信仰は儚き人間のために   作:空箱一揆

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ギャグ回にしようと思ったら、思いのほかシリアスに寄ってしまったかもしれません。


第6話 存在しない記憶

 満身創痍な呪術高専の1年生である二人に、家入硝子が反転術式による治癒を施していると、最も望まれていた人物が、最後になって姿を現した。

 白髪に黒いサングラス。

 学生服を纏った人物の名前を五条悟。

 夏油傑の喧嘩仲間、学友、悪友、親友、それらの語録全てに当てはまる少年である。

 五条悟は、普段から掛けているサングラスより、蒼緑の瞳を大きく覗かせながら、険しい口調で問いかけた。

 その声は、普段の飄々とした態度と、ゆるぎない自信に裏打ちされた精神からは想像できないほど、乱れた感情から発せられていた。

 彼の完全にも思えた精神に揺らぎが生じたのは、この町に入る少し前の話。

 

 

 

 ―――

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 『悟、この電話を聞いたら急いで■■■まで来てくれッ!』

 

 その瞬間までは、補助監督が運転する車の中で、土産の饅頭を頬張っていた五条悟であったが、唐突に普段と違った親友からのメッセージが脳内を反芻する。

 ここ数日はなんとなく『体調が良くなさそうだ』と、しか思っていなかった。

 少し痩せたように見えたが『ソーメンを食べすぎたかな?』位にしか思っていなかった。

 しかしなぜか今、あの時に感じなかった傑の言葉が反芻する。

 自分が担当していた任務が終わり一定の安堵を得ていたためであろうか……。

 これまでに聞いたことのない鬼気迫る口調であった、その記憶が唐突に不安を煽り始める。

 そしてその思考の波は一瞬にして、五条悟がこれまでに経験したことのない、焦りや恐怖を増長した。

 思い過ごしとも思えるほどの悲惨な思考が浮かびあがる。

 

 

 

 急遽、五条悟の脳内に溢れ出した()()()()()()()

 

 

 

 地下駅の中。周囲を見渡せば、多種多様な仮装をした一般人がマネキンのように棒立ちとなっている。

 その異様な状況の中、自身の身体は、布のような、杭のような、よく分からないものに雁字搦めに拘束されていた。

 呪力は感じられず、身体は指一つ動かすことができない。

 そんな自身の目の前に、殺したはずの親友、夏油傑が現れた。

 

 だが、殺した事実など存在しない。

 

 『誰だよオマエ』

 

 目の前の肉体は、寺の坊主が着るような袈裟を身に纏っている。

 

 だが、夏油傑がそんなものを着ていた記憶などない。

 

 それでも、六眼に映る情報の全てが、目の前の人物を夏油傑であると証明していた。

 しかし自身の魂は目の前の人物が夏油傑でないと警鐘を鳴らす。

 

 『俺の魂がそれを否定してんだよ!! 答えろ!! オマエは誰だッ』

 

 ……、自分はまだ、夏油傑をまだ殺していない。

 

 目の間に立った夏油傑の身体には、額に大きく目立った縫い傷を持っていた。

 額を強引に縫い合わせたかのような歪な傷。

 夏油傑の肉体が、縫い傷に手を添えると、そこからするすると糸が抜け落ち……、まるで帽子を脱ぎ捨てるかのように、頭蓋が取り外された。

 

 『キッショ。なんで分かるんだよ』

 

 眼は逸らせずに、無残な親友のなれの果てを見せつけられる。

 野卑な行動は続き、脱ぎ捨てられた頭蓋の中からは、悪趣味という言葉ですら表わせない、目を背けたくなる存在が鎮座していた。

 在るはずのない口を持った脳みそが囀る。

 

『脳を入れ替えれば肉体を転々とできるんだ』

 

 買い換えた人形を見せびらかすような発言に怒りの沸点を一瞬で超える。

 

 『夏油の呪霊操術とこの状況が欲しくてね』

 

 新作のゲーム機を手に入れたことを自慢するような台詞が、怒りを殺意へと転換し、先日失敗した任務の時以上の憎悪が生まれた。

 

 『おかげで楽に夏油傑の肉体が手に入った』

 

 夏油傑を殺したときに、すぐに死体を処分しなかった自身の落ち度だと、死体に寄生した邪悪の化身があざ笑う。

 

 五条悟は、まだ、夏油傑に手を下してはいない……、ゆえにまだこれは、存在しない記憶である―――。

 

『お休み。五条悟、新しい世界でまた会おう』

 

 そして、憎悪と罵倒が渦巻く論判の末に、五条悟の視覚は暗い世界へと暗転した……。

 

