月毛の翔馬は夢を届ける   作:種なし米最強馬

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群を抜いて

 初勝利から一月を経てもなお、その熱は未だ冷めるところを知らない。

 東京競馬場でデビューを遂げて、今年デビューの新人騎手を鞍上に圧勝。

 そのうえ、毛色も珍しく、父は名馬カツラギエース。それを思い起こさせるような逃げっぷりを見せたのも大きな要因のひとつだろう。

 

 ――関東の月毛馬ゲッコウエースが新馬戦をぶっちぎり! 関東の星、現るか!

 などという見出しが左端に載ってあるほどには。

 

「……期待が重いなぁ」

 

 馬主席に座って、和美と共にポテトを貪りつつ、競馬新聞に目を通してみれば。

 あんまりにも大きな期待を寄せられていたものだから、文夫は思わず苦笑してしまう。

 

「いいじゃないですか、関東の星。なんだかかっこいい響きですし」

 

「……まだ新馬戦を勝ったばかりだよ?」

 

「でも、注目されてるってことじゃ? なんだかんだ」

 

「ならこの新聞も読もうか」

 

 文夫は懐からもう一枚の競馬新聞を取り出して、和美に手渡す。

 すると和美の目が白黒していたのを、文夫は見逃さない。

 

「えーっと……今日のレース、15頭ですよね?」

 

「そうだね」

 

「ゲッコウエース……なんで……なんで……。

 なんで11番人気なんです……!?」

 

「たぶんだけど、鞍上と血統だよ」

 

 わなわなと震える和美を尻目に、文夫は淡々と口を開く。

 

「考えてみてよ。金が懸かってる重要な一面で、それをよくわからない馬とよくわからない騎手に託すことができる?」

 

「い、言い方が……」

 

「ま、客側からすると、なんだけど」

 

 本馬場のほうを指さして、うっすらと微笑む。

 

「ほらほら、始まるよ。

 ……ゲッコウエースの2戦目、条件戦が」

 

 

 

 

 

 中山競馬場のスタンドを見渡して、ゲッコウエースに騎乗する久明は、自身の肩が強張っているのに気づく。

 深呼吸を行い、肩を持ち上げ、落とす。

 そんな動作を3回ほどやってみたが、それでもこの緊張は解れた気がしない。

 

 本馬場へ入ってから、気が気でならない。

 いつ、どこで、どうするべきか。明確にわかっているはずなのに。

 今からゲッコウエースが出走するのは、3歳1勝クラスという条件戦。

 芝1600mで右回りならば、過去のデータでも知れるように、仕掛けるべき瞬間は明らか。

 首を左右に大きく振って、一旦思考を引き戻す。

 

「やれるようにやって、なるようになるしかない……!」

 

 月毛は弾むようなフットワークで、各馬が周回する地点に辿り着く。

 久明も両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。

 

 他馬がゲート前へと移動し始めたことを確認すると、ゲッコウエースもついていく。

 ゲートに収まるのは、もうすぐだ。

 

 

 

 

 

『中山競馬場、芝、ダートともに良馬場。3歳1勝クラス、芝1600m。

 

 

 

 スタートしました! 11番ゲッコウエース、好スタートを切って、前へ……行けません、最内1番がハナを主張していきます。ゲッコウエースはやや下がって4番手へ。馬場の真ん中辺り』

 

「……っ……」

 

 スタートのタイミングは完璧だった。ただ、枠が悪かっただけ。

 だというのに、前走のような競馬ができないというだけでも、久明は唇を噛み締めるしかなかった。

 

「……いや」

 

 と、ふと笑ってみる。

 

「この馬の実力を判断するには、ちょうどいい……!」

 

 3ハロン、4ハロン、5ハロンと過ぎていくなか、内につけるでもなく外につけるでもなく、馬場の真ん中を通って4番手という位置取りのまま。

 右斜め前には他馬、外目にも他馬がいる。

 ならば、と手綱を握る。

 

『残り400mを切って、まだ1番が粘っているが、まだ粘っているがもういっぱいか!

 1番人気はまだ後方から3番手! これは万事休す! しかし真ん中! 真ん中から! 一頭やってきている! 月毛の馬体がやってきている!

 11番人気11番ゲッコウエースだ! 幸久明騎乗ゲッコウエースが、真ん中から一気に突き抜けた! 残り200m! 引き離す! 引き離す! もはや止められない!

 

 カツラギエース産駒の、ゲッコウエースが今1着でゴールイン! 月毛はここではまだ止まらなかった! 11番人気ゲッコウエースの快勝でした! 着差は11馬身ほどか! 2着以下は混戦! 判定をお待ちください』

 

 

 

 

 

「よくやってくれたよ、幸くん」

 

 地下馬道に立ち入って開口一番に、正則からそんな言葉が発せられる。

 

「……頭は真っ白でしたけど、なんとか」

 

 久明は額から流れる汗を拭い、ふう、と一息吐く。

 

「……やっぱりゲッコウエースは強いですね。他馬と隣り合ってもまったく動じませんでした。この様子からして、前目につければ力を発揮するタイプかもしれません」

 

「つまり競り合いに強い馬、と?」

 

 正則がそう問えば、久明はただ頷くのみ。

 

「ああ、それから」

 

 汗を払いつつ、久明は言葉を続ける。

 

「ゲッコウエースなんですけど……あれは、重賞どころじゃないかもしれませんよ」

 

「ふむ、つまり?」

 

 敢えて正則は問うてみる。久明が口を開くのを待って。

 

「……GⅠ、いけるかもですよ」

 

 ゲッコウエースの首をそっと撫でて、久明は笑いかける。

 

「いや、この馬なら、確実に勝てます」

 

 語気を強める久明に、思わず正則は目を見開く。

 

「……まずはどこか、重賞を狙いましょう」

 

 告げて、久明は拳を握りしめた。

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