GT後の悟空が逆行して超ルートに入る話   作:亜希羅

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 サブタイトルでお察しでしょうが、死にネタ注意です。

 軽率に人が死んだり生き返ったりするドラゴンボールでは今更かもしれませんが。


6.孫悟空、最期を看取る

 歓声の中、ナムがよろよろと武舞台に戻ってくる。

 

 悟空はと言えば、飛び出してきたクリリンと抱き合い、勝利を喜んでいた。

 

 そうして、ナムとも改めて向き合い、健闘をたたえ合って握手をした。

 

 ここで、10分のインターバルが入ることになる。

 

 悟空がヤムチャにも勝利をたたえられてじゃれ合っている中で、ジャッキーは帰ろうとしているナムと何かひそひそと話していた。

 

 すると、気落ちしている様子のナムが少し元気になったようで、悟空は少しだけ気が楽になった。

 

 彼の使命感が、少しでも報われればいいと思う。

 

 そうして、二人が一区切りついたところで、悟空は断りを入れてトイレに立った。

 

 「オラ、本当に気が読めるんだぞ。だからついてきてるのもバレバレだからな、じっちゃん」

 

 「・・・ならばなぜ、別人だと嘘を言ったのじゃ」

 

 トイレから出たところで悟空が言うと、そのすぐそばで身を隠していたジャッキーが現れた。

 

 「んー・・・」

 

 詰問されて、悟空は視線をさまよわせた。

 

 いろいろ理由はあるのだが。

 

 例えば、魔人ブウとの戦いの後、復活した悟空や下の息子に、上の息子はしょっちゅうくぎを刺してきたのだ。

 

 自分の穏やかな学生生活のために、空を飛んだり、気弾を撃ったり、怪力を通り越したスーパーパワーを見せるのは控えてほしい、瞬間移動なんてもってのほか、と。

 

 息子が言うなら、と悟空は控えたつもりだが、肝心の息子本人が隠したつもりになっているだけで周囲にはバレバレだったことは、余談だろう。

 

 セルやブウを倒した手柄をMr.サタンに譲ったのだって、静かに暮らしたいからで、そのためには嘘やごまかしは必要だというのもわかっている。

 

 嘘やごまかしには、どうしても必要なことがあるのだ。年を取ると、そのことが否応にもわかってくるものだ。

 

 けど、一番の理由としては。

 

 「だってさ、そうしねえとじっちゃん、本気で戦ってくれねえだろ?

 亀仙人のじっちゃんじゃまずいから、別人になってるんだろ?それだったら思いっきり本気出してくれるんだろ?」

 

 「・・・本気のワシと戦うために、嘘をついたと?」

 

 「噓つきはよくねえけどよ。でも、必要なこともあるからさあ」

 

 ニッと笑ってから、悟空はうずうずとした欲求を隠し切れない様子でジャッキーの皮をかぶる亀仙人を見上げた。

 

 「決勝、楽しみにしてるからな!オラも思いっきりやるから、じっちゃんも手加減なしで頼むぞ!」

 

 「・・・生意気言い寄るわい」

 

 不愉快さ半分、不敵半分の苦笑を白髭の下で浮かべたジャッキーは、悟空を見下ろして宣言した。

 

 「今にそんな口をたたけなくしてやろう。上には上がいることを思い知らせてやるわい」

 

 「へへっ。でも、オラ、負けねえぞ!」

 

 亀仙人に言われなくても、そんなことは熟知している。

 

 強くなったと思ったら、強敵強敵、また強敵の連続が、成人後には控えているのだ。それを思えば、今のレベルのなんと低いことか。もどかしく思う反面、ここでしっかり基礎を鍛えなおしておくべきだともわかっている。

 

 この戦いは、その仕上げのような部分があるのだ。

 

 目の前の師に勝ちたいし、成果を示したいという気持ちもある。

 

 そうして、二人は改めて武舞台へ向かった。そろそろインターバルは終わる。決勝が、始まる。

 

 

 

 

 

 『ご来場の皆様!いよいよ決定的な瞬間がやってまいりました!

 天下一武道会の決勝戦であります!

 果たして今大会の天下一は孫選手か!ジャッキー選手か!

 子供が勝つか!お爺さんが勝つか!

 ついにクライマックスを迎えましたー!』

 

 アナウンサーの男の実況に促され、入場した悟空とジャッキーは向かい合うと、お互い手を合わせて、手合わせ前の挨拶を行う。

 

 そうして、お互いが構える。「手加減なしじゃぞ」「オラだって」と言いながら。

 

 一拍の沈黙。初夏の風が武舞台を吹き抜けた。一拍ののちに、最初に踏み込んだのはジャッキーだ。

 

 殴りかかってくるのを、悟空は大きく飛んでよける。だが、ジャッキーはその勢いのまま空中に飛び上がり、悟空に追撃を仕掛ける。

 

 悟空は空中で身をひねり、ジャッキーの攻撃をさばく。

 

 拳と蹴りの応酬を空中で繰り広げた二人は、そのまま地面に降り立って距離を取る。

 

 内心でジャッキーは舌を巻いた。避けたら油断してもいいのに、全くそれがない。

 

 技巧自体は、まるで完成された武道家のそれを相手にしているようだ。体躯の小ささが足を引っ張っている節がある。これは、成長すればさらにとんでもないことになるかもしれない。

 

 気の扱いを心得ていることといい、ますます得たいが知れない。

 

 「じっちゃん堅実だなあ。場外を狙ってもよかったのに」

 

 「舞空術があるじゃろ。狙うだけ損じゃ」

 

 「そうか?」

 

 ぱちくりと悟空は目をしばたかせた。悟空が反応できないほどの勢いでたたき出すとか、体力が消耗したところを狙うとか、いろいろやりようはあるのだが。

 

 いずれにせよ、今のところジャッキーは悟空の場外は狙っていないようだ。さて、次はどう出る?

