【完結】TSぼくっ娘「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」 作:守次 奏
そんな経緯があったことで、ぼくたちの間の距離は少しだけおかしくなったような気がした。
ぼくはちょっと気合を入れて、可愛らしいもこもこした部屋着を買ってみたり、ゲームもいつもやっている対戦格闘以外のジャンルを増やしてみたりと、親友殿といる時間を少しでも有意義なものにしようと、躍起になっていた。
でも、それがどうしてなのかはわからない。
ゲームと、服を買うことだけが、ぼくと親友殿を繋ぎ止めるものだということしか知らないからともいえる。
だけどぼくには、そんな表面的なものじゃなく、もっと深いところにある理由を探したいし、知らなければならないという焦りがあった。
いよいよ親友殿の文化祭も終わって、またいつも通りの日々が帰ってくると心を高鳴らせていたから? そこになにかを期待していたから?
わからない。
もしかすると、ぼくはぼくが思っているよりも、遥かに頭が悪いのかもしれなかった。
「しっかしお前がジェラピケなあ」
「なんだい、ぼくに女の子っぽい部屋着を着ろと言ったのは君の方じゃあないかい」
「そりゃそうだけどよ、すっかりもう女子って感じでなんていうかさ……」
ぼくだってこんな服を着ることになるなんて、数ヶ月前は思ってもいなかったよ。
だけど、仕方ないじゃないか。もう見た目の性別が変わる気配なんてないし、ぼくはこれから女の子として生きていくほかにないんだから。
時折ぼくが男だったことすら忘れそうになる程度には、この身体と服装に馴染んできたのが物悲しい。
朝起きて、胸を鷲掴みにしていた頃が懐かしいよ、全く。今じゃ胸があることになんとも思わなくなってしまったのだから。
「とりあえずカードもないしサイコロ転がしておくか……」
「ああ、思う存分赤マスに突っ込むといいさ」
「へっ、見てろよ。五を出してナイスカードを引いてみせるからよ」
親友殿はそう宣言すると、コントローラーのボタンを押して、ダイスを振る。
果たしてその結果は、宣言通りに五を引き当てて、ナイスカード……通常のカードマスよりもいいカードがもらいやすいところに着地していた。
「っしゃあ! これで一発逆転って寸法よ!」
「まだわからないよ? ナイスカードマスにもハズレは混ざっているからね」
「いやいやここでリニアを引き当ててこその俺ってわけだし? ってことで……っしゃ、リニアいただきましたぁ!」
「嘘だろう!?」
思わず叫んでしまった程度にはできすぎた展開だ。不条理というのはこのことだ。
親友殿はその後、ダイスを六個振れるその機動力でぼくに進化したお邪魔キャラをなすりつけると、悠々とゴールを果たしてしまったのだから腹立たしい。
「くっ……ぼくが堅実に積み上げてきた資産が運ゲー一発で崩壊するとは……不条理だ……こんなのあんまりだ……」
「ふははは、負け犬の遠吠えは実に気持ちがいいなあ!」
「誰が負け犬だね、誰が! もう一戦だ!」
噛み付くぼくの姿はまさに負け犬と呼ぶにふさわしかったけれど、それはそれとしてこんな負け方をして納得がいくぼくじゃない。
だからこそ、もう一戦を要求したんだけれど、親友殿は急に真剣な表情になって、それはなしだとばかりに手のひらをぼくに向けた。
「悪りい、普段ならもう一戦ぐらい付き合ってやれるんだけど、今日はちょっと都合が悪いんだわ」
「なんだい君は、そうやってまた勝ち逃げするつもりなのかい? そうかそうか、つまり君はそういうやつだったんだな」
全力で不満を口に出して、ぼくは頬を膨らませる。
「なんで急にめんどくせーこと言い出すんだよ……実はさ、俺……文化祭で告られたんだよ」
「は?」
