Final FantasyⅨ-リリカル・クロニクル RE. 作:竜の蹄
ジタンは、気を失ったフェイトを遠見市にあるマンションへと運んだ。怪我をしてはいるが、アルフ曰く大した怪我では無いらしい。
ジタンのトランスも彼女を連れて走っている内に解けたが、トランスのお陰で予定より早く、マンションの近くに着いた。だが、既に夜明けが近く、遠方の空は白み始めている。
部屋に戻って直ぐ、フェイトをベッドに寝かせた。アルフが何やら、彼女の身体に光を浴びせ始めた。すると、フェイトの顔色は少しずつ良くなり始めた。
「ケアルみたいだな、それ」
ジタンはアルフを見ながら呟く。確かに対象の傷を癒す、と言う意味では、ジタンの仲間であるダガーやエーコの用いていた白魔法ケアルとよく似ている。
「……フィジカルヒールだよ。即効性だから、直ぐに目を覚ますよ……」
アルフは素っ気ない口調で言った。だが、一先ず、フェイトは大丈夫だと言う事に安堵する。
と、同時にジタンはアルフに話し掛けた。
「……参ったな……聞きたい事が多過ぎる……。だが、先ずはこれだ。アルフ……お前達は何者だ?」
「……聞いてどうするんだい? そもそも、なんだってアタシ達を助けに来たのさ?」
治療を終えたアルフは振り返った。その顔は厳しい表情だ。
「……俺が信用出来ない、って顔だな?」
「当たり前だろ? 大体、アタシはアンタを最初から信用しちゃいない。フェイトが居て欲しいって言ったから、此処に留めてるだけさ」
2人の間に剣呑な空気が流れた。だが、明らかに殺気を漏れ出させるアルフと反対に、ジタンは余裕だ。
「言っただろ? 俺を信用出来ないなら、それでも良いって。けど、俺はフェイトやお前を助けてやりたいって思ってる」
「助けてやりたい⁈ 聞いた風な口を叩くんじゃないよ‼︎」
アルフへ怒声を上げた。ジタンは、眉を顰める。
「デカい声だすなよ。フェイトが起きちまう」
「……アンタに……アンタなんかに、この子を救えるのかい⁉︎ この子が、どんな仕打ちを受けているか……これからも、どんな扱いを受け続けるか……アンタに解るってのかい⁉︎」
アルフは両目に涙を浮かべながら捲し立てた。彼女は、フェイトの側に長く一緒に居た。故に彼女の事は、彼女以上に理解しているつもりだ。
にも関わらず、このぽっと出の部外者であるジタンは、あたかもフェイトの気持ちを汲んだ様な顔をして、あまつさえフェイトや自分を助けたい等と、のたまっているのだ。
「……アンタ、此処から出ていっとくれよ。アンタが居たら、フェイトは本当に駄目になっちまう……!」
「唐突だな」
「アンタがどこの誰だろうが、知ったこっちゃないよ⁉︎ けど……これ以上、フェイトを馬鹿にする気なら、アタシがアンタを許さない‼︎」
「馬鹿になんかしねェよ。助けてやりたい、って言うのは、裏表無しで俺の意思だ。何に苛ついてんのか知らねェが、八つ当たりは止めろよ」
「……まだ言うのかい、この……‼︎」
とうとう我慢の限界が来たアルフはジタンに掴み掛かろうとした。だが……
「やめてッ‼︎」
突然の金切り声が寝室に響いた。驚いたジタンとアルフは声の方を見た。其処には目を覚ましたフェイトが、大粒の涙を流しながら、こちらを見ていた。
「フェイト、気が付いたかい⁉︎」
「……アルフ、お願い……。ジタンを責めないで……。ジタンは悪くない……悪いのは、私なんだから……」
「フェイトは悪くなんか無い‼︎」
泣きながら呟くフェイトをアルフは抱き締めた。いつの間にか、アルフも涙を流していた。ジタンは頭を掻きながら、側にあった椅子に腰を下ろす。
「……なァ、フェイト……。俺は、アルフの言う通り、部外者で赤の他人だし、はっきり言えば、お前の抱えている事情も何も知らない。だけど、お前があんな危ない真似をして、ジュエルシードを集めて回っている事を知っちまったら、もう見て見ぬ振りはできねェよ。聞かせてくれないか? お前達の秘密をよ……」
