トリスタンはマルク王や他の騎士、侍女達から見て、非常に優秀な子供であった。
幼い頃から剣術を始めとした技術に高い関心を寄せ、積極的に武具の整備や手入れを行うのみでなく、時に自身も剣を振るい、弓を射った。
特に剣と弓の扱いにおける才覚は圧巻の一言であり、正式な騎士としての叙勲を受けた者でさえ、彼への稽古は大人の騎士と戦っているようだと口にした。
トリスタンの成長が、常軌を逸する物だったからだ。
当時八歳となったトリスタンは、かねてからマルク王に嘆願していた、本格的な剣の稽古を受けさせて貰えることとなった。
稽古が始まった直後は、初めてということで基礎的な型の確認や、軽めの打ち合いを行っていたのだが、トリスタンは突然、このようなことを宣った。
『お願いがあります。───私のことを、一切の容赦なく叩きのめして頂きたい』
正気か? と相手の騎士は思った。
子供時代によくある、自分の力を過信した事による肥大化した自信かと思ったが……恐らくは違う。
ただ自身は見習いでもなく、正式な叙勲を受けた大人の騎士。対して彼は
体格や技量の差を考えれば、まず勝負にはならないだろうし、仕える主の子供……正確には甥であるが、ソレに乱暴は不味いのではないかという、当然の憂いだ。
……彼も最終的には根負けして、一度痛い目を見れば考えも変わるだろうと考え、騎士はトリスタンを圧倒した。
勿論相応に手加減はしているし、訓練用の刃を潰した剣とはいえ、痣などが残らないように注意を払った。
身体の傷も放置したところで、おおよそ数日で完治する程度のものだ。問題はないだろう。
だがしかし、背中から地面に倒されたトリスタンは数十秒もしない内に立ち上がり、剣を手に取った。
そしてただ一言、騎士に向かって告げた。
『───もう一度』
何度膝を突かされようと、何度叩きのめされようと、身体が動く限り、トリスタンは再戦を要求し続けた。
ハッキリ言って異常だ。かなりの痛みに晒されながら平然とした顔をしているとは、とても普通の子供の精神構造をしているとは思えない。
その在り方に言い様のない不気味さと不安を感じながらも、騎士達は只管、トリスタンと戦った。
……それ故か、今年で一四となるトリスタンは同年代は疎か、大人の騎士達相手にも引けを取らず、剰え勝ち越してしまう程の実力を身に着けていた。
当然である。 たとえ
魂の有り様が凡人だったとしても、元々備えられた英雄性により、何があろうと自ら折れることは許さない。
だから彼はスポンジのように、めきめきと実力を伸ばすことが出来たのだ。
コレに一番喜んだのは、養父であるマルク王だ。
もとよりトリスタンの事を幼き間は小姓として、成長すればゆくゆくは騎士としての英才教育を施すつもりだったが故、他の騎士達を遥かに凌駕する才能があるというのは、大変喜ばしい事である。
そして十四ということで、正式に
「──入れ」
「……失礼します、マルク王よ」
「うむ、壮健そうで何よりだ」
親子としてでは無く、あくまでも騎士と王としての、厳粛な空気を保ったままの挨拶。
だがそれは表向きのものであり、張り詰めた雰囲気は、一分も経たずに霧散する。
「……今更畏まらなくても良い、肩の力を抜け。今この部屋には私達しか居ないのだから」
「……分かりました。では
あの件とは、トリスタンが正式な騎士となる前の実績作り……遍歴騎士として、ブリテン諸国を巡る為の許可である。
──遍歴騎士とは、自らの力を試したり、ロマンチックな冒険を求めて方々を渡り歩く数多の騎士達の総称だ。
各地の大領主が主催する武芸試合に出て金を稼ぐ騎士もいれば、怪物や化生の類……幻想種と戦い、武勲を挙げる騎士もいた。
そして吟遊詩人達は、そんな騎士達の物語を詩にして、民衆へと語り聞かせるのである。
それはある種、この時代での数少ない娯楽であった。
「そうだな……」
そんな遍歴騎士にトリスタンがなろうと言い出した時は、マルク王はあまり良い顔をしなかったが……
「構わない。遍歴の旅に出ることを許可しよう、我が息子トリスタン」
「──え、宜しいのですか? てっきり私は……」
「くどい。二度は言わんぞ」
最初、マルク王はあと一年以上、トリスタンをティンタジェルの外に出すつもりは無かった。
そこらの騎士崩れと同じように、己の実力を過信したか、物語のようなロマンチックな出会いと冒険に憧れたのかと思ったからだ。
大抵そういう輩は、行く先の村に潜む畜生の類に襲われたり、強力な幻想種相手に返り討ちにあい、呆気なく命を散らす。
輝かしい騎士物語の裏には、散っていった数多の騎士の屍が存在しており、だからこそ苦難を成し遂げた騎士たちの成功体験に箔がつく。
そしてその何も為せずに死んだ者たちは、彼らに名を上げられることも、酒の肴にされることすらない。引き立て役として、背景として、物語の中で怪物の強大さを示すためだけに一言で片づけられ、それを聞いた民衆にも情けないと笑われる。
