Final FantasyⅨ-リリカル・クロニクル RE. 作:竜の蹄
海鳴市の某所……
「なーに、やってるんだ‼︎ 黒のワルツの役立たずめー‼︎」
ケフカは目の前に浮かした水晶玉を見ながら、ブツクサと文句を言った。さっき、ジタンと邂逅してから、ケフカは一部始終、千里眼を用いて見ていたのだ。黒のワルツ1号を嗾け、海鳴市全体を吹雪にさせたのは、ケフカの狙いだった。ケフカの予定通り、町は吹雪によって氷に覆われ、それを阻止しに来た魔導士の少女も氷漬けにし、このまま行けば九分九厘、ケフカの狙い通りに事が運ぶ筈だった。
しかし、ワルツ1号は駆け付けたジタンに負けて、あっさりと倒されてしまったのだ。
「所詮は第一期に作られた改造黒魔道士兵……多少の強化はしても、あの程度でしか無かった、と言う訳か……ツマラン!」
ケフカは興味を無くした、と言わんばかりに吐き捨てた。最後っ屁と言わんばかりに、コキュートスを召喚したが、あれも大した役には立たないだろう。
「あの、インチキ科学者にせっついて、新しい玩具を作らせちゃおうかなー‼︎ いや、それより……あっちの方が良いかなー‼︎」
ケフカは、そう言って水晶玉を見た。其処には、ビビの姿が映し出されていた。
「良いなァ、良いなァ、良いなァ‼︎ あっちの方が良いなァ‼︎ 欲しい欲しい欲しい‼︎ ぼくちんも欲しいじょー‼︎」
まるで新しい玩具を見つけて、それが欲しい、と駄々を捏ねる子供みたいに、ケフカは言った。
だが、すぐにケフカは道化師メイクが歪むくらいに口角を釣り上げた。
「欲しい物は手に入れてやるのが私のやり方‼︎ 私の物は私の物、人の物も私の物‼︎」
どこぞのガキ大将みたいな常套句を並べ立てながら、ケフカは高々に言い放つ。そして、右手を一度、握りしめて再び開いたら、彼の掌には青色に輝く石……ジュエルシードが収まっていた。
「周囲の願いを勝手に叶え、欲望を解き放つロストロギア……。ヒョヒョヒョヒョ‼︎ 素晴らしい‼︎ こんな素晴らしい玩具は、そうありませんよ‼︎」
狂喜しながら、ケフカはジュエルシードを親指でコイントスの要領で天に弾いた。そして、髪飾りの羽を一本、引き抜いて、タンポポの種を飛ばす要領で吹き飛ばした。すると、落下してきたジュエルシードに当たった羽は、パッとその場から消えてしまった。
「ヒッヒッヒ……! ただ筋書き通りな芝居なんて、観ていても白けるだけ……時には観客をアッと言わせる様なドンデン返しを必要としているのですよ‼︎
ヒッヒッヒッ!!!」
そう言って、ケフカは背を向けた。すると、次の瞬間には影も形も無くなっていた……。
ジタン達は、目の前に現れた新たな敵コキュートスに戦慄していた。かつて、氷の洞窟で黒のワルツ1号と対峙した際にも、似た様な怪物を召喚して、ジタンに嗾けたが、今回は以前とは全く別の敵だった。
全身が氷で構成され、その姿はまるで宝石の様に輝いているが、ジタンには鋭利な刃物の化け物に見えた。
「あ……あ……あ……‼︎」
ビビに至っては、コキュートスを前に震え上がっていた。ジタンは、ビビを叱咤する。
「しっかりしろよ、ビビ‼︎ こんなのガイアでは散々、戦ってきただろ⁉︎」
「が、ガイア? 何それ?」
「? 何って……お前、ビビだよな?」
ジタンは、ビビの様子がおかしい事に気付いた。そもそも、最初にビビが現れた時から変だった。自分の姿を見ても、ビビは全く驚きもしてなかった。
まるで、ジタンと初めて出会った時のビビに戻ったみたいだ。そう……あの、アレクサンドリアでの劇の場で……。
「おい……? まさか、俺の事を忘れちまった、なんて言わねェよな?」
ジタンは嫌な予感が頭を過ぎり、ビビに聞いてみた。しかし、ビビは無言のまま俯いたままだ。ジタンは再度、尋ねる。
「本当に……俺が分からねェのか⁉︎ お前の仲間だったジタンだよ!」
今度は語調を荒げながらジタンは言うが、やはりビビは反応を示さない。冗談にしても笑えない冗談だ。第一、ビビはこんなタチの悪い冗談が言える様な奴じゃ無い。それは、ジタンはよく知っている。
