セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始)   作:桜井ぬい X→@Inui20230918

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ちょっと短め。

2025/7/3 全体的に修正済み


クラリスのこと1 その2 ※改訂済 (修正済み)

 

 

 

 

 

 ぱらぱら、と紙のめくれる音が室内に響く。

 

 おおよそ児童書くらいのサイズの書籍に対してあまりに小さな両手が、本の重さに四苦八苦しながらページをめくっていた。ただ読むだけならばテーブルや長いすの上に置いて眺めるだけでよかったのだが、見つけたいページがあって一気にとばすような時には、こんな風に持ち上げなくてはならない。

 中身は図表つきの図鑑で、しっかりしたつくりのものだ。応接の本棚に置いてあったもののなかで、子どもが一番とっつきやすかったのがそれだった。

 

 クラリスの家には絵本と呼ばれるものは存在していなかった。並んでいるどの本にも厚みがあって、立派な布やかわで装丁がされたものばかりだ。

(これ、魔法界の本なのか?)

 

 セブルスの目には"人狼"の図解が大きく取り上げられたページがうつっていて、魔法生物について掲載されているので魔法界のものであることは確かなはずだった。

 それでも首をかしげてしまったのは、その本があまりに普通すぎたからだ。魔法界の本のなかには探したいページを自分で探してくれたり、勝手に動くものもあるのだと聞く。それなのに、まるっきり魔法っぽいことが起きない。

 なんだか肩透かしをくらったような気持ちだ。

 

「……"狼男"ってなに?」

 人狼の記事には関連項目として"狼男"と書いてあったが、それを引き直すのは億劫(おっくう)だ。だからクラリスにそう尋ねてみた。

 

「おおかみおとこ?満月の夜だけ、ひとが狼になっちゃうっておはなし。リリーのうちに絵本があったような気がするけど。……魔法界にもいるの?」

 クラリスもまた、なにか本を読みあさっていた。長いすにはセブルスが寝転んでいるので、一人用のソファに腰かけている。彼女がしおりをはさんでから閉じた本を置くのを見て、セブルスは初めて"しおり"というものの使い方を知った。

 

 クラリスも興味をもったらしい。セブルスの近くまでよってきて横あいから図鑑をのぞき込んできたが、載っていた文章はあまりに小難しかった。

「ちょっと待っててね」

 クラリスは先ほどまで自分の手元にあった、薄い1ページ1ページが何枚も重なって分厚くなっている本をとって来て、めくり始めた。

 

「それはなに?」

「辞書よ。わからない言葉を調べるの」

 クラリスは辞書の使い方からセブルスに説明をはじめた。調べても意味がわからない単語が出てきたら、それもまた調べる。そうやって単語を覚えこんでゆくのだという。つづりがわからなくても、それっぽい読みを当たっていけば()()()()正解をひけるものらしい。

 

 セブルスも図鑑を見ながら、彼女にならって辞書を引いてみた。この作業はどうやらセブルスの性に合っていて、辞書の単語から単語へとページをめくり続けることができた。

 クラリスが時折「わたしも辞書を使いたいのだけど」とせっつくたびに、中断させられるのを不満に思うくらいであった。

 その攻防は「そんな風にするなら使わせないわよ」とクラリスが釘をさすまで続いた。

 

 さすがに彼女の持ち物を奪い取ろうとまでは思わない。そうしたらクラリスに嫌われてしまう。何より、クラリスがリリーに告げ口してしまってリリーにまで嫌われてしまうのが一番いやだった。

 

 仕方なしに辞書を返したセブルスは、自分もクラリスの本をのぞき込んだ。ページの端がところどころほころんでいて、ずいぶんと古いものなのだとわかる。

 彼女が開いていたのは本の中盤だった。そこには杖のイラストと、どんな風に振るのかという図解が書いてある。

 

「これ……!」

「ええ、呪文学の教科書よ。むかしの1年生からつかっているんだって」

 

 クラリスはやたらと『ちびた』鉛筆で、振り方や唱え方を練習していた。

 きっと面白い魔法がたくさんあるんだろう。杖の魔法がどんなだか、想像するだけでワクワクした。

 

「杖を使えばいいじゃないか」

「だめよ。失敗してウチが吹き飛んだらどうするの?」

「いいじゃないか、それくらい」

「ひとの家が吹き飛ぶのを『それくらい』って言った?」

 