もし後者が他人事では無くなったら、マルク王は正気を保てる自信が無かった。
……たとえ血は繋がっていなくとも、確かにトリスタンを息子として愛していたマルク王は、背丈こそ170に迫る程成長し、立派な少年騎士となったトリスタンを一人で外に出すのが少し不安だという親心を持っていた。
だが実際に会話して、考えを改めた。
「既にもう、旅の目的はあるのだろう? ……少なくとも、無謀な冒険の類ではないなら言うことはない」
「……お見通しですか。流石は
少々意外そうに惚けたトリスタンは僅かに目を伏せ、したり顔のマルク王に問いかけた。
先王ウーサーの宮廷魔術師マーリンの予言した、選定の剣を引き抜いた者について。
「……先王ウーサーの子にして選定の剣を引き抜いた者、アーサー・ペンドラゴンについて、どう思っていますか?」
「あの魔術師マーリンが予言した者か。 とはいえ、私も詳しいことは知らないが……」
突如現れた次代の王の存在によって、今のブリテンの情勢は佳境を迎えていた。
事実上の最高権力者であったウーサーの死後、勢力の拡大を目論んだ諸王達は睨み合いを続けていたが、そんな時にマーリンの予言した、次代の王の資格を持つものが台頭してきたという訳だ。
当然、良い顔をしないものはごまんと居る。
何の実績も無い次世代の少年王相手に、既に騎士としての実力のある諸王たちは、まず従わない。
まだ選定の剣が抜かれて一年も経っておらず、王として、騎士として未完であるアーサーも、武勇を示すため、マーリン達と共に遍歴の旅を行っているはずだ。
「一先ずは静観する予定だった。 仮にアレがウーサーの子だとするならば、間違いなくあのマーリンも側にいるし、勢力を拡大してくるのは時間の問題だろう。 それに、私にそこまでの野心はない」
「……そうですか」
アーサー王はティンタジェルの村出身だと知った時には、思ったよりも数倍近くに歴史の最重要人物が居た事実に面食らったが、これからブリテンは激動の波に飲まれる事だけは知っている。
だからこそ、何時までもこの地で燻ぶっている訳にはいかなかったのだ。
『(……取り敢えず、目標は円卓入りなんだけど、そこからが問題何だよなぁ)』
アーサー王伝説などを含む、それぞれの物語に関しての彼の知識はかなり曖昧だ。
そもそも、前世の時点で多くの人が知る部分である最初と最後の大まかな話しか知らなかったのだから、詳細な内容など知るはずがない。
故に、具体的に何をするかなどは全く定まっていなかった。
『(まあこれはしゃーなし。肝心の引き出しが虚無なら、出来ることをやるしかないわな)』
生来のものか、はたまた肉体に刻まれた在り方なのか、割とその辺りはライブ感で生きているトリスタンは、然程気にしてはいなかったが。
そんなことをトリスタンが考えている間、マルク王は顎に手を添えて、何かを考えていたようだが、トリスタンが視線を上げると同時に、吹っ切れたように立ち上がる。
「──付いて来い。武器庫に向かうぞ」
そう言って歩き出したマルク王の後ろを、トリスタンは僅かながらに困惑しながら付いて行く。
武器庫の扉の前にマルク王が立つと、掛けられていた魔術の錠が解除され、重々しい音と共に扉が開く。
中に置かれた武具は業物ではあるが、その殆どは宝具になりえる程の神秘を備えぬ、無銘の剣。
所詮はブリテン諸王の一人でしかない彼の城の武器庫は、流石に未来のキャメロットには遠く及ばないが、その奥に一つ、一際眩い光を放つモノがあった。
それは、白き糸だった。
だが唯の糸ではなく、光を反射して煌めいている様子は、まさに至宝、幻想的類のソレ。
「これは……?」
「ブリテンの妖精の糸で編んだとされる、妖弦だ。これと……この弓を、お前に授ける」
それはブリテンの妖精・翅の氏族の妖糸によって編まれたとされる、白金の弦。
弓矢の弦として用いれば、つま弾くことで敵を切断する真空の刃を飛ばすことが出来る。
まあそんな説明は置いておき、トリスタンは本当に受け取っても良いのかと、視線を彷徨わせていた。
もっともらしい理由が無いからだ。
実力が認められているというのも城の中の話であり、武勲を何一つ立てていない従騎士に渡す代物では無いというのは一目瞭然。
「どうした、早く持て」
「おおぅ……。いや、ですが、これを私に授けても構わないのですか?」
「お前の弓の腕は既に、ティンタジェル一……いや、ブリテンでも最高に近いものだと保証する。 それにこのまま置いておいた所で、担い手が居ないのだから、もて余すだけだろう」
半ば強引に妖弦とその弓を押し付けられ、思わず疑問を口にするも、返ってきたのは『お前以外に相応しい担い手が居ない』という、何ともまあ身も蓋もない物であった。
