セブルス・スネイプを救う話(第3章高学年編・開始) 作:桜井ぬい X→@Inui20230918
2025/7/20 全体的に読みにくいところを修正
3人はリリーの家の庭先に出て、芝生に座りこんでいた。初夏の日差しはそれなりに鋭い。セブルスは大きなジャケットを脱ぎ、クラリスはシャツを腕まくりしていた。
おのおのが、大人が腰に巻くベルトくらいの太さの木の柵を持って、やすりをかけているのである。花壇に使われた材料の余りを分けてもらったのだ。
「クラリスってほんとうになんでもできるのね」
リリーに褒められて、クラリスは気恥ずかしそうに笑った。
そのままでは使えないので、
最初にクラリスから「のこぎりを貸してほしい」と言われたリリーの母親は、10歳くらいの子に刃物を持たせるのは心配だと言って反対していた。
作業の最中も見守ってはいたが、クラリスが手慣れたように作業を終わらせたので考えを改めたらしい。
「こんなことくらい大したものじゃない。誰だってできるわよ」
基地をつくる、とひと言でいっても子どもの力で実現するには限界があった。
ぱっと思いつくのは、どこか自然の多いところに荷物を置いておくようなものだろう。
しかし、遊び場の一角を独り占めして、ほかの子を締めだすわけにもいかない。それぞれの土地には「所有者」というものがいるのである。クラリスはそう説明した。
当初、リリーとセブルスはワクワクと期待した目をクラリスに向けていた。クラリスならば魔法の道具で何かしらすごいことができると思ったからだった。
「魔法の力でばれないように、なんてすごいことは私にはできないの。あきらめて」
そう言われて肩を落とす結果となったが。
だからクラリスは代わりに、自分たちにできることを提案してきた。
「──要するに、自然のなかにカメラを置いておいて、汚れたり壊れたりしなければいいのよ」と。
リリーは自分の木片を終わらせてから、明るく言った。
「鳥ばこだったら庭に置いていても不思議じゃないわね!でも、クラリスはどうして杖を使わないの?このあいだはあんなに使ってたのに」
クラリスは「逆よ」と答えた。
「いつもは杖を使えないの。この間は危険なところに迷いこんじゃったみたいだから仕方なくよ」
「子どものうちは魔法を使うと"におい"でわかるようになっているんだ。もし外で使ったとばれたら罰を受ける」
セブルスが補足で説明すると、リリーは不思議そうな顔をした。「じゃあこのあいだは大丈夫だったの?使ってもらっちゃったわ!」
「多分……。マグルの場所じゃないし、ほかの誰かに見られたわけじゃないから大丈夫じゃないかしら……」
そうは言うものの、クラリスの顔色は悪かった。リリーが目撃者として記憶を消されることを恐れているからだろう。
「怖がりだな。こんなに時間が経ってから捕まるわけないじゃないか」
クラリスは普段、杖を手にしていない。人の目がある場所でなくとも、彼女の家を訪ねた時でもだ。どういうわけか、マグルに融(と)けこむように目立たないようにと行動していた。魔法の力だっていつも隠している。
あんな"まともじゃない連中"にどうして合わせるんだろう。セブルスにはできないことだって、やろうと思えばできるはずだ。嫌いなマグルの子どもだって痛めつければいいのに。
「きみは知ってたのか?あそこから魔法界に入れるって」
「……覚えてなかったの。そうだったかもしれない、くらいで」
「ねえねえ、クラリスの杖はお店で買ってきたの?」
リリーは好奇心に目を輝かせていた。
「杖ってお店で買うものなの?」
問われたクラリスが、答えずにセブルスに尋ねた。セブルスが彼女の問いにうなずきで答えてみせると、彼女はふうん、と応じてからリリーに言った。
「あれは私のじゃないわ。パパのよ」
「クラリスのパパのをクラリスが使っていたら、クラリスのパパは自分の杖をどうするの?」
クラリスは少し考えるように眉根を寄せてから、セブルスに話を振った。「よく知らないんだけど、何本か杖を持つ人もいるんでしょ?」
「そういう人もいるけど、基本は自分の杖を1本持つんだ。自分に合った杖を職人に選んでもらう」
「すごいわ!はやく行ってみたい!」
