もう一度、あの空へ   作:全智一皆

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第2話

第一話「渡里夕という少年」

 

■  ■

 突然ながら、ワタリガラスと言われる鴉を知っているだろうか。

 ワタリガラスは、スズメ目カラス科に分類される鳥。全長約65センチメートル、全身黒色の大型のカラスの事である。

 日本では渡り鳥として北海道で見られることから『渡鴉』と呼ばれる様になった。

 ワタリガラスは東アジアでは繁殖せず、冬の日本に北海道北東部沿岸に渡来するというだけなのだ。

 それ故に、篠ノ之束は疑問だった。

 先日出会った、あの少年―――彼の隣に居た鴉は、ワタリガラスだった。

 本来ならこの時期に日本は居ない筈、いやそもそも、北海道ではないこの地域には来ない筈の鳥だ。

 それが何故、彼処に居たのか。少年の隣に居たのか。

 それを考えている事に気付くと―――篠ノ之束は、思いっきり自分の頭を机に打ち付ける様にうつ伏せになった。

 気が付けば、考えているのはあの少年に関する事ばかりだった。少年と出会ってから、ずっと。

 

(あ〜〜〜〜もうッッ!! うざったいなぁ! 自分の記憶力の良さをこれ程までに恨んだことはないよ!)

「なんか、篠ノ之めっちゃ苛ついてない…?」

「ほっとこうぜ。どうせ俺たちには分かんないんだし」

 

 傍から見ても分かる程に、篠ノ之束は苛ついていた。

 なんかもう体から『私は苛立っています』という事が分かるオーラが漂うくらいに。

 そんな珍しい様子の彼女に、一人の少女が話し掛けた。

 

「珍しいな、束。お前がそこまで苛立っているなんて」

「ちーちゃん…」

 

 少女の名を、織斑千冬。遠い未来、ISと呼ばれる機械を操り、世界最強になるまで登り詰める事となる女性。その若かりし頃の姿だ。

 彼女は篠ノ之束の唯一無二の親友であり、篠ノ之束が気安く話せる数少ない相手である。

 

「助けてよーちーちゃん! 束さんの頭の中は鴉で埋め尽くされてるんだよー!」

「すまん、全く分からんのだが…どういう事だ?」

 

 さっぱり分からないと首を傾げる彼女に、篠ノ之束はあんまり口に出したくないんだけど…と前置きをして説明しだした。

 曰く、先日不思議な少年に出会った事。

 曰く、その少年が自分を男と間違えた事。

 曰く、少年は自分の夢を笑わず前向きな言葉を掛けてくれた事。

 曰く、少年の隣に本来なら居ない筈のワタリガラスが居た事。

 曰く、少年と出会ってからよく彼の事を考えてしまっている事。

 もう嫌になっちゃうよ…と、篠ノ之束は頭を抱えた。

 

「もー、意味分かんない! 何なのアイツ、本当にムカつく! ここまで束さんを苦しめたのは、後にも先にもアイツだけだよー!」

「そうか? 話しを聞く限りでは、良い奴に思えるが」

「どこが!? 束さんみたいな女の子を男呼ばわりするやつのどこが良い奴なのさ!?」

「それは、お前が威圧的な言葉で喋りかけたからだろう。普通の口調だったら、そうはならなかったんじゃないか?」

「なんで私が有象無象にそんな事を…」

「明らかそれの所為だろ、お前が男子と勘違いされたのは」

「むー…納得いかないよ! それを気にする自分もアイツも気に食わない!」

「普段のお前からは想像も出来ないな…」

 

 傍若無人の権化らしからぬ様子。

 親友である千冬や親友の弟である織斑一夏、大切な妹である篠ノ之箒以外を有象無象と見下す彼女らしくない姿。

 とても珍しい親友の悩み様に、織斑千冬は内心では面白がっていた。

 

「はぁ…結局、名前も分からなかったし…」

「お前が名前を聞こうとした相手か…私も会ってみたいな」

「そんな! ちーちゃんまで汚されちゃうよ!?」

「別に汚されてないだろ、お前…」

 

 結局、篠ノ之束の悩みが晴れる事はなく、憂鬱なままに学校を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。学校の授業を負えて、篠ノ之束は親友と共に例の公園へと赴いた。

 そして、彼女の予想通り―――その少年は其処に居た。

 

