セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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2025/5/4 一部微修正済み


エンディング(低学年編・了)(修正済み)

1972年 学期末

 

 

 

 ルシウス・マルフォイ2世のすがたは、1年ぶりにもどった自宅屋敷の廊下にあった。

 屋敷しもべ妖精に荷物の処理などを命じた、その足で執務室へ向かったのである。例年と同じように。

 とっぷりと日が落ちて真っ暗になった窓に、強い風にさらわれた雨粒が(すじ)をえがくのが見えた。

 

 戦争中とはいっても、平生と同じく銀行の取引はあるし仕事が消えてなくなるわけではない。日常をまわしている上に殺し合いが積み重なっているのだから、誰しもが悪化した多忙さに振りまわされているはずだ。

 平和な時代の学校生活でならば決してやらなくて済む活動までこなしているルシウスしかり、死喰い人に拠点や人材を提供している父親しかり。

 幸福な人が趣味にあてる時間を食いつぶしている、それとも『破壊活動を趣味にしてすっきりしている』ととるべきか。ルシウスにも心当たりがないでもなかった。

 

「──では報告を聞こう」

 先ほどまで喧々諤々(けんけんがくがく)と議論し、こちらの要求を呑ませていた男──父親がすずしい顔でそう切り出してきた。

 昨年と同じく、執務机で席について自分をまっすぐに見つめている。

 

 同席していたルシウスはその手管(てくだ)を観察し学びとろうと試みたが、自身が同じだけの成果をあげられるとは到底思えなかった。

 もしもこの人が自分の立場にいたならば、より良い結果をみちびき手にすることができたのではないか。

 自身がしたよりも、もっと。

 

 その人にこれから『大した成果を得られなかった』、あるいは『得ていたはずのものを失った』と報告をあげねばならない。

 ルシウスはそんな暗澹(あんたん)たる胸のうちが表に出ないよう、口元にちからをこめて「はい」と返事をした。

 

 (もっと)も、休暇で帰るたびに直近で起こったことは報告している。どうしても急ぎで手に負えないのなら手紙を頼るが、その必要もなかった。

 ここでは、昨年と同じくこの場にいる死喰い人へ、あえて聞かせるためにまとめた報告をすべきだ。やがて闇の帝王の耳に入ってもいいような。

 

 手短に前学期での寮の掌握状態や、人間関係のことを説明した。

 たとえば、1年生のうち目立っていたり気に掛けなければいけなさそうな者はどこの家の者で、彼らはどんな性格をしていそうか。そこには『シリウス・ブラックは交流をもつには難物である』というのも含まれる。

 

「……グリフィンドール寮の交友はほとんどジェームズ・ポッターのみで、周囲も警戒しているようです。

 しかしそのポッターがスリザリン生にたびたび悪質な悪戯を仕掛けていたので、少し痛い目をみせました」

 ふむ、と父親は考えを整理するように自身の(あご)に触れてから答えた。

 

「ブラックにはいっそのこと、そちらで交友を築いてもらった方が都合がいいかもしれんな。

 先日、レギュラス・ブラックと対面で話したのだが、間違いなく彼はスリザリン寮に入る。ならばリスク分散という意味では、全くべつの陣営に居てもらった方がいい」

 そこで言葉を切って、彼は死喰い人とおぼしき人物を一瞥(いちべつ)した。

 

「我々が負けるとは考えていない。闇の帝王は強大なちからをお持ちだからな、ダンブルドアの小細工でも適うまい。

 シリウス・ブラックに期待するのは、あちらに投降をうながす時に周囲を巻き込んでもらうことだ。出来うる限り多くな。戦争は始めるよりも終わらせる方が難しい」

「お言葉ですが」

 その案を実行するのは難しいだろう。

「彼は投降するよりも最後まで戦うでしょう。自分が最後の一人となっても、執念深く。ADA(エイダ)の一人が情報を得ようと試みましたが、その際に『ブラックなどやめる』と」

 