 

 「ならば、これはどうじゃ」

 

 いって、ジャッキーは残像を出して消える。残像拳だ。

 

 「こっちだ!」

 

 言いながら悟空は振り向いた。だが、その先にあるのも残像。しかし、悟空は拳を上に向かって突き上げた。

 

 「ぐえ!」

 

 途端に、ハンマーを組んで上空からの強襲を試みたジャッキーの顎に、悟空の拳が突き立った。

 

 「どうだ。当たっただろ?」

 

 「ば、馬鹿な・・・」

 

 跳ね飛ばされて目を白黒させるジャッキーに、悟空がニッと笑う。

 

 「に、二重残像拳を見抜いたというのか・・・」

 

 「じっちゃん、オラ、気が読めるんだぞ?残像拳くらい見抜けちまうんだよ」

 

 動揺するジャッキーに、悟空は苦笑する。

 

 残念ながら、残像拳が通用するのはフリーザとの戦いまでだ。あれ以降の敵は気が読める(セルとかブウ)か、真逆気がない(人造人間シリーズ)連中ばかりだったからだ。

 

 「あ、そっか!」

 

 「だから、さっきの試合でも残像拳に引っかからなかったのか!」

 

 壊れた塀越しに見物するクリリンと、ヤムチャが二人一緒に納得の声を出した。

 

 「オラも真似してもいいけど、今はやめとこうかな」

 

 言って、悟空はジャッキーを見据える。

 

 別になめているわけではない。残像拳は目で見て動く相手には、かなりの有効打になる。今出して慣れさせてしまうより、ここぞというときにした方がいいと判断したのだ。

 

 「しからば・・・これならばどうじゃ!」

 

 不意にジャッキーは、酔っぱらったように足元をふらつかせた。酔っぱらいそのものの不規則な動きに、悟空は一瞬たじろいだ。

 

 だが、そんな間もなく、ジャッキーはふらりのらりと攻撃を仕掛けてきて、悟空の攻撃はするりとかわす。攻撃自体は軽めのものだが、痛いものは痛いのだ。

 

 「酔拳だ!」

 

 ヤムチャは即座にその攻撃を看破した。

 

 そういえば、いつかの組手の時に悟飯老が見せてくれた。なつかしい。

 

 「ぬっふっふ。酔っぱらったことのないおぬしにはまねできまい!」

 

 なおもふらふらしながら言うジャッキーに、悟空は苦笑を口元に浮かべる。

 

 残念ながら、齢50過ぎで孫までいた悟空には、もちろん飲酒経験はある。サイヤ人は胃袋も桁外れだが、肝臓も化け物である。ベジータと飲み比べをしたら、自分たちの分の酒がない!と妻やほかの男性人たちと怒られたのは懐かしい思い出だ。

 

 ともあれ。悟空は目を閉じて体から力を抜く。

 

 「悟空?!なにやってるんだ?!」

 

 「ウイぃ~、ヒック。もうあきらめたのか。では、トドメと行くかのう」

 

 慌てるクリリンに、ジャッキーがそのまま攻撃を仕掛けた。

 

 だが、別に悟空はあきらめたわけではない。一見すると隙だらけに思えるが、目を閉じることで気の感知能力を最大限に引き上げているのだ。

 

 攻撃するほんの一瞬は、誰でも気がごくわずかだが上昇する。後はその時を狙えばいい。

 

 ジャッキーの腕をすり抜け、カウンターで気合砲猫だましを決める。

 

 「かっ・・・?!

 甘いわあ!」

 

 一瞬白目をむきかけたジャッキーだが、そのまま悟空に拳を振りぬく。

 

 その攻撃をよけた悟空は、そのままトンボを切って大きく下がり距離を取る。

 

 やはり、あれは不意打ちにはいいが、既に存在を知られている相手には入りが浅いらしい。

 

 アナウンサーの実況に、観衆が盛り上がる。さて、どうしようか。

 

 と思ったところで、悟空の意識は途切れ、そのまま倒れ伏した。

 

 なんと、ジャッキーは「ねんねんころりよ~おころりよ~」と唱えながら踊るような怪しい動きをしだし、それをまともに直視してしまったのだ。よいこ眠眠拳。ジャッキーの奥の手の一つだ。

 

 眠りこける悟空をよそに、ジャッキーに促されたアナウンサーの男がカウントを取り出す。

 

 仲間たちが起きろと声をかける中、とうとうブルマが叫んだ。「孫君!ごはんよ!早く起きないとなくなるわよ!」と。

 

 悟空は夢を見ていた。

 

 嫁が眉を吊り上げて、両手を腰にやり、世にも恐ろしい一言を放ったのだ。

 

 『悟空さ!飯抜きだべ!!』

 

 「チチィィィィ!それだけは勘弁してくれぇぇぇぇ!飯抜きは!それだけはぁぁぁ・・・あれ?」

 

 ガバッと身を起こした悟空は、我に返る。何気に放ったセリフが、駄目亭主の情けなさ満載セリフだった。

 

 「ば、馬鹿な・・・!」

 

 目を丸くして鼻水を垂らすジャッキーに、わっと会場が盛り上がる。仲間たちもほっとしたような声を出す。

 

 「やっべ、寝ぼけた」

 

 フルフルと首を振って、悟空は改めて身構えた。

 

 あんな夢を見たら、嫁の飯が恋しくて仕方なくなるではないか!というか、よりにもよって夢の中の嫁の第一声がそれってどうなんだ!

 

 注射とセットの時も何気に腹が立ったが、今はもっと腹が立った。八つ当たり?構うものか!

 

 「ちぃっとギア上げるぜぇ!はあぁっ!」

 

 再び悟空の周囲に白いオーラがまとわりつく。直後、悟空は動く。弾丸のようにジャッキー目がけて飛び込み、そのままパンチとキックをお見舞いする。

 

 ジャッキーはどうにか応戦しようとするが、あまりの勢いに押し負けてしまっている。

 

 『おおッとぉ!孫選手!すさまじいラッシュだ!先ほども見せました、白いオーラを放ったら、急にパワーアップしたようです!』

 

 実際、悟空はパワーアップしている。内包している気を開放して肉体に纏わせることで、一時的なパワーアップをしているのだ。ただ、これは界王拳や超サイヤ人とは異なり、微々たるものだ。さらに、これをやると気が加速度的に減るので、ここぞというときにしなければならない。

 

 ここで、ジャッキーがダメージ覚悟で反撃に出る。思い切って地を蹴って飛び下がると、両手首を腰元に据えた。

 

 その構えを見てはっとした悟空もまた大きく飛び下がり、同じ構えを取る。

 

 『ああッと、あの構えは~~?!』

 

 「「かぁぁぁ、めぇぇぇ、はぁぁぁ、めぇぇぇ」」

 

 アナウンサーの驚愕をよそに、双方の両手の中に青白い光が生まれる。

 

 「「波ぁぁぁぁっ!」」

 

 放たれた青白い極光は、武舞台の中央で衝突し、押し合いとなる。

 

 「ぐぅぅぅぅっ!」

 

 「くぅぅぅぅっ!」

 

 歯を食いしばって、ジャッキーも悟空も体内の気を絞り出す。

 

 ややあって、極光はシャボン玉がはじけるように姿を消した。

 

 はあはあと悟空とジャッキーは息を切らしていた。

 

 『か、かめはめ波です・・・孫選手、かめはめ波を出しました・・・。

 武天老師以外にもいたのです・・・ジャッキー選手に続き、3人目の使い手です・・・。

 すごい・・・すごい、すごい、すごいぃぃぃぃ!

