月毛の翔馬は夢を届ける 作:種なし米最強馬
「ようこそ、加賀さん、小牧さん。――美浦トレセンへ」
和美は目を見開いて驚嘆し、そんな姿に文夫は口に手をやって微笑む。
今文夫たちの目の前に広がっているのは、競馬場さながらの数々のコース。
芝やダートは当然として、坂路やウッドチップコース、そしてそれらを用いて調教を行っているのが散見され、文夫の口からある言葉が漏れる。
「懐かしい。父さんと一緒に通させてもらったことがありますけれど、やっぱり、丁寧に整備されてる印象があります」
「コースの不備などで馬や人になにかあってはなりませんから」
こちらへ、と続けて手をかざす正則に案内され、厩舎の中へと入り込む。
「やっぱり、ここも綺麗にされてますよね」
「衛生面もありますが、私個人が綺麗好きなようで、なにか落ちてたりするとすぐ退かしたりはしてます。……スタッフからは度を過ぎてる、とたびたび指摘されますが……」
和美の言葉に応答しつつ、どこか納得がいかないという表情で、正則は肩を竦める。
と、そんな雑談を交わしているうちに。
「あ、ここです。エースの馬房」
ピタリと足を止めた正則は馬房へと手をかざす。文夫と和美が視線を向ければ、中では大柄な月毛馬が忙しなく左回りに旋回しているのが見える。
おーい、と文夫が声をかければ、ピクリと小刻みに耳を震わせる。
「エース、元気かい?」
文夫が笑顔でそう問うと、ゲッコウエースはぶるると喉を鳴らす。
今月にまた勝利をあげたこの月毛の頭を、文夫はそっと撫でてみる。
「相変わらずそうでよかった、エース」
元気そうな姿を目にして、文夫はホッと息を吐く。
「まだ重賞未勝利ではありますが、いずれ重賞にも手が届くと太鼓判を押す者もいるぐらい、ゲッコウエースは魅力的な馬です」
「え、本当ですか?」
和美が反射的にそう聞くと。
「本当ですよ」
と正則は返答する。
「うちの馬が話題に……」
小声でそう繰り返して、和美はゲッコウエースを見つめる。
「ウソ、うちの馬、すっかり立派になったみたい……」
「まだまだ立派になりますよ」
エースを撫で続ける文夫を尻目に、和美は咄嗟に正則のほうに振り返る。
「……つまり?」
「まだまだ本格化してませんよ、エースは」
口角を釣り上げる正則に、和美はビクッと肩を震わせる。
「……すみません、加賀さん。そろそろいいですか?」
「あ、はい。あれですね」
「あれ……?」
首を傾げる和美を置いて、文夫と正則は向き合う。
「ゲッコウエースの次走について、提案が」
「やはりですか。距離不安とかは?」
「前走の手応えからすると、適性は十分にあります。あとは輸送がどう響くか、ですね」
「え? 輸送、ですか?」
そう聞き返す和美に、正則は笑みを深める。
「はい、中京競馬場に行こうかと」
「え、この時期の中京って確か……」
「うん、そうだよ。和美の推測通りだよ。ってか、レース番組覚えてたんだ」
「そりゃ覚えますよ! 加賀さんに嫌というほど番組表見せられましたから!」
「それは違いないね」
からかうように笑って、文夫は再び口を開く。
「重賞挑戦、ですね? 東先生」
「はい、その通りです」
その言葉が飛び出すと、互いに笑みを深めて。
「勝算は?」
「8割から9割です。そこは恐らく勝てるかと」
「あ、あのー……すみません」
和美はおずおずと挙手すると。
「一応お伺いしますが、その重賞というのは……?」
ああ、と正則は呟いて。
「――GⅢファルコンステークス。中京競馬場の芝1400mですよ」
それを聞き届けた文夫は、影が射す顔でニヤリと笑ってみせた。