ジタンの言葉は、フェイトへの労りと慈愛に満ちていた。殺伐とした日々に身を置いていた彼女からすれば、ジタンは唯一の癒しであり、心の拠り所だった。ジタンが来た日から、フェイトは自分がこんなに笑えるなんて、と驚いていた。まだ幼い頃……愛を込めて自分を育ててくれたリニスが居た頃は、まだ笑顔を見せていたフェイトだが、彼女が居なくなってからは、笑う事を忘れてしまっていた。
フェイトは、アルフを見ながら口を開く。
「……話そう。ジタンに全て……」
「フェイト‼︎」
「……お願い……。もう、ジタンに隠し事なんかしたくないの……。本当の私を知って貰いたいの……!」
切に願う様に、フェイトは言った。彼女の真剣な面持ちに、とうとうアルフは根負けして「……好きにしなよ、もう……」と、諦めた様に呟いた。
「……聞いて、ジタン。私達の正体は……」
フェイトはポツポツと語り始める。自分達は魔導師と呼ばれる存在で地球とは異なる別世界ミッドチルダからやって来た事……自分達は、この世界に流れ着いたロストロギア『ジュエルシード』を探している事……先程のなのはとは、ジュエルシードを探す中で偶然に出会い、図らずながらジュエルシードを巡って、対立している事……そして、ジュエルシードを探す様に命令したのは、フェイトの実の母親である事……フェイトは、知りうる限りの情報を、ジタンに打ち明けた。
「……成る程な……要するにフェイトは、母親に命令されてジュエルシードを探していたのか……」
「…………ごめんなさい、ジタン……。母さんに、ジタンを匿っている事が知れたら…………」
其処まで言うと、フェイトは俯く。様子から見るに、フェイトの母親は、とんでも無く非道い人らしい。だが、ジタンはフェイトの頭を撫でてやる。
「謝らなくて良いって。フェイトは危険を承知で俺を匿ってくれたんだろ? だったら、寧ろ謝んなきゃならねェのは、俺だ」
「……どうしてジタンが……?」
「……隠し事をしてたって言うなら、俺だって同じだからさ。俺も、フェイトに話してなかった秘密がある……」
そうして、今度はジタンは話し始めた。自分は地球の人間でも、フェイト達の言うミッドチルダの人間でも無い事を……地球とよく似た『ガイア』と呼ばれる世界からやって来た事……其処で様々な旅と戦いを経て、この地球に流れ着き、フェイトに助けられた事……要所要所をかい摘んで話した。
「……やっぱり、ジタンは『次元漂流者』だったんだ……」
「なんだ? その、なんとか漂流者って」
「……その名の通り、別次元から時空の海を超えてやって来た人の事。けど、ガイアなんて、世界は聞いた事が無い……」
「管理外世界かもね。まだ管理局の把握できてない次元世界は星の数ほどあるって、リニスから聞いた事がある。けどまあ、それなら、さっきのアンタが話してた話も真実味を帯びてくるね……」
ジタンとフェイトの会話に、アルフが口を挟んだ。
「……そういや、アルフ。お前、俺を管理局の回し者って勘違いしてたな。その管理局ってのは、そんな馬鹿でかい組織なのか?」
「当たり前さ。管理局ってのは、正式には時空管理局の事だよ。ミッドチルダを中心に数え切れない次元世界を統括してるんだよ」
「……妙だな。この世界に来て一週間、見て来たけど、時空管理局の名なんか話題にすら上がらなかったぜ?」
ジタンは、一週間の間、テレビや古新聞を読んで、この世界の常識を学んでいた。字の読み書きこそ出来ないが、テレビのアナウンサーの話す言葉で、大体の事は掴んでいるつもりだ。
余談だが、ジタンの住んでいたガイアには、まだテレビは愚か、ラジオなんて物さえ無かった為、初めてテレビを見たジタンは本当に驚いた。
