【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」   作:守次 奏

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第三話「お出かけに」

 服を買いに行くのはいいとしても、よくよく考えたらぼくは、よそ行きの服というものを持っていない。

 

 男だった頃からそうなのだから別に気にするような話ではないといわれればそれもそうではある。

 でも、今回ばかりは事情が違う。

 

「……果たして、なにを着ていけばいいというんだろうね」

 

 どうせ女物の服を買ったらそれにすぐ着替えるだろう、と親友殿は言っていたし、ぼくもその想定だからそれ自体は構わない。

 

 ただ、道中、違和感がなるべく少ないような格好をしていかなければ、ぼくはともかく親友殿の世間体に関わるわけで。

 

 ぼくには、失うものなんてない。

 だけど、親友殿は違う。

 

 クローゼットについている姿見で、すっかり記憶の中にあるそれとは別人になってしまったぼくをじっと覗き込む。

 

 癖のある銀髪に赤い瞳。出るところは出ている割に、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる女の子。

 

 どれもこれも記憶の中にあるぼくの姿と符合することはなくて、遺伝子単位で身体の構造が組み変わってしまったのだろうと溜息をつく。

 

 そう考えると、言葉通り別人と化したのに、ぼくをぼくだと受け入れてくれた両親は相当懐が広いのかもしれない。

 

 単純に、放任主義が極まっているだけかもしれないけどね。

 

 さて、そんな薄暗い話はともかくとして、外に出る格好はTシャツにジーンズ、ぐらいが無難だろう。

 男物だけど、一応格好として違和感はそこまでないはずだ。

 

 そう考えて、ジーンズを履こうとしたときだった。

 

「む……?」

 

 きつい。というか、入らない。

 おかしいな、男物だからサイズに余裕はあるはずなんだけど。

 

 もしかして、お尻か。そこで引っかかってるのか。

 なんで有様だ、冗談じゃない。

 

 元々、男だった頃にもやしっ子だったのが悪いといわれればそれまでだけど、こんなことになるなんて誰が想定できるというんだ。

 

「……ははは。入らないなら、仕方がないか」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべて、ぼくは手にしていたジーンズをソファに放り投げる。

 腰やお尻周りにある程度余裕を持たせられる服でぼくが持っているものといえば……ジャージ、ぐらいだろうか。

 

 ジャージでも別に違和感がある格好じゃないことはわかっている。

 ただ、それだとなんとなく親友殿に申し訳がないというか、風情がない気がしてきて──と、なにを考えているんだろうね、ぼくは。

 

 別に服を買いに行くだけなんだから、気にすることなんてなにもないだろう。

 なのにぼくは風情だのなんだのと、なにを舞い上がっているんだろうか。

 

「……そうだな、ジャージで行こう」

 

 今から行くのが人で溢れるショッピングモールだと思うと憂鬱なこと極まりない。

 でも、どうせぼくなんかに注目する物好きなんてそうそういないだろう。

 

 いたとしても──いや、いないことを祈る他にない。

 憂鬱と、ほんの少しだけの、理由もわからない高揚感を抱いて、ぼくは何週間、何ヶ月ぶりかわからない家の外へと歩き出す。

 

 そこになにもないとわかっていても、宇宙から降ってくるものとの衝突事故が起きる奇跡なんて、もうとっくに使い果たしてしまったと知っていても。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「おう、あんまりにも遅いから迎えにきてやったぜ」

 

 玄関を開けると、そこに立っていたのは腕を組んで得意げに笑う親友殿だった。

 

「いや、すまないね。男物の服を着るのに手間取ってしまったんだよ」

「ああ……ま、いいさ。どうせ男物とも今日でおさらばだからな」

「ぼくとしては大変遺憾なんだけどね?」

 

 好き好んで女の子になったわけじゃあないんだけどね、こっちとしては。

 とはいえ、いつまでも丈の余ったTシャツにトランクスなんて格好をしていると、親友殿にとっては大問題なのだから仕方あるまい。

 