 父親──アブラクサスは小さく笑い声をあげた。目の前で愚か者がすっ転んだらこんな顔になるだろうか。口元が皮肉気に曲がっている。

 (あざけ)られたのは自分ではないが、ルシウスは胸にひやりとしたものを覚えた。

「血筋の"執念深さ"はそちらにいったか。……役に立たんな。お前ならどんな活用方法を考える?」

「そうですね……」

 ルシウスは先生にあてられた時よりも遥かに必死に頭をまわした。下手な解答でなじられるなら()(かく)、『その程度なのか』などと失望されたくない。

 

「本人はどの道こちらに引き入れられないのですから、深い情報や立場を得たときに服従させる……、あるいはそう見せかけて不信感を(あお)るのはいかがですか」

「ほかには?」

「……ブラック家でしか使えない道具や屋敷しもべ妖精などを使い、罠に嵌めるというのは可能かもしれません」

 

 それ以上『ほかには?』と重ねられても思いつかない。なのでルシウスは「そういえば」とべつの報告事項に話題をうつすことにした。

「昨年の方針通り、スリザリン生のなかでシリウス・ブラックの交友がある生徒をおさえてあります。彼と同じくあちら側にやるべきとお考えですか?」

 強引な話題の変更に、父親は『小賢しいやつめ』と言いそうに冷ややかな目をした。だがそれを声に出すよりも乗っかることにしたらしい。

 

「彼らにスリザリン内の事情をぺらぺら漏らされては困る。ここに至ってはレギュラス・ブラックともども抱き込む方針に転換しよう。彼にあてる分の下級生の確保はできているな?」

「はい、もちろんです。おっしゃる通りに」

 

 それからも二、三打ち合わせをしていると、父親は「──それで」とべつの議題にうつった。

「あの羊皮紙の魔法についてはどうなった?」

 ルシウスは、喉からうっと声を漏らしそうになるのをなんとか耐えた。落ち度を自ら明かすのはひどく苦い心地がする。それも尊敬する相手には。

ADA(エイダ)の者に対策チームをつくらせましたが、魔法が切れたので合格には結びつかなかったようです」

 胸中のものを押し隠すように、つとめて何でもなさそうな顔で説明した。

 

 なぞ解きらしいことは判明したが、どんな条件を満たせばいいのか()()()()()()()()()()()()()

 情報を掴んでいたと思しきジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックを見張ってはいたが、そこからも結局何の情報も得られなかったようだ。明らかに怪しいライブが開催されていて妨害もしたが、妨害しきれたのかどうかもよくわからないまま。

 そのうちになぞ解き自体が姿を消してしまったので、順当に考えれば魔法が切れてしまったのだろう。

 

「期待に応えられず申し訳ありません」

 しっかりと腰を折って謝罪の姿勢をとった。これは父親にというより、上司に仕事のへまを詫びているのに近いからだ。

 表情には出さずに済んだが、血の気が引くような感覚までは操れない。しかも、これは失敗報告の序の口でしかないのだ。

 

「気にすることはない。子どもに与えられないような過激なものは設置しないだろう。全寮が協力し合うのならなおさらだ。それに追加の情報があがっていてな。どうも羊皮紙の持ち主の先祖がホグワーツの教授だったらしい。代々置きっぱなしになっていたとか。

 元々何に使うかも不明なものだったのだ。念のため、来年以降も同じような出来事が起こらないかだけ確認しておきなさい」

「……はい」

 目にかかるところにまで滑り落ちてきた髪のひと房を、整える気にもなれなかった。

 

「重要なのはここからだ。……そうだろう」

 ルシウスにははいと頷くことしかできない。

ADA(エイダ)の存在が明るみに出ました。ダンブルドアにもでしょう。所属していたグリフィンドール生の一人が闇祓いに捕まっています。"服従の呪文"を教師にかけていたと。

 どうやら、やつは妹にも闇の魔術をいろいろ試したのだとか。その()()で元より闇祓いに目をつけられていたそうです」

「お前の関与は疑われていないか?」

「"課外活動"についてDADA(闇の魔術に対する防衛術)教授に確認はしました。むろん、"監督生"としてです」

 参加人数が多い"課外活動"なのだから、顧問をたずねても不審ではない。

 そこで交わされた会話も、ごく一般的な言いまわしで暗喩(あんゆ)しています。疑惑以上のものにはならないでしょう」

 自分が直接うごくのは、本当に重要で自分にしかできない案件だけだ。でなければ簡単に尻尾をつかまれてしまうだろう。

 