どう言う経緯を踏んで、ガイアから地球にやって来たかは定かではないが、ビビは自分の事を含めて、これまでのガイアで歩んできた旅や、ガイアとテラを巻き込んだ戦いの事を全く覚えてない、と言い切ったも同然の態度だった。
「何てこった……! まさか、フライヤと同じ目に遭うなんて、夢にも思わなかった……‼︎」
ジタンは言いようの無い喪失感に苛まれた。かつて、仲間の1人であるフライヤも、祖国に背を向けて飛び出し、漸く探し求めた恋人に逢えたと思ったら、その恋人は彼女の事を知らない、と言った。
あの時のフライヤの絶望した顔、落胆した顔は今でも覚えている。其れなら、他に好きな女が出来たから、お前の事はもう愛していない、と吐き捨てられた方が、まだフライヤもマシだったかも知れない……。覚えていない、お前を知らない、なんて、あの時の彼女が受けた心の傷は深かった筈だ。
それと、ほぼ同じ事を、ジタンも味わう羽目になるとは……流石のジタンもショックだった。
「なァ……お前が、俺の事を覚えていないって言うんなら、何で此処に来たんだ? さっきの黒魔法だって……」
「……分からないけど……僕は、お姉ちゃんと一緒に家に居たんだ。そしたら、誰かに呼ばれている様な声がして……気が付いたら、此処に来ていた……。さっきの魔法も出来るなんて知らなかったけど、不思議と出来るって気がしたから……」
ビビの言葉に嘘はない、とジタンは確信した。やはり、目の前の居るのは、自分もよく知っているビビに間違いない。
ただ、ビビの言った“お姉ちゃん“と言う言葉に引っ掛かった。ビビが、そう呼ぶ者は、ジタンの知り得る限り1人だけだ。
「なァ⁉︎ もしかして、ダガーも……⁉︎」
「ジタンさん、危ない‼︎」
突然のユーノの言葉に、ジタンは現実に引き戻された。コキュートスが動き出したのだ。しかし、攻撃は直線的な為、ジタンは攻撃を躱すのは容易だった。
どうやら、黒のワルツ1号と言う司令塔がいない為、コキュートスは魔法によって与えられた仮初の本能で暴れ回る事しか出来ない様だ。
ジタンは再び、メイジマッシャーを構える。
「ビビ! 話は後だ! あの化け物を倒さなきゃ、この吹雪を止める事は出来ない‼︎ だから、お前も力を貸してくれ‼︎」
「で、でも……」
「お姉ちゃんが、どうなっても良いのかよ⁉︎」
ジタンの叱責に、ビビは数日前に石田先生から言われた事を思い出した。
〜はやてちゃんの支えになってあげて欲しいの。あの子が折れそうになった際、ビビ君が受け皿になってあげて〜
そうだ、自分は誓ったじゃないか。はやてを守るって、どんな時も側に居るって……。例え、どんな困難が待ち受けようが、はやてを守れる様になろうって、決めた筈だ。
そう思った瞬間、ビビの恐怖は一気に吹き飛ばされた。ジタンと横に並び立つ。
「ぼ……僕、戦うよ‼︎ 怖いけど、お姉ちゃんを守る為なら‼︎」
「よし、よく言ったぜ‼︎」
「ジタンさん、私も‼︎」
ビビの決断に、ジタンは賞賛する。その際、後方にて休んでいた筈のなのはが、レイジングハートを片手にやって来た。
「なのは‼︎ お前はまだ無理だ‼︎ 休んでいろ‼︎」
ジタンは足取りが覚束ない様子のなのはを静止した。さっきまで凍り付いていたのだ。当然、肉体に受けたダメージも大きい筈だ。
だが、なのはは譲らない。
「私だって戦えるよ‼︎ ジタンさんの足を引っ張らないから‼︎」
そう言い切ったなのはの目には強い決意が宿っていた。ユーノも、ジタンに告げる。
「なのはは一度、こうと決めたら、簡単に曲げる様な子じゃ無いですよ」
「ああ、知ってるよ……仕方ないな‼︎ その代わり、俺から離れるなよ‼︎」
ジタンは、なのはも戦いに加える事を承諾した。出来れば、なのはには下がっていて貰いたかった。さっきの様な、危険な状況に陥って欲しくなかったからだ。だが、なのはの目を見れば、ただの酔狂や自惚れで戦おうとしている訳では無い事は明白。困っている者を助けたい、と言う純粋な思いからだと理解した。
