セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
セブルスは状況をおおよそ理解した。
踏みこんだグリフィンドール寮の"部屋"の奥に、上級生とジェームズが待ち受けていたからだ。
それよりはるか手前、ドアをくぐってすぐの地点でリリーとシリウスが動けずにいる。うかつに近寄れないのは明らかで、それだけでジェームズが人質にとられているのだろうと予想はついた。
その後ろについて入ったセブルスとクラリスにも、奥の上級生から「動くな」と要求がされた。
「4人が俺やお前に攻撃をしてきたらそのナイフで自殺しろ」とジェームズに命じながら。
やつが命令をして、その命令にジェームズが従っている?
「"服従の呪文"だ。先生にも」
音量を落とされたシリウスの説明に、セブルスの背中からいやな汗がにじむ。たしか"許されざる呪文"の1つだったはずだ。
(そんなの、どうやって助けたらいいんだ)
"許されざる呪文"3つは、いずれも強力すぎる効果なのに反対呪文がない、つまり"闇の呪文"のカテゴリーに入る。
ジェームズは何でも命令をきく状態にされているのに、その呪文を解くすべがないのだ。解くとすれば呪文の効果がきれるまで待つか、かけた方に解かせるしかない。むろん、術者が死ねば解ける。
大人でも手を焼く呪文なのに1年生で対処なんてできるわけがないじゃないか。
(魔法族にかけたら犯罪だったはずだ)
マグルに対してどうだったかは覚えていない(もし犯罪であってもどうせバレないだろう)。
相手は犯罪者なのだから、闇祓いに通報してしまえば追われる立場になるはずだ。
ただ、この状況では無理だろう。具体的にどこにどう通報するのかまでは知らないが、できるわけがない。
(クラリスを部屋の外に置いておくべきだったか?)
ドアを開けっぱなしにしておけば歌を聴かせられただろう。それで投降させたところを捕まえる……、いや、彼女のレパートリーには『武装を解除する』ような歌はなかった。
結局は「いう事をきかなければジェームズを殺す」と脅されていただろう。どの道こうなっていた。
4人が一歩も動けないなか、リリーが声をあげた。
「もうジェームズを離して。たくさんの人に目撃されてしまったんだから逃げられないわ」
この部屋の外、談話室にいるすべての人が目撃者だ。
ハッフルパフ生とオミニスの絵とDADA(闇の魔術に対する防衛術)の先生。彼らの証言を組み合わせれば、この上級生がやった犯罪はいずれ明るみにでる。特に、先生が服従させられていたのなら真実薬をつかえば証言がとれるだろう。真実薬を飲まされたら嘘をつけないどころか、しゃべらないことだってできないのだ。
4人が談話室にいたのだってみんな見ている。もし自分たち全員が殺されたとしても誤魔化し切るのは不可能だ。
リリーがそう説得したが、敵は忌々しそうに舌打ちをした。
「いいや、まだ決まったわけじゃない。お前たちには"試練"を受けてもらおう。
俺の、目の前でだ」
つまり、どんな"試練"なのかカンニングするという意味だろうか。これから犯罪者として捕まるかどうかという瀬戸際なのに?
同じく意味がわからなかっただろうクラリスが、戸惑ったような声をあげた。
「試練なんて見たって、逃げられないんじゃ?」
「いいえ。わたしたちが不合格になったら、たぶん5人とも記憶は消えてしまうわ。この部屋のことも見えなくなるの」
──記憶が消える?
