ふと、目が覚めた。
視界がやけに明るいのでなぜかな、とぼんやり思ったところで、自分が棺ではなくベッドで寝ていることに気付く。それで目が覚めたのか。もう日が昇った時間らしい。ということは、背後が温かいのはロナルドさんのせいか。
何度か瞬きを繰り返しながら、ゆっくり状況を掴んでいく。外はもうかなり明るい時間帯で、場所はもはや住んでいる状態のホテルのベッドで、私はロナルドさんに後ろから抱き着かれた状態で寝ている、と。カーテンは閉めているし、日光が当たる心配は無い。いつもなら寝ている時間帯だが、明るいと寝付けない質だったらしく、二度寝はできなそうだ。
仕方なく起き上がってみたものの、この温かい体から離れがたくってベッドから出られない。というか、ロナルドさん帰らなかったんだな、と思ったところで、自分が着ているのが彼のシャツだと気付いた。帰れないわけである。そういうば、帰したくなくてこれひったくって着た気がする。昨日の最後のほう記憶が曖昧だけれども。
うーん、シャワー浴びたいな。昨日、したあとお風呂一緒に入ったら、そのあともう一回することになってしまいそのままのはずだ。というか、私の体力が先に切れたのか。すごいなロナルドさん。私その辺の人間よりかなりタフなはずなんだけどな。なんかあちこち痛いし、これ彼が慣れてきたら身が持たないかもしれない。それとも私も慣れたらもう少しどうにかなるのかな。経験無いのでよく分からないが、私が煽るし求められると拒めないのも悪い気はする。私ってそんなにチョロかったろうか。
色々思い出すと恥ずかしくなってきたので、やめにして溜息を着く。
「全く、暢気ですねー」
寝ているロナルドさんの頬をつつく。このひともさすがにこうしていると静かで、少し寂しい。指を下ろしていけば、首筋の傷に辿り着く。私が咬んだところだ。
世が世なら狩る側と狩られる側だったろうに、こうして並んで朝寝をしていられるのだから、出会えたのがこの時代でよかった。これが当たり前でないことは知っている。幼かった当時、危険な目に遭ったわけではないが、大人たちの緊張した空気感は覚えている。
お母様たちに感謝しなければ、とそこまで考えて、思い出すものがあった。そうか、あの言葉はこういうこと。なるほどと笑いながら、銀の髪をかき混ぜる。夜中に見ることしかなかったそれはいつもよりキラキラしていて、私の目には少し眩しい。
「ん、エリ?はよ」
寝ぼけ眼が私を捉える。起きて初めに目にするのが私なことに、ちょっとした感動を覚えた。
「おはようございます。ごめんなさい、起こしましたね」
そう悪いとも思っていないが、一応謝りはする。悪いとは思っていない分、喜びは感じているので額にキスを落とす。ロナルドさんは瞬いて顔を赤くした。
「目、覚めました?」
「覚めたけどよ……」
ゆっくりと起き上がってから頭を抱え出したので、私は静かに笑った。
「なんかすげぇ機嫌良くない?」
恨みがましいような、嬉しいような、取り敢えず照れているのは間違いない顔でロナルドさんが私を睨む。あまりにも何も怖くないので笑える。
「機嫌良いですよそりゃ。ロナルドさんが私の横で寝起きしてるんです。あなたの一日の終わりと始まりに私がいる、これってすごいことだと思うんですよね」
私が得意になって言うと、見てられないとばかりに目が伏せられた。意気地無しめ。ぜんぜん許せるけど。
「勘弁してください……」
「いやです」
丸めた体躯に抱き着いて、頬擦りする。相手は上裸だし、私はシャツしか着てないので色々あれなのだが、気にしない。私は気にしないけど、ロナルドさんは気になるのか、驚いたみたいだ。
「照れとかないのか?」
「昨日私にあんなことしておいて?」
苦し紛れに言うものだから、軽く反撃してみる。
「それは、そうだが!違うじゃん!?」
それとこれは別だろ、と騒いで、耳まで赤くなるから面白くって仕方ない。楽しいひとだこと。
「んふふ、そうですね。私も恥ずかしいですよ」
気にしないだけで、気にならないわけではない。今だって恐らく、顔は上気していると思う。最も、こちらを見ない彼には分からないんだろうが。
「嘘だろ」
「本当ですよー。でも、羞恥心って今のこの気持ちを伝えない理由にならないんですよね。こんな私はお嫌い?」
「好き……」
「私もロナルドさんのこと好きですよ」
蚊の鳴くような声で言う彼にまた笑って、項垂れる背中にキスをする。これ以上は逃げられるかな、と判断して離れ、伸びを一つ。
「うーん、私お風呂入ってこようと思うんですけど、ロナルドさんどうします?あ、まずシャツ返さないとですね」
言いながらボタンに指をかけると、慌てた声が掛かった。
「待て、脱ぐな!」