 

 

 ―――

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 ――――――――――――

 

 

 

 夢か、幻覚か、それを判断するよりも速く五条悟は行動していた。

 夏油傑に告げられた場所へ向かう車内から、無言で飛び出すと同時に、自身の術式を使用し跳ぶ。

 

 

 

そして、現在の状況へと到る……。

 

 

  

 「夏油傑だよ。数日会ってないだけなのに、もう忘れたのかい? 悲しいね」

 

 夏油傑の身体は、改まった口調でありながらどこか嘲笑にも思える語尾を含ませながら、この場に現れた五条悟へ答えを返す。

 両者の視線が互いを見抜くように交わる。

 互いの内を覗くような視線の応酬において、文字通り五条悟の眼は夏油傑の内側を正式に把握していた。

 

 五条家が持つ、特殊な能力である六眼。

 それは、呪術師が扱う術式とは異なり、五条家だけに発現する特異な能力である。

 その視線は、視たモノの呪力・術式をサーモグラフィーのように視取ることができる。

 目の前に在る夏油傑の肉体は、確かに五条悟が知る夏油傑のモノである。

 だが、それらの全てを覆い囲うように、さらに正確に視るならば、夏油傑の呪力を遙かにしのぐ何者かの存在が、捻じり合うように重なって視えていた。

 

 「肉体に呪力、確かに傑はそこにいる。だが、俺のこの六眼にはもう一つ視えているもんが在る。―――オマエは誰だ!!」

 

 問いかけられる先で、夏油傑の右手が視線を遮るように、額に手をあてる。

 五条悟は自身の心臓が止まるような錯覚を感じた。

 そして夏油傑の身体が苦笑し、

 

 「『その眼、六眼だね。でもそれだけじゃなさそうだ』」

 

 夏油傑の身体に纏まりついていた何かが、剥がれ落ちるように急速に消えて行き、

 

 「傑は良い友達を持ったね」

 

 夏油傑のそばから、想像だにしないほど優しい声が聞こえた。

 

 いつからそこに在ったのか、いつの間にそこに立っていたのか、六眼を持つ五条悟だけが、辛うじてその姿が顕在する瞬間に気づくことができた。

 

 金髪のショートボブ。蒼と白を基調とした壺装束を纏った少女の姿。

 シミ一つ、汚れ一つ存在しない、この場に似つかわしくないその有様に、誰もが緊張と共に息を飲んだ。

 邪悪とは正反対の少女の現出に、五条悟ですらその光景が信じられずに行動が止まる。

 

 「私は諏訪子。気軽に神様って崇めてくれたらいいよ!」

 

 見た目通りに友好的な態度に対して、それぞれが抱えていた緊張が僅かながらほぐれていく。

 明確な敵意は感じられない。

 さらに、友好的とさえ取れる言動を発するその存在に対して、家入硝子はふと思い立った疑問を口にした。

 

 「先生。神様って居るんです?」

 

 この世の中には呪霊、つまり悪霊、悪神にも似た存在が跋扈しているが、これまで家入硝子はそれらと対を成すような存在を見たことがなかった。

 

 「居るには居る。が、この場合は実際には居ない」

 

 問われた夜蛾正道は、あいまいな物言いで、少し答えづらそうに少女の姿を視ながら答える。

 

 「……産土神、という名称等は皆も知っていると思うが、それが示すのは単純に呪霊の等級、強弱を表わすだけの意味でしかない。硝子が聞きたいであろう、神という存在の実在については存在しないとされている」

 

 五条悟とは異なる四角いサングラスで視線を隠しながら、夜蛾正道は諏訪子と名乗った存在の顔色を伺うように観察する。

 

 「なるほどね、でもそういう扱いはさすがに……」

 

 諏訪子は困り顔の様な笑顔をみせたが……、その表情から一点して一切の感情が抜け落ちたような能面へと変わる。

 

 「祟るぞ―――」

 

 全身を虫に撫でまわされるような不快感と、どす黒い感情をむけられたような不安感が襲いかかる。

 特級呪霊すら霞むであろうその圧を受け、呼吸のみならず、心臓すら止まるのではと思えた直後、五条悟が術式を解放しようとし印を組むが、

 

 「もう、冗談だよ!」

 