セブルスとしては詳しく聞きたかったが、それは後回しにすべきだろう。
そういうものだと丸呑みにするのであれば、自分たちで失敗した後にカンニングした敵が試練に合格すると、彼はこの隠し部屋を独占して逃げ出せるようになってしまうようだ。そのためには自分たちの試練を妨害だってしてくるかもしれない。
「待ってよ」とクラリスがまた口をはさんだ。
「でもオミニスは忘れないわよ」
もっともな意見だが、オミニスはこの場にいない。
「あいつは先生を呼びに行った。この男のことは目撃してない……」
セブルスに小声で説明されたクラリスはさっと顔色をかえた。
一方でシリウスは強気だった。
「でも談話室にいる連中の記憶は消せないぞ。DADAの先生も。ここに隠れててもいずれ捕まるに決まってる。あきらめて出て行った方がましだ」
「いいや、脱出はできる。透明になってハッフルパフ生にまぎれればいいだけだ」
捜索しても自分たちが見つからなければ、ハッフルパフ生たちはいずれ外に出されるだろう。先生たちが調べるためにだ。そこにまぎれて逃走するつもりらしい。度胸のある犯罪者は厄介すぎる。
そうさせてはまずい。
心臓に冷たいものが流れるような感覚がするなか、必死に頭をまわしてもセブルスに打開策は思いつかなかった。
敵──セブルスのよく知らない上級生は、みずからの杖でジェームズの首もとを小突くように押しやった。それなのに抵抗するそぶりもない。呪文で切り裂かれてもこのまま黙ってやられっぱなしになるのだろう。
「さっさとやれ。
それとも死の呪文を観たいのか?」
ここは従うしかない。
彼が気まぐれを起こせば、すぐに全員を殺して逃げ出すことだってできるのだ。
試練はどうやらこの隠し部屋のなかで受けるらしい。出入り口はひとつだけだ。第三の試練のように別の会場が用意されているわけではなさそうだった。
部屋そのものは第一の試練の時と同じく、そんなに広くはない。先生の研究室くらいの大きさだろうか。ドアの正面、一番奥の壁には暖炉がすえられている。家具などの類はいっさい置かれておらず、のっぺりとした石床が見えた。
一つだけ目立つのは、部屋の中央に立っている四角い筒のようなものだ。魔法史の展示品をかざっているようなディスプレイの台に似ている。
その上には、これまた展示品のように白い杖らしきものが浮かんでいた。
(これが"
試練の開始を告げたあの垂れ幕には、"試練"に合格すれば宝が手に入ると書いてあった。
自分たちの身長くらいの高さにあるそれを、セブルスはまじまじと観察してみた。
白っぽい木でできた、ふつうの杖のようだ。つるっとしていて『く』の字にゆるく曲がっている以外に特徴はない。
(……いや。これで何か呪文を唱えさせる"試練"かも)
試しに指で触れようとしたが、見えないケースに囲まれていて出来なかった。
台座には白いプレートが
「"この台座を囲んで、パーティー全員で輪になれ"」
前回みたく、この通りにしたら次に進むのだろうか。隠しドアがひらくとか。
ジェームズはまだ服従の呪文をかけられたままだが、ナイフはもう持たされていなかった。その代わり、4人の杖はジェームズがまとめて持たされている。試練で必要があれば返すように命令されていた。
誰かにあやつられたままで、試練に合格できるものなのだろうか。できなければまずい。そして敵にとっては好都合だ。
「ポッター。4人がお前や俺に攻撃しようとしたり逃げようとしたら、こちらに戻ってこい。どんな手段をつかってもだ。全員に死の呪文を一発ずつ撃ちこむまでな」
彼らを監視するように、ゴリラみたいに大柄な上級生は杖を構えたままだった。
おそらく、5人全員に服従の呪文をかけることはできないのだろう。できるのなら既にやっているはずだ。それが呪文の難しさのせいなのか、それともそういう効果の呪文なのかまではセブルスも知らなかった。
ジェームズは「じゃあ取り掛かろう」と号令をかけた。
はた目には平生どおりで異常がないみたいだ。
5人は監視を気にしながらも、おとなしく部屋の中央にあつまった。"試練"にのぞむのならば、全員で輪にならないといけない。
(手をつなぐと言っても……)
男子とつなぐのはなんとなく嫌だ。
「なあ、リリー」
同じような発想なのか、シリウスがリリーに声をかけようとしていた。
そんな彼をけん制するようにか、クラリスがセブルスの背をおしてきた。リリーの側に行くようにと。
杖で狙われているのに、そんなことをやってる場合か。
喉から出かかった言葉を飲みこんで、セブルスはおとなしく従った。時間を浪費するわけにもいかない。
結果、セブルスからリリー、シリウス、クラリス、ジェームズの順番になった。
握手みたいに触れたリリーの手は想像するよりも
(こんな時に何を考えているんだろう……)
からだが勝手にそうなってしまうのを頭のそとに追い出すように、セブルスはジェームズの方を見た。
さっさと輪にならないと危険だ。それでも気が進まなかった。
(よりによって、こいつと)
ジェームズは肩をすくめた。
「さっさと手をよこしなよ。試練を受けろってリクエストなんだから」
何を言っているんだ、こいつは。
(こいつが、誰かのリクエストで試練を受けるだって?冗談じゃない)
3人がいくら止めようが自分のために突き進んでいたじゃないか。
『誰かを助けたいから』という動機ではあっても、『誰かに頼まれたから』なんかじゃない。
セブルスは猛烈に腹がカッと熱くなってきた。こいつをリーダーにした自分たちが馬鹿みたいじゃないか。
──簡単に敵にあやつられてるんじゃない!