「……この地球には、時空の海を越える為の技術が確立されてないの。だから、管理局側は存在を認知しているけど、地球側から管理局にコンタクトは取れないの。そう言う世界は『管理外世界』って呼ばれてるの……」
「はァ……何だか、頭が痛くなってくるな……。それにしても、ミッドチルダの魔法ってのは、フェイト達がやってみせた奴が主なのか? ガイアの魔法でも、あんな芸当は出来ないぜ?」
そう言って、ジタンはガイアで見て来た魔法を思い出す。主に魔法はビビの黒魔法、ダガーとエーコの白魔法、クイナの青魔法、ベアトリクスの使用していた聖白魔法の他、人間をブリ虫やカエルに変えてしまう文字通りの魔法や、赤魔法などが浸透していた。対して、フェイトは困り顔だ。
「話すと長いよ? 私が使っているのは、ミッドチルダ式と呼ばれていて、一番、浸透している型なの。他にも、ベルカ式とか……」
「あ〜、ストップ‼︎ そう言う小難しい話はパスだ! つまり、そう言う魔法があるって事が分かれば充分!」
「……自分から聞いて来たんじゃないかい……」
話の腰を折ったジタンを、アルフはジト目で睨みながら呆れた。元々、ジタンは仲間の1人であるブランクからも『人の話を聞かない』と苦言を漏らされる程、ルーズな一面があった。
「……しかしよ……解らないのは、フェイトの母親だ。一体、フェイトの母親は、あんな危なっかしい物を集めさせて、何をやらかそうってんだ?」
「知るもんか。聞いたって『探してくれば良い』しか言わないしね。あの鬼ババア……!」
「アルフ」
文句を呟くアルフをフェイトは嗜めた。それにしても、ここまで言われるという事は、フェイトの母親は本当にロクでも無い人間である事は間違いないだろう。そもそも、あんな危険な物を、こんな小さな娘に探させるなんて、真っ当な親のする事とは思えない。
(……母親……か)
母親、と聞いてジタンは、ある人物を思い出さずにいられなかった。
ブラネ・ラザ・アレクサンドロス16世……アレクサンドリアの先代女王にして、ダガーの母親。元は聡明な賢君にして、ダガーを心から愛していたが愛する夫の死からの絶望に堕ちた所を''死神''に付け込まれ、大陸を巻き込む大戦を引き起こした張本人。更には娘であるダガーさえも、召喚獣を抽出した後には用済みとして始末しようとする冷酷な暴君に成り果てただが、それでも最後は''母''として娘に看取られながら逝った、憎らしくも哀しい存在……。
フェイトは悲しそうに俯きながら呟く。
「……母さんに言われたの……ジュエルシードを集めなければ……私は……役立たずだって……要らない子なんだって…………ヒック……」
苦しげにフェイトは言葉を絞り出しながら啜り泣いた。アルフはフェイトを無言のまま抱き寄せた。ジタンは知った、こんな年端の行かない少女が、どれ程の苦痛に耐えてきたのだろう……。ジタンはフェイトの前に膝を突いて、両肩に手を置いて話し始めた。
「……フェイト、お前がどんな人生を送ってこようが、どんな秘密があろうが、フェイトはフェイトなんだ。それを自分が否定してどうする?」
「…………」
ジタンの言葉は優しく、そして深くフェイトの心に染み渡る。ジタンは続けた。
「現にお前は、俺を助けてくれた。それだけでお前には充分、価値があるじゃないか。自分で自分を要らない子だって決めつけて卑下するな」
今やフェイトの両目からは止め処なく涙が溢れ続けていた。自分に優しい言葉を掛けてくれたのは、アルフとリニス以外では初めてだった。フェイトはジタンの胸に顔を埋めた。
「ジタン……少しだけ泣いていい?」
「ああ……泣きたい時はうんと泣いたら良いんだ。少しなんて言わず、気が済むまで泣け」
そう言いながらジタンはフェイトの頭を優しく撫でてやる。もうフェイトは堪えきれなくなった。ジタンの胸に顔を押し付けながら彼女は咽び泣いた。そうして見れば年相応の女の子の姿だ。ジタンはフェイトが気が済むまで抱き寄せ続けた。フェイトは泣いて泣いて、泣き通した。