「……"服従の呪文"についてはあずかり知らぬことです」

 根耳に水というのはこのことだ。ルシウスはそんな指示は全く出していない。だから仮に"真実薬"がその生徒に使われても影響は出ないだろう。

 

 闇の魔術の研究をするためのグループなので、これまでは毎年DADA(闇の魔術に対する防衛術)の先生を顧問にしていた。しかし、それまでは「先生を締め出して勝手に集まる」という手段をとっていたのだ。

 今回の先生はやけに協力的だったのだが、ふたを開けてみれば服従されていたというのだから堪らない。せっかく築き上げたものがパアだ。

 それ以上に『自分にはグループを統率できていなかったのだ』と知られた事実が胸を刺す。

 痛みにひと息だけが漏れた。

 

「報告を続けなさい」父親は責めるでも慰めるでもなく、厳しくもない声色だった。

「お前はどう対処した?」

「活動を休止して時を待つようにと……」

 今さら解散など出来るわけもない。闇の帝王は挑戦したことに失敗するのは許すかもしれないが、すでに手にしたものを失うのは我慢ならないだろう。

 

「それでいい。お前は上に立つ者だから。お前がどんな気持ちを抱えていようが自由だが、それで判断を鈍らせていないのだから」

 真っ青になっているだろう顔をのぞき込んでいた父親は、椅子から立ち上がった。

 

「申し訳ありません」

 どんな目をされているか見たくなくて、頭を上げられない。

 その背が軽く押された。

「それはもうわかった。お前にはもう少し感情と頭脳を切りはなすレッスンが要りそうだな。こちらに来なさい」

 その感情の(うかが)えない声色では、怒りを押し殺しているのか()()行き風に取り繕っているだけなのか、ルシウスに判別はできなかった。

 

 

 

 

 ルシウスが連れてこられたのは応接室だった。

 ドアの向こうは真っ暗だ。夜間に使うこともないので締め切っていたらしい。

 2人が真っ暗なそこに足を踏み入れると、壁づけの燭台に火がともる。

 

 紫色を基調とした室内のうち、促されたのは暖炉の方だった。夏場だからといっても、雨が多く冷えがちな屋敷では火を絶やすことはない。

 その暖炉を眺めるように、一人がけのソファが2脚、横並びで設置されている。もちろん火に近すぎると熱いので少し離れた位置だ。

 

 並んでソファに掛けると、さっそく"姿現し"で屋敷しもべ妖精が現れた。

 父親は「ワインを用意しろ。──こう命じられたらお前は何を準備するか?」

「はい、旦那様おひとりの時よりも良いものをご用意します」

「……それだけか?」

 声色には期待はずれのものを見下すような色がある。言外に『他にもあるだろう』といっているのだ。こうなると当然出るはずであろうと思っている答えを口にするまで、圧力をかけられ続ける。

 やがて「……(さかな)をご用意いたします。ナッツなどはいかがですか」

 

 父親はため息交じりだった。「良くはないが、まあいい」

 初めからそのくらいは申し出ろという意味だろうか。「……ああ、それと」

「ゼリーを用意しろ」と彼は付け足した。「『ぷるぷる』しているやつだ」

 ぷるぷる。この人の口から出るには子どもっぽ過ぎる単語である。しかし今のルシウスは似合わなさを笑うような気分ではなかった。

『不快さ』が胸のうちに波を立てたから。

 

 かつて、ルシウスはそれが好きだった。自身だけじゃない、同年代の友人に尋ねたってみな同じように答えるだろう。「ああそれ、懐かしい。子どもの頃は好きだったよ」と。

 ホームパーティーなどには付き物だったそれ。幸せな思い出に登場するだけなら誰だってほほえましく思う。

 

 しかしこの人が口にするといっそ気色が悪いそれは、成人したルシウスにだって不格好がすぎる。頬いっぱいに詰めこんで喜んでいたのは遥か昔だ。

 この人にとっては自分はまだその頃と大差ないというのか。

 してみるとこの会合は、『ほほえましい失敗に落ち込む子どもの機嫌をとる』つもりなのだろう。

 

 それが、頭にくる。

 

(何もわからない子どもじゃない……!)

