「お待たせしました、ロナルドさん」
「い、いや、俺も今来たとこなんで」
日が沈み暫く経った頃、私たちは外で待ち合わせをしていた。何故かといえばもちろん、デートをするためである!
前回の喧嘩別れ(?)から唐突な流れ?では、少し回想を挟もう。
ほわんほわんほわんエリエリ〜
お兄様と開かれた愚痴会、もとい、作戦会議で得られた結論として、問題はやはりロナルドさんが鈍すぎることだった。恐らく本来の性質にさらにお兄様の妹というのが足を引っ張っている。友達の妹に手を出せるタイプではないのだろう。「普段5歳児のくせにそういう倫理観はしっかりしてる。もしくは、童貞ゆえの潔癖さ」というのがお兄様の見解だった。では、どうするのか、もうなんか細かいこと言わせないくらいの
ということで計画されたのが今回のデートだ。
どうやって取り付けたかというと、何が悪かったのかよく分からないまま謝ってきたロナルドさんを脅し……お願いして取り付けた。これ見よがしに着いた溜息に怯えるロナルドさんには、少し気分が良くなった。自尊心というか、畏怖欲というかが、こう、ね。
戻って現在。
私はいつもなら選ばないような軽い生地淡い色の短いスカートを揺らしながら歩いている。いつもは家族と並んで違和感がないような服を選びがちなのだが、今日はとにかく私のイメージを可能な限りお兄様から遠ざけなければならない。もちろん、デートの特別感を演出する意味合いもある。
どこかソワソワとしているロナルドさんの左手を右手で捕まえて、しっかりと指を絡ませる。驚いて逃げていこうとしたので不機嫌な顔をして手に力を込めると、ロナルドさんは恐る恐る握り返してくれた。そう、それでよいのです。私が微笑むと隣の少し高い位置にある肩から力が抜けた。
「それで、これはどこに向かってるんですか……?」
「なぜ急に敬語なんですか?」
私がクスクスと笑いを零すとロナルドさんはまたオロオロとした。それにしても緊張しすぎではなかろうか。
私も散々デートに行きたいと言ったし、ついでにお兄様にも発破をかけて貰った。それが効きすぎたのだろうか。「そんな格好でエリーのエスコートをするつもりか」とかなんとか言って服の監修にも着いたらしい。これについて私は「私服ロナルドさんレア格好良い!お兄様ありがとう」という気持ちと「なぜ格好良くしてしまうんですか!私も緊張しちゃうでしょ」という気持ちで半々である。
「まずはご飯でも食べに行こうかと。ほら、もう着きますよ」
今日のデートはもちろん私のプランニングである。ロナルドさんに任せるとろくな事にならないだろうというお兄様のアドバイスで、私が行きたいところに連れていくことになっている。時間的にもちょうどご飯時なので吸血鬼用と人間用、両方扱っているお店に入る。このお店の選定も実は手間取った。デートに来た雰囲気があり、かつ、お洒落過ぎてロナルドさんが萎縮しない品の良い店という条件だったためだ。「私が行きたいところ」なんてものは端から建前と化している。
「あっ、ここ来たことあるぜ!ロナ戦のデート企、かく、で……」
入ったことのあるお店に安心したのか、途中まで意気揚々とした声だったが、私が睨んでいるのに気がついて言葉尻は殆ど消えていた。ちなみに、ロナルドさんが来たことあるのは知っている。むしろそれが選定理由なのだ。来たことある場所なら少しは緊張も和らぐだろうという。
しかし、デート中にしてよい発言ではないだろう。私は色々な意味で厳しく積極的にすることにしたのでここで甘い顔はできない。
「ロナルドさん、今私とデートしているの本当に分かってますか?」
意識して低い声を出す。それでも本当に怒っているのとは程遠い。精々拗ねている程度である。だが、前に私が怒って帰ったのが余程堪えたらしいロナルドさんにはとても効果がある。
「すいません……。でも、あれは仕事で、相手も半田のお母さんだったから……」
しょぼしょぼとした様子で言い訳をするのを見ていると許したくなってしまう。けれど、こういうところではっきり言っていかないと、この人はいつまで経っても私があなたの事を好きだなんて分からないだろう。
「だとしても、です。デート中に他の女の人との話なんて聞きたくないです。分かりますか?」
ロナルドさんの正面に回って、繋いだ手を見せつけるように持ち上げる。しっかりと視線が着いてきているのを確認してから自分の手の甲に軽く口付けると、ロナルドさんがびくりと揺れた。
「はい」
真っ赤な顔のまま紡がれた消え入りそうな返事に、私は満足して頷いた。
「こんなお店の前ですることではありませんでしね。早く入りましょ」
私も今更ながら照れが出てきて、誤魔化すように腕を引いた。
もうあと一歩で店内という、まさにその時、後ろから声が掛かった。
「待ちなさい、そこのアベック!」
アベックって死後では?まさか私たちのことではないだろうなと思いながらちらりと後ろを確認すると、ばっちり目が合ってしまった。アコースティックギターを抱えた女性がこちらを睨んでいる。
どうしよう、まだ見なかったことに出来るだろうか。ロナルドさんを窺うと顔に今はやめて欲しかったと書いてあった。よし、見なかったことにしよ。それが二人のためだ。何事も無かったかのようにお店に入ろうとしたのだが、流石にそうはいかなかった。
「待てっつってんだろ!そっちの男、退治人だな!見たことあるぞ。私を放って置いていいのか!?ここにいる女たちがどうなっても知らないぞ」
手を引いてもロナルドさんが動かなくなった。仕方がない、か。
「お前、何をするつもりだ!」
ロナルドさんが声を荒らげる。もうすっかりお仕事モードだ。邪魔をする訳にもいかないので、握った手から力を抜くと、するりと左手は離れていった。私より一歩前に出た彼に悟られないよう、小さく溜息を着く。
「我が名は吸血鬼わかれうた唄い!」
女は名乗りに合わせてギターを掻き鳴らした。
「吸血鬼わかれうた唄い!?」
「何はともかく、ここにいる皆さんには一曲聞いて頂こう!」
女が唐突に、いやもうずっと唐突だが、とにかく弾き語りを始めた。ギター上手いな。
いやなんだその歌詞、怖っ!歌い出しのインパクトが凄い!!