何時しかアルフも涙を流している。今のフェイトにとってジタンは誰よりも必要な存在だった事を、アルフは改めて思い知った。
いつの間にか、フェイトは泣き疲れて眠ってしまった。ジタンはフェイトをベッドに寝かせてやると、後ろに立つアルフを見た。
「……ジタン……ありがとう……。そして、ごめん……」
「何が?」
アルフから発せられた謝罪と礼の意味をジタンは尋ねる。
「……フェイトの事……それから今迄の事……」
フェイトを守る為とは言え、アルフはジタンに対し深い不信感を抱き、彼女から引き離そうとしたのだ。その事に対してアルフは謝りたかった。
「謝らなくて良いって。フェイトを守る為、形振り構ってられなかった……そうだろ?」
「……」
「それに、俺は……」
いずれ遠くない未来にジタンは、この世界を去らなければならない。その時は必ず来る。出会いと別離……決して切り離せない現実……。アルフは、それでもジタンに懇願した。
「……あんたの事は信用する……だから……いつか、あんたがいなくなる時まで…………フェイトの側に……」
「皆まで言うなって。分かってる、フェイトを守る……。約束するよ」
「何でだい? そもそも、この世界の人間ですらない、あんたが何でアタシ達の為に……?」
アルフは疑問に思った。このジタンという男は何故、見ず知らずの私達の為に戦ってくれたのか? それは知っておきたかった。だが、その疑問は簡単に破られる。
「誰かを助けるのに理由がいるかい?」
屈託無く返すジタン。アルフは確信した。ジタンなら本当に信用出来る……きっとフェイトを守ってくれる……。
「そっか……ありがと……」
アルフは、そう返すだけで精一杯だった。ジタンは大きく伸びをすると、カーテンを少し開ける。
「もう夜明けだな。バイトに行くまで、仮眠を取るわ。アルフも寝とけ」
「バイトって……‼︎ アンタ、殆ど一睡もしてないじゃ無いか!」
「へーき、へーき。徹夜するのは慣れてるしな」
「そうかい……ジタン。アンタを信じてはいるけど、この事は……」
「解ってる。他言無用、だろ? 心配すんな、これで口は固い方だ」
ジタンが言うと、アルフは寝室に消えていく。残されたジタンは、此処に来てから寝床にしているリビングのソファーへ横になった。
(ガイアに帰るのは、まだ少し先になりそうだな……)
そう考えながら、ジタンはウトウトと微睡み始めた。
その頃、海鳴市の郊外にある廃工場では……
「ヒッヒッヒッ‼︎ “例の物“は、もう使えるのか?」
道化師メイクの男が何者かと話している様子だ。その相手の声がした。
『量産はまだだけどね。取り敢えず、君から依頼を受けたタイプは完成したよ。既に、そっちに転送済みだ』
「それは結構。私は気が短いのでね、待つのは大嫌いだ‼︎ 真面目ぶった奴と同じくらいにな‼︎」
道化師は、バカにハイテンションに叫んだ。話し相手は低く笑う。
『しかし、君は何を企んでいるんだい? あまり、管理局の目に付く行為はやめて欲しいな。私も管理局からは睨まれていてね……』
「うるさーい‼︎ぼくちんのする事にケチをつけるな‼︎ お前は黙って、さっさと”アレ“を完成させれば良いんだ‼︎」
『やれやれ、無理を言わないでくれたまえ。しかし、君の持ってきた資料は中々に興味深いよ。完成させ次第、そちらに送る』
そう言うと、話し相手の声は消えた。残された道化師は、さも愉快そうに笑った。
「ではではでは〜‼︎ 楽しい楽しい殺戮人形劇の始まりだじょ〜‼︎」
道化師は奇抜なマントを翻しながら、ケタケタと笑い続けた。
「どうも、ありがとうございました〜!」
その日、翠屋では客入りは上々であり、若いカップルや女友達同士て賑わっていた。桃子も売り上げが良く笑顔で帰ってくれる為、笑顔で見送る。