「分かった‼︎」
なのはも強く頷く。ジタンは、メイジマッシャーを両手に持った。そして、そのままコキュートスへと突っ込む。
「ビビ! お前はファイアで後援だ‼︎ なのはは俺を援護してくれ‼︎」
「は、はい‼︎」
「任せて‼︎」
ジタンが指示を出し、ビビとなのはも了承した。コキュートスは右腕に出現した鋭い爪をジタンに振り下ろして来た。だが、ビビがすかさず、黒魔法を唱えた。
「《ファイア》‼︎」
ビビの放ったファイアがコキュートスの右腕に衝突した。途端に爪は溶けて、消失してしまう。反対に、左腕を振り上げたが、今度はなのはだ。ふらつきながらも、ジタンの横に
「《プロテクション》‼︎」
なのはの放った魔法がジタンの身体を包み込む。コキュートスの爪がジタンに襲い掛かったが、プロテクションの庇護で無力化される。
「凄いじゃないか、なのは‼︎ 大したもんだ‼︎」
「えへへ……」
ジタンに褒められて、なのはは嬉しそうだ。通常、プロテクションは数あるバリアタイプの呪文の中でも、発動が早さと範囲の広さ、魔力消費が少なくて済む利点がある反面、防御力が最も低いと言うネックがある。
それでも、コキュートスの攻撃を防ぎ切る高い防御を誇るのは、なのはの生来の高い魔力、防御出力ゆえに強固な防御魔法となっていたからだ。
特に、なのはは魔導士となって一番最初に習得した魔法でもあり、彼女の温和な性格に合っていた為か、レイジングハートにオートガードとして、自動的に作動する様に設定していた。
ジタンはコキュートスの攻撃を掻い潜った後、メイジマッシャーを振りかぶり、コキュートスの左腕を斬り落とした。
だが、身体が氷で構成されているコキュートスは痛みを感じず、更に周囲の冷気を吸収して、再び破壊された腕を再生してしまう。
「クソッ‼︎ やっぱり、ただ攻撃してるだけじゃ駄目か‼︎」
「どうしよう、ジタンさん‼︎ 吹雪も酷くなる一方だよ‼︎ このままじゃ……‼︎」
なのはの顔に焦りが見えていた。黒のワルツ1号を倒しても、吹雪の媒介となっている鈴は、コキュートスそのものだ。つまり、コキュートスを倒せなければ、自分達は敗ける。
だが、ジタンの顔に諦める、と言う意思はない。
「なァに‼︎ 必ず、突破口はあるさ‼︎ 諦めたら、そこで試合終了だって、誰かが言ってたしな‼︎」
「でも……私達じゃ、町を守れないかも……‼︎」
なのはは弱気になりつつある。これまで、なのははどんな危機的状況も不屈の信念で乗り越えて来た。だが、此処に来て迷いが生じ始めた。
しかし、ジタンは振り返り、 なのはに厳しい口調で言った。
「なのは! お前の魔導士になった決意は、これしきの事で揺らいでしまう様な弱っちい決意だったのか⁉︎」
「そ、それは……!」
「お前、言ってたよな? ジュエルシードを集めるのは、ユーノって奴を助けたいからだって! 戦うのだって、フェイトの気持ちを知りたいからだって、そう言ったよな⁉︎ だったら、なのはがすべき事は二つに一つだろ⁉︎
行動するか、しないか、のどっちがだ‼︎」
ジタンは厳しく叱りつける様にだが、なのはの弱気になった心を引き締め直す様に励ました。
ビビはジタンの言葉を聞いて、呟く。
「行動するか……しかいか……」
ビビの脳裏に、これと、よく似た台詞がリフレインした。
〜俺たちがどんな過去を背負い、どんな悩み、希望を持ったとしても……できることと言ったら行動『する』か『しない』を選ぶくらいなんだ〜
その言葉に、ビビの中にある“何か”に火が点いた様だった。ビビの身体から光が溢れ始める。
「行動するか、しないか……僕は行動するよ‼︎ お姉ちゃんを守る為、僕は行動する‼︎」
「? ビビ?」
ジタンがビビを見ると、ビビの身体は白い光を発していた。ビビの中にある感情の昂りが、記憶と共に眠っていたトランスの力を呼び覚ましたのだ。