 とんでもないお子様です!』

 

 呆然としながら、ややあって我に返って興奮するようなアナウンサーの実況に、ややあって観衆たちもまた興奮したような歓声を上げる。

 

 「やりよるのう・・・以前よりも威力が上がっておるわい・・・」

 

 「あっれえ?オラ、じっちゃんにかめはめ波を見せたのは初めてだったと思ったけどなあ?」

 

 「ぐぬ?!え、ええっと、い、言い間違いじゃ!」

 

 「へへっ。そういうことにしとくよ」

 

 慌てるジャッキーに、悟空は小さく笑って構えなおす。

 

 一度気の開放は収め、呼吸を整える。呼吸は大事だ。

 

 気の開放とかめはめ波の撃ち合いで、それなりに消耗してしまった。まだ十分戦えるが、油断はならない。

 

 と、ここで、ジャッキーがスッと構えを解く。否。

 

 瞬時にものすごい気の上昇を感知した悟空は「させるか!」と怒声とともに突撃した。

 

 「ぐううっ!」

 

 やむなく気の練り上げを中断して、ジャッキーは悟空を迎え撃つ。

 

 悟空にはすぐに分かった。おそらく、ジャッキーは萬國驚天掌(ばんこくびっくりしょう)を出そうとしたのだろう。

 

 あの技のやばさはすでに骨身にしみているのだ。相手の土俵にわざわざ上がってやる必要はない。

 

 あの技は気の練り上げにかめはめ波以上に時間がかかる。ならば、その邪魔をすればいい。

 

 ジャッキーはどうにか悟空を振り切ろうと距離を取ろうとする。だが、悟空は追いすがる。

 

 そろそろ空腹感がひどくなってきたが、ここは我慢のしどころだ。これが終わったら腹いっぱい食べる!そのためにも勝たねば!

 

 だが、唐突にその動きが止まった。だらんと脱力した彼は、無防備に彼方を見つめだした。

 

 「なんだかよくわからんが、今のうちじゃ!はあああっ!」

 

 ここぞとばかりにジャッキーは中断していた気の練り上げを再開する。

 

 「おい、悟空どうし・・・まさか?!」

 

 クリリンが悟空の視線をたどった。そこには、まん丸の月――満月があった。

 

 勝負が長引き、ついに昇ってしまったのだ。

 

 「や、やばい!満月だ!」

 

 直後、悟空がその幼い姿態に見合わぬ咆哮を上げた。山吹の道着を引きちぎり、その体躯を風船のように膨らませる。小山のような巨体は焦げ茶色の毛皮に包まれ、血のように赤い目を怪しく光らせる。それは、大猿の化け物だった。

 

 「な、何じゃと?!」

 

 ぎょっとするジャッキーをよそに、大猿が動いた。グルんッと首を一振りして、きょろきょろと周囲を見回し、じっと自分の手を見つめてから、がっくりと肩を落とした。

 

 『こ、これは、どういうことでしょうか?!孫選手!急に巨大な猿の化け物に変身してしまいました~~!』

 

 「悟空うう!オレたちのことがわかるかぁぁぁ?!」

 

 アナウンサーの男の実況をBGMに、クリリンが叫んだ。

 

 大猿の悟空は武道寺の塀の方を振り返ってから、コクリと頷いた。どうやら、ちゃんと理性はあるらしい。

 

 「そうか!今夜は満月だったのか!うっかりしてた!」

 

 『あの・・・どういうことで?』

 

 「悟空のやつは、尻尾がある状態で満月を見ると、大猿に変身するんですよ!」

 

 アナウンサーの男の質問に、ヤムチャが叫んだ。

 

 「ほ、ほんとだったの・・・あいつ、どうなってんのよ・・・!」と青ざめて観客席で手すりにかじりつくブルマに、あちゃーッと言いたげに頭を抱えるウーロンとプーアル。

 

 他の観客たちも、ざわざわと騒いでいる。

 

 「ふむ。じゃが、変身したところで何も変わらんわ!」

 

 すでに気の練り上げが完了したジャッキーはオレンジ色に輝く両腕を突き出した。

 

 「萬國驚天掌(ばんこくびっくりしょう)!!」

 

 そこから放たれたオレンジ色の閃光が大猿の悟空を包み込む。

 

 「どうじゃ!動けんじゃろう!この技を使ったのは、ただ一人!おぬしの祖父、孫悟飯だけじゃ!」

 

 それはできれば、人間姿の時に聞きたかったなあ。

 

 そう思いながら、大猿の悟空は軽く身震いした。バシンッとシンバルを打ち鳴らすような音を立てて、技がほどけた。

 

 大猿状態であるせいか、大して苦痛もなかった。

 

 「ぎえええ?!ば、萬國驚天掌(ばんこくびっくりしょう)が?!」

 

 仰天するジャッキーに、大猿の悟空は肩を落とした。

 

 大猿状態は、通常時の10倍の戦闘力を誇る、と以前ベジータは言っていた。つまり、今の悟空の強さは、先ほどの10倍。これでは、ジャッキーとは勝負にならない。

 

 仕方ない。あまり気乗りしないが、試合を続ける方が大事だ。

 

 大猿の悟空は自分の尻尾をつかむと、一息に引っ張った。

 

 激痛が走った。

 

 咆哮が武道会会場を揺るがせる。

 

 『おおッと、孫選手、自分で尻尾を引きちぎりました!

