【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」   作:守次 奏

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第五話「変わらない日々は」

 それからぼくと親友殿の日々が大きく変わったかといわれると、そんなことはない。

 

 精々ぼくが部屋着を着るようになったぐらいで、いつものように親友殿が放課後を迎えたら、ゲームをしたり、漫画を読んだり、他愛もない話をしたり。

 

 そんな日々が、いつまでも変わることなく続いていた。

 気づけば暦は巡りに巡って九月の半ば。

 そろそろ冬着を買いに行かないといけないな、と思いながら、親友殿が訪れるのを待っていた、そのときのことだった。

 

「おーっす」

「やあ、親友殿。待ちわびていたよ。今日は随分と遅いじゃないかい?」

「いやー、悪りい悪りい、文化祭実行委員に選ばれちまってさ」

 

 いつもよりも遅い時間にやってきた親友殿は、ばつが悪そうに頭をかきながらそう言った。

 文化祭実行委員。そういえば九月はそんな季節だったか。

 

 外との関わりがなさすぎて、忘れるところだったよ。どの道もう大学を卒業しているぼくには関係のない話なんだけどね。

 

「相変わらず外は大変なんだねぇ」

「ああ、まあな。帰宅部だからって目ぇつけられるとは思わなかったわ」

 

 実行委員だの学級委員だのという役職が人気なのは精々小学生かそこらぐらいまでで、中学生にもなればそれは厄介ごとの代名詞に姿を変える。

 

 要するに「誰もやりたくないからお前がやれ」という理屈で割を食う人間が必ず生まれてくるものなのだ。

 ちょうど、今の親友殿のようにね。

 

「全く、醜い足の引っ張り合いと責任のなすりつけ合いばかりで外は嫌になるよ。これなら一日中オンライン対戦に潜っていた方が有意義じゃあないかね」

「俺だってできるならそうしてぇよ」

 

 お前ぐらい頭よかったらなあ、と親友殿は嘆いたけれど、ぼくはたまたまそれができたってだけで、他のことに関しては壊滅的だから、羨ましがるようなことではないと思う。

 

 むしろぼくからすれば、そんな嫌気が差すことばかりな外の世界で生きていられる親友殿の方がよっぽど羨ましいんだけどね。

 

「それなら、存分にストレスを発散していくがいいさ。ぼくは、時間だけはたっぷりあるからね」

「そうさせてもらうわ。今日こそお前に六割勝ってやるからなー?」

「煽るねえ、なら今日も現実というものを教えてあげるとしよう」

 

 ぼくたちは、そんな軽口な叩き合いを合図にして、外からは切り離されたような部屋に乗り込む。

 親友殿が来なければ、外との接点が生まれることもなく、閉ざされた空間。

 

 そういう意味では、ぼくはぼくが思うよりも孤独に耐えられない生き物なのかもしれない。

 親友殿との繋がりがなければ、きっと押し寄せる退屈にゆっくりと流され、潰されていったことだろう。

 

 そうなった果てにあるものはきっと死だ。

 肉体的な意味でも、精神的な意味でも。

 

 だから、ぼくは矛盾している。

 生きていたいはずなのに緩慢な自殺のような生き方を選んで、かといって死ぬ度胸もないから、親友殿に生きる希望を見出している、そんな身勝手な、どうしようもない生き物が、ぼくという存在なのだ。

 

 時折、考えてしまうことがある。

 親友殿がぼくから離れていったそのときに、ぼくはどうすればいいのだろうかと。

 

 今はこうして、くだらない冗談を言い合いながら、笑いながらモラトリアムを過ごすことができているけれど、親友殿が全日制の大学に通うようになったら。

 そして、就職して、社会人になったら。

 

 ぼくは、どこに行けばいいのだろう。

 そう考えると、寒気がする。ただでさえ訳もわからないまま女の子になって、慣れない身体に四苦八苦しているというのに、これから先のことを考えたら、もうそこには絶望しかないんじゃないかと、思ってしまう。

 

「隙ありぃっ!」

「なっ、あっ……!?」

「へへ、なんも考えなかった横スマぶっぱだけど通れば正義ってね」

 