リリーは輝かしい笑顔ではしゃいでいて、セブルスの心臓が跳ねた。リリーはそのままセブルスの方に目を向けてきた。「セブルスは杖を持っていないの?」
「……ぼくは持っていない」
クラリスは持っているのに。
セブルスはクラリスに話を振ることにした。「クラリスの家には魔法についての本もたくさんあったけど」
クラリスは不機嫌そうな顔をセブルスに向けた。その目は『やってくれるわね』とでも言いたげだ。
「私も行ってみたいわ!」
予想どおりリリーがそう言い出して、クラリスが明らかに困った顔になった。
ざまあみろだ。
セブルスは悪戯が成功したときのように、愉快な気分で成り行きを見守ることにした。
「ダメよ。あんなところ……来るものじゃないわよ。スピナーズ・エンドなんて」
「でもクラリスの家でなら魔法を使っても大丈夫なんでしょ?わたしも練習してみたいのに」
リリーは口をとがらせた。それでもクラリスは断りつづけた。「ダメよ。ぜったいに、ダメ。どうしても使わなきゃいけない時があったら、私を頼ってくれればいいのよ」と言って。
リリーの意見なら受け入れるかと思っていたが、ダメだった。おそらく大人に言いつけられているのだろう。
それからもクラリスは、リリーにもセブルスにもけっして杖を触らせようとはしなかった。
*
数日後
カラカラと、金属でできたドア飾りが、ガラス戸が開くのに合わせて鳴った。
リリーは列のいちばん最後にならんで、目の前の人たちがガラス戸を開けてなかに入っていくのを見つめていた。つまり両親と
店構えは濃いグレーに塗装されていて、古びてはいるが立派だった。ドアだっていくつかの四角い枠で仕切られたおしゃれなデザインだ。ドアの隣は、リリーが大の字で寝っ転がれるくらいのショーウィンドウになっている。
リリーはそっとウィンドウを
姉は見入っていたリリーを振り返り「こっちに来なさい」と言った。
「リリー。いい、"おかしなこと"はしちゃダメよ。絶対に」
何も
セブルスだったらこういう時にはっきり言ってケンカをしそうだが、リリーには無理だ。家に帰ってからも気まずいままだったり、ケンカになるのは嫌だった。
だからリリーは、姉の『言いつけ』に大人しくうなずいて見せてから、後に続いてガラス戸の敷居をまたいだ。
(『
ドアを閉めるとき、そう書いてあるのが見えた。
──その日、リリーは父親に「骨とう品がたくさんある場所はどこにあるの」と尋ねたのである。
クラリスが持ち込んできたカメラについて仲間3人で知恵をしぼった結果だ。
『その"感じの悪いおばさん"の父親は骨とう品を集めるのが趣味だったのだから、骨とう品のあるところに行けば何かヒントとか、同じものや使えるものなどあるのではないか』ということになったからだった。
別に、リリーが調査係に名乗りをあげたわけじゃない。でもクラリスが色々な骨とう品を見たと聞いて、うらやましく思ったのだ。……ほんの少しだけ。
リリーの父親は「それじゃあ今日はみんなで買い物に行こう」と言って、家族全員で、骨とう品店もある最寄りの横丁へ買い物にやってきたのだった。このまちにはここ以外には骨とう品店はないらしい。
店内は、ショーウィンドウのなかに引けをとらないくらいに
両脇にはさまざまなものが林立しているようだった。
こまごましたものはガラスのキャビネットやケースに入れられていて、さらにその上にも積まれている。革製のトランクやら、アルミ製の蓋つきごみ箱(トラッシュカン)やらだ。
商品なのには違いがないらしい。すべてのものに値札らしきものが下げられていた。
リリーが大人の身長ほどもある──いや、大人の人間の骨格標本らしいものに手を振れていると、前を歩いていたペチュニアが気づいて眉をつり上げた。
「"おかしなこと"をしないで!」
小声だが、厳しい声で注意するような言い方だ。リリーはおかしなこと──魔法のようなことは何もしていないのだが、ペチュニアはまるで刑務所の看守のようだった。『犯罪者を真人間に育てあげる』とでも考えているのだろうか。
魔法はべつに犯罪でも『おかしなこと』でもない。とても素敵なものなのに。
リリーはだまって歩みを進めた。胸のなかにもやもやしたものを抱えたままで。
(……これ、何かしら?)
