君のワガママは全部聞いてあげたい   作:三月ウーナン

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童貞を殺すセーターって昔流行りましたよね


月は綺麗ですか?

 夜も更けてしばらく、ロナルド退治人事務所には私とジョンとへんな君だけが残されていた。もともとはロナルドさんもお兄様もいたのだが、ロナルドさんがまず退治人の仕事に出掛け、お兄様もオータムに呼ばれ(異空間に連れ去られ)たので結果的に残ったのがこのようなメンツだった。

 

「見て分かっていただけたとは思うのですが」

 

 私はお菓子とお茶の並んだテーブルに肘を着き、手を組む。

 

「由々しき事態なのです」

 

 声に深刻さを感じたのか、それともロナルドさんを見て同じように思ったのか、一人と一匹は真剣な顔でこくりと頷いた。

 

「恐るべき童貞力ですね。1ヶ月は経ったことですし、ABCどこまで進んだのか聞こうと思っていた私がバカでした」

 

 へんな君にここまで言われるようでは終わりでは?という気もするが、実際そこまで酷いのだ。

 

「ヌーン」

 

 ジョンも庇ってあげたいが流石にこれは擁護できないようである。

 

「はい。ABCどころではありません。この1ヶ月まずまともに会話が成立していません」

「ヌェッ」

 

 思わずドン引きの声を上げられている、私の恋人のことを思う。ロナルドさんとお付き合いが始まって1ヶ月。私は彼とまともに話すことさえ出来ていないのだ。

 

「告白されたときは会話も出来ていましたし、スキンシップだって普段よりしていたくらいでした。でも、一晩経つともうダメだったらしくて。それ以来ずっとあの調子なんです」

 

 ロナルドさんが実際どのような様子なのか具体的には、私が視界にいる間は常に落ち着きなく挙動不審で、いざ話そうとすると内容がギリギリ分からないくらい吃り、ついでに音量調節がおかしくなっているのか耳が痛いほどの大声か聞こえないくらいの小声だ。ちなみに、私が触れようとすると飛び跳ねながら距離を取られる。

 

「端的に言ってヤバイですね」

 

 へんな君が真面目な顔して話していると、今の状態のおかしさが突きつけられてくる。私と話しているのに過去最高に会話がまともに成立している。

 

「ヤバイです。ロナルドさんが緊張しているのは分かるので慣れるのを待つつもりだったのですが、この調子ではいつになることやら」

 

 最初こそ、まぁ意識されないよりはいいかなと軽く構えていたのだ。女性に慣れていないのは分かっていたし、私の一挙一動に振り回される様を見るのは悪い気分ではない。しかし、一ヶ月経ってこれは問題だ。やっと想いが通じた好い人なのだ。もっとお話したいし、触れ合いたい。この賑やかな町でお兄様たちだっているというのに、最近はなんだか無性に寂しくてしかたなかった。

 

「なので、そろそろ強行手段に出ようと思うんです」

「ほう、具体的には?」

より強い刺激で一回殴って(よりエッチな格好で接して)おけば、普段の私は大丈夫になるのではと思いまして」

えっ、逆効果じゃ……(ヌェッ、ヌヌヌヌヌヌ……)

「そうなる可能性もあります。でも正直なところ、私も我慢の限界というか……。理由はどうあれ私のこと蔑ろにしているのに違いはないと思うんです。それって許されなくないですか?恋人なんですよ?」

 

 私みたいな可愛い女の子を捕まえておいて、放置とはどういう了見なのだ。彼はもっともっと私に尽くすべきだし、私だって彼にしたいことがたくさんある。

 

「なので、とびっきりの装備をお願いします」

 

 私が絶対にロナルドさんをので悩殺してみせるという決意のもと声を出すと、へんな君は居住まいを正しながら真剣な顔をする。……メキメキしているので分かりにくいが居住まいを正したのだと思う。

 