ビビの衣装は変わり、先の折れ曲がっていたとんがり帽子は先端まで、ピンと立っていた。
「ビビ、お前……トランスを……⁉︎」
「あ、あれって……⁉︎」
ビビの変わり様に、ジタンもなのはも驚いていた。トランス・ビビは両手に力を溜め始めると、両掌に魔力が凝縮され始めた。
コキュートスは再生した腕を再び振り上げ、先制攻撃を仕掛けて来たが……
「《Wファイラ》‼︎」
ビビの魔法が解き放たれた。限界まで魔力を溜め、強化された黒魔法のファイラでコキュートスを攻撃した。
更に、現在のビビはトランス状態にある。トランス中のビビは黒魔法を対象に2度に渡って放てると言う『W黒魔法』が使える様になるのだ。
二度に詠唱されたファイラは、コキュートスの身体に直撃した。文字通り、高火力で身体を破壊され、高熱により、再び氷の身体は溶け始めた。
コキュートスは冷気を吸収して身体を再生せんとしたが、破壊箇所が多すぎて、再生が追い付かずにいた。
すると、コキュートスの破壊された胸部に、キラッと何かが輝いた。
「出たぞ、なのは‼︎ あれを狙えるか⁉︎」
ジタンが指を差すと、黒のワルツ1号の鈴が魔力を放っているのが見えた。あれがコキュートスの核であり、あれさえ破壊すれば、コキュートスを倒せる筈だ。
なのはは、再びレイジングハートを構えて術式を唱え始めた。
「リリカルマジカル、福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け。
《ディバインシューター》‼︎」
なのはの頭上に魔力のスフィアが出現し、そこから魔力の弾が発射された。先程のディバインバスターに比べれば弾速は遅いが、チャージに時間が掛からない為、手早く放つ事が出来る。
ディバインシューターは、コキュートスの鈴にまで飛んでいき着弾した。次の瞬間、鈴に亀裂が入り、粉々に砕け散った。
鈴が破壊されると同時に、コキュートスは苦しむ様に身体を震わせ、ジタン達の前にも落下すると、まるでヒビ割れたガラスの様に砕け、風に吹き散らされながら消滅して行った……。
「や、やった……‼︎」
なのはは信じられない、と言わんばかりに呟いた。ジタンも口笛を吹きながら……
「な? 勝てただろ?」
と、なのはに言った。空を見上げてみると、あんなに吹き荒れていた雪が嘘の様に止み、曇天も晴れて行き、黒雲の隙間からは暖かな日の光が差し込み始めた。ユーノはジタンに近寄りながら、彼にお礼を言った。
「ありがとうございます! ジタンさんのお陰です‼︎」
「いや良いって‼︎ それに礼なら、俺じゃなくてビビに言ってやれよ! ビビが来なかったら、危なかったかもしれないしな。
そうだろ、ビビ……あれ?」
ジタンはビビの居た方を見たが、其処にはビビの姿は無くなっていた。
「……アイツ、どこに行ったんだ……?」
さっきまで居た筈なのに、ジタンは頭を掻きながら首を傾げる。だが、すぐにユーノの声がジタンの耳に入って来た。
「なのは⁉︎ 大丈夫⁈」
「あれ……変だな……頭がぼんやりしてきちゃっ……た……」
なのははそう言うと前に倒れて来たが、間一髪、ジタンが受け止めた。
「おい、大丈夫か? ッて、なのは⁉︎」
なのはの様子が普通では無い事に、ジタンは気付く。なのはは小刻みに身体を震わせ、目の焦点も合っていない。よく見れば、呼吸も荒かった。
ジタンは、なのはの額に手を当てると、高熱を発している事に気付く。
「凄い熱だ! まさか、凍り付いたせいで風邪を引いちまったんじゃ……!」
ジタンは軽く舌打ちをした。身体が凍り付き、更にこの寒さだ。おまけに、たった今、戦いを終えたばかりだ。風邪の一つや二つ引いたって不思議では無い。
「た、大変だ! 早く病院に……!」
「駄目だ! 吹雪は止んだが、雪はまだ積もってる! 交通機関は使えないし、今から病院に連れて行ってる間に、悪化してしまう‼︎」
「じゃあ、どうしたら……」
ユーノはオロオロしていたが、ジタンはなのはを背中におぶり、立ち上がった。
