月毛の翔馬は夢を届ける   作:種なし米最強馬

7 / 8
重圧との戦い

「ようこそ、加賀さん、小牧さん。――美浦トレセンへ」

 

 和美は目を見開いて驚嘆し、そんな姿に文夫は口に手をやって微笑む。

 今文夫たちの目の前に広がっているのは、競馬場さながらの数々のコース。

 芝やダートは当然として、坂路やウッドチップコース、そしてそれらを用いて調教を行っているのが散見され、文夫の口からある言葉が漏れる。

 

「懐かしい。父さんと一緒に通させてもらったことがありますけれど、やっぱり、丁寧に整備されてる印象があります」

 

「コースの不備などで馬や人になにかあってはなりませんから」

 

 こちらへ、と続けて手をかざす正則に案内され、厩舎の中へと入り込む。

 

 

 

 

 

「やっぱり、ここも綺麗にされてますよね」

 

「衛生面もありますが、私個人が綺麗好きなようで、なにか落ちてたりするとすぐ退かしたりはしてます。……スタッフからは度を過ぎてる、とたびたび指摘されますが……」

 

 和美の言葉に応答しつつ、どこか納得がいかないという表情で、正則は肩を竦める。

 と、そんな雑談を交わしているうちに。

 

「あ、ここです。エースの馬房」

 

 ピタリと足を止めた正則は馬房へと手をかざす。文夫と和美が視線を向ければ、中では大柄な月毛馬が忙しなく左回りに旋回しているのが見える。

 おーい、と文夫が声をかければ、ピクリと小刻みに耳を震わせる。

 

「エース、元気かい?」

 

 文夫が笑顔でそう問うと、ゲッコウエースはぶるると喉を鳴らす。

 今月にまた勝利をあげたこの月毛の頭を、文夫はそっと撫でてみる。

 

「相変わらずそうでよかった、エース」

 

 元気そうな姿を目にして、文夫はホッと息を吐く。

 

「まだ重賞未勝利ではありますが、いずれ重賞にも手が届くと太鼓判を押す者もいるぐらい、ゲッコウエースは魅力的な馬です」

 

「え、本当ですか?」

 

 和美が反射的にそう聞くと。

 

「本当ですよ」

 

 と正則は返答する。

 

「うちの馬が話題に……」

 

 小声でそう繰り返して、和美はゲッコウエースを見つめる。

 

「ウソ、うちの馬、すっかり立派になったみたい……」

 

「まだまだ立派になりますよ」

 

 エースを撫で続ける文夫を尻目に、和美は咄嗟に正則のほうに振り返る。

 

「……つまり?」

 

「まだまだ本格化してませんよ、エースは」

 

 口角を釣り上げる正則に、和美はビクッと肩を震わせる。

 

「……すみません、加賀さん。そろそろいいですか?」

 

「あ、はい。あれですね」

 

「あれ……?」

 

 首を傾げる和美を置いて、文夫と正則は向き合う。

 

「ゲッコウエースの次走について、提案が」

 

「やはりですか。距離不安とかは?」

 

「前走の手応えからすると、適性は十分にあります。あとは輸送がどう響くか、ですね」

 

「え? 輸送、ですか?」

 

 そう聞き返す和美に、正則は笑みを深める。

 

「はい、中京競馬場に行こうかと」

 

「え、この時期の中京って確か……」

 

「うん、そうだよ。和美の推測通りだよ。ってか、レース番組覚えてたんだ」

 

「そりゃ覚えますよ! 加賀さんに嫌というほど番組表見せられましたから!」

 

「それは違いないね」

 

 からかうように笑って、文夫は再び口を開く。

 

「重賞挑戦、ですね? 東先生」

 

「はい、その通りです」

 

 その言葉が飛び出すと、互いに笑みを深めて。

 

「勝算は?」

 

「8割から9割です。そこは恐らく勝てるかと」

 

「あ、あのー……すみません」

 

 和美はおずおずと挙手すると。

 

「一応お伺いしますが、その重賞というのは……?」

 

 ああ、と正則は呟いて。

 

「――GⅢファルコンステークス。中京競馬場の芝1400mですよ」

 

 それを聞き届けた文夫は、影が射す顔でニヤリと笑ってみせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。