しかし、私が正気でいられたのもワンフレーズ聞いたあたりまでだった。
歌を聞いているうちに悲しくて仕方がなくなってくる。そう、気が付けばひとりになっている、ロナルドさんも離れていってしまう。私なんて捨てられるのだ。そういう思いが飛来して、頭がそれでいっぱいになってしまう。
「なんだ?何も起こらないぞ」
ロナルドさんが怪訝そうにしている。彼にはこの能力が効いていないらしい。冷静な部分でそう分析している私は確かにいるのに、とにかく悲しくて惨めでどうにもならなかった。
「や、いや、捨てないで……」
気付けばロナルドさんに縋っていた。思いっきり抱き着きたいのに、振り払われるのが怖くて服の裾を握り締めるのに精一杯だ。しかし、もっと近付きたくて広い背中に額を付ける。ボロボロと涙が溢れてきて、こんなことをしても困らせてしまうから泣きやもうと思うのに止まらない。
「エ、エリさん!?!?」
ロナルドさんが慌てて振り返り、泣いている私を見てギョッとした。
「テメー、エリさんに、いや、ここにいる女性たちに何をした!!」
私が働かない頭で周囲を見渡すと、路上に疎らにあった人影のうち女性だけが地面に蹲ったり、項垂れたい、泣いたりしている。女のほうに注意を向けながら、庇うように私の背に腕が回される。私が気に掛けられているのが分かると、少し悲しいのが緩和された。
女は曲が間奏に入ってから話し始めた。当たり前だが、歌っている間は話せないらしい。
「私は自分の歌を聞いている女に自分の感情を押し付けることができる!ここにいる女には、私が今感じている5回目の失恋の痛みを感じて貰っている!!」
「失恋!?それは、お気の毒だが、なぜそんな事を……」
「もちろん、私がこんな思いをしているのに楽しそうにしているアベックがいるのが許せないからだ!!!」
「何を堂々と!いくら自分が辛くたって無関係の人を巻き込んでいいわけねぇだろ!!今すぐに殴ってでも止めてやる」
ロナルドさんが私から離れていこうとしたため、思わず抱き着いて止めてしまった。
「やだ、いかないでぇ」
今の私にはロナルドさんが離れていくことが怖くて仕方がなかった。
「殴りに来れるものなら来てみるといい!それはつまりそこで泣いて縋っている彼女を振りほどいてくるということだろう!?幸せそうな顔してたやつが真に私と同じ境遇の女になるなら殴られがいがある!」
女は勝ち誇った顔をしている。しかし、なんというか、全てにおいて戦う前から負けてないかそれ、という気もするが。
「くっ、それならエリさんを連れたまま……」
ロナルドさんが私を連れて女に近付いた。すると、また涙が溢れてくる。なぜか先程よりも更に悲しみが強くなり、どんどん私のなかの余力が奪われているのが分かる。ただただ悲しい、それしか分からなくなる。
「おっと、それは止めたほうがいい。私に近付けば近付くほど能力の効果は大きくなる。もうそんなに泣いているのにこれ以上は可哀想だろう?」
女は陰気に笑ってから、また歌い始めた。どうやら間奏が終わったようだ。ロナルドさんは悔しそうにしている。
私が手を離せば、全て解決する。そう分かってはいるのに、とても出来そうにない。出来そうにない、けれど、もしロナルドさんが私のところに帰ってくると約束してくれるなら、私たちの関係を
「ロナ、ルドさん」
泣きすぎてつっかえながら話した声は酷いものだった。
「エリさん!?悪い、すぐにどうにかするからっ」
何も悪いわけではないのに申し訳なさそうに眉を下げている顔を見る。あぁ、やはり私はこの人が――。
「好きです」
「へァ!?」
私の突然の告白に分かりやすく体が揺れた。そんなに驚くことだろうか、とも思う。状況が状況だが、流石に意外ではないはずだ。可笑しくて笑うと、その拍子にまた涙が零れた。
「ロナルドさんのことが好きです。LIKEではなくLOVEです。だから今、ロナルドさんに離れていかれるととっても悲しいし、怖いです」
