信仰は儚き人間のために   作:空箱一揆

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勝負の三話目。やっと話を動かしていけそうです。


第3話 夢あるいは生得領域

 これは夢だ。

 なんとなくだがそんな確信を持つことがごくまれにあるだろう。

 明晰夢と呼ばれるこの現象の中で、夏油傑は空を仰いだ。

 青空のキャンバス上には、もこもことした羊のような雲の群れをなし、ゆるゆるとそらを流れていく。

 日差しは明るく、寒すぎもせず、暑過ぎもしない。

 視線を落とすと、そこには巨大な湖が、空の蒼さを反射してる。

 不浄のない、一切が新鮮な風が夏油のほほを撫でた。

 湖の縁を目指し、一歩ずつ歩んでいく。

 なんでもないような日常の光景で在るはずなのに、その光景はどこまでも美しい。

 そこには古代より続く、自然だけの美しさだけが在った。

 水面が揺れる。

 湖の奥へと視線をむけると、中心から真円の波紋が広がって来た。

 

「(大きな、蛙?)」

 

 雲間から延びる日差しに反射され、湖の上に在る黒い影を視認した。

 それは、妖精のように水面を蹴り、静かな水音を鳴らして、夏油の前に着地した。

 思ったよりも小さく、四肢を持った影が立ち上がる。

 

 「やあ傑。相変わらずだね」

 

 何度も聞いた。どこかで聞いた。

 その声に、夏油はなぜか少女の姿を連想させた。

 

 「あなたは、どちらさま?」

 

 問いかけに対して影は、大げさに落胆したようにため息をついた。

 

 「傑、まだ私の名前分からないんだね。何度も名乗ったの、早く思い出してほしいよ」

 「何度も名乗った……?」

 

 夏油は改めて影を見る……、やはりそれは、影であった。

 

 「そうだよ。■■■だよ。気軽に■様って呼んでいいんだよっ!」

 「何度も、だが、ここは夢の中で―――」

 「そうだね、夢の中だよっ! あっ、でも君達ならこっちの言葉の方が理解しやすいのかな」

 

 少し大げさに、影が首をかしげて、考えるそぶりを見せた。

 改めて影の形を見る。観る。診る。視る。

 影は小さく子供のようで、明るく、天真爛漫な無邪気ようだが、

 

「ッ!?」

 

 突如影の中から、全てを見通すような、真っ黒い瞳のような何かを見た。

 その瞳に畏怖を感じて、傑が一歩後ずさり、影は逆に一歩踏み込んだ。

 

「君達に分かりやすく言うなら■■■■だねっ!」

「生得領域ッ!?」

 

 夏油は無意識に、影の言葉を繰り返す。

 

 「そうだよここは私の内であり、君の中。あの時、傑が無理やり私を押さえつけて、一飲みにしたんだよ」

 

 あの時。それがどのときであったのか記憶をさかのぼる。

 

 「無理やり取り込んだことについては思うところはあるけど、どうせ殆ど引退していた身だし、ほっといても消滅してただろうから……、まあ良くはないけど、まあいいかな。でもせっかく縁が結ばれたんだから、傑には私の名前で呼んでほしいかな」

 「―――」

 

 取り込んだものが何であったのか……、分からない。

 だが一つだけ、夏油には確信を持てることがあった。

 目の前に在るこの影は……、

 

 「傑は真面目だね。まあ、このままのんびり思い出してもらうのもいいんだけど……、そろそろ別の姿でも会いたいんだよ。だからここでひとつ、君に奇跡を視せてあげるねっ!」

 

 影の楽しそうな声が一遍する。

 次の瞬間、声は一切の感情が排除された音となる。

 

 「君の後輩”死ぬよ”」

 

 告げられたその言葉を皮切りに、全身硬直し、金縛りにあったかのように動けなくなる。

 

 そして視た―――?!!

 

 黒い闇を纏った呪霊が、後輩である灰原と、七海に襲いかかる光景を視せられる。

 必死に抵抗する二人だが、明らかに違い過ぎる力量差に、まともに抵抗することもできない……。

 二人の体には無数の傷が刻まれてい行く。

 そして、灰原の身体を抑え込んだ呪霊が大きく赤い口を開けて……、

 

 『後は、頼――ッ』

 

 始まった時と同じように、突如その光景は幻のごとく虚空へ霧散する。

 今は雲が、空の蒼さを覆い隠していた。

 

「あの子が行こうとしてた場所、ミシャグジさまが在るよ―――」

 

 身体が弾けたように自由になる。

 しかし夏油の視線は、目の前の影から視線を逸らせない。

 

 「人が、崇めることをやめたから、信じることをやめたから、願う先を変えたから、堕ちたんだ」

 「あれは呪霊なのか―――?」

 「根源は同じかもね。でも並みの呪霊とは違うよ」

 