「……同じクラスの女子にさ。だからこのあと駅前で待ち合わせしてんだ」
ばつが悪そうに頬を掻きながら、親友殿はそんなことをしれっと言ってのけた。
「ま、待ってくれたまえよ……どういうことだい、それは……?」
「どうもこうもねーって。同じクラスで実行委員やってた女子に告られたから、その返事をしなきゃいけねーんだわ」
確かに、親友殿の見てくれはイケメンな部類に入るだろう。
同じクラスの女子から告白されたって、それほどおかしな話じゃあない。
だけど、どうしてかぼくの心臓は肋骨を破壊して、皮膚を突き破って、身体の外に飛び出てきそうなほどにばくばくと早鐘を打っていた。
なんで。どうして。
ぼくがいるのに、どうして。
その顔も名前も知らない女子と、夜の街に溶けていく親友殿の姿を想像すると、無性に胸が苦しくなって、どうしようもなくなってしまう。
「だから引き受けるにしろ断るにしろさ、一回行かなきゃ行けないんだわ」
「そ、そうかい……だけど、よかったじゃあないか。君にも春が訪れそうでさ」
「……どうなんだろうなあ。俺、誰かを好きになったことはあっても、誰かに好きになられたことなんてないから、正直わからねーんだよな」
だから、受けるにしろ受けないにしろ、その子のことを知らなきゃいけねえんだ。
いつになく真剣な目で、親友殿はぼそりとそんなことを呟く。
一方でぼくは、気が動転してそれどころじゃあなくなっていた。
強がりを口に出すことはできても、親友殿がぼくから離れていってしまうその光景を想像すると、全身から力が抜けて、今にも床にへたり込んでしまいそうになる。
そんなぼくの様子に気づいているのか気づいていないのか、親友殿はどこまでも気まずそうな顔をして、静かに部屋を出ていった。
待ってくれたまえ、と、ぼくが再び引き止める暇さえ、与えないように。
親友に彼女ができるかもしれない。
普通であればそれは喜ばしいことで、ぼくとしても祝うのが筋だと、頭の中ではわかっている。
それなのに、どういうわけか、ぼくの中では整合性が取れない感情が渦巻いていて、心は嫌だ、と叫び続けていた。
ああ、そうだ。嫌なんだ、ぼくは。
なにが嫌なのかは具体的に言語化できないけれど、ただ一つわかることとしては、親友殿に彼女ができることが、嫌で嫌で仕方ないのだ。
どうか、ぼくを置いていかないでほしい。ぼくを、一人にしないでほしい。
君に置いていかれたら、ぼくはこの先どうやって生きていけばいいというんだ。
ぼくには、君しか親友と、友達と呼べる存在がいないというのに。君以外の友達なんて作ることができやしないなんて、わかりきった事実だというのに。
「……ふ、く……っ……うぅ……」
ぽろぽろと涙をこぼすことしかできないぼくの姿は、さぞかし負け犬と呼ぶに相応しかったことだろう。
そうしてぼくは気づかされる。
ぼくは、親友殿のことが好きだったのだと。
それは、この身体に心が引っ張られているだとかじゃなく、ずっと前から。
この部屋で共にゲームをして過ごすという関係性が成立していた頃から、きっと。
ずっと──眩しすぎる君の姿に、地を這い、暗いところに引きこもることしかできないぼくなんかに、手を差し伸べてくれた君へ、恋焦がれていたのだ。
「う、うぅ……うわぁぁぁ、ん……っ……!」
行かないでほしい。
どうか、ぼくを置いていかないでほしい。二番目でも三番目でも、都合のいい存在で構わないから、どうか、ぼくを見限らないでほしい。
そんな願いはどこまでも儚く、脆いものであると、現実という刃の前にはあえなく砕け散ってしまうものだと理解していても。
ぼくは、乞わずにはいられなかった。願わずには、いられなかった。
どうかただ、傍にいてほしいと。ただそれだけの、たったそれだけの、単純だけど、どこまでも難しい願いを。