シャンフロのシリアスもギャグも全部入れちゃえ二次創作集 作:しゅう@ハーメルン
マンガ勢はセーフ、だがアニメ勢は見ないことを薦めよう。
時は、シルヴィア・ゴールドバーグに初めての大敗を喫してから少しした頃。俺はあの日以来、「自分」と言うものを見失っていた。
「……思ったようなプレイができない」
そう呟いたのは、きっと無意識のことだった。
今日、ごく小規模の格ゲー大会が開かれた。まあ、日本の中ではちょっと話題になる程度。しかも、プロゲーマーだけでなく、配信者やテレビタレントなども参加する、いわゆる「お祭り」と言われるものだ。勝っても負けても楽しむ、がモットーな大会。世界を土俵にしている身としては、正直しょぼいと言わざるを得ない。
とはいえ、当然自分はプロゲーマーとして参加しているし、そう言う活躍を期待されている。だから、遠慮も何もなく優勝してやるつもりだった。
……だが、結果は散々だった。
ちらと手元を見れば、そこには小さな紙が一枚。「ベスト4」とだけ印刷されたそれは、一応表彰の体をとっているが、ほとんど無意味に等しいだろう。
「まさか、二位すら取れないとはねぇ」
くしゃり、とその紙を握りつぶす。それから一つ舌打ちをすると、逆の手にもったマグカップを口へと運んだ。ズズ、と中のコーヒーを啜る音がする。
……苦い。
カフェインを取る時は基本エナドリだったから、最近はコーヒーを飲むことも少なかった。こんなにも苦いものだったか、と思わず瞠目してしまう。久しぶりのカフェは、二重の意味で苦い思い出となってしまった。
「……自信無くすな、マジで」
その味に当てられたのか、俺の気持ちはどんドンと落ち込んで行く。俺の胸内は、もはやコーヒーのように真っ黒だった。
……しかし、そんな時だった。俺の元に流星の如く、「あの声」が降ってきたのは。
「アレ、キミは確か……ウオミケイ、だっけ?」
「………は?」
そこに立っていたのは、俺のスランプの原因にして、全てのゲーマーの頂点、そして天に輝く一番星。
◇
「いやー、偶然偶然。まさかこんな街中で知り合いに会えるなんて!」
「…………ソ、ソウダネー」
いや、おかしいだろ。なんでこんなところにお前がいるんだよ! 偶然ってレベルじゃなくないか!?
目の前でシルヴィアがコーヒーを啜っている。そのことがあまりに意味不明すぎて、俺には段々こいつの存在が幻覚なんじゃないかと思い始めてきた。だが何度目を擦ってもその姿が消えることはなく、星のような金髪は相変わらず俺の前でゆらめいている。よって、残念ながらこの光景は現実ということで。
その受け入れ難い、だが確かな現実を前に俺はため息をつく。けれど一口コーヒーを啜ることで、俺はその事実を無理矢理喉へ流し込んだ。
「……それで、キミはどうして日本にきt」
「あ、見てよケイ、このミーティアスポーチオシャレじゃない? USAのもかっこいいけど、日本のグッズは控えめサイズでいいね!」
話聞けや。
……と、危ない危ない。思わず暴言を吐きそうになってしまった。一応対外的には常識人売りしてるんだから言動には気をつけないと。
正直あまり隠せていない気もする本性のことを気にかけながら、俺は改めて椅子に深く座り直した。
「はぁ、まあなんでもいいけどさ。とりあえずケイ呼びはやめてくれない? 一応僕も変装してるんだけど」
「……でも変装って、サングラスに帽子だけ……一回しか会ったことない私でもわかるレベルでしょ? みんなわかってるって」
「いいから! 変装してたって事実が大切なの!」
何故って、いざって時にマスコミのせいにできるからな!
どんなスキャンダルもマスコミを一定数叩こうとする奴はいるもんだ、そう言う奴らを敵に回しちゃいけない。
「ふーん? ジャパンって変なところ気にするのね」
じゃあ
……てか、コイツいつの間に漢字なんて覚えてたんだろうか。意外と日本好きなのか? 自分のネットネームがバレたかと思ってちょっとビビった。
「それで、ボニートはここで何してたの? ここが行きつけのカフェとか?」
こっちが聞きたいわ、と思わず突っ込みそうになる質問を突然投げかけてくるシルヴィア。しかしその顔があまりに純真無垢なものだから、なんとなく反論する気が削がれてしまう。俺は気だるげに頭をかきながら、「別に」とだけ淡白に答えた。
だが、もちろんそれで彼女の話が終わろうはずもない。「何飲んでるの?」だとか「今日は仕事終わり?」だとか、そんなこと聞いてどうなるんだってことばかり尋ねてくる。……てかほんとにうるさいなコイツ、こういうコミュニケーションがアメリカンスタイルなのか? だとしたら俺絶対アメリカ行けねぇよ……
そんなこんなで、コミュ障な自分に心の中で悪態をつきながらも俺は彼女の質問に答え続けた。まあほとんどの返しが生返事か適当かだったが、当の本人はペチャクチャ喋り続けているので問題ないだろう。一生一人で喋っててくれ。
と、しかしそんな時間もやっと終わりを迎えた様で、ちらとスマホの画面を見たシルヴィアは慌ただしげに立ち上がった。
「あ、ソーリー、ミスター・ボニート! 私もう行かなきゃいけないみたい。付き合ってくれてありがとう!」
そう言って、テーブルの上に出したよくわからん小道具をぽいぽいと勢いよくバッグに詰めていくシルヴィア。というか今の小道具すっごい精密機械っぽかったんだけど、そんな雑に投げ入れてよかったんですかね……?
