君のワガママは全部聞いてあげたい   作:三月ウーナン

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8巻突入
箸休めにクッキーをどうぞ


私と彼女とクッキーと

 本棚と本棚の間を歩く。手にはずっと気になっていたけれどなかなか手が出せずにいたシリーズものの小説を抱えて、今はレシピが置いてある棚を目指していた。

 それにしても、大きな書店というのは不思議と心躍るものだ。真新しい未知に溢れているからだろうか。今まで紡がれ蓄積されてきたものの現状、あるいは最新がこうして形になっているのを見ると前向きな気持ちになれる。

 たどり着いた並ぶたくさんのレシピの前で私は唸った。さて、どんなものがよいだろうか。料理上手な兄と同居している恋人を持つと大変だ。その恋人にニンニクは直々に却下されてしまったため、前と同じ手は使えない。頭を悩ませながらも、私は確かに浮かれていた。決め手に欠けるまま歩いているうちにレシピがお菓子作りのものになってしまった。しかし、お菓子もありかもしれないと適当に一冊手に取ってみようとしたところで、同じ本に伸ばされている手に気が付いた。

 特にこだわりがあったわけではないので、一声かけて譲ろうと振り向くと、見覚えのある赤毛が目に入った。今日は非番なのか吸対の制服ではないようだ。

 

「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 

 浮かれていた気持ちが少し下がったのを自覚しながら、当たり障りのないよう取り繕った。

 

「ん?エ、エリさんか!こんばんは」

 

 私に気付いたヒナイチさんは、伸ばしていた右手を隠すように引きながらぎこちなく挨拶した。明らかに怪しい。ここまで怪しいと逆に聞いて欲しいのかと思うほどだ。

 

「こんばんは。ヒナイチさんも料理されるんですね」

 

 先程とは違う意味で楽しくなってきた。何を隠しているのか知りたい。あわよくば弱みなど掴みたい。特に何か危害を加えるようなことをするつもりはないのだが、妬みはあるので。

 

「しない!料理なんてぜんぜんしないぞ!」

 

 全力で否定された。嘘が下手なのだろうか。しかし、普段あまりしないのは本当そうだ。手を伸ばされていたレシピが初心者向けなのは確認済みである。

 

「普段料理をしないけれどお菓子のレシピを探している……プレゼントですか?」

「ちん!?」

 

 私がさも悪気がないような風に問うと、ヒナイチさんは明らかに動揺した。擬態語でいうとギクリという感じだ。

 

「そうですか、プレゼント。相手はどなたですか?ご家族?ご友人?職場の方?ロナルドさん、ジョン、お兄様……」

 

 名前を上げながら反応を見る。分かりやすいな彼女。本命はお兄様で事務所一同に、といったところだろうか。

 

「なるほどなるほど」

 

 私が納得しながら頷いていると、彼女は誤魔化すのを諦めたようで泳がせていた視線を真っ直ぐに私に向けた。

 

「実はドラルクたちにクッキーを作りたいんだ。いつも世話になっているし日頃のお礼にと思ってな」

 

 うーん、それならギリギリ許容範囲だ。ロナルドさんが本命で、それが恋愛感情を多少なりとも含むなら全力で邪魔するつもりだった。

 

「お兄様にクッキーとは、なかなか攻めますね」

「ん?そうか?」

 

 あまり分かっていない様子で首が傾げられる。

 

「だってお兄様、料理が趣味なのに食事にあまり興味が無いでしょう?」

 

 ヒナイチさんは思いもしなかったようで驚いた顔をした。彼女には食べることに興味が薄いという発想がなかったのかもしれない。

 お兄様はあれで本当に料理は上手だ。しかも食べるほうにはあまり興味がない。栄養にならないにしたって娯楽として人間と同じものを食べる吸血鬼もかなりいるが、お兄様はどちらかというと何にもならないのに食べるのは勿体無いと感じるほうだ。恐らく味覚も鈍い。鈍いというか、栄養にならないものを美味しいと感じられないのだと思う。私もその点は似たり寄ったりで、だから料理は得意とは言い難い。私には味見役(ジョン)もいないので余計にだ。覚えた料理をレシピ通りに作ることは出来るのだが、応用は利かない。

 

「そう言われると、食べているところを見た覚えがほとんど無いな。クッキーなら誰が貰っても嬉しいだろうと思ったんだが……」

 

 どうやら悩ませてしまったようだ。プレゼントは相手に喜んで欲しくてするもの、というのが基本であると思う。なのでそれが覆ってしまうと悩みもするだろう。

 ふと、彼女にクッキーを貰ってお兄様は本当に嬉しくないのだろうかと考える。嬉しくないことはないだろうな、というのが結論だ。結局貰う側にしてみれば、なんだかんだ言ったって気持ちさえ篭っていれば嬉しいということも多い。仲の良い間柄であればあるほどそのように思う。

 