「ほら、やっぱり居た…」

「あれが、お前の言っていた…」

 

 昨日と同じ様に、少年は空を眺めていた。

 大きな鴉と共にジャングルジムの頂点に座り、日が沈みつつある夕焼けの空を、或いはその空の向こう側をじっと見詰めていた。

 だが、昨日と違い、少年は二人の足音が聞こえたのかゆっくりと首を後ろの方へと向けた。

 

「あぁ、君か。先日ぶりだな」

「私は会いたくなかった」

 

 少年の顔を見た瞬間、篠ノ之束は即座に顔を歪めた。

 驚いた顔。さらりと、女だったのか…と彼女に言い放った時と同じ表情をしていた少年に、篠ノ之束は確実な嫌悪の感情を顕にした。

 

「おい、束…すみません、コイツは普段からこういう奴で…」

「構わない。君は、彼女の友人か?」

「はい。織斑千冬です。束から君の事を聞いて、此処に来たんです」

「ちーちゃん、コイツなんかに敬語なんか使わなくて良いよ! 敬う必要なんてこれっぽっちも無いんだから!」

「束…」

「良い。彼女の言っている事は本当だ、敬語は使わなくていい」

 

 そう言いながら、少年は鴉と共にジャングルジムから飛び降り、二人の前へと立った。

 やはり、隙がない。少年の立ち姿には、幼い子供らしい要素が一つとして存在していない。

 まるで大人と対面している様な感覚を、篠ノ之束と織斑千冬は覚えた。

 

「それで、君たちは何をしに来たんだ?」

「何も。私はただ、ちーちゃんがお前に会ってみたいって言うから案内しただけだし」

「…俺に? 何故?」

「束はこういう奴だから、基本的に他人には興味を持たないんだ。そんな束が、珍しく興味を持った人に会ってみたかったんだ」

「……君は、俺以外の人間にもあの態度を取るのか? そうだとしたら、君は俺よりも失礼な人間だな」

「う、うるさい! あー腹立つ! 有象無象なんかにそんな事を言われても気にしないのに、お前に言われるのはすごく腹立つ! 何なのお前!?」

「君が短気なだけじゃないのか?」

「殺す…! 私はお前を殺す!」

「止めんか、馬鹿!」

 

 平然と言い返す少年に殺意を抑えられず、飛び掛かろうとする篠ノ之束を、織斑千冬は拳骨で以て沈めた。

 あまりにも速い振り抜き。小学生が放つ拳とは思えない速度に、少年はおぉと感嘆の声を漏らした。

 

「凄いな、君は。格闘の経験があるのか?」

「え? いや、そんなことはないが…」

「未経験であの拳を放てるのか…凄まじいな」

「そ、そりゃあ、そうさ! だってちーちゃんだからね!」

 

 僅かに涙を浮かべながら、篠ノ之束はまるで自分の事の様に胸を張った。

 

「だが、子供がこんな時間まで外に居るのは危ないぞ。家に帰るべきだ」

「お前だって子供じゃん。なに偉そうに言ってんのさ」

「俺は……あぁ、そうだった。“今は”…子供だったな」

 

 まるで、自分が子供であった事を忘れていたかの様に、そしてそれを思い出した様に、少年は頭を抱えた。

 

「子供…か」

 

 少年の脳裏で、幾つもの記憶が駆け巡る。

 “お前がレイヴンだな。一戦願おう!”

 ―――キング。

 “アンタがレイヴン? 想像してたより覇気がないわね”

 ―――シャルトルーズ。

 “初めまして、レイヴン。これからは、私が貴方をサポートするわ”

 ―――   。

 忘れられないその記憶。少年にとって―――この“傭兵”にとって、それは持ち越す程に大切なもので。

 しかし、ある意味では―――過去に囚われているとも言えるか。

 

「…どうした?」

「どーせくだらない事でも考えてるんでしょ」

「束」

「わー! 暴力ダメ絶対だよちーちゃん!」

「……あぁ、すまない。友人の事を考えていた」

 

 もう会うことのない、友人の事を。

 




「…結局さ、お前なんていうの?」

「レイヴン…というあだ名で呼ばれる事が多いが」

「聞いてるのは本名の方だよ」

「確か…渡里夕だったか」

「忘れんなよ本名…」
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