「それを私に頼むとは、つまり『覚悟』がおありなんですね?」

「もちろんです」

「いいでしょう、承りました。しかし本来、性癖とは十人十色。裸体に一つ足すものは何か、たったそれだけの問の答えを出すことさえ哲学のようなもの。その中で最強の装備を求めるとは、何と業の深いことでしょう。これは厳しい戦いになります。3日、いや1日ください。必ずやロナルドさんを殺せる装備を用意してみせます」

「お願いします。へんな君ならやり遂げられると信じていますよ」

「……ちなみに着ているところ見せてもらえたりは?」

「ダメに決まってるでしょう?調子に乗らないでください」

「ですよね」

「でも、私が着ているのを想像するくらいは許してあげます」

 

 私はテーブルから身を乗り出して、グッとへんな君に近付く。かなり原型からおかしくなってきた彼の瞳を至近距離で見つめる。

 

「できますね?」

 

 挑発的に、しかし声を潜めて言い聞かせる。仕上げとばかりに口角を上げると、平常よりかなり濃い色をした彼から消え入りそうな声が零れた。

 

「ひゃい」

 

 私は満足して頷き、ソファに座り直す。ジョンが困惑気味に私とへんな君を見比べているのには気付かないフリをした。私は決して焦って迷走なんかしていない。してないったらしてない!

 

 

 

 その三日後、私は鏡の前で少し後悔していた。

 認めよう、私はどう考えても焦ったすえ迷走している。

 この裸の方がまだ恥ずかしくないのでは?といった有様の服を着てロナルドさんの前に立つと?私にも羞恥心はあるが?彼に頼まれて着るなら吝かではないが、自主的にこれを着るのはもはや痴女なのでは?

 鏡に写った私はタートルネックのセーターを着ている。ノースリーブで丈は長めだ。もちろん、それだけではない。後ろが尾てい骨のあたりまで空いており、背中どころか脇と胸の防御力までない。ついでに前面にもちょうど谷間が見える辺りに穴が空いている。所謂、童貞を殺すセーターと呼ばれるような服だ。

 とりあえず着てみたものの、もう脱いでなかったことにしてしまおうかという思考が鎌首をもたげる。しかし、何もせずに今の状況が改善するのか、またそれを私が待てるのかというと望み薄なのは確かだ。

 鏡の前で一つ深呼吸をする。そこに写る私は不安げな顔をしている。

 

「……よしっ」

 

 やってやろうじゃないか。

 ロナルドさんに目に物見せてやる。

 軽く両頬を叩いて気合を入れる。迷走だろうがなんだろうが、現状を打破する可能性があるのならそれでよい。

 怖気づかないうちにとお兄様に連絡を取ればちょうどよく事務所にはロナルドさんしかいない様子。そのままロナルドさんに今から向かうことも連絡する。脱いでしまうともう一度着る勇気が出るか分からないのと、事務所では着替える場所に困るので着たまま向かおう。下はスキニーを履いて、上着の前をしっかり閉じる。これで一見、私がすごい格好をしていることは分からないだろう。なんだかコートの下は全裸の露出狂じみているな、と頭を過ったが考えないことにする。こういう時は冷静になったら負けだ。

 すっかり慣れ親しんだホテルのドアに鍵をかける。鍵をしまおうと思ったところで鞄を忘れたことに気付いたが、そのままにした。スマホだけは持ってきているのでなんとかなるだろう。

 普段は感じることの無い上着の布地を素肌に感じながら、事務所に向かう。妙にソワソワしてしまっていけない。

 歩き慣れた道を挙動不審気味に行き、あっという間に到着である。

 

「お邪魔します」

 

 ここまで来ておいて会いたくないような気持ちになりつつも、小さく声をかけながらドアを開く。そこに人影はなかった。どうやら奥にいるらしい。落胆なのか安堵なのか分からないまま息をついて部屋に入る。

 さて、ここまで来て今更日和るなんてことはもちろんしない。しないが、勇気は必要なので改めて深呼吸をひとつ。本人の目の前で上着を脱ぐのと今脱いでしまうのではどちらがマシか考えて、今脱いでしまうことにする。脱いだ上着を手に持ってドアノブを掴む。ちなみに先程連絡を入れたので鍵は開けてくれている。ロナルドさん本人が出迎えに来るというのはまだ無理そうなので最近はこんな調子だ。

