ちょうつがい)だけがはずれていた。下が外れていないせいで、ななめになっているらしい。

 

 ドアを無理やり閉めた、というよりも『入り口の近くに立てかけて置き去りにした』みたいだ。

 セブルスは、閉まり切っていない隙間(すきま)から部屋のなかを覗いてみた。

 

(……寝室?)

 かなり大きなベッドが中央に置いてある。普通の一人用を2~3台つなげたような、王様くらいしか使わなさそうなサイズだ。

 まくらがあるのは右側の壁で、その両脇には照明が据え付けられている。

 それ以外には何もなかった。

 

 立派なベッドを使うということは……。

(父親の部屋か?)

 セブルスの常識のなかには、"夫婦で同じベッドを使うことがある"というページはなかった。

 

 しかし、もっとも目を引くのはベッドではない。

(……何か起きたんだ)

 入り口から見て正面奥のかべにあいた、大穴だった。

 ほとんど一面がえぐり取られたようになっている。

 

 その大穴をふさぐように、横にわたされた板がくぎで打ちつけられていた。下の方はひび割れて腐ったような色をしている。放置されているのかもしれない。ドアが入り口の前に置かれているのだから、クラリスだってわざわざどかしてまで立ち入ったりしていないだろう。

 板は隙間だらけで、青空と緑色の植物らしきものが風にそよいでいたのが垣間(かいま)見えた。玄関からちょうど裏手側のようだ。

 

 そのまま眺めていると、ベッドの上に染みのようなものを見つけた。

(──あれは?)

 ここからでは少し色が変わったくらいにしか見えない。

 

 セブルスが身を乗り出した瞬間、その左肩が何かにつかまれた。心臓がぎくりと跳ねあがる。

 

(……まずい)

 バレたのだ。

 

 目だけを動かして確認してみると、そこには細くて白っぽい指が後ろから置かれていた。そのまま後ろに下がるように引っぱられて、セブルスはだまって従った。家の中をこっそりうろついたので怒らせてしまったかもしれない。

 

「──セブルス」

 

 クラリスはセブルスの正面にまわりこんだ。ななめのドアを背にするようになったので、寝室をこれ以上見られなくするためかもしれない。

 彼女はまるきり感情のこもらない顔をしていた。影のさした双眸(そうぼう)をまっすぐセブルスに向けていて、なにを考えているものか一切うかがえない。普段から愛想がいいクラリスは、冷たい目を誰かに向けていることはあっても、両目が真っ黒な穴のようになってはいなかった。

 

 ましてや、そのひとみが自分にまっすぐ向けられることなんて。

 セブルスは、得体のしれないものを感じて立ちすくむことしかできなかった。

 

「見ないで。絶対に中に入らないで」

 どこかに吸い込まれそうな(くら)い声だ。

 

 セブルスが困惑のあまり返事をできないままでいると、クラリスはうそのように()()()と表情をやわらげた。

蝶番(ちょうつがい)がとれちゃってるの。ドアの下敷きになるわよ」

 

 弧をえがく目と口元とは裏腹に、彼女はいっさいの感情がそとに漏れださないよう、シャットアウトしてしまっているようだった。

 

 

 

 




作中のボードゲームは、ソシャゲ「魔法の覚醒」に出てきたアレです。
あれめっちゃ時間かかる…かからない?

スネイプって人狼リーマスあたりのことを考えるとたぶん負けず嫌いですよね?いじめてくる相手を「絶対に退学にしてやる」と動けるあたりが。
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