通りがかった壁の一角に、カーテンのようなものが
(人形劇の枠みたい)
リリーが思い起こしたのは、上から糸であやつる人形の劇だ。たしか、枠でつくられたミニチュア版の舞台で演じていたはずだ。
足を止めて眺めていると、"丸い紋様"のようなものが描かれているのがわかる。
物にさえぎられて店全体が薄暗いので、何が書かれているかは読めなかった。ただ、黒く四角い何かがそこに貼りつけられている。
だが、リリーにじっくり観察する時間はなかった。
首から下げたものが浮き上がるような感覚になったからだ。
見下ろすと、例の
おそるおそる先を行っているペチュニアの方をうかがうと、彼女も何か興味のあるものがあったらしい。本のようなものを開けているようだった。
こちらの異変に気づいた様子はない。
リリーは急いで、カメラをぎゅっと両手で押しつぶすようにして握り、壁ぎわから離れた。
かみ砕かれるかも、とまでは思いつかなかった。『姉(ペチュニア)に目撃されたくない』という一心で頭がいっぱいだったからだ。
リリーはそのまま足音を立てないように通路のかげに飛びこんだ。
緊張して心臓がぎゅっと痛む。
(……大丈夫、見られてないわ)
リリーが両手をひらいてみると、"糸"がするすると
はじめから生えたものなんてなかったみたいに。
(良かった)
もし見つかっていたら、ますます厳しくなったペチュニアの監視を受けていただろう。
せっかく連れてきてもらったのに、そんなのは楽しくない。
ちょうど目から逃れられたのだから、ほんの一時でもひとりで見てまわってから戻ろう。
(あんまり離れてると、また何か言われるかしら……)
リリーはひと息つくと、その辺りを見まわしてみた。
通路の感じはほかとあまり変わらない。ただ、奥に進んでみると、ひと1人くらいしか入れないような小さなカウンターが現れた。手前に積まれたものにさえぎられて見えなかったのだ。
その周りにも、やっぱり溢れるほどのものがうず高く積まれていた。カウンターの上も同じだ。年代物の硬貨が入ったバインダー・ブックのようなものが置いてあって、天板がみえるのは肩はばくらいの小さなスペースだけになっている。
リリーがカウンターの向こうをのぞき込んでみると、うずもれるようにして、人がカウンターの中にいるのが見えた。
白髪のおばあちゃんだ。
髪の色がすべて抜けきって、しわくちゃの色素のうすい顔に丸眼鏡をのせている。腰がかなり曲がってしまっていて、置物のように動かなかった。
それでも生きているとわかったのは、彼女の手が、万年筆をにぎって帳簿のようなものに書きつけていたからだった。
ひどくゆったりとした動きだ。まるでおしゃれな文体でも
年をとると身体が悪くなるというし、そんなものなのかもしれない。
「……あの」
リリーは声をかけてみることにした。
きっとすぐに姉が飛んでくるだろう。お年寄りは耳がとおいはずだから、いっそのこと大きな声で呼びかけてみた方がいいかもしれない。話しはじめてしまえばペチュニアだって邪魔をしにくいはずだ。
「あの!すみません!」
失敗したら話せなくなってしまう。だからリリーは思いっきり声を張りあげた。
おばあちゃんは、目の前にいるリリーに今しがた気づいたようだ。
「見てもらいたいものがあるんですが!」
おばあちゃんは「ごめんなさいね」と言った。顔はリリーの方に向けているが、視線は合わない。その目は白く濁っていて、見えてはいないようだった。
「体じゅうが痛くてそっちに行けないの。立ち上がれないのよ」
弱弱しい声だ。
だったら近寄って見てもらおう。
リリーはペチュニアに見つかる前に
「何をしているの!」
失敗だ。
「なんでもないわ。お店の人と話してみたかったの」
リリーが訴えかけるようにペチュニアを見上げると、彼女はちらりと両親の様子をうかがった。リリーが大きな声を出したので、両親も彼女ら2人の方を見守っていた。姉はふん、と言ってそれ以上のことは──リリーを否定するようなことは言わなかった。
「お店のひとと話すのは『おかしなこと』じゃないでしょ?」