「照れてます?もー」
「いや、それもあるけど、その」
予想以上に深刻な顔をしているので、私は首を傾げた。照れているだけではないようだ。
「なんですか?」
「目の前で脱がれると襲いかねないから……」
「えっ、本気で言ってます?」
「うん」
「分かりました」
あまりにも真っ直ぐな目をしている彼に私はそれ以上口を噤んだ。あれは本気だった。いくらなんでももう無理なので、なるべく素早くバスルームに向かう他なかった。
そんなこんなで、交代でシャワーを浴び、ルームサービスで朝ごはんを食べることになった。吸血鬼と暮らしているので大丈夫だとは思うのだが、一応同じ食卓に血が並んでもよいかは確認した。これを確認するのに今の今まで掛かったことを思うと馬鹿なこと考えてたな、と思う。吸血鬼のそれらしいところを見せないよう気を使っていたのだ。
私たちは似ているけれど、違う生きものだから。それを理由に離れていかれるのはあまりに寂しい。友達なら許容できても、恋人では許容できないこともある。知っているのと、実際に見るのでは違うこともある。だから、これに関しては本当に慎重だった。全部杞憂に終わってよかった。
ホテルの朝食では物足りなそうなロナルドさんを眺めながら、血を煽る。いつもはこんな頻度で飲まないのだけど、回復するにはこれが一番早い。つまり、目の前のひとのせいというわけだ。
なんだか微妙な顔で先程から見られているが、今更やめないから。……どうしても嫌ならやめるけど、そうでもなさそうなのだ。なんなのだろう。
「そうだ、ロナルドさん」
しかし、それは一度置いておいて、この場に相応しい話をしよう。この感動をぜひとも共有しておきたい。
「なんだ?」
ホテルのパンを口に詰め込みながらこちらを向く。美味しいのは良かったけど、もう少しゆっくり食べてもいいのに。
「知ってますか?欲しいものは、欲しいって言わなきゃダメなんですよ。そうじゃないと手に入らないですからね」
「急になんだよ」
口の中の物を飲み込んだロナルドさんは、訝しげに首を傾げる。
「今朝思い出したんです。お母様が言ってたんですよね」
「そういえば、エリたちの母親の話ってあんまり聞かないな。親父さんは時々来るけど」
お父様は本当によく来る。しかも急に来るから困る。ロナルドさんと一緒にいるときに鉢合わせたら不味いよなと思うのだが、対策が立てにくいのだ。お父様、私に恋人がいるの知ったらどうなるんだろうな。ロナルドさん殺されないだろうか。さすがにないかな。
まあ、これは追々考えるとして、今はお母様の話だ。
「お母様、お仕事忙しいですからね」
今はとくに、私が抜けた分大変なようだ。連絡は取っているので近況は聞いている。
「そういえば、そんなこと聞いたような……」
ロナルドさんは記憶を探っている様子。私は覚えがないから、お兄様かお父様だろうか。
「昔からそうなんですよ。ほんとんど家に帰ってこないし、今はかなりマシになったくらいで」
幼い頃は、本当に家にいない母だった。種族間の緊張が高まっていた時期は新聞で名前を見る回数のほうが多かったほどだ。
「へぇ。何してるんだ?」
「弁護士です。その道では有名なんですよ?すごい人なんですけどね、でも、昔はそんなことより一緒にいてほしかったな」
「ちょっと分かる」
頷く彼は自分も覚えがあるようで、苦笑している。元退治人現吸対らしいお兄様のことだろうか。私は会いそびれているのだ。
「ふふ、でも、ロナルドさんはお仕事行かないでって駄々こねたりしたことなさそう」
「それは、確かになかったかも」
自分から求めることがあまり無いひとだから、そうかと思った。退治人だった兄をかなり尊敬している様子だし。
私はそうは出来なかったのだ。
「私はね、けっこうあるんです。お仕事行かないでー、お仕事と私どっちが大事なのーって。お兄様ほど物分りよくない子だったので。初めてそうしたときお母様とっても困ってたな」
「はは、想像着くよ」
何を思い出しているのか、ロナルドさんは懐かしげに目を細めた。
「それで、いつもこう言うんです。エリーたちのことが大事だから、二人が暮らしやすい世界にしたい、そのために頑張らせて欲しいって」
「すごいな」
尊敬する私の母だ。世界を変えるというのは、私には想像もつかないほどの大仕事で、しかし、彼女はやってみせた。
「すごいでしょ?でも、それでも納得できなくて。当時、両親は私よりお兄様のほうが大切なんだと思い込んでたから余計に頑なで。ほら、お兄様貧弱だから」
「貧弱だな」
私は茶化して言って、ロナルドさんが笑う。
