【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」   作:守次 奏

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第四話「そのビスクドールは」

「次は服かー、服だったら俺も選ぶの手伝えるし、ある程度は気が楽なんじゃねーか?」

「そうだね……幸いスリーサイズは計ってもらったからタグを見れば見当がつきそうだ」

「で、ここだけの話……いくつだったんだ?」

 

 他愛もない会話を繰り広げていたかと思えば、かつてないほどに真剣な表情を浮かべ、親友殿がぼくの両肩に手を置いてそう問いかけてくる。

 

「君の辞書にデリカシーという文字は載っていないのかい?」

「頼む、親友のよしみだ、聞かせてくれ!」

「未だかつてないほど最悪な友情への縋り方だね!?」

 

 聞いたってなんの得があるというのか、ぼくにはさっぱり理解できない。

 それでも、男子という生き物はそういうものに夢中だということぐらいはぼくも当然知っている。

 

 そんな、なんの益体もない話はともかくとして、放っておいたら公衆の面前だというのになりふり構わず土下座を始めそうな勢いの親友殿をなんとか宥めるべく、ぼくは溜息混じりにその耳へと顔を近づけて、ぼそぼそと測定結果を伝える。

 

「……上から九十二、五十九、八十九だよ」

「ありがとう、親友……これで俺は心置きなくヴァルハラに行けるぜ……」

「少なくともぼくの買い物が終わるまでは地上に留まっていてくれないかい?」

 

 それに嫌だよ、スリーサイズを聞いて開かれるヴァルハラの門なんてものは。

 ワルキューレたちに蹴り出されてしまえ。

 

「そうだな、真面目な話……お前が家でどれくらい女物を着るかによって色々優先度は変わってくるな」

「家だとそんなに着ないんじゃあないかい? 下着はともかく、上に関しては」

 

 トランクス一丁だったのが、ブラとパンツに変わるだけの話だ。丈の余ったTシャツはまだまだあるし、最低限下着が隠れていればそれでいいだろうと、そんなタカを括っていたときだった。

 わかっていないな、とばかりに親友殿はちちち、と人差し指を立てて振る。

 

「トランクス一丁だったらまだギャグで済むけどよ、女物の下着一枚でうろつかれると正直俺も理性がヤバい」

「しっかりしたまえよ親友殿、ぼくは元々男なんだぞ」

 

 見た目が女の子になっただけだ。

 中身までそうなったわけじゃない。

 それに、冷静に考えてみたら嫌だろう、元々男だったぼくでヴァルハラの門を開くなんて。

 

「お前、自分の見た目自覚してそれ言ってるのか……? ジョークにしては笑えないぞ」

「中身がぼくなら見た目なんて別にどうでもいいだろう、君は違うのかい?」

「いやあ、確かに中身はお前だけどさあ……色々と複雑なんだよ、こっちも」

「ふむ、それもそうだね」

 

 長年友達付き合いをしていた腐れ縁のような相手がある日突然女の子になってしまいました、となれば、逆の立場だったらぼくだって混乱する。

 正直その当事者としても大分混乱しているのはさておくとして、その気持ちがわからないといえば嘘になるだろう。

 

「そんなわけでさ、家でも服を着てくれ。主に俺の社会的生命のために」

「了解したよ、親友殿。とはいえぼくはこの手のセンスが壊滅的だからね。君に任せるとするよ」

「よっしゃ、ゲームのキャラクリで鍛えたセンスが火を吹くぜ」

「急に不安になってきたけど大丈夫なのかい」

 

 ゲームに出てくるような服はファストファッションの店には置いてないと思うんだけどね。

 そんな不安をよそに、親友殿はぐいぐいとぼくの手を引いて、店内に臆することなく踏み入っていく。

 

 相変わらず度胸が凄まじい。

 男だった頃からぼくはファッション関連の店に入るのが苦手だったというのに、親友殿はそういうことに物怖じしないのだから、そこは素直に尊敬したいところだ。

 