「……ご迷惑をかけるんじゃないわよ」
ペチュニアは不機嫌そうにリリーから目をそらした。
(べつに迷惑をかけたわけじゃないわ)
あやまる必要はないし、しゃべりかける気もしない。
リリーはそれ以上答えず、2人のあいだに気まずい沈黙が落ちた。
ペチュニアはその辺りにうろうろと視線をさまよわせ始めた。話題を変えられそうなようなものを探しているみたいだ。
やがて、カウンター上のごちゃごちゃの一角、指輪がたくさん置いてあるホルダーに目をとめたらしい。そのうちの1つを手に取って、ためしに指に通していた。
「……かわいいけど、大人用ね」
どう見ても
ペチュニアはさっさと指輪をもどして、通路をすすみだした。
ほかにはどんな指輪があったんだろう。
わくわくしながらカウンターの上を眺めてみると、指輪のホルダー以外にも人の手首みたいなものがあった。木製のマネキンだ。どうやら右手らしい。
その薬指だけに、きらりと光る指輪がはまっていた。小粒の宝石がついていて、つるっとした金属だ。
(チュニーだってやったことなら、わたしがやったって"おかしなこと"じゃないわ)
リリーは音を立てないように指輪を取り、ためしに指に
ぶかぶかだ。
それだけで終わるはずだったのに、その瞬間、指輪がちぢんだ。まるで指に食いつくみたいだ。
「え……!?」
目立たないように気をつけていたのに、思わず声をあげてしまった。
早く外さないと大変なことになってしまう。
リリーはかけつけてきた姉に見えないよう、急いで指輪をはめた手を後ろにまわした。
そのままもう片方の手で指輪を引っぱってみたが、びくともしてくれない。
(魔法がかかってる……とか?)
そのあとリリーが何度引っぱったり回したりをくり返しても、指輪はきちりと指にはまって抜けなかった。
*
「だからってふつう、左手の薬指につける!?」
いっしょに話を聞いていたクラリスは、真っ先にリリーにそう突っ込んだ。
「だ、だって。このあいだテレビで結婚式をやってたのよ。すごく素敵で……。それに見本にも薬指についてたんだから!(右手だったけど)」
リリーの指には、銀の
「ただ、………あのね。実はだまって持って来ちゃったのよ。だって、
とにかく、いそいで外して元に戻さなくちゃいけないの!」
ただ、この『新たな問題』はセブルスにとっては大した問題ではなかった。
「店の人は見えてなかったんだろう?だったら戻さなくてもいいじゃないか」
「それって『盗め』ってことよね?ありえないわ。リリーに悪いことを教えないで」
クラリスに非難するような目を向けられて、セブルスは肩をすくめた。
バレないのだから誰も困らないはずだが、クラリスが反対することなら大抵リリーも反対する。
嫌われることは避けたい。
クラリスは増えた問題のせいか、天を仰いでいた。
「じゃあさっきから『いらっしゃる』のはそのせい?」
『話しあいは終わったかい』
その人物は、実在の音にもならず3人にしか聞こえない声で、そう言った。
『──僕の名前は
半透明な男は、その風貌にあるまじき
その全身は、頭のてっぺんから足のつまさきまで、灰色(銀色?)をしている。ふるい白黒写真から抜け出たみたいだ。トレンチコートに似たローブには、腹のまわりだけうす黒い汚れが染みついていた。時間が経った血液だろう。
(これがゴーストなのか)
セブルスは近くに寄って、その
話には聞いていても、さすがに見るのは初めてだ。
たしか、ゴーストになれるのは魔法族だけで"ただのマグル"には無理だと聞く。だからスチュアートは魔法使いに違いない。
この日リリーが骨とう品店でのゆきさつを話す前から、スチュアートはリリーの部屋のなかにいたのだ。机に合わせて誂(あつら)えられただろうリリーの椅子に、ずっと腰かけていた。
大人の背丈のようだったが、顔の雰囲気をみるに自身の親よりは年下なのだと思う。だが具体的に何歳くらいかと言われると、3人にもよくわからなかった。彼らはまだ10歳の子どもだった。
『その指輪には何か引っかかるものがあってね。気になったから