 全く、仕方のない親友殿だよ。

 もっとも、向こうも同じことを考えているのかもしれないけどね。

 互いに苦笑しつつ、僕たちは歩き出す。

 

 ショッピングモールは駅からすぐ近くにある。そして、ぼくの家は沿線沿いに建てられている。

 つまるところ、到着するまでそう時間はかからないということだった。

 

「いつ来ても混んでんなあ、ここ」

「全くだよ。外の人間はよっぽど暇を持て余しているらしい」

「いや、家の中で暇持て余してるお前に言われたくはないだろ……」

 

 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 

 暇を持て余しているわけじゃあないとはいいたいけど、世間一般から見てぼくの過ごし方を評するのなら、間違いなく「暇人」というカテゴリに括られるのは間違いない。

 

「……やはり君は意地悪だよ、親友殿」

「事実だろ?」

「例え事実であっても名誉毀損に当たることはあるのだよ」

「マジかよ、事実言っただけなのに可哀想だな!」

 

 親友殿は心底驚いたように目を丸くした。

 ぼくの名誉とか、その辺はどうでもいいらしい。

 元からこういう性格だとはわかっていても、なんというか、こう……もやもやする。

 

「それよりさ、なにから買いに行くんだ? やっぱ下着からか?」

「本当にデリカシーがないね、君は……でも、スリーサイズがわからない限り服が買えない以上、選択肢としては必然的にそうなるだろうね」

 

 若干げっそりしつつ、ぼくは答えた。

 下着。これからぼくは否が応でも女の子として生きていかなければならない以上、恥じらいだとか、そんなものはゴミ箱にでも捨てておけばいいのだと、頭ではわかっている。

 

 だけど、ぼくだって一応こうなる前は思春期真っ盛りの男子だったわけで、見た目の性別が女の子になっていても、そういう場所に踏み込むのには抵抗があるのだ。

 

「別にやましいことしてるわけじゃないんだから、堂々としてればいいだろ?」

「……それは、そうだけど……」

「店員さんだってお前の事情知ってるわけじゃないし、意識しすぎなんだよ」

 

 屈託なく笑って、親友殿はばしばしと背中を叩いてきた。

 痛いな、背骨が折れたらどうしてくれるんだい。これでもか弱い女の子なんだから、少しは配慮というものを覚えてほしいよ。

 

「それじゃ、俺は中に入るわけにはいかねーし、この辺で待ってるからな! 頑張れよ!」

「なにをどう頑張れというんだね……」

 

 やれやれとばかりに溜息をついたけど、親友殿が隣にいない状態で女性用の下着を買いに行くというのは、やはり抵抗がある……どころではない。

 

 なにかを頑張ろうにも、店員の人に話しかけることから頑張らなければいけなくなるレベルで親友殿以外とコミュニケーションをとった記憶がないのだ、始まる前から詰んでいる。

 

 なにをどうすればいいのか、どうするのが自然なのか。

 そんなの、なに一つわからないままにぼくは流されるように入店して、人の多さと圧倒的な陽のオーラに気圧されていた。

 

「いらっしゃいませ、なにかお探しのものがございますでしょうか?」

「あっ、あぅ、そ、その……し、下着、を……」

「かしこまりました。でしたら〜」

 

 正直、その後の記憶はほとんどない。

 気づいたら店員の人に話しかけられていて、気づいたらスリーサイズの採寸が終わっていて、気づいたら買い物袋が手の内にあった。

 

 それほどまでに、記憶が飛んでいたのだ。

 なにか失礼なことを言っていないか、正直なところ気が気でない。

 

「おお、もう終わったんだ。意外と早かったじゃん」

「……正直、記憶がない……ぼくは一体なにをしていたんだい、親友殿……?」

「いや俺がわかるわけねーじゃん、外にいたんだし……でも、これで一歩前進だな!」

 

 前進、したのだろうか。

 果たして、男としての尊厳が音を立てて砕け散ったことぐらいしか、ぼくにはわからなかった。

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