 能力の高い"当主様"のくせに、これほど偉ぶっていてそんなこともわからないのか。

 それとも、『ルシウスにはまだこの程度の能力しかない』と前もって見積もられていた?

 

 いつもなら流すこともできたはずなのに、苛々がおさまらずに盛大に顔をしかめてしまった。案外疲れているのかもしれない。なにせ特急で一日かけて帰ってきたばかりだ。

 家族や使用人(屋敷しもべ妖精)以外が不在で助かった。こんな顔をさらしてはまずい。

 

「恐れながら、旦那様」

 ルシウスの顔色の変わりようが目に入っていたらしい妖精が申し出た。

「坊ちゃまにフィッシュフィンガーズもお付けしますか?」

 大人の指くらいの大きさの白身魚フライだ。こちらも子ども時代を懐かしむようなメニューではあるが、大人が食べていておかしいものではない。多少子どもっぽいだけで(日本でたとえるならフライドポテトのようなものだろうか?)。

 

 なかなか気の利く個体もいるじゃないか。『ゼリーは少し』などという苦言の場合、父親は面子をつぶされたように感じただろう。

 感心して注意がよそに向いたせいか、少し胸のつかえがましになった気がする。──落ち着け。感情的になるものじゃない。もう大人である自分のすることではない。

 そんなルシウスの内心に気づいたかどうか、父親は「ではそうしろ」と妖精に命じていた。

 

 子ども扱いはすれども、ルシウスが酒を飲める年齢になっているという現実はこの人にだってわかっている。そもそも食事のときに酒を入れるのは珍しいことでもないのだ。休暇で帰郷した際にもそうしていた。

 

 妖精がうやうやしくグラスを2人分用意し、父親の命にしたがってボトルを置いて去ると、彼は「こうして飲むのは久しぶりだな」と上機嫌そうに話しかけてきた。

 大人になった子どもと酒を飲むのは、親にとっては嬉しいことらしい。自身も同じような感覚になるものなのか、まだイメージはしにくかった。

 そのくらいで喜んでもらえるなら、酒くらいいつでも付き合う。こういう強い種類の味もとっくに知ってはいるが黙っておくべきだろう。

 

 まだ胸にざわざわとしたものを残しながらも、ルシウスはつとめていつも通りに言った。

「確かレッスンとおっしゃっていませんでしたか」

「レッスン?」

 自分で言い出したことのくせに、まるで心当たりがないみたいにきょとんとしていた。

 たっぷりの沈黙の後、アブラクサスはうなずいた。

「そうだとも。今は……あー、感情の部分を落ち着かせる段階だ、うん」

 適当に言い訳をはりつけたような物言いである。どうやら、あそこから抜け出すためのただの建前だったようだ。

 

 人目が完全にゼロにはならないとはいえ、消沈している息子をそのまま放っておく気はないのだろう。それがかえって頭にくる。そんなことも出来ないなんて思われたくない。

「私を落ち着かせるための手伝いなど要りません」

 自分で思っていたよりもつっけんどんな声が口から出ていた。

「なんだその口の利き方は」

 父親は不快そうに文句を言った後、少し考えるようにしてから付け足した。

「ちょうど私も休憩したいと思っていただけだ」

 

 気まずい沈黙がおりた。

 こういう会合で権力が上の相手の気を害するのは悪手だ。解っているのにしくじりを避けきれなかった。

 ルシウスが苦い気持ちを誤魔化そうとグラスに口をつけると、父親も同じくしてから皿に手をのばした。足りないことのないようにと積み上げられたフライの山に、手を突っ込むだけの活力はルシウスにはない。

 

 自分が子どもだった頃の印象がまるごと残ってしまうくらいには、父親とこうして過ごすような機会にはあまり恵まれなかった。家族として過ごすのは長期休暇くらいだろうか。それでさえ、父親が不在となる時も多い。

 

 それも仕方のないことだ。

 彼らの世代は第二次大戦後に子どもだったような年齢にあたる。マグルでの戦争だけでなく、魔法界でも争いがあった。激動の荒波に呑まれて沈没した家だって数多くある。その代わりになり上がった者たちも。傷を受けなかった者などほとんどいない。