抵抗するのがむずかしい呪文なのも重々知っている。ほかの4人よりも詳しい自信もある。
それでも、こいつが操られたのは気に食わなかった。
ジェームズについて、気に入らないところは沢山ある。
たとえば、(以前にも思ったが)家族は仲がよく金持ち、頭がよくて呪文をうまく使えて、リリーの気持ちを汲み取ることができて──さらに特別な家宝まで持っている。
その透明マントで校則なんて気にせずに出歩き放題、セブルスにしてみれば持って生まれたものでズルをしているようなものだ。没収されても"試練"に影響が出なければ『ざまあみろ』とすら言っただろう。
この1年の記憶がつぎつぎに頭に思い浮かんでくる。
入学した時にはこいつは『あいつは危険だから手を切れ』と言いまわっていたんだったか。それもシリウスだけじゃなく、リリーにもクラリスにもだ。苦心して連絡を取りあっていたというのに。結局はジェームズと協力関係にはなったが、友だちと呼べるものだったかどうかは少し怪しい。
それからは"試練"でたびたび協力し合うことになった。
呪文をうまく使えるんだと調子に乗っていて、誰かを傷つけられるのが嫌いで、負けても自分にできることはやろうとして、仲間のためなら強力な敵にも正面から挑む。リリーの気持ちを汲み取ってリーダーもやった。
こいつがマルフォイと決闘をする原因となった時も、ケンカにはなったがそれだけだ。セブルスのやり方はリリーに叱られる程まずかったのかもしれないが、こいつだって何度もスリザリン生をいじめていたのだから
イラついたセブルスが嫌味を吐いたら嫌味でかえってくるが、それだけだ。どっちかが危険なら見捨てることはしない。お互いにだ。
決して仲がいいとは言わないが、『仲が悪い』と誰かに言われたら頭にくるだろう。「お前に何がわかるんだ」と。
──だから、助けることを迷ったりはしない。
そういう
"親友までにはなれない友だち"?"気の合わない仲間?"それとも"腐れ縁"だろうか。
ただ、セブルスはひったくるようにしてジェームズの手をとった。
「命を助けたことを後で死ぬほど感謝しろ、
その瞬間、石床がぱっと消えた。
部屋に敷き詰められたそれが、すべて。元々空中しかなかったみたいに。
(──落ちる!?)