「杖じゃないと本当に使えるかわからないだろう」

「イ・ヤ」

 クラリスは慎重な子どもだった。

 

 

 

「セブルス。"肥大"ってなんだっけ?」

 クラリスに問われ、セブルスはてもとで単語の意味をひいた。

 

 できれば辞書を使ってもっと本を読んでみたいが、クラリスだって使いたいのだと言われれば譲るしかない。"神経衰弱"は一人じゃ楽しくないのだ。かといってクラリスに挑もうとしても嫌そうな顔をされる。

 結果として、2人で一冊の教科書を読みつつ、杖のふり方を練習するという形になった。わからない単語があった時の辞書係はセブルスだ。

 辞書が2冊あればいいのに。

 

 そうやって『肥大せよ(エンゴージオ)』の呪文を練習していると、外から戸をたたく音がした。どうやら来客があったようだ。

 窓から玄関ポーチの方に人影があるのを見てとって、クラリスが部屋から出て行った。

 

「……はい?」

「クラリスちゃん?おばさんよ」

「今あけます」

 セブルスはこっそりと入り口の近くに身をひそめた。

 

 その人は"おばさん"と名乗ったが、セブルスの目にはほとんどおばあちゃんに差しかかった女性に見える。セブルスの親よりももっと年上じゃないだろうか。

 彼女の見た目におかしなところはない。むしろいい方だ。着ているものは清潔で、くすんだ色をしていなかった。この地区にはそぐわないくらいだ。

 隠されているはずのクラリスの家に入れるということは、親しい大人なのだろう。

 

 クラリスにはその人が家に立ちよる用件に心当たりがあったらしい。

「もしかしてお手伝いがいるの?」

「ええ。もうすぐお昼だから、お手伝いをしてくれたらごちそうするわよ」

 さっきお昼にクラッカーを2人でつまんだばかりだ。お腹いっぱいとまではいかないが、クラリスはどうするつもりなんだろう。

 

『帰れ』と言われるだろうか。

 

「それはすごくうれしいです。ええと、少し待っていてください」

 クラリスは誘いに乗るらしい。ぎこちなく答えてから、ちらりとこちらを振り返ってきた。

「あー……」

 迷うようなそぶりだ。

 

 (きびす)を返しかけたクラリスに"おばあちゃん"は声をかけた。

「もしかしてお友だちが来ているの?それなら今日はやめておいた方がいいわね。クラリスちゃんがお友だちをおうちに入れるのは初めてでしょう?」

「それは、そうですけど……」

 

 つまり、リリーすらもこの家に入ったことはなかったらしい。

 きっと、このあいだの(くし)やバケツのようなものが色々おいてあるからだろう。マグルなんかはおかしな目で見てくるだろうし、そんな連中を入れるなんて親が許さないんじゃないだろうか。

 

 クラリスは悩むように眉根を寄せてから言った。

「でも、お手伝いがあるなら行かないと」

「いいえ、断ってもいいのよ。──ああ、もしかしたらリリーちゃん?だったら2人で来てもいいわよ」

「リリーじゃない、ですけど。2人分あるならその子も」

「それはかまわないけれど……。もしかして、この辺りの子?」

「……ええ、まあ」

 

「魔法族の?」

「……はい」

 おばあちゃんは「そう」とあまり歓迎しないような相づちをうっていた。

 

(この人はぼくを知っているのか?)

 この辺りにいる魔法族の子どもなんて、自分たち3人だけだ。

 

「ダメですか?」「お友だちなの?」「はい」

 クラリスははっきりと返事をした。

 

『友だちだ』とはっきり言われるとなぜだか恥ずかしい。

 おばあちゃんはすぐれない顔色のままで、それでも穏やかな笑顔をうかべた。

「それじゃあ、2人でいっしょにいらっしゃい」

 

 

 

「あれよ」

 クラリスがいつものハンチング帽で振り向いた。

 今日は念入りに押しこんだのか、夜空色のあたまは全くうかがえない。マグルに見られないようにするためだろうか。

 

 彼女が指さしたのは紺色の建物で、ぱっと見はただの家みたいだった。

 きれいな住宅街の一角だ。どの家も大きくて、しかもきれいに手入れされた庭がくっついている。朽ちたような見た目の建物は1つもなかった。まるっきりスピナーズ・エンドとはちがっている。