 ごく一般的な表現をするなら、その頃の父親は多忙であった。

 

 そんな時代をなんとか頑張って乗り越えてきたのに、その間でくすぶり続けたものに再び火がついてしまったのが現在だ。

 ずっと不穏の陰はつきまとっていたことだろう。

 予期せぬうちに(たお)れるかもしれないと、背に刃を感じながら生き延びていたのではないか。

 そのためか、彼は教育に熱心なところがあった。出来うる限りの全てを伝授しようというのか、かなり厳しい基準をルシウスに課した。満たせなかったことも多々ある。

 ただ、それで"幸せ"になれるかはともかく、不幸にはならずに済んだように思う。

 

 頭では理解している。それでもすんなりと腑に落ちてはくれない。

 今の自分を受け止められていない気がして。

 

 いつまでもゼリーに手をつけないでいると、父親が「好きだったろう?」

「子どもの頃の話です、父上」

 今度はやんわりとした口調で断ることに成功した。

「そうか」と応じたこの人が、どんな考えでいるかは見通せない。

 

「……"ADA(エイダ)"の件だが」

「はい」

 触れずにいるわけにいかない話題に、思わず襟を正してしまった。いつ 責がとんできてもいいようにだ。

 父親は「気負うな」とクッションに背中を預けて表情をゆるめたままで続けた。

 

「あれはA・D・Aという略称だろう。どんな単語を略したのかと思ってな」

 ひとまず呼び名が必要だったからと仲間うちでノリでつけた、適当な名称である。ルシウスはADA(エイダ)の元締めとはいえ()されていたので、仲間にグループの幹部を任せていた。

 

「あれは"Anti(反)・Dumbledore(ダンブルドア)・Alliance(同盟)"です」

 仮想敵に対するためなら他寮とだって同盟を結ぶ。そういった比較的ゆるいグループである。権力で(ダンブルドアに)禁じられているもの(闇の魔術)に敢えて挑むようなイメージに強い。

 正式名称は大っぴらにできないので略称のみで定着させていた。

 

「連中は次の世代に譲ってしまうのだから気に病んでも仕方がないだろう。

 それはそうとして、どうすべきだったかは検討しなくてはならない。わかるな?」

「はい」

 そうしなければまた同じような事態になったときに対応できないのはわかっている。ルシウスだけではない。大人社会では、上を立つものが詳しく状況を聞こうとするのは当たり前だ。

 それでも、自身の(きず)をあえて深く穿(うが)つのはあまりに痛い。

「もう少し詳しく話してみろ」

 

 この案件はもちろん父親に報告をしてはいる。それでも自身の裁量ですすめることが多かった。

 学校内での生活や人間関係の強弱、権力勾配……そうした空気感は、外側にいる者にはわかりにくい。釣りの最中に、刻々とうつり変わる波模様を逐一(ちくいち)相談などできないのと同じだ。波が立った時にどうするか、風が強い時には?という大まかな方針を立てるしかない。

 父親に指示をあおぐとすればその方針の部分だが、手を借りることはなかった。必要がなかったし、そうでありたかったからだ。

 

 結果だけを取り出してみれば失敗となった。ある程度の期間はうまく回っていたのに。

 具体的にどのように組織し、何を命じてどう動いたか。それらを思い返して報告してみても、我ながら上手くやっているように思える。父親ののぞむ高い水準を満たすために頭をしぼり続けたのだから当然だ。

 

 起きた出来事は大まかには把握している。しかし、「ではどうすれば良かったのか」という部分は思いつかなかった。

 ADA(エイダ)の運営から離れすぎたために、独断専行をゆるす結果となった?しかしもっと入り込んでいた場合、共犯として検挙されていたかもしれない。

 校長のひざ元で活動したのが誤りだった?いや、人材を確保するためには、死喰い人になりえる素質のある者を早期から教育しておくしかない。校長(騎士団側)の思想にそまった生徒たちを勧誘するのは簡単ではない。

 