さらに悪いこと自体は続く。
轟音がして、天井が濁流を吐き出し始めたのだ。部屋全体をおおうほどの滝みたいだった。入り口ドアの辺りも、四面の壁も例外ではない。
セブルスは宙に投げ出されるのを覚悟して体をこわばらせていたが、どうにもその気配はなかった。
上からの圧がかかって、その場に『立って』水が落ちていくのを待つことしかできない。両手はどちらもつながれたままで、自分たち5人は落ちていないようだった。
水をかき分けるようにして足元を見ても、靴のしたには何もないようだ。ぽっかりと空いた穴は真っ暗で、底まではうかがえない。透き通った水面に立っているみたいだった。
それからすぐに、天井も床ももとの状態にもどった。手をつなぐ前と同じ、ただの小部屋に。
びしょ濡れになったはずのローブや髪まで乾いている。
魔法のかかった水だったのかもしれない。
「……盗人落としの滝みたいだ」
ジェームズは頭をふるふると振りながらそう言った。
けっこうな水をかぶったはずだが眼鏡は落っこちずに済んだようだ。
「確か銀行にあるとかいう?」
「そう。変身なんかの呪文を暴くんだ」
ジェームズはつないだままの手を見やって、少し嫌そうな顔になっていた。
こっちだって好きでそうしてるんじゃない。
「服従の呪文は解けたみたいだな、完璧にあやつられていた"何でもできる"ポッターどの」
「お前。さっきファーストネームで呼んでたくせに」
「……うるさいな」
2人でそんな風に話していると、シリウスとリリーが背後を振り向いた。
「あいつは落ちたのか?」
「ええと……多分?」
敵のいた場所だって床が抜けていたはずだ。人影はどこにも残っていなかった。
あれではもしも壁に張りついていても逃(のが)れられなかっただろう。
「不合格のひとは談話室に送られるんじゃないかな。心当たりがあるよ。秘密の部屋を見つけた気がしたのに場所がわからなくなったことがあって」
"試練"の覚えはないけどね、とジェームズがつけ加えると、ちょうど部屋の外──談話室からひときわ大きなざわめきが聞こえてきた。驚くようなことがあった時みたいだ。
敵がどこからか吐き出されたタイミングだったのかもしれない。
「あの人は談話室で、わたしたちはここにいる……。じゃあ、わたしたちは合格?」
リリーが戸惑いがちにみんなの顔を見渡したときだった。
彼女の手の甲から光が漏れだしたのは。ちょうどセブルスがつないでいた方だ。
おどろいた全員がいそいで手を離すと、どうやら光が漏れているのは5人とも同じみたいだった。
セブルスの左手の甲も、青白くひかっている。よく見てみると、細い針金みたいな線が走って光の
「ホグワーツの校章か?」
「そうだと思うわ」
ひと筆書きのようになぞって完成されたそれは、間もなく消えてしまった。
「なにかの呪文とか」
「もしかしてこれが"宝"?」
そう言ったクラリスが自身の手の甲を突っついていたが、つるっとしたただの手に見える。おかしなところはない。
予想外の出来事が続きすぎて、わけがわからなかった。自分たちは合格したのだろうか。
オミニスが「どういう"試練"なのかよくわからなかった」と言った意味がよくわかる。いったい何を試されたのだろうか。仲間を信じて手を離さないとか?
──いや、多分ちがう。
オミニスは確かこう言っていた。
「今までの"試練"は『合格できるまでは不合格』だったが、第四の試練だけは少し違う」と。
5人が戸惑ったように顔を見合わせた頃、不意にリリーが懐から何かを取り出した。小さな額縁がばたばたと動き始めていたのだ。オミニスが戻ったのだろう。
これで終わりなのかも含めて、くわしい解説が欲しいところだ。みんなも同じような気持ちなのか、肖像画に注目している。
立てかけられ、リリーに拡大呪文をかけられたオミニスは異常なさそうだった。
『あいつは談話室で先生たちに捕まったよ。……記憶?ああ、消えているはずだ。
君たちを脅したり服従の呪文をつかったのは覚えているだろうけど、"試練"の情報のためとは思い出せない。
それに消えたのは彼の記憶だけじゃない。彼経由で知った者はみんな忘れているよ。1回目の時もそうだった。
"試練"の存在がみんなに知れ渡ってしまうからかな』
たとえばセブルスの記憶が消えた場合は、"試練"を知ったトーマスも忘れてしまうのだろう。
みんな、はっきりさせたいことが多すぎて