 そんなことをぼんやりと考えていたからか、ぼくの操作していたキャラクターは吹っ飛ばし攻撃をくらって、画面の外に弾き飛ばされてしまう。

 

 通れば正義とはその通りだけど、通してしまったというか、通されてしまったといった方が正しいことだけは付け加えておきたい。

 それにしたって、らしくないな。

 

 悔しいけれど、これはぼくのミスだ。

 認めざるを得ない。

 

 だけど、いつかそれを考えなくちゃいないのは、真剣に向き合わなくちゃいけないのは紛れもない事実であって、それが余計に手元を狂わせる。

 

 些細な操作がままならない。普段なら見えているフレーム単位の動きが見切れない。

 

 どうして、こんなに動揺しているのだろう。

 ぼくはただ、信じていたいだけなのに。

 

 明日も明後日も、その次もこんな日々が続くと。だから、安心していつもみたいにゲームにのめり込んでいれば、それでいいのに、どうして。

 肩が震える。指先が滑る。

 

 自分でも笑えるくらいに動きが噛み合わなくて、気づけばぼくは親友殿に四連敗を喫していた。

 参ったな。これでは随分と調子に乗られてしまうだろう。

 

 あんなにイキっていたのに勢いはどうしただとか、今日の俺は絶好調だとか……別にだからといってなんてことはないのだけれど、これ以上自分が惨めになるのも、正直嫌だ。

 だったらここから六連勝して遅れを取り戻さないと、と、そう思っていた、刹那。

 

「なあ、お前……違ってたら悪りいんだけどよ、もしかして、熱でもあるのか?」

「……えっ?」

「さっきからミスらないはずの復帰ミスってたり、コンボ失敗してたり……普段のお前なら、こんなことしないはずだろ」

 

 真剣な目つきでぼくを見据えて、肩に手を置きながら親友殿がそんな言葉を口に出す。

 

「……き、気のせいじゃあないかい? それか、単に君の調子がいいだけじゃあ……」

「いや、俺の調子がいいだけだったらここまでとんとん拍子で勝てたりしねえよ。大体よ、お前とは長いことつるんでるんだから、俺の目を誤魔化せると思うなよ?」

 

 親友殿はそんなことを言ってのけると、制服の下に纏っていたメンズのカーディガンをぼくにふわりと被せてみせた。

 あたたかい。当たり前だけれど、彼が直前まで着ていたものだから、そのぬくもりが伝わってくる。

 

「……どういう風の吹き回しだい、親友殿」

「馬鹿野郎、風邪引いてるかもしれないやつに無理なんかさせられねえだろ。俺は今日は帰るとするからよ、ゆっくり休んでおくことだな」

 

 ブレザーを着込むと、親友殿はゆっくりと立ち上がって、ぼくの部屋をあとにしようと踵を返す。

 その背中に、なにか声をかけなければいけない気がした。ありがとう、とか、なんでもいいから、そんな、素直な言葉を。

 

 だけど。

 

「待ちたまえよ、勝ち逃げする気かい?」

 

 ぼくの口からこぼれ落ちてきたのは、ぼくの喉から滑り出してきたのは、そんな素直さとはかけ離れた、ささくれた言葉だった。

 

「今日の試合はノーカンだノーカン、このまま戦っても結果なんて見えてるだろうが」

「わからないだろう? ここからぼくが巻き返して六連勝すれば結果は覆る」

「……あのなあ」

 

 親友殿はわかってないな、と、振り向きざまに右手で顔を覆うと、コントローラーを持って縮こまっていたぼくを覆い隠すように距離を詰めてくる。

 

「な、なんだい……?」

「わかってねーな、不調のお前に勝ったって俺は嬉しくねえんだよ。わかったら今日のところは飯食ってあったかくして寝ろ」

 

 ぼくの額にデコピンを一発叩き込んで、親友殿はじゃあな、と手を振って帰っていく。

 残されたものは、ぼくと、親友殿のカーディガンだけ。

 

「……ありがとう」

 

 ぎゅっ、とそのぬくもりに縋りつくかのようにぼくはカーディガンを抱きしめて、いなくなって初めて言えたその言葉を口に出す。

 らしくもない言葉を、タイミングをすっかり逃した、その言葉を。

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