【急募】天使の輪?の付いた美少女が家に居るのだが、どこに出頭すればよろしいでしょうか。   作:hina_ch_n

4 / 4
黒館ハルナ

 

 

 

・ブルーアーカイブの二次創作です

・キャラクターのイメージが異なるかもしれません

・自己解釈たっぷりです

 

以上、問題なければ読んでもらえると嬉しいです。

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 くぅとお腹の虫が鳴く。

 

 血糖値が下がりすぎて世界が白んで見える。耳鳴りも酷く、世界がぐるぐる回っている。何か口に入れなければと思い、徐に手を伸ばして掴んだ鯛焼きを一口……

 

「……っ、ぅ、ぉぉぇ」

 

 嚥下を拒絶する。生地の香りも餡子の甘さも想像通りの大好きな味なのに、記憶と違うのは何故なのか。ビチャビチャと耳障りな音を鳴らしながら、たい焼きだったものはビニール袋に吸い込まれていく。

 

 小さな溜息を吐いてから深呼吸を一つ。あんな『食事』などと死んでも口にしたくない行為の結果、僅かながらに糖分を摂取することができた為、少しずつ視界が回復し、耳鳴りもだいぶマシになる。尚、ハルナはこの行為のことを『餌やり』と称している。

 

 何とも便利な体だ。一滴の水と小指の先ほどの糖分さえあればまた一日生きながらえることができるのだから。本当にこの便利で、丈夫で、頑丈なこの体が憎たらしい。

 

 ゴミを片し、餌を片し、部屋の窓を開け、不貞腐れた様にベッドに潜る。貴女の居ない今日という現実から目を逸らすために。

 

 あゝ、美しくない。

 

 あゝ、美味しくない。

 

 空っぽの胸を飢餓感で埋め尽くして瞳を閉じる。窓の外から聞こえるゲヘナ学園の解体音をbgmに今日をやり過ごす。

 

 

 

 貴女が死んで9日目の昼の出来事。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 先生失踪事件群。

 

 シャーレの先生が突如として消息を絶ったことを契機に、連鎖的に引き起こされた大事件の数々を総じた呼称である。

 

 ゲヘナの崩壊、トリニティのテロと政権交代、シャーレの占領、ヴァルキューレの機能停止、連邦生徒会への襲撃などに加え、元シャーレの部員の暴徒化など、被害報告書の量だけで何山も築けてしまう。尤も、その報告書を見る者も、処理する者もすでに居ないのだが。

 

 事件の真相、つまり先生の行方も分からないままだ。

 

 ただ1人を除いて。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 ピンポーンとチャイムが鳴る。ハルナの頭にハテナが浮かぶ。一体誰だろうか?宅配を頼んだ覚えはないし、この部屋に誰かを呼んだ記憶もない。故にハルナは倦怠感の布団にくるまって夢の世界に閉じこもる。

 

「ハルナ、起きてる?………ま、寝てても勝手に入るけど」

 

 それなのに、閉じこもった殻を無遠慮に、知ったことかと打ち破ってくる少女の声。確かに、2人の間に遠慮なんてものはいらない。勝手知ったる他人の家と言わんばかりにドアを開け、廊下を進み、ハルナの元へとやってくる彼女のことをハルナはよく知っている。

 

「……お久しぶりですわね、フウカさん」

 

「あんた……久しぶりって言うなら顔くらい見せなさいよ」

 

 布団を被ったままハルナはフウカの様子を伺う。尚、ハルナは久しぶりと言っているが、実際には昨日もフウカは訪れている。

 

「………今日は化粧ノリが悪かっただけですわ」

 

 適当な言い訳でお茶を濁しながら、ハルナはフウカを見やる。彼女の名は愛清フウカ。ゲヘナ学園の生徒であり、給食部の部長。

 

 なぜフウカがハルナの家にやってきたのか。その問いには少々意外やもしれぬ回答が返ってくるだろう。と言うのも、ハルナの世話をするため、なのだから。実は、ハルナが引きこもりを初めてからほとんど毎日世話をしに来ている。