鈍感なあなたにも分かりやすいように、逃げ道もきちんと潰して伝える。同じように自分の退路まで絶っているけれど、それはもう今更みたいなものだろう。
「エリさん……」
ロナルドさんが痛ましいような嬉しいような複雑な顔をした。恐らく両方だろう。よかった。やはり結構勝率の高い賭けだったじゃないか。
「でも、私、ロナルドさんの気持ちが聞けたら、頑張れるかもしれません。言葉を、ください」
私にここまで言わせたのだから、今度はあなたの番だ。そう思いながら、真っ直ぐに瞳を見つめる。上気した頬の上で昼空色のそれが揺れている。私はまだ泣いているけれど、彼だって今にも泣きそうだった。おかしいな、能力は効いてないはずなのに。
感情のやり場に困ったみたいに私をぎゅっと抱き締めて、ロナルドさんは話し始めた。嬉しいけれど、顔を見せてくれないのは少し狡いなぁと思う。
「俺は……俺もエリさんのことが好きだ。たぶん結構前から。だから今日だって凄く緊張したし、この前怒らせて出ていかれたときは本当に怖かったんだ。俺、あんまりそういう機微に聡くないし、これからもいっぱい怒らせちまうかもしれないけど、でもやっぱり、傍にいて欲しいよ。……俺と付き合ってください」
少し震えている声があまりにも真摯だったので、私は眩しくて目の前がくらくらした。涙はなんとか止まっていて、今度は間違いなく笑うことが出来そうだ。
「……はい」
自然と指から力は抜けていた。ロナルドさんは少しはにかんで、ゆっくり体を離していく。私の様子を窺っているのだろう。私はこれが身を裂かれるほどってことなんだろうなと思いつつも、笑ってみせた。その眼差しが確かに私のことを大切だと言っているので、辛いけど耐えられると思った。
二人の間にそこそこ距離ができたところで、ロナルドさんは一度止まって迷うように目をさ迷わせた。そのあと、なにか納得、あるいは覚悟するように一つ頷いて私の口の上に右手を当てる。大きな手にしっかりと口を覆われながらわたしが訝しげにしていると、ロナルドさんが急接近してきて手の甲、ちょうど私の唇の上辺りにキスを落とした。
えっ、なにそれ……。
私が驚きに固まっている間にロナルドさんは走り出して、ギターの女を殴っていた。なんだかとても睨まれていた気がするが、正直なところそれどころではなかったので分からない。
私が茫然自失としている間にすっかり悲しくなくなっていて、気付いたときには満面の笑みを浮かべたロナルドさんが照れくさそうに左手を差し出していた。ので、私はとりあえず右手をしっかり繋いでおいた。
「ねぇ、ロナルドさん」
繋がれた手を楽しげにユラユラと揺らす隣の彼を見る。うーん、私が言うのもなんだが、この世の春って感じだなぁ。
「なんだ?」
声も聞いたことないくらい明るい。
「大好きです」
しかし、きっと私もそう変わらないのだろうな。
ロナルドさんは何度か瞬いたあと、笑みを深めた。
「俺も」
たった三音が酷く甘い。
吸血鬼 わかれうた唄い
弾き語りが上手な恐るべき高等吸血鬼
【本名】 美嶋幸(みしまさち)
【身長 】160cm
【誕生日】 5/2
【血液型】 不明
【能力】 自分の歌を聞いた対象に共感させる
【趣味】 弾き語り、路上ミュージシャンを採点
【備考】 男運が悪いし、見る目も無い
アベックにく美とは仲良し(腐れ縁)。
まだ大きくなれば普通に彼氏とかできると思っていた無垢な頃を親しく過ごす。その後、わかれうた唄いに彼氏ができて仲が悪くなるも、その彼氏がどクズで破局、またつるみ出す。わかれうた唄いに彼氏ができる度に絶交、ろくでもない男で破局、友達に戻るを3回ほど繰り返したあと、アベックにく美が男運の無さを見込んで憎まないでよいカップル判定が下すようになる。以降、互いに「コイツよりはマシ」だと思いながらも友達を続けている。
メンバーが2人しかいないグループRINEがある。名前は「幸せそうなアベックの死を祈る会」
好きな歌手は、中島〇ゆきとさだ〇さし。