僕としては、3人で今すぐ骨とう品店に行って、お店の人に謝るのがいいと思う──おいおいちょっと、ひとが真面目に話しているときはきちんと聞いた方がいいよ』
最後の言葉はセブルスに向けたものだ。
(……バレた)
セブルスはこっそりとスチュアートを指先で突っついてみたのだ。ゴーストの身体がどんな風になっているのか気になって。
触れた感じはうっすら冷たくて、腕にぞわっとした鳥肌が立った。
まじめに聞いていたリリーやクラリスは、あきれたような顔をしている。
セブルスが話をきく体勢にもどったところで、スチュアートは再開した。
『きっとその指輪と僕とは関係があると思うんだ。僕の持ち物だった、とかね。覚えてないけど』
首をひねったのはクラリスだった。
「これは女の人用のじゃないの?リリー、最初みた時の大きさって、この人の指に入りそう?」
「そう言われても……。たぶん小指くらいなら入るかしら?あ、でもたしかにデザインはちょっと女の子っぽいわよね」
リリーの手を『めいめい』がのぞき込むようにして、ゴーストを含めた4人が顔を突きあわせた。
「でも、女の子用の指輪にこの人が関係がある……?そんなことあるのか?」
「つまりプレゼントね!」とリリーは言った。
『なるほどね』
ゴーストの男──スチュアートはにこりと笑って、リリーの前に膝をついた。『そこに
「ええ~……」
顔を真っ赤にしたリリーはそれだけしか返事ができなかった。目の前のゴーストはそれなりに鍛えた身体つきをしていて、自分に合った髪型というものを理解している見た目をしていた。
要するに、それなりに整っている。乱れている部分があるとすれば、死ぬ直前の状態のせいなのか服が少しよれているくらいだった。
「わ、わ、わたし……、あなたのことをよく知らないし……」
「『ごめんなさい』ってひと言目にいうのがそんなに難しい場面だったかしら?」
「少し待ってろ。カメラをとってくる」
「幽霊も真っ二つにする気なの?」
クラリスは泡を食った様子のリリーに冷静に声をかけた後、駆けだそうとしたセブルスの肩をつかまえた。
それから、「
「つまり婚約者とか奥さんとか、そういう人にプレゼントしたものですか?」
クラリスは冷静にたずねると、スチュアートはくつくつと笑っていた。
『なんだかそう言わなくちゃいけないような気がしてね。きっとそうなのかもしれない。ただ、それなりの値打ちだった気がするよ』
「じゃあきっと婚約指輪か結婚指輪ね!その人を探せばいいのよ」とリリーが明るく言った。
「その人が見つかったって外せるかどうかわからないだろう」
「だったらこの人が満足して天に召されればいいのかしら?その婚約者か奥さんが手がかりを知っているといいのだけれど」
急いで探しましょうと付けくわえて、クラリスはセブルスの方をにやにや笑いで見た。
「そうでしょ、セブルス」
なんだか馬鹿にされたみたいな気分だ。……当たってないわけではないけど。
せめてもの抵抗に『ものすごくいやだ』という顔をしてやった。
その後にも出たスチュアートの証言をまとめると、こうだ。
彼が死んだのはマグルの世界における第二次世界大戦か、魔法界における"黒い魔法使い"との戦いなのだという。1944~45年くらいだ。
ならば"婚約者"が生きている可能性は高い。仮に"婚約者"が20歳だったとすると、今が1970年なので、単純計算で45歳くらいの女性を探せばいいということになる。
「だいたい50歳くらいまでのおばさん、ね……。さすがにそれだけじゃ多すぎて絞り切れないわ」
「まさか例の"牡蠣おばさん"じゃないだろうな」
クラリスとセブルスが計算の結果にあからさまにため息をついている一方、リリーは質問を重ねていた。
「婚約者がどんな人なのかもうちょっと思い出せない?」
『骨とう品店のひとに訊いてみるのが一番早いだろう?』
「お店の人はしわくちゃのおばあちゃんだったのよ。50歳くらいの婚約者さんじゃないわ」
『……そのおばあちゃんの娘さんかもしれないだろう?行き方なら僕が案内するから』
「ダメよ。だって、それって……、それじゃあ、ばれちゃうわ。勝手に指輪を