 

 ある日を境に引きこもり始めたハルナが外に出ることは滅多になく、加えて時間を追うごとにその顔は絶望の色に染まっていった。因みに引きこもりの原因は先生の行方不明である。

 

 まるで世界を憎んでいる様に負の感情を蓄積させていくハルナを見かねた美食研究会のメンバーは、フウカに一つの依頼を出した。ひと月に一回でいいからハルナにご飯を作って欲しい、と。

 

 それ以来フウカは甲斐甲斐しくも世話をしにきている。初めは月一で。次第に隔週に。週一になるまでに三月と掛からなかった。週二、週三、三日に一度、二日に一度、毎日……

 

 フウカは世話焼きだ。フウカだって先生が行方不明になって気が気でないはずなのに、友のためにと世話を焼く。無償の献身。悪友への友愛と親愛。

 

 

 

 が、そんな事を知る由もないハルナは思う。態々家に来て、片付けをして、それなのに顔のひとつも見せない無礼者のために何故、と。

 

 ハルナにとっては久しぶりの日中活動。ふむ、と頭を回し始めたところでハルナは異変に気付く。全く頭が回らないのだ。それどころか思考すればするほど睡魔と言う沼に沈んでいく。

 

 そしてその事実に疑問を覚えるが、疑問に思えば思うほど眠くなる。

 

 然もありなん。今ハルナの身体は僅かな糖分と水分だけで生きている。それこそ『生きる為に三日死んだ様に眠る』なんて破綻した生命活動を行うくらいに、余分なエネルギーリソースなど存在しない。

 

 抗えない睡魔に薄れゆく意識。せめて最後に一目フウカの顔を見たいと、壊れかけの殻の隙間から外に目を向ける。

 

「………っ」

 

 ハルナは息を呑む。一瞬だけハルナの瞳に映る、フウカの悲しみと、寂しさと、苦しみと、悔しさを覆い隠す様な笑顔を浮かべた横顔が、あまりにも苦々しいものだったから。

 

 切り取った画像の様にハルナの脳裏を離れなかった。

 

「……どう………し、て…………」

 

 然れどもハルナの思考はそこで途切れる。世界から隠れる様に静かに、静かに寝息を立てる。この様子では今日はもう起きることはないだろう。

 

 フウカだけが残された室内では、どこか粛々とした調理音と解体音のデュオが奏でられる。

 

 小休止とフウカは調理の手を止める。トコトコとハルナの元まで歩み寄り小さく呟いた。

 

 

 

「……あんたが死にそうな顔をしているからでしょ」

 

 やつれた頬をそっと撫でながら、フウカは微笑む。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 ハルナは1人になった。美食の探求も諦めた。存在意義すら揺らぎながら、ハルナは生きた。生き延びてしまった。死にたくても死なない体は、一人ぼっちになったハルナをどんどん死から遠ざける。だからハルナは空虚な現実を見るよりも、虚栄の夢を見ることにした。

 

 夢の中でハルナはお腹いっぱいにご飯を頬張る。

 

 どれだけ質素な食事でも、味わったことないほどの美味だった。少食なハルナが楽しめる様にと少しずつをたっぷりと。分け合いながらちょっとずつ。

 

 何にも変え難い美食の夢。

 

 だから目を覚まして、口にして、夢と現実の乖離に嘔吐する。

 

 

 

 ハルナが次に起きたのはその日の夜中だった。ハルナの言う餌やりを終え、月を眺めながらフウカの残していった「消化にいい液体」と「栄養価の高い液体」をチロチロと口に含む。

 

「給食部が……」

 

 ハルナはフウカの用意していったものを体に納め、その手に握られたフウカのメモに目を落とす。

 

 小言から始まるそのメモは、大半がハルナを心配する言葉で占められており、最後の最後、おまけ程度にゲヘナ学園の取り壊しが佳境を迎え、明日食堂が解体される事が書かれていた。