「今日も売り上げノルマ達成できそうだね」
制服に身を包む桃子の隣に立つ眼鏡をかけた少女が笑いかける。桃子の娘で、なのはの姉である高町美由希である。
「そうね……一番の理由は……やっぱり''あれ''かな?」
そう言いながら桃子は客席に目をやる。客席では女性客達の賑やかな声が聞こえてくる。
「どうぞ、お待たせしました。ラズベリーパフェ・スペシャルです」
エプロンを身に付けたジタンが笑顔でパフェを女性客に届けていた所だった。ジタンからパフェを受け取った女性客は明らかにジタンに対して意識した様子で見ていた。
「ありがと〜! ねェ、ジタンさんって彼女いないの?」
「あ、ズルい! 抜け駆けは無しよ⁉︎ ジタンさん今度、一緒に遊びに行かない⁉︎」
女性客は黄色い声を上げながらジタンにアプローチを仕掛ける。
「申し訳ありません、今は仕事中なので。ごゆっくりどうぞ」
笑顔で誘いを断ると、ジタンは客席から離れていった。
「ね、ね? 噂通り、カッコイイでしょ⁉︎」
「うん! ジタンさんって、本当に彼女いないのかな?」
ジタンが歩き去った後も女性客の2人は、チラチラとジタンの後ろ姿を見続けていた。
「ふぃー、客商売ってのは疲れるなっと」
厨房に戻ったジタンは肩を鳴らしつつ休憩していた。そこへ桃子が入ってくる。ジタンが翠屋でバイトを始め、早3日……瞬く間に、翠屋にイケメンなアルバイトが入ったと評判になった。
「お疲れ様、ジタンさん。お仕事は慣れた?」
「あ、桃子さん。まあ、ボチボチかな。だけど女の子達を前にしてキャラ作るってのも中々、酷かな?」
軽く笑いながら、ジタンは桃子と談笑する。そこへ美由希が割り込んできた。
「ふふ、皆ジタンさんが、お目当みたいよ。……でも、ジタンさんって女の子が大好きだから、お客さんに口説いたりしないか心配だったけど……」
「俺だって節操がない訳じゃ無いしな。それに仕事とプライベートを使い分ける甲斐性くらいあるって」
美由希の言葉に、ジタンは返す。元々、ジタンはタンタラスにて役者の仕事もしていた為、様々な対応を作りこなす事に長けている。
「でも、ジタンさんが働いてくれる様になってから、お客さんも増えたから助かるわ。でも、公私は使い分けてね」
「勿論。給料貰ってる身の上ですから」
等と、のどかに談笑を続けていると、翠屋の扉が開いて元気の良い声が聞こえてきた。
「お母さん、ただいま〜‼︎」
「あら、我が家のお姫様が帰ってきたわ」
桃子の言葉と共に、なのはが帰ってきた。
「あ、ジタンさん! ただいま‼︎」
厨房に入った、なのははジタンの姿を見つけると嬉しそうに近づいてきた。
「おう、お帰り、なのは」
近づいてきた、なのはの頭を優しく撫でてやるジタン。なのはは甘える愛玩犬みたいに擦り寄ってきた。
「ジタンさん、ジタンさん! 今日、学校でね……」
「もう、なのは。ジタンさんは仕事中なんだから邪魔しちゃ駄目よ」
美由希に咎められ、なのはは覗き込む様にジタンを見た。
「ひそひそ(怒られちゃった)」
「ひそひそ(仕方ねぇな、仕事中だし……後でな?)」
互いに小声で囁きあうジタンとなのは。それに対し、美由希は振り返りつつ、ジタンにも注意を促す。
「ジタンさんも! お店、混んできたから早くフロアに戻って‼︎」
「へいへい」
美由希の叱責に対しジタンは応えつつ、なのはを再び振り返る。
「ひそひそ(怒られちゃった)」
「クスクス(仕方ねぇな、仕事中だもん)」
そう言いつつ、ジタンとなのはは押し殺しつつ小さく笑う。そんな2人の様子を遠目で桃子は微笑ましく見つめる。端から見れば兄と妹の様だ。そんな穏やかな午後の時間を流れる翠屋の店内だった。
そんな時、食堂から声がした。
「ねェ、見て! 雪が降ってる!」
「まさか! 今、5月だぞ⁈」