 父親は口を差しはさまずに、相づちを打ちながら聞いていた。失望の色はない。

 やがて聞き終えると、当時のまわりの状況を確認するような質問をいくつかし、思い浮かんだらしい案を尋ねてきた。たとえば「検挙された相手と直接話したことは?」などだ。

『ルシウスにも思い浮かんだが必要はないと判断したもの』『今は手が出せないと判断したもの』などが多い。

 つまり、父親が思いつくようなものは(おおよ)そ気づいているのだ。瞬間瞬間の判断に一考の余地があるだけで。

 

 考え込んで暖炉の方を眺めるだけになっていたルシウスの肩に、大きな手が載せられた。

「お前は出来ることはやった。お前の(とし)でそこまで出来るのは誇りに思う」

 消沈した子どもを慰めようとでもいうのだろう。もっと小さな頃にクィディッチの練習試合に負けた時のように。

 大人として認められるには何かが足りないと思われているのだろう。

 

 それでも穏やかに肩をたたかれ、褒められると、胸の鬱屈したところに光が差すような心地がする。雨の日に珍しく晴れ間を拝めた時のようだった。めったにない──前回がいつだったかを思い出せないくらいには。

 同時に、気恥ずかしさもある。誰にも、特に同世代の友だちにはとても見せられない。まだ父親に褒められて喜ぶだなんて。

 

 ようやく少しは"次"に意識を向けることができるようになった気がする。

 巻き返すためにすべきことは、文句のない程にこなしてみせよう。

 

 足りないところがあるのは事実だ。成人はしたがまだ大人社会なんて知らない。

 大人になりたてとベテランなのだし、父親は人生の先達であり上司でもある。いい手段があるのならまだ学ぶべきだ。

「父上」

 いくつかの案を頭のなかで転がしながら、『意見を聞かせてください』と申し出ようとした時だった。

 父親は『わかっている』と言いたげにうなずいて見せた。

 

「──お前はこの件から手を引け」

 

 胸にあった温かなものが、一転して引っ込んだ。

 これまで任せていた案件を取り上げようする、それは『力不足と判断された』でしかない。

 

 何も答えられないまま顔をこわばらせたルシウスに対し、フォローするみたいに父親は続ける。

「大丈夫だ、お前が心配するようなことはない。任せておけ」

 そう言い放った本人は満足げな顔をしていた。きっと『なすべき方を選んだつもり』なのだろう。

 それはまったくルシウスの意を汲むような決定ではないのに。

 

「お考え直しください。自分の失態は自分で何とかします」

「いや、お前がこれ以上何かをする必要はない」

「何故です。それほど私に能力が足りないとお考えですか……!?」 

「そうではない」

 だったら何だと言うのだろう。

 肝心なはずのそれは、続く言葉のなかにはなかった。

 

「聞け。目上の者の前でそのような物言いをするなと教えただろう」

 躾のつもりだとでも言うのだろうか。今重要なのはルシウスがなぜそう言うかでなく、作法だというのか。普段からこんな物言いをしているわけではないのに、それすらもできない愚か者だとでも?

 まるで拒絶されたようだった。

 

「では、なぜ私をおろすのか理由をお聞かせください」

 父親は意外そうに目を丸くしていた。

「手痛い思いをこれ以上しなくていいだろう」

「私には耐えられないとでもおっしゃるのですか。この程度のことを」

「そうは言っていない。痛くないならその方がいいだろう?」

 父親にとってそれは当然のことなのだろう。彼自身が手痛い失敗を誰かに押し付けるということではない。自身は自分で何とかするのに、息子が痛みのなかで自分で何とかするのを許さないのだ。

 

 ルシウスは甘く接して欲しいのではない。

 再考を何度進言しても、アブラクサスは頑としてゆずらなかった。

「どの案件をどのようにして与えるかを考えるのが私の仕事だ。そしてお前はこの件から外すと決めた。命令だ、わかったな」

 ぴしゃりと言い切られてしまった以上は、いくら訴えても変わらないだろう。不興を買うだけだ。

 

「……承知しました」

 それ以外の答えは許されない。

 失態を追求されるよりもずっと苦々しかった。

 

 少しだけ持ち直した雰囲気がまた悪くなって、2人とも口を開く気にならなかった。室内は重い沈黙に満ちている。

(もう休むべきか)

『疲れていても話すべきこと』は済んだのだ。グラスを空にしたら寝室に戻って休んでしまおう。

 

 急ぎ気味に酒を消費していると、不意にあらわれた妖精のひとりが「旦那様」と父親に声をかけた。

 何事かをぼそぼそ耳うちしていてルシウスの耳には届かない。ただ、血相を変えて立ち上がったところから『重大な、あるいは急ぎの連絡』であることはわかった。

「ルシウス」

 まさか自分の関係する連絡なのだろうか?