 

 メモを読み終え、ハルナは顔を上げる。時刻は深夜、月明かりだけが主役の世界。星々が霞むほどの天満月の中、ハルナは今まで閉じこもり続けた殻を破り、外の世界と触れる。

 

 ハルナがアパートに篭り始めてから実に半年ぶりの事である。

 

「……これが、最後のワガママにしますから」

 

 獰猛な真紅の瞳が月光の中で鈍く光った。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 キヴォトス郊外の廃墟群の中にポツンと存在する小屋。コンクリート製の小さな小屋は外見こそオンボロなものの、その中は驚くほどに整理され、小洒落たインテリアまで置いてあり、人1人が住むにはとても快適だろう。ドアと窓がないことを除けば。

 

 非常に閉鎖的な部屋で、ミサキなど5秒と居られないような部屋だが、かつての住民は快適だと言って過ごしていた。

 

 そのかつての住民こそ、シャーレの先生である。

 

 先生は10日前までこの場所で、対外的にはハルナに監禁されていたと言って差し支えない。ただ、半分は先生自身が望んだ事であるため、攫われるべくして攫われたというか、出来レースというか。それではここで、キヴォトス中の疑問である「なぜ先生が監禁されていたのか」に対する解を述べよう。理由は単純、「先生が過労で倒れたから」である。

 

 

 

 

 

 エデン条約締結に向けたゴタゴタから始まった先生のデスマーチは、息をつく暇もなく訪れたキヴォトス滅亡の危機まで続き、その間先生は生徒のためにと身を削り続けていた。睡眠に割く時間などなかった。誰もが幸せなハッピーエンドを迎えるために、その身を酷使し続けた。

 

 もちろんそんな事をして何の弊害もない、なんて訳はない。先生の身体には人1人が抱えるには大きすぎるダメージが蓄積されていた。

 

 初めに、先生は眠れなくなった。責任感故に。

 

 次に、食事が喉を通らなくなった。罪悪感故に。

 

 広場恐怖症は巡航ミサイルを思い出すから。暗所恐怖症はカタコンベを思い出すから。高所恐怖症はアトラハシースの方舟からの落下を思い出すから。

 

 それを先生は隠し続けた。

 

 過労の限界などとうに超えたその体で、併発した恐怖症を抱えながらそれでも働き続けた。むしろ、働くことで自分自身すらも騙し続けた。

 

『ーー生徒のために』

 

 そのやり甲斐だけを燃料として、身体のガタを無視し続けた。

 

 先生は倒れた。

 

「これ以上放っておく訳にはいきません。貴女を戴きます」

 

 

 

 

 実は先生が補習授業部の顧問を務めている間に、先生とハルナの密会が行われていた。(名目上は)偶々トリニティで先生を見かけたハルナが、その顔色の悪さに先生を呼び出したのだ。

 

「先生、私に隠し通せるとお思いでして?」

 

「あはは……やっぱりバレちゃうか」

 

 どうしてそれで騙されると思っていたのか小一時間程ハルナは問い詰めたかったがそれは一旦隅に置いておいて。

 

 この世界線の一番の特徴はハルナの先生に対する愛情の大きさだろう。どれ程、と問われれば、食に対する探究心ほど、と答えれば伝わるだろうか。とにかくずっと先生の側にいた。

 

 態々トリニティの自治区に足を運び、ゴールデンマグロ云々の騒動を起こした最初の目的は、ハルナが先生の顔を見たかったから。補習授業部が第二次特別学力試験の為にゲヘナに向かった際、間がよく美食研究会が居たのは先生と事を逐一監視していたから。

 

 そんなこんなで先生ガチ勢筆頭の黒館ハルナが先生の顔色一つ見間違えるわけがない。

 

 顔色を隠していたことがバレた先生はバツが悪そうに頬を掻き、くしゃりと笑う。疲労が滲み出た笑みを浮かべて。

 