 その後はもう、流れ作業のようだった。

 親友殿が選んだ服を試着室で着せ替え人形のように着せられて、その中から彼が厳選したものをカゴに放り込んでいく、という一連の工程を踏んで大体二時間前後。

 

 早いのか遅いのかはわからないけれど、着せ替え人形にされている側としてはあっという間だったことに違いはない。

 

 芋ジャージから甘い感じのフリルがついた白いブラウスに、ベージュ色のスカートという格好に着替えたぼくは、親友殿に連れられる形で、カフェを訪れていた。

 

「いやー、こうして見ると俺のセンスが光ってるな! お前って素材がいいだけかもしれないけどさ」

「なんだい急に……ぼくはなにもしちゃいないよ。服が似合っているならそれは間違いなく選んだ君の功績だ、遠慮することはないよ」

「素直なんだかそうでないのかわかんないよな、お前って……けどまあ、サンキューな!」

 

 ハムサンドとブレンドコーヒーというオーソドックスなランチメニューを頼んでいた親友殿は、ぼくの言葉に機嫌をよくしてか、手にしていたハムサンドに勢いよくかぶりつく。

 ぼくはキャラメルフラペチーノをちまちまと啜りながら、豪快に食事をする親友殿をぼんやりと見つめていた。

 

 こうして、誰かと外に出たのは何年ぶりだろう。

 芋ジャージから着替えたぼくがじろじろと見られているのは多少感じたし、それで少し気持ち悪くなったところもあるけど、親友殿が手を繋いでくれているおかげで幾分かマシだった。

 

 守ってもらっていた、のだろうか。

 そう思うと、お腹の下の方がきゅんと甘く締め付けられるような、不思議な心地がする。

 

 この感覚を、ぼくは知らない。

 あるいは、知っているのかもしれないけれど、それがいつ、どこで感じたことなのかを、覚えていないし、思い出すこともできなかった。

 

「ん、どうした?」

「な、なんでもない……ただ、君がよく食べるなと思っていただけだよ」

「そりゃ昼なんだから腹も減るだろ……むしろお前はそれだけでいいのか?」

 

 呆れたような顔で、親友殿は肩を竦める。

 キャラメルフラペチーノだけでいいのかと聞かれても、カスタムしたこれのカロリーは一杯でとんこつラーメンに匹敵するとかしないとかいう話だ。

 

 これ以上カロリーを摂取したら、胃酸が逆流してきかねない。

 元々ぼくはもやしっ子なのだから。

 

「……仕方ないだろう、少食なんだから」

「でもよ、固形物を胃に入れとかないときついぜ? よければハムサンド食うか?」

 

 食いかけだけど、と親友殿は苦笑する。

 普段であれば嫌だよそんなもの、と即座に断っていただろう。

 

 だけど、どうしてかまたぼくはお腹の下の方を甘く締め付けられるような感覚と共に、生唾を飲み込んでいた。

 どうしてだろう、あれがほしい。自分でもわからないけれど、身体が、欲している。

 

 そんなにお腹なんて空いてないはずなのに、どうして。

 わけもわからないままにぼくは情動に突き動かされて、小さく口を開けていた。

 

「ん? どうした?」

「……あ、あーん……」

「うん?」

「……ぼ、ぼくに……た、食べさせて……くれないかい……? それを……」

 

 かあっと頬が真っ赤に熱を帯びて、瞳が潤んでいくのを感じる。

 なにをしているんだ、ぼくは。一体。

 

「なんだ、そんなことか……ほいよ」

「んむ、っ……はむ……っ……」

 

 ぼくがその食べかけのハムサンドを齧ったときに感じていたものは、安心だったのかもしれない。

 いきなり気持ちが悪いことを言い出したと思われていないかどうかが心配で仕方なかったけれど、親友殿はなに一つ変わらない笑顔で接してくれた。

 

 それが、ただ、嬉しくて。

 どうして嬉しいかもわからないままにぼくは、湧き上がってくる多幸感の中を漂いながら、食べかけのハムサンドの味を噛み締めるのだった。

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