"ドブ川"をへだて、リリーの家がある地区にちかい場所だった。リリーの家──エバンズ家も裕福であるとうかがえる建物であったが、それに引けをとらないほど、もしくはそれ以上に高級感がただよっている。

 

 道中には幼稚園があって、セブルスやクラリスよりも小さな子供のかしましい声がしていた。多くの子どもが園庭に散らばって好きなように()()()()まわっていた。

 なつかしいような、それなのにひどく遠くに別れてしまったみたいな感じがして、少しさみしい。

 だからプイと顔をそむけて足早にとおり過ぎた。

(……マグルの子どもなんて、どうだっていい)

 

 案内された建物は、近づくとふつうの民家とは違っていたのがわかる。

 床から屋上までが四角い形をしていて、入り口のドアはガラス張りの大きなものだった。それに、めずらしい3階建てだ。

「"どうぶつ病院"?」

 セブルスの入ったことがない場所が、またひとつ現れた。

 

「──ほら、入って」

 クラリスは何もかも承知しているみたいで、おばあちゃんが先に入っていくのを待っていた。ずいぶん慣れている慣れているのは間違いないようだ。そのまま次に入るよう、セブルスの背を押す。

 彼ら2人を引率してきたおばあちゃんは、まず入り口から入ってすぐの小高い台──カウンターの向こうにいる受付の人に声をかけた。

 

「奥にどうぞ」

 その人はにこりともせず、何を考えているのかよくわからない真顔のままだった。その代わり、セブルスを視界におさめても何の反応も示さなかった。

(……この人もマグルなのか?」

 

 動物を連れてきた人がまず入らないだろうドアをくぐった。

「──ああ、クラリス。こんにちは。こっちに来てもらえるかい?」

 奥の廊下で3人を出迎えたのは、セブルスの両親とあまり年齢の変わらない男性だった。

 こざっぱりした見た目に眼鏡を載せていて、白く長いコートみたいなもの(白衣)を着用している。

 おばあちゃんはその人に挨拶をすると、「支度をするわね」と言って次のドアの向こうに姿を消した。残されたのは子ども2人だけだ。

 

 男性は初めて会ったセブルスを見て、クラリスに問いかけた。

「その子は?」「弟よ」クラリスはすかさず言った。

 

 誰が弟だ。同い年だろう。

 口を開こうとしたセブルスへの返答は、彼女のかるい肘鉄だった。

 

 その男の人は「そうか」とうなずいた。その顔つきからは、信じたのかまでは判別できない。ただ、ひざを折ってセブルスに目線を合わせてきた。

「なあ弟くん」クラリスはたくさんのことを我慢している子だ。きみまでこの子に我慢させることを増やさないであげてほしい。できることなら減らしてあげてほしいんだ。きょうだいだっていうならね。助けてもらってばかりになってはいけないよ」

 ゆっくりと含めるように、温和な雰囲気のまま(さと)諭すように、その人は言った。

 

(なんだ、こいつ)

 セブルスが初めて会ったタイプの大人の男性だった。

 嫌なわけではないが、どこかに企みでもあるんじゃないだろうか。そうじゃなきゃおかしい。親切に話しかけてくるなんて。

 ()()()()()()()()()

 

 記憶にある連中といえば、嫌悪や冷笑、あるいは"いないように扱う"という生き物だった。

 その大きくて頑丈な手は、彼を払いのけたり、あるいはぶつためのものだった。

 

(……それとも、この人も魔法使いとか)

 でも、それを聞いた途端、馬鹿にされるかも。

 

 セブルスが答えられずにいると、その男は軽くセブルスの頭に手をのせて、ぽんぽんと軽くたたいた。

 そんな風に扱われるのは、不可思議をとおり越していっそ気色悪い。相手のそれが『普通の人がやるもの』だとは思えなかった。吐き捨てられた唾でも目にしたかのように軽蔑を顔にうかべて触らずにいる方が、よっぽど正解なんじゃないだろうか。実際……よその子どもほど清潔な髪をしていないのだし。

 

(なにを企んでる)

 大人の男性がセブルスに何かしようというとき、相手の気が済むまでされるがままになるほかなかった。本気でかかってこられたら抵抗をいくらしても無駄なのは身に()みている。