 これは・・・あああ!孫選手、元に戻りました!』

 

 「いちちちちっ!おー、いてえ!」

 

 巨体を元のチビに縮め、素っ裸で尻をさすって座り込む悟空は、「ちょっとタンマな!」と言ってから、塀の方を振り返った。

 

 「クリリーン!悪いけどオラの荷物持ってきてくれ!」

 

 「あ、ああ。わかった。

 よかったのか?また、切ったりして」

 

 「試合続ける方が大事さ。

 じっちゃん!審判のおっちゃん!着替えてきていいか?」

 

 「う、うむ」

 

 『あ、はい。お願いします』

 

 ジャッキーとアナウンサーの男がうなずいたところで、悟空は一度武道寺に引っ込んだ。

 

 クリリンは控室から悟空の荷物を持ってきてくれた。悟空は浅葱色の合わせに芥子色の脚衣の道着に着替えると、武舞台に戻った。

 

 「おぬし、ああいう大事なことは早く言わんか」

 

 「悪い悪い。ああなる前に決着付けたかったんだけどなあ」

 

 咎めるジャッキーに、悟空は軽い調子で言ってから、改めて身構えた。

 

 『えー、それでは仕切り直しとしましょう。再開してください!』

 

 審判の合図とともに、再び二人は動いた。

 

 とはいえ、ジャッキーは大技の連続に息を切らしてきているし、悟空は悟空で満月の光による多少のエネルギー補充ができたとはいえ、空腹感がひどくなってきたのだ。

 

 完全に動けなくなる前に、決着を付けねば。

 

 ジャッキーはこうなれば、と動く。「かぁぁぁ、めぇぇぇ、はぁぁぁ、めぇぇぇ」と両手首を合わせたが、悟空は慌てなかった。

 

 「波ぁぁぁぁっ!何っ?!」

 

 突き出した両手からは、かすかな青白い光が放たれただけだ。

 

 「じっちゃん、自分の気ぐらい把握しとこうぜ?ほとんどすっからかんだろ?

 もう空も飛べねえな!」

 

 ふわりッと、再び白いオーラが悟空の体躯を包み込む。

 

 出し惜しみはなしだ。悟空もまた気の開放を行い、最後の力を振り絞るだけだ。

 

 「行くぞぉぉ!」

 

 悟空の突進に、とっさにジャッキーはガードしようとした。

 

 猛ラッシュの挙句、悟空のアッパーによってジャッキーは空中高くにたたき出された。

 

 追撃を加えようと悟空も飛びあがった。だが。

 

 「かかりおったな!」

 

 追いついてきた悟空の目と鼻の先で勢い良くジャッキーの両手がパァンッと打ち鳴らされた。猫だましだ。

 

 「がっ・・・?!」

 

 がくんと悟空は空中で姿勢を崩した。

 

 乗せられた気の量が不十分であったとはいえ、ほとんど勝利を確信していた悟空にとっては、完全な不意打ちだった。

 

 悟空には自分が優位に立っていると、肝心な時に油断する悪癖がある。第23回天下一武道会決勝戦で、土壇場でピッコロに逆転されたことなど、その一例だろう。

 

 完全に意識は失わなかったが、それでもその時にできた隙はジャッキーにとっては値千金分の価値があった。

 

 そのままジャッキーは悟空を踵落としで叩き落した。

 

 石畳にたたきつけられた悟空だが、それでもどうにか立ち上がる。

 

 「なんと!頑丈な奴め!」

 

 「へへっ・・・まだまだだ・・・!」

 

 気の開放をしていなかったら、今の一撃で気絶していたかもしれない。完全に油断していた。

 

 悟空はへらっと笑うが、すぐに表情を引き締める。

 

 お互い、もうへとへとだ。悟空の気の開放も長くは持たない。

 

 次が、最後になる。

 

 だが、その時、悟空が何かに気を取られたように彼方に顔を向けた。

 

 ジャッキーは見逃さなかった。突進からの鋭い突きを、その小さな体躯の腹腔ど真ん中に突き入れたのだ。

 

 「がはっ!」

 

 息を詰まらせながら、悟空は吹き飛ばされて、武舞台の外にたたき出された。

 

 あっけない幕切れに、それでも長時間の激闘をたたえるアナウンサーの男と観客をしり目に、ジャッキーは怪訝に思いながら、悟空を見下ろした。

 

 悟空は立ち上がったが、その表情は蒼白だった。

 

 「じっちゃん・・・!

 オラ、ちょっと行ってくる!

 筋斗雲よーい!」

 

 そういい捨てるや、悟空は呼び出した黄色の雲に飛び乗り、そのまま飛び去ってしまった。

 

 『あ、ちょっと?!』

 

 「悟空?!どうしたんだ?!」

 

 「ちょっと孫君?!」

 

 アナウンサーの男や仲間たちの呼び止めを無視して、悟空はそのまま急ぐ。

 

 孫悟飯老の気が、消えかけている。それが感じられたのは、奇跡としか言いようがない。

 

 

 

 

 

 急げ、急げ。

 

 疲れた体であったが、悟空はそれでも必死に集中して気を探る。

 

 今にも消えそうなほどか細い孫悟飯の気は、パパイヤ島にある一番大きい病院の中から感じられた。

 

 悟空は病院は嫌いだったが、自身の入院経験を除いても何度か立ち入ったことがある。

 

 すぐに悟空は降下させた筋斗雲から飛び降りて受付に駆け込み、自分の名を名乗ってここに祖父がいるのでは?と尋ねた。

 

 戸惑う受付の女性は、電話を掛けたり書類をめくったりして、ややあってから教えてくれた。

 

 今朝、空港で倒れたところを緊急搬送された、緊急連絡先を聞き出そうにも、天下一武道会が終わるまではやめてくれ、の一点張りだったという。

 

 それはきっと、自分が試合に集中できるようにするための気づかいだったに違いない。なんてことだ!

 

 真っ青になって震える悟空に、看護師が沈痛な面持ちで案内してくれた。

 

 奥の部屋だ。悟空が以前入院した時よりも、複雑な機械がいくつも並び、口元を酸素マスクに覆われ、点滴や無数のコードにつながれた悟飯老がそれに囲まれる格好でベッドに身を沈めている。

 

 医者の説明は、悟空には難しくてよくわからない部分もあったが、とにかく、これだけは分かった。もう、祖父は長くない。

 

 次に発作が起これば、それが最後だ、と。

 

 悟空は用意された枕もとのパイプ椅子の上で、蠟のように白い祖父の顔色を眺めた。

 

 具合が悪いなら言ってくれればいいのに、と思いかけ、悟空は人のことを言えないな、と首を振った。

 

 自分とて、人造人間との戦いのとき、うすうすおかしいと思いつつも土壇場まで不調を隠してしまったのだ。

 

 さっさと人造人間を倒せば問題ないだろう、と。結局倒しきれなくて、ほかのメンバーに助けてもらう始末だった。

 

 そういうところが似てしまったのだろうか?

 

 パイプ椅子の上で座り込む悟空が、茫洋とそんなことを考えていると、ふいに悟飯老の気が少し大きくなった。だが、それはろうそくの最後の燃え上がりにも似た、不安定なものだった。

 

 はっと悟空が祖父の顔を覗き込むと、彼はうっすらと目を開けていた。

 

 「じっちゃん!オラのことがわかるか?!」

 

 思わず声をかける悟空に、悟飯老はのろのろと酸素マスクをずらしながら言った。

 

 「悟空・・・天下一武道会は・・・どうじゃった・・・?

