【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」 作:守次 奏
朝目覚めたら突然異世界に転移して最強の勇者様になってたりだとか、あるいは絶世の美少女になってたりだとか、そんな妄想をしたことはないだろうか。
大声ではいえなくたって、きっと多くの男子諸君ならわかってくれるはずだとぼくは信じているよ。
だけど、何年待ってみたってぼくたちは宇宙どころか、地球の片隅でじっとしているだけの暇人で、天からなにかが降ってくることなんてあり得ないと、薄々わかり始めてくるのが高校二年生というお年頃だ。
そして異常なまで、表面的なニヒリズムに傾倒するようになるのもね。
なんて話をすると、ぼくの部屋に入り浸っている親友はいつも通りに苦笑して……くれなかった。
「お前、どうしたんだよ……!」
「どうもこうも、見ての通りだと思うけどね」
「そんな、嘘だろ……? なんで……なんで、お前が……女になっちまってるんだよ!」
これは悪い夢か、夢なのか、と、親友はワックスで固めたツンツン頭をソファに何度もぶつけていたけど、残念なことに、見ての通りなんだなあ。
結論からいってしまおう。
健全な男子だったはずの「ぼく」は女の子になった。
なにがあったのか、どんな理屈でそうなったのかはわからない。
ただ、天からなにかが降ってきたんだろう。それを待ち続けていたご褒美としてね。
驚きはしなかったのかと聞かれて、首を縦に振ったならそれは嘘になるのだろう。
そこはそれ、ぼくだって元は健全な男子だったわけで、朝起きたとき、ずっとお世話になってきたものが消滅していて、代わりに色んなものが生えたりしてきたらそれは驚く。
でも、起きてしまったことはどうしようもなければ、ぼくになにかができるわけでもないのなら、どうしようもない。
つまりは、そういうことだった。
「どうしてだろうね? 君はどうしてだと思う、親友殿?」
「知るか! こっちが聞きてーよ……」
「案外、君の願いが叶ったからじゃあないかい? ほら、ずっと彼女がほしいと言っていただろう」
親友殿はぼくの言葉にさぞかしうんざりしたような表情を浮かべると、溜息と共に肩を竦めた。
「そりゃ彼女はほしいけどよ、美少女になったとしてもお前とは付き合えねーよ」
「ずいぶんと失礼な言い草じゃあないか、一体ぼくのどこが不満なんだい」
「不満っつーかよ、逆の立場で考えて、俺が美少女になってたとして、お前は付き合えんのかよ?」
ふむ。それは確かにそうかもしれないね。
呑気に呟いて首を傾げたぼくの仕草に親友殿はもう一度溜息をつくと、床に放り投げられていたコントローラーを手にとった。
「アホなこと言ってないでゲームするぞ、ゲーム。今日こそはお前をボコボコにしてやるんだからな」
「ふふ、懲りないねえ。君も」
「言ってろ、今日のためにこのキャラコソ練してきたんだからな!」
親友殿は鼻息荒くそう言うと、ゲーム機とテレビの電源をつける。
ここは一応ぼくの部屋なんだけどねぇ。
まあ、いいさ。
いつものことだ。我が親友殿がちょっとアホなところも、ゲームに情熱を滾らせていることも、ぼくの私物を勝手に使うことも。
ただそこに違いがあるとするのなら、ぼくが女の子になったというだけで、それは大した意味を持つこともないのだろう。
「ふふふ、復帰技を出すのがまだ甘いようだね」
「あーっ、畜生! お前崖際でそれは反則だろうよ!」
「君だけが練習していると思わないことだ、親友殿」
「クッソ、暇人め……もう一戦だ!」
「いいとも、何度だってかかってきたまえ」
そう返して、ぼくは親友殿が選んだキャラに対してメタを張れるキャラを後出しで選択する。
汚ねえぞ、と親友殿は激昂したけど、キャラチェンジは別にルール違反でもなんでもないんだから文句を言われる筋合いはないね。