「今日は、化粧ノリが悪かっただけだよ」

 

 それでも先生は誤魔化し続けた。

 

「ーーっ、だから……っ」

 

「大丈夫。本当にまだ大丈夫だから」

 

「まだ、頼っていただけないのですね」

 

「うーん、じゃあさ……」

 

 

 

 色々終わったら、ハルナが私を連れ出してよ。

 

 

 

 

 

 そうして、D.U. シラトリ区の復旧作業中に倒れた先生をハルナは誘拐し、この場所に監禁した。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 監禁生活の滑り出しは驚くほどに順調だった。重圧から解放された先生が若干幼児退行したことを除けば。朝は軽食と軽い運動、それからミレニアム製の人工日照器の光でビタミン合成。昼食を摂ったら読書やゲームをし、夕食を2人で作る。あとは映画を観たり、読書の続きをしたり。そして、短針が重力に逆らいはじめたら眠りにつく。規則正しく健康的な生活を送り、先生の顔色もたった一週間で見違えるほど良くなった。

 

 因みに、この廃墟まではハルナのアパートの一室から直接地下通路を通り、外に出ることなく行き来することができるので、ハルナも滅多に外に出ることはなくなった。基本的には先生と一緒に小屋で過ごしているから。その結果、周囲はハルナが先生の行方不明を聞いて引きこもってしまったと大騒ぎ。偶に外に出てきても、死にそうな顔を浮かべて自棄になったように食材を買い込み家に帰るだけ。なお、死にそうな顔をしているのは、先生と離れるのが嫌だからなのだが。そんなこんなで、ハルナに余計な追求が来ることはなく、むしろ被害者代表のような扱いをされていた。ハルナにその自覚は一切ないのだが。

 

 ただし、監禁生活が1ヶ月経った頃、悪夢が始まる。

 

 

 

 先生の存在意義の希薄化。

 

 先生とは、大人として生徒を導き、責任を負い、時には「おかえりなさい」と迎え入れ、時には「いってらっしゃい」と送り出す。先生は先生として生きる事しか出来ない。その役割を降りることは許されず、それ以外の何者にもなれない。故に先生という存在が、概念が確乎たるものとして成立している。

 

 だから、今の先生は、全ての責務を放棄したと世界に看做された。

 

 

 

『――責任を負わぬものにその腕は必要か』

 

 淡々と述べられる先生の罪状。言い訳ひとつもさせて貰えない理不尽な裁判。言うなれば公開処刑である。

 

「んー、腕が使えないのは不便だけど……あっ、ハルナ、あーん、して?」

 

(やめてください)

 

 頬を染めながら、小首を傾げ可愛くおねだりする先生に、ハルナは眉尻を下げながらもスプーンを運ぶ。えへへ、美味しいね、なんて。幸せそうに呟く。ブラリと垂れ下がった腕に感覚はない。

 

 ハルナは切り分ける。

 

 

 

『――責任を負わぬものにその脚は必要か』

 

「もう、ここから出るつもりは無いからいっかなぁ」

 

(やめて)

 

 冷酷な算術使い程では無いにせよ、程よい肉付きの脚部を惜しげもなく晒し、無造作に放り出す。少し……恥ずかしいかも……と顔を背けるが、御髪の隙間から覗いた耳が真っ赤に染まっていた。

 

 ハルナは切り分ける。

 

 

 

『――責任を負わぬものにその目は必要か』

 

「ハルナの声が私の灯りになってくれるから」

 

(やめて……っ)

 

 そう言って灯りに唇を落とす。静かに灯るその灯りは蝋燭の様な太陽だった。

 

 ハルナは切り分ける。

 

 

 

『――責任を負わぬものにその記憶は必要か』

 

「いつか…わ、たしが……ぜんぶ、わすれ…て……」

 

(もう、やめて…)

 

 ハルナのことは絶対に忘れないから。

 

 ハルナは切り分ける。

 

 

 

『――責任を負わぬものにその心は必要か』

 