「なのはの家に連れて行く‼︎ お前、場所は分かるか⁉︎」
「じゃあ、僕が連れて行きます‼︎ ジタンさん、コッチに!」
「連れてくって……何する気だ?」
「いいから早く‼︎」
ユーノに急かされ、ジタンはなのはを背負ったまま、ユーノの側に寄った。
「行きますよ‼︎ 《トランスポーター》‼︎」
ユーノが術式を唱えると、ジタン達はその場から姿を消した……。
ビビは気が付くと、はやての部屋に居た。ベッドに腰を下ろし座っている。周りを見回すが、さっきまでの景色も、ジタンも居ない。
「僕……どうしたのかな?」
ビビは何が何だか分からない。さっきの事は夢だったんだろうか? だが、ビビが擦れた帽子を直すと、帽子のつばに積もっている雪が落ちた。
あれは夢なんかじゃ無い、現実だった……と、ビビは確信した。ジタンと言う人と一緒に恐ろしい化け物と戦った。だが、それ以上にビビの頭に引っ掛かったのは、あの黒のワルツ1号と言う者だ。何処となく自分と似ている雰囲気がした。会った事など無い筈なのに……。
〜まさか、かばうつもりか?〜
〜気に入らん。何も考えられないただの作り物が、一人前に小僧を守ろうというのか? 〜
〜我が存在理由は勝ち続ける事のみ‼︎〜
突然、ビビの頭の中に恐ろしい声が響いた。誰の声かは知らないが、ビビの中に恐怖が渦巻いているのを感じた。
「ビビ君⁉︎」
突然、はやての声が聞こえた。ビビは我に帰ると、はやてが車椅子を動かして、自分の前に来ていた。だが、はやては怒っている様だ。
「何処に行ってたん⁉︎ 心配したやんか‼︎」
初めて、はやての怒った顔を見たビビは瞬いだ。
「ご、ごめんなさい……僕……」
「まさか、あの吹雪の中に出て行ったん⁉︎ 風邪引いたら、どうするん‼︎」
はやてはビビを叱った。まるで、姉が粗相をした弟を叱る様だった。ビビは、さっきの事を、はやてに打ち明けようとしたが、それをしたらいけない気がした。知ったら、はやてに余計な負担を掛けてしまう気がしたからだ。
「……に、庭で猫が寒がってて……」
「猫?」
ビビは咄嗟に嘘を吐いた。だが、はやてはビビが嘘を吐いている事に気付いていた。
「……そ、そう……。それで、あの……」
「もう……。ビビ君、嘘が下手やね」
はやては呆れた様に笑っていた。しかし、ビビが無事だった事に安堵したのか、ビビを抱き締めた。
「お、お姉ちゃん?」
「ビビ君が居なくなってたのを知って、凄く怖かったんよ? ビビ君まで急に居なくなったんやろか、って……」
はやては、ビビの帽子に顔を埋めて泣いていた。
「……お願いやから……居なくならんといて……」
はやての絞り出す様な声に、ビビは悲しくなってくる。そして、はやてに言った。
「ごめんなさい、お姉ちゃん……。もう何処にも、勝手に行かないから……」
「約束やで?」
やっと、はやては何時もの優しい笑顔を見せてくれた。ビビは、はやてを悲しませるのは、これっきりにしようと決めた。
どんな事があっても自分は、はやての側を離れない。この、はやての居る場所が、ビビにとって『帰る場所』にしようと……。
一方、高町家では騒ぎになっていた。翠屋を閉めて、吹雪が止んだ事から、桃子と美由希は帰宅した。遅れて、高町家の長男である恭也と桃子の夫である士郎も帰って来た。
だが、一番に家に帰っている筈の、なのはが居ない。吹雪が酷くなる前に家に向かったから、家に居るとばかりに思っていたのに……。
「どうしよう……‼︎ なのはの身に何かあったんじゃ……‼︎」
桃子は取り乱しながら言った。こんな事なら、翠屋に留めておいて、一緒に帰っていれば……。
「落ち着くんだ‼︎ とにかく、なのはが行きそうな所に連絡してみよう‼︎」
士郎は妻を宥めながらも、娘の安否を気遣っていた。恭也は、なのはの友人であるすずかの姉であり、自分の恋人でもある忍に、美由希はアリサの実家であるバニングス邸に連絡していた。
「忍に聞いたが、なのはは来てないって……」