 心当たりはまったくない。

 

「お前は地下牢に入っていろ。口答えをした罰だ。──連れて行け」

 あまりに唐突すぎる。

 命令をくだしたのも不自然なら、罰の内容も不自然だ。

 意図を問う間もなく、ルシウスは「こちらへ」とうながす妖精に背を押された。まるで襲撃を受ける現場から"避難"させられるように。

 父親はローブを整えながら、厳しい表情で重ねて妖精に命じた。

 

「何があっても決して牢から出すな。いいな」

 

 

 

 

 地下牢はこの屋敷に出入りしている連中だって重宝するはずだが、中身は空だった。

 さすがに使用権は屋敷の所有者、つまり父親にあるはずだが使わせていないのだろうか。ここならば魔法族の呪文では脱出できないのでうってつけなのに。

 敵対する人間を攫(さら)って情報を吐かせるなど、戦争中なら当たり前にやっていそうなものだろう。

 実際どうしているかまでは知らない。まだルシウスが関わったことのない領域である。

 

 誰も閉じ込めていないからルシウスをここへやったのだろう。

 記憶にあるよりは少し狭かったが、それでも一人用の客室くらいのサイズはある。のっぺりした石でできた、柱、壁や床、そして出入り口の鉄格子がそこにあるすべてだった。

 床に黒ずんでいる染みがあるのが気にかかるくらいだろうか。

 新しいものにも見える。

 

 折檻として閉じ込められたことは今までにもあるが、もっと幼い頃で最後だ。少なくともこんな些細な申し立てを罰するのに使うようなものじゃない。

(つまり……、ここに入れる必要があったのか?適当な建前をつかって)

 自分がもしも子どもをここに入れねばいけない理由があったとしたら、それは何だ?

 いくつか想像を巡らせてみたが、あまり良い理由は思い(えが)けなかった。

 いやな予感がする。

 

「何があったんだ?先ほど耳打ちしたのと関係があるのか」

 自身を連行した妖精にたずねると、それは答えるのを拒否した。

「いけません、坊ちゃま。しゃべったら叱られてしまいます」

 

「僕に教えるなという命令はされていない。そうだな?」

 屋敷しもべ妖精は所有者の命令に逆らうことはできない。だが所有者の命令に穴があれば話はべつだ。今回は口止めしている暇などなかったのだから、あとは妖精の判断次第となる。

「お許しください。命令されていなくてもお叱りを受けてしまいます」

 そう言って妖精は逃げるように姿を消してしまったので、確かめるすべはなかった。

 

 突っ立っていても仕方がないので床に腰をおろし、しばらく時間が経った頃のことだ。

 ルシウスはさすがに眠気が限界に近づいていた。特急で夜遅くにロンドンに到着、それから故郷に飛行移動して父親への報告、しかも酒が入っているのである。

 突然、なにか獣のうなり声のような、遠吠えのようなものが聞こえた気がした。

 牢の中?……いや違う。そこの空間には獣はおろか、ねずみ一匹もいない。

 耳を澄まして様子を探っていると、急にぱちんという空気の泡がはじけたような音がした。

(……姿現し?)