「だって、ほら‼︎」
客の声に、ジタンも窓から外を見た。すると、確かに薄暗い曇天から、パラパラとまばらな雪が降り始めている。
「雪か……。こんな時期に、変だな……」
ジタンは雪が降り始めた事に違和感を覚えた。桜も散り、若葉が木々を緑に彩る様な季節に雪が降るなんて、気候がおかしい。
「変ねェ……雪が降る様な季節は、とっくに過ぎてるのに……」
「天気予報でも、今日は晴れだって言ってたのに……」
桃子と美由希も首を傾げた。だが、そう言ってる間に雪はどんどん強くなって行く。なのはも驚いていた。
「……もしかして……‼︎」
なのはは慌てた様に走り出した。
「どうかしたの、なのは?」
「宿題‼︎」
桃子の呼び掛けに、なのは短く返した。雪が積もる前に自宅に帰ろうとしたやのだと考えるていた桃子だが、ジタンは走り去る彼女の背を見送りつつ、何かを察した様な顔だ。
(なのはの奴、まさか……)
三日前、ジタンはなのはと予期しない形で出くわし、彼女の秘密を知っているのだ。彼女も、フェイトと同じく魔導師であり、魔法を操る術を持っている。
如何にして、彼女が魔法の力を手にしたかは知る由も無いが、なのはもフェイトと同じくジュエルシードを探している。
誰かの為に探している、と言っていたが、少なくとも、フェイトと同じで私利私欲の類いで探してはいないのは確かだ。
それだけに、ジタンは不安を覚えた。なのはがどのくらい戦えるかは知らないが、フェイトやアルフの様に場数を踏んでいないのは間違いない。
『優しくしてくれる人達の所で、甘ったれて暮らしているような奴に何が分かる⁉︎』
あの夜、アルフは放った言葉がジタンの脳裏に蘇る。確かに、ジタンから見ても、なのはは両親や友人に恵まれて、愛情をたっぷり受けて育った、ありふれた平凡な女の子だ。
対して、フェイトはどうやら母親からは良い扱いを受けておらず、心を許せるのが、アルフとフェイトだけだと言う状況だ。しかも、フェイトの環境から見ても、学校に通っている訳でも無く、友人が居る訳でも無い。
ある意味では、フェイトとなのはは似て非なる、対極に位置する存在だ。そんな彼女が戦いに身を置けば、どうなるか……ジタンは、それが怖かった。
思い返せば、あのガイアの戦いで……ダガーが最後まで戦い抜けたのは奇跡に等しい。召喚獣や白魔法を操れる点ではエーコと同じだが、アレクサンドリアの城の中で、姫として丁重に扱われ、スタイナーやベアトリクスに守られて育った彼女が、戦いに身を置く切っ掛けこそ、豹変した母親を助けたい、と言う思いがあったからだが、過酷な戦いを強いられて母や故郷を失い、一度は度重なるショックから、声を出せなくなったくらいだ。
ダガーでさえ苦痛に耐えて戦っていたのだから、なのははそれ以上の苦痛に襲われるかもしれない……。もし、そうなれば、彼女は壊れてしまわないか……そんな不安が、ジタンを悩ませる。
「ジタンさーん! お客様の注文、お願ーい‼︎」
「え……あッ‼︎ 今行くよ‼︎」
美由希の声で我に帰ってジタンは、仕事に戻った。
ジタンの不安を的中させるかの様に、なのははこの降雪の原因を探る為に動き出していた。バリアジャケットに身を包み、相棒のユーノを肩に乗せ、雪が吹き荒ぶ曇天を飛んでいた。
「ねェ、ユーノ君‼︎ やっぱり、これはジュエルシードのせいなのかな?」
なのははユーノに尋ねる。ユーノは首を振った。
「解らない……けど、何らかの魔力が働いているのは確かだ‼︎ この雪は、何かの力で気候がおかしくなっている為だと思う‼︎」
「何かの力……」
ユーノの言葉に、なのはは思案した。そして、三日前の夜に起きた出来事がリフレインする。
金髪の魔導師の女の子と一緒にいた尻尾の生えた男の人……あの声はジタンの声に酷似していた。ジタンは、あの女の子と関係があるのだろうか?