「それじゃあねボニート! また会いましょう!」
朗らかに笑みを浮かべ、シルヴィアは俺へとサムズアップを決める。相変わらずの慌ただしさだが、その明るさはやはり色褪せていない。そんな彼女の様子に俺は再び呆れながらも、とりあえずの愛想笑いで手を振った。
「……ああ、
なんて、少しのジョークと共に。
……今にして思えば、きっと、この言葉こそが俺を救ってくれたのだと思う。シルヴィアという圧倒的才能を前にして自信を失い、そして自身を見失った俺を再び発見できたのも、この日のことがあったからなのだ。
何故ならば————それに対する彼女の言葉。それが、先ほどまでの自分の意気消沈を全て吹き飛ばし、再び俺の格ゲー魂に火をつけてくれたのだから。
「ミーティアス」
その言葉を聞いたシルヴィアはふと動きを止めると、驚いたように大きく目を見張った。そして突然真顔になると少し下を向き、暫くの間視線を彷徨わせてから再び顔を上げる。すると、そこに有ったのは、星の如く……いや、太陽の如く燃えたぎる、熱い眼差しだった。
「ええ、また大会で。私はいつでも待っている。……アナタは確か、
そう言って、ケラケラと悪役ヒールのような笑みを浮かべながら、彼女は身を翻す。その転身は、それこそヒーローがしそうなそれで。それからはもうこちらを振り向くこともなく、ただまっすぐに街の雑踏へと姿を消していった。
そしてそんな中、あまりの衝撃と共にカフェにとり残された男が一人。
「………………」
俺は、ただ黙って彼女を見送ることしかできなかった。
それは何故かって?
……それは勿論、彼女のあまりの変貌っぷりについていけなかったから、などという甘い理由などではない。それは————
「……ふふふ、ふふふふ! 俺がまあまあ、だって? 日本のプロ全員にすら七割切らない、この俺が? 世界でもそこそこの大会で優勝だってしたことがある、この魚臣慧が???」
体が震える。頬がひくつく。握りしめた拳が悲鳴を上げる。
身体の奥の方から湧き出してくるような感情が、俺の体を支配していく。
「………んなにが『目指すだけ目指せ』だ!! どんだけ上から目線なんだあの全米一様はぁーーー!!!!」
全身に迸る激情のままに、俺は叫び散らした。カフェにいた店員がびくりと体を震わせる。他の客の視線がこちらへと向く。だが、その時の俺にはそんなものいくらも気にならなかった。
「いいぜ、シルヴィア・ゴールドバーグ……ぶっ倒してやんよ!!」
眦を裂かんばかりの般若顔でそう宣言すると、俺はとりも直さず駆け出した。
「マスターこれお代! 釣りはいらないから!!!」
財布から千円札を適当な枚数放り出すと、領収書すらもらわず俺は家へと直行する。アレを討ち果たすために、今すぐにでも格ゲーをやるためだ。シルヴィアを倒すならば、やはりGHシリーズしかないだろう。近い大会はいつだったか知らんが、そこで今度こそ打ち果たしてやろうではないか。
「今日の発言、絶対黒歴史にしてやる……!」
頭の中を怒りが支配しているのがわかる。普段のプレイにある冷静さなど、今の俺には欠片もない。そんな俺にプロだというのに私怨マシマシの動機でゲームをプレイしていのか、と一瞬理性が囁くが、しかしもっと奥底からの憎悪が俺を突き動かしてくる。……そう、復讐は何も生まないが、最っ高に
……というかあの女、よく考えたら自分のコーヒー代俺に押し付けてやがる! まじで許さねぇぇ!!
と、それから大急ぎで帰宅しVRセットを装着した頃には、シルヴィアが日本にいる理由などというくだらない疑問は俺の頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
————シルヴィア・ゴールドバーグ初の引き分けドローまで、あと数ヶ月。