「アリサちゃんの所にもだって……」
重苦しい空気が、室内を包んだ。もしかしたら、あの吹雪から避難して、友達の家に居るのでは、と望みを賭けたが、徒労に終わった。
と、その際、高町家のインターホンが鳴った。
「なのはじゃない⁉︎」
美由希の声に全員、玄関へ向かった。すぐに戸口を開けたら、其処に居たのは……
「ジタンさん⁉︎」
桃子と美由希が揃って声を出した。3日前から、翠屋にバイトとして来てくれているジタンが立っていたからだ。
「どうして、ジタンさんが⁉︎ 帰ったんじゃ……⁉︎」
「説明してる暇は無いんだ‼︎ それより……」
ジタンは背中におぶっていたなのはを見せた。
「なのは‼︎」
桃子は叫んだ。何処に行ったか分からない、と騒ぎになっていたなのはを、ジタンが連れてきてくれたからだ。
だが、なのはの様子がおかしい事に全員が気付く。
「まあ、どうしたの⁉︎ 酷い熱‼︎」
「吹雪に巻き込まれて、風邪を引いたみたいなんだ‼︎ 早く、暖めてやってくれ‼︎」
ジタンは必死に訴えた。桃子は、ジタンから娘を受け取り、慌てて寝室に連れて行った。
「じゃあ、俺は帰るわ。なのはに宜しくな」
「ち、ちょっと待って‼︎ ジタンさんだって震えてるじゃ無い⁉︎」
ジタンは、そのまま帰ろうとするが。美由希が引き留めた。この寒空の中、ノースリーブの服装で走って来たのだ。ジタンだって風邪を引いてしまう。
「俺は平気だよ。慣れてるしな」
「何言ってるの⁉︎ 上がって‼︎ なのはを連れてきてくれて、ジタンさんに風邪を引かせたら、申し訳ないじゃない‼︎」
「いや、でも……」
「美由希の言う通りだ。妹が世話になったんだから、そのまま帰す訳にはいかないだろ?」
美由希に続き、恭也も賛同した。ジタンとしては、面倒な事になる前に退散したかったのだが、士郎が口を開く。
「妻から話は聞いてるよ。店でよく働いてくれているらしいね。娘のお礼もしたいんだ。是非とも、寄って行ってくれないか?」
士郎の言葉に、流石のジタンも断るに断れなかった。
「……しゃーねェな。じゃあ、お言葉に甘えて……」
結局、ジタンは高町家に寄って行く事となった。本当は、一刻も早くフェイトの様子を見に戻りたかったが、仕方が無い……。
ジタンは居間に通されて、ソファに腰を下ろしていた。フェイトの家と違い、高町家は非常に生活感があった。テレビの上、棚の上に家族で撮った写真が並べてある。恭也、美由希、なのは……それぞれの成長が示された写真だった。
ジタンは確信する。なのはは家族から一心の愛を受けて育ったのだと。アルフの言葉を借りれば『優しくしてくれる人達に甘えて育った』のだろうが、それが当たり前の事である事は、ジタンにも良く分かる。
ジタンも、その出自から普通の子供にあった『当たり前』の事を得られずに育った。孤児だったジタンは、優しい母の温もりを知らなかった。
バクーに拾われて彼の不器用ながらも優しく育てられたから、ジタンは曲がらずに育ったが、それでも実の両親の手に捕まって、笑いながら家に帰る同年代の子供達が羨ましかった……。
「ジタンさん?」
桃子が入って来る。どうやら、なのはを寝かしつけて来た様だ。
「なのはは?」
「今、寝てるわ。熱は高いけど、薬も飲ませたから……」
「なら、一安心だ」
ジタンも安堵した。桃子は優しい顔で言った。
「ジタンさんには借りが出来ちゃったわね」
「特別手当てとして、給料に足してくれます?」
「そうね、考えておくわ」
ジタンの軽口に桃子は笑って言った。ジタンも笑う。
「何てな。別に借りなんて思わなくて良いよ。そんなつもりで、なのはを連れて来た訳じゃ無いしな……」
「あら、そうなの?」
「俺は俺のやりたい様にやるだけだ。なのはを助けたい、って思ったから、助けた。誰かに褒めて貰いたいとか、讃えて貰いたいから、とか一々、考えるのもめんどくせェ。困ってる奴が居たら、助ければ良い。それが、俺の心情なんだ」
ジタンは、そう言って小さく笑う。だが、いつの間にか部屋に入って来た士郎が口を開いた。