全てが終わった今、何を知ったとしても影響は出ない。
口火を切ったのはシリウスだった。
「それで、結局この試練って何だったんだよ」
『そうだな、僕らも知っているわけじゃないから
オミニスは、少し考えるようなそぶりを見せた。
『君たちの1回目は、第二の試練から違ってるんだ。
ハッフルパフ寮の"知性"の試練。
君たちは2人だけで受けに行ったんだよ。残りの3人が進めるのを渋ったからね。そしてそのまま
レイブンクロー寮の"勇気"の試練も同じだ。2人だけでも進んでいた。ということは<一緒にあの部屋に入ったグループのなかでリーダーを決めればいい>って事なんだろう』
「それでぼくら2人が第四の試練で落ちたってことは……」
オミニスはジェームズにうなずいてみせてから、推理内容を発表した。
『第四の試練は<ここまで全員で踏破してきたかどうか>だと思う』
要するに、第四の試練を受けるときまでに条件を満たしていないと、自動的に不合格になってしまう。それも、一連の試練すべてにだ。
他寮に入るという苦労まですべてやり直しになる上、どうやって合格したかすら覚えていないなんて。
「第四の試練だけ5人で来たら合格……ってわけじゃないのかしら。"狡猾"な気もするけれど」
「この"試練"全体が"友情"を試すものだろう。最後だけ揃っていればいいとは考えにくい」
クラリスの疑問に答える彼に、今度はセブルスが尋ねた。
「……それって今回はなにを試されたんだ?グリフィンドール寮の"スリザリン的"な試練のはずだけど」
可能性が高いとみていた"狡猾(機智)"や"純血主義"ではない気がする。
『君だってスリザリン生だろう』と残念そうな答えが返ってきた。暗に『そこは解っていて欲しかった』とでも伝えているのだろう。自分の寮だからって沢山あるモットーから絞り切れたりするか。
『友情で結ばれたチームのはずなのに、たとえば喧嘩別れにしたり誰かをのけ者にする。それは"同胞愛"が足りないって思わないか?』
そういえばそんなモットーもあった。同胞、つまり純血の仲間への愛だろうから無視していた。よく考えれば"同胞"という単語だけでみると、"家族みたいな身内"から"魔法族全体"にまで当てはめられるかもしれない。
ハッフルパフ寮の"友愛"よりも"同胞愛"はがっちり固まっているようなものなんだろうか。
その程度の条件が"試練"になるもんか、と言いたいところだったが、事実1回目は不合格になっているのである。
もやもやしたものは晴れないが、本当の正解はオミニスだって知らないのだ。『そういうものか』と飲みこむ以外にできることはない。
「──それじゃあ"宝"って何かしら?マグルの子供向けのお話だと、友情とか思い出だったりするの」
生粋の純血主義家系であるゴーント家の彼は、マグルの暮らしには
『この試練のはそういうものじゃない。きちんと手に入るものだ。
……ただ、君らの期待に
後半は目を輝かせたジェームズとシリウスに向けて、たしなめるような言い方だった。
オミニスは気を取り直すように咳ばらいをして、"宝"の説明をはじめた。
『──手に入るのは……』
*
ひとと話すのにはこの上ない悪条件だが、その分
窓ガラスのそとを流れてゆく風景はどこまでも広がっていて
やがてトンネルに入ってしまうまで、セブルスはしばらくのあいだ黙ってそれを眺めていた。
学期が終わり、入学した時とは反対方向にすすんでいく特急でも気ままには振る舞えなかった。
自分たちの身内で固まりがちなスリザリン生は特にだ。1年生ではホグズミード駅までの道なんて覚えていない。どうしても上級生に頼ることになるし、そうするとほかの生徒たちの目からは逃れられなくなる。
そのため、セブルスはいつも顔を見ているようなメンバーと共に、割り当てられたコンパートメントに座るように決められてしまった。ジェームズたちと合流する腹づもりだったのにだ。
セブルスにできるのは、荷物を置いたまま抜け出すことくらいだ。駅での
特急がトンネルを抜けて、濃く色づいた青空から陽がさしこんできた。白い光に包まれたのはセブルスだけではなく、隣のトーマスもだった。
しばし2人が立ち止まっていた場所は、ちょうど車両の連結にあたる。
トーマス自身はジェームズたちのコンパートメントには行けないので、ほかに訪ねたい生徒の方にでも行くらしい。
周りに誰も来ないことを確かめるように、トーマスはあたたかな窓を背にした。