 見に行けなくて・・・すまんのう・・・」

 

 いいよ、そんなの!と言いそうになるのを、悟空はすんでのところでこらえた。

 

 祖父は、自分の試合を邪魔しないために、連絡を控えさせたのだ。ならば、自分はそれにこたえなければ。

 

 「決勝まで行けたけど・・・負けちまった・・・亀仙人のじっちゃんが相手でさ・・・。

 じっちゃんにも、みて、欲しくて・・・」

 

 酸素マスクを当てさせながら、悟空は必死に言葉を紡いだ。ともすれば、言葉が詰まりそうになる。

 

 「じっちゃん・・・ごめんなあ・・・オラ、気づかなくて・・・!」

 

 『何を言っとるんじゃ・・・隠しておったのは、ワシの方じゃ・・・』

 

 マスク越しにくぐもった声で微笑む悟飯老は、やがて表情を真剣なものにした。

 

 『よいか・・・ワシのことは、生き返らせてはいかんぞ・・・!

 これは、自然なことじゃ・・・』

 

 「生き返らせれねえよ。ドラゴンボールは万能じゃねえんだ。病死した人間は生き返らせれねえんだ」

 

 首を振って、悟空は淡々と告げた。

 

 だが、その顔は今にも泣きそうなのをこらえようと、ぐしゃぐしゃになっていた。ずびっと鼻水をすすり、桃色のリストガードで拭っているのを、悟飯老は黙って見つめる。

 

 『すまんのう・・・また、おぬしを一人にしてしまう・・・』

 

 ひどく痛ましげにつぶやく悟飯老に、悟空は声を張り上げた。

 

 「大丈夫だ!じっちゃん!オラは一人じゃねえ!亀仙人のじっちゃんに、クリリン、ブルマ、ヤムチャやウーロン、プーアルだっている!

 今はまだだけど、そのうち結婚して、家族も作るんだ!

 だから、安心してくれ!」

 

 悟空の言葉に、悟飯老は力なく微笑んだ。

 

 『そうか・・・武天老師様や、お前の仲間たちに、感謝しなければな・・・』

 

 ここで、悟飯老は大きく息をついた。

 

 『悟空や、達者にな・・・』

 

 その言葉に、悟空はとうとう黒い瞳からボロリと熱い涙をこぼした。だが、泣きわめくのは違うだろうと必死にこらえた。代わりにニッと笑って、悟飯老の冷たい手を取って言った。

 

 「じっちゃん、あの世では優れた武道家は肉体を与えられて、さらに修業が積めるんだ。

 先にそっちで待っててくれよ。で、オラが行った時、また改めて組手してくれ。オラももっと修業を積んで強くなるから」

 

 『ほっ・・・それは・・・楽しみじゃなあ・・・』

 

 そこで、悟飯老は眠るように目を閉じた。周辺の機械が一斉にけたたましい音を立て始め、医者と看護師が一斉に入ってきた。

 

 悟空は、悟飯老から手を放してから、静かに祈るように目を閉じた。

 

 孫悟飯老の気は、もう感じられなかった。

 

 

 

 

 

 数日後、悟空は白い包みを抱えて、筋斗雲に乗っていた。

 

 亀仙人たちはカメハウスに戻ったらしい。そちらにあいさつに向かい、荷物を取りに行くのだ。

 

 悟空たちの修行が終わったのを機に、亀仙人はカメハウスを元の南の島に戻したらしい。

 

 「おや?誰かと思えば悟空坊ちゃんじゃないですか!」

 

 「悟空!どこ行ってたんだよ!心配したんだぞ!」

 

 「オッス、ウリゴメ、クリリン。亀仙人のじっちゃん、いるか?」

 

 出迎えたウミガメとクリリン(修行中らしく、甲羅を背負ってさらに大岩を担いでスクワットしている)に、悟空が笑いかけた。

 

 「どうしたんじゃ?おお、悟空。どこ行っとったんじゃ。せっかく食事でも奢ってやろうと思っておったのに」

 

 「オラのじっちゃんが死にそうだったから、看取ってきた」

 

 「「「」」」

 

 あっけらかんと言い放った悟空に、その場にいた全員が言葉を失った。

 

 「じっちゃん・・・孫悟飯がか・・・?」

 

 震える声で尋ねた亀仙人に、悟空は「うん」と短く答えた。

 

 ここで、亀仙人は気づく。悟空が抱えているのは、遺骨を納める骨壺の入った包みだ。

 

 「決勝の最後で気が付いて、気を取られちまってさ。

 目の前のことに集中しなきゃいけなかったのになあ」

 

 苦笑する悟空は、そのまま荷物を取りに来たのだと告げる。

 

 余談だが、ここ数日の悟空はパパイヤ島の病院で世話になって、食堂を食いつぶしかけた。

 

 あの最後の妙な行動はそれが原因か、と亀仙人が内心納得するのをよそに、クリリンが「その・・・大変だったな・・・」と気の毒そうに声をかける。

 

 しかし、悟空はニッと笑って答えた。

 

 「大ぇ丈夫!じっちゃんとは、あの世でまた組手するって約束したからよ!

 こっちの“じっちゃん”をパオズ山に届けてから、オラ、ドラゴンボールを探しに行こうと思ってさ!先に荷物を取りに来たんだ!」

 

 「え、あ、ああ・・・」

 

 「軽い奴だな・・・」

 

 あっけらかんと言った悟空に、クリリンと亀仙人は呆気にとられた。

 

 つい数日前に祖父を亡くしたばかりのはずの悟空は、もう普段通りにしている。少なくとも、二人にはそう見えた。

 

 「今更だけどさ、悟空。決勝、惜しかったな。もうちょっとで勝てそうだったのに」

 

 「どうだろうな。あのじっちゃんめちゃくちゃ強かったし、オラ実は腹減って仕方なかったしなあ。たぶん、あのまま普通にやってたら負けてたなあ」

 

 気を取り直して話しかけたクリリンに、悟空は首を振って苦笑した。

 

 実際、猫だましからの不意打ちを決められてしまったときは、かなりのダメージを受けていたのだ。なんとか立ち上がることができたが、あのまま戦闘を続けていたら間違いなく、悟空の方が先に力尽きていた。小さな体のせいで、それに見合ったスタミナ・気の量しか持たないからだ。手足のリーチも短く、威力も自然と落ちてしまうし。

 

 何度も言うようだが、以前の――究極のドラゴンボールに子供にされたときは、膨大な気の量でいろいろな面をカバーしていたのだが、それができなくされてしまったのだ。

 

 実戦に出ればよくわかる、この弱点。どうにかしていかねばなるまい。

 

 「その通りじゃ。クリリンにはもう言うたが、世の中上には上がいるもんじゃ。まだまだ強い奴はゴロゴロおる」

 

 ここで、亀仙人が口をはさむ。悟空には言えなかった、自身が正体を隠して大会参加までした目的を果たすために。

 

 「これしきで満足するほど武の道は甘くないぞよ!

