君のワガママは全部聞いてあげたい   作:三月ウーナン

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その体温が馴染むまで

「お邪魔しまーす」

 

 今日も今日とて勝手知ったる恋人の家へ上がり込む。事務所の扉を開けると室内は静けさが広がっていた。お兄様とジョンが三日ほど出掛けているので、賑やかさがどうも足りない。

 しかし、ロナルドさんはいるはずなのだがと姿を探すと、デスクで突っ伏していた。パソコンは立ち上がったままで、ロナ戦の原稿らしきものが映し出されている。書き上げてそのままここで力尽きたらしいが、どうも快適では無い様子で眉間にはシワが寄っている。これはこれで可愛らしいが、起こしたほうが良いだろうと肩を揺する。

 

「ロナルドさん、寝るなら向こうにしましょ。体痛めますよ」

「ん、エリ?」

 

 わぁ呼び捨てだ珍しい、と少し掠れた声に感想を持ちながら寝惚けた彼の頬をつつく。頬に残るこの線は何の跡だろう。服のシワかな。

 

「はい、あなたのエリですよ。お仕事お疲れ様です」

「仕事……あっ、原稿は!!」

「私が来るって連絡したとき、今終わったって言ってましたよ」

「そうだったぁ〜、良かった」

 

 ロナルドさんは慌てて起き上がったあと安堵に息を着く。私はそれに忍び笑いをした。

 

「もうちょっとゆっくり寝ますか?今なら膝枕が付きますよ」

 

 自分の太腿を軽く叩き言うと、ロナルドさんは若干朱が差した顔で唸る。

 

「いや、せっかく来てくれたのに寝るのは」

 

 そこまで言ったところでグゥとお腹が鳴った。彼はますます顔を赤くして天を仰ぐ。カッコつかねぇ、とでも思っているのだろう。

 

「んふふ、何か食べましょうか。私作りますよ」

「……はい」

 

 顔を手で覆って消え入りそうな声で返事をするものだから、私はあははといよいよ隠すことなく笑って、隠し切れていない耳を悪戯に指先でなぞってみる。

 ロナルドさんはかなり驚いたようで椅子に座ったまま垂直に飛び跳ねた。おそらく5cmくらいは浮いていたと思う。恐るべき退治人の筋力だ。

 酸欠の金魚のようになってこちらを見る彼を、じっと見つめ返す。視線は何か言いたげなままずれていった。私はそれを意に介さず手を引いて、椅子から立ち上がらせる。

 

「じゃあ、早速冷蔵庫の中をチェックです!私が漁る分にはお兄様も許してくれることでしょう」

 

 ちなみに料理下手らしいロナルドさんが漁るのは普通に怒られると思う。そこに家主であることなどは関係がない。

 キッチンまで手を繋いで歩き、いざ冷蔵庫を開く。

 

「……あれ?」

 

 しかし、そこはなにも無かった。家電量販店に並ぶ冷蔵庫のような有様で、本当にすっからかんだ。

 

「あっ、そういえば昨日サテツが来てて」

「サテツさんが?」

「テレビ買ったから設置手伝ってもらったんだ。それで、腹減ったって言うからついキッチンに入らせちまって」

「結果、荒らすどころか更地にされたと。お兄様いなくてよかったですね」

 

 いや、どうだろう?食材を無駄にするのは怒るだろうが、これだけ綺麗に何も無くなると意外と怒らなかったりするのだろうか。招いたひとにキッチンを更地にされたことがないので分からない。

 お兄様に思いを馳せながら戸棚なども調べてみたところ、食べられるものは本当に全滅に近い。非常食のカンパンくらいしか残っていない。私は生き残りを探すのは諦めてロナルドさんに意見を求めることにする。

 

「うーん、どうしましょう?いっそ食べに行きますか?」

「……迷惑でなければなんだが、家で食べたい」

「それはもちろん構いませんけど、デリバリーでも頼みます?」

「……いや、その、出来ればエリさんの手料理が食べたいなって」

 

 驚いて、目線の合わない顔を穴を開けるつもりで見つめる。照れの混じる表情に、私はふつふつと喜びが込み上げて来た。

 

「嬉しいこと言ってくれますね!よーし張り切っちゃいますよ。まずはスーパーまでお買い物ですね。なるべく早く帰ってきます」

 

 そのまま振り回すのかという調子に鞄を手繰り寄せる。

 献立は何にしようか。リクエストも聞かねばなるまい。好みはお兄様にリサーチ済みだが、同じものを作っては味気ないだろう。

 

「俺も行くよ」

 

 上機嫌に出掛ける準備をする私にロナルドさんが並んだ。

 

「お疲れでしょ?私、一人でも大丈夫ですよ」

「……そばにいたいから一緒に行く」

 

 あぁ本当に、今日はなんて良い日だろう。

 