「──あのさあ。君たちの手に入れた"宝"って結局何だったの?友情を試されたんだから、こっそり連絡がとれるとか集まれるとか、そういうのかと予想してたんだけど」
ほかならぬセブルスたちですら同意見だったので、
「それが、全然だった」
"宝"はとてもシンプルで、そこまで有用なものではなかったのだ。
オミニスによると『今後、隠し部屋を自由に使える入室権』。
それだけ。
隠し部屋はただの個室だ。他寮の部屋につながっているとかでもないし、煙突飛行粉を使えるわけでもない。
ホグワーツには隠された部屋のうわさなんて、いくらでもある。そのうちの一つでしかなかった。
しかも生徒として在学中にしか使えず、本格的に仲たがいしたら入れなくなるらしい。隠し部屋のなかでも役立たずに分類されそうだ。
ほかの生徒の目に触れたくない時に一人になれる、という意味では役に立つだろう。この1年のあいだ、集団生活で誰にも見られない場所を確保するのはとても大変だった。
オミニスの額縁を各寮にかかげておけば、伝言をたくして連絡くらいは取り合えるはずだ。
ちなみに部屋の中央にあった杖は、"始まり"を羊皮紙に封印するのに使うものだった。"宝"じゃない。
もちろん、全員が「早く封印してしまおう」という意見に賛成だった。隠し部屋が今度こそ危険人物の手におちてしまうかもしれないからだ。
「ああ、それであの後タペストリー?が引っ込んでいったんだね。でも良かったじゃない。これで君たち以外の子は入れなくなったわけでしょ」
「役に立つか?」
「工夫しなよ、ぜいたくだな。持ってないよりずっと良いでしょ」
自分が"持っている"やつは、そのことに無頓着になりがちらしい。
車両を移動する生徒が横切って、2人とも口をぴたりと閉じた。トランクを抱えているのを見るに、特急に乗り遅れそうになったのか、空いているコンパートメントを見つけられなかったのだろう。
青いローブと赤いローブの組み合わせだった。
彼らが次の車両のドアを閉じたところまでを見届けてから、トーマスが肩を落とした。
「ああ、これから新学期まであの家かー……」
帰る前、シリウスも似たようなことをこぼしていたし、オミニスの絵までそこに共感していた。古い家系で親戚なんかが沢山いると、家の方針と合わない子も出てくるのかもしれない。オミニスの家族関係のことは教えてもらえなかったが、きっと色々あったのだろう。
「家が厳しいのか?」
ちょっと違うかな、とトーマスは苦笑いをうかべた。
「ぜんぜん気が合わないのに、合うっぽい振りをしなくちゃいけないからね、きょうだいとか。学校も休暇もなんて最悪だよ。いつも同じ顔ぶればっかり」
「きょうだい?」
トーマスの両親の話はきいたが、他にも家族がいたとは知らなかった。
「あー。ほら、お母さんはギリシャにいる。でもお父さんは再婚させられたんだよ。つまり、その……英国の『ふさわしい家の女性』とね。まだお母さんが生きてるかもしれないのに。
新しい奥さんには子どもがいたんだよ。つまり……血の繋がらないきょうだいってやつ」
トーマスもかなり苦労する星のもとに生まれたらしい。
当人は「あーあ」とまたため息をこぼした。
「せめてレイブンクロー寮に入れれば、もう少し楽だったんだけどなあ。別のグループとも付き合いができるから。でも、ぼくは好奇心旺盛ってわけでもないし。ハッフルパフ寮は元から入れる気がしないや。グリフィンドール寮だったら勘当されてたかもね」
シリウスなら望まれれば喜んで家を出ていきそうだが、トーマスは違う意見のようだ。
セブルスから見ても、彼はスリザリン向きに見える。自分の意見をおし殺して周りにうまく溶けこめる辺りが。
「君は選べたんだろ、なんでスリザリンなのさ?」
「……母さんが入って欲しいと言ったから。その方が幸せだって」
その願いを
うわあ、とトーマスは気の毒そうに嘆息した。
「で、スリザリンは"幸せ"なんだっけ?実際のところ。たしか我慢の限界がきてなかった?」
「あー……。ましにはなった」
特にシリウスと関わるようになってからは、それなりに自由に振る舞えたからだ。あからさまな嫌味や皮肉を浴びることもなくなった。それを"幸せ"と呼ぶことはないとしても。
「スリザリン以外に友だちがいるのってすごく貴重だよね」
「スリザリンの中に"わかってる"やつが居るのもだろう」