 本当の修行はここから始まるのじゃ!」

 

 「うん!」「はい!」

 

 亀仙人の言葉に、悟空とクリリンが改めて頷いた。

 

 そうだ。ここからが本当の始まりだ。果て無き武の道が。

 

 「そうだ、じっちゃん。もっとオラが強くなったらまた戦ってくれって、ジャッキーのじっちゃんに伝えといてくれよ」

 

 「むぐ?!なぜワシに言うのじゃ?!」

 

 こら!黙っとらんか!と言わんばかりに内心焦る亀仙人をよそに、悟空はいたずらっぽく笑って言った。

 

 「だって、あのじっちゃん、オラのじっちゃんと会って戦ったことがあるんだろ?亀仙人のじっちゃんの知り合いかと思って。

 それなら、かめはめ波が使えてもおかしくねえな、って思ってたんだけど」

 

 「あ、そういえば決勝の時、そんなこと言ってたなあ。悟空の大猿のせいで忘れてた。

 そういうことだったんですね!」

 

 「そ、そういうこと?」

 

 「僕たちの実力を見るように、あのお爺さんにお願いしてくださったんでしょう?さすが武天老師様!」

 

 「む・・・ばれてしまってはしょうがないのう!まあ、そういうことじゃ!

 びっくりさせようと思って、黙っておったんじゃ!」

 

 クリリンの出した結論に、亀仙人はごまかしを多分に含んだ笑いをしながら言った。ジャッキー・チュンは亀仙人の知り合い説に乗っかかることにしたらしい。

 

 話しながら悟空は動いていた。

 

 持ち込んだ布団と着替えを風呂敷に詰めなおし、如意棒の入った鞘を身に着ける悟空に、どうにか気を取り直した亀仙人が、話しかけた。

 

 「そうそう。ドラゴンボールと言って思い出したんじゃが、あのブルマという娘がな、おぬしに渡してくれとワシに預けていきよったぞ」

 

 「あ、ドラゴンレーダーか!」

 

 そういって亀仙人が差し出してきたのは、見慣れたドラゴンレーダーだ。幾度となくバージョンアップを繰り返し、はては宇宙空間越しであろうと探り当てられるようになったブルマの技術の塊だ。

 

 どうやらブルマは、ドラゴンボールの失効期間明けに悟空が四星球探しに行くといったのを覚えてくれていたらしい。

 

 前の世界とは異なり、食事会からの別れという和やかな別れ方ができなかったが、こういうことがあるとブルマは口ではきついことを言うが、優しくていい女だな、とよくわかる。

 

 ベジータが惚れるのもわかる。ヤムチャにはもったいないくらいだ。

 

 「使い方は分かるか?ワシがもう一度説明してやるぞ?」

 

 ブルマからもらったメモを片手に言ってくる亀仙人に、「大ぇ丈夫。わかってるよ」と笑いかけ、悟空は筋斗雲に荷物を載せていく。

 

 「そういえば、ブルマさんたちから聞いたけど、世界中に散らばった7つの珠のうち1つを探すんだろ?大変じゃないか?」

 

 「平気さ!修行にもなるしよ」

 

 自分も手伝おうかと言いたげなクリリンに言って、悟空は最後に自身も筋斗雲に飛び乗った。

 

 「じゃ、オラ、そろそろ行くな!

 みんな、また会おうな!バイバーイ!」

 

 言い残して、悟空は筋斗雲に黄色の軌跡を描かせながら青空のかなたに姿を消した。

 

 「うむ。あっぱれじゃ」

 

 「悟空ぅぅ!気を付けてなぁぁぁ!」

 

 一つうなずく亀仙人と、大きく手を振るクリリン、目を丸くして見上げるウミガメは、そのあとを見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 パオズ山にある、空を望む、開けた一角。

 

 悟空は穴を掘って、骨壺をそこに丁寧に納めると、土をかけてから石を重ね、簡素ながら墓を作る。

 

 病院の方で、遺体の火葬の手続きをやってくれて助かった。

 

 葬儀などもすることを病院スタッフから勧められたのだが、祖父があらかじめ遺言状を持ち歩いており、しなくていい旨が記されていたので悟空はそれに従うことにしたのだ。

 

 ずっと、死期を予想していたのだろう。怖くなかったのだろうか。

 

 悟空も以前、自分が心臓病で死ぬと告げられた時、怖くなかったといえば嘘になる。

 

 だが、それよりも強い敵と戦えない、仲間たちがまとめて死んで、息子も結局命を落とすと告げられた方がよほどショックだった。

 

 むしろ、自分の死については、嫁の方がよほど怯えて取り乱して、託されたワクチンを無くさないように!と懇々と言い聞かせてきて、病気の予防に!とああでもないこうでもないと知恵を振り絞ってきたほどだ。(結局発病してしまったが)

 

 ・・・今頃になって、あの頃の嫁の気持ちが少しでも理解できるとは。やはり自分はどうしようもないわがままな男らしい。

 

 そこまで考えたところで、悟空は猛烈にチチに会いたくなった。

 

 嫌われてしまったけれど、それでも、会いたい。会ってどうすると決まっているわけでもない。ただただ、会いたかった。

 

 ドラゴンボール探しを始めれば、レッドリボン軍との戦いも始まるということだ。ならば、その前にチチに会っておくべきだ。

 

 そうと決まれば早かった。

 

 悟空は布団を下ろし、着替えの入った風呂敷を手に、筋斗雲を呼び出そうとした。

 

 だが、ふと思い立つ。

 

 あんな別れ方をしたのだ。手土産の一つくらい持っていくべきだ。

 

 何がいいだろうか。

 

 うーん、と悟空は腕組みして考える。パッと考えて、食いものが即座に思い浮かんだが、ほぼ同時に却下になった。悟空が得意とする野生児風の丸焼きは、お気に召さないのは明白だ。

 

 ならば木の実などの果物はどうかと思ったが、妻の好みはリンゴであり、今の時期(5月も半ば)は季節外れになる。

 

 ああ、そうだ!

 

 悟空は一つ、ひらめいた。あれならば、できる!