 

 鉄格子の向こう側の妖精が「坊ちゃま」と呼びかけるのが聞こえて、ルシウスは急いで立ち上がった。

「何があった?」

「旦那様が……」

 元からぐずぐずとしていた妖精は、ついにその身に着けているずだ袋のような衣服に目を押しつけて泣きはじめた。

 キーキーとあわれましい泣き声が耳障りだ。これほど判断能力のない生き物を使わねばならないとは、非常時にはいまいましく感じる。

 

「泣いていては状況がわからない。わからねば何も命じられない。まずは説明をしろ」

 いくら命令に逆らわないといっても、機嫌をとらねばまともに動けない生物は扱いにくい。これならば新入生の方がましなくらいだ。

 その後も何度か問いをくり返してみたが、結果はかんばしくない。

 

「──痛い目をみるのが嫌ならさっさと話せ!父上の"お叱り"より僕の"お叱り"が好みか?」

 そう叱責して、妖精は初めて「はい」と震えるように息をはいた。

 

「闇の帝王です、坊ちゃま」

「来た……いらしたのか」

 想像できる範囲で一番まずい来訪者だ。

 

 うなり声のようなものは、先ほどよりも大きく聞こえる。

 牢のそとだ。

 ひろい空間に反響しているのか、正体も居所もまだつかめない。

 

「あのお方は坊ちゃまを直接罰するとおおせになりました。

 旦那様は、坊ちゃまは失態をつぐなうために地下牢につないでいるのでお会いできないと。そしてこの件は自身が引き取ったので自分にご用命くださいと。

 それでもとお望みになったあのお方にお断りすると、では代わりに処罰を受けよと」

 

 そうであって欲しくなかった予想が的中してしまった。

 だったらこの声は……。『悲鳴』は。

 意識するとかえって注意ぶかく聞きそうな気がして、ルシウスは自分の細く吐いた息に意識を集中させた。

 

「しかし、なぜ父上が……。協力者ではあっても、部下になったわけではないのに」

 それとも協力者を痛みや暴力で支配するのが"例のあの人"なのだろうか。

 

「いいえ坊ちゃま。旦那様は死喰い人なのです」

「どういうことだ。僕は何も聞いていない」

 

「はい。もしも明るみに出たなら、『何も知らない』坊ちゃまに当主をうつすと」

 

 はじめからそのつもりだったというのか。

 それだけで温かなものに胸が衝かれて、動けなくなった。

 

『すべてを知らせて』肩を並べるような関係を望まれていないのは悲しかったが、それ以上に。

 どこまでも子どもを守ろうとしているのだ。成人を過ぎて大きくなっても。

 ほんのさっき、慰めるようにたたかれた肩の感触はまだ残っている。

 

「父上……!」

 それほどの人が悲鳴をあげさせられ無様(ぶざま)に転がされている。それなのにそうさせてしまった自分が(かば)われ、のうのうと隠れているなんて(みじ)めだった。

 

 一人前を気取るなら、親父が1人で相対している危険で恐ろしい男に、自分だって罰を受ける覚悟でいなくてはいけない。隣でと望むならその背のかげに守られていることは許されない。

 うす暗い石の壁にうつった影が濃く、大きくなって牢の外から差しこんでいた。

 現実はひどく重く恐ろしい形をしていて、戸のすぐ外で待ちかまえている。

 

「父上は……僕が出れば解放されるんだな?ならば僕を出せと命じるように伝えろ」

 

 それが父親の願いを踏みにじるような行いだとはわかっている。それでもその願いから解放したかった。頼ってもらえないほどに足りないままでいたくなかった。

 もう知ってしまったのだから、どちらにしろ『何も知らない』当主になるのは不可能だ。

 

 

 

 身のすくむような冷気が鉄格子の向こうから喉元に絡みつくのを感じ取りながら、ルシウスは地下牢(父親の背)から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・思春期、というか親離れする息子って複雑な心境をしてて、書くのめっちゃ難しいですねー、ドラコ側の公式小説も読んでないし(どこで読めるのかよくわからない)

ただ、「親に認められたい≒子ども扱いされたくない」はありふれてる心境じゃないかなあ


・イギリス人の郷愁の味トップ10から抜粋
1. プルプルゼリー(42%)
2. エッグ&ソルジャーズ(34%)
2. フィッシュフィンガーズ(34%)


2章目がやっと終わった……
ここが全体のなかで一番分厚いので、次章はここまでいかないと思うんだけどなあ?

RTAパートは本編と活動報告、どっちが好き?

  • 【活動報告】にあげて欲しい
  • 【本編】にあげて欲しい
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