 ドアノブをしっかりと掴んだまま少し精神統一して(躊躇って)いると、中から騒音と悲鳴が突然響いた。

 私は上着を放り出して何を悩んでいたのかも忘れ、音がした方に走り寄る。おそらくキッチンの辺りのはずだ。

 見当をつけた通りの場所で彼は尻餅をついていた。

 

「ロナルドさん!」

 

 パッと見で何か不味いことになっている様子はないのを確認して、周囲を見る余裕ができる。彼の頭上の棚の戸が開いており、周囲には入っていたらしきものが散らばっている。その中に紅茶缶とセロリの玩具を見つけて少し状況を察した。

 大方、お茶を淹れようとしていたところを埋まっていた不発セロリトラップにでも襲われたのだろう。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 安心と呆れと愉快さでなんだか笑えてきてしまう。

 ロナルドさんの顔が上がって目が合う。

 

「あ、エリさっ、キャアーーーーー!!!」

 

 途端、顔を真っ赤にし乙女のような悲鳴を挙げられてしまった。その様子を見て私はやっと自分の今の服装を思い出した。

 

「いや、違うんです!いえ違くないんですけど、その、これは」

 

 誤魔化しながらここまで来たが、いざこういう反応をされてしまうとやっぱりとてつもなく恥ずかしい。何か言い訳をしようとして、しかし何も思い付けなかった。

 ロナルドさんが腰をついたまま後退ろうとする。その動作に混乱した私の頭はついカッとなって、隠していた気持ちが零れだしてしまう。

 

「逃げないで!」

 

 言葉にしながら、むしろそれよりも速く、逃がさないように実力行使に出る。抱きつこうとして勢い余って押し倒し、二人して床に転がることになった。彼の胸元辺りに乗り上げている状態だ。

 

「ヒェッ」

 

 すぐ頭上からか細い悲鳴が聞こえたが、今更意に介すことはない。

 

「逃げないでください。……ロナルドさんは嘘つきです。私にそばにいて欲しいって言ったのに、どうして逃げるんですか?私、言いましたよね、ロナルドさんに離れていかれると悲しいし怖いって。……平気なフリしてましたけど、ずっとずっと悲しいんですよ」

 

 未だ混乱の抜けきらない顔を睨みつけて、しかしなんだか視界が滲んできてしまったので慌てて胸元に顔を押し付ける。彼が息を呑んだのが分かった。

 

「エリさん、俺、」

 

 私の背後でロナルドさんの両手がウロウロしている。背面にほとんど布地がないので手を回そうにも置き場所に困っているらしい。ヘタレめ、と内心毒づきながら右手で左手を捕まえ、背中に触れされる。

 

「ぎゅってしてください。それで許してあげます」

 

 そこまで言って、やっと両手が回される。強く抱き締めて欲しかったのだが、腕にはほとんど力が入っていない。私のことを壊れ物か何かだと思っているのだろうか。

 しかし、素肌に触れる温かい手がくすぐったくて、悪い気はしなかったので良しとした。

 

「エリさん」

 

 この状況なのに声には恋人らしい甘さなど無く、ただ叱られた子供のような響きをしていた。

 

「ごめんなさい」

 

 本当に悪いとは思っているのだろう。ただ、これではまだまだ前途多難そうだ。

 

「次はないと思ってください」

 

 あたかも怒っているような声を出しつつ、次もどうせ許してしまうのだろうと惚れた弱みを実感している。こんなはずではなかったのになぁ。コクコクと頷く彼が可愛くて仕方ないので、どうしようもない。

 不意に背中が撫でられた。どうやら身動ぐ拍子に動いたらしい。

 

「んっ、くすぐったいですから撫でないで」

 

 そう言って彼を見ると、今更状況を思い出したようで顔を真っ赤にして明後日の方向を向いていた。

 