「嬉しい、私も一緒にいたいです。」

 

 じわじわと熱くなる体温と勇み足のような鼓動を自覚しながら、ロナルドさんの手を取って指を絡ませる。この歓喜の数分の一でも伝わって欲しいと願いながら微笑んだ。

 逸らされがちの視線が一瞬交わり、ロナルドさんの表情が溶けるみたいに緩んだ。

 

「行こうか」

 

 握り返された手を引かれて、二人並んで扉を潜る。

 ただ夜食の買い出しに行くだけだけれど、星も月も街明かりだって、いつもよりずっと特別に見えた。

 

 

 

 はてさて、そんな訳で仲良く手を繋いで出掛ける二人、を追い掛ける影が一つ。

 電信柱から様子を伺うその人物はスマホを取り出すと、鬼気迫る勢いでどこかに電話をする。

 

 デンワワワワワ……デンワワワ、ピッ

 

「どうした武々「裏切り者がいる!!!」……はぁ?」

「ロナルドさんがっ、ロナルドさんが可愛い女の子とイチャイチャしながら歩いてる!!!」

「あぁ、エリさんだろ?お前知らなかったのか。付き合ってるんだよあの二人」

「そんな……!?俺たち仲間じゃなかったのかよ!しかも『エリ』っていうのかよ信じらんねぇ、ロナルドあのヤロー!!」

「落ち着けよ」

「じゃあショットさんは、許せるっていうんですか!」

「そりゃもちろん、」

「アイツ、手繋いで歩いてるんすよ!?それもしっかり指絡ませやがって」

「もちろん、」

「あっなんか囁き合ってる!必要ないだろその距離感、もっと離れろ!!」

「許せるわけないだろ!!!待ってろ武々夫すぐ行く」

 

 というやり取りがなされているのを私、エリーはしっかり聞き取っている。ひとより少し耳が良いのだ。あの人たち馬に蹴られてくれないかとは思うが、馬だってこの町に溢れんばかりの残念な方々を蹴って回るほど暇では無いだろう。つまり、邪魔されないためには私が蹴りに行くしかない。

 繋いだ手の先を窺えばロナルドさんが気付いている様子は全く無い。目が合ったのでとりあえず微笑むと、同じ様に笑顔が帰って来る。何食べたいか決まりましたか、などと問い掛けて、いつもより少しだけゆっくり歩く。デートとも呼べないような状況なのに、夜道を二人で歩くのがひどく楽しいのだから仕方がない。

 後ろでは武々夫とやらにショットさんが合流した様子。蹴りに行くならそろそろだろうか。

 

「あら?ショットさん!奇遇ですね」

 

 あたかも今気付きましたよ、とばかりになるべく自然に振り向く。すると、ふたりは驚いたのか肩を揺らした。……正直なところ、別にそんなに隠れていなかったと思うのだが。電話口で声を潜めていたわけでもないし、ショットさんも普通に走って来ていた。

 

「ん?おぉ!武々夫も、どうしたんだこんなとこで」

 

 しかし、ロナルドさんは本当に今の今、気付いた様子。きっと私に気を取られていたのだろう。それは仕方ない。むしろ、隣に私がいるのに蔑ろにする方が大問題である。

 

「あっ、あなたが武々夫くん?はじめまして、いつもお兄様やロナルドさんがお世話になってます」

 

 名残惜しいけれど、ロナルドさんと繋いだ手を離す。ここで変に手を抜くと余計に手間取りそうなので、しっかり好印象を持ってもらわないと。ただでさえロナルドさんの親しい人なのだから、第一印象は大切だ。

 武々夫くんと握手しつつ微笑む。すると、彼は分かりやすく鼻の下を伸ばした。とっても素直である。

 

「いやエリさん、流石に武々夫の世話にはなってない」

 

 ロナルドさんはかなり微妙そうな顔をしている。確かに話に聞く限りそうなのだろうが、定型文みたいなものなので。

 

「いやー、二人とも俺が面倒見てるようなもんすからね。ところで、おねーさん、ぜひ俺と、うわっ何するんすか!」

 

 そしてこちらはお世辞というものを理解していなかった様子。武々夫くんはそのまま私の手を両手で握りしめ、鼻息荒く話そうとした。しかし、ロナルドさんに引き剥がされる。

 

「お前こそ何してんだ!全く油断も隙もないぜ。これだから会わせたくなかったっつーのに」

 

 不快をあらわにするロナルドさんに腰を抱き寄せられつつ、武々夫くんと距離を取らされる。こういうの珍しいので、ちょっと嬉しい。

 

「あらら。でも、確かに私はロナルドさんのですからねー」

 

 喜色が滲む声を出しつつ擦り寄ると、驚いたのか途端に手が離れて行きそうになる。それを優しく捕まえつつ腰に戻すと、居心地悪そうにそのまま落ち着いた。うーん、やはりまだまだ慣れないようだ。さっきは咄嗟のことだったので出来ただけらしい。それでも一歩前進ではあるが。