『あやまればいい。魔女だったら外し方を知っているかもしれないだろう?』
「もうちょっと、……もうちょっとだけ待って。どうしてもだめだったらきちんと謝るから」
リリーは、
*
「リリー、中の様子はどう?」「大丈夫。特に壊れたりはしていないみたい」
クラリスの呼びかけに、リリーは手にした"呪い"のカメラを掲げてみせた。
3人は庭先にでて、鳥ばこ(秘密基地)にしまったカメラの"呪い"がどうなったかを確認してみることにした。きちんとした魔法使いがいるのなら、訊いてみた方がはやいはずだ。
どちらにしても、手持ちの情報だけでは彼の"婚約者"につながる手がかりはない。
カメラには以前から変わったような様子はなかった。裏のふたを開けようとすると太い糸でがんじがらめになる。庭に置いておいてもあまり効果はないようだ。
『これはほんとうに"呪い"だね……。ただ、例えるならカギをかけているだけみたいだ。カメラを無断で使われないようにね』
スチュアートは上から下から、さまざまな角度で観察してからそう結論づけた。その体勢は、たとえば細い隙間に落ちてしまった硬貨を、這いつくばってとる時みたいだ。カメラを地面に置いているせいで、直接さわれない彼が下のほうをじっくり見るにはそうするしかない。
魔法使いにこんなことをさせてしまって、さすがのセブルスも申し訳ない気がしてきた。ほんの少しだけだったが。
(ぼくらだって、できるだけの事はした)
ゴーストであるスチュアートは太陽の光の下にいるのを嫌がったのだ。でも3人はカメラをリリーの部屋に上げたくない。
だから、庭にリリーの家のパラソルを設置して、影ができた地面にカメラを置いたのである。スチュアートが影に
「じゃあこの"糸"はカギなの?開けようとすると邪魔をしてくるわ」
『そうだね。その根っこみたいなものは僕もあの店で見たけど、言ってしまえばこの糸の"中身"みたいなものだよ。きちんとカギで錠前を開ける場合は邪魔をしてこない』
リリーは心なしか、やたらとゴーストの近くにいるような気がした。
「これが錠前って考えればいいの?でも……、だったら合うカギを探さないと開かないんじゃないですか?」
クラリスはあいかわらず真面目に質問していた。
リリーの指輪をどうにかしようと頑張るのはいい。しかし、会話のあいまに『にやにや』笑いながらセブルスの方を振り返ってくるのだ。
弱点でもつかんだつもりなのか。
何度目かのときイラっとしたセブルスは、「いちいち見るな」と彼女の肩をかるく押した。
『もちろんカギがあるのが一番だよ。
ただ、魔法を使えるなら呪いにひとまず試してみる方法というのがあるんだ。
<フィニート──呪文よ終われ>、もしくは<フィニートインカンターテム>の
杖の振りかたを教えてあげるから、練習してごらん』
フィニートはホグワーツ2~3年生で教わる呪文だ。2学年用の教科書(基本呪文集)に書いてあったのをセブルスも覚えている。
スチュアートはとてもいい魔法使いだった。──死んでいて記憶がなくて、リリーに求婚のまね事をした以外は。
彼はせっかくだからと『フィニート』だけではなく、杖の握り方からほんとうに簡単な
だからしばらくは3人でリリーの鉛筆をつかって練習をしていたのだが。
セブルスはかねてから希望していたことを、もう一度要求することにした。
「杖を使ってみたい」
「わたしも。せっかく覚えたんだもの」
3人のうちで杖を振って実際に魔法を使ったことがあるのはクラリスだけ。2人だって魔法を使ってみたいのに、いつだってクラリスは杖を貸そうとはしなかった。
でも
「あー……。スチュアートが教えてくれたじゃない。2人は学用品の買い出しのときに手に入れられるって」
クラリスは引きつった顔を青ざめさせていた。
もう少し押せば飲ませられるだろうか。
「ええと……、ほら、ここは魔法を使えない人の家でしょう。そんなことをしたら捕まっちゃうわ。それにペチュニアに見られたらどうするの?」
妹であるリリーは痛い場所をつかれたかのようにうめいた。
(……そういえば、あいつは?)