「……あり、が…と」

 

(ごめんなさい)

 

 伽藍堂の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

 ハルナは切り分ける。

 

 

 

『――責任を負えぬ者に居場所は必要か』

 

「…………」

 

 世界は何処までも残酷で残忍だった。四肢を奪い、視界を奪い、頭脳を奪い、挙句心まで奪い去って最後に「そんな奴この世界に必要ですか?」と問いかける。そうして残ったのは先生の残り滓だけ。もう切り分ける所はない。

 

 静かに衰弱していく先生をハルナは眺める事しかできない。嗚咽すらも枯れ果て、死を待つ愛しの人の手を握ることも出来ない。一体何のために自分が居るのか。何の役にも立たない自分という存在が憎くて憎くて仕方がない。

 

 もし、あの時先生を攫わなければこんな結末にならなかったのだろうか。もし、キヴォトス中で起こっている暴動を止めにいっていたらこんな結末にならなかったのだろうか。

 

 そんなタラレバが頭の中を支配する。考えるだけ無駄だと理解していても、止めることは出来ない。

 

 そして、遂に最後の時。ハルナは懇願する。自分が悪かったと、恥も外聞もかなぐり捨てて、ハルナは達磨に縋り付く。奇跡も願いも叶う事などあるはずがないと知っているのに。

 

 もしもこれが物語だったのならば、人智を越えた働きかけによって、デウスエクスマキナ的に最後の一言がハルナのもとに届くのだろう。愛の言葉を残していくなんて如何だろうか。しかし、ここにそんな救いはない。罪人は罪人らしく、惨めに、無残に、後悔と無念を抱いて沈んでいくのだ。

 

 その日、先生は死んだ。

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

「こんにちは、フウカさん」

 

 今日はゲヘナ学園食堂の最終営業日。同時に給食部最後の日でもある。尤も、ゲヘナ学園が崩壊した日から食堂を利用する生徒など日に数人程度。利用者0の日だってあった。それでも、給食部の部長である愛清フウカは毎日毎日食堂で料理を振舞っていた。仕込みの時間が増えたからちゃんと美味しいものを提供できる、と口癖の様に呟きながら。それはまるで誰かを待っている様だったと、フウカと共に最後まで食堂に残った牛牧ジュリは言う。

 

「おそい」

 

 閑古鳥が鳴く食堂に訪れたのはハルナだった。手のひら大の小包を大事に運びながら。そんなハルナの挨拶に、フウカはそっけなく返す。その内心を態々言葉にすることなど無粋だろう。「おそい」の一言から推して図るべきである。

 

「今日は化粧ノリがいいみたいね」

 

「ええ、バッチリですわ」

 

「それで、今日は何の用?」

 

「今日はお願いがあってきましたの」

 

「昔のハルナからは考えられな発言ね」

 

 こっちの都合も無視して散々連れ回してくれたくせに、と文句を垂れる顔は、どこか楽しそうに綻んでいた。

 

 

 

「――これで、最高の美食を、作っていただけませんか」

 

 

 

 そう言ってハルナは持ってきた小包をフウカに差し出す。最後の我が儘。真の美食のゴールを求めて。

 

「……わかった。ちょっと待ってなさい」

 

 フウカは小包を受け取ると、暫し目を瞑り、了承の言葉を残して厨房に入っていった。ハルナは断られることは無いにしても、質問攻めに遭うくらいは覚悟していたのに拍子抜けした、という表情だ。

 

 

 フウカは知っている。ハルナが碌に食事を摂れない体であることを。それでもハルナが生に執着していたことも。死ねないのではなく、死にたくないだけ。ハルナ本人に自覚はないだろうが、心のどこかでこの世に未練が残っていたのだろう。だから体は生きる為の最適解を求め続けた。

 

 それがどうだろうか。今日のハルナは憑き物が落ちたような顔をしていた。フウカは悟る。ハルナは今日死ぬ気だと。その顔に施されたのは死化粧なのだと。

 