「そ、そういや俺、ファッションとかよく分かんないけど、これはちょっと」

 

 また音量調整がおかしくなり始めた。

 

「流石に私も普段着にはしないですよ。これはへんな君にオススメしてもらって」

 

 ロナルドさんを悩殺できる服を紹介してもらったという背景は飲み込んだ。恥ずかしいので。

 

「は?」

 

 彼はいやに低い声を発して少し固まったあと、今度は無言で私の服を引っ張り出した。

 

「ちょっと!何するんですか、ギリギリなんですから見えちゃいますって!!」

 

 慌てて胸元を抑えると、ロナルドさんは手を離した。

 

「悪い、そんなつもりじゃ!ただちょっと脱がせたいと思っただけでっ」

 

 また赤い顔に戻って目線を泳がせる。忙しいことだ。……美人の真顔、少し怖かったので安心する。

 

「脱がせたいって、私に裸になれっていうんですか?ロナルドさんのえっち」

 

 戸惑い半分、からかい半分で口にすると彼はますます慌て始めた。

 

「はだっ、いやちがっ。へんなのやつがすすめた服を着てるのが嫌だったっていうか」

 

 ……ほほぅ?

 

 恐らく自分が何を言っているのか、何を思ったのかすらよく分からないままの彼を見上げる。私は自然と口角が上がるのが分かった。

 

「分かりました。早急に着替えましょう」

 

 私の言葉に嬉しいと残念を7:3くらいで顔に浮かべている。実に正直なことである。

 

「でーも!」

 

 声を張り上げると彼は私の下でビクリとした。

 

「次、私から逃げたら、この服を着て撮った生写真をへんな君に贈ります。彼はとっても貢献してくれましたからね?ご褒美は必要でしょう」

 

 ロナルドさんが今度は青褪める。

 ちなみに実際のところそんなものがへんな君の元に渡ることは絶対にない。

 

「そんなことになったら……」

「なったら?」

「へんなを殺して俺も死ぬ」

 

 覚悟を決めた顔で彼はそう言った。私は落胆を隠しきれない。隠す気は微塵もなかったが。

 

「もう!どうしてそこでへんな君と心中するんですか!私と死ぬくらいのこと言ってくださいよ!!」

 

 どこまでヘタレなのだ。惚れた弱みと言っても限度があるのだぞと言ってやりたくなる。

 

「えっ!?そんな、エリさんのこと殺すなんて俺にはとても……世界の損失になってしまう……」

 

 ズルいなぁ。嬉しくてなってしまうじゃないか。私はたったひとりの一番が欲しいのに、そんなことを言うんだもの。

 

「あなたになら、私は……あ」

 

 言うつもりのない言葉が滑り落ちる前に、気付いた。いよいよキャパオーバー気味の彼の鼻から血が垂れている。本人はそれどころではなくてまだ分かっていないらしい。

 

「え?」

 

 唇の上まで落ちてきた血を彼が気付いて拭うより一瞬早く、私はそれを舐め取った。

 何が起きたのか分からないまま少し間抜けな顔をしている。もう一回唇に垂れてくるまでこのままだったら、次も舐めて今度はそのままキスしてみようと企んでみる。

 惜しいかな、その前に気が付いたようで、勢いよく自分の口を抑えた。かなりいい音がしたが痛くないのだろうか。

 

「!?!!?!?」

 

 無言のまま混乱する彼を眺める。好きだなぁと思った。少し悔しい。

 

「ロナルドさんのバーカ」

 

 早い心音の上に寝そべって、溜息をついた。




あなたになら、私は、殺されたっていいのに

【エリー】力むと空回りしがちな吸血鬼。普段着もかっちりクラシカルめ。付き合う相手に露骨にファッションが影響されるタイプ。

【へんな動物】女攻めブーム到来の吸血鬼。自分の服より女性の服のが詳しそう。童貞を殺すセーターを知っているという作者からの信頼。

【ロナルド】据え膳に気付かない退治人。TPOの概念はあってもセンスはない。必要なときには誰かしらが監修に付く。
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