 だから身じろぎせずにじっとしているべきだ。『マグルらしい』行動をとったらいつでも逃げ出せるようにしながら。

 

 これから思いきり傷つけてやろうという下準備なのかもしれない。

 クラリスの前だからしないのかもしれない。

 

 なにかを期待しそうな自分に、そう胸のうちで言い聞かせる。

 ただ、そうやって心を落ち着けようとするたびに、心臓が息苦しく縮められるようだった。

 

 

 

 ガアガア、ギャアギャアと騒ぎまわる動物たちの声がけたたましい。

 壁際に何段にも重ねられた金属の檻が、"中身"が跳ねたり身体をぶつけるたびに激しく揺れていた。

 

 その部屋には大小さまざまな檻がところせましと積み重ねられていて、そのどれにも何らかの動物が入っていた。動物の種類も千差万別だ。小さなサルみたいなものから、一番大きいのは、子どもの頭なら一飲みにできそうな大型犬までいた。なかには人の言葉のようなものをごちょごちょ喋っている鳥もいる。クラリスにこっそり尋ねてみると、魔法生物ではないと答えがかえってきた。

 

 彼ら3人が通されたその部屋は、クラリスいわく"入院している動物の病室"だそうだ。

 その動物たちの檻が置かれている中央には、一部分だけ何もない、ぽっかりと空いたスペースがあった。机くらいなら置けそうな広さだ。床には丸い形の石が敷いてあって、どうもその石を中心として動物が配置されているらしかった。

 

 先に入ったおばあちゃんは石の中心近くにいた。いすに腰かけて、ギターをそのひざの上に乗せていた。

 医者はいない。彼はその部屋を3人に任せるとどこかに行ってしまった。いつもそうしているらしい。

 

 クラリスは先に部屋に入ろうとしたが叶わなかった。

 彼女をみとめた大型犬が檻から出ようと体当たりしたせいで、びくりと身体をこわばらせて立ちすくんだのだ。巨大魚の標的にされた時もそうだが、クラリスは大きな生き物に見つかると動けなくなってしまう。

 

「……どけ」

 セブルスは、彼女と入り口のすき間にすべり込むようにして部屋に入った。苦みのありそうなにおいと動物っぽいにおいが混じり合っている。

 

「あんなのは平気だ」「……うん」

 クラリスはようよう返事はしたものの、大型犬を見つめて動けないままだ。

「そんなのでよく手伝いなんてできるな」

 セブルスは、一歩を踏み出せないクラリスの腕をつかんで引っぱった。「ほら」

 何をしに来たんだか知らないが、マグルばっかりの場所でぐずぐずと時間をかけたくない。

 

 彼女を犬の目から隠すようにセブルスが立って、ようやく彼女は足を進められたようだった。

「……いったい何を手伝うんだ、こんなところで」

 子どもに手伝いを頼むなんて。もしかして、魔法をつかって欲しいとかなんだろうか。すごい呪文がみられるかもしれない。

 

「ちょっとだけ……けがや病気で具合のわるい動物を落ちつかせるのよ」

 クラリスの表情はすぐれなかったが、しゃべり方にはいつもの調子が戻ってきたようだった。

 

「弟くんはそっちにいてね」と言って、おばあちゃんは壁の一角に据え付けられている、座面だけの長いすを指さした。さっきは厳しかった目もとが緩んだ気がする。

 セブルスが言われた通りにすると、クラリスは一人で腰かけたおばあちゃんの真横に立った。手ぶらで杖すらも握っていないようだが、いったい何をするつもりなのだろう。

 

 やがて、おばあちゃんはゆったりとしたテンポでギターをかき鳴らした。短い旋律をかなでながらクラリスの方を見上げて「さん、はい」と合図を送った。

 

(……歌?)

 クラリスはおばあちゃんの伴奏に合わせて歌をうたったのだ。

 

 何の魔法もかかっていないのか、そこまでの大音量ではない。当然のように、その声はさわがしい鳴き声に飲みこまれてしまっている。

 セブルスの耳にだってろくに届かず、どんな歌詞のなんの歌なのか全くわからなかった。なにかクラリスの声がするかもしれない、という程度で。

 

(わざわざ歌をたのむ?大人が?)

 聴こえないのに?