「ヒナイチさんはどうしてクッキーにしようと思ったんですか?確かに定番のお菓子で、贈答用としても作る難易度にしても向いているかもしれませんが、それは決め手にはならないでしょう?レシピを見る前からクッキーにしようと決めていたくらいなんですから」

 

 大切なのは気持ちだとして、その気持ちはどんなものなのか聞いてみたいと思った。お兄様にクッキーをプレゼントする人、というのに興味が出たとも言う。

 

「深い理由があるわけじゃないんだがな。私はクッキーが好きなんだ。特にドラルクの作るクッキーがとても好きで、よくご馳走して貰っていて嬉しいから、同じものを返したいなと思ったんだ」

 

 照れたように頬を掻きながら、彼女は笑った。本当にお兄様のクッキーが好きで、だからこそ相手に喜んでもらうためのものとして頭に浮かんだのが手作りクッキーだったのだなと伝わってくる。

 

「しかし、ドラルクが好きじゃないなら今回は違うものにしようと思う。そもそも初心者の私では、ドラルクのようにはいかなかったろうしな」

 

 そう言うヒナイチさんは少し残念そうに見える。

 

「いえ、クッキーにしましょう!」

 

 私は気付けばそう答えていた。だって今の彼女の話しを聞くと、お兄様が貰ってクッキー以上に嬉しいものがあるとは思えないのだ。彼女のクッキーにはあまりにも純粋な好意と感謝が詰まっていて、例え味が消しゴムだったとしてもこれに勝るものはないと思う。なので是非とも、彼女の手作りクッキーがお兄様に渡ってほしい。

 

「味に興味がないのなら見た目を凝ればいいし、拒否感がなければ私が吸血鬼用のレシピも教えます。お兄様が喜ぶクッキーを作りましょう!!」

 

 気持ちが大切とは言ったって、渡す側にしてみれば貰って嬉しいものをあげたいのだ。喜ばせたいという気持ちはそういうものだと思う。

 

「ヒナイチさん、この後はお時間ありますか?」

「あ、ああ。今日は一日休みだが」

 

 突然テンションが上がった私に戸惑いながらも彼女は返事をする。

 

「ならこれから作りましょう!こういうのは練習あるのみですよ。まずは材料を買わないとですね」

 

 私は抱えた小説に先ほど結局二人とも手に取らなかったレシピ本を加えてレジへ歩き出す。そのあとをポカンとしたヒナイチさんが慌てて着いてきた。

 

「おい、そんな突然……。それにエリさんにそこまでしてもらう訳には」

 

 遠慮するようなことを言うので私は立ち止まって振り返った。

 

「あっ、そうです!私のことはエリって読んで下さい。お兄様が呼び捨てで私がさん付けなのも変ですし。その代わり私もヒナイチ……ヒナ……、そうですね、ヒナちゃんって呼んでもいいですか?」

 

 楽しい気分のまま、ほぼ決定事項として確認をとる。私だってこれでかなり我が道をゆくタイプだ。遠慮なんかで止まると思わない方がよい。

 ヒナちゃんは今日一番驚いた顔をしていた。

 

「それは構わないが。私はてっきりお前には嫌われているものだとばかり……」

 

 今度は私が驚く番だった。気付かれていないのだと思っていたのだが。しかし、嫌われていると思いながらも今まで友好的に接してくれていたのか。よく出来たひとなんだな。

 

「少し複雑に思ってはいましたけど、嫌ってはいませんでしたよ。今はお友達になりたいと思っています。なので手始めに一緒にクッキーを作りましょう?それで今日はお茶して、いっぱいお喋りもしましょう」

 

 首を傾げつつ、断られるなんて思わない。きっと仲良くなれると思うのだ。相手だってそう思っているはずと信じている。

 好意には基本的に好意で応えたいと思うものだ。私はこんなにお兄様を好いてくれるひとなら仲良くなりたいと思ったし、彼女も邪険にはしないだろうと打算もある。もともと私が一方的に気に食わなかっただけで、私を嫌う要素なんて無いはずだし。ロナルドさんに恋愛感情は欠片も無さそうと判断した今、その不快感もかなり減った。

 

「なんだそれは。しかし、分かった。これからよろしく、エリ」

「はい、よろしくお願いします。ヒナちゃん」

 

 どちらともなく、二人から笑顔が零れた。




「クッキー作りを手伝うのは構わないが、レシピがあるなら見せてもらっても?」
「もちろん、構わないぞ。これだ」
「あれ?これはまた随分と懐かしいレシピだ。それにこの字ってエリーのだよね?」
「そうなんだ。エリにレシピを教えて貰ってな。二人で作ったときは上手くいったんだが、いざ一人で作ると失敗してしまって……」
「(呼び捨てになってる……。)いつの間にそんなに仲良くなったんだい君たち。前まで少しギスギスしてたろう」
「友達になったんだ」
「へぇ、そうなの。……妹のことよろしくね」
「ああ!」
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