誰かの傘下に押しこまれる息苦しさを、やわらげたり共感してくれる存在は必要だ。
「"わかってる"やつでグループを作るっていうのはどう?今度、心当たりを手紙で知らせるよ」
そんなネットワークをいつの間につくっていたんだろう。社交的じゃないセブルスには出来ない芸当だ。
「送る時なんだけど、"
トーマスはわざわざ窓に息を吹きかけて、文字をなぞって見せた。
全く読めない。
「……名前なのか?字が汚いけど」
「汚いんじゃなくて、こういう風に書くの!(トーマスは調子を取り戻すように咳ばらいをした)
英語だと"
本当の名前は"Hector Thomas Yaxley(ヘクター・トーマス・ヤックスリー)"なんだ」
トーマスの解説によると、"トーマス"は母方の祖父からもらったらしい。かなりマグル的な名前だとか。由来が十二使途だからだ。セブルスにはその"十二使途"がよくわからなかったが。
海外にいたことを隠しつつ、母親のことを忘れていない意味もこめて"トーマス・ヤックスリー"を名乗っているらしい。
"ヤックスリー"の名前で手紙が届く分には、セブルスだって文句は言われないはずだ。
「手紙は受け取れるけど避けて欲しい日がある。……アルバイトに行くから」
「どこに?」
「ブラック家」
と言っても、親戚の家らしい。
シリウス曰く、いくら半純血でも本宅に立ち入るのは歓迎されないそうだ。
『聖28以外は純血じゃないって極端な考えなんだよ。ジェームズだって一応"純血"なのに、どこの家も穢れた血を隠してるからって認めないんだ。そういう"純血みたいなやつ"でも特別な用事がなければ
シリウスの学校での状況は、本人は連絡もしないだろうが他の親戚だっている。それこそマルフォイだって協力するだろう。とはいえそのマルフォイの血筋だって、情報を"きれいに"整えているだけで本当はあやしいらしい。
なぜセブルスがアルバイトに行くことになったのか、経緯はこうだ。
まず、シリウスは『夏休みにずっと家に閉じこめられるなんて絶対に嫌だ!』と考え、それを理解してくれる
その結果、彼女から親戚の叔父さんに連絡がいって、叔父さんの家に少しのあいだ滞在させてもらえることになったのだとか。シリウスはブラック家に頼るような真似をやめると言っていたが、その叔父さんを頼るのはいいのだろうか。
その際にどういう流れでか、アルバイト先を探していたセブルスを派遣することになったらしい。本人も知らないところで。
もちろん連絡を受けた母親はすでに快諾したので、逃げ場はない。勝手に決めないで欲しいが下々の者に自由はないのだ。特におこづかいに困っているセブルスには。
(ヤックスリー家やマルフォイ家に送りこまれるよりはましだ。……きっと)
これから「シリウスの部下にふさわしいように」と礼儀作法などをかなり厳しく
シリウスは『みんなも呼ぶ』と言っていたので、もしかしたら夏休みに5人で集まるかもしれない。
(禁止されても勝手に
シリウスはそういうやつだ。
ジェームズやリリーはともかく、クラリスもアルバイトには出るらしい。
以前からの付き合いでの「お手伝い」相手のところもだが、その他にも考えているところがあるとか。
ハッフルパフ生の友だちや、リリーたちグリフィンドール生と遊びにも行くらしい。
スリザリン生のセブルスが一緒に行くことはない。そもそも女の子グループなのだし。
せっかくの長期休みなのにリリーの顔をあまり見られないのは残念だった。
「ふうん」とトーマスは説明を聞いて相づちをうっていた。
「アルバイトに行くっていうのは良いね。ぼくも家から離れる方法を考えてみようかな」
その時、特急ががたんと大きく揺れた。窓の外は渓谷にさしかかっている。しばらくは歩き回らない方が良さそうだった。
それからも2人だけでしか出来ない話題を続けてから、トーマスとはわかれた。
「じゃあ」と手をあげた彼はもとの車両に戻り、セブルスは次の車両にうつる。
黒っぽい雲が、ちぎれた綿みたいに地平線に浮いている。──いや、その奥には地面をおおいつくすように、重たそうな雲が垂れこめていた。
不安なものが足元から這い上ってくる気がして、セブルスは
次回はエピローグと転章です
RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?
-
【活動報告】にあげて欲しい
-
【本編】にあげて欲しい