「お前本当人の心ないよなあ!?」
「失礼だね、ぼくはか弱い女の子だというのに……そんな暴言を吐かれると傷ついて泣いてしまいそうだよ、くすん」
「今まで男だっただろうが!」
うーん、そう言われるとなにも返しようがないね。
だけど親友殿、ぼくだって結構苦労はしてるんだよ。
手のサイズが変わったからコントローラーを動かす感じにだって違和を覚えるし、そもそもダボダボのTシャツを大きく押し上げている、無駄に大きな胸のせいで手元がよく見えないんだ。
「なんだい、じろじろとぼくを見て。そんなにこの胸が気になるのかい」
「ぐっ……き、気のせいだろ」
「強がらなくてもいいさ。ちなみにぼくの部屋には当たり前だけどブラなんてものはないからノーブラだよ」
「ぶっふぉあっ!?」
全く、面白いリアクションをしてくれるなあ、我が親友殿は。
手元を狂わせて自らステージの真下に落下していった親友殿に視線を向けて、にやりとぼくは不敵に笑う。
一応補足しておくと下はトランクスのままだよ。ぼくの部屋には女物の下着なんてないからね。
逆に、あったら社会問題だ。
「て、てめー……盤外戦術は卑怯だろうが……!」
「おや、ぼくが女の子になっても気にしないんじゃなかったのかい」
「クソッ、それを言われるとなにも言い返せねえ!」
「ふふふ」
古来、戦いというのは戦う前から始まっているものなのだよ。
つまるところ心理戦だ。心理戦を制する者こそが、戦いを制するといっても過言じゃない。
そういう意味では親友殿もうぶなものだ。
ぼくがただ女の子になったというだけでここまで動揺するとは、付け入る隙だらけじゃないか。
「でもさ、真面目な話どうすんだよ?」
「なにがだい?」
「お前のこれからだよ。女になっちまったら、色々面倒なんじゃないか?」
親友殿はふとコントローラーを置くと、腕を組んでそんなことを言い出した。
うむ、確かにその通りではあるね。
戸籍だとか、証明写真だとか、そもそも女の子になってしまったのが新種の病気かなにかだとか……考えなければいけないことはいくらでもある。
「面倒かもしれないけど、これでも大学までの教育課程は終えているからね。そういう意味じゃ、差し迫った心配はないよ」
「本当か?」
「本当だとも。通信制の大学だけどね」
全く、女の子になる前に卒業できてよかった限りだよ。
高校だって、中学を出てすぐに認定試験を受験して卒業扱いだし、社会との接点という意味で困ることはない。
「お前、昔から頭いいからな」
「ふふふ、それほどでもあるさ」
「あるのかよ」
ぼくは胸を張って、そう答えた。
そこは謙遜するところじゃねーのかよ、とぼやいて再び親友殿がコントローラーを手にとったのを確認すると、ぼくたちは中断していたゲームを再開する。
「よし、もう俺に動揺と慢心はねえ! 持ちキャラで叩きのめしてやるぜ!」
「ふふふ、かかってくるがいいさ親友殿。キャラパワーの差が戦いの決定的な差にはならないことを教えてあげようじゃないか」
「言ってろ!」
画面の中で、大剣を振り回している屈強な剣士と、世界で二番目くらいに有名な電気ネズミが相対する。
相性としては飛び道具を持っている分遠距離ならこっちが有利、ただし懐に飛び込まれたら一撃の重さとこちらの軽さゆえにぼくが不利、といったところだろうか。
ああ、全く──楽しいなぁ。
親友殿が門限で家に帰るまでの時間。ぼくの部屋に入り浸って、ただだらだらとゲームをするだけの時間は、きっとこれからも変わることはないのだろう。
ぼくが女の子になっても親友殿が割とすぐに順応してくれた通り、きっと。
きっと、彼とぼくを繋いでいるこの腐れ縁は、揺らいだりはしないのだと、静かな確信をぼくは胸に抱いて、コントローラーをかちゃかちゃと忙しなく操作するのだった。