今でこそ笑えるけど、あの時代にはできなかった。お兄様はすぐ生き返るけど、悪意をもって殺されたとき、塵をそのままになんてしてくれないのは明白なのだ。だから、過保護なほどに囲われて育てられたけど、実際過剰ではなかったのだろう。私も同様だ。幼い時分に外出した記憶なんてほとんど無い。
「家族が側にいてくれるなら、それ以外はいらないって本気で思ってたんですよね、私。世界なんて知らないって。でも、お母様に言わせれば違うんだそうです」
私の世界は一族の中だけに留まっていて、実際それでも不満はなかった。お母様は私がそう言うこと自体を悲しんでいたように思う。
「家の中しか自由がないような小さな世界で生きて欲しくない。もっとのびのびと色んなものを見て、その中から好きなものを選べる世界にしたいって。お母様があのとき伝えたかったことは、幼い私には難しくて。でも、このひとは本当に私のためだと思ってやっているんだなと納得したのです」
あのとき私を抱き締めていた彼女の、切実な、決意に燃える紅玉の瞳を覚えている。そこに確かに愛を認めたのだ。
「そして、それを今朝ロナルドさんの顔を見ていて思い出したわけですよ。こうやって並んで目覚めることが出来たのは、お母様はもちろん、色んな吸血鬼や人間が頑張ってくれたからなんだろうな、と。今みたいな世界じゃなかったら、きっと隣にはいなかったと思うんですよね。今だから、私はたくさんの中から好きなあなたを選べた」
あの日分からなかったけれど、確かに私のためだったと納得できた。そしてその尊さも。この喜びを誰よりロナルドさんに知っていて欲しいと思ったのだ。
私が記憶に浸っていたところから、正面のひとに顔を上げると、それはもう大号泣していた。
「う゛ん゛」
「えぇー、そんな泣きます?」
「だってぇ゛」
私は声を上げて笑いながら、タオルで涙を拭う。ハンカチでは追いつかなそうな勢いだったもので。昨日とは逆だな、と気付くといよいよおかしかった。
「あのさ、俺を選んでくれてありがとう」
目を赤くしてそんなこと言うものだから、私は堪らなくって抱き着いた。
「私の方こそ。ま、こんなに可愛い私を選ばないなんてありえないですけどね!」
強がって笑うけど、私だって少し泣きそうだったのだ。
空になったカラトリーと血の入っていたグラスが同じテーブルに並ぶ奇跡と、その奇跡を実現した
ロナルドさんは私ほど泣き止まないこともなく、ほどほどに持ち直した。メンタル強い感じはぜんぜんしないが、立ち直りは早いのだろう。
「あれ?そういえば欲しいものはーってのは?」
念の為、目元を冷やしている彼が問う。確かにこれでは最初と話が繋がっていない。その前に泣き出したひとがいたからなのだが。
「あぁ、それはですね。私が散々駄々こねして、一応納得したあと、お母様に聞いたんです。未来のために私が今寂しいのは我慢しなくちゃいけないの?って」
「それはまた」
ロナルドさんは苦笑した。彼の中で私がかなり手のかかる子供だったことになっている気がする。私だってそこそこお利口さんだったのだが。
「そしたらお母様が、寂しいと思ったら言ってくれって。欲しいものは欲しいと言っていい、そうじゃないといつまでたっても手に入らないからって」
「おぉー」
「お母様、基本強欲なんですよね。欲しいものは手に入れるし、そこに妥協はない、努力も怠らないので」
「すごいよほんと」
ロナルドさんが感銘を受けている。私は鼻高々に胸を張った。自慢の母なのだ、本当に。少々不器用なところはあるが。
「それで、この言葉はロナルドさんにこそ必要だと思いまして」
「そうか?」
首を傾げているところを見るに、やはり自覚は無いらしい。
「ロナルドさん、あまり欲しがらないから。そんなんじゃ何も手に入らないですよ。ほら試しに何か言ってみてください」
「うーん、そうは言ってもな。急にそんな思いつかねぇよ」
頭を悩ませているものの、ピンと来ないようだ。お兄様や私だったらすぐ何かしらは出てくるのだが。強欲なのだろう。教育の賜物である。
「えー、何も無いんですか?」
「あ、あれだな」
「お、なんです?思い付きました?」
「俺、今幸せだからなんも思いつかねぇんだと思う」
心からそう思うと、見つめる瞳が言っている。ニコッと満ち足りた顔で笑うロナルドさんが眩しくて、胸が苦しい。
「無欲ですね」
私はそう小声で言うのが精一杯だった。
【名前】 基本的に「エリー」か「エリ」呼びやすい方で呼んでもらっている
【身長】 164cm
【誕生日】 11/8
【血液型】 不明
【体重】 ドラルクより重い
【出身】 ルーマニア
【家族】 竜の一族
【趣味】 ウィンドウショッピング
【能力】 スタンダードな吸血鬼っぽい能力はだいたい使えるが、全て出力がよわよわ
【備考】 ドラルクとは14歳差