 

 急ぎ、悟空は目当ての場所を探すべく、筋斗雲を呼び出した。

 

 

 

 

 

 悟空は手土産を手に、フライパン山へ急いでいた。今はもう火も消えたから、涼景山になるのか。そもそも、山ですらなくなってしまったが。

 

 悟空が火を消してしばらく、あの荒野然とした光景は見違えており、青々とした草花が平野に繁茂して、廃墟は立て直されつつあるらしい。

 

 肝心の牛魔王の城は再建中らしく、城があるだろう場所は建築用の足場と防塵シートに覆われていた。

 

 悟空は額に右の二本指をあてて、気を探る。チチは・・・いた、城からそこそこ離れた湖のほとりだ。

 

 悟空はすぐさま筋斗雲をそちらに向けた。

 

 チチはそこにいた。花畑になっているそこで、花を摘んでいる。(今回は護身用の物騒なヘルメットは健在らしい)

 

 悟空は少し緊張した。あれだ、うっかり修行に夢中になって長期留守にしてしまって、嫁に何とどやされるかと、覚悟する心境に近い。

 

 また怒鳴られて泣かれて、あっち行け!と言われるかもしれない。

 

 それでも、悟空は覚悟を決めた。

 

 「おーい!」

 

 とりあえずそう声をかけて、何事かと顔を上げて周囲を見回すチチに、「こっちこっち!」とこちらを見上げさせる。

 

 「あ!」

 

 彼女がはっとしたと同時に、悟空は筋斗雲から飛び降りた。

 

 「オッス!」

 

 とりあえず挨拶する悟空に、チチは花束を胸に抱いたまま、じっと悟空を見つめている。

 

 「ええっと・・・この前は、本当に悪かったな。

 その・・・これ・・・」

 

 言いながら、悟空は持っていたものを差し出した。

 

 「?」

 

 チチはそれを見たが、眉をひそめた。それは、しおれた花冠だった。シロツメクサを編んで作ったのだろうが、すっかりしおれてしまっている。

 

 作った後で、悟空は腹が減ったため腹ごしらえをしたし、イーストエリアのパオズ山からサウスエリアのフライパン山まで飛んでくるのに時間がかかってしまったためだ。

 

 「あ、ちょっと待て。

 これ、持ってろ。いいもの見せてやるから」

 

 そういって、悟空は花冠をチチに持たせると、両手をそこにかざした。

 

 ほのかな青白い光が、そこから放たれる。それが花冠に吸い込まれるように消えると、小さな奇跡が起こった。

 

 しおれていた花冠が、時間を巻き戻すように青々とした美しさを取り戻したのだ。

 

 「わあぁ!」

 

 「どうだ!すげえだろ!

 オラの気を分けたからな!しばらくはきれいなままのはずだ!」

 

 歓声を上げるチチに、どや顔で悟空は言った。

 

 嫁にせがまれて覚えさせられた花冠の編み方に、気を他者に分け与える技術の応用を使えば、こんなこともできる。(そしてこれは、孫相手にも遺憾なく使用された)

 

 これを使えば、動物や他者の傷を癒すこともできる。(デンデのように短期に自分の負担もなく、気も丸ごと回復とはできないが)

 

 ・・・実は、神の御業ともいえる技術だったりするのだが、本人に自覚は薄い。

 

 加えて今は能力封印の影響をもろに受けているので、花冠や小動物程度ならともかく、それ以上は無理だったりする。

 

 しかし、受け取ったチチは気まずげに、そっと悟空から視線をそらした。

 

 「ええっと・・・その、花、嫌いだったか?」

 

 確か、嫁はシロツメクサは好きだったはず、よく花冠を作れとねだられたんだから、と悟空が内心で記憶との食い違いに慌てていると、「そったらことねえ!」と大きく首を振った。

 

 「花、ありがとうな。その・・・」

 

 チチは気まずげにうつむいた後、ややあって顔を上げて思い切ったように言った。

 

 「悪かっただ!前の時、言いすぎちまって・・・。

 お前ぇは親切心からやってくれたってのに」

 

 「いや、あれは本当にオラが悪かったよ・・・」

 

 「聞いてけろ。

 あんな、城も山も吹っ飛んじまったけど、おっ母の形見は無事だっただ。

 おっ父が宝物庫に入れてしまってたんだべ。

 宝物庫は頑丈に作ってあったから、他の宝物も無事だっただ。

 火が消えたから、村人たちも戻ってきて、今、みんなで城や村の再建をしてるだ。

 お前ぇが火を消してくれたおかげだ」

 

 「そっか・・・よかったな」

 

 悟空の言葉に、チチはコクリと頷いて続けた。

 

 「確かに、やりすぎだっただども、それだけじゃねえってわかっただ。

 本当に、悪かっただ。大嫌いって言ったの、取り消させてけれ」

 

 その言葉に、悟空は見る見るうちに表情が明るくなった。

 

 許してもらえた!

 

 「へへっ!よかった!お前ぇの口から大嫌いってのは、結構きつくてよ!」

 

 結婚している時分であれば、激高してたか真逆落ち込みまくっていたか。超サイヤ人の制御を失ってプッツンしてた可能性もあった。

 

 どちらにせよ、彼女は孫悟空の虎の尾であり、逆鱗である。

 

 撤回してもらえてよかった。

 

 ニッと笑って頭の後ろで腕を組む悟空に、チチもつられたように笑った。

 

 自分の悪いところは、強気で意地っ張りなところ。勢い任せにいろいろ言って、あとで後悔することがある。悟空とのことなんてその最たるものだった。

 

 父親にもなだめられ、また会うことがあったら謝ろうと思っていたのだ。謝ることができて、よかった。

 

 内心でチチは、そうほっとしていた。

 

 もらった花冠をもって、チチは少しはにかんだ。

 

 悟空が見せてくれた小さな奇跡の記念品だ。悟空はしばらくはきれいだと言っていたが、ドライフラワーにすればとっておけるだろう。後で作り方を調べよう。

 

 そうしてチチは、ちらっと悟空を見やった。

 

 初めて会った時と同じ、浅葱色の合わせと芥子色の脚衣という取り合わせの道着(デザインは同じだが、こちらは祖父手縫いである。亡くなる前に何着か縫っておいてくれたらしい)。少したくましくなったかもしれない。

 

 だが、チチはどことなく言い知れぬ違和感を覚えていた。最初に会った時と違い、なんだか元気がないように見える気がする。

 

 「・・・どうしただ?何かあったのけ?」

 

 「へ?」

 

 「なんだか元気なさそうに見えちまって。

 おらの気のせいならいいんだども」

 

 言いながらチチは、的外れだっただろうかと少し不安になった。

 

 だが、ややあって悟空は眉をハの字に動かして力なく笑うと、視線を落とした。

 

 「オラのじっちゃんが、死んじまってさ・・・」

 

 「え!」

 

 「天下一武道会の決勝中に気が付いてあわてて行ったから、看取ることはできたんだ。

 あの世でまた組手しようとも約束したしよ。

 けど・・・なんちゅーか・・・」

 

 言葉を失うチチに、悟空はぐっと空を見上げた。

 

 あのはるか先の果てに、きっと祖父がいる。閻魔の裁きを終えて、天国に向かうところだろうか?