 夏油はその畏怖に、息をすることさえ忘れていた。

 

 「―――産土神、土地神案件なのかッ?!」

 

 必死に言葉を絞りだした夏油に、影が答える。

 

 「早く行くといい。神託の大判振る舞いだっ」

 

 夏油はその場から必死に走り出す。

 

 『助けられるといいねっ』

 

 声が遠のいていく―――。

 

 『独りでどうしようもなくなったら祈って、願って、頼ってッ! そうしてくれないと、今の私じゃあ、助けられないからね』

 

 走って、走って、走って、泉を離れ、木々を抜けて、世界は暗転する―――。

 

 『私の名前は■■■だよ。次はしっかりと思い出してねっ』

 

 

 

 「ッ!?」

 

 身体中からいやな汗が吹き出し、夏油傑の意識は覚醒した。

 そこは寮の自室であった。

 そして枕元に置いてあった、時計に目をやると、普段起床する時刻よりもだいぶ遅く、外には炎天下の休日が広がっている。

 嫌な夢を視たと、そして思い出す。

 悪夢のような光景を。後輩である灰原の半身が、巨大な赤い口に飲み込まれ―――ッ、

 

 「灰原ッ!?」

 

 それはただの夢であったはず。

 灰原たちが受ける任務は2級相当の呪霊に厳選されている。

 だから、この悪夢はありえないはずである……が、焦燥にかられて、夏油は普段あまり使うことのない番号を呼び出す。

 

 「先生ッ、今日灰原と七海が受けた任務。2級呪霊の討伐のはずですよねッ?! すぐにその内容を調べなおしてくださいッ!」

 

 夏油は自身が所属する高校の教師、夜蛾正道へ、まくしたてるように告げる。

 当初何を言われているのか理解できていなかった夜蛾正道であったが、普段聞いたことのない夏油の取り乱した様子に、何かを感じとったのか、あきらめを含ませながら、短く分かったと答えた。

 夏油はその答えに、一言感謝を述べると即座に電話を切る。

 電話の向こう側では困惑した夜蛾正道が残されていた。

 だが、普段の問題児の片割れとは違う様子に気がかかり、すぐに今日送り出した生徒の任務について確認を取りにかかる。

 

 そして次に夏油は、

 

 「悟はッ!? 出ない、今日は任務だったか?! それともまだ寝てるのかッ?!」

 

 最も信頼する友へ電話を掛けるがつながらない。

 再度、携帯をスピーカに切り替えてコールする。

 悟が電話に出ることを祈りつつ、夏油は手近に掛けていた学校の制服へと袖を通し、財布と充電器等の最低限の持ち物をカバンに押し込む。

 まだ悟は電話に出ない。

 外へ出かける準備が整う、再度何度目かの呼び出し音が響いて、留守番電話へつながった。

 

 「悟、この電話を聞いたら急いで■■■まで来てくれッ!」

 

 場所と重要事項だけを伝えると、今度は別の電話番号をコールする。

 

 「はい? 私昨日遅かったから、まだ寝て「硝子ッ!! 今からすぐに■■■まで来てくれッ!」

 

 電話に出たのは、だるそうな声色した女性。自分たち3人しかいない同期の一人であった。

 今起きたであろう家入硝子は、不機嫌な態度を隠さずに口を開く、

 

 「はっ?、私疲れてるんだけ「頼む、このままじゃ、灰原が死ぬッ」」

 

 これまで聞いたことのなない恐怖を絞りだしたような声で、夏油が後輩の死を予言した。 

 家入硝子は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

 「なに、変な夢でも見たの?」

 

 あまりの重大な発言に対して、家入硝子は努めて平静に夏油へ問いかける。

 

 「―――、夢。そうだな、夢かもしれない、私の杞憂ならいいんだ。だけど、もしあれが本当なら、灰原が死ぬ」

 

 まるで未来を覗き視たように確信を口にする。

 家入硝子は、それ以上夏油から何かを聞き出すのを諦めると、深く息を吐きだして、

 

 「分かった。でも費用とか後であんたから徴収するからね。それで五条も連絡したの?」

 「何度か掛けたけど電話に出なかった。留守電には伝言を残したけど、もし連絡が付いたらすぐに■■■に来るように伝えてほしい」

 

 伝えたいことを伝えきると、夏油は一方的に感謝を述べて、すぐに携帯の電源を切る。

 そして、そのまま寮を飛び出し、自転車へ飛び乗り全速力で漕ぎだしたッ!

 

 焦りと恐慌でぐちゃぐちゃになりそうな心境の中、

 

 「(■様―――)」

 

 夏油傑は、何者かに救いの言葉を願っていた。




夏油クンが諏訪子様を持ち霊として、シャーマンファイトに参加するという電波を受信しました。
今のところ執筆予定はありません。

次回、ついに諏訪子様がッ?!

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