「……強がりだな……」
「え?」
「誰かを助けたいから助ければ良い……。それは、単なる建前で強がりじゃないのか? 本心では君は、誰も傷つく事を望んでいないし、それを見る事を恐れている。そして、君はそれを誰かに知られる事を隠そうとしている。
違うか?」
「……随分、俺を知った様な言い方だな……」
ジタンは自分の触れられたくない琴線に触れられた様で、少し不機嫌な口調だった。
「気に障ったなら、すまない。だが、これだけは覚えていて欲しい。人が人を救うには限界がある。1人の力なんて、たかが知れてるからな。けど、自分は1人じゃ無いと分かれば、恐れる事はないだろう?」
「……覚えておくよ……」
ジタンは適当に流すが、図星を突かれた様な気分だった。確かに、ジタンは誰かを助けようとして、それに見返りは求めない。人に聞かれれば、彼は今の様に答えて来た。側から見れば、単なるお人好しと思われるだけだが、注意深く見てみれば、ジタンは他者が悲しみ苦しむ姿を晒すのを嫌い、それを防ぐ為なら、自身を犠牲にする事も辞さない。
そんな彼の人となりを知り、ジタンの周りには彼の優しさに魅せられた者達が集うのも事実だ。しかし、ジタンはそんな自分の本質を悟られ、自分の中に踏み込まれる事を嫌がった。
自分の本質を知られて、同情されるのも哀れみの目を向けられるのを、無意識に避けていたのかも知れない。ジタンの他者への優しさは、自分の心を覗かれない様にする、彼の防衛術だった。
「……さて、ぼちぼち、お暇しますかね」
「あら? 夕食、食べて行かないの?」
「……帰りを待ってる奴が居るんだ。だから、帰らないと」
「そう……」
少し残念そうに、桃子は呟く。ジタンは立ち上がり、士郎を見た。
「生意気な口を聞いたかな? けど、さっき言った様に覚えてはおきますよ」
「……良いんだ。こっちこそ、出過ぎた口を聞いて悪かった。だが……いや、止めておこう。これ以上は説教臭くなる……」
士郎は何かを言いたげだが、止めておいた。ジタンは気にするでも無く、今を出て行く。
「じゃあ、桃子さん。明日、また翠屋で」
「ええ。帰り道、気をつけてね」
挨拶をそこそこに、ジタンは居間のドアを閉めた。残された士郎と桃子は溜め息を吐いた。
「なんと言うか……実際に会って分かったよ。なのはが懐く理由が分かる気がする。あの子と同じ気性だったな……」
「本当……。それだけに心配だわ……。あんまり、人に頼る事をしなさそうだから……」
ジタンの内面にある弱さを垣間見た気がした2人は、そう言った。
玄関では、美由希がジタンを見送っていた。
「じゃあ、俺はこれで」
「本当に良いの? なのはったら、家にいる時、貴方の話ばかりしてるのよ。ジタンさんが、ジタンさんが……ってね」
「そうか? まあ、可愛い女の子に話題とされるのは悪い気はしないな」
「……人の妹を変な目で見ないで貰おうか?」
いつの間にか出て来ていた恭也は、ジタンを少し睨んでいた。
「そう言う意味じゃ無いんだけどな……」
「ふふ……お兄ちゃん、ジタンさんになのはを取られたみたいで、妬いてるの?」
「な……‼︎ 違う‼︎ 俺はただ、なのはの身を案じて……‼︎」
兄妹のやり取りにジタンは苦笑した。
(スタイナーのオッさんと同じタイプだな……)
恭也を見ながら、ジタンは仲間の1人であるアレクサンドリアの騎士であるスタイナーを思い出した。そう言えば真面目で冗談の通じない堅物な所が、よく似ていた。ジタンは玄関の戸を開く。
「じゃあな、美由希。その内、デートに誘うよ」
「へェ? ジタンさんの奢りなら、良いわよ」
「お、おい⁉︎」
自分の目の前で妹が口説かれている事に、恭也は焦った。ジタンはイタズラっぽく笑う。
「なのはに宜しくな、
「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いは無い‼︎」