 本当ならば止めるべきなのだろう。馬鹿なことをするなと。壊れかけのキヴォトスで生きていけと。いや、もっと本音を言うならフウカだって何のために生きればいいのか分からない。ハルナ一人先に行こうなんてズルいじゃないかと憤りたい気持ちだってある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 納得なんて出来っこない。でも……

 

「好きだから」

 

 フウカのウソ偽りのない気持ち。美食研究会にいい思い出はない。許せない想いだってある。散々人を振り回して、人に心配掛けさせて、挙句自分はさっさと逝ってしまおうだなんてどうして許せるのだろうか。

 

 いや、それでも許してしまうのだ。

 

「好きになった方が、負けだから」

 

 だから、せめてその最後の晩餐くらい、最期に頼ってくれたのだから、盛大に用意してやろうじゃないかと気合を入れる。このヒトキレの肉を最高の美食に仕上げるために。

 

 たっぷりの愛情は甘みとコクを生み出して。

 文句の言葉はスパイスに。

 艱難辛苦はピリリと苦く。

 

 溢れんばかりの嫉妬(雑味)は感謝の言葉で包み込んだ。

 

 

 

 そして、最後に一滴。

 

 頬を伝った雫が隠し味。

 

 

 

 きっとそれが、最初で最後の失恋の味。

 

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 コトっと音を立ててハルナの席に料理が置かれる。ホクホクと湯気をたちのぼらせる器の中を覗けば、じっくり煮込まれたビーフシチューで満ち満ちていた。

 

 調理時間は9時間。

 

 辺りはすっかり日が落ちて、これが食堂のラストオーダー。ハルナは料理が出来上がるまで微動だにしなかった。静かに料理をするフウカを眺めるだけだった。

 

「いただきます」

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 

1:先生

また生徒が増えたのだが

 

2:名無しの大人

お、先生イッチじゃん

 

3:名無しの大人

ホシノちゃんげんきー?

 

4:名無しの大人

てか、ティーチャーから?取れてんじゃん

 

5:先生

まあ、ホシノの先生としてやってこうって決意したからな

 

6:名無しの大人

>>1えらい

 

7:名無しの大人

それにしても新入生か

 

8:名無しの大人

ほうほう、今度はどんな子?

 

9:先生

名前は黒舘ハルナ。蝙蝠見たいな羽根が生えてる。あと細いけど尻尾も。ホシノよりも背は高い。目が綺麗。それから、俺を喰ってこっちに来たらしい

 

10:名無しの大人

>>9は?

 

11:名無しの大人

>>9は?

 

12:名無しの大人

>>9は?

 

13:名無しの大人

はー、教育者失格

 

14:名無しの大人

そこは超えちゃダメだろ

 

15:名無しの大人

地球ってお堅いのね。キヴォトスじゃ全然ありよ

 

16:先生

>>15ねぇよ!!

 

17:名無しの大人

いや、普通に考えてダメだろうけど、キヴォトスってのはイッチ以外まともな男いないんじゃなかったか?

 

18:名無しの大人

ついでに生徒はみんな女子

 

19:名無しの大人

もげてしまえ

 

20:先生

いや、違うんだって。喰った(物理)だから。ついでにハルナの居た世界線で俺は女だったらしい

 

21:名無しの大人

キマシタワー!?

 

22:名無しの大人

ブヒッ!!

 

23:名無しの大人

>>22(´・ω・`)出荷よー

 

24:名無しの大人

>>23そんなー

 

25:名無しの大人

ああ、また百合ブタが出荷されていった

 

26:名無しの大人

いや、その前に喰う(物理)ってなんだよ

 

27:名無しの大人

イッチが女先生ってのも衝撃的だが??

 

28:先生

えー、どうやら俺はハルナに体を切り分けられ、調理され、胃袋に収まったそうです。さっきから俺のことを見ながらお腹ならしてるのコワイヨ……

 

29:名無しの大人

あ……

 

30:名無しの大人

喰ったってそういう……

 

31:名無しの大人

カニバってる……

 

32:名無しの大人

何にせよ、ホシノちゃん同様イッチを追っかけてきたってことは相当メンタルやられてるってことだろ?