 

「チクショー!ロナルド裏切り者め!!ショットさんも何か言ってやってくださいよ!!」

 

 武々夫くんが今の言外のやり取りまで見ていたのかは分からないが、騒ぎはじめる。

 

「あぁ、いや、俺は……」

 

 一方でショットさんは気が乗らないようだ。電話口では勢いに任せてああ言ったものの、彼は良識がある人だ。私を前にして実際に何かすることはないだろう。

 結果的に会話が途切れたので、ロナルドさんが思い出したように話し出す。

 

「そういえばショットがこっち来るの珍しいよな」

「ちょうどこの辺りで下等吸血鬼が出てな」

 

 それで、電話してからこうもすぐ着いたのか。

 

「そうなのか!俺も、」

 

 吸血鬼が出たと聞いて、ロナルドさんの手があっさりと離れた。職務に真面目なことで。そういうところ、ちょっと嫌いだ。

 

「いや、もう片付いたよ。そもそもお前非番だろ。休めるときに休んどけよ」

 

 何を言い出すのかはショットさんもよく分かっていたようで、食い気味に一蹴りにする。ナイス!

 

「そうですよ!ショットさんはじめ、ここの退治人の皆さん優秀なんですから」

 

 私もすかさず援護する。あとついでに、そろそろこの二人にご退場願いたい。

 

「そりゃそうだけど」

「優秀……!そうだよ、ロナルド。ショットさんに任せとけ」

 

 チヤホヤされ飢えてるようで、ちょっとした褒めが予想外に効いた。

 

「ちょっとショットさん!」

 

 折角呼んだ応援にも裏切られた武々夫くんが声を上げる。彼もいい感じに丸め込まなくては。

 

「うんうん、頼りにしてますね。ショットさん」

「俺が、頼りに……!」

 

 彼はきっと今夜も立派に職務に励んでくれることでしょう。

 

「それと武々夫くん」

「はい!」

 

 とっても良いお返事。

 

「確かに私はすごく可愛いので気持ちは分かります。でも、あなたにも運命のひとがきっといます!彼女だって今頃、武々夫くんを探しているはず。手の届かない相手の前で足踏みしてる場合じゃありませんよ!」

 

 どうすれば帰ってくれるのか分からないので、とりあえず他に気を逸らそう。正直なところ、目の前でロナルドさんと仲良くしていれば勝手に折れてくれると思っていたのだが、どうもその程度では効かないようなので。

 

「マジっすか!俺の運命のひとが!?」

「はい!案外近くにいるかもしれません」

 

 知らんけど。

 

「うおおおおお!待ってろ俺の超絶可愛い運命!!」

 

 そこまでは言っていない。

 そして、武々夫くんはどこかに駆けていった。煙に巻くだけのつもりだったのだが、すっかり運命の人探しに夢中にさせてしまった。

 

「は!?おい武々夫!」

「大丈夫かよあいつ」

「ううん、まぁ、大丈夫でしょう」

 

 道行く女性に少し迷惑をかけるかもしれないが、この町の同胞(変態)たちよりよほど無害だろうし。

 

「はぁー。俺もそろそろ戻るか。じゃあな、ロナルド。エリさんも」

 

 溜息をついたショットさんが軽く手を振る。

 

「おう、またな」

「お仕事頑張って下さい」

 

 そんなこんなで、やっと二人きりに戻ったのであった。

 

「よし、行きましょうか」

「そうだな。どんどん夜食遅くなっちまうし」

 

 どちらともなく手を繋ぎなおす。それが当たり前のように出来たことに少し驚いた。思わず隣を見上げるとロナルドさんと目が合った。

 

「なんか、今すごく恋人っぽかったな」

「ぽいんじゃなくて、恋人なんですからね!」

 

 繋いだ手を揺らしつつ、賑やかな夜の町を二人、歩幅を揃えるのだ。

 




「なぁドラ公」
「なんだね、改まって」
「いや、その……エリさんって武々夫、はないにしても、俺よりショットの方が好みだったりするのか?」
「はぁ!?なぜそうなる!あんなに分かりやすいだろうが!!実兄の前でイチャイチャしよってからに、喧嘩売ってるのか買うぞ!お父様が!!」
「やめろ!!」
「あの子の外面が良いことなんて今更なんだから、世辞と本音くらい見抜け。むしろ素で接してくれていることを喜ぶべきで……。待て、なぜ私がこのむくつけきゴリラと可愛い妹の仲を取り持たねばならんのだ。早く愛想尽かされてしまえ!!」
「そんなこと言うなよ!!オニイサマ頼む、見捨てないでくれ!!!」
「オニイサマ止めろ!!!!!不快すぎて死んだわ!!
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