そう言えば、かつてジタンが言っていた。自分と同じくらいの女の子と暮らしている、と……。その女の子が、あの子だとすれば、ジタンがあの場にいた事にも辻褄が合う。
なのはは幼いながら、勘の良い子だ。ジタンが働き始めた際、彼と話す機会は何度かあった。真実を問い正しかったが、彼女は聞くのが恐ろしくて出来なかった。もし聞いてしまえば、彼がいなくなってしまう気がしたからだ。
ユーノはジタンを『ジュエルシードを狙う悪者では?」と考察を立てたが、なのはは頑なに信じなかった。ジタンが悪い人間である筈が無い……そう信じていたからだ。
ユーノは心配そうに、なのはを見た。
「ねェ、なのは……。大丈夫? 凄く険しい顔をしてるけど……」
なのはの様子がいつもと違う事に気付いたユーノは、なのはに尋ねた。慌てて、なのはは取り繕った。
「にゃはは、ごめん! 大丈夫だよ!」
「そう……」
なのはは心配かけない様に笑って誤魔化したが、ユーノは気付いていた。なのはが不安を感じている事を……。
彼は、なのはに魔法の力を渡してしまった事を今更ながら、後悔していた。そもそも、自分がジュエルシードを紛失するなどと言うミスを冒したばかりに、本来なら無関係ななのはを巻き込んでしまったのだ。
重苦しい空気を助長させる様に雪は益々、強くなって行く。その際……
〜チリン、チリン〜
突然、鈴の様な音が聞こえた。なのははハッとした顔で、ユーノを見た。
「今の聴こえた?」
「うん……! 鈴みたいな音だった……!」
やはり、聞き間違いでは無かった。なのははもう一度、耳を研ぎ澄ませると、またしても、チリンチリンと音がする。
音の具合から言っても、此処から近い。
「ユーノ君、行くよ‼︎」
「解った‼︎」
なのはは鈴の音を頼りに、飛ぶ速度を速めた……。
「クク……もっと、吹き荒れろ……」
とある廃ビルの屋上に、不可解な格好をした者が立っていた。焦茶の見窄らしいとんがり帽子の先端を縄で縛り、黒味がかった濃い赤のローブを着ている。特徴的なのは背中にあった濃い青色の翼と、帽子とローブの隙間から覗く鋭い吊り目だ。右手には拳大の鈴の様な物を持ち、チリンチリンと鳴らす。
そうすると、雪は更に強さを増し、猛吹雪となっていく。この雪を起こしていたのは、この者だった。
その際、なのはが空から降り立った。
「この吹雪は、貴方の仕業なの⁉︎」
なのはが強い口調で言った。とんがり帽子の男は振り返るが、さして驚いた様子は無い。
「フン……誰かと思えば、まだ子供じゃ無いか……。家の中に居れば、そのまま苦しまずに凍り付いていたものを……」
「質問に答えて‼︎ この吹雪は貴方が起こしているんだね⁉︎」
なのはは再び強く尋ねると、とんがり帽子の男は小馬鹿にする様に肩を揺らしながら低く笑う。
「ああ、その通りだ。それで? この吹雪を起こしているのが、俺だとしたらお前はどうする?」
「今すぐに止めて‼︎ このままじゃ、町がメチャクチャになっちゃう‼︎」
なのはは言ったが、とんがり帽子の男は意を介さない。
「断る。俺は命令を受けて動いている。そして、お前の命令を聞く様には言われていない」
「君は何者だ‼︎ ジュエルシードを持っているのか⁉︎」
今度はユーノが聞いた。とんがり帽子の男は首を傾げる。
「ジュエルシード? そんな物は知らん。俺の名前は『黒のワルツ1号』。ある者から、町を雪と氷で覆い尽くせ、と命令を受けている」
「く、黒のワルツ? その命令している人って誰なの⁉︎」
とんがり帽子の男は黒のワルツ1号と名乗った。なのはは再び尋ねるが、黒のワルツ1号はまた低く笑う。
「何度も言わせるな、小娘。お前の命令を聞く理由も謂れもない。だが……そうだな。俺を倒して、この鈴を壊せば吹雪は収まるだろう。だが、お前にそれが出来るかな?」
挑発するかの様に、黒のワルツ1号は鈴を鳴らした。なのはは自身のデバイスー『怒れる心』の名を持つレイジングハートを構えた。
「許さない……‼︎ 行くよ、レイジングハート‼︎」
《畏まりました、マイマスター》
なのはの言葉に呼応して、レイジングハートは無機質な声を出した……。