 

33:名無しの大人

喰われないギリギリ見極めながらのメンタルケアか

 

34:名無しの大人

てか、こんなところに居ないで早くハルナちゃんのケアしてこい

 

35:先生

>>34そうするわ。またなんかあったらここ来るかも

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

 男の1人暮らしの部屋は狭い。ワンルームに何もかも詰め込んだこの部屋は1人暮らしが想定されている。つまりだ。ホシノ一人でも非常に狭いのだが、ハルナが来たらもうギュウギュウである。その上今にも戦争が始まりそうな緊張感が漂っている。狭い部屋で睨み合わないで欲しい。

 

 ハルナが来たのは本当に突然の事だった。上司の嫌味と引き換えに手に入れた有給を使ってホシノと過ごしていたら、ピンポーンとチャイムが鳴った。ホシノの生活用品を頼んでいたからそれかと思って玄関を開けてみればまあなんという事でしょう。羽つき尻尾付きの女の子が『こんにちは先生。貴方の事を戴きにまいりました』とかいって抱き着いてきたのだから。ホシノが鬼のような形相をしていたのは見なかったことにした。

 

 まあ、とにかく部屋に通し、小さな机を前に俺を挟んで右にホシノ、左にハルナが陣取って取り合えずハルナの話を聞いた。

 

 話を聞くうちに、ハルナの居た世界の俺の記憶が頭の中に入ってきた。どうやら、生徒の居た世界の俺とここに居る俺の記憶をリンクさせるのは生徒がトリガーになっている様だ。まあ、インストールされた時は普通に脳が理解を拒んでたけどな。いやだって、俺だけど女の俺ってマジ意味わかんねぇだろ。

 

「で、先生を食べる気?」

 

 底冷えする様な声でホシノが問う。

 

「ふふっ」

 

その問いにハルナは慈しむ様な笑みを湛えてお腹をさする。

 

「今はもう、お腹いっぱいですわ」

 

「あっそ」

 

「ええ」

 

 ハルナとホシノはそれだけ確認して大人しくなった。え、俺明日になったら指先なくなってたりとかしないよな?まあ、そん時はそん時だ。

 

 取り敢えず両脇の頭を撫でる。猫みたいに目を細めるホシノと、驚いた様に体を硬らせた後、涙を滲ませながら静かに嗚咽を漏らすハルナ。

 

 

 

 結局、2人とも夜が更けるまでピッタリとくっついて離れなかった。

 

「家…探さないとなぁ」

 

 

 

 

 

―*―*―*―

 

 

 

 

 

「本当に自分勝手なんだから」

 

 最後の利用者を見送って1人になった食堂でフウカは文句を垂れる。

 

 ポチャリポチャリと水の滴る音に支配された食堂に、綺麗に平らげられたスープ皿。そして、耳を離れない「ごちそうさまでした」の声。

 

 それと同時に思い出すのは青春の記録。

 

 喧騒絶えない食堂も、不味い不味いと残された料理も、「フウカさん!行きますわよ!」の一声も。

 

 全て掛け替えのない大切な思い出。

 

 

 

 忙しい毎日だった。宇宙食が食べたいなんて理由で空の彼方まで連れて行かれたこともある。先生はハルナに取られるし、ハルナは先生に取られるし。

 

 それでも楽しかった。

 

 フウカは戸締りをし、自分用に盛り付けたスープを飲み干す。

 

「ぷはっ、塩っぱいなぁ」

 

 カラカラと笑いながら器を置き、目元を拭い、手を合わせる。

 

「……お粗末さまでした」

 

 

 

 

 

 

 その夜、食堂は解体された。どこか懐かしい爆発音と共に。ガラガラと山をなした瓦礫の上には『close』のプレートが置かれていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。