確かに眠らせておくには惜しすぎる代物ではあるが、そんな軽いノリで良いのかとは思う。
「……軽く触っても?」
「好きにしろ」
そう言われたので軽く弦に触れてみると、ポロロン、と竪琴のような弓からは軽快な音が鳴った。
不思議だ。初めて触った武具であるのに、まるで数十年使い込んできたかのように手に馴染む。
これも妖弦の特性なのだろうか。
ぱちぱちと手を叩いて、マルク王は嘆賞する。
えらく感心したような、声色であった。
「良い音だ。初めてというのに、一流の詩人が奏でる竪琴にも引けを取らない」
「買いかぶり過ぎですよ、
「……そういえば、お前は幾らか竪琴も嗜んでいたな。だからだろうか?」
「いやいや───まさか」
トリスタンは一時期、竪琴にも手を出していた。
未来視の魔眼で強くなるまでの手法を視た時に、何故か竪琴が含まれていた故である。
当時こそ『え、壊れた? やっぱり
まあ一体誰が竪琴の弓……というかほぼ楽器な代物を使うことになんて予想出来るか、という話でもあるのだが。
「銘は何と?」
「『
「───フェイル、ノート……?」
……妙に聞き覚えのある
一体何処だ? 少なくともアーサー王伝説の書籍では無いはずだが……と、曖昧になりつつある前世の記憶を辿っても、いまいち確信が持てなかった。
『(そもそもこれ、純粋なアーサー王伝説なのか? 多分フェイルノートって普通の弓だった筈というか、殆ど名前も上がらない気がするんだが)』
色々と疑念が浮かんでくるが、それを証明する術は無いので一度考えるのをやめた。
より決定的な
「兎に角、ありがとうございます。……ではそろそろ出立を」
「少し待て。 お前は自分の剣を持っていないだろう……これを持って行け」
そそくさと武器庫を後にしようとしたトリスタンを引き止め、マルク王は何時の間に持ってきたのか、一振りの剣を渡してくる。
片手剣というのは分かるが……また一癖ありそうな剣だ。 普通の剣にある筈の切っ先が無く、刀身の先端は鑿型に揃えられている。
「カーテナだ。扱いに少し難があるが、決して毀れることが無いと言われている」
「……先端、折れてませんか?」
「違う。元々この形状をしていた…………筈だ」
そう喉元まで出かかったが、何とか口にはしなかった。
他の剣に比べると少々歪な形ではあるが、扱う分には何ら問題はなく、刺突をした時に出来る傷の形が変わる程度のもの。
軽く振ってみると
「これは良い。儀礼用の剣ですが、性能は絶世の名剣にも劣らないでしょう」
腰に無鋒剣カーテナを、背に妖弦フェイルノートを携えたトリスタンは、心なしか満足げに言った。
元々、余りの弓や剣の一つでもかっぱらって出ていこうという腹積もりであったが、棚ぼたというべきか、聖剣の類をこうも容易く手に入れられるとは思わなかった。
武具の手入れの手間が大きい旅路において、特別な能力がなくとも毀れることのない剣、というのは大変重宝する。
何故か
「───では、行きますか」
かくして後の嘆きの騎士は、遍歴の旅へと出発する。
その旅路の中で彼は多くの運命と出会い、あるべき姿……英雄へと至る第一歩を踏み出すのだが、それはまた、後程。
───そして。
「(おや、これは中々──使えそうだね)」
『現在』を見渡せる瞳を持つ夢魔は、偶然視界に映った『未来』を視る魔眼持ちの騎士を注視していた。半端にしか見通すことができず、自由度の低いソレは、種別こそ違えど自分の瞳と比べれば型落ちも良いところ。
だが彼が求めるのはハッピーエンド。
完璧な王に付き従う完璧な騎士を求めていた彼は、コレを布石として早いうちに囲んでおけば、自分が楽出来るのでは? と考え、関心を寄せた。
つまるところ、駒としての価値を見出した訳だ。
「(……次の行き先は決まりかな)」
「何か視えたのですか? マーリン」
「いいや、大したことでは無いさ。アルトリア」
因みに原典のカーテナは、トリスタンが相手の騎士の頭部へ剣を突き立てた時に折れています。お前デュランダルの兄弟剣じゃないんか。
ランク︰A
種別︰対人宝具
レンジ:1
最大捕捉︰1
切っ先の欠けた聖剣カーテナ。
エクスカリバーと並び称されることも多い絶世剣デュランダルの兄弟剣であり、切れぬものも刃毀れもないと言われる。
他の聖剣と違って光の斬撃……ビームの類は一切出せないが、抜刀時は幸運値を除く全ステータスが上昇する。
また、この剣は慈悲の剣の異名を持ち、切られた相手は一切の苦痛を感じずに絶命する。
悪属性に対する特攻を持ち、怨霊などの実体を持たぬ類のものも切ることが可能。
なお、この剣は後のイギリス王家で現存する宝具の一つとして戴冠宝器の一つに数えられていたりと、王権の象徴としての側面を持ち、剣に認められたものでないと本来の性能は発揮できない。