ムキになって、恭也は怒鳴った。ジタンは笑いながら出て行った。美由希は、兄を宥めた。
「本気にしないでよ、お兄ちゃん。ジタンさんって、普段もあんな感じよ?」
「あんな軽い奴が店で働いてるなんて、イメージに悪いぞ‼︎」
「でも、ジタンさんのお陰でお客さんも増えたんだからね」
「……だ、だが……」
未だに、やいやいと騒ぐ恭也と宥める美由希。その声を聞き流しながら、ジタンは帰路に着こうとした。すると、上から呼び声がした。
「ジタンさん‼︎」
なのはだ。パジャマに着替えて、額に熱冷ましをしていた。だが、少し休んで動ける様になったらしい。なのはの側にはユーノの姿があった。
「まだ寝とけよ、なのは。ぶり返すぞ」
「分かってる。でも、ちゃんとお礼を言いたかったから。それに……ジタンさんに、聞きたい事もあるし……」
恐らく、なのははフェイトと自分の関係を聞きたかったのだろう。だが、ジタンはニッと笑って……
「また今度な。風邪を早く治せよ」
と、言って去って行く。なのははジタンの背中に……
「ありがとう‼︎ また明日ね、ジタンさん‼︎」
と、なのはは手を振りながらジタンを見送った。彼女は、去り行く後ろ姿を暫く見守っていた……。
ジタンは帰り道を歩きながら物思いに耽っていた。雪は、もう殆ど溶けて道も歩きやすかった。
あんな風に自分の内側を見せたのは、久しぶりだった。
少なくとも、こっちに来てからは、ジタンはなるべく、自分の心の中を覗かせない様にしていた。それは、ガイアとは勝手の異なる世界に放り込まれた事の不安な気持ちを悟られたくなかった事もある。
ふと気になったのは、ビビの事だ。
「あいつ……今、何処にいるんだ? お姉ちゃんって言ってたけど……まさか、ダガーもこっちに来てるのか?」
そう考えながら、ジタンは自身の命に換えても守りたい、と願った彼女の顔を思い出す。これは、士郎の言うジタンの本質云々では無く、彼の心から本心だった。色々な考えがジタンの中に渦巻いた。
「ジタン‼︎」
突如、ジタンの思考を掻き消す声がした。気が付くと、フェイトが息を切らしながら走って来た。
「よォ、フェイト。なんだよ、血相を変えて」
ジタンはいつもの調子で答えるが、フェイトは突然、ジタンにしがみ付いた。
「フェイト?」
「心配したんだから‼︎ だって……だって……帰りが遅いし……雪も積もってるし……‼︎」
そう言いながら、フェイトは、ジタンの遅い帰りを責めながら泣いていた。ジタンは頭を撫でてやる。
「悪りィ。連絡しようとしたけど、吹雪だったしな? ゴメンな、フェイト?」
「うん……」
「フェイトだけかい、謝るのは?」
いつの間にか、アルフが腕を組んで、ジタンを睨んでいた。ジタンは……
「なんだ、アルフ? 機嫌が悪そうだな。もしかして怒ってんのか?」
「誰のせいだと思ってんだい⁉︎ フェイトを宥めるの大変だったんだよ! あと、人に心配させといて、他に言う事は無いのかい?」
アルフに怒鳴られ、ジタンはうーん、と考えて、思い付いた事を言った、
「へェ? 心配してくれたのか?」
だが、それは失言だった。アルフの渾身の蹴りがジタンの顔に飛んできて、ジタンは躱さなければならなかった。
「冗談だよ、アルフ。怒るなって」
「もう知るかい、アンタなんか‼︎」
そう吐き捨て、アルフはズンズンと帰って行く。ジタンはフェイトを見て、優しく言った。
「帰ろうぜ、フェイト」
「うん‼︎」
ジタンはフェイトの手を取り歩き出した。フェイトも顔を綻ばせて、ジタンと共に歩く。
歩きながら、ジタンは少し思案した。
(この世界でもやる事、考える事が色々とあるが……今はまだ……この居心地の良さに浸っているのも悪くねェな……)
ジタン、そんな
BOSS《ライブラ》
−コキュートス
黒のワルツ1号が冷気を凝結して生み出した氷の巨神。シリオンと異なり、物理攻撃をメインとした戦い方を行う。
また、周囲が雪が降っていたり冷気に富んだ環境下でなら、攻撃を受けて欠損した部位を冷気を吸収して再生してしまう。