セブルスは近くにいないか、ぐるりと庭を見わたした。リリーの姉(ただのマグル)にはゴーストが見えないはずだが、3人が何やらやっているのは
さっさと決めてしまわないと、時間切れになるかもしれない。
彼ら3人は3人とも、助けを求めるようにスチュアートに目線を向けた。リリーとセブルスは『使っても大丈夫だよ』と言って欲しかったし、クラリスは『やめた方がいい』と言って欲しかった。
『あー……』
スチュアートはすぐには答えなかった。
3人の目を順繰りにのぞき込みながら、言うべきことを考えているみたいだ。
少し間をおいて、彼はクラリスに話しかけた。
『きみは……、きみの家のひとは魔法使いや魔女なのかな。非魔法族はいる?』
「いいえ。2人とも魔法界のひとです」
だったら、とスチュアートは続けた。
『呪文を使うのはきみの家で、友だちがいない時にやってみた方がいいかもしれないね。
つまり今はやめた方がいいという意味だろう。クラリスは露骨にほっとした顔をして、リリーは「残念ね」と肩を落としていた。
その一方でセブルスはひとり考えこんでしまった。
(今、なにか……)
スチュアートの言葉のどこかに引っかかりがあったのに、具体的にどれと結びつかなくて。
結局セブルスが2人にきいてみる間もないまま、スチュアートは別の提案をした。
『杖の呪文はあきらめて、別のアプローチを試してみようか。
あー。きみは……。その髪は魔法薬でそうやっているの?星が散っているみたいな色だけど』
「いいえ、生まれつきなんです」
『だったら、なにか特殊な能力を持っていたりはしないかい?"呪い"に何か効果があるかもしれないよ』
「"呪い"を消すような歌なんてあるのか?」
セブルスにはそれなりに“呪い”の知識があるが、かける方ばっかりで解く方はあまり知らない。ましてや、クラリスの場合は特殊すぎるのだ。
リリーは『どうして歌の話がでてきたのか』と不思議そうな顔をしていたが、セブルスの疑問をうけてクラリスに提案した。
「教会で歌うようなのはどう?」
『教会』って何だろう。
セブルスの疑問をよそに、クラリスが応じる。
「アメイジング・グレイスならお葬式で歌ったことがあるわ」
スチュアートの解説によると、アメイジンググレイスは讃美歌のひとつらしい。
作曲者は不明だが、作詞者はイギリスの牧師ジョン・ニュートン(1807年没)である。
余談だが、日本ではなぜか結婚式のイメージが強い。
クラリスがためしに歌いだすと、その辺り一帯がどこかおごそかな雰囲気となった。
伴奏はないが、それがむしろ死んだ人をひとり想っているみたいだ。心なしか、陽光が辺りをやわらかく包みこんでいる気がする。
クラリス以外の、子ども2人とゴーストは横ならびになって聞き入っていた。
『……すごいな』
スチュアートは夢見るような顔でつぶやいた。
『ぼくらは死んだ時で止まっているし、脳みそも心臓もない。
そっちに行けばいいんだってことがわかるよ』
ほほえむようなそれは、安心したような顔だった。
『まだそっちには行けないんだ……。ぼくはかならず帰って"あの呪い"を。呪いを解かないと……』
むにゃむにゃとしたしゃべり方だ。誰かに話しかけているというよりは、寝言のような。
「──ちょっと待って!クラリス、待って!」
リリーが
反応が遅れたセブルスも「あっ」と小さな声がもれる。
(うすくなってる……!?)
ゴーストであるスチュアートはそれまでも半透明で色がうすかったが、いまは明らかに空気にとけ入りかけていた。もうあと5つも数えればすべてが消え失せてしまいそうだ。
あわててクラリスが歌を中断すると、とたんにその身体はもとのゴースト色に戻った。
クラリスの歌でなら無理やりにでも消せるのか。
(どうしても指輪が外れなかったら、クラリスに歌わせて消してしまおう)
リリーとクラリスが「どうしよう」「大丈夫?」と顔を見合わせているなか、セブルスはひとり心に決めていた。
スチュアートはこの回だけのゲストキャラです。
なんとなくおぼろげに浮かんできたんです。「スチュアート・リトル」という映画のタイトルが…。