 セブルスはビニール張りの座面のうえで、後ろの壁にもたれかかって周りの様子を見まわしていた。

 

 変化は徐々に表れた。

 

 ぎゃんぎゃんとひと際うるさい空間のなか、クラリスのすぐそばに置かれた赤い鳥が、ごちょごちょ喋るのをやめていた。クラリスが怯えていた大型犬も、身体を丸めてあごを両足の上にのせている。

 彼女を中心として、動物たちの騒がしさが徐々にしずまっていくのがわかった。

 

 セブルスには音楽と言うものに馴染みがまるでなかった。なのでその曲が、いわゆるマグルの世界で歌われる子守唄だとはこのとき知らなかった。

 ただ、背中から力が抜けるような、ちょっとしたまどろみの中に落ちるような感覚がした。自分と母親の寝室で眠るときのような。

 眠ったら楽かもしれない。でも見知らぬ建物で気を抜きたくなかったので、我慢した。

 

 始まってから5分くらいで、ほとんど聞こえなかったはずの彼女の声は、室内の全体をおおうように響くようになった。暴れまわる動物がいなくなったどころか、どれも寝息をたてている。

 きっとこれも魔法のちからなのだろう。

 

 クラリスがおばあちゃんの合図でぴたりと口を閉じるのと同時に、セブルスにのしかかっていた眠気もかき消えていった。

 

 

 

 その後、セブルスとクラリスはおばあちゃんの家で昼食をごちそうになった。2回目ではあるが、2人とも食べざかりなのでバレてはいなかっただろう。

 それ以外にも"ちょっとしたお駄賃"を用意してくれたのだという。クラリスは使いさしの白い糸をもらってから、おばあちゃんの家を後にした。

 

 帰りしな、おばあちゃんが「たりないものはない?」と訊いてきたので、クラリスが答えた。

「あのう……。もし見つかったら、子ども用の辞書をもう一冊ほしいんです」

「いいわよ。見つけたらとっておいてあげる。──今度は、弟くんの分も何か用意してあげるわね」

 

 おばあちゃんはにこにこと笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 帰り道でのクラリスの説明によれば、彼女の母親はハーピー(ハルピュイア)で、クラリスは魔法使いとのあいだに産まれたハーフだそうだ。

 ふつうのマグルとも魔法族とも違う、種族特有のものは声だった。ハルピュイアは歌声に魔法のちからを籠めることができて、その血をついだ彼女にもその能力が備わっているらしい。「普通にしゃべるだけでも効果があるのかは自分にもよくわからない」とクラリスは言った。

 

「あそこはふつう(マグル)の動物病院なんだけれど、"おばあちゃん"の知り合いがやっているのよ」

 おばあちゃんの必要におうじて、クラリスは何度も歌いにきたことがあるのだという。

 こういった手伝いは動物にかぎらず、ひとの病院などでも行うし、ちょっとした地域のコンサートに余興で招かれることもある、というのがクラリスの説明だった。

 

 歌自体にはそんなに強い効果はない。今回の歌も眠気をもたらすのがせいぜいで、本格的に寝てくれるかどうかはその動物次第だと。

 だからこそ、魔法を使ったと明るみに出ないで済んでいるらしい。それでも人手が足りないときに強制的に休ませることができるからか、重宝されているそうだ。

 

「きみのおばあちゃんなのか?」

「いいえ、この辺りの人なの。リリーの家の近くに住んでるのよ。もっと小さいころからお世話になっていて……。"スクイブ"なのよ、あのひと」

 セブルスにも聞き覚えのある単語だった。魔法族の子どもとして生まれたのに魔法が使えない人を指す言葉だ。

 魔法界で育つものなので知識はもっていると聞いたことがある。記憶も消されない。おそらく魔法族のなかで生きてゆくのは大変だから、マグルの世界にいるのだろう。

 

「親の知り合いなのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「じゃあ、どうやって知り合ったんだ」

 

 クラリスは言いにくそうに「ううん」と(うな)ってから唇に弧をえがいた。どこか、クラリスの家のなぞの寝室をかくした時の雰囲気に似ている。いっさいの気持ちを覆いかくすような笑顔だ。

 

「内緒。もしセブルスがあの人のお世話になることがあったら教えてあげる」

 クラリスは教える気のまったくなさそうな顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 




ハルピュイアの設定は拙作独自のものです。
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