 

 「・・・寂しい、な」

 

 ポツリとこぼした。

 

 同時に胸が痛くなる。この感覚には覚えがあった。あの時と同じだ。

 

 セルゲームの後、生き返るのを拒否してあの世にいることを決めてから、ふとしたことで家族が恋しくなった。胸が痛くて、会いたくて。きっとそれは、寂しいということだ。

 

 けれど、自分はもう決めてしまった。次に会うのは、妻も息子も寿命を全うして彼らがあの世に来てからだ、と。(第25回天下一武道会の時、ようやく1日の権利を使うことを決めたのだ)

 

 だから、家族の様子を見ないかという界王の提案(おそらく下の息子のことを知っていたのだろう)を蹴って、修行に没頭した。そうすれば、こんなものすぐにどうともなくなるとわかっていた。

 

 祖父を知らず踏み殺して埋葬して、その後ずっと一人でいたころのように。

 

 チチに、上を向いた悟空の顔は見えない。チチの方が弱冠目線が高いが、それでも顔を覗き込めるほどの身長差はないからだ。

 

 けれど、いてもたってもいられなくなったチチは、花束と悟空からもらった花冠をそっと置くと、悟空を抱きしめた。

 

 「へ?」

 

 「・・・おらのおっ母が天国に行っちまったときな、泣いてたおらをおっ父がこうして抱きしめてくれたんだべ」

 

 「オラ、泣いてねえぞ」

 

 「嘘だべ。泣いてるだよ」

 

 「泣いてねえ」

 

 「泣いてるだ」

 

 「泣いてねえって!」

 

 「嘘だべ!泣いてるだ!」

 

 そこで悟空はチチを引きはがして、その両肩をつかんでひたと見据えた。

 

 祖父との別れはちゃんと済ませた。泣いてなんかないはずだ。勝手に決めつけないでほしい。

 

 むっと口をへの字に曲げる悟空を見てから、チチはニコリと笑った。

 

 「もう、大丈夫だべな」

 

 「へ?」

 

 「おらの勘違いだったべ」

 

 フフッと笑うチチは、いつだったかの父親の言葉を思い出していた。

 

 『お前ぇも意地っ張りだけんど、男ってのも同じくらい意地っ張りなんだぞ』

 

 意地っ張りだから泣かないのか。だったら、みないふりをして、その必要を無くしてやればいい。簡単な話だ。

 

 そんなことを思い返すチチに、悟空はややあってフッと笑みを浮かべた。

 

 やはり彼女は、いい女だ。

 

 「サンキュー、チチ」

 

 どこか大人びたその笑みに、チチの小さな胸の中で何かがドキリと音を立てた。

 

 なんだろう、この感じは。

 

 どきどきと早鐘を打ち出す心臓を、服の上からそっと抑えるチチをよそに、「なあ」とすっかり普段の調子を取り戻した悟空が話しかけてきた。

 

 「な、何だべ?」

 

 「この近くに街・・・じゃねえな、服屋ってないか?」

 

 「服屋?」

 

 最初こそ声を上ずらせたものの、唐突な悟空の問いかけに、チチは首をかしげた。

 

 「ああ。オラ、今ドラゴンボールを探しててよ。そのうちの一つが、どうもすげえ寒いところにあるみてえだから、今のうちに寒いところで着る服を用意しとこうって思ってさ」

 

 「どらごんぼーる?」

 

 「7つ集めると、神龍が出てきて、どんな願いでも一つだけかなえてくれるんだ。

 で、そのうちの一つ、四星球がオラとじっちゃんの宝物――もう形見になっちまうのかな、とにかくそういうことだから、探しに行くところなんだ」

 

 聞き返すチチに、悟空は懸命に説明した。

 

 チチはいまだによくわからない部分もあったが、とりあえず悟空が防寒具を必要としていることは分かったため、こういった。

 

 「そういうことなら、フライパン村――フライパン山のふもとの村に来るとええだ。

 おっ父もそこにいるだ。きっと悟空に会いてえはずだべ」

 

 「わかった!筋斗雲よーい!」

 

 うなずいて悟空は筋斗雲を呼び出した。黄色の雲が勢いよく登場する。

 

 ここからフライパン山へは少し距離がある。先を急ぎたい悟空は、筋斗雲を使うことにしたのだ。

 

 まず悟空が飛び乗り、その後、花冠を持ったチチに手を差し伸べて乗るのを手伝う。

 

 「よし!行くぞ!筋斗雲!」

 

 悟空の号令に、任せて!というように筋斗雲は勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

続く

 





※逆行悟空の特徴 その6

 幼少はできなかった、演技・駆け引き・嘘の必要性の理解などができる。

 しゃべり方と語彙力のなさ、一般知識の欠落ぶりから誤解されがちだが、本来はめちゃくちゃクレバー(超合理主義)。自分が必要と判断したことには、そこに至るまでのことをどう達成するかきっちり考えられる。ただし、それは自分の中で組み立て・消化を行い、基本的に誰にも言わないので、土壇場で破綻することがある。(例:セルゲーム)

 自分が有利だと調子に乗る悪癖はもちろん健在。調子に乗らずして何がサイヤ人か。

 無印・Z・GT含めて、誰かを真っ当に看取ったことはおそらく初めて。(悟飯じいちゃんは気が付いたら死んでいた、他のメンツは戦いでそれどころではないし、落ち着いたらドラゴンボールで蘇生させられたため)

 自分がその立場になって初めてそのきつさに気が付く。セルゲームの後の妻子に土下座したい。

 嫁は特別。だから、すがりに行くし、弱みも見せてしまう。たぶん、無自覚。





Q.あの、占いババの館はどうするんですか?悟飯じいちゃんとの対戦も目玉だったと思うんですけど。

A.どうにかします。していきたいです。(作文かな?)





シロツメクサの花ことば・・・「約束」「私を思って」

シロツメクサを花冠にして思う相手に送り、受け取ってもらえたら幸せになれるという言い伝えがあります。(悟空は多分知らない。前の世界の嫁は知ってた。だから、花冠の作り方を旦那に叩き込んだ)
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