 五条悟が術式を発動するよりも早く、刹那の内に気質と態度が反転する。

 その有様は、五条の脳内に致命的なバグを発生させ、正常な判断を出すまでの時間を遅らせた。

 その結果、五条は術式が発動するきっかけを失い、ただ呆然とその場に立ち尽くす。

 五条にとって呪霊とは、人間にとっての悪であり、歯牙にかけるものでも、思考を裂くほどのモノでもなかった。

 だが、目の前の存在は、これまで五条悟が出会った呪霊とは全てがかけ離れていた。

 さらに夏油傑との繋がりを六眼により直接的に見ていたことで、普段よりも冷静な判断を下すことが難しくなっていたのだった。

 五条悟は、ころころと笑う、まるで無害な少女のような諏訪子から目を逸らし、夏油傑へと向き直る。

 

 「説明しろ、傑!!」

 「諏訪子様から聞いただろ? それ以上でもそれ以下でもない」

 

 諏訪子と名乗ったモノ、それは既存の特級呪霊すら遙かに凌駕する異質な存在感を放っていた。

 言葉を交わし、さらに自身を律する程度の知能。さらに、それほどの知能を持っていたとしても、呪霊が人間と、ここまで同じ目線で会話するとは到底思えない。

 それに、先ほど六眼によって一瞬見取れた力量は、通常の特級呪霊の倍近くにも見えた。

 

 「だから意味わかんねぇって!」

 

 現在確認されている16体の特級呪霊と、目の前の諏訪子に特徴が一致するものは居ない。

 女性に近い容姿の特級呪霊であれば”化生玉藻前”等も居るが、その呪霊の姿も一般の人間ではありえない身体的な特徴をあわせもっており、ここまで人間と同等の容姿をしてはいない。

 ここに来る前に膨らんだ妄想のような、存在しない記憶が五条悟の不安感を煽る。

 あの時の記憶を夏油傑がたどるとは思えないが、どうしても夏油傑の口から、あの記憶を否定する確証が欲しかった。

 ただし、その確証というのが五条悟にとっても何を指すのかは理解していない。

 ただ、これまで感じたことのない不安ゆえに詰め寄ろうとしているだけである。さらに、追及を続けようとする五条悟だが、 

 

 「ねぇ、とりあえず応急処置終わったし、ごはんでも食べに行こうよ。もちろん夏油の奢りで」 

 

 この場所には、唯一二人の間に割り込むことができる人物が居た。

 

 「あの硝子。今そういう流れじゃないよね」

 

 なぜだか呆れたように答える夏油傑に対して、家入硝子は子供が本能のまま告げるように、怒りと要求を押し通す。

 

 「はぁ? アンタが来てくれって言うから、急いで来たんだよ。それなのにこれからすぐ帰れって言わないよね。こっちは貴重な休日返上してるんだから、当然食住面倒見てもらわないと。五条だって任務が終わって急いで来たんでしょ」

 

 家入硝子の言葉に、極わずかながらの冷静さを取り戻した五条悟は、夏油と諏訪子の姿を確認すると、

 

 「―――よし、とりあえず傑の奢りで甘いものでも食いに行くか」

 

 不安という名の毒が抜かれたように、普段の口調を取り戻した。

 

 「灰原と七海の二人は、夜蛾先生がちゃんと病院まで送ってくれるし。ねっ!」

 「ちょっと待てお前たち、何を考えて」

 「ほら、立派な先生が重傷だった一年コンビの面倒は見てくれるって言ってるし、実働部隊の私たちは、せっかくこんな場所まで弾丸任務だったんだから、羽伸ばさなきゃ」

 

 家入硝子の反転術式のおかげで、およその外傷は回復できたが、それでも完治したとは言えない。

 むしろ手配側のミスでこのような状況になったのだから、正式に病院から診断書入手して、上に抗議入れるべきだろう。

 こういったときの家入硝子は、五条や夏油以上に口が回る。

 

 「灰原と七海も、このクズどもより、夜蛾先生にちゃんと病院まで送ってもらった方が安心でしょ」

 

 本人達を目の前に五条悟と夏油傑をクズと言い切るひどい物言いだが、深く考えると否定できなくなりそうなため、灰原と七海のコンビは沈黙を貫いて、夜蛾正道の方へ顔をむける。

 そして夜蛾正道も、本来なら死人が出ることを覚悟していた上で、ここまで来た為、今の状態ならば仕方がないかと半ばあきらめ交じりに吐息を吐き出して、全員に告げる。

 

 「分かった。二人は俺が病院まで付き添うから、お前らはここで自由解散だ。だが、明日中に今日の報告に来い。特に夏油、お前については上への報告前に確認すべきこともある。必ず顔を出せ」

 

 そして、最近のやつれ切った表情とは一転し、入学したての頃の様なやんちゃな笑顔で夏油は答えた。

 

 「分かってますよ。先生」




リアルが忙しすぎて、任務に駆り出されるさしす組の心境がトレースできそうです。

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